チロ・ゲーラ最優秀作品賞を受賞*カンヌ映画祭2015 ⑦2015年05月24日 17:28

           このような瞬間を夢見ていた!

 

★午前中チロ・ゲーラの“El abrazo de la serpienteの記事をアップしたばかりですが、「監督週間」の最優秀作品賞受賞のニュースが飛び込んできました。日本は「ある視点」部門の黒沢清の『岸辺の旅』が監督賞受賞で沸いていますが(沸いていない?)、コロンビアでは「批評家週間」の“La tierra y la sombra”に続いての受賞、それも作品賞受賞に沸いています。上映後のプレス会見、マイクを持って話しているのが老カラマカテ役のドン・アントニオ、右が監督(写真下)。

 


★上映後のオベーションが「10分」という記事に、「もしかしたら」が本当になりました。一週間前からカンヌ入りしていた監督以下出演者ともども、夢みたいでしょうね。既にヨーロッパ、米国、アフリカ、ラテンアメリカなど、関連映画館3000館の配給が決まったようです。個人的にも今年のカンヌ上映作品で一番見たい作品がコレ、秋の映画祭でどこかが拾ってくれないかしら。

 

                 

               (アマゾン川で撮影中のスタッフ)

 

★「主人公カラマカテの役を演れるのは、この二人以外に考えられなかった」とニルビオ・トーレスとアントニオ・ボリバルを讃える監督。壮年期のカラマカテを演じたドン・アントニオは、現在生き残っている最後の先住民の一つといわれるオカリナ族ということです。

 

      

    (素晴らしい演技をしたというアントニオ・ボリバル、ポスターから)

   

★前回も書いたことですが、「コロンビアの国土の半分はアマゾン川地域、しかし私たちはアマゾンに背を向けてその存在を無視してきた。彼らの考え、彼らの文化や歴史を何も知らないのです」と繰り返しています。コロンビアでもすでに公開されていますが、現代のコロンビア人は何を感じるのでしょうか。

 

カメラドールにセサル・アセベド*カンヌ映画祭2015 ⑧2015年05月27日 09:57

        パルム・ドール、意外な結果にブーイング

 

★ジャック・オディアールの“Dheepan”受賞に、「なんてこった」とブーイング。スペインのメディアもトッド・ヘインズの“Carol”か、ソレンティーノの“Youth”を予想している批評家が多かった。オール外れの人のなかには「コーエン兄弟は変わってるね」とやんわり。当ブログでも審査員メンバーを紹介したおり、「こんなに異質な船頭さんたちでは、船頭多くして舟、山に登るにならなければいいけど」と杞憂したんでした。どっちにしろ直ぐ公開されるから無冠でもいいか。

 

             

                     (パルム・ドール受賞のジャック・オディアール)

 

★嬉しいのはLa tierra y la sombra(“Land and Shade”コロンビア他)のセサル・アウグスト・アセベド≪カメラドール≫を受賞したこと。「批評家週間」の新人賞他に続いての大賞です。写真下はプレゼンターの大女優サビーヌ・アゼマとのツーショット、まさに夢心地とはこのことでしょう。大きなお土産を持って帰国できます。「この映画は個人的な痛みから生れた」、痛みとは脚本構想中に亡くなったという母親の死ですね。17年間の長期にわたる農民一家の物語ですから、勿論フィクションですが。

 

         

               (カメラドール受賞のセサル・アセベドとサビーヌ・アゼマ)

 

★コロンビアの躍進には、「映画産業を向上させようとする国家の財政的な減税や資金援助がある」とスペイン・メディアは報じています(スペインは、まさにその反対ですから)。ブラジル、フランス、アルゼンチンなどとの合作とはいえ、これは内戦中のコロンビアでは考えられないことでした。若い独立系の監督たちにとって、国家の資金的な大奮発は大きな支え、意欲をかきたてるに違いない。「監督週間」最優秀作品賞受賞のチロ・ゲーラEl abrazo de la serpiente”にも言えることです。今年のカンヌにはこの2作以外に紹介が間にあわなかったホセ・ルイス・ルへレスの“Alias María”(「ある視点」部門)とカルロス・オスナの“El concursante”(「シネフォンダシオン」部門)の4作がノミネートされていた。写真下左から“Alias María”、“La tierra y la sombra”、“El abrazo de la serpiente”、“El concursante”。

           (コロンビア発のノミネーション4作品のポスター)

 

ホセ・ルイス・ルへレスの長編第2Alias María(アルゼンチンとの合作)は、コロンビア内戦中の少女ゲリラ兵マリアの物語。ゲリラ兵御法度の妊娠をしてしまったマリアは、お腹の子供を守るため逃走を決心するが・・・。この映画はさまざまな武装グループにかつては所属していた女性たちのインタビューから生れた。民間人の脆さや傷つき易さ、戦争の不条理について問いかけている。ポスターは本作でデビューしたマリア役のカレン・トーレス。コロンビアでは既に4月に公開されています。

 

        

        (共演者のカルロス・クラビホ、カレン・トーレス、ルへレス監督、カンヌにて)

メキシコのミシェル・フランコが脚本賞*カンヌ映画祭2015 ⑨2015年05月28日 11:55

           ミシェル・フランコの第4作目はアメリカ映画

 

メキシコのミシェル・フランコの第4Chronicは残念ながら英語映画、製作国はアメリカ、キャストもアメリカ人なら撮影もロスアンゼルスでした。そんなわけでメキシコとの関わりは監督だけなのですが、脚本賞を受賞しましたので、少しご紹介。1979年メキシコ・シティ生れの監督、脚本家。2009Daniel & Anaでデビュー、「監督週間」で上映されました。第2『父の秘密』2011Después de Lucía”)が、カンヌ本体の「ある視点」部門のグランプリを手にしたこともあって劇場公開されました。

 

★『父の秘密』は、娘をいじめたクラスメートへの親の一種の復讐劇ですが、父親は怒りのあまりある一線を越えてしまう。本当のイジメはあんな生易しいものではないのかもしれませんが、観客は不愉快さで爆発しそうになる。復讐がテーマではないのですが、最後の5秒ぐらいで観客は唖然となる。このシーンのために撮ったのではないかと思ったくらいでした。当ブログでも記事をアップしております。『父の秘密』の記事はコチラ⇒20131120

 

       

             (脚本賞を受賞したミシェル・フランコ)

 

★第3A los ojos2013)はストリート・チルドレンを巻き込む臓器売買の物語。モニカは路上生活者を援助する団体で働くソーシャル・ワーカー、臓器移植をしないと命がない眼病の息子を抱えている。それがタイトルになっている。本作は姉妹のビクトリア・フランコとの共同監督、子供の臓器売買というショッキングなテーマだけに2年に及ぶ丁寧な取材、撮影にもじっくり1年半もかけて撮ったという。今メキシコにあるメキシコの現実を描いているようです。老舗グアダラハラ映画祭を凌ぐようになったと言われるモレリア映画祭2013で上映されました。モニカ役にモニカ・デル・カルメン、『父の秘密』で教師を演じてましたが、マイケル・ロウ監督にカメラドールをもたらした”Año Bisiesto / Leap Year” 2010のヒロインを演じた女優。カンヌに衝撃を与えた本作は、うるう年の秘め事の邦題でラテンビート2011で上映されました。ヒロインを演じたということで映画館に出向いた母親が娘のすっぽんぽんにショックを受けて寝込んだという映画。

 

Chronicは、フランコ監督がティム・ロスを主演に迎えて、初めて英語で撮った映画。自宅での終末医療が題材になっており、テーマとしては万国共通。アイデアは2010年に鬼籍入りした祖母と数ヵ月間、一緒に過ごした体験から生まれた。「なるべく死のことを考えないようとしていました。しかし死は身近にあり、誰でもいつかは向き合わねばならない。映画は死を深化させるにはアートとして優れているということが分かりました」と監督。本作もコロンビアのセサル・アセベドの“La tierra y la sombra”同様個人的な痛みが動機、死は人間を思索的にしますね。「最初、看護師は女性に設定しましたが男性に変えました」。男性看護師と言えばポール・トーマス・アンダーソンの群集劇『マグノリア』のフィリップ・シーモア・ホフマン。こちらも自宅療養中の末期ガン患者の看護師でした。

 

            

                       (カンヌでのティム・ロスとフランコ監督)

 

★医学の進歩とともに自分の最期を選べる時代になりつつある。別の世界に入ろうとしている人の介護は孤独な仕事かもしれない。患者を怯えさせることなく細心の注意をはらって恐怖心を和らげてやることが求められる。『父の秘密』同様、フィナーレに衝撃が待っているようです。脚本賞受賞、英語映画とくれば、多分来年あたり公開されるのではないでしょうか。

 

                 

                                   (“Chronic”から)

 

★カンヌでのメキシコ映画は、最近ではカルロス・レイガダスに始まってアマ・エスカランテと、好き嫌いは別として話題を提供している。今年はコロンビアが目立った年でしたが、国際舞台でのラテンアメリカ諸国の活躍は歓迎すべきことです。今回は米国映画でしたが、フランコ監督は気になる存在、こんなに早く英語で撮るとは思っていませんでしたが。アカデミー賞2015の外国語映画賞にノミネートされたアルゼンチンのダミアン・ジフロンの次回作は英語、A・アメナバルJA・バヨナも英語です。イサベル・コイシェにいたってはずっと英語だし、そのうち若手中堅を問わず英語一色になるかもしれない。英語だと「商談」がやりやすいから。

 

A・アメナバルのスリラーRegressionの記事はコチラ⇒201513

 出演:エマ・ワトソン、イーサン・ホーク他。
 配給はユニバーサル・ピクチャーズ、アメリカ公開8月28日、スペイン公開10月2日。
 公開前にサンセバスチャン映画祭で上映が決定。

JA・バヨナの『怪物はささやく』(仮題)の記事はコチラ20141213

 出演:リーアム・ニーソン、シガニー・ウィーバー他


「ある視点」メキシコ映画*カンヌ映画祭2015 ⑩2015年05月31日 16:57

       ダビ・パブロスの“Las elegidas”はティフアナが舞台の禁じられた愛

 

★女性連続殺人事件で悪名高いティフアナが舞台の少女売春では如何にも気が重い、と躊躇しているうちにカンヌ映画祭は終わってしまいました。カンヌ本体の「ある視点」、この部門にはコロンビアのホセ・ルイス・ルへレスのAlias Maríaとメキシコのダビ・パブロスのLas elegidasがノミネーションされていました。“Alias María”の記事はコチラ⇒527

 


★カンヌではThe Chosen ones”のタイトルで上映された本作は、ホルヘ・ボルピの同名小説にインスパイヤーされて映画化された。製作会社 Canana カナナのプロデューサー、パブロ・クルスが映画化の権利を以前に取得、長年温めていた企画だそうです。映画祭にはダビ・パブロス監督、パブロ・クルス、原作者のホルヘ・ボルピ、出演のナンシー・タラマンテスレイディ・グティエレスなどがカンヌ入りして盛大なオベーションに感激、互いに抱き合って涙を流した。これがカンヌなんですよね。カンヌは初めてという監督を駐仏メキシコ大使アグスティン・ガルシア≂ロペスがアテンダントするという熱の入れようでした。

 

     

       (左から、ナンシー・タラマンテス、監督、レイディ・グティエレス カンヌにて)

 

         Las elegidas(“The Chosen ones”)

製作Canana / Krafty Films / Manny Films

監督・脚本:ダビ・パブロス

脚本(共同)ホルヘ・ボルピ(原作)

撮影:カロリーナ・コスタ

音楽:カルラ・アイジョンAyhllon

編集:ミゲル・Schverdfinger

  

データ:メキシコ、スペイン語、2015105分、撮影地メキシコのティフアナ市

カンヌ映画祭2015がワールド・プレミア

 

キャストナンシー・タラマンテス(ソフィア)、オスカル・トーレス(ウリセス)、レイディ・グティエレス(マルタ)、ホセ・サンティジャン・カブト(エクトル)、エドワード・Coward(マルコス)、アリシア・キニョネス(ペルラ)、ラケル・プレサ(エウヘニア)他

 

プロット:ソフィアとウリセスの愛の物語。14歳のソフィアと若者ウリセスは愛し合っている。ウリセスの父親が少女たちに売春を無理強いしようとしたとき、二人の関係に緊張が走った。最初の犠牲者がソフィアだったのだ。ソフィアを救い出すためには代わりの少女を見つけなければならないウリセス。メキシコでもアメリカでもない町ティフアナを舞台に繰り広げられる少女売春ネットワーク。過去のことでも、未来のことでもない、いま現在メキシコで起こっていることが描かれている。 

             

                    (娼婦にさせられた少女たち、“Las elegidas”から)

 

 監督経歴&フィルモグラフィー

ダビ・パブロス David Pablos、メキシコ生れの32歳、監督、脚本家。メキシコ・シティの映画養成機関「CCCCentro de Capacitación Cinematográficaで学ぶ。フルブライト奨学金を得てニューヨークのコロンビア大学で監督演出を専攻、マスターの学位を授与される。2009年ベルリン映画祭のタレント養成の参加資格を得る。短編“La canción de los niños muertos”がカナナのパブロ・クルスの目にとまり、“Las elegidas”の監督に抜擢された。

   

代表作は以下の通り:

2007年“El mundo al atardecer”短編

2008年“La canción de los niños muertos”(“The Song of the Dead Children”)短編、

アリエル賞2010(フィクション短編部門)受賞、ほか受賞歴多数

2010年“Una frontera, todas las fronteras”(“One Frontier, All Frontiers”)

アムステルダム・ドキュメンタリー映画祭2010正式出品

2013年“La vida después”長編デビュー作、ヴェネチア映画祭2013「オリゾンティ賞」ノミネー    ション、ブラック・ムーヴィ映画祭2014審査員賞ノミネーション、モレリア映画祭上映、他

2015年“Las elegidas”省略

 

             

            (ダビ・パブロス、ベネチア映画祭2013から)

 

 トレビアあれこれ

★製作会社「カナナ」設立者としては、ディエゴ・ルナやガエル・ガルシア・ベルナルが有名だが、主力はパブロ・クルスである。製作者は裏方なので名前は知られているとは言えないが、彼はメキシコ映画を精力的に世界に発信続けている実力者。ロンドン・カレッジ・オブ・プリンティングで映画理論を学び、ニューヨークの「スクール・オブ・ヴィジュアル・アーツSVA」の学士号を得ている。イギリスで長年ケン・ローチ監督のもとで仕事をした後メキシコに帰国、2003D.ルナやG.G.ベルナルなどとカナナを設立した。第1ヘラルド・ナランホの『ドラマメックス』2006ラテンビート上映)が、いきなりカンヌ映画祭の「批評家週間」にノミネートされ、カナナは順調な船出をした。

 

★その後G.G.ベルナルの『太陽のかけら』2007)、ディエゴ・ルナの『アベルの小さな旅』2010)や『セザール・チャベス』2014)を製作、それぞれラテンビートで上映された。本作と似ているテーマではヘラルド・ナランホのMISS BALA/銃弾』2011)が記憶に新しい。こちらも「ある視点」で上映された。麻薬密売に巻き込まれた実在のミスコンの女王ラウラ・スニガがモデルになっている。ラテンビートのゲストとして来日Q&Aに出席した。

 

             

          (『アベル』のポスターを背にカナナ設立者の三人)

 

★「原作者ホルヘ・ボルピから映画製作の権利を買い、映画化のチャンスを模索したが、最初映画化は難しいように思われた。そんなときパブロスの短編La canción de los niños muertos”を見た。当時彼はCCCの学生だったので卒業を待っていた」とクルス。この短編がアリエル賞2010を受賞したのは上記の通りです。「ダビはまだ監督のたまごでしたが、ダイヤモンドのような輝きを秘めていた」とぞっこんのようです。完成した映画がカンヌへ、期待は裏切られなかったということです。Las elegidas”にはディエゴ・ルナとガエル・ガルシア・ベルナルも、エグゼクティブ・プロデューサーとして深く関わっている。

 

★ホルヘ・ボルピの原作は、1970年代以降売春、人身売買の忌まわしい慣習の町として悪名高いトラスカラ州テナンシンゴの「ファミリー」に着想を得て書かれた小説。ダビ・パブロスがティフアナに変更して映画化した理由は、4歳から18歳までここで暮らしており、よくティフアナの事情に通じていたから。「ここはメキシコでもアメリカでもなく両方が混合している。魅惑的で活気があり、世界中の人々が影響しあって、多様な文化をもつ都市だ」とも。

 

★原作者と監督は、映画化に向けて脚本を練り始めた。主人公ウリセスはいかがわしい生業を営む家族の一員、自分の恋人を餌食にされる文脈だから、暴力が前面に出てしまうと汚れた映画になる危険があった。自分はそうしたくなかったので「複雑なテーマの内面を掘り下げる」描写を心がけたと監督。暗く難解な原文にポエティックなイメージを入れてバランスをとったようです。

 

                

              (ウリセス役のオスカル・トーレス)