ラテンビート2014*あれやこれや ①2014年10月27日 22:56

★新宿会場バルト9上映前に記事にした10作品のうち、『Flowers』を台風直撃で断念、25日やっと東京国際映画祭TIFFで観てきました(UPTIFFコーナーで)。アレックス・デ・ラ・イグレシア特集の作品はQ&Aのかたちで既にアップ済み、残る6作品の感想を「とても良かった(期待以上だった)」あるいは「期待したほどじゃなかった(普通)」など、あれやこれやと落ち穂拾いします。

 

          もう少しヒネリがあると思っていた「デリリオ」

 

: 1011日(土)上映5本のうち『デリリオ―歓喜のサルサ』LB925)が一番席が埋まっていた。これを意外と感じたのは管理人だけかしら。チュス・グティエレス監督の持ち味である「二つの文化や価値観の違い」の描かれ方が曖昧だったせいか。

 期待しすぎ、Retorna a Hansala”(2008)のイメージが強かったのではないか。

: 社会的不平等や政治腐敗をやんわり批判するのにロマンティック・コメディは最適なんですが。

: 全く描かれなかったわけではないし、ダメ男に見切りをつけ、サルサのダンサー兼振付師として、頑張って娘を育てている主人公アンジーに共感する女性観客は多かったのではないか。サルサのレベルについては知識がありませんが、とても愉しめました。

 


: 当たり前の話ですが、街中のクラブで踊られるサルサとサルサ・ショー用のサルサはまったく別のものですね。

: クラブであんなに飛んだり跳ねたりしたら周りに怪我人続出です()。タンゴやフラメンコも同じことがいえます。

: TIFFで同じカリを舞台にした映画『ロス・ホンゴス』を観たのですが、あれもカリ、これもカリ、同じ都会でもさまざまな顔を持っているから、一つだけで分かったと思わないことですね。

: 政治や歴史の本を読まなくても、映画は楽しみながら他国の理解を深められる素晴らしいガイドブックです。心の窓を開けて、知るのではなく自然体で感じることが大切。

 

           観客が望んだ英雄像を描いた「解放者ボリバル」

 

: アルベルト・アルベロの『解放者ボリバル』トロント④2013916)は、オスカー賞2015ベネズエラ代表作品に選ばれましたが、どうせ選ぶなら昨年にすればよかった。

: トロント映画祭2013のガラ・プレゼン、2013年は「ボリバル生誕230年」ということで盛り上がった年でした。

: ボリバルになったエドガー・ラミレスは、オリヴィエ・アサイヤスの『カルロス』で、伝説のテロリスト「ザ・ジャッカル」を演じた俳優。なかなかの力演でしたが、ボリバルはもっと複雑な人物だったのではないか。勿論これは役者の責任ではないが。

: 監督は、ベネズエラ国民なら誰でも知ってる英雄、何を入れて何を省くか、テーマが大きすぎて何から手をつけていいか悩んだそうです。

 

  

 (資産家のお坊ちゃんでしかなかった頃のボリバルと未来の妻マリア・テレサ・デ・トロ)

 

: それにしてはフィクション部分が多すぎました。史実とは開きがあって、まだプリンスだったときのスペイン国王フェルナンド7世と今のテニスみたいな競技をするなんて全く根拠がない()。当時、貴族の間で大流行していたのは本当ですが。

: 伯父さんと違って、そもそも彼はスペイン宮廷に出入りできなかった。しかし将来ボリバルが戦うことになる人物ですから伏線を張りたかったのでしょう。

: 細かいことですが、フランス語は堪能でも英語は映画のように流暢には話せなかったそうです。扮したラミレスは、武官だった父親が欧州各国を転任したことで英伊独仏とできるから吹替えなしでした。

 

: 新婚早々黄熱病であえなく亡くなってしまうマリア・テレサの美しさは飛びぬけている。

: マヌエル・マルティン・クエンカの長編第1作“La flaqueza del bolchevique”(03)でデビューしたときは、「スペインの名花」と言われた少女マリア・バルベルデ1987マドリード)も大人の女性になりました。この愛妻の早すぎた死をずっとボリバルは引きずっていたと言われている。

: ボリバルが新妻の紹介を兼ねてイマノル・アリアス扮する植民地行政官ドミンゴ・デ・モンテベルデを昼食に招くシーン、アリアスは実に憎たらしかった()

 

: 贔屓の俳優ですけど。あのシーンもフィクション、軍人政治家でしたから立派な軍服姿のドミンゴ・デ・モンテベルデはボリバルの家族とは会っていない。資産家とはいえ統治国のトップが昼食に出向くはずがない、そういう時代です。ボリバルの少年時代からの恩師シモン・ロドリゲスもマリア・テレサと面識がなかった。彼は1802年当時にはカラカスではなくヨーロッパ、多分パリ在住だった。

: 監督がラテンアメリカから選んだのが、人生後半にエクアドルのキトで出会うマヌエラ・サエンス役のフアナ・アコスタ。実在の女性で、ボリバルの永遠の<愛人>と言われた女性。

 

              

            (雪のアンデス越えをした解放者ボリバル)

 

: エクアドルのマヌエリータを演じたフアナ・アコスタは、美人量産国コロンビアはカリ生れ(1976)、アルゼンチンの俳優エルネスト・アルテリオと結婚、子供もおります。

: 同じくラテンアメリカからは、ボリバルが唯一信頼していたというスクレ将軍には、ベネズエラのエーリッヒ・Wildpred、似せるため髪の毛を巻き毛にしたそうです。

: 彼がボリバルと初めて会ったときは16歳で、まだ映画のような成人ではなかった。最後の別れも直接の別れではなく、スクレが訪ねたときには、ボリバルは既に出発してしまっていた。

 

: アイルランド出身のボリバルの副官ダニエル・オレリー将軍にはイギリスのイワン・レオン、ジェームズ・ルーク大佐にはスコットランド出身のゲイリー・ルイスなど国際色豊か。

: ストーリーも虚実豊か。実はアンデス越えを指揮したのはボリバルではなく配下のパラモ・デ・ピスバだった。そういうわけで彼は映画には登場しなかった。ダニー・ヒューストン扮する英国人など実在していた証拠がない、あの戦場にボリバルはいなかった、あの頃はまだ誰々とは出会っていなかった、エトセトラ、エトセトラ。伝記映画にはよくある話です。 

          

        (ダニー・ヒューストン、実在しなかったといわれる英国人)

 

: 一万人のエキストラ、何百頭もの馬、セットも大掛かり、スペインのマドリード、カディス、セビリャのカルモナでも撮っている。

: 製作費はトータルで約5000万ドル、その中にはベネズエラ政府から提供された資金も含まれている。スペインやドイツが約3000万ユーロを負担したという。

: だからあのような大掛かりな撮影も可能になったというわけですね。

 

: 何はともあれ、製作費は回収できなくても、ベネズエラの若い観客には受け入れられたようです。2013年製作された他のボリバル映画はイマイチで、アルベロ<ボリバル>が一番評価が高かったようです。映画は少年時代から始まっており、もっと時代とかテーマを絞ったほうがよかったかもしれない。なお、監督の他作品紹介、音楽監督、エドガー・ラミレスについてはトロント映画祭2013にアップしております。