『ブエノスアイレスの殺人』 *ラテンビート2014 ⑤2014年09月29日 17:22

★昨年のアルゼンチン映画はルシア・プエンソの『ワコルダ』1作でしたが、今年も同じ1作品。アレックス・デ・ラ・イグレシア特集ということでスペインに偏っている印象です(お気に入り監督なのでニコニコですが)。カンヌやトロント、サンセバスチャン映画祭の話題作が見送られ、ノーマークだった『ブエノスアイレスの殺人』がエントリーされた。期せずして女性監督、初めてお目にかかるナタリア・メタのデビュー作です。LB公式サイトの解説とトレイラーがしっくりこず違和感を抱いていましたが、「大分前になりますが、アン・リーの『ブロークバック・マウンテン』を見て、こういう物語がアルゼンチンで起きたらどうなるか、ワイオミングのカウボーイを警察官に変えて」、これが本作の出発点だったという監督談話にやっと納得しました(アン・リーの映画は2005年、主役のヒース・レジャーも故人となってしまったと感無量)。

 

     Muerte en Buenos AiresDeath in Buenos Aires

 

製作:Utopica Group / Picnic producciones / La bestia films

監督・脚本:ナタリア・メタ

脚本:ラウラ・ファルイ/グスタボ・マラホビッチ/ルス・オルランド・ブレナン

製作者:ベロニカ・クラ/マリアノ・ゴールド/ファビアナ・ティスコルニア、他

音楽:ダニエル・メレロ

撮影:ロロ・プルペイロ、他

編集:エリアネ・DKarz

音響:レアンドロ・デ・ロレド

衣装デザイン:バレンティナ・バリ、他 


データ:アルゼンチン、スペイン語、2014、サスペンス、91分、撮影:20131月~2月にブエノスアイレスでロケ、製作費:約50万ドル、映倫区分R-13、アルゼンチン公開2014515

 

キャスト:デミアン・ビチル(警部チャベス)、チノ・ダリン(警官‘エル・ガンソ’ゴメス)、モニカ・アントノプロス(ドロレス・ぺトリック/ チャベスの同僚)、カルロス・カセリャ(ケビン・ゴンサレス/ ディスコ<マニラ>の歌手)、ウーゴ・アラナ(警察署長サンフィリッポ)、ホルヘリーナ・アルッツ(チャベスの妻アナ)、ネウエン・ペンソッティ(チャベスの息子ミゲル)、ファビアン・アレニリャス(警察医アンチョレナ)、エミリオ・ディシ(判事モラレス)、ジノ・レニー(仕立屋)、ウンベルト・トルトネセ(マニラの経営者モヤノ)、マルティン・ウリッチ(ハイメ・フィゲロア・アルコルタ)、特別出演ルイサ・クリオク(ブランカ・フィゲロア・アルコルタ/ 犠牲者の妹)、他

 

解説:舞台は80年代のブエノスアイレス。敏腕警部チャベスは、ある男の凄惨な殺人事件の現場に駆け付ける。そこにはガンソと呼ばれる若い警官が先に到着していた。捜査線上に浮かんだ容疑者が、ゲイの集うクラブにいることを突き止めた二人は、店に潜入する。警部チャベスには『チェ28歳の革命』でカストロを演じたメキシコの俳優デミアン・ビチル。怪しげな魅力を放つ警官ガンソ役を、アルゼンチンを代表する名優リカルド・ダリンの息子、チノ・ダリンが演じている。 
                           (ラテンビート公式サイトより引用)

 

           

                 (ディスコ<マニラ>に潜入したチャベスとエル・ガンソ)

 

★アルゼンチンの80年代前半は、70年代の「汚い戦争」といわれる軍事政権による国家テロの延長線上にあり、民政移管となった後半とはかなり異なる。1983年、鉄の女サッチャーに仕掛けたマルビナス戦争に失敗、心身ともに多くの傷跡を国民に残して軍事政権は崩壊した。脆弱とはいえ民主主義がラウル・アルフォンシン大統領の手で始まったが、アルフォンシンは一定の成果を上げたが経済政策の失敗から1989年、5ヵ月の任期を残して辞任する。ゲイの集まるクラブ内での麻薬取引の実態は、長年マル秘条項だったが、こういうクラブが事件の背景にある。民政移管されたアルフォンシン政権時代のなかば、性の解放が始まった頃に設定されているようだ。

 

      
 (ドロレス役のモニカ・アントノプロス)

★ブエノスアイレスではよく知られた名門の出の絵画コレクターの男性が、その豪華なアパートで死体となって発見される。現場で若い新米警官ゴメス‘エル・ガンソ’と家族持ちのベテラン警部チャベスが出会う。チャベスはその長いキャリア、いささか疲労気味だが、事件解決に関しては非の打ちどころのないと評判の警部だ。犯人は物取りが目的か、痴情犯罪か、はたまた雇われ暗殺者の仕業か、二人はパッショネートな殺人事件のウラに麻薬密売のネットワークが潜んでいることに気づく。こうしてチャベスとエル・ガンソの二人三脚の捜査が始まった。チャベスを支える同僚ドロレスはかなりセクシーな熟女、いささかカリカチュアされた警察署長サンフィリッポ、危うい魅力を発散するディスコ<マニラ>の歌手ケビン、そのオーナーのモヤノ、70年代のシンセサイザーのグラムロックが鳴り響くなかで物語は進行する。

 

            

                 (カルロス・カセリャ扮するゲイ歌手ケビン・ゴンサレス)

 

★監督紹介

ナタリア・メタ Natalia Meta:監督、製作協力。公表してないのか正確な生年は不詳、ただし1994年ブエノスアイレス大学哲学科入学、2001年卒業から類推して70年代半ばか。軍事クーデタが起きた当日、1976324日に生れたディエゴ・レルマン(『ある日、突然。』、“Refugiado”を511日他UP)、カンヌやトロント映画祭に出品された“Jauja”の監督リサンドロ・アロンソ522日・27UP)、チノ・ダリンの父親リカルド・ダリンが出演した“Relatos salvajes”の監督Damian Szifron(⇒56日・815UP)などと同世代ですから出遅れ感があります。 

    


製作協力として、パウラ・エルナンデスの“Un amor”(2011)、Pablo Giorgelli & Salvador Roselliの“Las acacias”(2010)がある。テレビ出演のインタビューでは、影響を受けたアルゼンチン監督として、ルクレシア・マルテル、パブロ・トラペロ、アドリアン・カエタノの三人を上げていました。ちょっと作風が違う印象ですが、いずれもアルゼンチンを代表する実力派、マルテルもトラペロもラテンビートでお馴染みの監督、アドリアン・カエタノはウルグアイのモンテビデオ生れですがアルゼンチンで映画を撮っている監督。国際的な映画祭で数々の受賞歴がある“Un oso rojo”(2002)、“Crónica de una fuga”(2006)も紹介されていない。最近はテレビ・シリーズやドキュメンタリーを撮っているが、いずれ登場することを期待します。

 

★チャベス警部デミアン・ビチル・ナヘラ Demian Bichir Najera1963年メキシコ・シティ生れの51歳、俳優、プロデューサー、脚本家。父が舞台監督、母が女優ということもあって子役時代を含めると、半世紀近いキャリアの持ち主。これから公開の作品を含めると70作を超える。アメリカ映画だがクリス・ワイツの“A Better Life”(2011)のカルロス・ガリンド役が絶賛され、アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。劇場公開にはならなかったが、東京国際映画祭2011のワールド・シネマで『明日を継ぐために』の邦題で上映された。LB公式サイトにあるように『チェ28歳の革命』『チェ39歳-別れの手紙』でフィデル・カストロに扮した。最近公開された映画はオリバー・ストンのスリラー『野蛮なやつら』(2012)、ポール・フェイグのアクション・コメディ『デンジャラス・バディ』(2013)、ロバート・ロドリゲスの『マチェーテ・キルズ』(2013)など、いずれも吹替え版でテレビ放映もされた。



他にメキシコのアカデミー賞アリエル賞ノミネーションに、カルロス・カレロのブラック・コメディ“La vida conyugal”(1993)、ラファエル・モンテロのコメディ“Cilantro y perejil”(1997)などで主演男優賞にノミネートされた。他ノミネート多数。コメディからシリアス・ドラマと演技の幅は広い。見た人の話なので責任は負えませんが、10年前なら大スキャンダルになっただろうチノ・ダリンとのドキッとするシーンがある由、映画館でご確認。

 

★エル・ガンソ役チノ・ダリン Ricardo Alberto Darin Bas1989年ブエノスアイレス生れの25歳、俳優。父リカルド・ダリンとクリスチャン・ネームが同じことから通称‘チノ’の愛称で呼ばれている。2010TVドラ、マルティン・サバンの“Alguien que me quiera”でデビュー。映画はダビ・マルケスのコメディEn fuera de juego2012、アルゼンチン≂西)、監督はバレンシア生れのスペイン人、主役はアルゼンチンのディエゴ・ペレッティやチノ・ダリン、スペイン側はフェルナンド・テヘロ、ウーゴ・シルバなどお馴染みの俳優が出演、サッカーのコメディなのでイケル・カシージャスやマルティン・パレルモのホンモノが特別出演、父リカルド・ダリンも我が子のために出演してヨイショ。その後アルゼンチンの人気TVドラマに出演、第2作目となる本作で主役に抜擢されたシンデレラ・ボーイ。 


まだ演技力も未知数のチノ・ダリン起用の理由を質問されてたメタ監督、「チノ・ダリン無しでこの映画は作れなかった。男性の中にある欲情をかきたてることができる魅力ある俳優が必要だった。彼には心を捉えるようなイメージがあった」と語っている。最初は役人なら警官でなくてもよかったが、「ブエノスアイレスの夜の領域を融合させるには、やはり一番ぴったりなのが警察だったので、結果的にそうなった」とも。<ブエノスアイレス>は本作のキイワードの一つのようで、広義のフィルム・ノワールでもある。

 

★他にゲイの歌手になるカルロス・カセリャの怪しい魅力、御年60歳でも依然その美貌に衰えを見せないルイザ・クリオク、上流階級のポロ競技の映像美も見どころの一つか。前世紀の倫理コードでは許されなかったであろうサドマゾヒズムの大胆なシーン、「ストップ・エイズ」のキャンペーンと相まって、ホモセクシュアルは病気で治療すれば治ると考えていた1980年代のブエノスアイレスのノスタルジーもありそうだ。最初、テレビ・ドラマとして企画されたこともあって、筋がいささか盛り沢山、少しジグザグしている印象をうける。評価は毀誉褒貶、完全に二分されている。映画の好みは十人十色、自分で確かめるしかないか。

 

              

            (犠牲者の妹役になったルイサ・クリオク)