モントリオール映画祭2014*ノミネーション⑤ ― 2014年09月01日 15:22
★順序が逆になりましたが、ワールド・コンペティションには長編2本(メキシコ、ペルー)、短編3本(メキシコ)と、メキシコが目立つのが、今年のモントリオールです。審査員長セルジョ・カステリット、審査員の一人にアナ・トレント(スペイン)が参加しています。
ワールド・コンペティション部門
“Obediencia
perfecta”(Perfect
Obedience)メキシコ、ルイス・ウルキサ監督
製作:AstilleroFilms、Equipmente & Film Design
プロデューサー:ダニエル・ビルマン・リプステイン(代表作にカルロス・カレーラの『アマロ神父の罪』2002)、ルルデス・ガルシア、ヘオルヒナ・テラン他
監督・脚本:ルイス・ウルキサ(エルネスト・アルコセール著“Perversidad”からの着想)
撮影:セルゲイ ・サルディバル・タナカ(ロドリーゴ・プラの“Desierto adentro”2008)
音楽:アレハンドロ・Giacoman(カルロス・カレーラの“La mujer de Benjamin”1991)
編集:ホルヘ・マカヤ
キャスト:フアン・マヌエル・ベルナル(アンヘル・デ・ラ・クルス神父)、セバスチャン・アギーレ(少年期のフリアン/サクラメント・サントス)、アルフォンソ・エレーラ(成人サクラメント・サントス)、フアン・イグナシオ・アランダ(ガラビス神父)、ルイス・エルネスト・フランコ(ロブレス神父)、フアン・カルロス・コロモ、アレハンドロ・デ・オジャス、ダゴベルト・ガマ、クラウデッテ・マイジェ他
データ:メキシコ、スペイン語、2014、99分、撮影地:ベラクルスとメヒコ州(メキシコシティの北側にある州)、映倫区分:メキシコD-15(15歳以上)、メキシコ映画協会IMCINE(Instituto Mexicano de Cinematografia)の支援を受けた。メキシコ公開2014年5月1日(約800のコピーが製作された)
ストーリー:カトリックの神学生サクラメント・サントス(フリアン) は、新しく設立された修道会Los Cruzados de Cristo(キリストの十字軍)で教育をうけることになる。そこでは神学生に<完全なる服従>(Obediencia perfecta)が求められる。フリアンは設立者のアンヘル・デ・ラ・クルス神父を信頼し、アンヘル神父も彼を愛するようになる。教会内部で秘かに行われていた聖職者によるスキャンダラスな少年愛、長年にわたって事実を隠蔽しつづけたバチカン、人間が犯す暗部についてのフィルム。
「私も8年間神学生だった」
*ルイス・ウルキサ・モンドラゴン Luiz Urquiza Mondrasonは、メキシコの監督、本作が長編デビュー作ですが、プロデューサーやプロダクション・マネジャーのキャリアは長い。最新作としては、本作のプロデューサーの一人ルルデス・ガルシアと携わったアントニオ・セラーノ監督の“Morelos”(2012)、同監督の“Hidalgo-La historia jamás contada”(2010)などがある。本作を撮った理由として、「17年前にマルシアル・マシエルの未成年者性的虐待のニュースを知った。自分もかつて17歳までの8年間神学校で暮らした経験があり、知らないわけではなかったが、アルコセールの“Perversidad”を読んで映画化の準備を始めた」と動機の一つに挙げています。「以前からこのテーマで撮るアイデアは潜在的にあって、宗教者のおぞましい少年愛に警鐘を鳴らしたい」意図で製作した。
★21世紀に入ってから顕在化した聖職者による少年愛をバチカンも認めざるを得なくなった。本作はメキシコのプラネタ社から刊行されたエルネスト・アルコセールの“Perversidad”(2007、邪悪という意味)に着想を得て製作されたフィクション。タイトルは同書の “Obediencia perfecta” 章から採用された。アンヘル神父のモデルとなったマルシアル・マシエルMarcial Maciel(MM、ミチョアカン1920~フロリダ2008、)は、1951年にカトリック信徒団Legión de Cristo/Legionarios de Cristo(映画ではLos
Cruzados de Cristo)を設立した聖職者。
★教会内部で行われていた少年愛による性的虐待の告発状が、1990年代に既にバチカンに届けられていた。しかしMMの庇護者であった当時の教皇ヨハネ・パウロ二世(1978~2005)は事実を黙認した。かつてヨハネ・パウロ二世はMMの要請で3回(1979、1990、1993)メキシコを訪問している(メキシコが最初の訪問国)。しかしベネディクト十六世に変わった2006年5月、バチカンはMMの神学生の性的虐待と複数の子供の父子関係を認めて、「祈りと苦行」を公に行うことを禁じた(つまり退任)。国連の児童権利委員会もバチカンが黙認していたことを非難した。2008年1月30日、フロリダで失意と非難の嵐のなかで87歳の生涯を閉じた。死後の2009年、あるスペイン女性が父親はMMと明らかにし、翌年Legión de Cristoも未成年者性的虐待を認め、設立者MMとの関係を断ち切った。
マシエルの伝記映画ではない
★作家エルネスト・アルコセールは裏の取れた事実のみを執筆したと言明していますが、映画はあくまでフィクションです。素材はMMから採られていても、彼の伝記映画ではありません。教会内部で行われていた聖職者の少年愛は、教区民の信頼を裏切る行為のため論争を引き起こすテーマと言えます。カルロス・カレーラの『アマロ神父の罪』は、本国では上映中止になったことは記憶に新しい。映画では少年愛に止まらず複数の女性との関係、富と権力に執着した人間として描かれている。ウルキサ監督も「この映画は子供たちを性的に誘惑し、権力をほしいままにして財産を築いた司祭の物語、象徴的なケースがMMだった」と語っています。「センセーショナルなスキャンダルとして描きたくなかった。シネアストとしての興味は、少年たちの信頼につけ込んで、どのようにして彼らの愛を勝ち取ったのか」その過程にあると語っています。
沈黙の時ではない
★主人公のアンヘル・デ・ラ・クルス神父を演じたフアン・マヌエル・ベルナルは、「この物語はきちんと語る必要がある。やっと俎上にのせる時がやっと来た、黙っていられないことだよ」と語っています。「撮影に入る前に、少年愛をテーマにした映画は見たくなかった。代わりにフェリーニ、ロッセリーニ、パゾリーニなど、イタリアのクラシック映画をたくさん見て、それがとても参考になった」とも。更にMMの餌食になった犠牲者たちとも実際に会って話を聞いた。彼によれば、「時代背景は1960~70年代に設定されている。当時、神の国へ導く人として神父の占める位置は、家族の中でかなり大きかったと思う。そういう信頼を裏切って、複数の女性との間に子供までもうけており、権力と富に執着した、いわば二重生活を送っていた人物」。主人公アンヘル神父の「やったことはまったくひどい話だが、映画の中では複雑な主人公を裁くことはしていない」
★名誉枢機卿フアン・サンドバル・イニィゲスによると、「マシエルの行為についてはバチカン内にも強い非難の声があった。MMは精神病質者で統合失調症を患っている二重人格だった」と、2010年のインタビューに答えています。ちょっとやり切れない話です。
「とても怖かった」
★サクラメント・サントス役でデビューしたセバスチャン・アギーレ(14歳)は、「とても怖かった」と一言。監督によると、「テーマが分かると両親が出演を渋って難航した。結果約2000人の子供たちをオーデションで見た。美少年というだけではダメ、内面的なテーマを理解できる子供、更に両親も理解できることが必要だった」。撮影はボイコットを懸念して秘密裏に行われ、常にセバスチャンの両親を立ち合わせた。中には両親の立会いなしのシーンもあって、そのときは精神科医の応援を受けたということです。
(サクラメント・サントスとアンヘル神父)
★最初自分のできる限界を超えていると思ったが、「シナリオを読んで・・・そんなにどぎついとは思えなかった。自分を試してみたくなって・・・今では映画に出演した経験はとてもよかった」とセバスチャン。短編映画出演の経験はあるが、主役の長編は初めて、舞台出演もあるというから全くのズブの素人ではない。しかし既に20世紀中ごろのような神学校は珍しくなっているし、教会が家庭に占める位置も小さくなっているから、セバスチャンには全てが新しい体験、たくさんの出演者に囲まれて大型カメラの前に立つのは恐怖心を感じても当然です。
真実に近づく第一歩になるか?
★MMの告発状をバチカンに送ったLegionarios de Cristoの8人の元神父の一人ホセ・バルバのように今でもバチカンの責任を求め続けている人もいる反面、教会はかなりのダメージをうけるし、この映画に疑問を呈する人もいる。どの世界にも善と悪は存在する、この映画が真実に迫るとしても、すべての独身者が男色ではない。聖職者の妻帯を認めることが解決法になるのかどうかも含めて、今後論争は避けられない。
コメント
_ アリババ39 ― 2014年09月03日 09:33
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今年のモントリオールは「メキシコが元気」とコメントしておきましたが、ダブル受賞には驚きました。さぞかし喜びに沸いていることでしょう。