フアン・ディエゴ8年ぶりの主役*マラガ映画祭2014 ― 2014年04月21日 10:44
★今年のマラガで一番興味を惹かれたのは、チェマ・ロドリーゲスのAnochece
en la Indiaでした。フアン・ディエゴが最優秀男優賞を受賞、「再びゴヤ賞の扉を開けるだろう」と噂されている映画です(彼はマラガ賞も2009年に受賞しています)。「再び」というのは8年前のビクトル・ガルシア・レオンのVete
de mí(2006)で受賞しているからです。主演助演含めて9回ノミネート、受賞も主演1回、助演2回とありますが(フィルモグラフィー参照)、受賞作を含めて代表作といわれる映画は日本では未公開です。映画祭上映後公開されたマリオ・カムス『無垢なる聖者』は例外的で、彼の転機となった重要な役を演じました。スペインでは人気があり評価も高いのに日本に紹介されていない俳優がたくさんおりますが、彼もその一人です。というわけで新作Anochece
en la India 公開の期待を込めてご紹介したい(作品紹介はコチラ)。
(写真はEl rey pasmado のポスター)
*代表的フィルモグラフィー*
1966
Fantasía...3 エロイ・デ・ラ・イグレシア (映画デビュー)
1975 Largo retorno 『熱愛』ペドロ・ラサガ ◎1977公開 SFラブ・ロマンス
1984 Los
santos inocentes 『無垢なる聖者』マリオ・カムス ◎1986公開
1986 Dragon Rapide ハイメ・カミーノ *ゴヤ賞主演男優賞ノミネート
1987 Laura, del cielo llega la
noche 『LAULA ラウラ—情念の女―』ゴンサロ・エラルデ
◎未公開・ビデオ
1987 Asi como habían sido 『非情のレクイエム』アンドレ・リナレス ◎未公開・ビデオ
1989 La
noche oscura カルロス・サウラ *ゴヤ賞主演男優賞ノミネート
1991 El rey pasmado イマノル・ウリベ *ゴヤ賞助演男優賞を初受賞
1992 Jamón, jamón 『ハモン・ハモン』ビガス・ルナ ◎1993公開、大手下着メーカー社長役
1993 Tirano
Banderas ホセ・ルイス・ガルシア・サンチェス
1998
Yerma ピラール・タボラ *ロルカの戯曲「イェルマ」の映画化、フアン役
1999 Entre
las piernas 『スカートの奥で』マヌエル・ゴメス・ペレイラ
◎未公開・ビデオ・DVD
1999 París Tombuctú
ルイス・ガルシア・ベルランガ *2回目のゴヤ賞助演男優賞、アナーキスト役
2000
You’re
the one ホセ・ルイス・ガルシ *ゴヤ賞助演男優賞ノミネート、司祭役
2002 Smoking Room ロジャー・グアル他 *マラガ映画祭男優賞(銀賞)受賞
2003 Torremolinos
73 『トレモリノス73
』パブロ・ベルヘル
*ゴヤ賞助演男優賞ノミネート、アマのアダルトビデオ監督役
2004 Noviembre アチェロ・マニャス
2004
El
séptimo día カルロス・サウラ *ゴヤ賞助演男優賞ノミネート
2004 María
querida ホセ・ルイス・ガルシア・サンチェス
2006 Remake ロジャー・グアル
2006 El
camino de los ingleses 『夏の雨』アントニオ・バンデラス
*バンデラス初監督、ベルリン映画祭ヨーロッパ作品賞受賞、ラテンビート2007上映
2006 Vete
de mí ビクトル・ガルシア・レオン
*ゴヤ賞主演男優賞を初受賞、及びサンセバスチャン映画祭2006男優賞(銀貝賞)受賞
2010 Lope アンドルチャ・ワディンゴトン *ロぺ・デ・ベガの伝記映画
2011 23-F : la película チェマ・デ・ラ・ペーニャ *ゴヤ賞助演男優賞ノミネート、1981年2月23日に実際に起きた極右派軍人によるクーデタ未遂事件が題材。アルフォンソ・アルマダ将軍役
2012 Insensibles(Painless)『ペインレス』 フアン・カルロス・メディナ初監督
◎スクリーム・フェスト スペイン2013で2週間限定公開されたサイコスリラー
2012 Todo es silencio ホセ・ルイス・クエルダ
2014 Anochece en la India *マラガ映画祭男優賞(銀賞)受賞
*◎印は彼の代表作ではないが公開された、または未公開だがビデオ・DVD化された作品。他にもあるのかもしれないが、一応拾えた作品を載せました。
*ゴチック体がゴヤ賞受賞作品。
(写真:Vete de mí でサンセバスチャン映画祭の男優賞銀貝賞を手にしたディエゴ)
★舞台で出発、テレビ、映画の順ですが、時期的にはだいたい同じです。初期はシリーズ・テレドラが多く、以後もテレビと映画を行ったり来たりしている。テレドラは人気シリーズの主役が多いせいか二股かけられないのかもしれない。合わせると120作を超えるから、彼のキャリアを語ることはミニ・スペイン映画史を語ることに繋がります。
★第1回ゴヤ賞(1987年)にハイメ・カミーノのDragon
Rapide(1986)で主演男優賞にノミネートされたのを皮切りに、ゴヤ賞とは相性がいいほうだと思います。ここではフランコ将軍役の演技が認められてノミネートされました。タイトルの「ドラゴン・ラピード」はイギリスの航空機メーカーが1930年代に開発した双発輸送機、戦時下では軍用機としても使用された。フランコ将軍が1936年6月の軍事クーデタに使ったことから付けられた。ゴヤ賞関連では、フェリクス・ムルシアが美術賞、フェルナンド・フロリードがメイクアップ賞を受賞しました。カミーノ監督の映画は、1984年に開催された「スペイン映画の史的展望<1951~77>」に『1936年の長い休暇』(1975)が上映されただけでしょうか。
(写真はポスター、手前の飛行機がドラゴン・ラピード)
★カルロス・サウラの
La noche oscura(1989)で2回目の主演ノミネートとなりました。しかしフアン・ディエゴの迫真の演技にも拘わらず受賞には至らなかった。「十字架のヨハネ」といわれる洗足カルメル会の司祭、キリスト教神秘思想家サン・フアン・デ・ラ・クルスが、危険思想の異端者としてトレドに9カ月間幽閉されていたときの伝記映画。後に彼の代表作となった『暗夜』誕生が、この幽閉生活にあったことから原題が付けられた。1986年に「スペイン映画講座カルロス・サウラ」が開催されましたが、まだ本作は誕生しておりませんでした。『暗夜』の翻訳が難解ということもあるのか、サウラの代表作であるにも拘わらず未公開です。
(写真:Fotogramas de Honor 2013 をサウラから手渡されるディエゴ、2014年2月25日)
★ゴヤ賞助演男優賞受賞のEl rey pasmado は、ゴヤ賞14部門ノミネート、8受賞の話題作(ただし作品賞・監督賞はとれなかった)。ゴンサロ・トレンテ・バリェステルの小説の映画化。スペイン王で最も政治と女性に疎かったというフェリペ4世の物語。ある日のこと、フェリペ4世は「王妃イサベル・デ・ボルボンのヌードが見たい」と言いだして・・・。タイトルの‘pasmado’は「呆れた・とぼけた・ボケっとした」の意味。フェリペ4世のソックリさんになったガビノ・ディエゴは主演男優賞にノミネートされたが受賞できなかった。フアン・ディエゴは修道士ヴィリャエスクサに扮した。
(写真は修道士に扮したディエゴとオリバーレス公伯爵役のハビエル・グルチャガ)
★この後ブランクがあるのは舞台に専念していたからで、1999年映画に戻って演じたのが、ガルシア・ベルランガのParís Tombuctú のアナーキスト役、2回目のゴヤ賞助演男優賞を受賞した。スペインで最も愛された監督といわれながら、ベルランガ映画は映画祭上映以外1作も公開されておりません。特集が組まれてもおかしくない監督なのに残念です。
★パブロ・ベルヘルのデビュー作『トレモリノス73 』が、「バスク映画祭2003」(『貸し金庫507』で触れてます)にて上映されましたが未公開、ここではアマチュアのアダルトビデオの監督に扮しました。パブロ・ベルヘルは『ブランカニエベス』の成功で、第2作にして有名監督に昇格しました。
★ゴヤ賞主演男優賞とサンセバスチャン映画祭男優賞(銀貝賞)をゲットしたVete de mí は、アルコール中毒の舞台俳優サンチャゴの悲喜劇。小さなアパートで年の離れたガールフレンドと暮らしていたところ、ある日突然30代になってもプータローをしているピーターパン息子ギジェルモ(フアン・ディエゴ・ボトー)が転がり込んでくる。フアン・ディエゴ・ボトーも助演男優賞にノミネートされたが及ばなかった。(写真:サンチャゴとギジェルモ、映画のワンシーン)
★エル・パイスの映画評に、新作Anochece en la India は、盲目の退役軍人をヴットリオ・ガスマンが演じた『女の香り』(1974)や、そのリメイク版アル・パチーノが演じた『夢の香り』(1992)を思い起こさせるとありました。前者は1975年のカンヌ映画祭男優賞、後者はアル・パチーノに念願のオスカー像をもたらしました。しかしそんなに遡らなくても、今年のマラガで名誉賞にあたるレトロスペクティブ賞を受賞したホセ・サクリスタンが演じた雇われ殺し屋の死出の旅 El
muerto y ser feliz(ハビエル・レボージョ)のほうが類似している。こちらも老人のロード・ムービーだ。サクリスタンはサンセバスチャン2012の男優賞(銀貝賞)と2013年のゴヤ賞男優賞を受賞した。両方とも死と生がイコールというか、自分らしい死をどう迎えるかは「どう生きるかにある」と言っている。尊厳死のことでもあるのだと思う。
*ホセ・サクリスタンについてはゴヤ賞2013予想と結果②にUP済み(2013年8月18日)。
★フアン・ディエゴJuan Diego Ruiz Moreno:1942年セビリャ州のボルムホス生れ。セビリャから西に8キロ、彼はボルムホスの有名人です(笑)。フランコ体制ながら田舎でサッカーに興じる幸せな少年時代を過ごした。農作業がしたくなくて1957年セビリャに移住、そこで初めて舞台に立ち、これが自分の天職だと思ったという根っからの役者。最初の本格的舞台は18歳で演じたベケットの『ゴドーを待ちながら』、それからは主にテレドラのシリーズに出演、映画デビュー、現在は2012年11月から始めた独り芝居La
lengua madre(フアン・ホセ・ミジャスの脚本)がロングランを続けており(スペイン各地を巡業)、役者人生も半世紀を超えた。政治意識の高い俳優で、ごく若い頃には労働者・学生運動にもコミットしており、スペイン共産党の活動家として知られている。しかし、彼の政治活動は複雑で、現在の立ち位置はどうなのだろうか。
(写真は長寿テレドラ
Los hombres de Paco(2005~10)の仲間と。ディエゴは警察署長ドン・ロレンソ・カストロ役)
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