グスタボ・ロンドン・コルドバの「La familia」*カンヌ映画祭2017 ③2017年04月28日 21:37

         ベルリナーレ・タレントからカンヌの「批評家週間」へ

 

   

★ベネズエラは南米でも映画は発展途上国、当ブログでもミゲル・フェラリのAzul y no rosa13)、アルベルト・アルベロの『解放者ボリバル』(ラテンビート2014)、マリオ・クレスポのデビュー作Lo que lleve el rio15)、ロレンソ・ビガスがベネチア映画祭2015で金獅子賞を受賞した『彼方から』(ラテンビート2016)など数えるほどしかありません。国家予算の大半をアブラに頼っているベネズエラでは、最近の原油安はハイパー・インフレを生み、カラカスでは先月から1か月も抗議デモが続いています。マドゥロ大統領は催涙ガスでデモ隊に応戦、町中はガスが充満して、デモでの死者は24人と海外ニュースは報じています(426日調べ)。国債急落、貧困や犯罪に苦しむ国民は、大統領選挙と総選挙を求めていますが、マドゥラ大統領にその気はないようです。そんな困難をきわめるベネズエラから今年のカンヌの作品紹介を始めたいと思います。

 

グスタボ・ロンドン・コルドバのデビュー作La familiaは、イベロアメリカ諸国の映画製作を援助しているIbermediaプロジェクトのワークショップ、オアハカ・スクリーンライターズのラボなどを経た後、2014年の「ベルリナーレ・タレント・プロジェクト・マーケット」(デモテープや未完成作品を専任の審査員が選ぶ)から本格的に始動した。続いてカンヌ映画祭2014の「ラ・ファブリケ・シネマ・デュ・モンド」(若い才能の発掘と促進を目指す組織)で完成させ、今年の「批評家週間」に正式出品されることになった作品。

 

   La familia 2017 

製作:Factor RH Producciones / La Pantalla Producciones(ベネズエラ)/ Avira Films(チリ)

   / Dag Hoels(ノルウェー)/ 協賛:CNAC Centro Nacional Autónomo de Cinematografía

監督・脚本・製作者:グスタボ・ロンドン・コルドバ

助監督:マリアンヌ・Amelinckx

撮影:ルイス・アルマンド・アルテアガ

録音:マウリシオ・ロペス、イボ・モラガ

製作者:ナタリア・マチャード、マリアネラ・イリャス、ルベン・シエラ・サリェス、

    ロドルフォ・コバ、ダグ・ホエル、アルバロ・デ・ラ・バラ

データ:製作国べネズエラ=チリ=ノルウェー、スペイン語、2017年、ドラマ、82分、プログラム・イベルメディア、ノルウェーのSorfondの基金をうけている。

映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2017「批評家週間」正式出品

キャスト:ジョバンニ・ガルシア(父親アンドレス)、レジー・レイェス(息子ペドロ)他

 

          

 

          (ペドロとアンドレス、映画から)

 

プロット35歳のアンドレスは12歳になる息子のペドロとカラカス近郊のブルーカラーが多く暮らす地区に住んでいたが、二人は互いに干渉し合わなかった。アンドレスは日中は掛け持ちの仕事に明け暮れ、ペドロは仲間の少年たちとストリートをぶらつき、彼らから暴力の手ほどきを受けていた。彼を取りまく環境は日常的に暴力が支配していた。ある日ボール遊びの最中、ペドロは喧嘩となった少年を瓶で怪我させてしまう。それを知ったアンドレスは、復讐の予感に襲われ息子をこのバリオから避難させる決心をする。この状況は息子をコントロールできない若い父親の身を危うくすることになるだろうが、同時に意図したことではないが、二人を近づけることにもなるだろう。

 

         La familia」のアイディアはどこから生まれたか

  

★表面的には取りたてて大きな事件が起こるわけではないが、目に見えない水面下では変化が起きているという映画のようです。監督は上記の「ラ・ファブリケ・シネマ・デュ・モンド」のインタビューで、本作のアイディア誕生について「数年前にある事件に巻き込まれたメンバーの家族を助けるということがあり、それがきっかけで家族をテーマにした短編を撮りたいと考えるようになった。だから最初は短編『家族』プロジェクトとしてスタートさせた」と答えている。だから非常に個人的な動機だったようです。ベネズエラと暴力はイコールみたいですが、監督は好きな作品として、ヴィム・ヴェンダースの『パリ、テキサス』84、パルムドール)や、トルコのヌリ・ビルゲ・ジェイランの『冬の街』03、カンヌ・グランプリ)を挙げている。特に『冬の街』については、「ストーリーはシンプルだが深い意味をもっていて、ラストシーンの美しさは忘れがたい」と語っている。表面的には静かだが、水面下では動いている映画が好みのようです。シンプルなストーリーで観客を感動させるのは難しい。

 

★他にアルゼンチンのリサンドロ・アロンソの『死者たち』04Los muertos」)、ダルデンヌ兄弟の『少年と自転車』11、カンヌ・グランプリ)に影響を受けたと語っている。おおよそ本作の傾向が見えてきます。リサンドロ・アロンソについては、『約束の地』14Jauja」)が公開された折に作品紹介と監督紹介をしております。「フランスの好きな映画監督2人を挙げてください」というインタビュアーに対して、ロベール・ブレッソンとジャック・オーディアールを挙げていました。ブレッソンは若手監督に人気がありますね。

『約束の地』の記事は、コチラ201571

  

グスタボ・ロンドン・コルドバGustavo Rondón Córdovaは、1977年カラカス生れ、監督、脚本家、編集者、製作者。ベネズエラ中央大学コミュニケーション学科の学位取得、チェコのプラハの演出芸術アカデミーからも映画演出の学位を取得している。ベネズエラ中央大学は1721年設立された南米最古の伝統校。本作は長編映画デビュー作であるが、過去に6作の短編を撮っており、ベルリン、カンヌ、ビアリッツ、トゥールーズ、トライベッカなどの国際映画祭に出品されている。「La linea del olvido」(0514分)、コメディ「¿Qué importa cuánto duran las pilas?」(0510分)、中で最新作のNostalgia12)は、ベルリン映画祭短編部門に正式出品された。

 

   

 

★キャスト紹介:ジョバンニ・ガルシアは、ロベール・カルサディリャのEl Amparo16、ベネズエラ=コロンビア)に出演している。サンセバスチャン映画祭2016「ホライズンズ・ラティノ」などにエントリーされた後、ビアリッツ映画祭(ラテンアメリカ・シネマ)観客賞、サンパウロ映画祭で脚本賞・新人監督賞、ハバナ映画祭でルーサー・キング賞を受賞するなどの話題作。1988年ベネズエラのエル・アンパロ市で実際に起きた、14名の漁師が虐殺された実話に基づいて映画化された。同作の編集を担当したのがグスタボ・ロンドン・コルドバ、またガルシアはプロデューサーとしても参画している。

 

    

    

「批評家週間」にマルセラ・サイドの新作*カンヌ映画祭2017 ②2017年04月25日 13:32

         もう1作はベネズエラのグスタボ・ロンドン・コルドバの「La familia

 

★予定より早く「批評家週間」と「監督週間」のノミネーション発表がありました。今回は1962年から始まった前者のご紹介。カンヌ本体とは別組織が並行して開催する映画祭ですが、例年一括りにしてご紹介しています。長編第1作から2作目までが対象です。いわゆる<巨匠>などがエントリーされることがなくずっとスリリングです。昨年はガリシアの監督オリヴェル・ラセのデビュー作Mimosasがグランプリ、2015年はアルゼンチンのサンティアゴ・ミトレの『パウリーナ』(ラテンビート2015)がグランプリを受賞して結構勝率が高い。2015年は「監督週間」ですが、チロ・ゲーラの「El abrazo de la serpiente」(邦題『彷徨える河』で公開)が作品賞を受賞するなど、ラテンアメリカが頑張った年でした。今年の期間は518日から26日まで、カンヌ本体より先に結果発表があります。

 

★今年は、チリ=フランス合作のマルセラ・サイドの第2Los perros(ワールド・プレミア)とベネズエラ=チリ=ノルウェー合作のグスタボ・ロンドン・コルドバLa familia2作品、ラテンアメリカからは他にブラジルの作品も選出されました。

 

マルセラ・サイドは、1972年サンチャンゴ生れのチリの監督、脚本家、プロデューサー、女優。デビュー作El verano de los peces volandores2013年の「監督週間」に出品され、続いてトロント映画祭の「Discovery」部門で上映された監督です。新作「Los perros」の主人公は『ザ・クラブ』(パブロ・ラライン)のアントニア・セヘルスとアルフレッド・カストロとチリの大物二人が出演、いずれ作品と監督キャリア紹介はアップする予定です。

 

   

 

グスタボ・ロンドン・コルドバは、1977年カラカス生れのベネズエラの監督、脚本家、編集者、プロデューサー。本作は長編映画としては第1作目ですが、以前から短編がベルリン映画祭で注目を浴びていた監督、ということで次回はデビュー作La familiaのご紹介を予定しています。

 

  

 

『彼方から』 ロレンソ・ビガス*ラテンビート2016 ③2016年09月30日 15:40

         金獅子賞を初めて中南米にもたらしたベネズエラ映画

 

★若干古い作品のうえ複数回にわたって紹介しているので、分類2)再構成して1本化したほうがいいものとして纏めてみました。ロレンソ・ビガス『彼方から』Desde allá”)は、ベネチア映画祭2015では、From Afar”(「フロム・アファー」)の英語題で上映されました。従って当ブログでも同じタイトルでアップしていたものです。2015年のベネチアは世界の巨匠たち――アレクサンドル・ソクーロフ、アトム・エゴヤン、それにアモス・ギタイ――などの力作が目立った年でした。ビガス監督も「同じ土俵で競うなんて、本当に凄い。まだノミネーションが信じられない。デビュー作が三大映画祭のコンペティションに選ばれるなんてホントに少ないからね」と興奮気味でした。だから金獅子賞受賞など思ってもいなかったことでしょう。しかし長編は初めてですが、短編Los elefantes nunca olvidan2004、監督・脚本・製作、製作国メキシコ)が、カンヌ映画祭、モレリア映画祭その他で上映されるなど、ベネズエラではベテラン監督です。

 

    

            (金獅子賞を掲げたビガス監督、 ベネチア映画祭2015授賞式にて)

 

   『彼方から』Desde alláFrom Afar”)

製作:Factor RH Produccionesベネズエラ / Lucia Filmsメキシコ / Malandro Films(同)

監督・脚本・製作:ロレンソ・ビガス

脚本(共同):ギジェルモ・アリアガ

撮影:セルヒオ・アームストロング

製作者:エドガー・ラミレス(エグゼクティブ)、ガブリエル・リプステイン(同)、ギジェルモ・アリアガ、マイケル・フランコ、ロドルフォ・コバ

データ:製作国ベネズエラ­=メキシコ、スペイン語、201593分、撮影地カラカス

 

映画祭・映画賞:ベネチア映画祭金獅子賞、サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ部門ベストパフォーマンス(ルイス・シルバ)、ビアリッツ(ラテンアメリカ・シネマ)映画祭男優賞(ルイス・シルバ)、ハバナ映画祭第1回監督作品賞、マイアミ映画祭脚本賞、テッサロニキ映画祭脚本賞&男優賞(アルフレッド・カストロ)、映画祭上映はトロント、ロンドン、モレリア他、世界の映画祭を駆け巡った。第25回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭2016717日)上映作品。

 

キャスト:アルフレッド・カストロ(アルマンド)、ルイス・シルバ(エルデル)、ヘリコ・モンティーリャ、カテリナ・カルドソ、ホルヘ・ルイス・ボスケ、スカーレット・ハイメス、他初出演者多数

 

プロット:義歯技工士アルマンドの愛の物語。アルマンドはバス停留所で若い男を求めて待っている。自分の家に連れ込むためにはお金を払う。しかし一風変わっているのは、男たちが彼に触れることを受け入れない。二人のあいだにある「エモーショナルな隔たり」からのほのめかしだけを望んでいる。ところが或るとき、不良グループのリーダー、エルデルを誘ったことで運命が狂いだす。アルマンドを殴打で瀕死の状態にしたエルデルの出会いを機に彼の人生は破滅に向かっていく。タイトルの“Desde allá”は「遠い場所から」触れることのない関係を意味して付けられた。「愛の物語」ではあるが、ベネズエラの今日を照射する極めて社会的政治的な作品。 

 

  

                    (二人の主人公、アルマンドとエルデル、映画から)

 

主役のアルフレッド・カストロはチリのベテラン俳優、パブロ・ララインの「ピノチェト三部作」ほか全作の殆どに出演しており、当ブログでも再三登場させています(ララインの最新作“Jackie”はアメリカ映画で例外です)。他のキャストはテレビや脇役で映画出演しているだけのC・カルドソやS・ハイメス以外は、本作が初出演のようです。ベネチアでは「エルデル役のルイス・シルバは映画初出演ながら、ガエル・ガルシア・ベルナルのようなスーパースターになる逸材」と監督は語っておりましたが、その後の映画祭受賞歴をみれば当たっていたようです。

 

     

                            (アルフレッド・カストロ、映画から)

 

プロットからも背景に政治的なメタファーが隠されているのは明らかです。ベネズエラのような極端な階層社会では今日においても起こりうることだと監督。プロデューサーの顔ぶれからも想像できるように、ベネズエラ(エドガー・ラミレス『解放者ボリバル』、ロドルフォ・コバAzul y no tanto rosa)、メキシコ(ギジェルモ・アリアガ21グラム』『アモーレス・ペロス』、ミシェル・フランコ『父の秘密』『或る終焉』)と、ベテランから若手のプロデューサーや監督が関わっています。ミゲル・フェラーリ監督の“Azul y no tanto rosa”は、ゴヤ賞2014イベロアメリカ映画賞受賞作品です。

 

 

          *監督キャリア&フィルモグラフィー紹介

ロレンソ・ビガスLorenzo Bigas Castes1967年ベネズエラのメリダ生れ、監督、脚本家、製作者。大学では分子生物学を専攻した変わり種。それで「分子生物学と映画製作はどう結びつくの?」という質問を度々受けることになる。後にニューヨークに移住、1995年ニューヨーク大学で映画を学び、実験的な映画製作に専念した。1998年ベネズエラに帰国、ドキュメンタリー“Expedición”を撮る。1999年から2001年にかけてドキュメンタリー、CINESA社のテレビコマーシャルを製作、2003年、初の短編映画Los elefantes nunca olvidan13分、プレミア2004年)を撮り、カンヌ映画祭2004短編部門で上映され、高い評価を受ける。製作国はメキシコ、スペイン語。カンヌの他、モレリア映画祭、ウィスコンシン映画祭に出品された。共同製作者としてメキシコのギジェルモ・アリアガ、撮影監督にエクトル・オルテガが参画して撮られた。

 

★その後メキシコに渡り長編映画の脚本を執筆、それがDesde alláである。Los elefantes nunca olvidanから十年あまりで登場した長編がベネズエラに金獅子賞を運んできた。しかし「皆が気に入る映画を作る気はありません。ベネズエラを覆っているとても重たい社会的政治的経済的な問題について、人々が話し合うきっかけになること、隣国とも問題を共有していくことが映画製作の目的」というのが受賞の弁でした。政治体制の異なる隣国コロンビアやアルゼンチンの映画を見るのは難しいとビガス監督。

 

★また「映画は楽しみであるが、問題山積の国ではシネアストにはそれらの問題について、まずディベートを巻き起こす責任がある。だから議論を促す映画を作っている」と明言した。「階層を超えて、指導者たちも同じ土俵に上がってきて議論して欲しい。映画は中年男性の同性愛を扱っていますが、それがテーマではありません。最近顕著なのは混乱が日常的な国では、階層間の緊張が高まって、人々の感情が乏しくなっていること、それがテーマです。また父性も主軸です」とも。義歯技工士はお金を払った若者に触れようとせず彼方から見つめるだけ、父親と息子の関係を象徴しているようです。

 

     

      (左から、アルフレッド・カストロ、監督、ルイス・シルバ 2015年ベネチアにて)

 

今年のベネチア映画祭ではコンペティション部門の審査員の一人になり選ぶ立場になりました。彼自身もベネズエラではよく知られた画家だった父親オスワルド・ビガスを語ったドキュメンタリーEl vendedor de orquídeas(ベネズエラ、メキシコ)が特別上映される機会を得た。制作過程でメキシコのシネアスト、バレンティナ・レドゥク・ナバロの援助を得ることができた。オフェリア・メディーナがフリーダ・カーロに扮した『フリーダ』(83)やカルペンティエルの短編『バロック』(88)を映画化したポール・レドゥク監督の娘です。「感謝を捧げるドキュメンタリーにする気は全然なかった。父を特徴づける暗い痛ましい部分もいれて、70年代当時の美術界の動向を中心にすえた」と監督。「父は20144月に90歳で死ぬまで毎日描き続けた」とも。

 

★ミシェル・フランコの新作“Las hijas de abril”のプロデュースを手掛けているが、来年には長編第2La cajaに着手する。短編Los elefantes nunca olvidanと『彼方から』、次回作の3本を合わせて三部作にしたい由。

 

    

                       (父オスワルド・ビガス、自作をバックにして)

 

主な関連記事・管理人覚えは、コチラ⇒201588同年9月21日同年109


ベネズエラ映画*マリオ・クレスポのデビュー作”Lo que lleva el r:io”2015年12月28日 12:25

        オリノコ・デルタで暮らす少数民族女性の向上心と愛の物語

 

★本作はアカデミー賞とゴヤ賞2016のベネズエラ代表作品でしたが、前者はプレセレクションの段階で落選、後者もノミネーションには至りませんでした。主人公ダウナDaunaは、ベネズエラのオリノコ・デルタに暮らす少数民族ワラオWarao(またはグアラオGuarao)語族の若い女性、彼女は女性特有の役割を強制する「共同体」から脱出して、町の学校で勉強したいと願っている。年々グローバル化する多文化の世界で、二つの社会を行ったり来たりする女性の困難さが語られる。ヒロインのダウナにはグアラオ語族出身のヨルダナ・メドラノが扮する。

 

         

                      (ダウナ役のヨルダナ・メドラノ、映画から)

 

    Dauna, Lo que lleva el río”(“Gone with the River”)2014

製作:Asociación Civil Yakari / Alfarería Cinematográfica

監督・脚本・プロデューサー:マリオ・クレスポ

脚本(共同)・プロデューサー:イサベル・ロレンス

音楽:アロンソ・トロ

撮影:ヘラルド・ウスカテギ

編集・プロデューサー:フェルミン・ブランヘル

衣装デザイン:フアン・カルロス・ビバス

メイクアップ:グスタボ・アドルフォ、ゴンサレス・バレシリョス

プロダクション・マネジメント:アドリアナ・エレラ

助監督:ルイス・フェルナンド・バスケス

音響:ガブリエル・デルガド・ペーターセン、グスタボ・ゴンサレス、他

 

データ:製作国 ベネズエラ、言語 ワラオ語・スペイン語(ワラオ語にはスペイン語字幕入り)、2014年、104分、製作費予算:626,500ドル(IMDbデータ)、撮影地 オリノコ・デルタ、カラカス、協賛CNAC Centro Nacional Autónoma de Cinematografía / IBERMEDIA 他、ベネズエラ公開320

 

受賞歴・映画祭上映:ベルリン映画祭2015正式出品、サンパウロ映画祭、モントリオール映画祭、ハバナ映画祭サラ・ゴメス賞、ウエルバ・イベロアメリカ映画祭スペシャル・メンションとイベロアメリカの現実を反映した映画に贈られる作品賞を受賞、バルセロナ・ラテンシネマ限定上映

 

キャスト:ヨルダナ・メドラノ(ダウナ)、エディー・ゴメス(タルシシオ)、ディエゴ・アルマンド・サラサール(フリオ神父)、他

 

プロット:オリノコ・デルタの北西で暮らす少数民族女性ダウナの向上心と愛の物語。語学の習得に優れた才能をもつダウナは、家族やフリオ神父の助けを借りて勉学に励んだ。子供の頃に将来を誓い合った恋人タルシシオも忍耐強く彼女を支えた。しかしどうしたらワラオ共同体の社会的圧力をはねつければいいのか、その術が分からなかった。ダウナのタルシシオへの愛に偽りはなかったが、彼が共同体の伝統に縛られ、いずれ敗北してしまうのではないかと怖れていた。

 

           

                            (ダウナとタルシシオ、映画から)

 

マリオ・クレスポMario Crespo 監督は、1949年キューバ生れ、脚本家、製作者、監督。チャベス政権初期の2000年、話者およそ35,000人を有する国内第2位のワラオ語消滅の危機を回避するためと少数民族の歴史的記憶の復権などの目的でベネズエラに赴いた。2001年、共同体のメンバーにビデオ撮影の技術指導をするため現地入りした。以後ベネズエラに定住しで映画製作に携わっている。ドキュメンタリー作家としての経歴が長く、65歳にして今回初めて長編劇映画に挑戦した。本作の構想は10年前から始まり、現地の数家族と居を共にして日常生活を観察しながら取材を重ねた。その後、共同脚本家のイサベル・ロレンスと二人で構想を練った。

 

 

 (ポスターを背にマリオ・クレスポ監督

 

★イサベル・ロレンスは、脚本家の言葉として〈闘う女性〉の姿を描き出したかった。例えばダウナは映画の4分の3、約1時間もスクリーンに登場、少数民族の女性が負わされている複雑に絡みあった困難に直面している。「どんな環境に暮らそうとも、いかなる人も、男でも女でも、何かを学びたいと考えるのは自然だ」というクレスポの言葉に共感していると語っている。

 

★本作はワラオ語とスペイン語のバイリンガルで撮られた世界初のフィクションになる。監督によると、「まずスペイン語の脚本をワラオ語に翻訳することから始めた。ところが出演者の大多数は字が読めないからワラオ語の台本作りは徒労に終わった。それでこれから撮影するシーンを何回も口頭で説明した。どんなシチュエーションなのか、彼らが理解しやすく内面化できるように記述を工夫した」と語っている。

 

★少ない資金のため夜間のシーン以外は照明を使用せず、撮り直しを避けて2台のカメラで撮影した。それは本作がドキュメンタリー要素の強いフィクションなので、即興で起る新鮮さを失わないためでもあった。例えば、まだ子供だったタルシシオが友達のダウナにプロポーズするシーンを撮っているとき、彼は恥ずかしくて両手で顔を被ってしまった。これはホンにはなかったことで、繰り返し撮ろうとしても上手くいかなかったろう。ワラオの人はとても控えめで、撮影の中断や繰り返しを自分たちのせいと思ってしまうのだろう。製作費はベネズエラのCNACIBERMEDIAの援助を受け、最終的には750万ボリーバル(約120万ドルに相当)だった。

  

      

               (ヨルダナ・メドラノ、クレスポ監督、ベルリン映画祭にて)

 

★配給会社探しは困難を極めたらしい。ワラオ語の映画と聞けば、大抵の配給元は尻込みするだろう。移動スクリーンを使用して現地で撮影会をした。集まった出演者の驚きは相当なものだったらしい。それもこれも分かりますね。映画後進国ベネズエラの近年の躍進には目を見張るものがあります。当ブログで記事にしたロレンソ・ビガスの“Desde allá”(ベネチア映画祭2015金獅子賞)、マリアナ・ロンドンPelo malo”(サンセバスチャン映画祭2013金貝賞)、ミゲル・フェラリAzul y no rosa”(ゴヤ賞2014イベロアメリカ映画賞)などが記憶に新しい。

 

★つい最近126日にあった議会選挙では、1999年より政権をとっていたベネズエラ統一党が大敗を喫し、反チャベスの民主統一会議が勝利した。中国の出方にもよるが政治地図は大きく変わらざるをえない。国家の予算の大半を原油に頼るベネズエラでは、昨今の原油安は危急存亡の秋かもしれない。マドゥロ大統領の任期は2019年まであるが、ハイパー・インフレに苦しむ国民の忍耐が何時まで続くか、前途は厳しいのではないか。映画文化も無縁ではいられない。


オスカー賞代表に選ばれなかった金獅子受賞作品「フロム・アファー」2015年10月09日 14:42

       ベネズエラ映画アカデミーの不可解な選択

 

★ラテンビートまたは東京国際映画祭で見たかった作品の一つがロレンソ・ビガスDesde allá(“From Afar”「フロム・アファー」)でした。初めて中南米に金獅子賞のトロフィーをもたらした作品。ベネチア後も次々に上映される映画祭廻りに奔走するビガス監督に代わって、テレビに引っ張りだこのルイス・シルバ(主演男優)、映画祭など興味のなかったお茶の間の皆が知ってる映画だった。ところがベネズエラはオスカー賞代表作品に選ばなかったのだ。何故選ばなかったのか、宣伝費ゼロで世界の映画市場に乗りこめたはずなのに。教会には行かないがカトリック教徒が多数派のベネズエラでは、愛の許容度が狭く同性愛に触れるのは今でもタブーということなのだろうか。

 


★パブロ・ララインのお気に入り俳優アルフレッド・カストロがチリを離れてベネズエラ映画に出ると聞いて興味津々でした。2014年の年初から首都カラカスの街中で始まった撮影は、かなり大掛かり、街頭での撮影は何枚も書類を書かなければオーケーが出ない。多分当時は詳しい内容が分かっていなかったから可能だったのかもしれない。

 

★ビガス監督によると「これは同性愛についての映画ではなく愛の物語」だそうです。男と女のノーマルな愛とは違うが、じゃノーマルとは何かということですね。主人公のアルマンドの人格はかなり複雑だが、構図的にはそんなに複雑ではないように思える。魅惑と憎しみが混在しているアルマンド(50代の義歯技工士、裕福、陰気、不実)VS街中をうろつく逃げ場のないエルデル(17歳の不良少年、貧乏、純粋、孤立無援)と、メタファーも分かりやすい。最初から悲劇に終わる予感を抱かせる映画だが、問題はエンディングが観客に充分説得力をもっていたかどうかだろう。

 


★ベネチアの後、トロント映画祭、サンセバスチャン映画祭、ビアリッツ・ラテン映画祭、そして10月にはロンドン映画祭上映が確定した。サンセバスチャンではエル・パイスのインタビューに応じた。結構面白いQ&Aで、かいつまんでご紹介すると、自分の人生を変えた映画は、イングマール・ベルイマンの映画だそうです。「人間の内面、無意識についての映画だと気づいたとき、とても興奮した」と。具体的には1960年代に撮られたリヴ・ウルマンが主演した『仮面/ペルソナ』66)と『情熱』(『沈黙の島』69)を挙げているが、すべての作品にインパクトを与えられたそうです。彼は1967年生れ、当然リアルタイムではない。

 

★本作ではリハーサルをせず、朝食をすますとセットに出向き、撮影20分前に出演者たちに脚本を渡した。つまり俳優たちは以前に脚本を読んでいない。これはララインが『ザ・クラブ』で同じ方法をとった。「出演者には前もってシナリオを渡さず、大枠の知識だけで撮影に入った。つまり誰も自分が演ずる役柄の準備ができないようにした」と語っていた。両方に出演したアルフレッド・カストロは経験済みだが、なかには不安を覚えた出演者もいたのではないかと想像する。

 

★映画祭で隣り合って着席したい人は誰かと訊かれて、トルコの「ヌリ・ビルゲ・ジェイラン」と即答、「今一番尊敬している監督、今回の(ベネチア)映画祭の閉会式後に食卓を一緒に囲んで歓談でき、希望が叶った」と、彼は審査員の一人でした。金獅子受賞は審査委員長キュアロンの後押しだけではなかったようです。勿論、アトム・エゴヤンの“Remember”を推していた審査員もいたでしょうが。誇りに思うことは二人の俳優(カストロと青年役のルイス・シルバ)と仕事ができたこと、そして審査員が映画を気に入ってくれたことだそうです。

 

★人生の初めにどんな映画を見たらいいか、「もし私が5歳だったら、想像力をふくらます映画、例えば宮崎駿の作品、映画を作りたい若い人にも同じことを薦める」そうです。エレベーターで偶然乗り合わせたい人はスカーレット・ヨハンソン、好きな場所はカラカスの自宅、週末には友人たちとお喋りしたい、メッシとクリスティアーノ・ロナウドではどちらの贔屓、両方のファンだよ、でもメッシかな・・・、もう映画とは関係ない。

 

短編Los elefantes nunca olvidan2004、監督・脚本・製作、製作国メキシコ、スペイン語)は、カンヌ映画祭の他、モレリア映画祭、ウィスコンシン映画祭で上映された(英語字幕付きがYouTubeで見ることができます)。この短編と受賞作、既にタイトルも決まっている次回作La caja3本を合わせて三部作にしたい由。

 


★キャスト、プロット、ロレンソ・ビガス監督のキャリアとフィルモグラフィー紹介、並びに金獅子賞受賞の記事はアップ済みなので繰り返しません。

作品・監督紹介記事は、コチラ⇒201588

金獅子賞受賞のニュース記事は、コチラ⇒2015921

 

 

金獅子賞はベネズエラの「フロム・アファー」*ベネチア映画祭2015 ⑤2015年09月21日 18:34

         さようならアジア、こんにちはラテンアメリカ

 

ロレンソ・ビガスDesde allá(“From Afar”「フロム・アファー」)金獅子賞受賞のニュースには心底驚きました。当ブログを開設して2年になりますが、こんなサプライズは初めてです。仮に5年前に開設していたとしても驚きは同じだったかもしれません。とにかくノミネーションで驚いていたのですから。知名度もありベネチアとは相性のいいパブロ・トラペロEl clan(“The Clan”「ザ・クラン」)が、何かの賞に絡む可能性はあると思っていました。だからトラペロの監督賞(銀獅子)受賞だけでしたら驚きませんでしたが、金銀のアベック受賞となると話は別でしょう。

 


         (金獅子賞のトロフィーを手に、ロレンソ・ビガス監督)

 

★カンヌと違ってベネチアは、1989年の台湾のホウ・シャオシェン(今回審査員の一人)『悲情城市』以来、北野武97、チャン・イーモウ98、ジャファル・パナピ2000、ミーラー・ナーイル01、ジャ・ジャンクー06、アン・リー07、キム・ギドク『嘆きのピエタ』2012までアジア勢が目立っていた。ラテンアメリカは、同時期開催のサンセバスチャン、またはベルリン、カンヌに向かっていた印象でした。ベネズエラがコンペティションに選ばれたのも初めて、金獅子賞が大西洋を越えてラテンアメリカ大陸に届いたのも初めてです。今回のアベック受賞が刺激になって流れが少し変わるかもしれません。

 

    「皆が気に入る映画を作る気はありませんが」とビガス監督

 

★テーマも映画手法も異なる映画がベネチアで評価された、これはアクシデントではないか。ラテンアメリカ諸国は、1国だけでは経済規模も市場も小さくて映画産業が成り立たない。逆にこれが幸いしたと思う。スペインだけでなくフランス、ドイツ、イタリアまたはラテンアメリカ諸国同士の合作が大勢を占める。ラテンアメリカと一括りされるが各国ともその成り立ちや人種構成が違うから当然国民性にも特徴がある。異文化同士が集まれば摩擦も起きるが、それ以上にカルチャーショックがプラスに転じ、得るところのほうが多くなる。ベネズエラのロレンソ・ビガスDesde alláの主人公の義歯技工士にはチリのベテランアルフレッド・カストロが扮した。パブロ・ララインの「ピノチェト三部作」ほか全作の殆どに出演しています。二人はラテンビート2015『ザ・クラブ』で三度目の登場となりますが、本作はベルリン映画祭2015のグランプリ審査員賞受賞作品です。

 

★盆とお正月が一緒にきたような金獅子受賞ですが、「皆が気に入る映画を作る気はありません。しかしベネズエラを覆っているとても重たい社会的政治的経済的な問題について、人々が話し合うきっかけになること、隣国とも問題を共有していくことが映画製作の目的」というのが受賞の弁です。政治体制が異なるから隣国コロンビアやアルゼンチンの映画をベネズエラで見るのは難しいとビガス監督。また、「映画を見るのは楽しみでもある。しかし問題山積の国では、シネアストにはそれらの問題について、ディベートを巻き起こす責任がある。だから議論を促す映画を作っている」と明言した。「階層を超えて、指導者たちも同じ土俵に上がってきて議論して欲しい。映画は中年男性の同性愛を扱っていますが、それがテーマではありません。最近顕著なのは混乱が日常的な国では、階層間の緊張が高まって、人々の感情が乏しくなっていること、それがテーマです。また父性も主軸です」とも。義歯技工士はお金を払った若者に触れようとせず離れたところから見つめるだけ、父親らしい関係を象徴しているようです。

 


    (左から、アルフレッド・カストロ、監督、ルイス・シルバ ベネチアにて)

 

長編デビュー作と言っても、既に短編がカンヌで評価されたベネズエラではベテラン監督です。オリジナル脚本はメキシコのギジェルモ・アリアガ、主役をチリのベテランを起用、これで面白くならなかったらおかしいくらいです。タイトル“Desde allá”の意味、監督キャリア&フィルモグラフィー、アルフレッド・カストロ紹介などは、アップ済みなので繰り返しません。金獅子賞受賞作品はおおかた劇場公開されています。大いに期待したいところですが、その折りには別の角度から記事にしたいと考えています。

Desde allá”(「フロム・アファー」)紹介の記事は、コチラ⇒201588

『ザ・クラブ』の記事は、 コチラ⇒2015222


       ラテンアメリカ映画のダブル受賞はアクシデントではない

 

★先ほど「これはアクシデントではないか」と書きましたが、パブロ・トラペロは、「ラテンアメリカ映画が受賞したのは決して偶然のことではない」とはっきり。確かにここ15年間ぐらいのラテンアメリカ映画の躍進を見れば、新しい波ヌーベル・ヴァーグが押し寄せていると実感できます。アルゼンチンだけでなく、メキシコ、ブラジル、特に最近のチリ、コロンビア、そして「フロム・アファー」のベネズエラなど。ベルリン、カンヌ、サンセバスチャン、トロントと受賞作が増加していますね。トラペロ自身は、「今回は受賞なし」と判断して発表前の水曜日夜にブエノスアイレスに帰国してしまっていた。ところが「監督賞をあげるから早く戻ってきて」という本部からの電話で急遽金曜日にリド島にリターン、日曜日のガラに無事間に合ったということです。受賞後のまだ興奮冷めやらぬ廊下でスペイン・メディアに打ち明けたらしい()。どうやら受賞作品は二、三日前に決定していることがあるみたいです。

 


      (授賞式に間にあったパブロ・トラペロ、銀獅子賞のトロフィーを手に)

 

★まあ、審査委員長がメキシコのアルフォンソ・キュアロンだったことも否定しません。しかし、審査団にはポーランドのパヴェウ・パヴリコフスキ、台湾のホウ・シャオシェン、伊フランチェスコ・ムンズィ、英のリン・ラムジー、仏のエマニュエル・カレル、トルコのヌリ・ビルゲ・ジェイランなどの監督たち、ハリウッドで活躍中の女優、米のエリザベス・バンクス、独のダイアン・クルーガーと国際的にも偏りがなかった。ノミネーション作品もM・ベロッキオ、A・エゴヤン、A・ソクーロフ、イエジー・スコリモフスキ、A・ギタイなど大物監督が顔を揃えていたから、ロレンソ・ビガスが金獅子賞など誰が予想していたでしょうか。

 


     (プッチオ家ファミリーをバックにしたポスター、中央がフランセージャ

 

★「ザ・クラン」は実在のアルキメデス・プッチオの犯罪にインスパイアーされて製作された。主役のアルキメデス・プッチオにカンパネラの『瞳の奥の秘密』でリカルド・ダリンの相棒になって洒脱な演技を披露したギジェルモ・フランセージャが扮した。TVでは知らない人がいないといわれるコメディアン、そのミスマッチが見どころ。プッチオのような犯罪が罰せられずにいられたのは、1980年初頭、軍事独裁政権の最後を支えていた人々の無責任と自由放任を利用できたからだという。

 


                  (逮捕されたアルキメデス・プッチオ

 

★「映画は本来、私たちをワクワクさせ、私たちの考えに変更を加える可能性をもっている。だから映画を作る人は責任をもたなければいけない。映画は娯楽や興行でもあるが、同時に助言でもある」と主張する。「観客におもねる映画に抵抗するには、よい映画を作りつづけるしかない」と監督。トラペロらしい発言ですが、今回の受賞作は以前よりエンターテイメントの部分があり公開が期待できそう。本作も既に監督のキャリア&フィルモグラフィーをアップしております。

 El clan”(「ザ・クラン」)紹介記事は、コチラ⇒201587

 

第72回ベネチア映画祭2015*ノミネーション発表 ②2015年08月08日 18:35

     ベネズエラ初のコンペティションに選ばれたロレンソ・ビガスの快挙

 

★初監督作品とはいえビガス監督はベテランです。前回パブロ・トラペロの“El clan”をご紹介いたしましたが、彼と同じ傾向の気難しい社会派監督の印象です。今年のベネチアは世界の巨匠たち、粒揃いの力作が目立ちますが、「アレクサンドル・ソクーロフ、アトム・エゴヤン、それにアモス・ギタイと同じ土俵で競うなんて、本当に凄い。まだノミネーションが信じられない。デビュー作が三大映画祭のコンペティションに選ばれるなんてホントに少ないからね」とビガス監督もかなり興奮しています。まずは作品紹介から。

 

   Desde alláロレンソ・ビガス、ベネズエラ、2015

製作Factor RH Producciones / Lucia Films / Malandro Films

監督・脚本・プロデューサー:ロレンソ・ビガス

脚本(共同):ギジェルモ・アリアガ

撮影:セルヒオ・アームストロング

プロデューサー:ギジェルモ・アリアガ、ミシェル・フランコ、ロドルフォ・コバ、エドガー・ラミレス(エグゼクティブ・プロデューサー)、ガブリエル・リプステイン(同)

データ:ベネズエラ=メキシコ、スペイン語、2015、ドラマ、93分

キャスト:アルフレッド・カストロ(アルマンド)、ルイス・シルバ(エルデル)、カテリナ・カルドソ、ホルヘ・ルイス・ボスケ、スカーレット・ハイメス、他初出演者多数

 

プロット:歯科技工士アルマンドの愛の物語。アルマンドはバス停留所で若い男を求めて待っている。自分の家に連れ込むためにはお金を払う。しかし一風変わっていて、男たちが彼に触れることを受け入れない。二人のあいだにある「エモーショナルな隔たり」からのほのめかしだけを望んでいる。ところが或るとき、彼を殴打で瀕死の状態にした男に出会ったことで、彼の人生は突然破滅に向かっていく。タイトルの“Desde allá”は「遠い場所から」触れることのない関係を意味して付けられた。 


トレビア:短編Los elefantes nunca olvidanから十年余の沈黙を破って登場した長編は、プロットからも背景に政治的なメタファーが隠されているのは明らかです。ベネズエラのような極端な階層社会では今日においても起こりうることだと監督。プロデューサーの顔ぶれからも想像できるように、ベネズエラ(エドガー・ラミレス『解放者ボリバル』、ロドルフォ・コバAzul y no tanto rosa)、メキシコ(ギジェルモ・アリアガ『21グラム』『アモーレス・ペロス』、ミシェル・フランコ『父の秘密』“Chronic)と、ベテランから若手のプロデューサーや監督が関わっている(E・ラミレスはボリバルに扮した)。本作と短編、既にタイトルも決まっている次回作La caja3本を合わせて三部作にしたい由。

 

主役のアルフレッド・カストロはチリのベテラン俳優、パブロ・ララインのピノチェト三部作ほか殆ど全作に出演しており、当ブログでも再三登場してもらっています。他のキャストはテレビや脇役で映画出演しているだけのC・カルドソやS・ハイメス以外は、本作が初出演のようです。監督によると、エルデル役のルイス・シルバは映画初出演ながら、ガエル・ガルシア・ベルナルのようなスーパースターになる逸材とか。しかし、かなり厳しい内容なのでベネチアの審査員や観客を説得できるかどうか。(アルフレッド・カストロ、映画から)

 


監督キャリア & フィルモグラフィー紹介

ロレンソ・ビガスLorenzo Bigas Castes1967年ベネズエラのメリダ生れ、監督、脚本家、製作者。クリスチャン・ネームは一応スペイン語表記にしましたが、イタリア語のロレンツォかもしれません。大学では分子生物学を専攻した変わり種。それで「分子生物学と映画製作はどう結びつくの?」という質問を度々受けることになる。後にニューヨークに移住、1995年ニューヨーク大学で映画を学び、実験的な映画製作に専念した。1998年ベネズエラに帰国、ドキュメンタリー“Expedición”を撮る。1999年から2001年にかけてドキュメンタリー、CINESA社のテレビコマーシャルを製作、2003年、初の短編映画Los elefantes nunca olvidan13分、プレミア2004年)を撮り、カンヌ映画祭2004短編部門で上映され、高い評価を受ける。共同製作者としてメキシコのギジェルモ・アリアガ、撮影監督にエクトル・オルテガが参画して撮られた。その後メキシコに渡り長編映画の脚本を執筆、それが今回ベネチア映画祭ノミネーションのDesde alláである。 


2004Los elefantes nunca olvidan短編、監督・脚本・製作、製作国メキシコ、スペイン語。カンヌ映画祭の他、モレリア映画祭、ウィスコンシン映画祭で上映される(写真下)。

2015Desde allá長編第1作、監督・脚本・製作

 


*関連記事・管理人覚え

『解放者ボリバル』の記事は、コチラ⇒201391620141027

Azul y no tanto rosa ゴヤ賞2014イベロアメリカ部門紹介記事はコチラ2014115

『父の秘密』の記事は、コチラ20131120

Chronic カンヌ映画祭2015の記事は、コチラ⇒2015528

 

「監督週間」ラテンアメリカから2作*カンヌ映画祭2015 ⑥2015年05月24日 11:27

           チロ・ゲーラの第3作目“El abrazo de la serpiente


★「監督週間」ではスペインからはフェルナンド・レオン・デ・アラノアの“A Perfect Day1作だけということで、言語が英語にもかかわらず簡単に紹介しています。今年はコロンビア映画が意気盛ん、裾野の広がりを実感しています。これからご紹介するチロ・ゲーラ2009年の第2Los viajes del vientoがカンヌ本体の「ある視点」に選ばれ、「ローマ市賞」を受賞しています。今回は2度目のカンヌ、主人公の老若2人のシャーマン、カラマカテKaramakateとプロデューサーのクリスティナ・ガジェゴたちと一緒にカンヌ入りしています。

 

    

  (左から、ゲーラ監督、ニルビオ・トーレス、ドン・アントニオ、クリスティナ・ガジェゴ、

アントワーヌ・セビレ在仏コロンビア大使)

 

El abrazo de la serpiente2015Embrace of the Serpent”)

製作:Buffalo Producciones / Caracol Televisión / Ciudad Lunar Producciones 他 

監督・脚本:チロ・ゲーラ

脚本(共同):ジャック・トゥールモンド・ビダル

撮影:ダビ・ガジェゴ

音楽:ナスクイ・リナレス

編集:エチエンヌ・ブサック

データ:コロンビア≂ベネズエラ≂アルゼンチン、スペイン語他、アドベンチャー・ミステリー、モノクロ、125分、撮影地バウペスVaupésの密林ほか、コロンビア521日公開

 

キャストニルビオ・トーレス(青年カラマカテ)、アントニオ・ボリバル(老年期のカラマカテ)、ヤン・バイヴート、ブリオンヌ・デイビス(エヴァンズ)、ヤウエンク・ミゲ(マンドゥカ)、ミゲル・ディオニシオ、ニコラス・カンシノ(救世主・アニゼット)、ルイジ・スシアマンナ(ガスパー)、ほか

 

    

   (青年カラマカテ役のニルビオ・トーレスとドイツ人民族学者役のヤン・バイヴート)

 

プロット:アマゾン川流液に暮らすシャーマンのカラマカテと、聖なる薬草を求めて40年の時を隔てて訪れてきた二人の科学者との遭遇、友好、誠実、意見の食い違い、背信などが語られる叙事詩。カラマカテは自分自身の文明からも離れて一人ジャングルの奥深く隠棲して数年が経った。自然と調和して無の存在「チュジャチャキ」になろうとしていた彼の人生は、幻覚を誘発する聖なる樹木「ヤクルナ」を探しにやってきたアメリカ人植物学者エヴァンズの到着で一変する。悠久の大河アマゾン、文明と野蛮、聖と俗、シンクレティスモ、異文化ショック、ラテンアメリカに特徴的な<移動>も語られるであろう。

 

*監督キャリア・フィルモグラフィー*

チロ・ゲーラCiro Guerraは、1981年セサル州リオ・デ・オロ生れ、監督・脚本家。コロンビア国立大学の映画テレビを専攻する。長編デビュー作“La sombra del caminante”(2004)は、トゥールーズ・ラテンアメリカ映画祭2005で観客賞を受賞。第2作“Los viajes del viento”(2009)がカンヌ映画祭での高評価をうけ、多くの国際映画祭で上映された。ボゴタ映画祭2009監督賞、カルタヘナ映画祭2010作品賞・監督賞及びサンセバスチャン映画祭2010スペイン語映画賞などを受賞。(写真下“Los viajes del viento”から



 

*解説・トレビア*

★「本作のアイデアは、20世紀初頭コロンビアのアマゾン川流液を踏査したドイツの民族学者テオドール・コッホ≂グリュンベルクとアメリカの生物学者リチャード・エヴァンズ・シュルテスについての新聞記事に触発されて生れた」とゲーラ監督。「二人が残してくれた記録があったからこそできた映画、そういう意味で先人たちへのオマージュが込められている。コロンビアの国土の半分はアメゾン川流域、しかし現代のコロンビア人の多くは、そこがどういうところか、どんな文化があるのか、どういう人が住んでいるのか、何にも知らない」とも。

 

★先に訪れたドイツ人コッホ≂グリュンベルクを造形した役にはベルギー(アントワープ)出身のヤン・バイヴートが扮する。ちょっと雰囲気が本人に似ている。東京国際映画祭2013で上映されたアレックス・ファン・ヴァーメルダムの『ボーグマン』で主役になった俳優。なんとも人を食った神経がザワザワする映画でした。40年後にやってくるエヴァンズには米国の俳優ブリオンヌ・デービスが扮した。リチャード・エヴァンズ・シュルテス**を造形しているようだ。

 

     

       (左から、マンドゥカ、テオドール、青年カラマカテ映画から)

 

テオドール・コッホ≂グリュンベルクTheodor Koch-Grünberg18721924)は、ドイツの グリュンベルクに生れ、20世紀の初め南米熱帯低地を踏査した民族学者。第1回目(190305)がアマゾン川流域北西部のベネズエラと国境を接するジャプラYapuraとネグロ川上流域の探検をおこない、地理、先住民の言語などを収集、報告書としてまとめた。第2回目は(191113)ブラジルとベネズエラの国境近くブランコ川、オリノコ川上流域、ベネズエラのロライマ山まで踏査し、先住民の言語、宗教、神話や伝説を詳細に調査し写真も持ち帰った。ドイツに帰国して「ロライマからオリノコへ」を1917年に上梓した。1924年、アメリカのハミルトン・ライス他と研究調査団を組みブラジルのブランコ川中流域を踏査中マラリアに罹り死去。 


      

**リチャード・エヴァンズ・シュルテスRichard Evans Schultes19152001)は、マサチューセッツ州ボストン生れ、ハーバード大学卒の米国の生物学・民族植物学者。ハーバード大学卒、1941年にアマゾン川高地を踏査している。著書『図説快楽植物大全』が2007年に東洋書林から出版されている。多分聖なる樹木ヤクルナyakrunaも載っているのではないか。

 

「チュジャチャキchullachaqui」という語は一種の分身らしく、語源はケチュア語で感情や記憶をなくした空っぽの無の存在になることのようです。言語は予告編からはスペイン語以外のカラマカテのセリフはちんぷんかんぷん、先住民の言語でしょう。当然ドイツ語、英語も混じっているはずです。二人のカラマカテはネイティブ・アメリカンです。


       (監督とプロデューサーのクリスティナ・ガジェゴ、カンヌにて)

 

            ***   ***   ***

★この「監督週間」には、チリのマルシア・タンブッチ・アジェンデのドキュメンタリーAllende, mi abuelo Allendeも選ばれていますが、これは今春「我が祖父、アジェンデ」の仮題でアップしたばかりなので割愛いたします。「もう一つの911といわれるチリの軍事クーデタ」で自ら生を絶ったサルバドール・アジェンデ大統領の遺族のその後を辿ったドキュメンタリー。監督は大統領の孫娘です。作品紹介並びに監督紹介もしております。写真下は祖父アジェンデに抱かれた監督(左)と従姉マヤ、アジェンデ夫人。

 

Allende, mi abuelo Allende”(2014)の記事はコチラ⇒201539

 

オスカー賞2015外国語映画賞プレセレクション*アルゼンチンとベネズエラ2014年12月21日 15:25

★アカデミー賞2015外国語映画賞のプレセレクション9作品が発表されました(1219日)。当ブログで度々登場したダミアン・シフロンのRelatos salvajesWild Tales アルゼンチン≂西)と意外にもアルベルト・アルベロの『解放者ボリバル』Libertador ベネズエラ≂西)が残りました。ダビ・トゥルエバの“Vivir es facil con los ojos cerrados”(西)とアレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドラスの『殺せ』(Matar a un homgre チリ≂仏)は残念でした。

              (ポスターをバックに監督)

                      


                      

自分探しの旅が本命か

★今年は受賞歴なしというか初めてノミネートの国が多い印象です。本命とされている『イーダ』(Ida のポーランドも9回ノミネートと数こそ多いのですが、受賞歴なしです。『イーダ』のように自分探しの旅が戦後の歴史と重なる映画は、高齢化の進むアカデミー会員の好むジャンルです。いずれにしても、これから5作品に絞られ、受賞に辿りつくまでには山あり谷ありでしょう。

              

 
                         (右リカルド・ダリン)

リカルド・ダリンはアルゼンチンのヒーロー

★人口4076万人のアルゼンチンで、入場者300万以上は『瞳の奥の秘密』(241万人)を超えますね。勿論オスカー賞を受賞してからはトータルで、3355万ドル(製作費200万ドル)の収益を上げたから比較になりませんが。アルゼンチンのアカデミー賞と言われる「スール賞」は作品賞、監督賞、主演男優(オスカル・マルティネス)、主演女優(エリカ・リバス)以下10部門を制覇するという、ゴヤ賞同様こちらも一極集中が恒例になりました(『瞳の奥の秘密』は13部門)。6話で構成されているので主演と言われても困るので一応受賞者名を入れました。

 

   (中央アルモドバル、エリカ・リバス、サングラスのオスカル・マルティネス)

 

★どのエピソードも出だしは平凡に始まるが、どれもこれも次第に信じがたい危険な展開になる。例えばエリカ・リバスが花嫁になるエピソード‘Hasta que la muerte nos separe’では、人生最大の幸せの結婚式が些細なやきもちからコントロールを失っていく。またオスカル・マルティネス出演の‘La propuesta’は、交通事故をお金でもみ消そうとするのは金持ちなら誰でも考えつく。強請りがエスカレートするのもお馴染みのコース、ところがさんざお金をつぎ込んだあげくに罪を償いたいと言い出されては困るでしょ()。若い監督が社会秩序を攪乱していく才能はハンパじゃない。とんでもない出来事もブラック・ユーモアのお蔭で深刻にはならない。監督と結婚したマリア・マルルは、カンヌではかなりおなかが目立っていたから生まれたかな。本作にはイサベル役で”Pasternak”に出演している。仮に最終5作品に残ることはあっても受賞はないでしょうね。

 

★『解放者ボリバル』はプレセレクション止まり、ゼロ回ノミネートでも映画発達途上国ベネズエラではそれなりの意味があります。かなり史実と異なっていても、祖国の英雄が世界に知られるのは、国民として誇りになります。(写真下、ボリバルになったエドガー・ラミレス)

 


*当ブログ関連記事

Relatos salvajes201451日/22カンヌ映画祭2014

           2014815トロント映画祭2014

『解放者ボリバル』⇒2013916トロント映画祭2013

20141027ラテンビート2014 あれやこれや

ラテンビート2014*あれやこれや ①2014年10月27日 22:56

★新宿会場バルト9上映前に記事にした10作品のうち、『Flowers』を台風直撃で断念、25日やっと東京国際映画祭TIFFで観てきました(UPTIFFコーナーで)。アレックス・デ・ラ・イグレシア特集の作品は「Q&A」のかたちで既にアップ済み、残る6作品の感想を「とても良かった(期待以上だった)」あるいは「期待したほどじゃなかった(普通)」など、あれやこれやと落ち穂拾いします。

 

     もう少しヒネリがあると思っていた「デリリオ」

 

: 1011日(土)上映5本のうち『デリリオ―歓喜のサルサ』LB925)が一番席が埋まっていた。これを意外と感じたのは管理人だけかしら。チュス・グティエレス監督の持ち味である「二つの文化や価値観の違い」の描かれ方が曖昧だったせいか。

 期待しすぎ、Retorna a Hansala”(2008)のイメージが強かったのではないか。

: 社会的不平等や政治腐敗をやんわり批判するのにロマンティック・コメディは最適なんですが。

: 全く描かれなかったわけではないし、ダメ男に見切りをつけ、サルサのダンサー兼振付師として、頑張って娘を育てている主人公アンジーに共感する女性観客は多かったのではないか。サルサのレベルについては知識がありませんが、とても愉しめました。

 


: 当たり前の話ですが、街中のクラブで踊られるサルサとサルサ・ショー用のサルサはまったく別のものですね。

: クラブであんなに飛んだり跳ねたりしたら周りに怪我人続出です()。タンゴやフラメンコも同じことがいえます。

: TIFFで同じカリを舞台にした映画『ロス・ホンゴス』を観たのですが、あれもカリ、これもカリ、同じ都会でもさまざまな顔を持っているから、一つだけで分かったと思わないことですね。

: 政治や歴史の本を読まなくても、映画は楽しみながら他国の理解を深められる素晴らしいガイドブックです。心の窓を開けて、知るのではなく自然体で感じることが大切。

 

     観客が望んだ英雄像を描いた「解放者ボリバル」

 

: アルベルト・アルベロの『解放者ボリバル』トロント④2013916)は、オスカー賞2015ベネズエラ代表作品に選ばれましたが、どうせ選ぶなら昨年にすればよかった。

: トロント映画祭2013のガラ・プレゼン、2013年は「ボリバル生誕230年」ということで盛り上がった年でした。

: ボリバルになったエドガー・ラミレスは、オリヴィエ・アサイヤスの『カルロス』で、伝説のテロリスト「ザ・ジャッカル」を演じた俳優。なかなかの力演でしたが、ボリバルはもっと複雑な人物だったのではないか。勿論これは役者の責任ではないが。

: 監督は、ベネズエラ国民なら誰でも知ってる英雄、何を入れて何を省くか、テーマが大きすぎて何から手をつけていいか悩んだそうです。

 

 (資産家のお坊ちゃんでしかなかった頃のボリバルと未来の妻マリア・テレサ・デ・トロ)

 

: それにしてはフィクション部分が多すぎました。史実とは開きがあって、まだプリンスだったときのスペイン国王フェルナンド7世と今のテニスみたいな競技をするなんて全く根拠がない()。当時、貴族の間で大流行していたのは本当ですが。

: 伯父さんと違って、そもそも彼はスペイン宮廷に出入りできなかった。しかし将来ボリバルが戦うことになる人物ですから伏線を張りたかったのでしょう。

: 細かいことですが、フランス語は堪能でも英語は映画のように流暢には話せなかったそうです。扮したラミレスは、武官だった父親が欧州各国を転任したことで英伊独仏とできるから吹替えなしでした。

 

: 新婚早々黄熱病であえなく亡くなってしまうマリア・テレサの美しさは飛びぬけている。

: マヌエル・マルティン・クエンカの長編第1作“La flaqueza del bolchevique”(03)でデビューしたときは、「スペインの名花」と言われた少女マリア・バルベルデ1987マドリード)も大人の女性になりました。この愛妻の早すぎた死をずっとボリバルは引きずっていたと言われている。

: ボリバルが新妻の紹介を兼ねてイマノル・アリアス扮する植民地行政官ドミンゴ・デ・モンテベルデを昼食に招くシーン、アリアスは実に憎たらしかった()

 

: 贔屓の俳優ですけど。あのシーンもフィクション、軍人政治家でしたから立派な軍服姿のドミンゴ・デ・モンテベルデはボリバルの家族とは会っていない。資産家とはいえ統治国のトップが昼食に出向くはずがない、そういう時代です。ボリバルの少年時代からの恩師シモン・ロドリゲスもマリア・テレサと面識がなかった。彼は1802年当時にはカラカスではなくヨーロッパ、多分パリ在住だった。

: 監督がラテンアメリカから選んだのが、人生後半にエクアドルのキトで出会うマヌエラ・サエンス役のフアナ・アコスタ。実在の女性で、ボリバルの永遠の<愛人>と言われた女性。

 

            (雪のアンデス越えをした解放者ボリバル)

 

: エクアドルのマヌエリータを演じたフアナ・アコスタは、美人量産国コロンビアはカリ生れ(1976)、アルゼンチンの俳優エルネスト・アルテリオと結婚、子供もおります。

: 同じくラテンアメリカからは、ボリバルが唯一信頼していたというスクレ将軍には、ベネズエラのエーリッヒ・Wildpred、似せるため髪の毛を巻き毛にしたそうです。

: 彼がボリバルと初めて会ったときは16歳で、まだ映画のような成人ではなかった。最後の別れも直接の別れではなく、スクレが訪ねたときには、ボリバルは既に出発してしまっていた。

 

: アイルランド出身のボリバルの副官ダニエル・オレリー将軍にはイギリスのイワン・レオン、ジェームズ・ルーク大佐にはスコットランド出身のゲイリー・ルイスなど国際色豊か。

: ストーリーも虚実豊か。実はアンデス越えを指揮したのはボリバルではなく配下のパラモ・デ・ピスバだった。そういうわけで彼は映画には登場しなかった。ダニー・ヒューストン扮する英国人など実在していた証拠がない、あの戦場にボリバルはいなかった、あの頃はまだ誰々とは出会っていなかった、エトセトラ、エトセトラ。伝記映画にはよくある話です。 

        (ダニー・ヒューストン、実在しなかったといわれる英国人)

 

: 一万人のエキストラ、何百頭もの馬、セットも大掛かり、スペインのマドリード、カディス、セビリャのカルモナでも撮っている。

: 製作費はトータルで約5000万ドル、その中にはベネズエラ政府から提供された資金も含まれている。スペインやドイツが約3000万ユーロを負担したという。

: だからあのような大掛かりな撮影も可能になったというわけですね。

 

: 何はともあれ、製作費は回収できなくても、ベネズエラの若い観客には受け入れられたようです。2013年製作された他のボリバル映画はイマイチで、アルベロ<ボリバル>が一番評価が高かったようです。映画は少年時代から始まっており、もっと時代とかテーマを絞ったほうがよかったかもしれない。なお、監督の他作品紹介、音楽監督、エドガー・ラミレスについてはトロント映画祭2013にアップしております。