リド島にやってきたレイガダス夫妻*ベネチア映画祭2018 ― 2018年09月12日 13:15
キュアロンの「Roma」が金獅子賞を受賞して閉幕しました。
★もたもたしているうちに、アルフォンソ・キュアロンの「Roma」が金獅子賞を受賞してベネチア映画祭は閉幕してしまいました。昨年の金獅子賞受賞者にして親友、今回の審査委員長ギレルモ・デル・トロからトロフィーを受け取りました。アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督を交えた三人組は、制作会社「チャチャチャFilms」を2007年設立した。今年もメキシコ監督がベネチアを制しました。本作は Netflix が製作、キュアロン監督はカンヌを希望していたようですが、Netflix を排除しているカンヌに拒否されベネチアにもってきた。というわけで本作が Netflix 製作の金獅子賞第1号となった。これに止まらず脚本賞受賞のコーエン兄弟の西部劇「The Ballad of Buster Scruggs」もNetflix、マイク・リーの「Peterloo」はアマゾン・スタジオが製作しているらしく、動画配信の存在が大きくなってきた。これが映画の将来にとって良いことなのか悪いことなのか。「Roma」については、いずれアップする予定です。

(審査委員長デル・トロからトロフィーを受け取るキュアロン監督)
レイガダスは「Nuestro tiempo」のなかで彼の現実を押し広げた
★応援していたカンヌ映画祭の常連さんカルロス・レイガダスの長編6作め「Nuestro tiempo」は無冠に終わりました。ベネチアは初参加ですが、カンヌでなかったのはNetflixとは無関係、単に間に合わなかったからのようです。作品はサンセバスチャン映画祭2018で紹介したばかりなので割愛します。
*「Nuestro tiempo」の紹介記事は、コチラ⇒2018年09月02日
★リド島入りする前にモザイク芸術の宝庫ラヴェンナのガッラ・プラキディア(プラチディア)廟堂を訪れて、その神秘的に抽象化された廟堂内部のモザイク画にいたく感動したようです。ガッラ・プラキディアはテオドシウス1世の娘にしてホノリウス帝の異母妹、生涯カトリックに帰依していたといわれています。5世紀前半に建築され、外観は簡素だが内部のモザイク画は素晴らしく、入口上部の壁面に十字架を手にしたキリストが羊に囲まれて座っている。エル・パイス紙の記事によると、レイガダスは「モザイクだけで作られており、神の牧者が羊に囲まれて座っている。現実を押し広げたある抽象化があることに気づきます。現実の純粋なコピーではありませんが、同時代に誰でもその魅力や神秘さに触れられるような完璧さがあります」と絶賛していた。1996年ユネスコによって世界遺産に登録され、イタリア旅行のツアーコースの一つになっている。

(ナタリア・ロペスとカルロス・レイガダス、ベネチア映画祭、9月5日)
★監督自身と夫人ナタリア・ロペスが俳優デビューした経緯、その結果夫妻に起こった変化についても語っています。監督は「トラスカラ州で闘牛種を育てる牧場を経営している家族の物語、結婚15年後、妻の不倫を機に訪れた夫婦の危機を語った映画である」と紹介したようです。自身が夫フアンを演じたことで、ストーリーに誘発され、禁じられていることがもつ魅力というものが理解できたと付け加えた。夫人ナタリアもカメラの前に立つのは自身同様初めてであり、二人の子供は、メキシコシティの南方、テポストゥランにある自宅で撮影した『闇のあとの光』に出演しているので、役者としては先輩になる(笑)。
★観客の中には実人生で起こったことと解釈する人がいるかもしれないが、全く無関係である、とインタビューで否定しました。監督にとって夫婦の不満足を演じるためにカメラの前に立つなど陳腐以外の何物でもないということです。想定内の質問が出たようですね。しかしレイガダスが映画の中でより個人的な何かを求めていることは明らかでしょう。クランクインして「2週間経ったとき登場人物になりきれた。同じようなことがナタリアにも起こった」とインタビューに応えていた。最初から妻エステル役に夫人が決定していたわけではなく、プロアマ300人に面接したあとに、結局ナタリアが演じることになったようです。
★言いたいことは他にもいろいろあるが、脚本はいつものように自身が執筆、3回書き直しされ、最初のシナリオは150ページあり、4時間30分を3時間(上映時間173分)に縮めた。「子供たちを含め家族全員が出演しているが、自分は信者ではない宗教について低地ドイツ語で撮った『静かな光』より自伝的な要素は少ない」ことなども付け足した。これはチワワ州に自給自足のコミュニティを作って暮らす、アナバプテストの教派メノナイトの移民一家を描いた作品でした。

(カンヌ映画祭2007審査員賞受賞の『静かな光』スペイン語版ポスター)
★「昨今のフィクションは低迷しています。物語を重要視する映画は以前よりどんどん少なくなっていると思います。私たちが視点や感じ方、表現方法より独創性ばかり追っていると、映画はますますおかしくなって力を失っていきます」「私にとって人物の創造が究極の目標ですが、現実を展開させるときに神秘さを追うことができる。もし現実を展開させなければ、それは現実の単なるコピーでしかない。私には現代映画の最も深刻な欠点の一つに思える」とも。
★ベネチア映画祭コンペティション部門には、他にゴンサロ・トバルの「Acusada」(「The Accused」アルゼンチン=メキシコ)も出品されていましたが、こちらも無冠でした。
カルロス・レイガダス、6年ぶりの新作*サンセバスチャン映画祭2018 ⑯ ― 2018年09月02日 15:54
レイガダス一家総出演で「Nuestro tiempo」―ホライズンズ・ラティノ第2弾

★2012年の『闇のあとの光』の後、カルロス・レイガダスは新作がなかなか完成しませんでしたが、沈黙していたわけではなく、2016年のベルリンやカンヌのフィルムマーケットではワーキングタイトル「Where Life is Born」が噂になっていた。予定していた今年のカンヌに間に合わなかったのか、ベネチア映画祭2018でワールドプレミアされることになった。最終的にタイトルは「Nuestro tiempo」(「Our Time」)になりました。他にトロント映画祭「マスターズ」部門上映も決定しています。デビュー作『ハポン』(02)以来、レイガダスを支えている制作会社Mantarraya Produccionesのハイメ・ロマンディアと、監督自身のNoDream Cinema が中心になって製作された。
*追記:東京国際映画祭2018「ワールドフォーカス」部門上映決定、邦題『われらの時代』

(ワーキングタイトル「Where Life is Born」のポスター)
「Nuestro tiempo」(「Our Time」)2018
製作:Mantarraya Producciones / NoDream Cinema / Bord Cadre Films / Film i Väst / Snowglobe Films / Le Pacto / Luxbox / Mer Films / Detalla Films
監督・脚本・編集・製作:カルロス・レイガダス
編集:(共)カルラ・ディアス
撮影:ディエゴ・ガルシア
プロダクション・デザイナー:エマニュエル・Picault
衣装デザイン:ステファニー・ブリュースターBrewster
録音:ラウル・ロカテッリ
製作者:ハイメ・ロマンディア、(以下共同製作者)エバ・ヤコブセン、ミケル・Jersin、アンソニー・Muir、カトリン・ポルス
データ:製作国メキシコ・仏・独・デンマーク・スウェーデン、スペイン語・英語、2018年、ドラマ、173分
映画祭:ベネチア映画祭コンペティション部門(上映9月5日)、トロント映画祭「マスターズ」部門(同9月9日)、サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ部門正式出品作品
キャスト:カルロス・レイガダス(フアン)、ナタリア・ロペス(エステル)、フィリップ・バーガーズ(フィル)、ルートゥ・レイガダス、エレアサル・レイガダス
物語:闘牛用の牛を飼育しているある家族の物語。エステルは牧場を任されていおり、夫のフアンは世界的に有名な詩人であると同時に動物の選別や飼育をしている。エステルがフィルと呼ばれるアメリカ人の馬の調教師と恋に落ちると、夫は嫉妬心を抑えられない。夫婦は感情的な危機を乗りこえるために闘うことになる。
★目下のところ情報が少なくて(わざと伏せているのでしょうか)、こんなありきたりの筋書で173分も続くのかと不安ですが、そこは一筋縄ではいかないレイガダスのことだから、幾つも秘密兵器が隠されているのではないかと期待しています。監督自身が夫フアン役、いつもは編集を手掛けている監督夫人ナタリア・ロペスが妻エステルを演じている。ルートゥとエレアサルは夫妻の実子、前作『闇のあとの光』にも出演していた。6年経っているからかなり大きくなっている。
★ベネチア映画祭公式作品紹介の監督メッセージによると「私たちが誰かを愛しているとき、彼女または彼の幸福安寧をなによりも望んでいるでしょうか。あるいは、そのような寛大な無条件の行為は、自分にあまり影響を与えない程度のときだけでしょうか。要するに、愛は相対的な問題なのではないか?」とコメントしています。

(カルロス・レイガダス)
★ハイメ・ロマンディアJaime Romandia は、『ハポン』(02、カンヌFFカメラドール受賞)、『バトル・イン・ヘブン』(05、カンヌFFノミネート)、『静かな光』(07、カンヌFF審査員賞受賞)、『闇のあとの光』(12、カンヌFF監督賞受賞)とレイガダスの全作を手掛けている。ほか『ハポン』で助監督をつとめたアマ・エスカランテのデビュー作『サングレ』(04、カンヌFF「ある視点」国際映画批評家連盟賞受賞)、『よそ者』(08)、『エリ』(13、監督賞受賞)、『触手』(16、ベネチアFF監督賞受賞)、アルゼンチンの監督リサンドロ・アロンソの『約束の地』(14、カンヌFF国際映画批評家連盟賞)など、三大映画祭の話題作、受賞作をプロデュースしている。
★ナタリア・ロペスNatalia Lópezは、映画編集、製作、脚本、監督。今回本作で女優デビュー。レイガダスの『静かな光』、『闇のあとの光』、アマ・エスカランテの『エリ』、リサンドロ・アロンソの『約束の地』などの編集を手掛けるほか、短編「En el cielo como en la tierra」(06、20分)を撮っている。

(エステル役のナタリア・ロペス、映画から)
★フィリップ・バーガーズPhil (Philip) Burgersは、アメリカの俳優、脚本家、プロデューサー。代表作はアメリカTVシリーズ「The Characters」(16、全8話)の1話に出演、脚本、エグゼクティブプロデューサーとして製作も手掛ける。本作は『プレゼンツ:ザ・キャラクターズ』としてNetflixで配信されている。アメリカン・コメディ「Spivak」(18)など。レイガダスはプロの俳優は起用しない方針と思っていたが、そういうわけではなかったようです。

(フィル役バーガーズとフアン役のレイガダス、映画から)
★評価の分かれた第4作『闇のあとの光』は、カンヌ映画祭2012の監督賞受賞作品。全員一致の受賞作品は皆無だそうですが、最も審査員の意見が割れたのがレイガダスの監督賞受賞だった。カフェでは13年振りに戻ってきたレオス・カラックスに上げたかったようだ。個人的にはメディアの悪評にレイガダスはあり得ないと思っていたが、審査委員長ナンニ・モレッティによると「レイガダス、カラックス、ウルリッヒ・サイドルの三人に意見が分かれた。結局アンドレア・アーノルド監督がレイガダスを強く推して決まった」と。続いてサンセバスチャン映画祭「ホライズンズ・ラティノ」部門でも上映されたが酷評が目立った。スペインではレイガダス・アレルギーが結構多い。多分『静かな光』の続きを期待していた人には不評だったのかもしれない。レイガダスが求めるものと他の監督が求めるものとは違うから評価は分かれる。監督自身はメディアの酷評を謙虚に分析していたようです。

(カンヌ映画祭監督賞受賞の『闇のあとの光』ポスター)
★本映画祭の今年のスペイン映画の話題作を集めた「メイド・イン・スペイン」部門11作が発表になったり、アルフォンソ・キュアロンの「Roma」がベネチア映画祭コンペティションに選ばれたり、第5回フェニックス賞2018のノミネーションが発表になったりとニュースが多く、アップ順位に迷っています。またマラガ映画祭2018のオープニング作品マテオ・ヒルの「Las leyes de la termodeinámica」が『熱力学の法則』の邦題で早くもNetflixで配信が始まっています。
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