金獅子賞はギレルモ・デル・トロの手に*ベネチア映画祭2017 ③ ― 2017年09月11日 15:10
金獅子賞はメキシコのギレルモ・デル・トロが受賞
★先週土曜日(現地時間)に授賞式があり、金獅子賞はメキシコのギレルモ・デル・トロの ”The Shape of Water”(「ザ・シェイプ・オブ・ウォーター」)が受賞しました。製作国はアメリカ、言語は英語、オスカーを狙えるスタートラインに立ちました。時代背景は冷戦時代の1963年ですが、勿論現在のトランプ政権下のアメリカを反響させていますね。ある政府機関の秘密研究所で清掃員をしている孤独な唖者エリサが、カプセルに入れられて搬入されてきた半漁人に恋をするという一風変わったおとぎ話。または隠された政治的メッセージが込められたSF仕立ての寓話ということです。エリサに英国の演技派サリー・ホーキンス(『ハッピー・ゴー・ラッキー』)、半漁人にデル・トロ映画の常連さん、凝り性のダグ・ジョーンズが扮する。『パンズ・ラビリンス』で迷宮の番人パンになった俳優。

(金獅子賞のトロフィーを手にして、ギレルモ・デル・トロ)
★水に形はないわけですから「水のかたち」というタイトルからして意味深です。水は入れられた容器で自由に変化する。アマゾン川で捕獲されたという半漁人と言葉を発しないエリサとの恋、水は恋のメタファーか、「私たちの重要なミッションは、愛の存在を信じること」です。どうやら愛の物語のようです。現在52歳、痩せたとはいえ130キロはある巨体から発せられる言葉に皮肉は感じられない。「すべての語り手に言えることだが、何か違ったことをしたいときにはリスクを覚悟するという、人生にはそういう瞬間があるんです」と監督。メキシコに金獅子賞をもたらした最初の監督でしょうか。本作は10作目になる。スペインでは、2018年1月、”La forma del agua” のタイトルで公開が決定しています。

(エリサと半漁人、映画から)
「国際批評家週間」の作品賞にナタリア・グラジオラのデビュー作
★ベネチア映画祭併催の「国際批評家週間」の最優秀作品賞に、アルゼンチンのナタリア・グラジオラの長編デビュー作 “Temporada de caza” が受賞しました。パタゴニアを舞台にした父と息子の物語です。ベネチアだけでなく、サンセバスチャン映画祭「ホライズンズ・ラティノ」部門にもノミネートされており、その他、シカゴ、ハンブルク各映画祭にも出品されることが決まっています。

(ポスターを背にナタリア・グラジオラ監督、リド島にて、2017年9月7日)
★「上映が終わると凄いオベーションで、みんな感激して泣いてしまいました。全員ナーバスになって、人々のエネルギーに押されて・・・何しろこんなに大勢の観客の前で上映するのは初めてだったし・・・」と、手応えは充分感じていたようです。最後のガラまで残っていたのは「私と母と代母だけで、あとはブエノスアイレスに戻ってしまった」とホテル・エクセルシオールでインタビューに応じていた。映画祭期間中は代金が3倍ぐらいに跳ね上がるから、最後までいるのは相当潤沢なクルーでないと無理ですね。何しろリド島なんて不便だもんね。
★息子ナウエル役を「見つけるまでに300人ぐらい面接した。ラウタロを一目見て、この子にする、と即決した。これが正解だったの、彼しかいなかった」と監督。こういう出会いが重要、「デビュー作というのは何につけ困難を伴いますが、ヘルマン・パラシオス(父親役)とボイ・オルミが出演を快諾してくれたことが大きかった」、運も実力のうちです。既に監督キャリアを含めた作品紹介をしております。次回作は女医を主人公にしたドラマとか。

「国際批評家週間」アルゼンチン映画*ベネチア映画祭2017ノミネーション ― 2017年08月12日 11:56
ナタリア・ガラジオラの長編デビュー作 “Temporada de caza”
★最近国際映画祭での活躍が目覚ましいのが若手女性監督のデビュー作です。「国際批評家週間」コンペティション部門に選ばれた “Temporada de caza” も1982年生れという若いナタリア・ガラジオラの長編デビュー作。ベネチアの「批評家週間」は新人登竜門的な役割らしく、今年の7作品もすべて第1回作品のようです。昨年はコロンビアのフアン・セバスチャン・メサのデビュー作“Los nadie”(“The Nobody”)が観客賞を受賞しています。都会でストリート・チルドレンとして暮らす5人兄妹の愛と憎しみが語られる映画でしたが、この “Temporada de caza” はアルゼンチン南部パタゴニアの森が舞台です。

“Temporada de caza”(“Hunting Season”)2017 アルゼンチン
製作:Rei Cine (アルゼンチン) / Les Films de L’Etranger (仏) / Augenschein Filmproduktion (独) /
Gamechanger Films (米) / 協賛INCAA
監督・脚本:ナタリア・ガラジオラ(ガラジョーラ?)
撮影:フェルナンド・ロケット
編集:ゴンサロ・トバル
美術:マリナ・ラッジオ
メイクアップ&ヘアー:ネストル・ブルゴス
助監督:ブルノ・ロベルティ
製作者:ベンハミン・ドメネク、サンティアゴ・ガリェリ、マティアス・ロベダ、
ゴンサロ・トバル、他共同プロデューサー多数
データ:製作国アルゼンチン・米・仏・独・カタール、スペイン語、2017年、ドラマ、100分。撮影期間2015年から翌年にかけてサン・マルティン・デ・ロス・アンデスで撮影された。資金提供、トゥールーズ映画祭ラテンアメリカ映画基金、ドイツのワールド・シネマ基金より3万ユーロ、他ロッテルダムやトリノ・フィルム・ラボのサポートを受けています。第74回ベネチア映画祭「国際批評家週間」正式出品された。アルゼンチン公開9月14日予定。
キャスト:ヘルマン・パラシオス(父親エルネスト)、ラウタロ・ベットニ(息子ナウエル)、ボイ・オルミ、リタ・パウルス、ピラール・ベニテス・ビバルト、他
プロット:母親が急死したとき、ナウエルはブエノスアイレスの高校を終了する間際だった。別の家族と暮らす父親には、息子が18歳になるまでの3か月間の養育義務があった。二人は10年間も会っていなかったが一緒に暮らすことになる。父エルネストは、パタゴニアのサン・マルティン・デ・ロス・アンデスの山間の村で腕利きのハンターとして尊敬を集めていた。怒りをため込み心の荒んだナウエルのパタゴニアへの旅が始まる。自然が人間を支配する新しい環境に直面しながら、ナウエルは殺すことと同じように愛することの力を学ぶことになるだろう。
厳しいパタゴニアの風景をバックに対立する父と息子
★日本でパタゴニアと言えば氷河ツアーが人気のようだが、人間よりグアナコのような動物のほうが多い。舞台となるサン・マルティン・デ・ロス・アンデスもラニン国立公園がツアーに組み込まれるようになっている。「南米のスイス」と称されるバリローチェが舞台になったのは、ルシア・プエンソの心理サスペンス『ワコルダ』(『見知らぬ医師』DVD)でした。また詳細はアップしませんでしたが、今年のマラガ映画祭2017に正式出品されたマルティン・オダラの “Nieve negra” もパタゴニアが舞台、リカルド・ダリン扮する主人公は人里離れた山奥の掘立小屋に一人で暮らしている。父親が亡くなり遺産相続のため長らく会うこともなかった弟が妻を伴ってスペインから戻ってくる。この弟にレオナルド・スバラグリアが扮した。相続をめぐって対立する兄弟の暗い過去が直ちに表面化していくサスペンス。“Temporada de caza” のプロットを読んで真っ先に思い出したのが今作でした。
★ラテンアメリカ映画に特徴的なのが、何かを契機にA点からB点に移動して対立が起きる物語です。たいてい “Nieve negra” や “Temporada de caza” のように家族の死が多く、「シネ・エスパニョーラ2017」で短期上映されたイスラエル・アドリアン・カエタノの『キリング・ファミリー 殺し合う一家』も音信不通だった母親と弟の死がきっかけでした。二人に掛けられていたという僅かな死亡保険金欲しさにブエノスアイレスから北部のラパチトに移動して殺人事件に巻き込まれるストーリーでした。
★父エルネストを演じたヘルマン・パラシオスは、1963年ブエノスアイレス生れ。ルシア・プエンソの『XXY』(07)に、リカルド・ダリン扮する主人公の友人医師ラミロとして登場していました。TVシリーズでの出演が多い。息子ナウエル役のラウタロ・ベットニは本作が初出演のようです。ピラール・ベニテス・ビバルトは、“Yeguas y cotorras” に出演している。


(パタゴニアの風景をバックにした父と子、映画から)
★製作者のベンハミン・ドメネク、サンティアゴ・ガリェリ、マティアス・ロベダ、ゴンサロ・トバル、撮影監督のフェルナンド・ロケットは、共に “Yeguas y cotorras” に参画している。特にゴンサロ・トバルは、“Temporada de caza” で編集も担当しています。1981年生れの監督、脚本家、製作者、長編デビュー作 “Villegas” がカンヌ映画祭2012のカメラドールにノミネートされたほか、ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭BAFICIのアルゼンチン映画コラムニスト連合賞ACCA他を受賞している。映画後進国の南米においては、アルゼンチンは飛びぬけて輩出している。

(左から、ゴンサロ・トバル、監督、サンティアゴ・マルティ、マイアミ映画祭2016にて)
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
★ナタリア・ガラジオラNatalia Garagiola:1982年ブエノスアイレス生れ、監督、脚本家。祖先はイタリア系移民だが、一応英語発音でカタカナ表記した(ガラジョーラかもしれない)。映画大学卒業後、2014年にスペインのメネンデス・ペラヨ国際大学(視聴覚研究財団)のシナリオ科の博士課程終了。短編がカンヌ映画祭に出品されていることもあり、若手監督として注目されている。

2011年 “Rincón de López”(短編11分)脚本、BAFICI出品
2012年 “Yeguas y cotorras” (短編30分)カンヌ映画祭2012「批評家週間」短編部門出品
2014年 “Nordic Factory” (フィンランド、デンマーク製作)監督6人のオムニバス
2014年 “Sundays”(短編16分)共同監督、脚本、カンヌ映画祭2014「監督週間」短編部門出品
2017年 “Temporada de caza” 省略
* “Yeguas y cotorras” は、YouTube(英語字幕)で鑑賞できます。

追記:『狩りの季節』の邦題で Netflix 配信されました。
ベネチア映画祭2017*パブロ・エスコバルの伝記映画 ― 2017年08月09日 17:02
今年のコンペティション部門にスペイン語映画はゼロ!

★サンセバスチャン映画祭のオフィシャル・セレクション15作も発表になりましたが、まず先発のベネチア映画祭の紹介から。と言っても今年のノミネーション21作の中に、スペイン、ポルトガルを含むイベロアメリカからは1作も選ばれませんでした。イタリアの映画祭なのにハリウッドやフランス映画が幅を利かせるようになって偏りが顕著になったベネチア映画祭、しかし国際映画祭ですから文句は言えません。ご紹介の手間が省け、これでサンセバスチャンに集中できると拗ねています。こちらローカルの映画祭には『カニバル』のマヌエル・マルティン・クエンカやバスク語で撮った『フラワーズ』のジョン・ガラーニョが今度は脚本を担当したアイトル・アレギと組んで戻ってきます。やはり言語はバスク語です。
★というわけでコンペティション外で上映される「エスコバル」と、第32回「批評家週間」にエントリーされた、ナタリアGaragiolaのデビュー作 ”Temporada de caza” をアップいたします。
★折にふれ、ご紹介してきたフェルナンド・レオン・デ・アラノアの“Escobar”が英題 ”Loving Pablo” でワールド・プレミアされることになりました。メデジン・カルテルの麻薬王パブロ・エスコバルのビオピック。ハビエル・バルデムがエスコバル、その愛人ビルヒニア・バジェッホにペネロペ・クルスと、夫婦揃って出演、久々のスペイン語映画である。この伝説的なコロンビアの麻薬王を主人公にした映画やTVシリーズは、虚実ごちゃまぜで多数製作されています。そのせいで実像は分かりにくくなっていますが、本作もバジェッホの回想録の映画化なので、犯罪ドラマと考えたほうがいいかもしれません。どちらにしろ二人とも権力、名声、お金大好き人間、愛でつながったとしても共犯関係にあった悪党同士、監督がフェルナンド・レオンでなければ食指は動きません。バルデムはアメナバルの『海を飛ぶ夢』でもラモン・サンペドロのそっくりさんになりましたが、エスコバルにも上手く化けました。


(エスコバルとバジェッホに扮した、ハビエル・バルデムとペネロペ・クルス)
★“Escobar”は、コロンビアのメデジン・カルテルの麻薬王パブロ・エスコバル(1949~93)の伝記映画。エスコバルの1980年代の愛人、ジャーナリスト、ニュースキャスター、モデル、女優、作家、など幾つもの顔をもつ、当時のコロンビアきっての大スター、ビルヒニア・バジェッホ・ガルシア(1949)の回想録“Amando a Pablo, odiando a Escobar”(“Loving Pablo, Hating Escobar” 2007年刊)の映画化。1983年、メデジンでエスコバルのインタビューをしたのが馴れ初めの始まり。たちまち恋に落ちたと称しているが、互いに持ちつ持たれつの利害関係にあり、後に麻薬密売人パブロ・エスコバルの逃亡幇助のためコロンビア国家警察の捜索を攪乱した廉で、特捜隊ウーゴ・アギラル大佐らによって告発されている。

★この回想録にはコロンビアの歴代大統領のうち、アルフォンソ・ロペス・ミケルセン(1974~78)、エルネスト・サンペール(1994~98)、アルバロ・ウリベ(2002~10)についての言及があり、映画が触れているかどうか興味があります。ウリベ大統領は、麻薬密売人パブロ・エスコバルとは全く面識がなかったことを繰り返し断言している。しかし回想録では、1983年6月14日、FARCに拉致殺害された父親アルベルト・ウリベの遺体を引き取るために用意されたヘリコプターは、パブロ・エスコバルによって提供されたものだとある。

(フェルナンド・レオン・デ・アラノア監督)
★パブロの妻ナタリア・ビクトリア・エナオも美人の才媛、夫の悪事を支えたことは、ネットフリックス・オリジナルTVシリーズ『ナルコス』(2015~17、コロンビア・米国)に詳細に描かれています。フィクションですが、実名で登場する人、仮名でもすぐ同定できる人物などいろいろです。エスコバルにワグナー・モウラ(20話)、妻タタにパウリナ・ガイタン(19話)、父親にアルフレッド・カストロ(1話)、母親にパウリナ・ガルシア(15話)、ビルヒニア・バジェッホVirginia Vallejoはバレリア・ベレスValeria Velezと同じVVで登場し(11話)、ステファニー・シグマンが演じました。他にもカリ・カルテルの密売人にアルベルト・アンマン、ダミアン・アルカサル、パブロの手下にディエゴ・カターニョなど、コロンビアだけでなく、スペイン、ブラジル、メキシコ、チリ、米国などの有名俳優が勢揃いしております。主人公はメデジンで捜査するアメリカ麻薬捜査局のハビエル・ペーニャ(21話、ペドロ・パスカル)と実在の麻薬捜査官スティーブ・マーフィー(20話、ボイド・ホルブルック)です。この犯罪ドラマは一応エスコバルの死をもってメデジン編は終了、次はカリ・カルテルに舞台を移すようです。

(エスコバル一家、夫婦には一男一女があり、パブロ亡き後はアルゼンチンに亡命した)

(エスコバルをインタビューするビルヒニア・バジェッホ)
★コンペティション外ですが、多分来年劇場公開になると思います。その折に改めてアップしたいと考えています。次回は、アルゼンチンのナタリア・Garagiolaのデビュー作 ”Temporada de caza” (亜米独仏カタール合作)をご紹介したい。
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