『もうひとりのトム』デュオ監督インタビュー*TIFFトークサロン2021年11月10日 11:51

       母と子供をテーマにした3作目、本作は国家が個人に介入してくる作品

 

   

TIFFトークサロン第2弾は、ラウラ・サントゥリョロドリゴ・プラ『もうひとりのトム』113日(1130)に配信されました。モデレーターは前回同様プログラミング・ディレクターの市山尚三氏、アンサーの部分は質問の内容によって二人で手分けして答えてくれた。LSはラウラ・サントゥリョ(サントゥージョ)、RPはロドリゴ・プラです。作品紹介と重複している部分も多々ありましたが新発見も多かった。ロドリゴ・プラ監督は、前作『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』15)で来日してQ&Aに参加しています。監督から新作完成のメールを貰ったことで、早い段階でコンペティション部門上映が決まっていたと市山氏。『ザ・ドーター』同様Q&Aの正確な再録ではありません。両監督へのインタビューはスペイン語、メキシコシティとの時差は15時間、現地時間は2日午後8時半でした。

『もうひとりのトム』の作品紹介は、コチラ20211021

『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』の作品紹介、監督キャリア&フィルモグラフィーは、コチラ20151103

 

     

      (インタビューを受けるラウラ・サントゥリョ、ロドリゴ・プラ)

 

Q:本作製作の動機、実話に基づいているのかという質問については、本作の原作者で脚本も手掛けたラウラ・サントゥリョが口火を切った。

LS:本作は実際のモデルがいる実話ではありませんが、母と子の関係性やトムが診断されたADHD(多動性障害)に関心があり、ADHDについて時間をかけて取材を重ねた。専門医の意見だけでなく、障害をもつご両親のブログも読んで、リサーチをしました。

 

Q:日本でも最近ADHDが問題になっており、メキシコの事情はどうでしょうか。

LS:リサーチしていくなかで、医師も一般人もADHDが病気なのか成長の一過程なのか不確かで、矛盾を感じて意見が分かれている。この一致していないことが私たちの関心の一つでもありました。

 

Q:母と子供の関係性をテーマにしたことについての質問。

RP:母と子の関係性のテーマに関心があり、これは重要と考えております。母と子を主人公にした作品は本作が3作目になり、第1作はLa demoraThe Delay)、第2作目が『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』です。前2作と本作が大きく異なるのは、前2作が社会保障制度など国の援助を必要とする個人を国家が放置して顧みない、反対に新作は国家が個人に介入しすぎて個人を圧迫しているという点です。

La demora」は、『マリアの選択』の邦題でラテンビート2012にて上映され、観客に深い感動を与えた作品。ただし舞台はメキシコでなく、二人の出身国ウルグアイ、母国に戻って製作しました。オリジナルタイトルの意味は「遅延」、国民が必要とする事案を国がぐずぐず引き延ばして責任を果たさないことをタイトルにしたようです。邦題のマリアは認知症の老父を介護しながら3人の子供を育てているシングルマザーの名前です。(管理人補足)

   

   

         (マリア役のロクサナ・ブランコを配したポスター)

 

Q:今回初めて共同で監督したわけですが、意見の食い違などありましたか。

LS:脚本は今までも他作品で共同執筆していました。共同作業で食い違いがある場合は、納得できないときもありましたが中間地点に着地するようにしました。当然プラは監督寄りに、私は脚本寄りに傾いた。(補足、デビュー作以来、二人は二人三脚で映画製作をしています)

 

Q:キャスティングはどのように決定したのか、トムも母親エレナも自然な演技だった。

RP:トム役のイスラエル・ロドリゲス・ベルトレッリは非凡な才能の子供で、周りの雑音から離れて演技できる子供だった。実際も問題児として家庭学習をしていたが、両親が参加することで良くなるのではないかと考えてワークショップに連れてきた。集団が苦手の彼が撮影中にだんだん子供同士で遊びはじめた。新作にはプロの俳優は一人もおりませんが、最初、両国(アメリカ、メキシコ)でキャスティングしたのですが、撮影地がテキサス州のエル・パソでしたから、メキシコの俳優を連れて国境を行き来するのは難しかった。結局エル・パソの人々から選んだ。

 

    

         (トム役のイスラエル・ロドリゲス、フレームから)

 

Q:アマチュアということですと、普段の職業は何をしていた方たちですか。また撮影期間はどのくらいでしたか。

RP:本来の仕事と似ている職業、つまり教師役は教師から、精神科医役は医師という具合に、役柄に近い人からキャスティングしました。エレナ役のフリア・チャベスは、役柄と同じシングルマザーで3人の子供の母親でした。全員アマチュアでしたので演技のワークショップに時間をかけました。みんな素晴らしい演技をしてくれた。10年前から準備しており、実際はリハーサルを含めると約6ヵ月間ですが、撮影は8週間でした。

 

Q:エレナの人格はコントラストがあり、ドライな面とウエットな面があった。最初のシナリオを状況に応じて変えていくようなことはあったでしょうか。

LS:元のシナリオを撮影に入ってから変えた部分もありました。エレナはドライな反面、愛情のこもった優しさに溢れた女性、理想化された母親像ではないが、さまざまな母親像があっていい。

 

Q:父親に会いにメキシコに行く旅で、エレナが解放されたように感じた。

LS:解釈はいろいろあり、ここはトムとエレナ二人の関係性に変化が出てきた段階です。父親に会わせるという約束をしておきながら母親は約束を守らなかった。それがいま果たせたわけです。今まで忙しかったが今は充分時間がある。

 

Q:国境を越えたのかどうか分かりにくかったが。

RP:分かりにくかったかもしれませんが、別れた夫はメキシコ人、メキシコに住んでおりますから国境は越えたのです。向こう側に行ったのです。

LS:メキシコから米国に入るのはコントロールされチェックが厳しいのですが、その反対はルーズなのです。

 

Q:ワールド・フォーカス部門のロレンソ・ビガスの『箱』も舞台がシウダーフアレスのようでした。ここは実際に危険なのでしょうか。

LS:正確には分かりませんが、多分メキシコ北部のチワワ州で撮影されたと思いますが、ここは治安はとても悪いです。

RP:チワワで撮影されました。ラウラが脚本を手掛けたのですよ。

LS:何年も前の初期の段階のことです。最終的にはパウラ・マルコビッチさんが脚本を執筆しました。最近私も見ましたが素晴らしい映画です。父親と息子の関係、子供に父親が必要なことなどが描かれています。**

**『箱』の作品紹介(コチラ20210907)で書きましたように、チワワ州のシウダーフアレス、クレエル、ほか数ヵ所で撮影された。話題に上がったマキラドーラについても簡単に触れております。ラウラさんが初期の段階で参画していたことは初めて聞くことで、市山氏が「これは失礼しました。クレジットを確認します」と詫びておられたが、データベースのクレジットはパウラ・マルコビッチ&ビガス監督です。(管理人補足)

 

QADHDの診断方法についての質問。トムとカウンセラーのやりとりで感情を色、例えば赤、青、黄色などで選ばせていたが、このシーンを入れた動機は何か。

RP:子供の行動や振る舞いが状況を考慮されずに単純化される危険性を示したかった。状況を無視して簡単な判断で診断される危険性、家庭環境とかその日にあったことを考慮しないで診断されている。人間は複雑な生き物で、単純にこれは黒、それは白と決めつけることはできない。いろいろな特徴をもっているのが人間です。

 

★最後に視聴者へのメッセージには、「楽しんでください、そして人間の大切さ、子供たちについて考えつづけてください。子供は大人より複雑で繊細です」とラウラさん。「TIFF上映の機会をいただけて、とても感謝しています。日本はサプライズに富んだ素晴らしい文化の国、とても刺激を与えてくれます」とロドリゴ。「是非今度は来日してください」と市山さん。だいたいトークは以上のようでしたが、訊き洩らし聞き違いは悪しからず。

 

118日にクロージング・セレモニーがあり、受賞結果が発表になっています。最高賞東京グランプリには、コソボの女性監督カルトリナ・クラスニチ『ヴェラは海の夢を見る』が受賞、これはベネチア映画祭の話題作でした。そして最優秀女優賞に本作でエレナを演じたフリア・チャベスが受賞、プレゼンターは審査委員長のイザベル・ユペールという栄誉、受賞理由の一つが「演じていないようなナチュラルな演技」でした。フリアからは「まずロドリゴとラウラに感謝、また付き人のプリシアにも。トムのイスラエルは素晴らしい俳優で、ご両親の育て方が良かった」というビデオメッセージが届いた。副賞は3000ドルということでした。

    

      

         (フリア・チャベス、ビデオメッセージから)

         

             

          (エレナ役のフリア・チャベス、フレームから)

 

『ザ・ドーター』のマルティン=クエンカ*TIFFトークサロン2021年11月07日 15:13

               風景は登場人物の一人、モラルのジレンマ

 

   

 

★去年からコロナ禍で来日できないシネアストとオンラインで繋がるTIFFトークサロンが、今年も始まった。スペイン、ラテンアメリカ諸国の関連作品(6作)のトップバッターとして、112日(2050)に『ザ・ドーター』(コンペティション部門)マヌエル・マルティン=クエンカが登場した。モデレーターは今年からTIFFプログラミング・ディレクターに就任した市山尚三氏、まだ本祭の本部が渋谷のオーチャードホールだった1992年から99年まで作品選定をしていたベテランが戻ってきました。

『ザ・ドーター』の作品紹介は、コチラ20211016

 

   

     

          (本作撮影中のマヌエル・マルティン=クエンカ)

     

★トークの内容は、作品紹介で書いたことと半分ぐらいは重なっていましたが、監督がコミックのファンで「日本の漫画家では、谷口ジローが好きだ」という発言など新発見もありました。以下はQ&Aのかたちではなくピックアップして纏めたものです。Qは簡潔でしたがAが長かった。監督はスペイン語、同時通訳者は映画に詳しく分かりやすかった。

 

★本作のアイディア、代理出産をテーマにした動機についてのQでは、「個人的に子供に恵まれなかったので授かりたいと考えていたので、現行法の養子制度に興味があった」ことが背景にあったようです。しかし本作のテーマを代理出産と位置づけていなかった管理人にとって不意打ちの質問でした。女性の権利、特にイレネのような未成年者の権利やモラルの境界線がテーマと考えていたからです。監督も「モラルのジレンマが常に存在していた」とコメントしていた。本作のヨーロッパでの捉え方の質問では「トロント、サンセバスチャンなどで上映され、スペインでは未成年者の権利を描く作品と一部から見られている」と答えている**

 

日本でいう代理出産は、イレネのようなケースを指していない。妻の卵子と夫の精子を第三者の子宮に移植する、あるいは夫の精子を第三者に人工授精の手法で注入して懐胎させることを指し、日本では法律がなく、日本産科婦人科学会はどちらも認めていない。従って法制化されている海外諸国で行う必要があります。監督が後半でスペインでは16歳までの未成年者の代理出産は認められていないと答えていた。

 

**サンセバスチャンFF上映後の大手日刊紙の評価は概ねポジティブ(エルペリオデコ、シネヨーロッパ)かニュートラル(エルムンド)、エルパイスのカルロス・ボジェロも「『カニバル』は好みでないが、本作は不安で重たいが、彼は必ず私を楽しませてくれる・・・最後の素晴らしい部分に恐怖を覚えた」と、監督が投げかけた謎と不安の質に高評価。ボジェロ氏はクラウディア・リョサの『悪夢は苛む』やアルモドバルの「Madres paralelas」を歯牙にかけなかった批評家です。

 

2番目のQは、舞台を人里離れた山中の山小屋にした理由、撮影場所、撮影期間について。本作にとって「風景はとても重要でキャラクターの一人です。それは風景が登場人物の心理そのものとして風景に溶け込んでいるからです。心理だけでなく身体もそうで、体重も春と秋冬では67キロの差をつけてもらった。クランクインは201911月から2020の年6月、秋、冬、春の四季をまたぐ約6ヵ月間もの長い期間、俳優たちは妥協して適応してくれた。デジタル処理でない本物の四季の変化を描きたかった」。撮影期間は6ヵ月ということでズレがありますが、11月末から6月初めということでしょうか。

 

★山小屋のある場所は「スペイン最大の国立公園、撮影隊の宿泊地から約1時間かかり、四輪駆動でないといけない。州都からは3時間、スペイン人でも知らない人が殆どです」と訳されていたが、監督は大きな自然公園の一つシエラ・デ・カソルラSierra de Cazorlaとおっしゃっていたように思います。シエラ・デ・セグラなどを含むスペイン最大の保護区であり、ヨーロッパでも2番目に大きい保護地域、ユネスコによって1983年生物圏保護区に認定された。スペイン最大の国立公園は、同じアンダルシア州でもポルトガルの国境に近いウエルバ、セビーリャ、カディス各県にまたがるドニャーナ国立公園で映画のような山間部ではない。ヨーロッパでも最大級の自然保護区、1994年世界遺産に登録され、観光地にもなっている。

 

   

             (撮影地カソルラ山脈)

 

★キャスティングについて、「主役イレネ・ビルゲス起用の決め手は何か、女優キャリアについて」のQには、「本作でデビュー、ダンス教室でスカウトした。内面の演技ができる派手でない少女を探していたが、カメラテストで気に入りイケるという感触を得た。演技経験はゼロだったのでリハーサルを何回も繰り返した。イレネは繊細なうえ、スペイン娘のような外へ外へというタイプでなく、エモーショナルな内面的演技ができた。撮影中は私の日本娘と呼んでいた。当時は14歳、今年の11月で16歳になる」とべた褒めでした。「繊細で内面的な日本女性」には苦笑いでしたが、後半で好きな日本の監督の名前を訊かれ「是枝監督の作品は殆ど見ている。クラシック映画をよく見る、例えば小津(安二郎)、成瀬(巳喜男)、溝口(健二)、黒澤(明)、特に小津の映画」と答えていたのでナルホドと納得できた。是枝映画はサンセバスチャン映画祭2018で、アジア人初のドノスティア栄誉賞を受賞した折りに特集が組まれ、代表作をまとめて観るチャンスがあったので、是枝ファンは多い。

 

    

    (内面的な演技を要求されたイレネ・ビルゲス、フレームから)

 

★「アウトローのことをしている自覚のある三人の一人」ハビエル役のハビエル・グティエレスについては、「ハビエルは物静かな善人から一線を越えていく役柄、彼には善と悪をミックスした人物を演じてもらった。彼とは他の映画でタッグを組んでいたので問題はなかった」。他の映画とはEl autorのこと、サンセバスチャン映画祭2017セクション・オフィシアルで上映された。ハビエルの妻アデラを演じたパトリシア・ロペス・アルナイスは、実名にしなかったが、彼女の祖母の名前だと明かした。二人のキャリアについては作品紹介を参考にしてください。

          

          

               (ハビエル役のハビエル・グティエレス、フレームから)

 

         

      (アデラ役のパトリシア・ロペス・アルナイス、フレームから)

 

★スペインの養子制度についてのQ、「出産後、養子にすれば済むケースだと思うが、何か法的な不都合があるのか」というもっともな質問には、「スペインでは16歳までの未成年が妊娠した場合、特に施設に入っている場合、産むか産まないかは国家が決断する。本人には決定権がない。ハビエルがセンター職員だから養子にできないというわけではない。不平等だが法律で決められており、仮にイレネが出産できてもハビエル夫婦は養子にできない可能性が高い」と答えている。日本とは事情が違うようです。スペインの結婚可能年齢は男女とも18歳(日本は男性18歳、女性16歳)、15歳のイレネは結婚可能年齢に達していない。

 

★移民問題についてのQ、「イレネが過激化していく背景から、もしかして移民ではないかという理解は正しいか」という質問には、「移民という設定ではないが、イレネの両親は社会の埒外にいる人々とした。彼女は両親から子供としての愛情を受けたことがなく、家族として一緒に暮らせない。愛情というものを体験したのはハビエルが初めてだった」。ドラッグの常習で子供を養育できない親は珍しくない。

 

★映画製作の出発についてのQ、「テーマを見つけ出す、これは伝えたいというテーマ、文学作品、現実に起きていることで自分の体に入ってくるもの、理論的なものでなくてもいい」。本作もイデオロギー的なものを目指していないとも他でコメントしていた。

 

★次回作品の予定についてのQ、「まず20221月に始まる舞台のプロジェクトの準備をしている。映画はプロデューサーと準備中で、できれば来年末にはクランクインしたい」。具体的なタイトル、製作者には言及しなかった。どちらかというとじっくりタイプの映像作家、前作「El autor」は4年前、前々作『カニバル』は8年前、コロナの再燃が危惧されるからあくまで予定でしょうか。「次回作も東京に持っていけたらと思っています。日本の観客の皆さんに見てくださってありがとう、感謝します」ということでした。

 

★最後に上述したしたように、日本の漫画家谷口ジローの話が飛び込み、「刺激を受けて吹き出しに入れるセリフ書きもしている」と明かした。フランスでの受賞歴が多数ある谷口ジローのコミックはスペインでも人気があり、『父の暦』(02)がバルセロナやアストゥリアスの国際コミック展で受賞している。4年前に69歳で鬼籍入り、その死を惜しむ人は多い。現在、世田谷文学館で「描く人、谷口ジロー展」が来年2月末まで開催されている。

 

★訊き洩らし、聞き違いの節は悪しからず。舞台上でのQ&Aは時間も短く、会場からの質問が纏まっていないケースも多く、オンラインでのトークは繰り返し見ることができるので歓迎です。個人的には、本作は深淵さが理解されなかった『カニバル』の延長線上にあるのではないかと感じました。

テオドラ・アナ・ミハイの『市民』*東京国際映画祭20212021年10月25日 15:57

         ルーマニアの監督テオドラ・ミハイの長編デビュー作『市民』

 

     

          (主演のアルセリア・ラミレスを配したポスター)

 

★コンペティション部門最後のご紹介は、ルーマニアの監督テオドラ・アナ・ミハイがスペイン語で撮ったデビュー作『市民』(ベルギー=ルーマニア=メキシコ合作、原題 La civil)、第74回カンヌ映画祭2021「ある視点」に正式出品され、Prize of Courage勇敢賞受賞作品。カンヌには監督以下主なスタッフ、俳優が出席した。ルーマニアの監督がどうしてメキシコを舞台に、麻薬密売にコントロールされた暴力をテーマにしようとしたのかは後述するとして、取りあえず作品紹介から始めたい。

 

    

      (Prize of Courage勇敢賞を受賞したテオドラ・アナ・ミハイ監督)

 

 

 『市民』La civil2021

製作:Les Films du Fleuve / Menuetto Film / Mobra Films

監督:テオドラ・アナ・ミハイ

脚本:テオドラ・アナ・ミハイ、ハバクック・アントニオ・デ・ロサリオ・ゲレロ

音楽:ジャン=ステファン・ガルベ、ウーゴ・リペンス

撮影:マリウス・パンドゥル

編集:アライン・Dessauvage

キャスティング:ビリディアナ・オルベラ

プロダクション・デザイン:クラウディオ・ラミレス・カステリ

美術:ヘオルヒナ・フランシスコ・コンスタンティノ

衣装デザイン:ベルタ・ロメロ

メイクアップ&ヘアー:アルフレッド・ガルシア(メイク)、タニア・アギレラ(ヘアー)

プロダクション・マネージメント:ホセ・アルフレッド・モンテス、ウィルソン・ロバト、ルイス・ベルメンBerumen

製作者:ハンス・エヴェラート、(エグゼクティブ)チューダー・レウ、(共同)ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ、ミシェル・フランコ、エレンディラ・ヌニェス・ラリオス、テオドラ・アナ・ミハイ、クリスティアン・ムンジュウ、(ライン)サンドラ・パレデス、ほか

 

     

 (左から、ハンス・エヴェラート、アルバロ・ゲレロ、アルセリア・ラミレス、監督、

  脚本家ハバクック・アントニオ・デ・ロサリオ、カンヌ映画祭2021、フォトコール)

 

データ:製作国ベルギー=ルーマニア=メキシコ、スペイン語、2021年、ドラマ、135分、撮影地メキシコのビクトリア・デ・ドゥランゴ、期間202012

映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2021「ある視点」、カメラ・ドール対象作品、Prize of Courage(勇敢賞)受賞、FEST New Directora / New Films Festival 2021ゴールデン・リンクス賞、ハンブルク映画祭ポリティカル・フィルム賞、各受賞。エルサレム映画祭、東京国際映画祭、各ノミネーション。

 

キャスト:アルセリア・ラミレス(シエロ)、アルバロ・ゲレロ(グスタボ)、ホルヘ・A・ヒメネス(ラマルケ)、アジェレン・ムソ(ロブレス)、フアン・ダニエル・ガルシア・トレビニョ(エル・プーマ)、アレサンドラ・ゴニィ・ブシオ(コマンダンテ、イネス)、エリヒオ・メレンデス(キケ)、モニカ・デル・カルメン、メルセデス・エルナンデス、マヌエル・ビジェガス(リサンドロ) 、アリシア・カンデラス(メチェ)、ほか多数

 

ストーリー:メキシコ北部を舞台に10代の娘ラウラが組織犯罪に巻き込まれた母親シエロの闘いが語られる。警察や州当局が娘の捜索をしないなら、自らの手で捜すしかない。シエロは問題解決に取り組むなかで一人の主婦から怒りに燃える過激な闘士に変身する。自分の娘が麻薬密売カルテルによって誘拐殺害されたミリアム・ロドリゲスの実話をベースにしている。ミリアムは彼女自身の手で正義を司法に訴えた女性。ダルデンヌ兄弟、クリスティアン・ムンジュウ、ミシェル・フランコなど、カンヌ映画祭の受賞者たちがルーマニアの若手女性監督を応援している。映画界も時代の転機を迎えている。

 

      

    (シエロ役のアルセリア・ラミレス)

 

     

       (グスタボ役のアレバロ・ゲレロとラミレス、フレームから)

 

 

      「朝目覚めると死にたい殺したいと思う」とミリアム・ロドリゲス

 

テオドラ・アナ・ミハイは、ニコラエ・チャウシェスク独裁政権下の1981年ルーマニアのブカレスト生れた、監督、脚本家。1989年家族はベルギーに亡命、10代の初めに叔母が移住していたサンフランシスコに渡り、フランス系のアメリカン・インターナショナル・ハイスクールで学ぶ。ニューヨーク州のサラ・ローレンス・カレッジで映画を学んだ後、ベルギーに帰国する。ベルギーでは助監督を経験しながら、2000年短編Civil War Essay(サンフランシスコ映画祭ユース部門でCertificate of Merit 受賞)で監督デビューする。

 

2014年ドキュメンタリーWaiting for Augustがカルロヴィ・ヴァリ映画祭でドキュメンタリー賞、HotDocs映画祭審査員賞を受賞している。その他アムステルダム、バルディビア、レイキャビック、ベルゲン、ブダペストなど各映画祭でドキュメンタリー賞を受賞している。受賞後、ヨーロッパ映画アカデミーの会員になり、制作会社One for the Road dvdaを設立する。社会的関連性の普遍的な問題を捉えた映画製作を目指しており、ベルギー、ラテンアメリカ、東欧間のコラボレーションを目指している。サンフランコ滞在中の2006年前後はまだ安全だったメキシコに度々旅行に出かけていたことが、本作製作の動機のひとつ。TVミニシリーズのほか短編「Alice」、「Paket」で経験を積み、今回劇映画長編デビューを果たした。

   

   

             (カルロヴィ・ヴァリ映画祭のドキュメンタリー賞を受賞)

     

    

         (ドキュメンタリーWaiting for August」のポスター

 

★上述したようにシエロのモデルになったミリアム・ロドリゲスは、朝、目が覚めると死にたい殺したいと思う」と、ルーマニアの監督テオドラ・アナ・ミハイに語った。2014年に16歳だった娘カレンを誘拐殺害された。そのことが『市民』映画化の動機だったという。メキシコに渡って実態調査に2年以上かけ、メキシコの作家ハバクック・アントニオ・デ・ロサリオの協力を得て脚本を完成させることができた。最初のオリジナル・アイディアは、2015年に知り合うことになったミリアムの証言を軸にしたドキュメンタリーで撮る計画だったと語っている。しかしそれは、あまりに危険すぎて断念せざるを得なかった。「私たちは物語の展開に自由裁量を求めていたので、つまり証言者の誰も危険に晒したくなかった」のでドラマにしたとコメントしている。

 

       

                 (シエロのモデルになったミリアム・ロドリゲス)

 

   

   (脚本共同執筆者ハバクック・アントニオ・デ・ロサリオと監督)

   

★娘ラウラは映画の冒頭で麻薬カルテルの手で誘拐される。組織は目の玉が飛び出すほどの身代金を強要する。母親は支払うが娘は戻ってこなかった。警察も当局も捜索をせず誰も助けてくれない。母親は自ら誘拐犯の追跡に身を投じる。2006年ごろは「夜間に外出できたし、国道を問題なく走ることができた」と監督、つまり今は危険だということ。シエロの苦しみはシエロに止まらず、中米、世界の各地の多くの市民たちに起きている。「俳優たちやスタッフが個人的な動機から出発した物語を語って私は元気づけられた」と監督、私たちは同じような誘拐事件が至る所に転がっており、その結果が絶望に終わることことを知っている。

 

★メインプロデューサーのハンス・エヴェラートはベルギーのプロデューサー、2017年制作会社「Menuetto Film」を設立した。2018年「The Conductor」、視聴者には不評だった日本との合作、ロックバンドのヘンドリック・ウィレミンスの「Birdsong」(19、『バードソング』20年公開)など。ベルギーの共同製作者ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟は、カンヌFF2回のパルムドール(『ロゼッタ』『ある子供』)、脚本賞(『ロルナの祈り』)、グランプリ(『少年と自転車』)、監督賞(『その手に触れるまで』)と、もらえる賞は全部獲得した。ルーマニアのクリスティアン・ムンジュウは、『4ヶ月、3週と2日』でパルムドール、『汚れなき祈り』(脚本賞)、『エリザのために』(監督賞)受賞で知られている。メキシコのミシェル・フランコは、『父の秘密』(ある視点部門グランプリ)、『或る終焉』(脚本賞)、『母という名の女性』が「ある視点」の審査員賞を受賞と、共同製作者にカンヌFFの受賞者が名を連ねている。

 

★主役シエロを演じたアルセリア・ラミレスは、1967年メキシコシティ生れのベテラン女優、カルロス・カレラの『ベンハミンの女』、アルフォンソ・アラウ『赤い薔薇ソースの伝説』(92)、アルトゥーロ・リプスタインの「Asi es la vida」や『ボヴァリー夫人』を現代のメキシコを舞台にした「Las razones del corazón」、カルロス・アルガラ&アレハンドラ・マルティネス・ベルトランのミステリー「Verónica」(17)、TVシリーズ「ソル・フアナ・イネス」に主演している。

 

      

        (アルセリア・ラミレス、カンヌ映画祭2021フォトコール)


追加情報:2023年1月20日、邦題『母の聖戦』で公開されました。


ロドリゴ・プラの新作『もうひとりのトム』*東京国際映画祭20212021年10月21日 11:25

        ロドリゴ・プラ&ラウラ・サントゥリョの新作「The Other Tom

 

     

              (スペイン語版のポスター)

 

★東京国際映画祭 TIFF コンペティション部門に、ロドリゴ・プララウラ・サントゥリョ夫妻デュオ監督のThe Other TomEl otro Tom)が『もうひとりのトム』の邦題でノミネートされました。第78回ベネチア映画祭2021オリゾンティ部門正式出品作品です。プラ監督は前作『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』TIFF 2015で上映された折に、プロデューサーのサンディノ・サラビア・ビナイと来日してQ&Aに出席しております。彼は新作でも製作者の一人として参加しています。前作はラウラ・サントゥリョの同名小説の映画化、自身も脚本を手掛けています。二人ともウルグアイ出身ですが、主にメキシコで映画製作に携わっております。新作もサントゥリョの同名小説の映画化、今回、監督デビューを果たしました。

 

     

 (ロドリゴ・プラ、ラウラ・サントゥリョ、ベネチア映画祭2021フォトコール)

  

 

 『もうひとりのトム』The Other Tom El otro Tom

製作:BHD Films / Buenaventura

監督・脚本:ロドリゴ・プラ、ラウラ・サントゥリョ

原作:ラウラ・サントゥリョの The Other Tom

撮影:オデイ・サバレタ

編集:ミゲル・シュアードフィンガー

美術:アナ・べリード

製作者:アレハンドロ・デ・イカサ、ロドリゴ・プラ、ラウラ・サントゥリョ、サンディノ・サラビア・ビナイ、他

 

データ:製作国メキシコ=米国、英語・スペイン語、2021年、ドラマ、111分、撮影地テキサス州パラ・イソ、撮影期間8週間

映画祭・受賞歴:トロント映画祭2021コンテンポラリー・ワールド・シネマ部門、ベネチア映画祭2021オリゾンティ部門、ワルシャワ映画祭監督賞受賞、東京国際映画祭コンペティション部門、各正式出品作品

 

キャスト:フリア・チャベス(エレナ)、イスラエル・ロドリゲス・ベルトレッリ(息子トム)、リア・ミラー(バルバラ医師)、ホルヘ・カストロ(体育教師)、ソフィア・プリエト(カルラ)、ミシェル・フローレス(救急看護師)、マリシア・ドミンゲス(リタ)、フランコ・リコ(バルの男)、マリナ・カルバレナ(サビナ先生)、グロリア・カルデン(学校の保健婦)、アレハンドラ・ドサル(精神科医)、ハコ・ロドリゲス(トムの代理人)、他多数

 

ストーリー:テキサス州エル・パソで社会福祉に頼っているシングルマザーのエレナと息子トムの物語。トムは落ち着きのない多動性のため学校では <問題児> の烙印をおされている。父親の不在が二人の関係を一層複雑にしている。精神科医はトムを多動性障害ADHDと診断して薬を処方する。しかし母親のエレナは、その強い副作用を怖れて投薬治療を拒み、ゴミ箱に捨ててしまう。魂のこもった目とウェーブのかかった長い髪の子どもが怪我をしたことで、エレナは窮地に追い込まれる。観客は <もうひとり> のトムを目にすることができるでしょうか。

 

       

               (トムを演じたイスラエル・ロドリゲス、フレームから)

 

           

        (母エレナを演じたフリア・チャベス、フレームから)

 

★今年のTIFFでは、コンペティション部門とワールド・フォーカス部門(『箱』)でメキシコ=米国合作映画が2本上映されます。しかし監督は本作が両監督ともウルグアイ、『箱』のロレンソ・ビガスがベネズエラと、自国では映画製作のできない南米の出身者です。2作ともカンヌではなくベネチアでワールドプレミアされたのも意味深いことと思います。このコロナ禍のなかでも『もうひとりのトム』のクルーは、『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』以来6年ぶりとなるベネチアに大挙してやってきました。中南米諸国のシネアストはベネチアを目指しているようです。

 

       

 (左から、製作者アレハンドロ・デ・イカサ、同ガブリエラ・マルドナド、デュオ監督、

    美術アナ・べリード、撮影オデイ・サバレタ、ベネチアFF 2021 フォトコール)

 

★前作『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』はラウラ・サントゥリョの同名小説の映画化、実態が見えない官民の医療制度のもとで、一般の人々が押しつぶされていくメキシコ社会の脆弱性と闘う母子を描いていました。新作も作家の同名小説にもとづいており、医学や教育を <よく知っている> と思われている専門家のアドバイスの危険性を本能的に察知して抵抗する若い母親とその息子を描いています。粗末な家での母と息子が共有する優しい穏やかな時間、トムは本当に ADHD なのかどうか。落ち着きのない騒々しい子供は学校や教師から歓迎されない、鎮静化する必要があります。ホワイトでない、つまりヒスパニックであること、父親不在の家庭、夜遅くまで残業しなければならない母親、エル・パソを流れるリオグランデ川の向こうはメキシコです。

 

     

       (フリア・チャベスとイスラエル・ロドリゲス、フレームから)

 

『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』(Un monstruo de mil cabezas)の作品紹介と監督フィルモグラフィーは、チラ20151103

   

    

              (英語版のポスター)

 

スペイン映画 『ザ・ドーター』*東京国際映画祭20212021年10月16日 15:03

     マヌエル・マルティン=クエンカの新作「La hija」はスリラー

     

 

    

★東京国際映画祭TIFF 20211030日~118日)のコンペティション部門でアジアン・プレミアされる、マヌエル・マルティン=クエンカの新作La hija『ザ・ドーター』)は、トロント映画祭でワールド・プレミアされ、サンセバスチャン映画祭SSIFF ではアウト・オブ・コンペティションで上映されたスリラー。SSIFFの上映後に、多くの人からセクション・オフィシアルにノミネートされなかったことに疑問の声が上がったようです。選ばれていたら何らかの賞に絡んだはずだというわけです。SSIFFでのマルティン=クエンカ作品は、2005年のMalas temporadas2013年の『カニバル』2017年のEl autor3回ノミネートされており3作とも紹介しております。新作スリラーはEl autorで主人公を演じたハビエル・グティエレスと、Aneでゴヤ賞2021主演女優賞を受賞したばかりのパトリシア・ロペス・アルナイス、新人イレネ・ビルゲスを起用して、撮影に6ヵ月という昨今では珍しいロングロケを敢行しています。

 

        

 (ロケ地アンダルシア州ハエン県のカソルラ山脈にて、左端が監督、201911月)

  

『不遇』(Malas temporadas)の作品紹介は、コチラ201406110702

『カニバル』の作品紹介は、コチラ20130908

El autor」の作品紹介は、コチラ20170831

 

 

  『ザ・ドーター』(原題 La hija

製作:Mod Producciones / La Loma Blanca / 参画Movister+ / RTVE / ICCA / Canal Sur TV

      協賛Diputación de Jaén

監督:マヌエル・マルティン=クエンカ

脚本:アレハンドロ・エルナンデス、マヌエル・マルティン=クエンカ、フェリックス・ビダル

撮影:マルク・ゴメス・デル・モラル

音楽:Vetusta Moria

編集:アンヘル・エルナンデス・ソイド

美術:モンセ・サンス

プロダクション・マネージメント:ロロ・ディアス、フラン・カストロビエホ

製作者:(Mod Producciones)フェルナンド・ボバイラ、シモン・デ・サンティアゴ、(La Loma Blanca)マヌエル・マルティン=クエンカ、(エグゼクティブ)アラスネ・ゴンサレス、アレハンドロ・エルナンデス、他

 

データ:製作国スペイン、スペイン語、2021年、スリラー・ドラマ、122分、撮影地アンダルシア州ハエン県、カソルラ山脈、期間201911月~20204月、約6ヵ月。配給Caramel Films、販売Film Factory Entertainment、公開スペイン1126

映画祭・受賞歴:トロント映画祭2021、サンセバスチャン映画祭2021アウト・オブ・コンペティション(9/22)、東京国際映画祭2021コンペティション(10/30

 

キャスト:ハビエル・グティエレス(ハビエル)、パトリシア・ロペス・アルナイス(ハビエルの妻アデラ)、イレネ・ビルゲス(イレネ)、ソフィアン・エル・ベン(イレネのボーイフレンド、オスマン)、フアン・カルロス・ビリャヌエバ(ミゲル)、マリア・モラレス(シルビア)、ダリエン・アシアン、他

 

ストーリー15歳になるイレネは少年院の更生センターに住んでいる。彼女は妊娠していることに気づくが、センターの教官ハビエルの救けをかりて人生を変える決心をする。ハビエルと妻のアデラは、人里離れた山中にある彼らの山小屋でイレネと共同生活をすることにする。唯一の条件は、多額の金銭と引き換えに生まれた赤ん坊を夫婦に渡すことだった。しかしイレネが、胎内で成長していく命は自分自身のものであると感じ始めたとき、同意は揺らぎ始める。雪の山小屋で展開する衝撃的なドラマ。

 

     

                   (イレネ役イレネ・ビルゲス、フレームから)

 

     

          (ハビエルとアデラの夫婦、フレームから)

  

 

 サンセバスチャン映画祭ではコンペティション外だった『ザ・ドーター』

 

★サンセバスチャン映画祭ではセクション・オフィシアルではあったが、賞に絡まないアウト・オブ・コンペティションだったのでご紹介しなかった作品。SSIFFには、上記の3作がノミネートされ、2005年に新人監督に贈られるセバスティアン賞を受賞しているだけで運がない。というわけで今回の東京国際映画祭に期待をかけているかもしれない。今年の審査委員長はイザベル・ユペールがアナウンスされているが、どうでしょうか。

 

     

 (マヌエル・マルティン=クエンカとハビエル・グティエレス、SSIFFフォトコール)

 

3人の主演者、ハビエル・グティエレスについては、El autorのほか、アルベルト・ロドリゲスの『マーシュランド』14)、イシアル・ボリャインの『オリーブの樹は呼んでいる』16)、ハビエル・フェセルの『だれもが愛しいチャンピオン』18)、ダビ&アレックス・パストールの『その住人たちは』20)などで紹介しております。バスク州の州都ビトリア生れのパトリシア・ロペス・アルナイスは、ダビ・ペレス・サニュドのバスク語映画Aneで、ゴヤ賞2021主演女優賞のほか、フォルケ賞、フェロス賞などの女優賞を独占している。アメナバルの『戦争のさなかで』では、哲学者ウナムノの娘マリアを好演している。難航していたイレネ役にはオーディションでイレネ・ビルゲスを発掘できたことで難関を突破できたという。監督は女優発掘に定評があり、当時ただの美少女としか思われていなかった14歳のマリア・バルベルデを起用、ルイス・トサールと対決させて、見事女優に変身させている。

   

     

 (主役の3人、グティエレス、ビルゲス、ロペス・アルナイス、SSIFFフォトコール)

 

★共同脚本家のアレハンドロ・エルナンデスは、「Malas temporadas」以来、長年タッグを組んでいる。彼はアメナバルの『戦争のさなかで』やTVシリーズ初挑戦のLa fortunaも手掛けている。他にマリアノ・バロッソやサルバドル・カルボなどの作品も執筆している。キューバ出身だが20年以上前にスペインに移住した、いわゆる才能流出組の一人です。撮影監督のマルク・ゴメス・デル・モラルは、ストーリーの残酷さとは対照的な美しいフレームで監督の期待に応えている。既に長編映画7作目の監督がコンペティション部門にノミネートされたことに若干違和感がありますが、結果を待ちたい。

 

                       

    

              

 

ハビエル・グティエレスのキャリア紹介は、コチラ20190325

パトリシア・ロペス・アルナイスのキャリア紹介は、コチラ20210127


クララ・ロケの『リベルタード』*ラテンビート20212021年10月12日 17:36

             『リベルタード』――東京国際映画祭との共催上映

 

          

 

★前回触れましたように今年18回を迎えるラテンビート2021は、バルト9での単独開催及びデジタル配信もなく、東京国際映画祭との共催上映3作のみになりました。しかし、日本未公開のスペイン語圏の名作を中心に紹介する通年の配信チャンネル《ラテンビート・クラシック》(仮題)を準備中ということです。いずれ公式のサイトが発表になるようです。3作のうち当ブログ未紹介のクララ・ロケのデビュー作『リベルタード』のご紹介。カンヌ映画祭と併催の第60回「批評家週間」でワールドプレミアされています。1988年バルセロナ出身のロケ監督は、既に脚本家として実績を残しており、自身も「監督より脚本を構想するほうが好き」と、インタビューで語っています。

  

『リベルタード』(原題 Libertad

製作:Bulletproof Cupid / Avalon / Lastor Medíaº

監督・脚本:クララ・ロケ

音楽:Paul Tyan ポール・タイアン

撮影:グリス・ジョルダナ

編集:アナ・プファフPfaff

キャスティング:イレネ・ロケ

プロダクション・デザイン:マルタ・バザコ

衣装デザイン:Vinyet Escobar ビンジェ・エスコバル

メイクアップ&ヘアー:(メイクアップ)バルバラ・ブロック Broucke、(ヘアー)アリシア・マチン

プロダクション・マネージメント:ジョルディ・エレロス、ゴレッティ・パヘス

製作者:セルジ・モレノ、ステファン・シュミッツ、マリア・サモラ、トノ・フォルゲラ、

 

データ:製作国スペイン=ベルギー、スペイン語、2021年、ドラマ、104分、撮影地バルセロナ、公開スペイン20211119日予定

映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭併催の第60回「批評家週間」2021作品賞・ゴールデンカメラ賞ノミネーション、アテネ映画祭、ヘント映画祭、エルサレム映画祭国際シネマ賞、第66回バジャドリード映画祭2021Seminci)オープニング作品、各ノミネート

 

キャスト:マリア・モレラ・コロメル(ノラ)、ニコル・ガルシア(リベルタ―ド)、ノラ・ナバス(ノラの母テレサ)、ビッキー・ペーニャ(ノラの祖母アンヘラ)、カルロス・アルカイデ(マヌエル)、カロル・ウルタド(ロサナ)、マチルデ・レグランド、オスカル・ムニョス、マリア・ロドリゲス・ソト、ダビ・セルバス、セルジ・トレシーリャス、他

 

ストーリー:ビダル一家は、進行したアルツハイマー病に苦しむ祖母アンヘラの最後の休暇を夏の家で過ごしている。14歳のノラは、生まれて初めて自分の居場所が見つからないように感じている。子供騙しのゲームは卒業、しかし大人の会話には難しくて割り込めない。しかし祖母の介護者でコロンビア人のロサナと、ノラより少し年長の娘リベルタードが到着して、事情は一変する。反抗的で魅力的なリベルタードは、ノラにとって別の玄関のドアを開きます。二人の女の子はたちまち強烈で不均衡な友情を結んでいく。家族の家がもっている保護と快適さから二人揃って抜け出し、ノラはこれまで決して得たことのない自由な新しい世界を発見する。カタルーニャの裕福な家族出身のノラ、コロンビアで祖母に育てられたリベルタード、異なった世界に暮らしていた二人の少女の友情と愛は、不平等な階級の壁を超えられるでしょうか。

 

       

           (ノラとリベルタード、フレームから)

 

 

    先達の存在に勇気づけられる――私は脚本家だと思っています

 

★監督紹介:クララ・ロケは、1988年バルセロナ生れ、バルセロナ派の脚本家、監督。ポンペウ・ファブラ大学で視聴覚コミュニケーションを専攻、奨学金を得てコロンビア大学で脚本を学んだ。自身は脚本家としての部分が多いと分析、脚本家デビューはカルロス・マルケス=マルセ10.000 Km14)、またハイメ・ロサーレス『ペトラは静かに対峙する』(原題Petra18)を監督と共同執筆している。監督としては、長編デビュー作とも関連する終末ケアをする女性介護者をテーマにした、短編El adiós(バジャドリード映画祭2015金の麦の穂受賞)やLes bones nenes16)、TVミニシリーズ「Tijuana」(193話)、「Escenario 0」(201話)を手掛けている。『リベルタード』が長編デビュー作。

   

10.000 Km」の作品紹介は、コチラ20140411

『ペトラは静かに対峙する』の作品紹介は、コチラ20180808

      

        

     

 (短編El adiós」で金の麦の穂を受賞したクララ・ロケ、バジャドリードFF授賞式

 

★カンヌにもってこられたのは「本当に夢のようです。上映を待っていたのですが、パンデミアの最中だったので難しかった。カンヌが2021年の映画祭で上映することを提案してくれた」と監督。スペイン映画としてノミネートは本作だけでした。「カタルーニャでは、女性シネアストが多く、イサベル・コイシェのような存在が大きかった。映画の世界は男性だけのものではないという希望を私に与えてくれたからです」と。他にイシアル・ボリャイン、アルゼンチンのルクレシア・マルテルフリア・ソロモノフ、オーストラリアのジェーン・カンピオン、バルセロナ出身の先輩ベレン・フネスなどを挙げている。男性では、上記のロサーレスとマルケス=マルセの他に、『ライフ・アンド・ナッシング・モア』のアントニオ・メンデス・エスパルサを挙げている。マリア・ソロモノフ監督はコロンビア大学の彼女の指導教官、現在は映画製作と並行して、ブルックリン大学シネマ大学院で後進の指導に当たっている。

 

 

  少女から大人の女性へ――揺れ動くアイデンティティ形成段階の少女たち

 

★カンヌ映画祭には運悪くコロナに感染していて自身でプレゼンができなかった。シネヨーロッパのインタビューも電話でした。タイトルの Libertad は、主人公の名前から採られていますが、それを超えています。「この映画の中心テーマです。自由とは何かということです。本当に自由を選ぶ手段をもっている人だけのものか、自由はもっと精神的な何かなのか。劇中にはいろいろなやり方で自由を模索する登場人物が出てきます」と監督。

 

    

         (マリア・モレラに演技指導をするクララ・ロケ監督)

 

★ノラの祖母を介護しているロサナはコロンビアからの移民、幼い娘リベルタードを母に預けてスペインに働きに来ていた。そこへ10年ぶりに15歳になった娘がやってくる。裕福なノラの家族、貧困で一緒に暮らせなかった家族という階級格差、移民によって提供されるケアの問題が浮き彫りになる。両親から受け継いだアイデンティティ、特に母から娘に受け継がれたパターンから逃れるのはそう簡単ではない。子供から大人の女性への入口は、アイデンティティが形成される段階にあり、多くの女性監督を魅了し続けている。「自分を信頼することが一番難しい。自身を信頼することが重要」と監督。

 

    

        (ノラの母親役ノラ・ナバス、リベルタードの母親役カロル・ウルタド)

 

★「キャスティングの段階で、介護者となるプロでない女優を探していた。そのとき出身国に自分の子供たちを残して他人のケアをしている人には大きなトラウマがあることに気づきました。10年間も母親に会っていない娘が突然現れたらというアイデアが浮かびました」と、本作誕生の経緯をシネヨーロッパのインタビューで語っている。インタビュアーからブラジルのアナ・ミュイラート『セカンドマザー』15)との類似性を指摘されている。サンダンス映画祭でプレミアされ、ベルリン映画祭2015パノラマ部門の観客賞を受賞、本邦でも20171月に公開されている。監督は「既に脚本を書き始めていて、(コロンビア大学の指導教官の)フリア・ソロモノフから観るように連絡を受けた。異なるプロフィールをもっていますが、どちらも進歩的と考えられる中産階級やブルジョア社会に奉仕することで生じてくる不快感が語られています。これを語るのは興味深いです」とコメントしている。

 

★最初は別の2本のスクリプトを書いていた。一つは母と娘が再会する移民の話、もう一つは祖母、母、娘が最後の夏休暇を過ごす話でした。「アンディ・ビーネンから単独では映画として機能しないから、一つにまとめる必要があると指摘された」とアンディ・ビーネンはコロンビア大学の指導教官で、キンバリー・ピアーズが実話をベースにして撮った『ボーイズ・ドント・クライ』(99)を監督と共同執筆した。観るのがしんどい映画でしたね。こうして2つのスクリプトが合流して、バックグランドに流れる牧歌的な平和を乱す『リベルタード』は完成した。

  

     

           (子役出身のマリア・モレラ)

 

★リベルタ―ド役のニコル・ガルシアは本作でデビュー、ノラ役のマリア・モレラは長編2作目、生まれも育ちも異なる対照的な性格の女の子を好演した。脇を固めるのがベテランのノラ・ナバスビッキー・ペーニャ、最近TVミニシリーズの出演が多いマリア・ロドリゲス・ソトは、2019年にカルロス・マルケス=マルセの「Els dies que vindran」で主演、マラガFF銀のビスナガ女優賞を受賞しているほか、ベレン・フネスの「La hija de un ladrón」、カルレス・トラスの『パラメディック-闇の救急救命士』(Netflix 配信)にも出演している。3作とも当ブログにアップしておりますが、今回は脇役なので割愛します。

  

   

          (本作デビューのニコル・ガルシア)


第18回ラテンビート2021*東京国際映画祭共催上映2021年10月08日 15:41

      今年のラテンビートは東京国際映画祭共催上映の3作品のみ

 

   


★残念ながら、ラテンビート2021は危惧していた通りになってしまいました。東京国際映画祭TIFF1030日~118日)共催上映の3作品のみとなりました。せめてオンライン上映だけでもと思っていましたが叶いませんでした。3作のうちロレンソ・ビガス『箱』(原題 La caja)と、アレックス・デ・ラ・イグレシア『ベネシアフレニア』(原題 Veneciafrenia)は、既に原題でご紹介しています。クララ・ロケ『リベルタード』(原題 Libertad)は次回アップします。

 

            TIFF 共催上映の3作品

 

『箱』(原題 La caja2021、製作国メキシコ=米国、スペイン語、スリラー・ドラマ、92

監督:ロレンソ・ビガス(ベネズエラ)

トレビア:『彼方から』がベネチア映画祭2015金獅子賞を受賞している。ベネチア映画祭2021コンペティション部門、トロント映画祭、サンセバスチャン映画祭2021ホライズンズ・ラティノ部門ノミネート作品。

紹介記事は、コチラ20210907

    

 

  

 

『ベネシアフレニア』(原題 Veneciafrenia2021、製作国スペイン、スペイン語、スラッシャー・ホラー、100

監督:アレックス・デ・ラ・イグレシア(スペイン)

トレビア:デビュー作『ハイル・ミュタンテ 電撃XX作戦』以来タッグを組んでいる脚本家ホルヘ・ゲリカエチェバリアと共同執筆、痛みのジェットコースター、エモーションと凍りついた笑い満載、現地ベネチアにて撮影。

作品紹介は、コチラ20211006

 

     

 

 

『リベルタード』(原題 Libertad2021、製作国スペイン=ベルギー、スペイン語、ドラマ、104

監督:クララ・ロケ(スペイン)

トレビア:カンヌ映画祭「批評家週間」にノミネートされた監督デビュー作。

 監督キャリア&作品紹介予定

作品紹介は、コチラ⇒2021年10月12日

    

  

  

 

★以上3作です。その他、コンペティション部門にベテラン監督と称してもいいマヌエル・マルティン=クエンカ『ザ・ドーター』(原題 La hija)が選ばれていました。トロント映画祭でワールドプレミアされた関係で、サンセバスチャン映画祭ではアウト・オブ・コンペティション枠でした。TIFFのコンペティション部門はデビュー作から23作目までと聞いておりましたが、コロナ禍の昨年から幅が広がっています。また、共にウルグアイ出身でメキシコで製作しているロドリゴ・プララウラ・サントゥリョ夫妻が手掛けた『もうひとりのトム』(原題 The Other Tom)の言語は英語です。反対に言語はスペイン語、メキシコでオールロケしたというルーマニアの監督テオドラ・アナ・ミハイ『市民』(原題 La civil)も選ばれており、今年の国際映画祭の話題作がノミネートされています。ロドリゴ・プラはTIFF 2015『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』で来日しています。次回からアップしていく予定です。

東京国際映画祭のチケット発売は、1023です。

     

  

         (マヌエル・マルティン=クエンカの『ザ・ドーター』から)

 

デ・ラ・イグレシアの新作ホラー「Veneciafrenia」*シッチェス映画祭2021年10月06日 17:35

    恐怖コレクション第1作目はベネチアを舞台におきる連続失踪事件の謎

 

      

 

★暫く静観気味だったアレックス・デ・ラ・イグレシアの新作Veneciafreniaが、第54回シッチェス映画祭2021107日~17日)でワールドプレミアされます。The Fear Collection(恐怖コレクション)全5作の第1作目、デ・ラ・イグレシアとカロリナ・バング夫妻が設立した制作会社 <Pokeepsie Films> とソニー・ピクチャーズ、アマゾン・スタジオが共同で製作します。既に2作目以降も準備中ということです。第1作の舞台は観光都市ベネチアを訪れた仲良しグループが次々に失踪するというホラー・サスペンスのようです。脚本はデビュー作『ハイル・ミュタンテ!電撃XX作戦』からタッグを組んでいるホルヘ・ゲリカエチェバリアとの共同執筆です。シッチェス映画祭上映は109日、スペイン公開は1126日に決定しています。いずれプライム・ビデオで見られるのでしょうか。

 

      

         (デ・ラ・イグレシア監督と製作者カロリナ・バング)

 

 Veneciafrenia2021

製作:Pokeepsie Films / Sony Picuures España / Amazon Studios / Eliofilm /

   TLM The Last Monkey

監督:アレックス・デ・ラ・イグレシア

脚本:ホルヘ・ゲリカエチェバリア、アレックス・デ・ラ・イグレシア

音楽:ロケ・バニョス

撮影:パブロ・ロッソ

編集:ドミンゴ・ゴンサレス

美術:ホセ・ルイス・アリサバラガ、ビアフラ Biaffra

衣装デザイン:ラウラ・ミラン

メイクアップ:クリスティナ・アセンホ、アントニオ・ナランホ

製作者:カロリナ・バング、アレックス・デ・ラ・イグレシア、(エグゼクティブ)リカルド・マルコ・ブデ、イグナシオ・サラサール=シンプソン、アリエンス・ダムシ、他

 

データ:製作国スペイン、スペイン語、2021年、ホラー・サスペンス、100分、撮影地マドリード、ベネチア、期間202010月クランクイン、約7週間。The Fear Collection1作目。スペイン公開20211126

映画祭・受賞歴:第54回シッチェス映画祭2021正式出品(ワールドプレミア109日)

 

キャスト:イングリッド・ガルシア=ヨンソン、シルビア・アロンソ、ゴイセ・ブランコ、ニコラス・イロロ(ブランコのパートナー)、アルベルト・バング(ガルシア=ヨンソンの弟)、コジモ・ファスコ(暗殺者)、カテリーナ・ムリノ、エンリコ・ロ・ヴェルソ(タクシー運転手)、アルマンド・デ・ラッサ、ニコ・ロメロ、アレッサンドロ・ブレサネッロ(Colonna)、ディエゴ・パゴット(セールスマン)、ジュリア・パニャッコ(ジーナ)、ジャンカルロ・ユディカ・コルディーリア(ベネチア大使)、他

 

ストーリー:自然界には美と死のあいだに不可解な繋がりがあります。明るい灯台に引き寄せられる蛾のように、観光客が美しい都市ベネチアに押しよせ、灯りを少しずつ消していきます。ベネチアの人々は、過去数十年にわたる苦しみに怒りを爆発させ、侵略者を撃退するため生存本能を解き放ち、一部の人々がエスカレートさせていきます。そんなこととは露知らず、私たちの主人公、スペインの無邪気な観光客一行は、ベネチアを愉しむためにやってきました。しかしグループの一人が姿を消します。固い友情に結ばれていた友人たちが捜索を始めますが、やがて亀裂がおこり仲間割れが生じるようになる。彼らは自身の生き残りをかけて闘うことを余儀なくされることになるでしょう。

 

      

          (ベネチアでのクランクイン、2020109日)

 

 

      観光客にうんざりしている友好的でないベネチアの住民たち

 

アレックス・デ・ラ・イグレシアは「本作は、30人のスペイン観光客がベネチアに到着し、姿を消し始める、古典的なスラッシャー映画です」とコメント。スラッシャー映画というのは、にわか勉強ですが、殺人を含むホラー映画の非公式な総称、スプラッター映画や心理的ホラーなど他のホラーサブジャンルと区別するためできた用語で、イタリアの60年代のジャッロ映画に影響を受けているということです。

 

        

           (監督とVeneciafrenia」のポスター)

 

★脚本を共同執筆したホルヘ・ゲリカエチェバリアも「70年代から80年代にかけて流行したイタリアのジャッロ映画を再解釈したものです」と説明している。ジャッロ・スリラーはエロティシズムと心理的恐怖を織り交ぜた殺人ミステリー、正体不明の殺人者が登場し、壮大なやり方で殺害していくのが特徴ということです。3期に分かれていて古典期は197493年までの作品、例えば『悪魔のいけにえ』(74)、『暗闇にベルが鳴る』(74)、『エルム街の悪夢』(84)などが挙げられる。「コロナウイリスの前に、ラグーンで毎日下船する大きな船やクルーズ船に対する地元住民の大きな抗議がありました。それはベネチアの都市崩壊やディズニーランド化に繋がり、持続可能性を危険に晒すからというものでした」と、動機を語っている。上述したように監督のデビュー作からPerfectos desconocidos17)まで、TVシリーズ30 monedas30 Coins 2021)も含めて、殆どの作品でタッグを組んでおり、ブランカ・スアレスを起用した次回作El cuarto pasajeroも言うまでもない。

 

     

       (デ・ラ・イグレシア監督とホルヘ・ゲリカエチェバリア)

 

キャスト紹介:スペインサイドは、イングリッド・ガルシア=ヨンソンシルビア・アロンソゴイセ・ブランコTVシリーズ『ミダスの手先』)の30代の仲良し3人組を軸にしている。主役のガルシア=ヨンソンによると「回りくどいことは嫌いだが、不安定で脆いところがある。結婚しているが、夫が同行しない友人たちとのベネチア旅行に参加する」役柄と説明している。シルビア・アロンソは1992年サラマンカ生れ、TVシリーズ出演後、クララ・マルティネス=ラサロの「Hacerrse mayor y otros Problemas」(18)で主役に起用された新人、ゴイセ・ブランコはマテオ・ヒル他の『ミダスの手先』(206話)がNetflixで配信されている。

イングリッド・ガルシア=ヨンソンのキャリア紹介は、コチラ20190329

 

 

  

      

   (別人のようにスマートになった監督の指示を受ける出演者たち、ベネチアにて)

 

TVシリーズ「30 Coins」出演のガルシア=ヨンソンの弟役アルベルト・バング、ゴイセ・ブランコのパートナー役ニコラス・イロロが加わる。1983年カセレス生れのニコ・ロメロTVシリーズ「La fortuna」『ケーブル・ガールズ』)、アルマンド・デ・ラッサ(『ビースト 獣の日』)など。

 

★イタリアサイドは、1977年サルディーニャ生れ、96年のミスイタリア4位のボンド・ガールの一人カテリーナ・ムリノ(『007/カジノ・ロワイヤル』、ネットフリックス配信の新作『マイ・ブラザー、マイ・シスター』)、コジモ・ファスコ(「30 Coins」)、エンリコ・ロ・ヴェルソ(『アラトリステ』)、1948年ベネチア生れのベテラン、アレッサンドロ・ブレサネッロ(『007スペクター』の神父役)、ジュリア・パニャッコなど出演者が多い。

 

★観光都市ですから多くの住民が観光で生計を立てているわけですが、全部の住民が観光客に頼っているわけではない。いずれ温暖化の影響で地盤沈下で住めなくなるとしても、それは今ではない。観光客を歓迎しない住民もいるということです。Veneciafrenia」が恐怖コレクションの第1作、既に「ジャウマ・バラゲロによるものと、ボルハ・コベアガが脚本を手掛けるエウヘニオ・ミラの作品が始動している」とデ・ラ・イグレシア監督、ベネチアはこのジャンルとうまく調和しているとも語っている。エウヘニオ・ミラは『グランドピアノ 狙われた黒鍵』(13)が公開されている。シッチェス映画祭も間もなく開幕しますが、ホラー大好き人間の評価は得られるでしょうか。痛みのジェットコースター、エモーションと凍りついた笑い満載ということです。


*追加情報:第34回東京国際映画祭2021「ワールド・フォーカス」部門で『ベネシアフレニア』の邦題で上映決定。第18回ラテンビート2021共催上映

  

ロレンソ・ビガスの新作「La caja」*サンセバスチャン映画祭2021 ⑲2021年09月07日 17:33

            5弾――『彼方から』6年ぶりの新作「La caja

   

        

   

★ホライズンズ・ラティノ部門ノミネートのロレンソ・ビガス(ベネズエラのメリダ1967)のLa cajaは、ベネチア映画祭2021のコンペティションでワールドプレミアされます(結果発表は911日)。監督は2015年のDesde allá金獅子賞を受賞、ラテンアメリカにトロフィーを運んできた最初の監督になりました。ラテンビート2016では『彼方から』の邦題で上映されています。ラテン諸国のなかでもベネズエラは、当時も現在も変わりませんが政情不安と貧困が常態化しており、映画産業は全くといっていいほど恵まれていません。受賞作はメキシコとの合作、新作はメキシコと米国の合作、監督は20年前にメキシコにやって来て映画製作をしており、ベネズエラは監督が生まれた国というだけです。メキシコのミシェル・フランコとは製作者として互いに協力関係にあります。新作の舞台はメキシコ北部のチワワ州の大都市シウダー・フアレス、アメリカと国境を接しているマキラドーラ地帯を背景にしています。キャリア&フィルモグラフィーは、『彼方から』でアップしています。

『彼方から』関連記事は、20150808同年100920160930

 

    

  (左から、エルナン・メンドサ、監督、ハッツィン・ナバレテ、ベネチアFF2021

 

 

 La caja / The Box

製作:Teorema(メキシコ)/ SK Global Entertainment / Labodigital(メキシコ)

監督:ロレンソ・ビガス

脚本:パウラ・マルコビッチ、ロレンソ・ビガス

撮影:セルヒオ・アームストロング

編集:パブロ・バルビエリ・カレーラ、イザベラ・モンテイロ・デ・カストロ

プロダクション・デザイン:ダニエラ・シュナイダー

プロダクション・マネージメント:サンティアゴ・デ・ラ・パス、マリアナ・ラロンド

衣装デザイン:ウルスラ・シュナイダー

視覚効果:エドガルド・メヒア、ディエゴ・バスケス・ロサ

キャスティング:ビリディアナ・オルベラ

音楽:マウリシオ・アローヨ

製作者:ミシェル・フランコ、ホルヘ・エルナンデス・アルダナ、ロレンソ・ビガス(以上はTeorema)、(エグゼクティブ)マイケル・ホーガン(SK Global Entertainment)、チャールズ・バルテBartheLabodigital)、ジョン・ペノッティ、ブライアン・コルンライヒ、キリアン・カーウィン、他多数

 

データ:製作国メキシコ=米国、スペイン語、2021年、スリラー・ドラマ、92分、撮影地チワワ州(シウダーフアレス、クレエル、サンフアニート、他)、パナビジョンカメラ(35ミリ)使用

映画祭・受賞歴:第78回ベネチア映画祭コンペティション部門ノミネーション(96日)、トロント映画祭2021上映、第69回サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ部門ノミネーション

   

キャスト:ハッツィン・ナバレテ(ハッツィン・レイバ)、エルナン・メンドサ(父親に似た男性マリオ)、クリスティナ・スルエタ(ノリタ)、エリアン・ゴンサレス、ダルス・アレクサ・アル・ファロ、グラシエラ・ベルトラン

  

ストーリー:死んだと信じている父親を探す13歳の少年ハッツィンの物語。メキシコシティ生れのハッツィンは、父親の遺骨を引き取るための旅に出ます。メキシコ最北部の広大な空だけに囲まれた共同墓地で発見されたからです。遺骨の入った箱を渡されるが、街中で父親と体形が似ている男を偶然目撃したことで、彼の父親の本当の居場所についての疑問と希望が少年を満たしていきます。ラテンアメリカ諸国に共通している父の不在、父性の問題、行方不明者の問題に踏み込んだスリラー。箱の中身は何でしょうか。<父性についての三部作> 最終章。

 

      

      (メキシコ最北部の砂漠で少年と父に似た男性、フレームから)

 

 

      La caja / The Box」は<父性についての三部作>の最終章

 

★デビュー作の早い成功は、多くの監督に次回作に大きなプレッシャーをもたらします。ロレンソ・ビガスも例外ではなかったでしょう。何しろ三大映画祭の一つ金獅子賞でしたから、「受賞にとらわれないようにすることに苦労した」と明かしている。『彼方から』のフィルモグラフィーでも述べたように、本作は2004年にカンヌ映画祭併催の「批評家週間」でプレミアされた短編映画Los elefantes nunca olvidan13分、製作ギジェルモ・アリアガ)を第1部、『彼方から』を第2部、新作が最終章とする三部作、監督にとっては必要不可欠な構想だったから、完結できたことを喜びたい。前2作と角度が違うのは、本作では父親の欠如がもたらす結果に踏み込んでいること、家族を維持するための父親をもつために、少年に何ができるかを掘り下げている。また90歳で死ぬまで描き続けたという父親で画家だったオスワルド・ビガスを描いたドキュメンタリーEl vendedor de orquídeas1675分)も、同じテーマなのでリストに入れてもいいということです。

 

       

       (父親を配したEl vendedor de orquídeas」のポスター

 

★キャストは、舞台演出家でベテラン俳優のエルナン・メンドサを起用、ミシェル・フランコの『父の秘密』12)の凄みのある演技でアリエル賞にノミネート、アミル・ガルバン・セルベラほかのLa 4a Compañia16)でマイナー男優賞を受賞している。「ハッツィン・ナバレテと出会えたことが幸運だった」と語る監督は、主人公の少年探しは簡単ではなかったという。時間をかけて全国の学校を回り、犯罪率の高さで汚名を着せられているメヒコ州シウダー・ネツァワルコヨトルで彼を見つけるまで時間が掛った。ベネチアまで来られたのは彼の隠れた才能のお蔭だと言い切っている。またメキシコで出会った友人たちに感謝を忘れず「今回はメキシコを代表してやってきました」と述べた。以前から「自分はメキシコで生まれていなくてもメキシコ人です」と語っており、故国ベネズエラは遠くなりにけりです。

 

     

     (少年とエルナン・メンドサ扮する偶然出会った男性、フレームから)

 

★撮影地にはメキシコ北部としか決めていなかったが、チワワ州に到着して「ここでなければならない」と思った。それは風景の圧倒的な美しさと、そこにある現実の美しさと恐ろしさのコントラストが決め手だったようです。ビデオではなく35ミリ撮影に拘ったのは「35ミリは光がフィルムと目を通過するため、依然として人間の目に近い。ビデオは電子的に生成されるから、映画館で見るとき、技術的な進歩にもかかわらず画像を知覚する感情的な方法は依然として35ミリです」とエル・パイス(メキシコ版)のインタビューに応えている。テキサス州エル・パソと国境を接するシウダー・フアレスからクレエルまでチワワ州の10ヵ所で撮影した。クレエルではメキシコでは滅多に見られない降雪があり「とても印象的でした」と。私たちは映画の中で美しい降雪に出会うでしょう。

 

      

            (撮影中のロレンソ・ビガス監督)

 

1990年代からシウダー・フアレスで出現し、現在も続いている女性連続失踪事件に踏み込んだのは、メキシコに来て最初に直面した衝撃の一つだったからで、脚本に自然に登場したと述べている。<フアレスの女性の死者たち>と呼ばれる殺人事件で、犠牲者は2万人にのぼる。ロベルト・ボラーニョの遺作となった小説『2666』にも登場する。小説ではサンタテレサという架空の名前になっているがシウダー・フアレスがモデルである。犠牲者の多くがマキラドーラの多国籍企業の下請けで低賃金で働く女性労働者であり、映画では少年をマキラドーラ産業の或る製品組立工場に導いていく。国家公安機構事務局の統計によると、2020年で最も多かった自治体はシウダー・フアレス市だったという。

 

         

(マキラドーラ産業の或る製品組立工場、フレームから)

 

      

                  (林立する犠牲者の十字架、シウダー・フアレス)

 

★脚本を監督と共同執筆したパウラ・マルコビッチ(ブエノスアイレス1968)は、ビガス同様メキシコで映画製作をしていますが、アルゼンチン出身の監督、脚本家、作家、自身の小説が映画化されている。メキシコの監督フェルナンド・エインビッケの『ダック・シーズン』や『レイク・タホ』の脚本を監督と共同執筆して、もっぱらメキシコで仕事をしているのでメキシコ人と思われていますがアルゼンチン人です。監督デビュー作El premioは故郷に戻って、自身が生れ育ったサン・クレメンテ・デル・トゥジュという湯治場を舞台に軍事独裁時代を女の子の目線撮った自伝的要素の強い作品です。ベルリン映画祭2011でプレミアされ、アリエル賞2013初監督作品賞オペラ・プリマ賞以下、国際映画祭での受賞歴が多数あります。

   

    

              (El premio」のポスター

 

マキラドーラは、製品を輸出する場合、原材料、部品、機械などを無関税で輸入できる保税加工制度、1965年に制定された。この制度を利用しているのがマキラドーラ産業で、低賃金で若い労働力を得られることで、メキシコに進出して日本企業も利用している。


*追加情報:第34回東京国際映画祭2021「ワールド・フォーカス」部門で『箱』の邦題で上映決定になりました。第18回ラテンビート2021共催上映

  

『ファイアー・ウィル・カム』*ラテンビート2019 ⑤2019年10月23日 15:46

       悪人と蔑まれている人間を救済するための許しと家族愛の物語

 

              

          (オリジナル版ガリシア語ポスターO que arde

 

カンヌ映画祭2019「ある視点」審査員賞受賞、以来カルロヴィ・ヴァリ、エルサレム、ポーランドのニュー・ホライズンズ、サラエボ、トロント、サンセバスティアン、テッサロニキ、モスクワ、チューリッヒ、ニューヨーク、釜山、ロンドン、シカゴ、などの各映画祭をめぐって、東京&ラテンビートへやってきました。秋の映画祭上映を期待して、かなり詳しい記事をアップしてきた甲斐がありました。タイトルもガリシア語、スペイン語「Lo que arde」、フランス語、英語と、その都度二転三転しながら紹介してきましたが、英語タイトル『ファイアー・ウィル・カム』に落ち着きました。しかし監督名Oliver Laxe のカタカナ表記がオリヴァー・ラクセ(パリ1982)はどうでしょうか(当ブログではオリベル・ラセまたはオリベル・ラシェで紹介)。苗字のLaxe(西語Lage)はルゴ出身の母親の姓で、ガリシア語ではラシェ、パリ生れですが56歳ごろに母親の故郷に戻っているガジューゴです。

ガリシア語題O que ardeで作品紹介、コチラ201904280529

   

 

        

  (監督、アマドール・アリアス、ベネディクタ・サンチェス、カンヌFF 2019にて

 

★フランスの9月公開に続いて、スペインでも1011日に公開された。各紙のコラムニストからは「これはいったい我々は何を見てるんだ、あんぐり口を開けたまま、鳥肌が立ち、心臓がバクバクした」と、その映像の力に驚いたコメントが寄せられている他、監督インタビュー記事も掲載された。「私と仲間は、既にロシア、イスラエル、トロント、サンセバスティアンなどで上映してきました。既にフランスでは公開され、スペインでも好意的な反応が得られた作品だと思います。それは本作がスペインで撮影した最初の映画ということ、前の2作にあった複雑さ、多義性、曖昧さを回避してバランスをとり、より多くの人々に開かれたものとしたからです。観客の心に残る長続きするエモーショナルな映画を心掛けてきましたが、現在ではよりクラシカルな物語性を付け加えました。それで正解でした」と語った。

 

           

             (放火犯アマドール、映画から)

 

★ロシアのガレージ・ミュージアム・モスクワで特別上映したとき、観客は祖母について語り、カナダのトロントFFではパン切りについて語った。それぞれ観客は映画の中に何かを捕まえることができた。それは知識人が持っていない何かです。監督は軌道修正したことが正しかったと確信したようです。放火魔アマドールが告白した愛は、出所した後に故郷に戻って老いた母親と一緒に暮らすことだった。「私たちのうち何人が85歳になる母親の世話に戻るでしょうか、少ないです」と監督。これは前にも書いたように「辛口のメロドラマ」なのでしょう。

 

          

      (撮影中のアマドール・アリアス、ベネディクタ・サンチェス、監督)

 

 

    山火事のシーンはオーレンセで実際に起きた山火事のドキュメンタリー

 

★予告編からも山火事のシーンは鳥肌が立ちますが、これは2017年ガリシア州の中央部に位置する県都オーレンセ(西語オレンセ)で実際に起きた山火事を、本作のためにドキュメンタリーとして撮影したということです。撮影は15日間に及んだ。気候温暖化のせいもあって、スペインに止まらずポルトガル、米国、世界各地で規模の大きい山火事が起きている。

  

      

    (撮影班を組んで15日間にわたって撮影したオーレンセの山火事)

 

★およそ2メートルという長身の監督の人生も変わりました。ルゴに戻り、コミュニティと協力して教育や演劇のプロジェクトを立ち上げている。次の脚本、モロッコである祭りを探している人々を主人公にしたロードムービーを構想中だそうです。『イージーライダー』や『マッドマックス』の中間だそうで、今度はプロの俳優を起用する由、ハイカルチャーとポピュラー・カルチャーのカクテルのような映画が好きだし、「傷ついた」人に心が動かされるとも語っている。

 

             

          (撮影中の監督と主役のアマドール・アリアス)

 

★東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門上映2回。ラテンビート未定。