バルガス=リョサvsガルシア・マルケス*40年間の沈黙を破る2017年07月20日 14:14

            ガルシア・マルケスとの親密な友情関係の始まり、1967

 

★毎年恒例となっているマドリード・コンプルテンセ大学の夏期講座が、サン・ロレンソ・デ・エル・エスコリア市で始まった。世界各地から受講者を集めるスペインでも有数の夏期講座です。ペルーのノーベル賞作家マリオ・バルガス=リョサ(1936)は本講座のプログラム編成をしています。この度コロンビアのエッセイスト、カルロス・グラネスをインタビューアーに迎えて、作家本人が対談形式でガルシア・マルケス(1927-2014)についての講義を行いました。しかしこの授業の目玉の一つは、1967年に始まったガルシア・マルケスとの幸せだった10年間が、1976年いかにして決裂するに至ったかだったにもかかわらず、新たなデータを掘り起こすまでにはいかなかったいんしょうです。結局、謎は謎のまま、コロンビアの作家同様、ペルーの作家も秘密を墓場まで持って行くつもりのようです。

 

 

 (バルガス=リョサとカルロス・グラネス、サン・ロレンソ・デ・エル・エスコリア、75日)

 

★後にノーベル賞作家となる二人にとって、1967はカラカスの飛行場で初めて顔を合わせ、それに続く幸せの友情が始まった年でした。またガルシア・マルケスにとっては友人から可能な限りの借金をし、家財道具まで売り払って家族に極貧を強いて完成させた『百年の孤独』が、530日に刊行された年でもありました。どうしてカラカスだったのかと言えば、ペルーの作家の『緑の家』が第1ロムロ・ガジェゴス賞を受賞し、コロンビアの作家がそのプレゼンターだったからです。ベネズエラの小説家で政治家でもあったガジェゴスを記念してベネズエラ政府によって創設された文学賞(スペイン語で書かれた作品を5年ごと1作選ぶ)。1972年、第2回目の受賞作品はマコンドの作家の『百年の孤独』でした。

 

 

 

★バルガス=リョサVLによると、ガルシア・マルケスGMの『大佐に手紙は来ない』(1961年、コロンビア刊)が自分のところにやってきたのは前年の1966年だったという。当時フランス・ラジオ・テレビジョンでラテンアメリカの新刊紹介のような番組を担当していた。本作の翻訳書がパリに現れたのが1966年だったというわけです。厳正なリアリズムと老大佐の明快な描写がとても気に入った。そしてガルシア・マルケスという作者に是非とも会いたいと思うようになった。それから二人の間で熱心な手紙のやり取りが始まり、実際に会う前に既に二人は友人関係を築いており、カラカスを去るころには大の親友になっていたという。

 

★対談にありがちなことだが、会話はあっち飛びこっち飛びしたようだが、例えばカミュ、サルトル、トルストイ、ドストエフスキー、フォークナーやヴァージニア・ウルフの影響など、すでに多くのことは書かれていることですが、VLによると、ウルフの影響が大きいことをよく口にしていたという。カミュは別としてサルトルのようなフランス実存主義の作品は読んでいなくて、どちらかというと英国系の文学をより好んで読んでいたという。これもまた周知のことでしょうか。ごく個人的な二人の共通点、それは母方の祖父母に育てられ、それぞれ両親とは確執があり対立関係にあったこと、二人が若かった時代には、今日のラテンアメリカとは違って文化的連帯が存在しなかったこと、ボゴタやリマでは不可能な何かを求めてヨーロッパに向かったこと、これまた周知のことであり、受講生の多くが期待したテーマは、どうしてこの親密な友情関係が壊れたかということだったに違いありません。

 

       ガルシア・マルケスとの決裂――キューバと「パディーリャ事件」

 

1971のキューバ、ラテンアメリカの<ブーム>の作家たちを政治的に分断した「パディーリャ事件」が起こった。320日、詩人エベルト・パディーリャは妻で詩人のベルキス・クサ=マレと一緒に逮捕された。理由は一言でいえば革命に害悪をもたらす反革命的な作家ということです。妻は2日後に釈放されたが、エベルトは38日間拘留され、427日にキューバ作家芸術家連盟UNEACのホールに集められたメンバーを前に「自己批判文」を読まされるという拷問の末、解放された。この吐き気を催す自己批判文には、反革命的な態度をとる彼の友人作家たちの華麗なリストが含まれていた。すなわち妻ベルキス・クサ=マレ、レサマ=リマ、ビルヒリオ・ピニェラ、セサル・ロペス、ディアス=マルティネス、ノルベルト・フエンテス・・・レサマ=リマのように欠席した人は難を逃れることができたが、名指しされた人々は恐怖にひきつって各自マイクの前で釈明しなければならなかった。冷戦時代のハリウッドを吹き荒れた「赤狩り」を想起させ、パディーリャにエリア・カザンが重なった。

 

(エベルト・パディーリャ)

 

★パディーリャの逮捕の報は、革命を支持していた当時の知識人たちに激震が走った。パリに住んでいたフリオ・コルタサルが自宅にフアン・ゴイティソロを呼んで、後に「フィデル・カストロへの最初の書簡」となる抗議文を作成した。賛同して署名した数は54名に達し、その中にはジャン・ポール・サルトル、シモーヌ・ド・ボーヴォワール、マルグリット・デュラス、カルロス・フエンテス、オクダビオ・パス、フアン・ルルフォ、スーザン・ソンタグ、アルベルト・モラヴィア、勿論バルガス=リョサやコロンビアのジャーナリストで親友プリニオ・アプレヨ=メンドサも署名した。ただはっきりしないのがガルシア・マルケスであった。彼はパディーリャ逮捕を知ると、当時住んでいたバルセロナを急いで離れ、連絡の取れないカリブのどこかへ雲隠れしてしまった。そこで同じバルセロナにいたアプレヨ=メンドサが自分が責任を取ると言って友人の名前を書き加えたのである。当然マコンドの作家は署名しなかったと言い張り、コロンビアのジャーナリストは作家を庇い、他のものは署名したがフィデルの反応を見て撤回した、と真相は闇に紛れてしまった。当のプリニオにとってさえ謎なのである。

 

    

 (ガルシア・マルケス、バルガス=リョサ、フリオ・コルタサル、事件が起きる前の1971年)

 

★以上が大体のいきさつであるが、VLの証言はこの内容と若干ずれるようだ。「パディーリャがCIA のスパイだと告発され逮捕されたとき、バルセロナの私の家にフアンとルイス・ゴイティソロ兄弟、ハンス・マグヌス・エンツェンスベルガーなどが集まり、抗議の書簡を練った。この書簡には多くの知識人が署名した。プリニオがガルシア・マルケスの名前も入れるべきだと言ったが、私たちは本人に相談してからだとコメントした。当時彼の所在は全く不明で確認を取ることができなかったのだ。しかしプリニオが署名すると決断した。これが私が知ってることです。ガルシア・マルケスは激しくプリニオに抗議した。自己批判文の後、パディーリャが解放された後の54日に書かれた抗議文「第二の公開書簡」には、ガルシア・マルケスは署名しなかった」と語った。

 

★多分、バルセロナ在住のバルガス=リョサたちが作成した草案をフアン・ゴイティソロがパリのコルタサルのところに運び込み完成させたということかもしれない。他にもう一人署名しなかったのが、キューバ革命の熱心な擁護者だった当のコルタサルである。世界を歩き回る作家として有名な彼は、1981年にキューバ、ニカラグア、プエルトリコ歴訪計画を中止したが、死の前年の1983年に知識人常任委員会Comité Permanente de Intelectualesの会議出席のためハバナを訪れている。

 

★ペルーの作家によると、「この事件を境に私たちの間に壁ができた。当時私は革命を熱烈に支持していたが、彼はそれほどではなく、それに関しては常に慎重だった。友人のプリニオ・アプレヨと一緒にプレンサ・ラティノで働いていたとき、既に共産党によって排除されていたからだ。「慎重だったのにフィデル・カストロとのツーショット写真に納まるようになったのは、彼に何が起こったのでしょうか?」との質問には、「分からない。彼の生き方は実に現実的で、反キューバより親キューバのほうが自分に有利だと判断したからだと思う」と。もはや立ち位置をキューバ革命賛美に変えた彼を党が再び粛正する心配はなく、ガルシア・マルケスは最期を迎えるまでフィデルとの親密な関係を保ちつづけた。(下の写真は権力で結びついた、コミュニストでなくフィデリストだった二人) 

 (1982年)

   

 

    

★「パディーリャ事件のあと彼とは音信不通だったから、彼に何が起こったかは正確には知らない。プリニオの意見では、彼はキューバが悪い方向に進んでいることは分かっていたが、将来的にはラテンアメリカは団結するという考えをもっていた」という。「ガルシア・マルケスは権力をもつ人間に非常に魅了されており、それは文学に止まらず人生にも不可欠なものだった。いい意味でも悪い意味でも同じく、権力があらゆることを可能にしてくれると考えていた。魅力的で活力のある権力者、例えばメキシコの麻薬王エル・チャポ(ホアキン・グスマン)やパブロ・エスコバルのような人物を主人公に創作したいと考えていた。またフィデル・カストロやトリホス(パナマの最高司令官オマル・トリホス、軍事政権を率いた)のような政治家の完全な虜だった」と、『ヤギの祝宴』の作家は断言した。そう言えばコルタサルも1979年、にオマル・トリホスに会いに当時の妻キャロル・ダンロップとパナマを訪れている。

 

★フアン・ルルフォやアレホ・カルペンティエル、マルケス自身のような作家たちは、「醜悪さ」の美やラテンアメリカの「後進性」を引き出す術に長けていた。「ラテンアメリカ出身の作家たちが想像力豊かな文学を生み出したのは幸運だったということですか」と尋ねられると、「分からないけど、私たちの大陸は優れた文学を生み出すのにいいところだよ。いやいや、そうじゃない。どこの国もそこに相応しい文学があるよ」と訂正した。

 

★バルガス=リョサのガルシア・マルケス殴打事件は1976212日、メキシコ国立芸術院(ベジャス・アルテス宮殿)で起きた。先述したようにその理由は語られることはなかった。いろいろ噂が飛び交っているが、多分それが事実に近いのではないか。互いに不名誉なことだから沈黙は金なのだ。完全に決裂した後でも、今でも『百年の孤独』以下の文学的価値は変わらないとも語った。

  

    

            (左目に大きな痣ができてしまったガボ、1976年)

 

「彼の訃報を知ってどう受け止めましたか」の質問には、「寂しかった。コルタサルやカルロス・フエンテスのときと同じように、一つの時代が終わったと感じた。彼らは大作家というだけでなく親友だったからね。ラテンアメリカ文学の存在を世界に知らしめた世代です。直ぐにこの世代の最後の一人が自分だと思って、少し悲しかった」と。

 

  

 (新婚ホヤホヤのバルガス=リョサと新夫人イサベル・プレイスラー、2016年ゴヤ賞ガラで)


プリニオ・アプレヨ・メンドサの紹介記事は、コチラ⇒2016年3月27日

元気印のバルセロナの女性監督たち*カルラ・シモン、ロセル・アギラル・・・2017年07月10日 15:53

     カタルーニャに押しよせる魅惑的な新しい波―独立プロダクションの活躍

 

★どこの国にも当てはまるのが女性監督の圧倒的な少なさです。特にヨーロッパでも東欧では格差が顕著です。しかしカタルーニャではいささか様子が違うようです。というのも独立系プロダクションで映画作りをしている女性監督の活躍が目覚ましいのです。最近1か月間にカルラ・シモン1986)のVerano, 1993ロセル・アギラル1971)のBravaエレナ・マルティン1992)のJúlia ist の新作が次々に公開されることになり話題を呼んでいます。3人ともバルセロナ出身、先月末バルセロナのバルセロ・サンツ・ホテルで行われた鼎談の様子をエル・パイス紙が報じていました。この背景にはESCACで映画を学んでいる女性が40%を超えているという現実を見逃すわけにいきません。

  

  

(左から、カルラ・シモン、ロセル・アギラル、エレナ・マルティン、バルセロ・サンツにて)

 

ESCAC : Escuela Superior de Cinema i Audiovisuals de Catalunya カタルーニャ・シネマ・オーディオビジュアル高等学校。1993年バルセロナ大学の付属校としてバルセロナで設立、翌年開校した。現在は同州のタラサTarrasa(テラッサTerrassa)にあり、現校長はSergi Casamitjanaである。同校の卒業生には、当ブログでもお馴染みのフアン・アントニオ・バヨナ(『怪物はささやく』17)、キケ・マイジョ(『ザ・レイジ 果てしなき怒り』15)、マル・コル(『家族との3日間』09)、ハビエル・ルイス・カルデラレティシア・ドレラなどバルセロナ派の優れた監督を輩出している。

 

★同じバルセロナで仕事をしているが、シモンとアギラルは初顔合わせだった。それは年齢差の他に、映画を学んだ出身校の違いもありそうです。例えばシモンはバルセロナ自治大学オーディオビジュアル・コミュニケーション科を卒業後、映画はロンドン・フィルム・スクールで4年間学んでいる。アギラルがバルセロナ自治大学でジャーナリズムを学んでいるときは、ESCACはまだ設立前だった。マルティンはバルセロナのポンペウ・ファブラ大学(1990設立)を卒業、この公立大学で学ぶ女子学生数は74%に達しており、スペイン全体では51%と男子学生を逆転してしまっている。女性シネアストの活躍にはこのような裾野の広がりがあるようです。

 

      「ロンドンでの4年間が私を映画作りに駆り立てた」とカルラ・シモン

 

カルラ・シモン(バルセロナ1986)の監督、脚本家。Verano 1993(カタルーニャ語題 Estiu 1993)でデビュー、ベルリン映画祭2017ジェネレーション部門の第1回作品賞・国際審査員賞、マラガ映画祭2017では作品賞「金のビスナガ」とドゥニア・アジャソ賞を受賞した。この賞はガン闘病の末に2014年鬼籍入りしたドゥニア・アジャソ監督の功績を讃えて設けられた賞。第7回バルセロナD'Autor映画祭正式出品。他にブエノスアイレス・インディペンデント映画祭監督賞、イスタンブール映画祭審査員特別賞などを受賞している。選考母体が欧州議会の第11回ラックス賞のオフィシャル・セレクション10本にも選ばれています。プロットは紹介記事を読んでもらうとして、「両親がエイズで亡くなったため叔父さん夫婦と従妹と一緒に暮らさねばならなくなった6歳の少女の一夏の物語」です。観客にも批評家にも好感度バツグン、両方に評価されるのは、易しそうでいてなかなか難しいものです。主役の少女フリーダは監督自身に重なります。つまり監督のビオグラフィーがもとになっていて、6歳にしてはちょっとおませな少女像です。

 

       

      (養父を演じたダビ・ベルダゲルとフリーダ役のライア・アルティガス)

 

★ロンドンでの4年間が私を映画作りに駆り立てた。というのもロンドン時代に「内に抱いている、心を動かされる物語を語りたいと強く突き動かされた」からです。バルセロナに評判の高い独立プロダクションが本当に存在するかどうか具体的に答えるのは難しいが、「カタルーニャの女性監督の数がここにきて急に増えたことは確かなことです。要するにカギはこうしたいという意思表示や本当にやる気があるかどうかです。とても小さい世界ですから、お互いに刺激やエネルギーのやり取りがしやすい。ロンドンでは誰とも親しくしなかった。マル・コル監督やプロデューサーのバレリエ・デルピエレと交流し、結果彼女がプロモートしてくれた」。バレリエ・デルピエレは本作のエグゼクティブ・プロデューサーの一人です。 本作を支えてくれたスタッフの80%が女性だったことも明かしていた。  

 

        

          (ライア・アルティガスに演技指導をするシモン監督)

 

 Estiu 1993 とカルラ・シモンの紹介記事は、コチラ2017222327

 

     「マドリードよりバルセロナのほうが自由がある」とロセル・アギラル

 

ロセル・アギラル(バルセロナ1971)の監督、脚本家。Brava2017)は第2作、3人のうち一番年長のロセル・アギラルの Brava は、マラガ映画祭の記事で作品と監督のキャリアを紹介しております。新人とは言えませんが、国際的にも高い評価を受けたデビュー作 La mejor de mí 2007年と10年前になり、女性監督のおかれた地位の険しさを改めて感じさせられます。「第2作をクランクインさせるまで長くて曲がりくねった道を辿りましたが、撮りたい映画を作れるわけではありません。胎児を引っ張り出す助けをする助産婦さんのようなものです」と生みの苦しみをのぞかせた。それでも「マドリードは産業的だが、反対にバルセロナの独立プロダクションはより自由に伸び伸びと作らせてくれる」とカタルーニャのindieの柔軟さを語っていた。

 

  

         (ヒロインのライア・マルルを配したポスター)

 

★「20年前には、フェミニズムや男女平等について語ることは恥で、それは映画でさえ僅かでした。今日でも相変わらず男尊女卑が大手を振るっていますから、声を張り上げなければなりません」と。ESCAC内には「観客を置き去りにしない多くの独立プロダクションがあって、決まりきった事柄を回避する良い方法が得られます」とも。「私たちが望むのは現在の不均衡を是正して欲しいだけです。というのも私たちは男性が作るあまりに単純化された一方向性の世界観に馴らされてしまっているからです」と警鐘を鳴らしておりました。

 

 

             (ロセル・アギラル監督)

 

Brava とロセル・アギラルの紹介記事は、コチラ2017311

 

     「映画史は学ばなかった。学んだのは男性映画史だった」とエレナ・マルティン

 

エレナ・マルティン(バルセロナ1992Júlia ist2017)はデビュー作、マラガ映画祭2017ZonaZine部門の作品賞、監督賞を受賞している他、第7回バルセロナD'Autor映画祭に正式出品された。自ら主役ジュリア(フリア)を演じた自作自演のデビュー作。新世代の代表的監督の一人、映画と舞台、監督と女優と二足の草鞋を履いている。バルセロナのポンペウ・ファブラ大学UPFの学生時代に仲間4人と共同監督したLas amigas de Agata(15)でも主役のアガタに扮した。本作は「ポンペウ・ファブラ大学の最終学年に閃いた作品、公立大学のUPFにはESCACのような制作会社がないので常に資金不足、コストを下げるために、およそ持てるもの全てにについて議論し励ましあい、グループで作っている」とマルティン。彼女の仲間たちにとって「アメリカ映画、例えば『今日、キミに会えたら』(Like Crazy2011)を見ることはヒントになった。なぜなら若人たちの会話とか状況が似通っていたからです」と語っている。まだ経験不足でバルセロナの映画産業について語る立場にないが、「大学では映画史は学ばなかった。学んだのは男性映画史だった。コンペティションも男性優位、女性が作る映画は取るに足りないと遠ざけられる」とも語っている。

 

    

          (ヒロインのエレナ・マルティンを配したポスター

 

★当ブログ初登場作品、脚本はエレナ・マルティン、ポル・レバケマルタ・クルアニャスマリア・カステリビの共同執筆、撮影はポル・レバケ。キャストはエレナ・マルティン、オリオル・プイグラウラWeissmahrほか、90分、スペイン公開616日。プロット「ジュリアはバルセロナ建築大学の学生、深く考えたわけではないがベルリンにエラスムスに行こうと決心する。初めて家を離れるのも冒険なのだ。ところがベルリンでは、どんよりとして冷たい想像を超えた凍てつくような寒気という手痛い歓迎を受けてしまった。期待と現実の落差に立ち向かうことになるが、どう見ても新しい人生はバルセロナで考えていたようなものとはかけ離れ過ぎていた」。エラスムスに行くというのはEU域内を対象にした留学奨励制度を指していると思うが、あるいは世界各国に対象を広げたエラスムス・ムンドゥスかもしれない。

 

   

          (ジュリアを演じたエレナ・マルティン、映画から)

 

★意を尽くせませんでしたが鼎談のあらあらを総花的にご紹介いたしました。バルセロナはマドリードよりindie独立プロダクションで製作する監督が多く、その中にはイサキ・ラクエスタ&イサ・カンポ夫婦(La proxima piel マラガ映画祭16)、カルロス・マルケス=マルセ10.000 KMマラガ映画祭14)、マルク・クレウエトEl rey tuerto マラガ映画祭16)などもおり、当ブログでもご紹介しております。

 La proxima piel マラガ映画祭2016の紹介記事は、コチラ2016429

 10.000 KM マラガ映画祭2014の紹介記事は、コチラ2014411

 El rey tuerto マラガ映画祭2016の紹介記事は、コチラ201655

 

パブロ・ベルヘルの新作コメディ「アブラカダブラ」*いよいよ今夏公開2017年07月05日 18:37

           大分待たされましたが84日スペイン公開が決定

 

   

『ブランカニエベス』の成功で国際的にも知名度を上げたパブロ・ベルヘルの第3Abracadabra がいよいよ公開されることになりました(84日)。どうやら9月開催のサンセバスチャン映画祭を待たないようです。昨年の初夏にクランクイン以来、なかなかニュースが入ってきませんでしたが、YouTubeに予告編もアップされ笑ってもらえる仕上りです。モノクロ・サイレントの前作は、2012年のトロント映画祭を皮切りにサンセバスチャン、モントリオール、USAスパニッシュ・シネマ、ロンドン・・・と瞬く間に世界の各映画祭を駆け抜けました。サンセバスチャン映画祭では金貝賞こそ逃しましたが、審査員特別賞他を受賞、翌年のゴヤ賞は作品賞の大賞以下10冠を制覇、米アカデミーのスペイン代表作品、アリエル賞などなど受賞歴は枚挙に暇がありません。ということで2013年、はるばる日本にまでやってきてラテンビート上映後、公開に漕ぎつけたのでした。新作は果たして柳の下の二匹目のドジョウとなるのでしょうか。

 

 Abracadabra  2017

製作:Arcadia Motion Pictures / Atresmedia Cine / Persefone Films / Pegaso Pictures / Movistar +  Noodles Production(仏)/ Films Distribution(仏)

監督・脚本・音楽:パブロ・ベルヘル

撮影:キコ・デ・ラ・リカ

音楽:アルフォンソ・デ・ビラジョンガ

編集:ダビ・ガリャルト

衣装デザイン:パコ・デルガド

美術:アンナ・プジョル・Tauler

プロダクション・デザイン:アライン・バイネエAlain Bainee

キャスティング:ロサ・エステベス

メイクアップ&ヘアー:Sylvie Imbert(メイク)、ノエ・モンテス、パコ・ロドリゲス(ヘアー)他

製作者:サンドラ・タピア(エグゼクティブ)、イボン・コルメンサナ、イグナシ・エスタペ、アンヘル・ドゥランデス、ジェローム・ビダル、他

 

データ:スペイン=フランス、スペイン語、2017年、ブラック・コメディ、ファンタジー、サスペンス、カラー。公開:スペイン84日、フランス111日、配給ソニー・ピクチャー

 

キャスト:マリベル・ベルドゥ(カルメン)、アントニオ・デ・ラ・トーレ(カルロス)、ホセ・モタ(カルメンの従兄ペペ)、ジョセップ・マリア・ポウ(ドクター・フメッティ)、キム・グティエレス(ティト)、プリスシリャ・デルガド(トニィ)、ラモン・バレア(タクシー運転手)、サトゥルニノ・ガルシア(マリアノ)、ハビビ(アグスティン)、フリアン・ビジャグラン(ペドロ・ルイス)他

 

プロット:ベテラン主婦のカルメンとクレーン操縦士のカルロス夫婦は、マドリードの下町カラバンチェルで暮らしている。カルロスときたら寝ても覚めても「レアル・マドリード」一筋だ。そんな平凡な日常が姪の結婚式の当日一変する。カルロスが結婚式をぶち壊そうとしたので、アマチュアの催眠術師であるカルメンの従兄ペペが仕返しとして、疑り深いカルロスに催眠術をかけてしまった。翌朝、カルメンは目覚めるなり夫の異変に気付くことになる。霊が乗り移って自分をコントロールできないカルロス、事態は悪いほうへ向かっているようだ。そこで彼を回復させるための超現実主義でハチャメチャな研究が始まった。一方カルメンは、奇妙なことにこの「新」夫もまんざら悪くないなと感じ始めていた。果たしてカルロスは元の夫に戻れるのか、カルメンの愛は回復できるのだろうか。

 

        

             (カルメンとカルロスの夫婦、映画から)

 

★大体こんなお話のようなのだが、監督によれば「新作は『ブランカニエベス』の技術関係のスタッフは変えずに、前作とは全くテイストの違った映画を作ろうと思いました。しかし、二つは違っていても姉妹関係にあるのです。私の全ての映画に言えることですが、中心となる構成要素、エモーション、ユーモア、驚きは共有しているのです」ということです。キコ・デ・ラ・リカパコ・デルガドアルフォンソ・デ・ビラジョンガなどは同じスタッフ、キャストもマリベル・ベルドゥジョセップ・マリア・ポウラモン・バレアなどのベテラン起用は変わらない。『SPY TIMEスパイ・タイム』のイケメンキム・グティエレスの立ち位置がよく分からないが、カルロスに乗りうつった悪霊のようです。監督はそれ以上明らかにしたくないらしい。コッポラの『地獄の黙示録』のカーツ大佐が手引きになると言われても、これでは全く分かりませんが「映画館に足を運んで確かめてください」だと。若手のプリスシリャ・デルガドは、アルモドバルの『ジュリエッタ』でエンマ・スアレスの娘を演じていた女優。

 

  

       (撮影中の左から、ホセ・モタ、マリベル・ベルドゥ、ベルヘル監督)

 

★マリベル・ベルドゥ以下三人の主演者、アントニオ・デ・ラ・トーレ、ホセ・モタの紹介は以下にアップしています。アントニオ・デ・ラ・トーレは、マヌエル・マルティン・クエンカの『カニバル』やラウル・アレバロのデビュー作『物静かな男の復讐』で見せた内省的な暗い人格、デ・ラ・イグレシアの『気狂いピエロの決闘』の屈折した暴力男とは全く異なるコミカルな男を演じている。多分ダニエル・サンチェス・アレバロのコメディ『デブたち』のノリのようだ。どんな役でもこなせるカメレオン役者だが、それが難でもあろうか。デ・ラ・イグレシアの『刺さった男』のホセ・モタについては、「アブラカダブラ」で紹介しております。

 

         

               (ペペ役のホセ・モタ、映画から)

 

「アブラカダブラ」の監督以下スタッフ&キャスト紹介は、コチラ2016529

マリベル・ベルドゥの紹介記事は、コチラ2015824

アントニオ・デ・ラ・トーレの紹介記事は、コチラ201398


米アカデミー新会員に招待されたイベロアメリカのシネアスト2017年07月03日 11:09

 

        新会員候補者774人のなかで断るシネアストは何人くらい?

 

★ホワイト男性の牙城ハリウッドも国内外からの批判を浴びて、重い腰を上げたということでしょうか。2016年「♯OscarsSoWhite」の政治的キャンペーン以来、従来のアカデミー会員規則の変更を迫られた。会員の92%以上が白人男性で平均年齢が62歳という具体的な数字を挙げられてみれば、これはやはり異常な「老人クラブ」だと今更ながら驚きます。シェリル・ブーン・アイザック会長によれば、昨年は683人、今年は59か国774人に招待状を送ったということです。新会員のうち非白人が30%、女性が39%、一番若い会員はエル・ファニングの19歳、これで少しは平均年齢が下がるでしょうか(笑)。勿論会員になりたくなければ招待を断ってもいいわけですが、世界で最も選り抜きの映画クラブですから損得を計算する必要がありそうです。90年前に設立者293人で始まった米アカデミーの会員は、約7500を数える大所帯になったわけです(アカデミーはこれまでも正確な構成員数は明らかにしていない)。

 

★日本からも三池崇史監督、真田広之、昨年母親になった菊地凛子など、米国で比較的認知度のある人の名前が報道されていましたが、スペイン、ラテンアメリカ諸国でも同じ傾向のようです。スペイン映画出演では、エレナ・アナヤパス・ベガヴィゴ・モーテンセンダニエル・ブリュールエドガー・ラミレス、ロドリゴ・サントロなどの俳優、当ブログ未紹介のロドリゴ・サントロはブラジルで絶大な人気を誇る大スター、ウォルター・サレスの『ビハインド・ザ・サン』、エクトル・バベンコの『カランジル』や最近ではパトリシア・リヘンの『チリ33人の希望の軌跡』ほか、米国映画にも多く出演している。

 

(エレナ・アナヤ)

  

 

★撮影監督では、ホセ・ルイス・アルカイネアフォンソ・ベアトキコ・デ・ラ・リカエルネスト・パルドなど。アフォンソ・ベアトは、ブラジル出身ですがアルモドバルの『ライブ・フレッシュ』や『オール・アバウト・マイ・マザー』を手掛けている。メキシコのエルネスト・パルドは主にドキュメンタリーを撮っている撮影監督、最近ではタティアナ・ウエソの "Tempestad" でフェニックス賞ドキュメンタリー部門の撮影賞を受賞、これから発表になるアリエル賞2017でもノミネートされています。

 

(エルネスト・パルド)

 

 

★監督では、アドルフォ・アリスタラインパトリシア・カルドソアレハンドロ・ホドロフスキーエクトル・オリベラアルトゥーロ・リプスタインパブロ・トラペロなど、当ブログに登場してもらった名前を挙げておきます。アドルフォ・アリスタライン2003年にスペイン国籍を取得、アルゼンチンとの二重国籍です。サンセバスチャン映画祭やゴヤ賞のノミネーションでよく目にする監督、オスカーでは1992年のUn lugar en el mundo が最終候補に選ばれた。2004年の『ローマ』がラテンビートで上映されている。アルトゥーロ・リプスタインはメキシコ出身だが、アリスタライン同様2003年にスペイン国籍をとり、現在は夫人で脚本家のパス・アリシア・ガルシア・ディエゴとサンセバスチャン在住。『真紅の愛』(96)や『大佐に手紙は来ない』(99)などが公開されている。友人でもあったルイス・ブニュエルの後継者と言われている。

 

   

     (アルトゥーロ・リプスタインと夫人パス・アリシア・ガルシア・ディエゴ)

 

パトリシア・カルドソも当ブログ未紹介の監督(日本表記はカルドーゾ)、コロンビアのボゴタ出身だが、1987年米国に移住している。2002年のサンダンス映画祭で Real Women Have Curves が観客賞・審査員賞を受賞しており、2010年の Lies in Plain Sight が『見えない真実』という邦題で紹介されているようだが未見です。米国での活躍が選定の一つになっている。

 

               メキシコはハリウッドを目指す?

 

★メキシコは隣国ということもあって、上記のアルトゥーロ・リプスタイン、エルネスト・パルドを含めて6人が招待を受けました。メキシコはますますハリウッドを目指すのでしょうか。ほかの4人は、『エリ』のアマ・エスカランテ監督、カナナ・フィルムの中心的プロデューサー、『選ばれし少女たち』や『ミス・バラ』を企画したパブロ・クルスベルタ・ナバロ(日本表記はバーサ・ナヴァッロ)、デル・トロのホラー『クロノス』(93)、『デビルズ・バックボーン』(01)、続いて『パンズ・ラビリンス』などをプロデュースしている。監督・脚本家のナタリア・アルマダは、第40代メキシコ大統領プルタルコ・エリアスの曽孫、ドキュメンタリー作家としてスタートした。代表作は、Al otro lado05)、曾祖父の足跡をたどったEl general09)、El Velador11)など。最新作の初フィクションTodo lo demas16)が高評価、ヒロインのアドリアナ・バラッサがアリエル賞女優賞にノミネートされている。2012年にマッカーサー奨学資金を受けている。メキシコの6人は既に招待受諾の意思を表明している。

 

(アマ・エスカランテ)

 

              

  (パブロ・クルス)

 

 (ベルタ・ナバロ)

          

 

(ナタリア・アルマダ)

           

 

★昨年既に招待されている監督に、カルロス・レイガダスカルロス・カレラパトリシア・リヘンがいる。ブニュエルの『ビリディアナ』や『皆殺しの天使』で知られるシルビア・ピナル1931)は、まだテレドラに出演している現役だが投票の権利を行使しないと表明している。いずれにしてもシネマニアには大して関係ないことですから、ここいらへんで。


サルバドル・ダリと妹の確執を描いた"Miss Dali"*ベントゥラ・ポンス新作2017年06月29日 11:52

   画家サルバドル、妻ガラ、妹アンナ・マリアの確執を描いた現代版「ギリシャ悲劇」

 

★ダリの「娘」を主張するピラル・アベルさんの申立てにより、「マドリード裁判所、DNA鑑定のためサルバドル・ダリの遺体掘り起しを命令」(626日)には、さすがのダリも彼の世でびっくりしていることでしょう。当然、ダリ財団が掘り起し阻止を上訴する意向ですから、泥仕合が続きますね。これとは全く関係ありませんが、ベントゥラ・ポンスの新作 Miss Dali201790分)がクランクアップ、秋にはスペイン公開がアナウンスされました。ダリの4歳下の妹アンナ・マリア190889)を主人公に画家との長年にわたる確執を描いた現代版「ギリシャ悲劇」です。今年の327日に、ダリ家の別荘があるカダケスでクランクイン、本格的には529日から6月にかけて撮影された。画家が滞在したニューヨークは、雰囲気が似ているジローナ県で行われたようです。物語は1920年代から兄妹が亡くなる1989年までが語られる。

 

   

サルバドル・ダリ190489、フィゲラス)自身についての著作や映画は、既に幾つも存在していますが、その妹についてはそれほど知られていません。主人公ミス・ダリを演じる英国女優シアン・フィリップス1933、ウェールズ、『デューン砂の惑星』)でさえ「脚本が届くまでダリに妹がいるなんて知りませんでした。しかしカダケスに来てみて、それとなく疑問が解けたように感じました」。構想4年、本作執筆のため自伝を含め23冊のダリ関連本を読んだというポンス監督も、同じ小さな町に40年間も住みながら口を利かず他人同然だったという兄妹の壮絶な関係に現代版「ギリシャ悲劇」を感じたようです。クレア・ブルーム1931、ロンドン、『英国王のスピーチ』)が演じたアンナ・マリアの親友マギーだけが実在の人物ではなくフィクションだそうです。アンナ・マリアが一時期英国に留学していたとき知り合った友人に想定したようです。ということで英国のベテラン女優二人が主役に起用されました。 

 

    

(アンナ・マリア役のシアン・フィリップスとマギー役のクレア・ブルーム)

 

   

         (ダリ家が夏の別荘として所有していたジローナ県カダケスで撮影中の二人)

 

★アンナ・マリアは画家、その友人たちロルカやブニュエルの最初のミューズであり親友だったという。もともと夢見がちな少女だったというアンナ・マリアの幸せな青春時代は市民戦争でもろくも終わりを告げました。フランコ軍のスパイという容疑をかけられ誤って逮捕、収監、拷問を受けたトラウマが尾を引いていたこと、ポール・エリュアールと妻ガラがカダケスに現れ、ダリとガラの距離が急速に狭まったこと、ガラが夫を捨て画家のもとに走ったことなどが重なって拍車がかかったようです。謎に包まれた義姉ガラへの根深い嫉妬心は広く知られたことであるが、彼女の出現で兄の寵愛を失った打撃は大きかったようです。映画ではどのように描かれるのでしょうか。40年間フィゲラスで暮らしながら絶交状態だったという兄妹、アンナ・マリアは兄が1989年鬼籍入りした数か月後に後を追うように旅立った。

 

 

(芸術家たちのミューズだった頃の画家とアンナ・マリア、1920年代)

 

(画家と妻ガラ)

  

★詳しいキャストの全体像が見えてきていませんが、若い頃のアンナ・マリアをミランダ・ガスが、少女時代をベルタ・カスタニェ、エミリア・ポメスをポンス映画の常連メルセ・ポンスなど、過去にポンス映画の出演者が占めています。本作の言語はカタルーニャ語と英語ということで、バルセロナ派がキャストの大方を占めています。エミリア・ポメスは、アンナ・マリアの世話をしていた女性で生存しています。ダリの芸術作品やカダケスにあるEs Llané Granの別荘を相続しています。この夏の別荘にはロルカが1925年から3年間続けて訪れていました。当時の詩人のミューズがアンナ・マリアだったと言われています。

 

         

         (ロルカとダリ、カダケスの夏の別荘、1927年夏)

 

  

   (左から、エミリア・ポメス役のメルセ・ポンス、シアン・フィリップス、映画から)

  

★他にアナウンスされている男性キャストのうち、サルバドル・ダリを演じるエクトル・ビダレス、ガルシア・ロルカ(キム・アビラ)やルイス・ブニュエル(アルベルト・フェレイロ)、ポール・エリュアール(ティモシー・コーデュクス)など、妻ガラを誰が演じるのか気になりますが、まだIMDbにはアップされておりません。今回はアウトラインだけのご紹介です。

 

  

         (クレア・ブルーム、監督、シアン・フィリップス)

   

『笑う故郷』の邦題で『名誉市民』が近日公開*アルゼンチン・コメディ2017年06月18日 15:17

           やっと公開日がアナウンスされましたが・・・

 

 

★アルゼンチンのガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーンの監督コンビが撮ったEl ciudadano ilustreの公開日がアナウンスされました。昨年ラテンビートと東京国際映画祭と共催で上映されたときは、オリジナル・タイトルの「名誉市民」だったのが、どういうわけかこんな邦題になってしまった。タイトルは自由に付けてよい決りだが、わざわざ改悪する必要があったのだろうか、なにか裏事情があるのかと腑に落ちない。本作はオスカル・マルティネス扮するノーベル賞作家ダニエルを、「名誉」市民と考えるか、はたまた「不名誉」市民と考えるかにオチがあるのではないか。映画によっては原題をそのまま邦題にするとチンプンカンプンのケースもあるから一概に言えないが、本作はそれに該当しない。「笑う故郷」ではネタバレもいいとこだと思うが、まあいいや。オスカル・マルティネスがベネチア映画祭2016の男優賞を受賞した。

 

   

          (オスカル・マルティネス、ベネチア映画祭2016にて

 

★当ブログでは『名誉市民』のタイトルで記事にしております。改めて内容紹介はしませんが、メタファー満載、いたるところに伏線が張り巡らされ、最後にどんでん返しが用意されています。個人的には『ル・コルビュジエの家』の奇抜さ面白さに軍配を挙げますが、こちらも幾通りにも楽しめる映画です。

内容・監督・キャスト紹介の記事は、コチラ20161013

ラテンビート鑑賞後の記事は、コチラ201610月23

 

岩波ホール2017916(土)~ (タイム・テーブルはまだアップされておりません)

 

 

       「トルーマン」ではなく『しあわせな人生の選択』で一足先に公開

 

 

★その他のお薦め映画の一つが、セスク・ゲイTrumanです。本作は『しあわせな人生の選択』の邦題で、一足先に公開されます。当ブログでは「トルーマン」で内容紹介をアップしております。「しあわせな・・・」とか「・・・の選択」など、過去に幾つもあったような邦題ですが、あまりに平凡すぎて何をか言わんやです。トルーマンはリカルド・ダリン扮するフリアンの愛犬の名前、この老犬トロイロは撮影中ダリンと一緒に暮らしていた。撮影後まもなくして死んでしまい、フリアンと同じく心優しいダリンの涙はなかなか乾きませんでした。というわけでサンセバスチャン映画祭2015で赤絨毯を歩いたときダリンが連れていた犬は、トロイロ(トルーマン)のムスメだった。トロイロは自閉症の子供と遊べるよう特別に訓練されたブルマスティフ犬、ダリンの友犬でした。誰でもいつかは人生に「さよなら」しなければなりません。未来の時間が残り少なくなったとき、人間は何を考えるのだろうか、というエモーショナルなお話です。

 

   

    (ダリンとカマラ、トロイロのムスメ、サンセバスチャン映画祭2015にて)

 

★当ブログでは「トルーマン」のタイトルで紹介しております。サンセバスチャン映画祭2015では、リカルド・ダリンと友人トマス役のカメレオン俳優ハビエル・カマラが男優賞(銀貝賞)を二人で分け合いました。この異色の組み合わせが成功のカギの一つでしょうか。翌年のゴヤ賞2016では、作品賞、監督賞、脚本賞、男優賞、助演男優賞の5冠を制し、その他ガウディ賞4冠など受賞歴多数。

 

作品内容、監督キャリア、キャストの主な紹介記事は、コチラ201619

ゴヤ賞2016の受賞結果の記事は、コチラ2016212

 

ヒューマントラストシネマ有楽町恵比寿ガーデンシネマ

 201771(土)~ (特別鑑賞券発売中)

  

ピラール・バルデムが輝いた夕べ*祝AISGE設立15周年2017年06月13日 16:06

    「母は引退を望まない、私たちも続投を望んでいる」とバルデム3兄弟

 

65日(月)、AISGE設立15周年祭がマドリードのCirco Price劇場**で行われた。どうしてピラール・バルデムがヒロインだったのかと言えば、AISGE設立時からの功労者、なおかつ現理事長でもあるからです。2013年から肺気腫を病み、当夜も左手に酸素ボンベをぶら下げての登壇、15周年のお祝いは、結局ピラールへのオマージュとして開催されたようなわけでした。3人の子供(カルロスモニカハビエル)と二人のお嫁さん(ペネロペ・クルスセシリア・Gessa)ほか、参加者はビクトル・マヌエルアナ・ベレン夫妻、ミゲル・リオスジョアン・マヌエル・セラアシエル・エチェアンディアロッシ・デ・パルマゴヤ・トレドアイタナ・サンチェス=ヒホン・・・などなど総勢1300人ほどが参集、他にペドロ・アルモドバルアントニオ・バンデラスコンチャ・ベラスコカルメン・マチなどからビデオで祝辞が届けられた。

 

      

     (左から、登壇したバルデム一家、ハビエル、モニカ、ピラール、カルロス)

 

AISGEArtistas, Intérpretes, Sociedad de Gestnの略、映画と舞台の俳優、声優、舞踊家、監督など、スペインのアーティストすべての権利を守るための交渉団体。2002年設立、執行部は25名、理事長の任期は4年、選挙によって選ばれる。しかし2003年以来ピラール・バルデムが連続して再選されており、常に二番手になりやすい女性アーティストの地位向上に尽力している。

**Circo Priceトーマス・プライス(アイルランド出身)1853年設立したプライス・サーカス曲馬団が前身、スペインには1880年に来西した。1970年閉鎖した劇場跡に、マドリード市議会の肝煎りで文化施設として、2007年リニューアル・オープンした。所在地ロンダ・デ・アトーチャ、2000人収容、音楽会などイベントが開催されている。

 

          

          (1列中央席のピラールと家族、フィエスタ会場にて)

  

ピラール・バルデムPilar Bardem1939314日、セビーリャ生れの78歳、映画81本、舞台43本、テレビ・シリーズ31本、まさに女優一筋の人生を歩んでいる。故アントニオ・バルデム(『恐怖の逢びき』)は実兄。ゴヤ賞は、1995年、アグスティン・ディアス・ヤネスのNadie hablará de nosotras cuando hayamos muertoで助演女優賞受賞、2004年、ホセ・ルイス・ガルシア・サンチェスのMaría queridaで主演女優賞ノミネートの2回だけと少ない。徹底したフランコ嫌い、物言う反戦女優としても有名。2013年以来健康不安を抱えているが、まだ「引退」したわけではない。「私がすぐ死ぬことを子供たちは望んでいないし、私も第三共和制を見るまでは死ねない」とスピーチ、現在の立憲君主制は勿論気に入らない。というわけで死神は当分お呼びでない。しかし、前日打ち合わせのために母親と会ったハビエルによると、「まるでマイク・タイソンと闘った後のようだった」と冗談めかして語っている。3時間に及んだというフィエスタの夕べは、バルデム家の女家長には結構激務だったのではないでしょうか。

 

   

  (「・・・第三共和制を見るまでは・・・」とスピーチするピラール、左はモニカ)

 

★下の写真は当夜のハイライトの一つ、コミック・トリオ「Tricicle***の演技、毛糸の帽子とピエロの付け鼻がトレードマーク。4人なのはピラールの息子が飛び入り出演しているからだそうです(右端の赤い帽子がハビエル)。彼はアシエル・エチェアンディア(ビルバオ出身の歌手、俳優、「La novia」「Ma ma」)がイタリアの「あまい囁きParole parole」を歌ったときにはボンゴを叩いた。ミゲル・リオス、ビクトル・マヌエルとアナ・ベレンの左翼カップルも「見て、見て・・・なんてピラールは素敵なの・・!」と歌で呼びかけた。バルデム一家にとって一生涯忘れられない感激の一夜となった。

 

       

(コミック・トリオ「Tricicle」とハビエル・バルデム)

 

     

   (ボンゴを叩くハビエル、「あまい囁き」を熱唱するアシエル・エチェアンディア)

 

 

               (ビクトル・マヌエル、アナ・ベレン、ミゲル・リオス)

 

***バルセロナ演劇研究所の3人の学生が、1979年バルセロナで結成したコミック・トリオ。モンティー・パイソン、ローワン・アトキンソン、またはMr.ビーンの流れを汲むパントマイムが得意。舞台出演が主だがテレビや映画にも出演している。

 


ホセ・コロナド*心臓の緊急手術2017年04月17日 16:48

          バンデラスに続いてコロナドも同じステント手術を受けていた

 

★『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』を記事にしたばかりですが、ホセ・コロナドがマドリードのプリンセサ病院で心臓の冠状動脈のトラブルをとりのぞくため「ステント手術」を受けていたことをツイートしました(16日現地時間826)。現在はUCI(集中治療室ICU)にいるようです。1957年マドリード生れの59歳、そろそろオーバーホールが必要な年代に差しかかったということでしょうか。経過はよく、数日間の入院ですみそうですが、勿論、仕事復帰までは数週間の休養が必要のようです。

ステントというのは「人体の管状部分を広げる医療機器」のことで、問題のある冠状動脈の中に挿入する。バンデラスは3本挿入しましたが、コロナドは1本だった由。

 

   

             (額が広くなってきたホセ・コロナド)

 

★マドリードにある自宅で胸の異変を感じて、長男ニコラスに付き添われて病院に行ったところ、医療センターに移送されたということです。ニコラスはコロナドの最初の結婚相手パオラ・ドミンギン(女優、デザイナー他、198789)との間に生まれた男子、彼の現夫人は4人目。映画の本数も半端ではないが、テレビドラマに舞台にと精力的にこなしてきているから、ちょっと一休みしなさいというお告げかもしれない。とはいってもテレドラの新シリーズVivir sin permiso(テレ5、他)46日にアナウンスされたばかりです。ガリシアの麻薬密売ネモ・バンデイラ「Nemo」 Bandeiraのサガを語るシリーズ物。

 

★オリジナルなアイディアはマヌエル・リバス、プロデューサーはコロナドをスターダムに押し上げた長寿テレドラEl Principe201416)の製作者アイトル・ガビロンド、共演者だったアレックス・ゴンサレス1980マドリード)と再び競演する。コロナドは老いてアルツハイマーを患うネモに、ゴンサレスは彼の養子マリオ・メンドサ弁護士になる。シェイクスピアの『リア王』が下敷きのようで、つまりネモには4人の子供がいる設定(実子2人、養子、非摘出子)。麻薬王のその後ということでしょうか。ガリシアで619日クランクインの予定でしたが、入院騒ぎでどうなることか。コロナドは「俳優冥利に尽きる」と語っていたから、まさか差し替えはないでしょう。

 

   

  (左から、マヌエル・リバス、コロナド、アイトル・ガビロンド、製作発表プレス会見)

 

    

       (ホセ・コロナドとアレックス・ゴンサレスEl Principe」から

 

★誰も彼もツイッターで忙しく、今や秘密をもつことは至難となりました。「母親を心配させたくなかったが、もうスペイン中に広まって、ただただびっくりしています。皆さんのご関心に感謝いたします」とツイートしました。早く元気になってね。

 

第4回フェロス賞2017*結果発表2017年01月29日 10:04

            フォルケ賞に続いてラウル・アレバロが大賞3個をゲット!

 

    

       

フォルケ賞に続いて日本時間24日に結果が発表になっておりましたが、管理人PCの不具合でかなり遅れてしまいました。ラウル・アレバロのTarde para la ira作品賞・監督賞・脚本賞と大賞3を手にしたのは、少ないカテゴリーのなかで快挙と言ってもいいでしょう。選考母体がジャーナリストとフォルケ賞とは性格の異なるグループが審査員でしたが、結局似たような結果になりました。こうなるとアカデミー会員約2000人の投票で決まるゴヤ賞ラリーも面白くなってきました。

 

   

  (自らも主演男優賞にノミネートされていた総合司会者のアントニオ・デ・ラ・トーレ)

 

主なフェロス賞ノミネーションと結果

作品賞ドラマ部門

El hombre de las mil caras『スモーク・アンド・ミラーズ』 監督アルベルト・ロドリゲス

  (ノミネーション10個)
Julieta『ジュリエッタ』 監督ペドロ・アルモドバル(同9個)
Que Dios nos perdone 監督ロドリゴ・ソロゴェン(同7個)
Tarde para la ira 監督ラウル・アレバロ(同8個)
Un monstruo viene a verme 監督フアン・アントニオ・バヨナ(同7個)

 

    

         (3賞を手にして次回作が厳しくなったラウル・アレバロ)

 

作品賞(コメディ部門)

Kiki, el amor se hace KIKI~愛のトライエラー 監督パコ・レオン
María (y los demás)」監督ネリー・レゲラ

La noche que mi madre mató a mi padre 監督イネス・パリス
La puerta abierta 監督マリナ・セレセスキー
El rey tuerto 監督マルク・クレウエトCrehuet

 

   

      (右手を挙げているのがパコ・レオン監督、他スタッフとキャスト一同)

 

監督賞

ペドロ・アルモドバル『ジュリエッタ』
ラウル・アレバロ Tarde para la ira
フアン・アントニオ・バヨナUn monstruo viene a verme
アルベルト・ロドリゲス 『スモーク・アンド・ミラーズ』
ロドリゴ・ソロゴイェン「Que Dios nos perdone

 

 

主演女優賞

アナ・カスティージョ「El olivoThe Olive Tree

バルバラ・レニー María (y los demás)
カルメン・マチLa puerta abierta
エンマ・スアレス『ジュリエッタ』

アドリアナ・ウガルテ『ジュリエッタ』

 

 

主演男優賞

ロベルト・アラモQue Dios nos perdone

エドゥアルド・フェルナンデス 『スモーク・アンド・ミラーズ』

アライン・エルナンデス El rey tuerto
ルイス・マクドゥーガル Un monstruo viene a verme
アレックス・モネール La propera pell
アントニオ・デ・ラ・トーレ「Tarde para la ira

 

 

助演女優賞

ルス・ディアス Tarde para la ira
マルタ・エトゥラ 『スモーク・アンド・ミラーズ』

ロッシ・デ・パルマ『ジュリエッタ』
テレレ・パベス La puerta abierta
カンデラ・ペーニャ KIKI~愛のトライ&エラー

 

助演男優賞

カルロス・サントス 『スモーク・アンド・ミラーズ
ルイス・カジェホ Tarde para la ira

ホセ・コロナド 『スモーク・アンド・ミラーズ
ハビエル・ペレイラ「Que Dios nos perdone
マノロ・ソロ Tarde para la ira


脚本賞
アルベルト・ロドリゲス、ラファエル・コボス 『スモーク・アンド・ミラーズ』 

ペドロ・アルモドバル 『ジュリエッタ 
パトリック・ネス Un monstruo viene a verme
イサベル・ペニャ、ロドリゴ・ソロゴジェン Que Dios nos perdone
ダビ・プリドラウル・アレバロ Tarde para la ira

 

       

オリジナル音楽賞

シルビア・ペレス・クルス  Cerca de tu casa
フリオ・デ・ラ・ロサ 『スモーク・アンド・ミラーズ』

アルベルト・イグレシアス 『ジュリエッタ』

フェルナンド・ベラスケス Un monstruo viene a verme
オリビエル・アルソン「Que Dios nos perdone

 

予告編賞

El hombre de las mil caras『スモーク・アンド・ミラーズ
 Julieta」 『ジュリエッタ

 Kiki, el amor se hace KIKI~愛のトライ&エラー
Un monstruo viene a verme
Que Dios nos perdone

 

ポスター賞

El hombre de las mil caras 『スモーク・アンド・ミラーズ
Julieta」 『ジュリエッタ

Kiki, el amor se hace KIKI~愛のトライ&エラー
Monstruo viene a verme

Tarde para la ira

 

ドキュメンタリー賞 Dead Slow Ahead 監督:マウロ・エルセ

特別フェロス賞 La muerte de Luis XIV 監督:アルベルト・セラ

 

栄誉賞受賞のナルシソ・イバニェス・セラドールは車椅子で登場、プレゼンターのアレックス・デ・ラ・イグレシアが「私がもっとも影響を受けた監督の一人」とお祝いの言葉を述べました。今宵のガラで一番盛大な拍手を受けたのがこのときだったようです。また観客や批評家の興味を大いに掻き立てた La muerte de Luis XIVで特別フェロス賞を受賞したアルベルト・セラは「(スペイン以外の)ほかの国々では、私の映画は本日ここにお集まりの方々よりも多い観客に見てもらえました」と若さにまかせて強力パンチをお見舞いした。そうですね、本作はカンヌ映画祭2016ワールド・プレミアした話題作でしたが、ノミネーションされませんでした。

 

    

    (ナルシソ・イバニェス・セラドールとアレックス・デ・ラ・イグレシア)

 

TVシリーズの6カテゴリーは当ブログでは割愛しましたが、コメディ部門では、ハビエル・アンブロシィ Paquita Salas が受賞しました。太っちょで赤毛のぶおとこパキータ・サラスを演じたBrays Efe主演男優賞ベレン・クエスタ助演女優賞と、こちらも3個受賞しました。下の写真はトロフィーを手に喜びの3人と共演者のハビエル・カルボ

 

 

    (左から、アンブロシィ監督、ベレン・クエスタ、Brays Efeビエル・カルボ)

 

 

(パキータに扮したBrays Efeとベレン・クエスタ

 

★結局、最多ノミネーション10個の『スモーク・アンド・ミラーズ はポスター賞1に止まり、半ば予想されていたことですが、ノミネーション9個の『ジュリエッタ』は無冠に終わりました。残るは2月4日開催のゴヤ賞だけになりました。


作品賞はラウル・アレバロの手に*フォルケ賞2017結果発表2017年01月15日 22:35

       トロフィーを手にしたのはエンマ・スアレスとロベルト・アラモ

 

 
 (左からアントニオ・デ・ラ・トーレ、ルス・ディアス、製作者ベアトリス・ボデガス、監督)      

 

114日、フォルケ賞の授賞式が初めてセビージャで開催され、 結果は以下のとおりです。ラウル・アレバロTarde para la iraが受賞したとなると、ゴヤ賞もちょっと分からなくなってきました。2016年スペインで観客動員数第1位はフアン・アントニオ・バヨナUn monstruo viene a verme”(450万人、売上高2600万ユーロ)だった。受賞作は第4位のダニエル・カルパルソルの『バンクラッシュ』(650万ユーロ)、第6位のパコ・レオンの『KIKI~愛のトライ&エラー』(610万ユーロ)にも満たない。いずれも100万人以上の観客を集めたという。勿論、動員数や売上高の多寡で決まるわけではありませんが、少し驚きました。次のフェロス賞(123日)、最後のゴヤ賞(24日)まで続くかどうかは神のみぞ知るです。

 

12日にはゴヤ賞の候補者が一堂に会して行う顔合わせカクテル・パーティがあり、いつもなら同じマドリード市内ということで問題なかったのですが、今回はセビージャということで両方にノミネートされている人は忙しかったでしょう。

 

長編映画賞(フィクション、アニメーション)

El homre de las mil caras”“Smoke&Mirrors”『スモーク・アンド・ミラーズ』

監督アルベルト・ロドリゲス  

Julieta 『ジュリエッタ』監督ペドロ・アルモドバル  

Que Dios nos perdone”“May God Save Us”監督ロドリゴ・ソロゴイェン 

Tarde para la iraThe Fury of a Patient Man”監督ラウル・アレバロ 

製作者ベアトリス・ボデガス

Un monstruo viene a verme”“A Monster Calls”(西・米・英・カナダ)

監督フアン・アントニオ・バヨナ 

1898, Los últimos de Filipinas”監督サルバドル・カルボ

 

    

  (ホセ・コロナドの手からトロフィーを受け取り、もみくちゃの祝福を受けるアレバロ)

 

男優賞

エドゥアルド・フェルナンデス『スモーク・アンド・ミラーズ』監督アルベルト・ロドリゲス 

ロベルト・アラモQue Dios nos perdone 監督ロドリゴ・ソロゴイェン 

アントニオ・デ・ラ・トーレ“Tarde para la ira 監督ラウル・アレバロ 

アレックス・モネール“La propera pell”(“La próxima piel”) 

監督(共同)イサキ・ラクエスタ、イサ・カンポ 

オスカル・マルティネスEl ciudadano ilustre”(アルゼンチン、スペイン)

 監督(共同)ガストン・ドゥプラット、マリアノ・コーン 

 

 

ロベルト・アラモは、マドリードの舞台の仕事で欠席した。代理でトロフィーを受け取ったのは、ロドリゴ・ソロゴイェン監督、アラモの「感謝の辞」はビデオで上映された(上記の写真)。

 

女優賞

アドリアナ・ウガルテ『ジュリエッタ』監督ペドロ・アルモドバル 

◎エンマ・スアレス『ジュリエッタ』監督ペドロ・アルモドバル

カルメン・マチ“La puerta abierta”(“The Open Door”)監督マリナ・セレセスキー 

バルバラ・レニー“María (y los demás)”監督ネリー・ネゲラ 

アナ・カスティージョ『The Olive Tree』監督イシアル・ボリャイン 

インマ・クエスタ“La novia 監督パウラ・オルティス 

 

     

         (「映画の夢に向かって全力を尽くす」と感謝したエンマ・スアレス)

 

長編ドキュメンタリー賞

2016, Nacido en Siria監督エルナン・シン

El Bosco, El jardín de los sueños”(スペイン、フランス)監督ホセ・ルイス・ロペス=リナレス

Omega”監督(共同)ヘルバシオ・イグレシアス、ホセ・サンチェス=モンテス

Jota de Saura”監督カルロス・サウラ 

La historia de Jan”監督ベルナルド・モル・オットー

Miguel Picazo, Un cineasta extramuros”監督エンリケ・エスナオラ

 

         

 短編映画賞

Timecode『タイムコード』(15分)監督フアンホ・ヒメネス 

Graffitti 30分)監督リュイス・キレスLluís Quílez (スペイン、ウクライナ)

Bla Bla Bla”監督アレクシス・モランテ

 

         

長編ラテンアメリカ映画賞

Neruda”(チリ、メキシコ)監督パブロ・ラライン 

El ciudadano ilustre『名誉市民』(アルゼンチン、スペイン) 

監督(共同)ガストン・ドゥプラットマリアノ・コーン 

Aquí no ha pasado nada”(“Much Ado About Nothing”)(チリ)

監督アレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドラス 

El acompañante”(キューバ)監督パベル・ジロー

Sin muertos no hay carnaval”(エクアドル、メキシコ、独)監督セバスティアン・コルデロ

 

★ドキュメンタリー賞、ラテンアメリカ映画賞は予想通りの結果でしたが、短編映画賞はカンヌ映画祭パルムドールの『タイムコード』と思っていたので外れました。2作ともオスカー賞2017短編部門のプレセレクション・リスト10作に残っています。どちらもアルカラ・デ・エナレス短編映画祭2016の受賞作品。

 

★栄誉賞にあたるゴールデン賞を受賞したアントニオ・P・ペレスは、前日の金曜日に母親を亡くして「悲しみと喜びとは交互に相次ぐ」を実感しているようでした。人生においてはこういう偶然はときどき起こりますね。

 

 (アントニオ・P・ペレス)