『シークレット・ヴォイス』カルロス・ベルムト*他人の人生を生きる2019年03月13日 21:32

             他人の人生を生きることの痛みと悲しみが語られる

 

  

     

カルロス・ベルムトの第3作目『シークレット・ヴォイス』(原題Quién te cantará)が、公開されたばかりなのに早くもNetflix に登場しました。いろんな読みが楽しめたり、悪意が滲みでてくるような前作『マジカル・ガール』を期待していたファンには肩透かしだったでしょうか。シネマニア向きということに変わりありませんが、突飛さは影を潜めプロットもより近づきやい。相変わらず長すぎてオカンムリの批評家もいたようですが、日本の折り紙、カラオケ、『裸の島』、キティーのヘアバンドなどを登場させて日本贔屓も健在、エバ・リョラチナイワ・ニムリの女優対決に魅了された125分だったか。本作は一応ミステリーなので、公開は終了していますがネタバレに気をつけながら進めます。果たして上手くいくでしょうか。

『マジカル・ガール』の作品紹介は、コチラ2015012120160215

 

ナイワ・ニムリ Najwa Nimriは、1972年パンプローナ生れの女優、歌手。母親はナバラ出身ですが、父親がヨルダン人ということで変わった名前だったせいか日本での表記が定まらなかった一人です。映画デビューは1995年、『インベーダー・ミッション』が公開されたダニエル・カルパルソロのデビュー作Salto al vacioでした。当時二人は結婚しており、彼の作品にはAsfalto00)他4作に主演している。並行してアメナバルの『オープン・ユア・アイズ』やフリオ・メデムの『アナとオットー』、『ルシアとSEX』、ラモン・サラサールの『靴に恋して』などに出演しています。歌手としても知名度があります。現在は2015年から始まり現在も続行中のTVシリーズVis a visのスレマ役がブレークしている。映画はフリオ・メデムのEl árbol de la sangre18)に出演、本作は『ファミリー・ツリー~血族の秘密』の邦題でNetflixプレゼンツとして配信されている。

Salto al vacio」の作品紹介は、コチラ20160703

       

     

(復帰間近のリラ・カッセン役のナイワ・ニムリ)

 

エバ・リョラチ(ムルシア1970)は、『マジカル・ガール』に出演していましたが記憶している方は少ないでしょう。映画、舞台、TVと活躍しているベテランですが、本作でスペインの代表的な映画賞の数々を手にするまで賞とは無縁の女優でした。ゴヤ賞新人女優賞以下、今までにフォルケ賞女優、フェロス賞主演女優、シネマ・ライターズ・サークル賞などを制覇しています。残すはイベロアメリカ・プラチナ賞2019ですが果たして受賞と相成りますか。ノミネーション発表は321日と間もなくです。目下スペインからは彼女のほか、ナイワ・ニムリペネロペ・クルススシ・サンチェス4人が候補になっており、誰が最終4候補に残れるかです。ガラは512日、メキシコのリビエラ・マヤで開催されます。

    

      

           (元の自分に戻りたくないリラ・カッセンとリラと共生したいビオレタ)

 

 

『シークレット・ヴォイス』(原題「Quién te cantará」)

製作:Apache Films / Aralan Films / Les Films du Woros / RTVE / Canal Sur Televisión /

    Orangr Studio / Vodafone / Canal France / 協力ICAA / Junta de Andalucia / Le Pacto

監督・脚本:カルロス・ベルムト

音楽:アルベルト・イグレシアス

撮影:エドゥアルド・グラウ

編集:マルタ・ベラスコ

キャスティング:サラ・ビルバトゥア、マリア・ロドリゲス

プロダクション・デザイン:ライア・アテカ

美術:クララ・アルバレス

衣装デザイン:アナ・ロペス・コボス

マイクアップ&ヘアー:アナベル・ベアト、ラファエル・モラ

録音:ダニエル・デ・サヤス、エドゥアルド・カストロ、マリオ・ゴンサレス

サウンドトラック・パーフォーマー:エバ・アマラル

製作者:エンリケ・ロペス・ラビニュ、アレハンドロ・アレナス、マル・イルンダイン、(以上エグゼクティブ)、シルビエ・ピアラト、マルタ・ベラスコ(以上共同プロデューサー)

 

データ:製作国スペイン=フランス、スペイン語、2018年、ミステリー・ドラマ、125分、撮影地カディス湾沿いの町ロタ。公開:フランス20181024日、スペイン同年1024日、日本201914日、ネットフリックス・プレゼンツ同年3

映画祭・受賞歴:トロント映画祭2018年、サンセバスチャン映画祭(フェロス・シネマルディア賞)、チューリッヒ映画祭、ワルシャワ映画祭、ロス・カボス映画祭(メキシコ)、マル・デル・プラタ映画祭など、いずれも2018年。

 

キャスト:エバ・リョラチ(ビオレタ)、ナイワ・ニムリ(リラ/リリ)、カルメ・エリアス(ブランカ・ゲレロ、リラのエージェント)、ナタリア・デ・モリーナ(ビオレタの娘マルタ)、フリアン・ビリャグラン(ニコラス、バーの客)、イグナシオ・マテオス(ブランカの助手)、カロリナ・ジュステ(マルタの友人アナ)、カタリナ・ソペラナ(ディアナ)、ホセ・チャベス(ドクター)、ビセンタ・N'Dongo(病院理事)、インマ・クエバス(弁護士オルガ)、Per-Olov Kindgren(海兵隊のギタリスト)ほか。(人名表記は公式サイトと若干異なる場合があります)

 

物語90年代のポップ界の歌姫シンガー・ソング・ライターのリラ・カッセンは、人気絶頂のさなか突然表舞台から姿を消すが、10年間のブランクを経て復帰ツアーが発表された。しかし直前の事故により記憶喪失に見舞われ復帰が危ぶまれる。25年間リラに人生を捧げてきたマネジャーのブランカは窮地に立たされる。リラの熱烈なファンのシングルマザーのビオレタは、カラオケバーでリラそっくりの物まね歌手をしながら、精神が常に不安定で制御のきかない娘マルタと暮らしている。ブランカはビオレタに近づくと、記憶をなくしたリラに元のリラに戻れるよう秘密裏に教えて欲しいと願い出る。アイデンティティの本質と喪失、夢を放棄した母の寛容と牙を剥きだす娘の残酷さ、他人を生きる人生の苦しさと痛み、ここでは粉々に砕かれた二人の女性、ビオレタとリラの死と再生が語られる。                         (文責:管理人)

 

          粉々に砕かれた女性たちVS均衡の取れた模範的女性

 

A: 前作の『マジカル・ガール』(14)は、サンセバスチャン映画祭で作品賞(金貝賞)と監督賞(銀貝賞)を受賞した。カンヌ映画祭と同じように受賞をダブらせない方針を敢えて枉げて与えたから、会場の一部から「こんなオタク映画に」とブーイングが起きた。これが尾を引いたかどうか分かりませんが、ゴヤ賞はノミネーション数こそ多かったが、受賞はバルバラ・レニーの主演女優賞1個に止まりました。

B: 第3作もサンセバスチャンに出品されましたが大きな賞には絡めませんでした。しかしゴヤ賞ではエバ・リョラチが新人女優賞を受賞した。新人というのも変でしたが。

 

              

       (重要なシーンを打ち合せする、カルメ・エリアスとベルムト監督)

 

A: ナイワ・ニムリが主演に回った都合ではないでしょうか、ゴヤ賞ノミネートは初めてだし助演ではないから押し込めない。新人枠なら彼女の受賞は100%確実でした。ゴヤ賞で紹介したようにカルロス・ベルムトのデビュー作Diamond flash11)では主役を演じました。ベルムト映画全3作に出演しているのは、本作ではエバだけで、監督のお気に入りぶりがのぞけます。

 

        

          (エバ・リョラチ主演の「Diamond flash」のポスター)

 

B: 第1作は監督・脚本・製作・撮影・編集などお金も時間もナイナイ尽くしだったから一人でこなし、201211月マドリードで限定公開された。

A: 映画館はガラ空き(笑)、ネット配信は良かったので DVD 化されています。鑑賞の仕方はいろいろあっていいと言ってますね。現在では「テレビ、YouTube、携帯、インスタグラムなど毎日私たちが受け取る画像は多く、絶え間なく砲撃されていることを考えると、映画の言語は別の方向を模索すべきとき」とも、昨年のサンセバスチャンで語っていました。

 

B: リラとビオレタは、他人の人生を生きねばならない粉々に砕かれた女、片やカルメ・エリアス演じるブランカは、あまりに均衡がとれすぎ、模範的というか静的な人格設定でした。

A: 人生のすべてをリラに捧げた女性の失意と悲哀が残酷でした。ハビエル・フェセル『カミーノ』08)で難病に苦しむ少女カミーノの母親に扮し、オプス・デイの敬虔な信者の頑迷さを好演、ゴヤ賞主演女優賞ほか多数映画賞を受賞している。実話にインスパイアされた作品だったことが、後に遺族から裁判を起こされ訴訟問題でフェセル監督が苦慮した話題作でした。1951年バルセロナ生れ、舞台俳優を目指し、ニューヨークのリー・ストラスバーグ演劇学校でメソッド演技法を学んでいる。

 

          

        (ビオレタに初めて対峙するリラと不安を隠せないブランカ)

 

B: 他にもベネズエラのクラウディア・ピントLa distancia más larga13)で主役を演じています。本作は昨年10月にインスティトゥト・セルバンテス東京で開催された、第1回ベネズエラ映画祭で上映されています。

A: 若干古い映画上映でしたが、ピント監督が「グラウベル・ローシャ賞」や第2回イベロアメリカ・プラチナ賞2015初監督作品賞を受賞している作品です。

La distancia más larga」の紹介記事は、コチラ20130905

 

B: ブランカと対照的なのがビオレタの娘マルタの制御不能な人格でした。傷つきやすく、母親の愛を確信できない。23歳になるのにどうやって人を愛したらいいのかを学ばなかった娘を演じた。自分が祝福されて生れた子供でないことが、彼女の成長を阻み、攻撃性を生んでいる。

A: 母親の自分に対する愛情の多寡を脅しで図る幼稚さが痛々しかった。1989年ハエン生れのナタリア・デ・モリーナは、ダビ・トゥルエバ『「僕の戦争」を探して』でゴヤ賞2014新人女優賞を皮切りに、フアン・ミゲル・デル・カスティジョTecho y comidaでゴヤ賞2016主演女優賞と文字通りのシンデレラガール、演技の幅を広げてパコ・レオンKIKI~愛のトライ&エラー』、最近ではイサベル・コイシェに切望されてElisa y Marcelaでレスビアン役に挑戦した。本作は Netflix オリジナル作品ですから、いずれ字幕入りで観ることができるでしょう。

Elisa y Marcela」の作品紹介は、コチラ20190211

 

        

             (大人になれない迷える子羊マルタ)  

 

        「1つのネガティブ評価は10のポジティブ評価に勝る」とベルムト

 

B: 批評家や観客の評価は気にするが、興行成績は気にしないタイプの監督とか。

A: でもある程度考えないと次のチャンスが回ってこない。資金が集まらないことには話にならない。しかし「自分が好きになれない映画は作りたくない。納得できない映画を作って自分を台無しにするのが怖いと自問している」そうです。またアルモドバルに『マジカル・ガール』を「21世紀を代表する映画の一つ」と絶賛してもらったが、1つのネガティブ評価は10のポジティブ評価に勝る」と十の誉め言葉を警戒する慎重さを持っている。

 

B: 自分が好きでも観客が見てくれないと次が作れない。映画は観客と共に生きるアートです。

A: たいていの監督がそうですが、彼も他の監督作品と比較されるのが嫌い。本作のプロデューサーの一人エンリケ・ロペス・ラビニュが、ベルイマンバホ・ウジョアのあいだを交差している映画だと言ったのに対して、ベルイマンの『仮面/ペルソナ』(66)との関連性は否定しています。

B: 他にもベルイマンを思い出した批評家がいますね。失語症になった舞台女優、それを支える看護婦、海辺の別荘・・・一見すると舞台設定が似ているがテーマは異なると思う。

 

A: バホ・ウジョアについては「あるかもしれない。彼の「La madre muerta」(仮題「死んだお母さん」)や「Alas de mariposa」(同「蝶の羽」)が大好きだから。ベルイマンも好きだが『仮面/ペルソナ』はそれほどじゃない。むしろ本作は、フェルナンド・フェルナンデス・ゴメスが自作自演した「La querida」(同「愛人」)の要素を持っている」と語っています。歌手を夢見るアンダルシア娘(歌手ロシオ・フラドが演じた)がマドリードで成功、彼女の恩人とも言うべき年上の作曲家(F.F.ゴメス)を捨て、新しい恋人に走るお話でした。

 

B: 大好きなロバート・アルトマンの『三人の女』(77)との関連性を指摘され、それは肯定している。

A: 主演のシェリー・デュバルがカンヌ映画祭で女優賞を受賞した作品、無関係だった3人の女性が絡みあっていくミニ群像劇でした。それはともかく、リラ・カッセンを母の死を切っ掛けに「歌を忘れたカナリア」に設定したのは、1992年に夫が急逝したあと歌えなくなった日本の歌手ちあきなおみにインスパイアされたからだそうです。

B: 活動休止がそのまま引退に繋がった。もう年齢的に復帰はあり得ないが本人もその気はない。ベルムトの日本贔屓もここまでくると病膏肓に入るだね。

 

          謎解き、メタファー探し、伏線、『裸の島』

 

A: 日本関連では、折り紙のメタファーは何か。小舟を折ったのはブランカ、を折ったのはビオレタ。折り鶴は想像できますが、小舟はどんな意味?

B: 冒頭に登場させている。リラはブランカという母船に乗っているがもう下船したい。再び小舟が登場するのはビオレタが歌っているカラオケ・ウニカで、ブランカがビオレタの歌を聴きに来ていたことが暗示される。小舟にビオレタが気づいて飲み残しのコンプに沈める。

 

              

A: ブランカとの決別後にリラが小舟を壊してしまうシーンを思い出してください、その折り紙でビオレタが鶴を折るのです。伏線の張り方が面白い。冒頭の浜辺のシーンで失くした左手薬指にはめていた銀色のネイルチップを偶然見つける。ジグソーパズルの最後の1片が嵌った瞬間です。リラはそのネイルチップを小舟に乗せようとするが小舟を広げてしまう。西條八十の「歌を忘れたカナリヤは、象牙の船に銀の櫂、月夜の海に浮かべれば、忘れた歌を思い出す~」をふと思い出してしまった。

B: もう逃げない、母船には乗らないということですか。日本の童謡の歌詞には実に残酷な内容が裏に隠されていますよね。この童謡の前半は「歌を忘れたカナリヤは~」後ろの山に捨てるか、背戸の小藪に埋めるか、はたまた柳の鞭でぶちましょかと実に恐ろしい。価値がなくなった人間は生きる資格がないのか。自分の居場所を見つけられない西條とリラがリンクした。

 

A: カナリヤは当時失意の日々を送っていた西條自身でした。それでは如何にも可哀そう、象牙の船に乗せたらと、西條夫人が言ったのでした。最後にリラは銀色のネイルを全部外して真っ赤なマニキュアで登場する。ネイルチップと折り紙、マルタが粉々にしたアパートのガラス戸、それにビオレタが被る日本人形に似せたカツラやリラの髪型に注意すると、二人の女性の心の動きが分かり小道具として重要でした。

 

B: 好きな映画としてリラが選ぶ『裸の島』を登場させたのは?

A: 新藤兼人が瀬戸内海の小島を舞台にして1960年に発表した作品でしょうか。モノクロ、無声映画、主な出演者は監督夫人の乙羽信子と殿山泰司が夫婦役、それに2人の子供だけ。国内より海外での評価が高かった。日本映画百選に入る傑作、今の誰彼と比較するのは何ですが、二人のような役者は日本から消えました。

  

B: セリフがなく肉体だけで物語る映像の凄さに打たれます。音楽をこれまた日本を代表する作曲家林光が手掛け、これも素晴らしかった。多分、ベルムトの日本映画へのオマージュかもしれないし、他に何かあるのかもしれない。

A: 一人では歩行が大変なハイヒール、二人が着るラメ入りの舞台衣装、何着もある中からどれを選ぶのか。リラが冒頭の海岸で着ていたドレスは銀ラメ入りの衣装、後に母親が着ていた舞台衣装であったことが明かされるが、事情を知らないビオレタが偶然選んだ衣装でもあった。

 

        母と娘の確執、父親不在――負のスパイラルにブレーキをかける

 

B: 前作『マジカル・ガール』では劇中で起きていることが解明されないまま閉じられた。例えば、バルバラ・レニー扮するバルバラとホセ・サクリスタン扮する教師の間に何があったのか、教師は何の罪で服役していたのか、観客を置き去りにしたまま進行する。

A: バルバラが必要に迫られて入る「秘密の部屋」では何が行なわれていたのか。マジカル・ガールは余命幾ばくもない12歳の少女なのかバルバラなのか、はたまた両方なのか。父親の破滅を知りながら高価な衣装を欲しがる少女の残酷な真意は何か。

 

B: その謎解きが魅力でもあったわけだが、今回は海辺のシーンで始り、同じ海辺で終わったように円環的ではあるが、スパイラルにブレーキがかかった。

A: 監督によると、前2作にはある仕掛けや形式を導入して、どうやって登場人物たちを冷酷にできるかに苦心した。しかし本作ではそういう要素を入れたくなかった。パズルをばらばらのまま閉じたくなかった。リラの独白を入れることで、スパイラルにブレーキをかけた

 

B: ブランカにさえ語らなかった真実、母の死を機に歌わなくなった本当の理由を、リラに語らせたかったわけですね。

A: 「リラのモノローグを書いているとき何かぼうっとしてた。でも次回作でどうするかは決めてないよ」ということでした。どんな独白をしたかは、ここでは書けない。

B: フィナーレで描かれた部分は、何かクラシック映画を見ているようで呆気にとられました。

 

            

           (ある決断をしてコンサート会場を出るビオレタ)

 

A: 前作は母親不在の父親に対する意識的な娘たちの残酷物語、本作は父親不在の娘たちの母親に対する意識的な残酷物語と括れるか。「意識と無意識は区別すべきで、意識は映像化できるが人生で常に起きている行為は無意識です」と語っている。

B: ラモン・サラサール『日曜日の憂鬱』でも、かつて自分を捨てた娘(バルバラ・レニー)が社会的成功を収めた母親(スシ・サンチェス)を破滅させた。ここでもリリやブランカ、ビオレタのように忍耐力を試された。

A: スシ・サンチェスはこの役でゴヤ賞2019主演女優賞を受賞した。ではビオレタを追い詰めるマルタはどうなるかだが、公開は終了しているけど書けません。プロットで死と再生が語られると書きましたが、これまた書けません。二人の女性によって歌われる曲は、ドラマの内容とリンクしているから少し触れておきたい。

 

B: エバ・リョラチが歌う部分をロックやポップで活躍するシンガー・ソング・ライターのエバ・アマラルが担当した。

A: 1972年サラゴサ生れ、2010年には国民音楽賞を受賞しているほどのベテラン、それで「二人のエバが歌っている」と話題になった。なかで「Somos su nuevo invitado」や「Como un animal」、後半の山場というか映画のクライマックスである最後の20分間に歌われるProcuro olvidarteが心に残る。劇中ではビオレタの曲とされていたが、1980年代初め、シンガー・ソング・ライターのマヌエル・アレハンドロと夫人のアナ・マグダレナが作曲した。複数のバージョンがあり、ラファエルやロシオ・フラドも歌っている。訳詞が少し違う印象でしたが、ドラマの内容にそっている。ナイワ・ニムリは勿論、自分自身で歌っている。他の誰かであることのゲームに別れを告げることができるのか。

 

   

 (カラオケ・ウニカで「まるで動物のように」と「Como un animal」を歌うビオレタ)

  

B: シャキーラやレディー・ガガの名前を出していましたが、選んだことに深い意味があるのかどうか。死とか痛みにコネクトした映画が好きというカルロス・ベルムト、現役監督ではポール・トーマス・アンダーソンのファンで、最新作『ファントム・スレッド』がお気に入りとか。次回作を期待しよう。

  

『マウトハウゼンの写真家』②*ネットフリックス2019年03月05日 12:33

        映画は毀誉褒貶あったボシュの実像に迫ることができたか? 

 

        

B: フランセスク・ボシュは、映画では親切で世話好き、仲間から信頼されていたように描かれていますが、実際にはどんな人物だったのでしょうか。パウル・リッケンからはフランツとドイツ名で呼ばれていた。

A: スペイン語ではフランシスコ、機転が利くうえに権力を誇示したいSS軍人を懐柔するしたたかさを持ち合わせていたが、どんな人物であったかはよく知られていないとFrancisco Boix, un fotógrafo de Mauthausen」の著者ベニト・ベルメホは述べています。「ボシュは純真で親切に振るまう必要があった。映画のなかよりもピエロ的な要素があった。無分別な大胆さを非難されることもあったが、仲間の多くから信頼を勝ち得ており、勿論全部がそうだったわけではないが」とも語っている。    

        

               (認識番号5185、フランシスコとスペイン語で表記されている)

   

           

(ボシュ役のマリオ・カサス、体重を12キロ減量した)

 

B: 同じ現像所で働いていたバルブエナの実名は、アントニオ・ガルシアという人物だそうですが。

A: アライン・エルナンデスが命を吹き込んだ登場人物、認識番号5219から同じ時期に入所してきたことが分かるが、現像所では先輩格のようでした。彼がボシュの死後4半世紀たった1970年代末に作家のマリアノ・コンスタンテに送った書簡に「無責任で策士、告げ口屋だった」と書き送っています。

B: 作中でも仲が良かったようには描かれていない。解放後ボシュだけが脚光を浴びたのが、多分不満だったのかもしれない。

 

                

       (ガス管の故障で一命をとりとめたバルブエナ、ガス・バンの中)

 

A: コンスタンテはボシュと同じ1920年生れの共和国軍の活動家、19394月にフランスに亡命しており、大体同じルートで19414月マウトハウゼンに収容された生き証人の一人。解放後はフランスに戻り、2010年にモンペリエで亡くなるまで帰国しなかった。帰国すれば即逮捕、拷問の末に餓死が待っていた。スペイン内戦やマウトハウゼン強制収容所についての著書があり、死去の2年前の2008年制作のマウトハウゼンについてのTVドキュメンタリーに出演して証言を行っている。

B: 帰国したくなかった、または帰国できなかったが正確かも。ボシュの3倍も生きていたというのも驚きです。   

            

            (認識番号4584のマリアナ・コンスタンテ)

 

A: 時代が時代でしたからボシュの実像に迫るのは不可能に近い、短い生涯でもあったから。何が本当で何が嘘かは視点が違えば変わってくる。映画を見たベニト・ベルメホは、「一つ一つのシーンはおよそ事実」と語っておりますね。

 

B: 映画ではボシュが面倒を見たアンセルモ・ガルバンという名前で登場した、14歳ぐらいの少年も実在していたそうですが。

A: 父親と片脚が切断された兄と一緒にきたハシント・コルテスにインスパイアされたようで、映画とは正確には同じではない。採石場経営者ポシャッハーに救われて近くに住んでいた寮母のような仕事をしていたポイントナー夫人の家で解放までの2年間を過ごすことができた。ポシャッハーもポイントナー夫人も実在した人、彼女はアンセルモから預かったネガの包みを「ここに隠していたの」と、石垣塀の石をどけて説明している写真が残っている。

 

        

         (歓迎の垂れ幕を垂らしてアメリカ軍を迎える囚人たち)

 

B: 地元の協力者がいなければ残らなかった。1943年に145歳ということは内戦時には10歳ぐらいになる。そんな子供も収容されたのですね。1929年のジュネーヴ条約の少年捕虜取り扱いでは労働は禁じられていたはずです。

A: 彼らは戦争捕虜ではなくフランコ政権によって国籍を剥奪され、ナチスに労働力として売り渡された戦争囚人、フランコからの贈り物だったのです。ボシュも自分は囚人だと言っていた。ニュルンベルク裁判でも「政治犯か?」という質問に、「囚人だ」と答えている。

 

           収容所所長フランツ・ツィライスの最期の姿

 

B: 収容所所長フランツ・ツィライスの遺体は、裸体に落書きされ、グーセン収容所の鉄条網に吊るされましたが事実でしょうか。

A: かつては否定する説もあったようですが事実だとされています。彼は家族と逃亡中の1945523日に発見され、さらに逃亡しようとしたので撃たれ、米軍が設置したグーセンの病院に搬送されるも翌日死去、遺体は衣服を剥ぎとられ、元囚人たちによってマウトハウゼンの付属収容所グーセンのフェンスに吊るされた。

 

          

          (グーセン収容所のフェンスに吊るされたツィライス)

 

B: 息子の8歳の誕生祝いに集まった客人を前に、本物のピストルを息子に渡し射撃の練習と称してウェーターをしていた囚人を撃つようけしかけた。ビビる息子に業を煮やして自ら数人を射殺した。

A: このシーンも事実の由、実際は数人どころか40人以上とも言われています。奥さんも震え上がっていましたが、引き留めようとすれば自分が撃たれるから軽々しく口出しできない。花崗岩採石場の経営者ポシャッハーも大切な労働力を失って「もう、これは手が付けられない」と。

 

     

      (解放後リッケンから奪ったカメラで証拠写真を撮るボシュ、映画から)

 

B: ポシャッハーが良心的な人物に思えてくるようなシーンでした。囚人を個人的な仕事に使うことができた。勿論賃金は払われない。しかし三度の御飯とベッドはあてがわれたから、収容所に比較すれば天国だったでしょう。

A: ツィライスはいわゆる叩き上げのSS大佐で、エリート将校から馬鹿にされているのではないかと怖れている小心者、第三帝国の没落など想像すらできない先が見えない人物だったのではないか。名演技を称賛されつつも「ヒトラー役はもう演りたくない」と、ブルーノ・ガンツは吐露したが、フランツ・ツィライス役も演りたくないほうか。

 

       

       (ネガの隠す場所を白状するよう拷問を受けるボシュ、映画から)

 

B: エミリオ・ガビラが演じたユダヤ人の囚人アレクサンダー・カタンA.K.)も実在した。軟骨無形成症、いわゆる低身長を患っていた。

A: 「違うものは普通のものより面白い」とリッケンはうそぶく。彼はドイツ語もスペイン語もできるオーストリア人だと言ってるが実はオランダ人で、オーストリアで語学教師をしていたとボシュに語る。こういう体形は強みのこともあり、それはSS隊員は卑猥だからと。エミリオ・ガビラは、ハビエル・フェセルの『ミラクル・ぺティント』や『モルタデロトフィレモン』、パブロ・ベルベルの『ブランカニエベス』などに出演しているベテラン。

 

B: 「娼婦宿にも行けた」と。それをリッケンは覗き見していた。結局解剖されてホルマリン漬けになっっているのをボシュは目撃する。このシーンは「信じられないことだが事実だ」と脚本家のロジャー・ダネスが語っている。

A: こういう異常者の医師で思い出されるのが、ルシア・プエンソが描いた『ワコルダ』に登場するヨーゼフ・メンゲレです。ユダヤ人の人体実験を行い「死の天使」と怖れられた医師、ナチハンターモサドの追跡を巧みにかわして、アルゼンチン、パラグアイと逃亡、1979年ブラジルで海水浴中に心臓発作で死亡した。イスラエルにとってもブラジルにとっても国家の不名誉でした。

B: 戦後35年も逃げおおせたのは、抜群の知能犯だった以外にナチ主義者の残党たちの組織ぐるみの情報網のお蔭です。

A: 作中に「夜と霧」法令というのが何度か出てきましたが、1941127日に出されたヒトラー総統命令「夜と霧」のことで、ワグナーの『ラインの黄金』からの引用。フランス、ベルギー、オランダ、ノルウェーにいる「ドイツの治安を危険に晒す」人物、例えば活動家、レジスタンス擁護者を選別して、誰の目にも映らないように秘密裏にドイツに移送する。

B: 朝になれば夜霧が消えるように存在しない。政治犯のほか、身体・精神障害者、同性愛者なども含まれた。

 

A: アラン・レネの存在を世に知らしめたドキュメンタリー『夜と霧』32分、1956)は、世界に衝撃を与えた。日本では1961年、残虐シーンを一部カットして公開されましたが、17年後にノーカット版でリバイバルされた。映画チャンネル、シネフィルイマジカで放映されました。

 

B 収容所で小演劇が行なわれていたのも事実とか。衣装も結構揃っていました。

A: 一番近い町が20キロ先のリンツということで、気晴らしができないSSたちはストレスを溜めこんでいる。それを発散させて士気の低下を食い止めることが目的。音楽隊も同じで写真も現存しています。もっとも作中に現れた公開死刑前のシーンでは残酷を通り過ぎて、ツィライスの狂気を感じさせるものだった。衣装を手掛けたメルセ・パロマが、ゴヤ賞は逃しましたがガウディ賞で衣装デザイン賞を受賞した。

B: 大分道草をしましたが、いろいろ勉強にもなりました。真実であるのかどうかは別にして、過去を総括することは痛みを伴います。

 

A: ボシュを演じたマリオ・カサスは、キケ・マイジョの『ザ・レイジ 果てしなき怒り』、アレックス・デ・ラ・イグレシアのホラー・コメディ『クローズド・バル 街角の狙撃者と8人の標的』、オリオル・パウロの『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』などでご紹介、またサム・フエンテス監督がマリオ・カサスを念頭に脚本を書いたという『オオカミの皮をまとう男』はNetflixで配信されました。

Bバルブエナを演じたアライン・エルナンデスは、マルク・クレウエトのEl rey tuerto、イニャキ・ドロンソロの『クリミナル・プラン 完全なる強奪計画』などで主役を演じています。

 

 

『ザ・レイジ 果てしなき怒り』の作品紹介は、コチラ20160414

『クローズド・バル』の作品紹介は、コチラ2017012202260404

『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』の作品紹介は、コチラ201702170414

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『クリミナル・プラン 完全なる強奪計画』の作品紹介は、コチラ20170304

 

『マウトハウゼンの写真家』①*ネットフリックス2019年03月03日 18:02

            フランコがヒトラーに売り渡した7000人以上のスペインの囚人

 

     

マル・タルガロナEl fotógrafo de Mauthausen『マウトハウゼンの写真家』の邦題でNetflixのストリーミング配信が始まりました。ゴヤ賞20194部門(プロダクション・美術・衣装デザイン・メイクアップ&ヘアー)にノミネートされた作品。いずれもゴヤ賞は逃しましたが、ガウディ賞は同じ4カテゴリーを受賞しています。ナチの強制収容所マウトハウゼンに収容されたスペイン人の写真家フランセスク・ボシュを主人公にした実話ということで気になっていた作品。先行作品としてロレンソ・ソレルのドキュメンタリーFrancisco Boix, un fotógrafo en el infierno200056分、エミー賞ノミネート)、マウトハウゼン強制収容所を専門的に研究している歴史家ベニト・ベルメホ(サラマンカ1963)が執筆したボシュの伝記Francisco Boix, un fotógrafo de Mauthausen2002)、2015年には「El fotógrafo del horror. La historia de Francisco Boix y las fotos robadas a los SS de Mauthausen」が刊行されており、タルガロナ監督も製作にあたって参考にしたと語っている。他にコミック本も発売されています。

 

         

★マル・タルガロナ監督は1953年バルセロナ生れの製作者、監督。フアン・アントニオ・バヨナの『永遠のこどもたち』、ギリェム・モラレスの『ロスト・アイズ』の製作を手掛けている。手始めに簡単なスタッフ、キャスト、プロットの紹介から。

 

        

                     (撮影中のマル・タルガロナ監督とマリオ・カサス)

 

 El fotógrafo de Mauthausen『マウトハウゼンの写真家』

製作:Film Team / ICEC Insttitut Catala de les Empreses Culturals / ICAA / RTVE /

    Rodar y Rodar / TV3(カタルーニャTV)  

監督:マル・タルガロナ

脚本:ロジャー・ダネスRoger Danés、アルフレド・ペレス・ファルガス

撮影:アイトル・マンチョラ

音楽:ディエゴ・ナバロ

編集:ホセ・ルイス・ロメウ

プロダクション・デザイン:ロサ・ロス

美術:マグドルナ・バルガ

衣装デザイン:メルセ・パロマ

メイクアップ&ヘアー:ケイトリン・アチソンCaitlin Acheson(メイク)、ヘスス・マルトス(ヘアー)、ルチョ・ソリアノ(ヘアー)、他

キャスティング:イレネ・ロケ

製作者:István Major、ホアキン・パドロ、マル・タルガロナ

 

データ:スペイン、スペイン語・独語、2018年、伝記ドラマ、実話、歴史、110分、撮影地:ハンガリーのブダペスト、バルセロナ県テラサTerrasa(スペイン語タラサTarrasa)、201710月クランクイン、スペイン公開20181026日、Netflixプレゼンツ、受賞歴:ゴヤ賞・ガウディ賞は上記の通り。

 

キャスト:マリオ・カサス(フランセスク・ボシュ)、リヒアルト・ファン・ヴァイデンRichard van Weydenパウル・リッケン記録管理責任者)、アライン・エルナンデス(バルブエナ)、アドリア・サラサール(アンセルモ・ガルバン)、エドゥアルド・Buch(フォンセカ)、ステファン・ヴァイネルトWeinertフランツ・ツィライス収容所所長SS大佐)、ニコラ・ストヤノヴィツ(ボナレヴィツ)、ルベン・ジュステ(ロサレス)、フランク・フェイス(ポパイ)、マルク・ロドリゲス(看護師)、アルベルト・モラ、ジョアン・ネグリエ(レヒアス)、ルカ・ぺロス(カール・シュルツSS大尉)、ライナー・レイナーズRainer Reinersポシャッハー採石場経営者)、マリアン・コクシス(ポシャッハー夫人)、トニ・ゴミラ(フランシスコ)、マカレナ・ゴメス(ドロレス)、Marta Hollerアンナ・ポイントナー寮母)、Denes Ujlaky(アンナ夫アルバート・ポイントナー)、エミリオ・ガビラ(アレクサンダー・カタン囚人A.K.)、パトリック・ペトロヴスキ(カポ)、Minnie Marx(売春施設担当者)他スペイン、オーストリアの囚人、ドイツの軍人など多数(G体は実在者、イタリック体は仮名の実在者。カタカナ表記が定まっていないものは原綴を入れた)

 

         

     (マウトハウゼン強制収容所の正面全景、ナチス・ドイツの国章を掲げた正門)

 

プロット1943年、第二次世界大戦真っただ中のナチス強制収容所マウトハウゼンに収容されたスペイン人約7000人は、ナチスの無慈悲で残酷な仕打ちと飢えに米軍による解放まで苦しんだ。彼らの多くはフランス兵と共にヒトラーに歯向かった人々やスペイン内戦の敗残兵コミュニストたちである。フランコ独裁政権のラモン・セラーノ・スニェル外相によって、囚人たちは国籍を剥奪され第三帝国にギフトとして売り渡された。コミュニストの活動家フランセスク・ボシュは、マウトハウゼンの記録管理責任者パウル・リッケンに写真の技術を見込まれ、彼の片腕となって写真家として過酷な運命を生き延びようと決心する。「夜と霧」の布告、グーセン収容所近くの花崗岩採石場に設けられた「死の階段」186段、ナチのなかでも最も過酷な収容所の一つに数え上げられたマウトハウゼン強制収容所を舞台に、スペインのホロコーストが語られる。   (文責:管理人)

 

            もう一つのゲルニカ、スペインのホロコースト

 

A: スペインは第二次世界大戦には参戦しませんでしたが、というよりスペイン内戦で疲弊した国土回復のため参戦できませんでしたが、ゲルニカの例でも分かるように、国民を犠牲にした点ではフランコもヒトラーと同じ穴の狢です。

B: 本作ではナチスの残虐行為は語られましたが、ヒトラーに無料の労働力として国民を売り渡したスペイン側の責任は、残念ながら語られません。これはまた別のドラマですが。

 

A: ナチの強制収容所といえば、150万のアシュケナージ系のユダヤ人をガス室に送り込んだ、ポーランドのアウシュヴィッツが先ず思い出されます。死者数は戦後すぐの194511月から翌年10月まで開廷されたニュルンベルク裁判では400万人とされましたが、冷戦後の1995年には150万人に改められました。実際のところ正確な数字は分からないということですね。

B: では、スペインの囚人7000とも8000ともいわれるマウトハウゼンはどんな役割をもった強制収容所だったのか。

 

A: マウトハウゼンは、19388月オーストリアのオーバーエスターライヒ州マウトハウゼン周辺に、アウシュヴィッツ同様ハインリヒ・ヒムラーの指示によって建設された。従って1940年に建設されたアウシュヴィッツより先だったわけです。収容所所長は映画でも残忍ぶりを思う存分発揮した親衛隊SS大佐フランツ・ツィライスでした。スペイン人の他、ポーランド人、ロシア人、犯罪者、政治家、ユダヤ人も少数だが収容されていた。

  

B: 1940年にマウトハウゼンから5キロほど離れたグーセンに建設された、より過酷な収容所の囚人数の合計は延べ20万人、うち半分以上が死亡したという。死者のトータルは122,766人から32万人と、幅がありすぎますが数え方にもよるのか、要するに正確な数字は今後とも分からないということです。映画の主な時代背景になった1943年の収容人数は15,000人、1年間の死者は7058人、半数が死亡している。

 

A: スペイン人のトータルの犠牲者は、正確かどうか分かりませんが4672名、半数も生きのびるとこができなかった。死に方は何十通りもあると豪語するシーンが出てきますが、アウシュヴィッツのような「ガス室」はなかった代わり、「ガス・バン」といわれる黒のバンに押し込めて処理する「ガス車」があった。

B: 映画でもシュルツ大尉に「簡単で清潔だ」とか言わせていた。病死のほか、冬場の冷水シャワー、餓死、拷問、脱走者防止のため電流を流した鉄条網、犬による八つ裂き、一発で終わるようコメカミを狙っての発砲、見せしめの公開絞首刑、自殺・・・あとどんなのがあるのか、気分が悪くなってきた。

 

          30歳の若さで倒れたフランセスク・ボシュは英雄か?

 

A: マリオ・カサス12キロ減量して演じたフランセスク・ボシュの伝記映画、と言っても彼の人生をベースにしたドラマです。ニュルンベルク裁判に証人として出廷したときの公式記録では、「1920814日にバルセロナで生れ、19406月にフランスで逮捕され、ドイツの捕虜となってその後マウトハウゼンに1941127日に移送された」と応えている。共和派の1506人と一緒だったという。

B: コミュニストの活動家、スペイン内戦には共和国軍側に17歳で参加、バルセロナ戦線で戦った。内戦中にフランスへ亡命している。ドイツ語ができたので最初は通訳の仕事をしていた。その後は映画にあるように写真の腕を記録管理責任者パウル・リッケンに見込まれてカメラマンとして生き延びた。

 

      

      (スペイン内戦時代のフランセスク・ボシュ、右は共産党のリーダー)

 

A: レニングラードでのドイツ軍敗北が分かった19432月にはネガは約2万枚あったということでしたが、映画にも出てきたように証拠隠滅を急ぐSS幹部によって焼却処分された。焼却を免れた約1000枚を仲間と分散して外部に持ち出し救出した。うち200枚ぐらいが自分の撮影した写真だとボシュは証言している。200枚の内訳は194555日の解放後に撮られたものだとも語っている。

B: 例えば元囚人というか正確には戦争捕虜であるが、鷲がハーケンクロイツを掴んでいるナチス・ドイツの国章に縄をかけて引き下すシーン、写真救出に協力してくれた娼婦ドロレスと同僚二人を撮ったもの、写真などが含まれる。

 

         

        (縄をかけてナチス・ドイツの国章を引きずり下す元囚人たち)

 

         

                 (ドロレスと同僚の女性) 

 

        

            (ドロレス役のマカレナ・ゴメス、映画から)

 

A: ネガの殆どはパウル・リッケンが撮ったもので、絵画に造詣が深く芸術家気取りだった元美術教師は、構図や照明に拘り、写真の違法修整を行っていたことを映画は語っている。

B: ヒムラーとその部下エルンスト・カルテンブルンナーが揃ってマウトハウゼンを視察に訪れたときの有名な写真、186段もあった「死の階段」の残酷なシーン、部屋の消毒のため裸で広場に集められた囚人たちなど、後の裁判で重要証拠となったものは、リッケンが撮影したもので、同じシーンが映画にも登場する。

 

       

                (花崗岩を背負って186段を昇るグーセン収容所の囚人たち)

 

        

           (寒さに震えながら消毒が済むのを待つ囚人たち)

    

      

 (構図や照明に拘って撮ったチェスをする囚人たち)

 

A: ボシュだけの手柄ではありませんが、リッケンが焼却処分を命じたネガを救出した功績は大きい。リッケン自身は自分の子供のように大切だったネガの焼却は本意ではなかったでしょうけれど。アイヒマン裁判を傍聴したハンナ・アーレントが、彼は極悪人ではなく小心者の有能な小役人であり、完全な無思想性からくる「悪の陳腐さ、滑稽さ」と嘆じてスキャンダルになったが、リッケンもアイヒマンに一脈通ずるものがあります。

B: 「私は誰も殺さなかった、命令に従っただけ」とボシュに訴えるシーンがありました。第三帝国には決定的に不利な証拠物件であったが、自分が優れた写真家であったことを証明できた。歴史の皮肉を感じさせます。

 

        

       (ネガ焼却に向かう、バルブエナ、ボシュ、リッケン、映画から)

 

A: 解放後は、フランスに戻り共産党の機関紙「ユマニテ/リュマニテ」の報道カメラマンとして働くも、マウトハウゼンで発症していた腎臓病のため195130歳の若さで鬼籍入りしてしまった。先述したようにニュルンベルク裁判に、1946129日マウトハウゼンの生き証人として出廷、証拠として提出されていた写真ネガの状況説明を10時間に亘っておこない、1941年にヒムラーやカルテンブルンナーが当地を視察に訪れたことを証言した。

 

B: これが映画の最後のシーンですね。裁判官から「あなたが収容されていたとき訪問した人がここにいますか」と質問され、「はい、おります」と指さしているシーン。

A: ヒムラーは既に1945523日に服毒自殺しておりますから、多分カルテンブルンナーでしょう。彼は往生際が悪く誰彼のせいにして生き伸びようとしましたが、19461016日に絞首刑になった。 

   

       (法廷でマウトハウゼンの訪問者を指さすボシュ、1946129日)

  

イサベル・コイシェの新作「Elisa y Marcela 」*ベルリン映画祭20192019年02月11日 20:40

             スペイン初となったレズビアン夫婦エリサとマルセラの遍歴

 

        

★第69回ベルリン映画祭201927日(~17日)開幕しました。18年間ベルリン映画祭を率いてきたヘッド・ディレクター、ディーター・コスリック最後の年ということで世代交代がここでもあるようでした。コンペティション部門のスペイン語映画は、イサベル・コイシェElisa y Marcela1作だけ、次のパノラマ部門には、ラテンアメリカ諸国、例えばデビュー作『火の山のマリア』が幸運にも公開されたグアテマラのハイロ・ブスタマンテ、アルゼンチンのマテオ・ベンデスキイの家族をテーマにした第2作目など、何本か目に止まりましたが、いずれご紹介できたらと思います。

 

      

          (コイシェの新作Elisa y Marcela」のポスター

 

★コンペティション17作品のなかにはにはフランソワ・オゾンファティ・アキン、ワン・シャオシュアイなどベルリナーレに縁の深いライバルが金熊賞を狙って目白押しです。審査委員長はフランスで最も輝いている女優の一人ジュリエット・ビノシュです。彼女はコイシェのNobody Wants the Nightで、1909年初めて北極点に達したと言われるアメリカの探検家ロバート・ピアリーの妻を演じ、コイシェを「こんな過酷な役を引き受けてくれるぶっ飛んだ女優は彼女しかいない」と感嘆させた演技派女優。

    

        

 (審査委員長ジュリエット・ビノシュとディーター・コスリック、201827日開幕式にて)

 

★コイシェ監督の新作については既に1年前にアナウンスがあり、当時のキャストはエリサに最初からの候補だったナタリア・デ・モリーナ(ハエン近郊リナレス1990年)、マルセラにマリア・バルベルデでしたので、そのようにご紹介しております(201828)。しかしバルベルデのスケジュール調整がつかず、急遽グレタ・フェルナンデス(バルセロナ1995年)に変更になりました。演技派として評価の高いエドゥアルド・フェルナンデス(『スモーク・アンド・ミラーズ』)が父親、1995年バルセロナ生れだが、子役時代から映画やTVシリーズに出演しており芸歴は長い。コイシェ監督も「グレタが8歳のときから知っていた。女優になるために生まれてきたような女性」と語っている。イサキ・ラクエスタの『記憶の行方』の脇役、思わせぶりな邦題が不人気だったエステバン・クレスポの『禁じられた二人』ほか、ラモン・サラサールの『日曜日の憂鬱』でスシ・サンチェスの義理の娘になった。偶然かもしれないが3作ともNetflixで配信された。

 

 Elisa y Marcela(「Elisa and Marcela」)2019

製作:Rodar y Rodar / Lanube Peliculas / Netflix España / Zenit / Film Factiry /

    TV3(カタルーニャテレビ)/ Canal Sur  

監督・脚本:イサベル・コイシェ

原作:ナルシソ・デ・ガブリエル「Elisa y Marcela, Más allá de los hombres2010刊

撮影:ジェニファー・コックス

編集:ベルナ・アラゴネス

音楽:ソフィア・アリアナ・インファンテ

製作者:ホセ・カルモナ、ササ・セバリョス、ジョアキン・パドロ、マル・タルガロナ、他

 

データ・映画祭:スペイン、スペイン語・ポルトガル語、2019年、伝記ドラマ、129分、モノクロ。撮影地:ガリシアのセラノバ、オレンセ(ガリシア語オウレンセ)、バルセロナなど、201857日クランクイン。第66回サンセバスチャン映画祭2018に参加して編集の過程を撮った5分間の予告編を上映。第69回ベルリン映画祭2019正式出品(213日上映)、Netflixオリジナル作品(2019年ストリーミング配信予定)、OUTshine 映画祭2019 観客賞受賞。

 

キャスト:ナタリア・デ・モリーナ(エリサ・サンチェス・ロリガ/マリオ)、グレタ・フェルナンデス(マルセラ・グラシア・イベアス)、サラ・カサスノバス(マルセラの娘アナ)、タマル・ノバス(マルセラの求婚者アンドレス)、マリア・プファルテ(マルセラの母親)、フランセスク・オレーリャ(マルセラの父親)、リュイス・オマール(ポルト県知事)、ホルヘ・スケト(コウソの医師)、マノロ・ソロ(ポルトの刑務所長)、ミロ・タボアダ、マヌエル・ロウレンソ(ドゥンブリア教区の主任司祭ビクトル・コルティエリャ)、エレナ・セイホ、ルイサ・メレラス、ロベルト・レアル(コウソの司祭)、アンパロ・モレノ、タニア・ラマタ、コバドンガ・ベルディニャス、他ガリシアのエキストラ多数

 

ストーリー1885年、教師のエリサとマルセラは、働いていたア・コルーニャのドゥンブリアの小学校で知り合った。互いに惹かれあい、やがて隠れて生きねばならない恋愛関係に陥っていった。マルセラの両親の支えもあったが、両親は冷却期間をおくようマルセラを外国に送り出した。数年後マルセラが帰国してエリサと再会する。社会的な圧力にも屈せず二人は共に人生を歩もうと決心するが、口さがない巷の噂を封じるための計画を練らねばならなかった。それはエリサが一時的に村を離れて、数年後に英国生まれのマリオ・サンチェスとなって戻ってくることだった。190168日、ドゥンブリア教区のサンホルヘ教会でビクトル・コルティエリャ主任司祭の司式で挙式した。教会によって公式に通知されたスペイン最初の同性婚であった。しかし「男なしの夫婦」という噂がたちまち広まり、二人はポルトガルに逃亡、816日港湾都市ポルトで逮捕されるも、13日後に釈放された。190216日、マルセラは父親を明かさないまま女の子を出産、二人は新天地アルゼンチンを目指してスペインを後にする。                           (文責:管理人)

       

          

           (マルセラと男装のエリサ、教会で挙式した190168日の写真)

 

      20世紀初頭、逆境のなかでも愛を貫いた二人の女性の勇気に魅了される

 

★続きは端折るとしてこんなお話です。エリサがどうやって男性になることが可能だったかというと、彼女の死亡した従兄弟の偽造身分証明書を利用して男装し、ア・コルーニャの教会を騙したからであった。二人の愛を貫くためにはこうするしか方法がなかった時代でした。20世紀初頭の北スペインのガリシア地方ドゥンブリアでは、女同士の愛など許されるはずがなかった。敵意に満ちた雰囲気の中で主任司祭を騙して挙式するわけですから、二人はかなり思い切った大胆な女性だったと想像できます。伝わっている数字が正しければ、7ヵ月後にマルセラは出産するわけですから切羽詰まっていたとも考えられます。移住したブエノスアイレスでは、今度はエリサが60代のデンマーク人と結婚するが、これはいわゆる打算的な偽装結婚だったことが発覚して、その後二人はいずこともなく消息を絶つ。史実と映画がどのくらい重なるのか現時点では分からない。監督の焦点がどこに当てられているのか興味のあるところです。

       

       

        (逃亡先のポルトで撮ったマルセラとエリサ=マリオ、1902年)

 

★原作者のナルシソ・デ・ガブリエルは、1955年ガリシアのルゴ市近郊のカダボ生れの教育学者、ア・コルーニャ(スペイン語ラ・コルーニャ)大学で教育学の理論と歴史を教えている。ガリシア語とスペイン語で執筆、本作のベースになったElisa y Marcela, Más allá de los hombresのオリジナル版は、2008年ガリシア語で執筆され、2年後にスペイン語に翻訳されている。ア・コルーニャ出身の作家マヌエル・リバス(代表作『蝶の舌』)のプロローグが付いている。小説ではなく雌雄同体現象、女性同性愛、異性装者、フェミニズムなどについての考察、前半がエリサとマルセラに費やされているようです。コイシェ監督は著者とは友人関係にあり、直ぐに映画化を構想したがなかなか実現できなかったということです。

 

        

    (ガリシア語のオリジナル版を手にしたナルシソ・デ・ガブリエル)

 

★「二人の結婚式の写真を見たときから、これはシロクロで撮りたいと思った。それでジェニファー・コックス撮影監督)と1930年代の映画を見ていった。そこで目に留まったのがエリッヒ・フォン・シュトロハイムの『「クィーン・ケリー』(29)だった」という。ウィキペディアによると、完全主義者として知られる監督とヒロインのグロリア・スワンソンが衝突して撮影中止になった作品のようです。多分未完成作品が残っているということでしょう。「レズビアンのカップルが主役でも、パルム・ドールを受賞したアブデラティフ・ケシシュの『アデル、ブルーは熱い色』のような女性の性感を描くものではない。現在世界の73ヵ国では同性愛は違法で収監され、13ヵ国は死刑です」。「私を魅了するのは、愛の物語というだけでなく、社会の偏見にもめげず、危険に晒されながらも別れずに、逆境に生きた女性の勇気です」と監督。

   

    

        (サンセバスチャン映画祭2018でのプレス会見、右端が監督)

 

★一般公開をせずにダイレクトにNetflixで配信する方法を選んだことについては「私だって映画館を観客でいっぱいにしたい。しかし190ヵ国に配信される魅力」には勝てないと。キャスチングについては「ナタリア・デ・モリーナ)には、まだプロジェクトが具体化していなかった3年前に、何時になるか分からないがと但し書き付きでオファーをかけていた。デ・モリーナはダビ・トゥルエバの『「ぼくの戦争」を探して』でゴヤ賞2014新人女優賞、フアン・ミゲル・デル・カスティージョの「Techo y comida」で同2016主演女優賞を受賞しているシンデレラ女優。グレタは8歳のときから知っていた。ある日、鏡の前で泣いているので、何があったのと訊くと、どうやったら上手に泣けるか練習していたと。「この子はもう女優だと思った」と監督。

 

      

 

             

 (ナタリア・デ・モリーナとグレタ・フェルナンデス)

 

★度々ガリシアを訪れて撮影地を探した結果、20世紀初頭の面影を残しているセラノバで201858日にクランクインした。俳優以外のエキストラ140名にも参加してもらった。ガリシアとバルセロナの半々で撮影したということです。主演の二人はアンダルシアとバルセロナ生れだが、脇役陣には、マルセラの求婚者アンドレス役のタマル・ノバス(『夢を飛ぶ夢』)、アナ役のサラ・カサスノバス、主任司祭のマヌエル・ロウレンソなどガリシア生れの俳優が目立つ。

   

    

 

   

 (20世紀初頭の雰囲気が残るセラノバでの撮影風景)

 

★「『エリサとマルセラ』を携えてベルリンに行くことは、私にとって大きな意味があります。それというのもこの映画は長年培ってきた仕事の頂点の一つであり、根気強く突き進んできた頑張りへのご褒美でもあるからです。世界で一つしかないこの物語を国際的な映画祭の観客に見てもらえる幸運、エリサとマルセラを演じたナタリア・デ・モリーナとグレタ・フェルナンデスの二人の女優がベルリンの観客を魅了することを願っています」とコイシェ監督。果たしてベルリンの審査員や観客を虜にきるでしょうか。ビエンナーレは監督にとって特に思い入れの深い映画祭、過去にはデビュー作『あなたに言えなかったこと』(96)、『死ぬまでにしたい10のこと』(03)、『あなたになら言える秘密のこと』(05)、『エレジー』(08)、オープニング上映作品に選ばれた「Nadie quiere la noche」(15)、間もなく3月に公開される『マイ・ブックショップ』もここで特別上映されたのでした。

 

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『ROMA/ローマ』*アルフォンソ・キュアロンの記憶の旅2019年01月27日 20:35

     「リボにはたくさんの借りがあるのです」とアルフォンソ・キュアロン

       

         

★ゴールデン・グローブ賞2冠、アカデミー賞2019ノミネーション10部門と、アルフォンソ・キュアロンROMA/ローマ』を取りまく環境が慌ただしくなってきました。当ブログでは度々記事にしておりいささか食傷気味ですが、作品賞と外国語映画賞のダブル・ノミネーションと聞いては話題にしたくなります。過去のダブルのケースでは後者の受賞は確実らしい。今までスペイン語映画の作品賞ノミネートは縁がなかったので無関係と思っていた。しかし『ROMA/ローマ』の外国語映画賞受賞が確実なら、昨年のセバスティアン・レリオ『ナチュラルウーマン』に続いてスペイン語映画が連続で受賞することになります。しかしゴールデン・グローブ賞受賞作品はオスカーは取れないというジンクス通りなら作品賞は受賞なしということになる。今年は8作品ノミネーションと多いから票は割れるでしょう。

   

     

    (ゴールデン・グローブ賞2冠、作品賞・監督賞のトロフィーを両手にした監督)

 

★アカデミー賞の作品賞に外国語映画がノミネートされるのは珍しく、スペイン語映画では初めてとなります。外国語映画賞にもダブってノミネートされた作品は、直近ではミヒャエル・ハネケ『愛、アムール』があり外国語映画賞を受賞しています。外国語映画部門がなかった時代ならいざ知らず、常々ダブルのノミネーションに違和感を覚えていますが、本作は監督・脚本・撮影、前評判では候補にも上がっていなかった主演女優(ヤリッツァ・アパリシオ)と助演女優(マリナ・デ・タビラ)まで浮上して、全部で10部門には驚きを通りこして腰が引けてしまいました。製作のガブリエラ・ロドリゲスは、ラテン系では初めての女性プロデューサーということで、老害が懸念される米国アカデミー会員の「初物食い」を期待しておきます。

 

★主人公クレオのモデルで、監督にインスピレーションを与えたniñeraベビーシッター兼nana乳母リボリボリア・ロドリゲスもニューヨーク映画祭2018に登場して『ROMA/ローマ』のプロモーションに一役買いました。現在74歳になるリボリアが、メキシコでも貧しいと言われるオアハカ州北部ミシュテカ地方の村を出てキュアロン家にやって来たのは1962年、監督が生後9ヵ月、彼女が18歳のときだった。「家族の一員、みんなのお気に入り、私の人格形成をした人、リボには大きな借りがあるのです」と監督。「私たちが小さい頃にはみんな<ママ>と呼んで、彼女と結婚するんだと言い合っていたのです」と、常に物静かに接してくれたリボの人柄をCNNのインタビュアに語ったそうです。

    

     

 (ヤリッツァ・アパリシオ、リボリア・ロドリゲス、監督、ニューヨーク映画祭、201810月)

 

★幼年期のキュアロンは、彼女の故郷オアハカ州テペルメメ・ビリャ・デ・モレロス村の話を聞くのが好きだった。彼女はスペイン人がやってくる前の伝統的な遊戯がどんなものか、シャーマンたちが如何にして人々を癒してくれたかについて語った。今なおメキシコに存続している不平等、ミシュテカ族の少女が舐める辛酸、寒さ、飢え、貧しさについて知りえたのもリボのお蔭だと。12歳の誕生日に父親からプレゼントされたペンタックス・カメラが子供たちに革命を起こした。ミノルタ・スーパー8を買うために節約し、1年後に手にしたキュアロンは、母親、3人の弟妹、甥、勿論リボを主人公にして短編を撮りはじめた。小さな映画監督の誕生、ペンタックス・カメラの到来はまさに革命だった。

 

      

          (クレオ・ママに抱かれて眠る末っ子ぺぺとソフィ)

 

1991年、すぐ下の弟カルロス・キュアロンと共同監督したデビュー作『最も危険な愛し方』Solo con tu pareja)にリボリアも出演してるそうです。10年後に撮った『天国の口、終りの楽園。』Y tu mamá tambiénにもちょとだけ顔を出しているそうですがどこでしょうか。因みにディエゴ・ルナが扮した政治家の息子、乳母をママと呼んでいたテノッチは、キュアロン監督の分身でしょう。『ノー・エスケープ自由への国境』が公開された長男ホナス・キュアロンのデビュー作Año uña07)にもボイス出演している。何十年も一緒に暮らしたリボなのに、実は何も知らなかったと感じた一瞬があった由、それは祖母が電気代に口うるさかったので、夜は電気を消してロウソクで過ごしたことを聞いた時だった。それは劇中でクレオともう一人の家政婦アデラの会話に活かされていました。

 

       「それでどういう映画なの?」―「勇気ある女性たちの物語よ」

 

★リボ=クレオを演じたヤリッツァ・アパリシオは、1993年オアハカ州トラヒアコ生れ、映画に出る前は保育園(幼稚園)の先生だった。演技経験は何もなかったがオーディションに駆けつけ、その穏やかな物腰が監督の目に留まった。それ以来、彼女の人生は180度変わってしまい、今やメキシコの重要な顔となった。「今まで不可能だと決めつけていた事が、決してそうではなかった。素晴らしいチャンスをもつことができた」とアパリシオ。彼女がモード雑誌「ヴォーグ」(勿論メキシコ版)の表紙を飾ったニュースを記事にしましたが、彼女だけでなく、雇い主のソフィア夫人役マリナ・デ・タビラ1974メキシコシティ)、同僚家政婦アデラ役のナンシー・ガルシアも映画祭出席、インタビューと引っ張り凧です。

 

      

(インタビューを受ける、マリナ・デ・タビラ、ヤリッツァ・アパリシオ、ナンシー・ガルシア)

 

★マリナ・デ・タビラは自身の役柄について「ソフィアの長所は、夫との不和に苦しんでいるが、4人の子供たちの前では明るく振舞って、子供たちを前向きに育てようとしている。クレオとアデラの雇い主として家庭を守っている」女性だと分析、「クレオの美点は、子供たちに常に愛情深く接して、信じられない存在だ」と断言した。監督がソフィア夫人の造形は母親クリスティナ・オロスコにほぼ一致すると語っていたが、彼女は昨年3月鬼籍入りした。ここ40年間ほどでメキシコ社会での女性の役割は変化してきているが、まだ道半ばだという点で、3人の女性の意見は一致している。

 

           

      (子供たちに父親がいなくてもみんなで頑張ろうと話すソフィア夫人)

 

★ナンシー・ガルシアは「映画のなかでは、女性たちが思い切って何かをすることはできないテーマが際立っていた。女性たちが尊敬しあい高め合う何かを、私はできるんだと自分に言い聞かせる事が必要です。父親の庇護なしでも子供たちを育てられると女性たちが認識するようになってきた」と指摘した。2017年の統計では、3430人のメキシコ人女性が殺害の犠牲になった。人種差別と女性蔑視は見え隠れするが、現在では上流階級でもクレオのような仕事をする女性を雇う家庭は減少しているということです。10代から住み込みで働くこの制度に多くの問題が潜んでいるのは確かです。遅い歩みではあるが静かな地殻変動は起きている。

 

★それで「この映画は一言でいうとどんなお話?」、「勇気ある女性たちについての映画です」とナンシー・ガルシア、「人生そのものについての物語」と穏やかにヤリッツァ・アパリシオ、「幼年時代の心の傷についてのお話」とマリナ・デ・タビラ、ええ、そういう映画なんです。今日はロスアンゼルス、明日はニューヨークと走り回り、いよいよ224日が近づいてきました。ハリウッドの人々は、この地味なモノクロ映画をどう評価するのでしょうか。ゴヤ賞イベロアメリカ映画賞もほとんど受賞が確定していますからサプライズはないでしょう。

  

『12年の長い夜』 アルバロ・ブレッヒナー*ゴヤ賞2019 ⑥2019年01月15日 19:01

            イベロアメリカ映画賞―アルバロ・ブレッヒナーの『12年の長い夜』

 

      

   

★イベロアメリカ映画賞は、アルフォンソ・キュアロンROMA/ローマ』にほぼ決まりでしょうが、昨年暮れからアルバロ・ブレッヒナーの第3La noche de 12 añosが、邦題12年の長い夜』Netflixで配信が開始されました。サンセバスチャン映画祭2018「ホライズンズ・ラティノ」部門の目玉としてすぐさま記事をアップしましたおり、ゴヤ賞ノミネーションを予想いたしました。予想通りになりましたが前大統領ムヒカ役のアントニオ・デ・ラ・トーレが助演男優賞候補になるとは思っていませんでした。スペインも製作国の一つですから規則違反ではありませんが、少し強引でしょうか。

 

★デ・ラ・トーレはロドリゴ・ソロゴジェンEl reinoで主演男優賞にもノミネートされており、虻蜂取らずにならないことを祈りたいところです。彼が欲しいのは1個持っている助演ではなく、素通りつづきの主演のはずです。スペイン映画賞としては最初に蓋を開けるフォルケ賞2019が、112日夜に発表になり、幸先よくEl reino」の演技が認められて男優賞を受賞しました。因みに作品賞は予想通りハビエル・フェセルが監督したCampeonesで、本作はCine y Educacion賞とのダブル受賞、こういうケースは初めてだそうです。ゴヤ賞を占ううえで重要な映画賞、フォルケ賞2019の受賞結果は次回にアップいたします。

 

         

             (フォルケ賞のトロフィーを手にしたアントニオ・デ・ラ・トーレ)

 

12年の長い夜』の作品・監督キャリア・キャスト紹介は、コチラ20180827

前回と重複しますがキャストとストーリーを以下に若干補足訂正して再録、前回アップ後の映画賞受賞歴も追加しました。

 

 12年の長い夜』の主な出演者

アントニオ・デ・ラ・トーレ(ペペ、ホセ・ムヒカ・コルダノ、201015年ウルグアイ大統領)

チノ・ダリン(ルソ、マウリシオ・ロセンコフ)

アルフォンソ・トルト(ニャト、エレウテリオ・フェルナンデス・ウイドブロ、201685日没)

セサル・トロンコソ(トゥパマロス壊滅作戦「死の部隊」を指揮した軍人)

セサル・ボルドン(アルサモラ軍曹)

ミレージャ・パスクアル(ムヒカの母親ルーシー)

ソレダー・ビジャミル(精神科医)

シルビア・ペレス・クルス(ウイドブロの妻イヴェット、劇中ではグラシエラ

ニディア・テレス(ロセンコフの母ロサ)

ルイス・モットーラ(少尉

ジョン・デ・ルカ(マルティネス、兵士)

ロドリゴ・ビジャグラン(アルメイダ、兵士)

ダビ・ランダチェ(軍人)

ロヘリオ・グラシア

ルチアノ・Ciaglia(ゴメス)  

 

ストーリー19736月、ウルグアイは軍事クーデタにより軍部の政治介入が実現した1971年の大統領選で左派連合が敗北してからは、都市ゲリラ「トゥパマロス」民族解放運動勢いも失速、壊滅寸前になって既に1年が経過していた。多くのメンバーが逮捕収監され拷問を受けていた。1973年9月7日夜、軍部の掃討作戦で捕えられていたトゥパマロスの3人の囚人がそれぞれ独房から引き出され秘密裏に何処かへ護送されていった。これは12年という長きにわたって、全国に散らばっていた営倉を連れまわされることになる孤独の始りだった。それ以来、精神的な抵抗の限界を超えるような新式の実験的な拷問と孤独に耐え抜くことになる。軍部の目的は「彼らを殺さずに狂気に至らしめる」ことなのは明らか、彼らは囚人ではなく軍部の人質だった。一日の大半を頭にフードを被せられ、足枷をはめられたまま独房に閉じ込められてい3人の人質とは、ウルグアイ前大統領ホセ・ムヒカ、元防衛大臣で作家のエレウテリオ・フェルナンデス・ウイドブロ、ジャーナリストで作家のマウリシオ・ロセンコフのことである。        (文責:管理人)   

         

         ウルグアイ軍事独裁政権の闇と孤独を描く12年間

 

A: 本作は「もし生きのびて自由の身になれたら、この苦難の事実を書き残そう」と誓い合った、エレウテリオ・フェルナンデス・ウイドブロマウリシオ・ロセンコフの共著Memorias del calabozoをもとに映画化されました。映画では3人に絞られていますが、実際は他にトゥパマロスのリーダー6人、合計9名だった。本著はこの9名の証言をもとに纏められたものです。

B: 民政移管になった1985年に釈放、バスで家族のもとに戻るさいに連呼された、ホルヘ・ベニテス、カルロス・ゴンサレス、ロベルト・イポリト、ワシントン・ゴンサレス・・・などが証言に応じた他の6人でしょうか。

A: 1993年にエドゥアルド・ガレアノの序文を付して再刊されたものを検索しましたが確認できませんでした。おそらく苦しみを分かち合った他の仲間たちへの敬意が込められていたのでしょう。収監中に亡くなった人が約100名、いわゆるデサパレシードス行方不明者が140名という記録が報告されています。

 

       

          (txalaparta社から1993年に再刊されたMemorias del calabozoの表紙

 

B: 隣国アルゼンチンの軍事独裁政権の犠牲者3万人に比べれば桁違いですが、闘争中に射殺されたメンバーも多かった。屋根裏に逃げ込んだニャト(アルフォンソ・トルト)が逮捕されたとき、その家主夫婦が射殺されたシーンはそれを示唆しています。

A: そのときの掃討作戦を行なった<死の部隊>の指揮官の名前は映画では明らかにされなかった。当然分かっていたはずですが、IMDbにも軍人と表示されているだけです。セサル・トロンコソが演じていましたが、彼はウルグアイ出身、本邦ではセザール・シャローン&エンリケ・フェルナンデスの『法王のトイレット』(ラテンビート2008上映)の主役を演じている他、ルシア・プエンソXXY(同2007)にも出演しているベテラン俳優です。

 

     

           (憎まれ役の軍人に扮したセサル・トロンコソ)

 

B: 石をぶつけたいぐらい憎々しかったと褒めておきます。アルフォンソ・トルトもウルグアイ、その他にウルグアイからはルソ(チノ・ダリン)にラブレターを代筆してもらうアルサモラ軍曹役のセサル・ボルドン、ルソの母親ロサ役のニディア・テレスがウルグアイです。

A: エル・ペペの母親ルーシー役のミレージャ・パスクアルもウルグアイ、彼女については前回ご紹介しています。例の『ウイスキー』でデビューした独特の雰囲気のある女優です。ニディア・テレスはアルバロ・ブレッヒナー監督の第2Mr. Kaplan14)のカプラン夫人でデビューした遅咲きの女優です。以上がウルグアイの主な出演者です。

B: 多数の受賞歴をもつMr. Kaplan」についても、前回の監督キャリア紹介にワープして下さい。

 

    

                  (ルソにラブレターの代筆をしてもらうアルサモラ軍曹

 

A: アルゼンチンからはチノ・ダリンの他、精神科医を演じたソレダー・ビジャミル、スペインからはエル・ペペ役のアントニオ・デ・ラ・トーレの他、ニャトの妻になったシルビア・ペレス・クルスがそうですが、それぞれ前回簡単に紹介しています。監督がデ・ラ・トーレの出演交渉のためマドリードに出向きカフェで会った。すると「10分後には快諾してくれた」とベネチア映画祭のインタビューに答えていました。出演は即決だったようで、デ・ラ・トーレらしい。

 

       

    (左から、ムヒカ前大統領、監督、デ・ラ・トーレ、ベネチア映画祭のプレス会見にて)

 

B: 幼児から80歳に近いエキストラは、ウルグアイの新聞に出した募集広告を見て参加してくれた方だそうです。200名ぐらい参加している。1985年民政移管になって釈放された9名を刑務所の門前や沿道で出迎えた家族、支持者たちを演じてくれた。

A: ウルグアイの人々にとって1970年代はそんなに昔のことではないのですね。ウルグアイの軍事独裁政権は、いわゆるブラジル型といわれる官僚主義体制で、隣国アルゼンチンのように軍人が大統領ではなかった。しかしトゥパマロス掃討に功績のあった軍部の政治介入を許した警察国家体制ではあった。

 

B: 劇中で「お前たちは囚人でなく人質だ」と言い放った<死の部隊>の指揮官がその典型、囚人でないというのは裁判の権利がないということです。都市型ゲリラのトゥパマロスの抵抗に長いあいだ煮え湯を飲まされ続けていた軍部の憎しみは、相当根深かったと言われていますね。

 

       

              (再会を喜ぶニャトと家族、周囲の人は募集に応じたエキストラ)

 

       1981年軍政合法化についての憲法改正の是非を問う国民投票

 

A: 劇中では1973年から1985年までの12年間が収監日数と共に表示される。197397日、9人のトゥパマロスのリーダーが収監されていた刑務所から、軍部の手で秘密裏に南部のリオ・ネグラらしき軍の施設に移送される。

B: 刑務所ではなく、ベッドも便器も一切ないから重営倉の兵士が入れられる独房のようです。約1年後に別の軍施設に移動、803日目の1975年から収監日数が表示される。およそ1年ごとに移動しており、その都度19761074日目、19771529日目・・・19802757日目という具合に日数が表示される。

 

A: 1981年に軍部の政治介入を合法化する「憲法改正」の是非を問う国民投票が実施され、国民の答えはNoだった。19833883日目に、ルソが恋文を代筆したアルサモラ軍曹の兵舎に戻ってくる。軍曹の計らいで手錠をされたままではあったが目隠しなしで初めて太陽の日差しを浴びることができた。

 

   

   (初めて目隠しなしで顔を合わせる3人、生きていることを実感するシーン)

 

B: 観客にも解放の日の近いことを暗示するシーン、人間らしさを失わなかった軍人は彼一人だったでしょうか。そして19843984日目に仲間の多くが収監されていた最初の刑務所に戻ってくる。

A: ニャトがよたよたしながら刑務所の中庭でサッカーのボールを蹴る真似をする。窓からは「ニャト、ニャト、ゴール」の大歓声、社会の無関心に絶望していた過去が一気に吹き飛ぶ忘れられないシーンでした。彼らを苦しめたのは孤独と自分たちは忘れられてしまったという社会の無関心でした。

B: 母親が差し入れた便器に種をまき咲かせたヒナゲシの植木鉢を抱えてムヒカが出所する。日数の表示は、19854323日目が最後になる。

 

      

  (ピンクの便器を抱えて刑務所を出るエル・ぺぺ、201075歳でウルグアイ大統領になる)

 

          冷戦時代の米国がもっとも恐れた裏庭の赤化

 

A: 各自逮捕時期は異なっており、この日数はあくまで197397日が起点のようで、囚人ではなく<人質>だった日数です。各自刑務所とシャバを出たり入ったりしていますから、別荘暮らしはトータルでは15年くらいだそうです。時には各人の幻覚や逮捕時の回想シーンが織り込まれておりますが、映画は時系列に進行していくので観客は混乱しません。

B: ウルグアイだけではありませんが、ラテンアメリカ諸国は二つの世界大戦には参戦しておりませんが、米ソ冷戦時代の煽りを食ったラテンアメリカ諸国の実態は複雑で、少しは時代背景の知識があったほうがいいかもしれません。

 

A: 劇中にもニカラグア革命との連携を疑う軍部やCIAの画策など、米国の関与を暗示するセリフが挿入されています。裏庭の赤化を恐れていたアメリカが軍事独裁政権の後ろ盾であったことは、後の調査で証明されています。赤化より軍事独裁政権のほうがマシというわけです。

B: ラテンアメリカ諸国が、人権や民主主義を標榜する大国アメリカを嫌うのには、それなりの理由があるということです。1979年、左派中道派からの要請で赤十字国際委員会が調査に現れるが、そのおざなりの調査にはあきれるばかりです。

 

A: どこからか入った横槍に屈したわけです。ほかにもカトリック教会批判がそれとなく挿入されている。精神を病んだペペが、ソレダー・ビジャミル扮する精神科医に「神を信じているか」と訊かれる。ペペの返事は「もし神がいるなら、私たちを救ってくれているはず」だった。

B: カトリック教会が軍部と結託していたことを暗示しているシーン。他のラテンアメリカ諸国も金太郎の飴ですが、保身に徹したカトリック教会と軍事独裁政権は太いパイプで繋がっていました

       

           (ペペを診察する精神科医役のソレダー・ビジャミル)

 

A: 信者が多いにもかかわらず、ラテンアメリカ諸国から長いあいだローマ法王が選ばれなかった経緯には、この軍事独裁政権との結託があったからでした。現ローマ法王サンフランシスコも加担こそしませんでしたが、民主化後に見て見ぬふりをしていたことを謝罪していたからなれたのでした。

B: バチカンも危険を冒してまで選出できなかった。ラテンアメリカ諸国のカトリック教徒の減少は、幼児性愛だけが理由ではありません。

 

A: 主演の3人、ぺぺ(1935)、ルソ(1933)、ニャト(19422016)は、共にウルグアイ生れだが、一番年長のルソは両親の時代にポーランドから移民してきたユダヤ教徒、ナチ時代にはポーランドに残った親戚の多くがゲットーやアウシュビッツで亡くなっている。

B: 3人のなかではルソ役のチノ・ダリンが一番若かったのでちょっと違和感があった。

 

A: 反対に一回り若いニャトはクランクイン前に鬼籍入りしてしまった。彼の一族はスペインからの移民です。リーダー格のぺぺの祖先も、1840年代にスペインのバスク州ビスカヤから移民してきた。

B: ウルグアイはまさに移民国家です。ミレージャ・パスクアルが演じていたペペの母親ルーシー・コルダノは、実名で映画に出ていた。ムヒカは当時独身、それで面会に来るのは母親でした。上院議員のルシア・トポランスキ(1944)との結婚は2005年だった。

 

       

          (ホセ・ムヒカと夫人ルシア・トポランスキ、2010年)

 

A: 彼女は2期目となるタバレ・バスケス政権の副大統領を20179月から務めている。映画でも女性の力の大きさが際立っていましたが、土壇場で力を発揮するのは女性です。

B: 面会に来たルソの父親イサクの狼狽ぶりと母親ロサの気丈さが印象に残っています。女性のほうが打たれ強いのかもしれません。

 

A: 前回アップしたときは受賞歴はそれほどではありませんでしたので、以下に追加します。

 

  映画祭・受賞歴

アミアン映画祭:観客賞

ビアリッツ映画祭(ラテンアメリカシネマ)観客賞

カイロ映画祭:ゴールデン・ピラミッド賞、FIPRESCI国際映画批評家連盟賞

カンヌ・シネフィル:グランプリ

オーステンデ映画祭(ベルギー)審査員賞

ウエルバ・ラテンアメリカ映画祭:観客、カサ・デ・イベロアメリカ、作品、脚本、撮影の各賞

シルバー・コロン(監督・男優アルフォンソ・トルト)賞 

ハバナ映画祭:作品賞(カサ・デ・ラス・アメリカス、キューバ映画ジャーナリズム協会)

サンゴ賞(編集、録音)、グラウベル・ローシャ賞、ラジオ・ハバナ賞

レジスタンス映画祭:監督賞

テッサロニキ映画祭:観客賞

ウルグアイ映画批評家協会:作品、監督、男優(アルフォンソ・トルト)

女優(ミレージャ・パスクアル)、録音の各賞

 

以上は2018年開催の映画祭受賞歴(ノミネーションは割愛)

ゴヤ賞2019ノミネーションは、イベロアメリカ映画賞、脚色賞、助演男優賞(アントニオ・デ・ラ・トーレ)の3カテゴリー。

 

アルフォンソ・キュアロンの新作『ROMA /ローマ』②2018年12月21日 14:39

     

           

       (モード雑誌『ヴォーグ』の表紙を飾ったヤリッツァ・アパリシオ)

    

★ゴヤ賞2019イベロアメリカ賞ノミネーション、アカデミー外国語映画賞プレセレクション9作品のなかに『夏の鳥』と一緒に選ばれたほか、ラスベガス映画批評家賞(作品・監督・撮影・編集)の4賞、女性映画批評家オンライン協会賞(作品・監督・撮影)の3賞など、続々と受賞結果が入ってきました。スペインではNetflix配信と同時に期間限定で劇場公開も始まったようです。Netflixと大手配給会社が折り合ったわけです。更にはクレオ役のヤリッツァ・アパリシオがなんと『ヴォーグ』の表紙になるなど、びっくりニュースも飛び込んできましたが、確かこの雑誌は映画雑誌ではなかったはずですよね(笑)。冗談はさておき、前回の続きに戻ります。

 

           子供の記憶に残る「血の木曜日」事件

 

A: 196111月生れのキュアロンは、1971610日に起きた「聖体の祝日の木曜日の虐殺」当時9歳半になっていた。反政府デモの虐殺事件としては、300人以上の死者を出した1968年メキシコオリンピック10日前に起きた「トラテルコ事件」(102日)のほうが有名です。

B: 当時メキシコは一党独裁の制度的革命党PRIが政権をとっており、時の大統領はルイス・エチェベリア、反政府運動が日常的な時代だった。スラムの水不足解消のため視察に来た政治家の演説の中に一度だけ名前が出てきた。

      

          

          (政治家の演説も空しい水溜りだらけの水不足地域)

       

A: 皮肉なことに水溜まりが散在する土地柄だった。政府に批判的な学生や知識人などの動きを封じるため、政権が私設軍隊パラミリタールを組織し、そこにクレオの恋人フェルミンが加入していた。正規の軍隊とは別で、軍隊、警察、パラミリタールが民間人を殺害した。監督の「聖体の祝日の木曜日の虐殺」の記憶は鮮明のようです。

    

          

     (1971610日に起きた「聖体の祝日の木曜日の虐殺」を背景にしたポスター)

 

B: ソフィアの母テレサ夫人とベビーベッドを買いに家具屋を訪れていたクレオは、ここで民間人殺害に加担していたフェルミンと遭遇、衝撃で破水してしまう。

A: 本作ではスラムの水溜まりに限らず、タイル敷きの床を洗い流す汚水は排水口に上手く流れ込まない、水道栓からぽたぽた漏れる水、排水管が詰まっているのかシンクに溜まる水、森林火事の前時代的なバケツリレー、極め付きは子供たちに襲いかかる獰猛な高波、制御できない水が時代の流れを象徴するかのように一種のメタファーになっている

 

         飛行機、外階段、地震、森林火災、高波、犬の糞が象徴するもの

 

B: 水だけでなく、飼い犬の糞のメタファーは、メキシコが吐き出す悪の象徴ともいえる。久しぶりに帰宅した父親アントニオが糞の不始末に文句を言っていたが、彼の車の吸殻入れは満杯だ。

A: ファーストとラストカットに現れる飛行機は円環的な構成になっており、クレオとの関係も面白い。最初は洗剤の泡が混じった汚水に映る飛行機、ラストは外階段を上っていくクレオが見上げる飛行機。どちらもカメラは動かない。

 

B: カメラの位置は定点か、動いても回り灯篭のようにゆっくりと水平か斜めに動き、もっぱら動くのは被写体です。ロングショットが多く、したがってクローズアップは少ないのがいい。

A: 劇場公開を念頭において撮っていたからです。結果的にはNetflixプレゼンツになってしまったが、しつこく言いますがスクリーンで見たい映画です。

 

B: 日本の家屋に比べると、建物の構造が大分変わっている。門を開けると両側に建物があり、中央が車庫を兼ねた通路になっている。自家用車のフォードギャラクシーを止めるにはぎりぎりの幅しかなく、夫婦とも駐車に苦労している。

A: いわば身の丈に合わない生活をしているわけです。パティオというスペイン建築に典型的な中庭があり、母屋と使用人の住居が囲んでいる。洗濯場は3階の屋上にあって外階段で昇降している。中流家庭なのに洗濯機がないのにはびっくりした。

B: 日本では60年代後半には既に一般家庭に普及していましたね。

 

         

           (ヤリッツァ・アパリシオに演技指導をする監督)

 

A: クレオが病院の新生児室を覗いているときに起きた小さな地震は、9500人の犠牲者を出した1985年のメキシコ大地震を予感させる。

B: ブルジョア家族たちが新年を過ごすトウスパン大農園の森林火災の意味はいろいろ想像できますが、大航海時代にやって来て以来、先住民を支配し続けている大農場主階級の終焉、さらにはこのアシエンダに集って新年を楽しむブルジョア階級の将来像でもあるでしょう。1970年代はメキシコの転換期でもあった。

 

          やはり本作は乳母リボに捧げられたフィクション

 

A: 監督が生後9ヵ月のときにキュアロン家に乳母として雇われたリボリボリア・ロドリゲスに捧げられている。監督はあるインタビューで「ショットの90パーセントは自分の記憶だ」と語っている。記憶は時間とともに創作され変容していく。半自叙伝的と銘打っていますが、自分の幼少時代にインスパイアーされたフィクションでしょうね。

B: しかし、マリナ・デ・タビラが扮したソフィア夫人の人格は自分の母親に近いとも語っています。プロの俳優は少なく、彼女の他、クレオを侮辱した恋人、フェルミン役のホルヘ・アントニオ・ゲレーロ、武術の指導者ソベック先生のラテン・ラヴァーくらいでしょうか。

 

A: ビクトル・マヌエル・レセンデス・ヌニオが本名で、90年代から今世紀にかけてルチャリブレの人気プロレスラーだった人。引退後モデルになり、本作で映画デビューした。劇中では武術のほか力自慢のテレビ番組にも出演しているショットがありました。

 

         

            (武術の先生ソベック役のラテン・ラヴァー)

 

B: 父親役のフェルナンド・グレディアガも新人、実父についての情報は検索できませんでした。

A: スペイン語ウィキペディアには名前だけしか載っていない。父親が原子物理学者で国際原子力機関に務めているという情報は英語版に載っていましたが、他に原子核医学を専門とする科学者と情報もあり、病院勤務をしていたのかもしれません。母親はクリスティナ・オロスコといい、今年3月に亡くなっています。1961年生れの監督は3人兄弟の長男ですが、劇中の長男トーニョに重ねていいのかどうかです。

B: 監督はトーニョであり、やんちゃなパコでもあり、末っ子のペペであるのかもしれない。

 

A: 主役はあくまでクレオ、つまり純粋で寛大だったリボ、時には生みの親より育ての親というように、彼女は家族にとっていなくてはならない存在だった。またセットに使った家具の70パーセントは自分の家にあったものをかき集め、残りはメンバーたちの家族のものだそうです。

B: あんな古いテレビがよくありましたね。ちゃんと映っていた。見ていた番組は「三馬鹿大将」シリーズですか。

A: 分かりませんでしたが、テレサお祖母さまとクレオに付き添われて子供たちが見に行った映画は、1964年にマーティン・ケイディンが発表した小説をもとに、ジョン・スタージェスが映画化したアメリカ映画『宇宙からの脱出』(69)、これが『ゼロ・グラビティ』13)に繋がったのでしょう。

 

B: 売却することになったフォードギャラクシーで家族がベラクルス近くのトゥスパン村に旅行に出かける。そこで父親がケベックのオタワに住んでないことが子供たちに知らされる。

A: 次男のパコは電話の盗み聞きで、トーニョは映画を観に行ったとき、若い女性と手をつないでいる父親を偶然目撃して事実を知っていた。

B: 父親に愛されていると思っていた子供たちには辛すぎる話です。兄弟は互いに知っていることを秘密にしているが、口にできない辛さや父親への怒りは、取っ組み合いの兄弟喧嘩として発散される。

 

             

        (子供たちに「パパはもう帰ってこない」と話すソフィア夫人)

 

A: こういう巧みな描写が至るところに散らばっている。プロットだけを読むと平凡すぎて食指が動きませんが、今年見たお薦め映画5本に入ります。監督が『ゼロ・グラビティ』の成功後、新作の構想を話しても誰も乗ってこなかったという。なかでカンヌ映画祭の総指揮者ティエリー・フレモーも首を傾げた一人ということでした。

B: 勿論映画ですから映像が良くなくては話になりませんが、モノクロなのに奥行きがあり、繰り返し見たくなります。その都度新しい発見がある。

 

B: 少ない台詞、ストーリーの流れの自然さ、対立する明るさと暗さ、残酷と優しさ、穏やかさと暴力、日常を淡々と描きながら突然襲う非日常が鮮やか。

A: シンプルのなのに複雑なのが人生というものでしょう。監督は自分が幼少期に過ごした家に帰る必要があったのだと思います。前述したように、アカデミー外国語映画賞プレセレクション9作に『ROMA/ローマ』と『夏の鳥』が残った。『万引き家族』も残った。多分『夏の鳥』は選ばれないと思いますが、他の2作は脈ありです。

 

B: しかし最近の米国アカデミー外国語映画賞は、初参加国が選ばれる傾向もあり分かりません。同じモノクロで撮ったポーランドのパヴリコフスキの「Cold War」も手強い。

A: キュアロンは既にオスカー監督ですが、メキシコ代表作品が受賞したことはありません。受賞すればメキシコ初となります。

 

     

             (本作撮影中のアルフォンソ・キュアロン)

 

 監督の主なフィルモグラフィー

1991『最も危険な愛し方』(「Sólo con tu pareja」スペイン語)

1995『リトル・プリンセス』

1998『大いなる遺産』

2001『天国の口、終りの楽園。』(「Y tu mamá también」スペイン語)

2004『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』

2006『トゥモロー・ワールド』

2013『ゼロ・グラビティ』

2018ROMA/ローマ』(「ROMA」スペイン語)

 

ベネチア映画祭金獅子賞受賞の記事は、コチラ20180912

 ホナス・キュアロンに関する記事は、コチラ2015092520170423

  

アルフォンソ・キュアロンの新作『ROMA/ローマ』①2018年12月17日 15:16

                ビエンナーレ2018金獅子賞受賞作品「ROMA」を見る

 

アルフォンソ・キュアロンの長編8作目になるROMAは、第75回ベネチア映画祭の金獅子賞受賞作品、Netflixプレゼンツ作品が初金星という記念碑を打ち立てた。本邦では東京国際映画祭TIFFで邦題ROMA/ローマ』で特別上映されただけです。メキシコでは91日メキシコシティのトナラ館でプレミア後、「ロス・カボス映画祭」(117日~11日)で118日に特別上映された。スペインではほんの短期間(125日~14日)マドリード、バルセロナ各2館、マラガの1館だけで上映された。    

   

       (金獅子賞のトロフィーを手にしたアルフォンソ・キュアロン)

 

    

(左から、ナンシー・G・ガルシア、ヤリッツァ・アパリシオ、監督、マリナ・デ・タビラ)

 

4月にNetflixの配給権がアナウンスされると、フランス国内での公開ができない作品は、コンペティションから除外するという法律のためカンヌ映画祭は本作の上映を見送った。監督はカンヌを希望していたということでしたが、結果的にベネチア映画祭でプレミアされることになった。フランスではグラン・リヨン映画祭で1015日上映されたが、カンヌが直面している問題は、公開後3年間はVOD(ビデオ・オンデマンド)での使用権を取得できないというフランスの法律の厳格さであり、これはいかにも長すぎるのではないか。Netflix1214日から世界同時配信されたが、190ヵ国、ユーザー13000万人という数字は、監督のみならず関係者にとって実に魅力的ではないだろうか。フランスとNetflixが共に合意点を見つける努力を拒否していないが、詳細は明らかになっていない。今や巨人となったNetflixのストリーミングと大手配給会社との闘いは、今後どうなっていくのだろうか。

   

ROMA/ローマ』(原題ROMA

製作:Esperanto Filmoj(メキシコ)/ Participant Media(米)

監督・脚本・製作・撮影・編集:アルフォンソ・キュアロン(クアロン)

編集:(共)アダム・ゴGough

キャスティング:ルイス・ロサーレス

美術:カルロス・ベナシーニ、オスカル・テジョ

プロダクション・デザイナー:エウヘニオ・カバジェロ

衣装デザイナー:アンナ・テラサス

音響:セルヒオ・ディアス、スキップ・リーヴセイ、クレイグ・ヘニガン

製作者:ガブリエラ・ロドリゲス、ニコラス・セリス、(以下エグゼクティブ)ジョナサン・キング、デヴィッド・リンド、ジェフ・スコール

 

データ:製作国メキシコ=米国、スペイン語・ミシュテカ語・英語、2018年、ドラマ、135分、モノクロ、撮影地メキシコシティ、ゴールデン・グローブ賞2019(作品・脚本・監督)ノミネーション、第91回アカデミー外国語映画賞メキシコ代表作品、Netflixプレゼンツ作品(配信開始20181214日)

   

映画祭・映画賞:ベネチア映画祭2018金獅子賞SIGNIS賞受賞、テルライド映画祭にて北米プレミア、トロント映画祭観客賞受賞、サンセバスチャン映画祭、アトランタ映画批評家サークル賞(トップテンフィルム・外国語映画・監督・撮影)受賞、ワシントンDC映画批評家協会賞(作品・監督・撮影・外国語映画)受賞、ハリウッド映画賞(ヤリッツァ・アパリシオがニューハリウッド賞)、ニューヨーク映画批評家サークル賞(作品・監督・撮影)受賞、パームスプリングス映画祭、TIFF特別上映、他多数

 

キャスト

ヤリッツァ・アパリシオ(オアハカ出身の乳母クレオ・グティエレス)

マリナ・デ・タビラ(ソフィア夫人)

マルコ・グラフ(三男ペペ)

ダニエラ・デメサ(長女ソフィ)

ディエゴ・コルティナ・Autrey (長男トーニョ)

カルロス・ペラルタ(次男パコ)

ベロニカ・ガルシア(ソフィアの母テレサ夫人)

ナンシー・ガルシア・ガルシア(家政婦アデラ)

フェルナンド・グレディアガ(ソフィアの夫アントニオ氏)

ホルヘ・アントニオ・ゲレーロ(クレオの恋人フェルミン、ラモンの従兄弟)

アンディ・コルテス(使用人で運転手のイグナシオ)

ホせ・マヌエル・ゲレーロ・メンドサ(アデラの恋人ラモン)

エノック・レアニョ(政治家)

ラテン・ラヴァー(武術の先生ソベック)

ホセ・ルイス・ロペス・ゴメス(小児科医)

サレラ・リスベス・チノジャ・アレジャノ(ベレス産婦人科医)

パメラ・トレド(クレオの代役)

他、飼い犬ボラスなど

 

ストーリー:政治的混迷に揺れる1970年、メキシコシティのローマ地区に暮らす、ある裕福な医師家族の1年間が若い乳母クレオ――下層階級、先住民、女性という三重の社会的経済的圧力のなかで生きている――の視点を通して語られる。ローマ地区は中産階級が多く住んでおり、コミュニティの名前がタイトルになった。キュアロン映画に特徴的なテーマ、寛容、愛、感謝、孤独、別離、裏切り、移動、そして希望も語られるだろう。監督自身の記憶に基づく半自叙伝的な家族史であるが、同時にメキシコ現代史の一面が切りとられている。       (文責:管理人)

 

           政治的混迷を深める1970年初頭のメキシコを描く

 

A: 開けてびっくり玉手箱とばかり、配信開始を首を長くして待っておりました。待ってる間に雑音が入りすぎてしまいましたが、待っただけの甲斐がありました。モノクロ映画の新作を見るのは、パブロ・ベルヘルの『ブランカニエベス』以来でしょうか。

B:  残念なニュースが目立った2018年でしたが、年の瀬にささやかなクリスマス・プレゼントが贈られてきました。

A: 『オクジャ』でも感じたことですが、こういう映画こそ最初は劇場で見たかった。チケットがアッという間に完売になった東京国際映画祭で鑑賞できた人が羨ましいかぎりです。

 

B: 特に冒頭のクレジット部分の静謐さは、さぞかし大画面だったら素晴らしかったろうと思いますね。長編映画としては、キュアロンが初めてカメラを回した作品でもありました。

A: 短編では数多く撮影を手掛けています。デビュー作Sólo con tu pareja92『最も危険な愛し方』)以来、監督と二人三脚でカメラを回し続けているエマニュエル・ルベツキではなかった。モノクロで撮るには撮影期間が短すぎてスケジュールが合わなかったということでしたが、他にも事情があるらしい。前作の『ゼロ・グラビティ』13)では、キュアロンが監督賞、ルベツキが撮影賞と両人ともオスカー像を手に、トータルで7個のオスカー像をゲットした。結果的にはキュアロンで良かったのではないか。

 

B: 前作からだと5年のブランクがありますが、大成功の後の次回作は、どの監督にとっても厳しい。

A: 監督によると、成功のあと、大きな製作会社からより多くの資金、大物スターのラインナップでオファーを受けたが、受けるべきではない考えた。ROMAが彼を待っていたからでした。

B: 賞は素晴らしいがそれなりの副作用がありますね。今度は故国メキシコに戻り、自分の記憶にある子供時代をスペイン語とミシュテカ語で、更にはモノクロで撮ると決めていた。

 

         ミシュテカ生れの乳母リボに捧げられた『ROMA/ローマ』

 

A: ROMA/ローマ』は、生後9ヵ月のときから監督乳母であったリボリボリア・ロドリゲスに捧げられています。本作は自分の人格形成に最も寄与してくれた女性の一人、体を張って育ててくれたリボへの謂わばラブレターです。メキシコでもっとも貧しいと言われるオアハカ州の先住民ミシュテカ出身、母語はミシュテカ語です。

B:  ヤリッツァ・アパリシオが演じたクレオ・グティエレスのモデルというか分身です。劇中では同じ先住民の家政婦アデラとミシュテカ語で喋っていた。アパリシオ自身も村を出て、クレオの役を射止めてデビューしたということです。

 

A: アデラはクレオ同様使用人ですが、主に料理を担当する家政婦です。ブルジョア階級の家庭は必ず乳母nanaを雇っている。乳母というのは、掃除洗濯のような家事一般の他、笑顔を絶やさずに子供たちを躾け、忍耐強く世話をする、もう一人のママ、家じゅうで一番早く起き、一番最後に寝る人です。欧米の家政婦メイドとは違うのです。

B: クレオは家の戸締り、消灯をして最後に自室に戻っていた。まだ小さい末っ子のペペには母親より大事な人みたいで「クレオが大好き」を連発していた。

 

     

            (幼稚園の帰り道、ランランのペペとクレオ)

  

    

  (今「死んでるもん」とペペ、「死んでるのもイイね」とクレオ、印象深い洗濯場のシーン)

 

A: ミシュテカの子守歌を歌ってソフィを寝かしつけていたのもクレオでした。彼女は下層階級出身の先住民女性という三重の差別を受けている。女性であることがそもそも差別の対象なのです。マリナ・デ・タビラが扮した雇い主のソフィア夫人も、後ろ盾となっていた夫に捨てられたことで侮辱的なセクハラを受ける。

B: 男性の不実は許されている。上層階級の女性であるソフィア奥様も夫あっての存在でしかない。現代も半世紀前の1970年も大して変わっていないかもしれない。

 

     

(テレビを楽しむ最後の家族団欒シーン、翌日父親が家を去るのを知らない子供たち)

 

      

       (走り去る夫アントニオの車を怒りを込めて睨むソフィア)

 

A: 貧しさに圧しつぶされてパラミリタールに入ったクレオの恋人フェルミン、クレオの妊娠を知った途端手のひらを返すようにクレオを捨てる。無責任に貧富の差は関係ない。

B: クレオの妊娠を受け入れたソフィア夫人、女性が子供を授かることは自然とクレオを咎めない先住民女性の大らかさ、総じて女性たちの強さ、勇気、優しい団結が印象的でした。

A: 一人として堕胎を強要しない。望まぬ妊娠でも生まれてくる子供に罪はない。それだけにクレオが最後に発する言葉「生まれて欲しくなかったの」は衝撃的、クレオがどんな心境で大きなお腹を抱えて過ごしていたのかと想像すると、その辛さの大きさに涙を禁じえなかった。本作の凄さは映像よりも、観客が見落としてしまうような台詞の巧みさです。ソフィア夫人も最後には新たなチャレンジを子供たちに宣言、希望を抱かせるラストでした。

 

           

          (一番素晴らしかった海辺のシーンを使用したポスター)

 

B: 家族史だけでなく暴力が根幹にあるメキシコ社会についても映画は語っています。

A: マチスモ、不平等、偽善、パラミリタールという私設軍隊、特に1971610日に起きた「聖体の祝日の木曜日の虐殺」を、記憶に残る事件として監督は挙げている。日本で「血の木曜日事件」といわれる反政府デモを軍隊が弾圧した事件、次回に回します。

  

ダニエル・サンチェス・アレバロの新作「Diecisiete」はNetflixオリジナル作品2018年10月29日 16:17

           6年間の沈黙を破って映画に戻ってきた!

 

9月半ばカンタブリアでクランクインしたダニエル・サンチェス・アレバロの新作Diecisieteは、スペイン映画としては「Netflixオリジナル作品」4作目になるそうです。1作目は既に配信されているロヘル・グアル7年間』16)、2作目がボルハ・コベアガ『となりのテロリスト』17)、3作目がイサベル・コイシェElisa y Marcela2019年にリリースされる由。コイシェ監督の新作は、1901年スペインで初めて同性婚をしたレスビアン・カップル、エリサ・サンチェスとマルセラ・ガルシアの実話を素材にしている。

Elisa y Marcela」の紹介記事は、コチラ20180208

 

Diecisiete」はまだクランクインしたばかりですが、ストーリーはほぼ固まっているようです。17歳になるエクトル(ビエル・モントロ)が少年センターに入所して2年が経つ。非社交的で他人と関係が結べないエクトルは、動物を利用しての社会復帰のセラピーを受けることになる。そこで彼と同じように内気で不愛想な羊という意味のオベハという牝犬と出会い、変わらぬ繋がりをもてるようになる。しかし数ヵ月後オベハは姿を消す、それは飼い主が見つかったからだ。エクトルはこの現実を受け入れることができない。あと2ヵ月で入所期間が終わるというときオベハを探しにセンターを抜け出す。連絡を受けたエクトルの法廷後見人である兄イスマイル(ナチョ・サンチェス)は、祖母の古い老人施設に潜んでいたエクトルを見つけ出す。しかしオベハと一緒でなければセンターに戻ることを承知しないエクトル、連れ帰らなければならないイスマイル、兄弟は困難に直面する。後2日経つとエクトルは18歳になってしまう、もう少年ではいられない・・・。

 

    

  (サンチェス・アレバロ監督、ビエル・モントロ、ナチョ・サンチェス、カンタブリアで)

 

        

            (ビエル・モントロに演技指導をする監督)

 

★ダニエル・サンチェス・アレバロ映画には欠かせない、アントニオ・デ・ラ・トーレキム・グティエレスラウル・アレバロなどの常連の姿はない。兄役ナチョ・サンチェスは、今年のマックス・シアター賞受賞者だが長編映画出演は初めて。ネットフリックス配信のTVシリーズ『海のカテドラル』7話)に罪人役で出演しているようだ。弟役ビエル・モントロマルティン・オダラ『黒い雪』(アルゼンチン=スペイン合作、17Netflix配信)でスバラグリアの若い頃を演じている。なんだかNetflixの宣伝をしているような気分になってきた。

 

     

       (ナチョ・サンチェス、第21回マックス・シアター賞の授賞式にて)

 

ダニエル・サンチェス・アレバロ(マドリード、1970)は、2006『漆黒のような深い青』でデビュー、翌年のゴヤ賞新人監督賞を受賞した。本作は「ラテンビート2007」で上映され、監督も来日した。2009年、主役のデ・ラ・トーレを30キロほど太らせて撮った『デブたち』2011年、コミージャスを舞台に大人になりきれない3人の従兄弟たちの一夏を描いたコメディ『マルティナの住む街』と話題作が立て続けに上映された。しかし2013La gran familia españolaを最後に沈黙してしまった。何をしていたのかというと小説を執筆していた。La isla de Alice2015年刊)というタイトルの小説は第64回プラネタ賞の最終選考まで残ったスリラー物、間もなくアメリカでも翻訳書が刊行される。いずれ映画化も視野に入っているようです。小説も悪くないけど、やっぱり映画を撮らなくちゃ。

 

   

  (8万部を売ったという「La isla de Alice」を手にしたサンチェス・アレバロ)

 

★「前進するには一歩後退が必要、原点に戻って撮りたい」と監督。製作はホセ・アントニオ・フェレスのAtipica FilmsNetflixオリジナル作品、2019年配信。

追記:邦題『SEVENTEEN セブンティーン』で2019年10月18日配信開始

 

『日曜日の憂鬱』 ラモン・サラサールの新作*ネットフリックス2018年06月21日 12:37

            母と娘の対決はスシ・サンチェスとバルバラ・レニーの女優対決

 

     

★ベルリン映画祭2018「パノラマ」部門に正式出品されたラモン・サラサールの第4作目La enfermedad del domingo(「Sunday's Illness」)が、『日曜日の憂鬱』という若干ズレた邦題で資金を提供したネットフリックスに登場いたしました。三大映画祭のうち大カンヌは別として、ベルリナーレやベネチアはNetflixを排除していません。観て元気がでる映画ではありませんが、デビュー作『靴に恋して』同様シネマニア向きです。母娘に扮したスシ・サンチェスバルバラ・レニーの女優対決映画でしょうか。以下に既に紹介しているデータを再構成してアップしておきます。

La enfermedad del domingo」の内容、監督キャリア紹介記事は、コチラ20180222

 

La enfermedad del domingo(「Sunday's Illness」)

製作:Zeta Cinema / ON Cinema / ICEC(文化事業カタルーニャ協会)/

     ICOInstituto de Credito Oficial/ICAA / TVE / TV3 / Netflix

監督・脚本:ラモン・サラサール

撮影:リカルド・デ・グラシア

音楽:ニコ・カサル

編集:テレサ・フォント

キャスティング:アナ・サインス・トラパガ、パトリシア・アルバレス・デ・ミランダ

衣装デザイン:クララ・ビルバオ

特殊効果:エンリク・マシプ

視覚効果:イニャキ・ビルバオ、ビクトル・パラシオス・ロペス、パブロ・ロマン、

     クーロ・ムニョス、他

製作者:ラファエル・ロペス・マンサナラ(エグゼクティブ)、フランシスコ・ラモス

 

データ:製作国スペイン、スペイン語・フランス語、2018年、113分、ドラマ、撮影地バルセロナ、ベルリン映画祭2018パノラマ部門上映220日、ナント・スペイン映画祭フリオ・ベルネ賞、観客賞受賞、スペイン公開223日、Netflix本邦放映 6

 

キャスト:バルバラ・レニー(キアラ)、スシ・サンチェス(母アナベル)、ミゲル・アンヘル・ソラ(アナベルの夫ベルナベ)、グレタ・フェルナンデス(ベルナベの娘グレタ)、フレッド・アデニス(トビアス)、ブルナ・ゴンサレス(少女時代のキアラ)、リシャール・ボーランジェ(アナベルの先夫マチュー)、デイビット・カメノス(若いときのマチュー)、Abdelatif Hwidar(町の青年)、マヌエル・カスティーリョ、カルラ・リナレス、イバン・モラレス、ほか牝犬ナターシャ

   

プロット8歳のときに母親アナベルに捨てられたキアラの物語。35年後、キアラは変わった願い事をもって、今は実業家の妻となった母親のもとを訪れてくる。理由を明らかにしないまま、10日間だけ一緒に過ごしてほしいという。罪の意識を押し込めていたアナベルは、娘との関係修復ができるかもしれないと思って受け入れる。しかし、キアラには隠された重大な秘密があったのである。ある日曜日の午後、キアラに起こったことが、あたかも不治の病いのように人生を左右する。アナベルは決して元の自分に戻れない、彼女の人生でもっとも難しい決断に直面するだろう。長い不在の重み、無視されてきた存在の軽さ、地下を流れる水脈が突然湧き出すような罪の意識、決して消えることのない心の傷、生きることと死ぬことの意味が語られる。母娘は記憶している過去へと旅立つ。                              (文責:管理人)

 

          短編「El domingo」をベースにした許しと和解

 

A: 前回触れたように、2017年の短編El domingo12分)が本作のベースになっています。キアラと父親が森の中の湖にピクニックに出かける。しかしママは一緒に行かない。帰宅するとママの姿がない。キアラは窓辺に立ってママの帰りを待ち続ける。出演はキアラの少女時代を演じたブルナ・ゴンサレスと父親役のデイビット・カメノスの二人だけです。ブルナ=キアラが付けているイヤリングをバルバラ=キアラも付けて登場する。不服従で外さなかったのではなく理由があったのです。

B: 多分家出した母親が置いていったイヤリング、アナベルなら一目で我が娘とわかる。スタッフはすべて『日曜日の憂鬱』のメンバーが手掛けており、二人は本作ではキアラが母親に見せるスライドの中だけに登場する。母娘はそれぞれ記憶している過去へ遡っていく。後述するがリカルド・デ・グラシアのカメラは注目に値する。

 

    

 (キアラが規則を無視して外さなかったイヤリングを付けた少女キアラ、短編El domingo

 

A: キアラの奇妙な要求「10日間一緒に過ごすこと」の謎は、半ばあたりから観客も気づく。お金は要らないと言うわけですから最初からうすうす気づくのですが、自分の予想を認めたくない。

B: 観客は辛さから逃げながら見ている。しかし、具体的には最後の瞬間まで分かりません。許しと和解は避けがたく用意されているのですが、歩み寄るには或る残酷な決断が必要なのです。

 

A: 二人の女優対決映画と先述しましたが、実際に母娘を演じたスシ・サンチェスバルバラ・レニーの一騎打ちでした。ほかはその他大勢と言っていい(笑)。来年2月のゴヤ賞ノミネーションが視野に入ってきました。

B: 「その他大勢」の一人、霊園で働いている飾り気のない、キアラの数少ない理解者として登場するトビアス役のフレッド・アデニスが好印象を残した。

  

    

 (撮影合間に談笑する、フレッド・アデニスとバルバラ・レニー、キアラの愛犬ナターシャ)

 

A: アデニスとベルナベの娘役グレタ・フェルナンデスは、イサキ・ラクエスタ&イサ・カンポの『記憶の行方』(「La próxima piel16Netflix)に出演している。二人ともカタルーニャ語ができることもあってバルセロナ派の監督に起用されている。グレタはセスク・ゲイの「Ficció」で長編デビュー、『しあわせな人生の選択』(「Truman)にもチョイ役で出演していた。

 

      

       (義母の過去を初めて聞かされるグレタ、グレタ・フェルナンデス)

 

B: フェルナンド・E・ソラナス作品やカルロス・サウラの『タンゴ』(98)などに出演したミゲル・アンヘル・ソラが、アナベルの現在の夫役で渋い演技を見せている。

A: アルゼンチン出身ですがスペイン映画の出演も多い。アルゼンチンの有名な映画賞マルティン・フィエロ賞を2回受賞しているほか、舞台でも活躍している実力者。フランスからアナベルの先夫マチュー役にリシャール・ボーランジェを起用、キャスト陣は国際色豊かです。

 

B: 本作と『記憶の行方』の導入部分は似てますね。ツララが融けていくシーンが音楽なしで延々と流れる。両作とも全体に音楽が控えめなぶん映像に集中することになる。

A: 音楽については後述するとして、マラガ映画祭2016の監督賞受賞作品です。カタルーニャ語映画でオリジナル題は「La propera pell」、作家性の強い、結末が予測できないスリラーでした。こちらもピレネーを挟んだスペインとフランスが舞台でした。

 

        「あまりに多くのことを求めすぎた」ことへの代償

 

B: ストーリーに戻ると、冒頭のシーンはピレネーの山間らしく樹間に湖が見える。映像は写真のように動かず無音である。祠のような大穴のある樹幹が何かを象徴するかのように立っている。若い女性が現れ穴の奥を覗く、これが主役の一人キアラであることが間もなく分かる。

A: この穴は伏線になっていて、後に母親アナベラの夢の中に現れる。湖も何回か現れ、謎解きの鍵であることが暗示される。シーンは変わって鏡に囲まれたきらびやかな豪邸の広間を流行のドレスを身に纏った女性がこちらに向かって闊歩してくる。ハイヒールの留め金が外れたのか突然転びそうになる。伏線、悪夢、鏡、悪い予感など、不穏な幕開けです。

 

       

            (樹幹の大きい穴を覗き込むキアラ)

 

B: 冒頭で二人の女性の生き方が対照的に描かれるが、最初はことさら不愛想に、無関心や冷淡さが支配している。なぜ母親は娘を置いて失踪したのか、なぜ娘は風変わりな願いを携えて、35年ぶりに唐突に母親に会いに来たのか、娘はどこに住んでいるのか、謎のまま映画は進行する。

A: 復讐か和解か、キアラの敵意のある眼差しは、時には優しさにあふれ、陰と陽が交互にやってくる。謎を秘めたまま不安定に揺れ動く娘、罪の意識を引きずってはいるが早く合理的に解決したい母、歩み寄るには何が必要か模索する。日曜日の午後、派手な化粧をして出ていったまま戻ってこない。それ以来、娘は窓辺に立って母を待ち続ける。娘にとって母の長い不在の重さは、打ち捨てられた存在の軽さに繋がる。

 

B: 母親が消えた8歳から溜め込んできた怒りが「お母さんにとって私は存在しない」というセリフになってほとばしる。「木登りが大好きだった」という娘のセリフから、帰宅する母親を遠くからでも見つけられるという思いが伝わってくる。ウソをつくことが精神安定剤だった。

A: アナベラは母よりも女性を優先させた。キアラが死んだことにしたマチューとの邂逅シーンで「あまりに多くのことを求めすぎた」と語ることになる。二人の青春は1960年代末、先の見えないベトナム戦争にアメリカのみならず世界の若者が反旗を翻し、大人の権威が否定された時代でした。

 

B: アナベラもマチューも辛い記憶を封印して生きてきた。「遠ざけないと生きるのに邪魔になる思い出がある」と、今は再婚してパリで暮らしているマチュー。

A: 記憶はどこかに押し込められているだけで消えてしまったわけではない。しかし辛い過去の思い出も作り直すことはできる。楽しかった子供の頃のフィルムを切り貼りして、別の物語を作ってキアラは生きてきた。

 

         

     (光の当て方が美しかった、スライドを見ながら過去の自分と向き合う母娘)

 

B: 全体的に音楽が入るシーンは少なく、だからアナベラがママ・キャスのバラード「私の小さな夢」の曲に合わせて踊るシーンにはっとする。外にいると思っていたキアラが部屋の隅にいて、踊っている母を見詰めて笑っている。そして「楽しそうでよかった」というセリフが入る。

A: 緊張が一瞬ほどけるシーン、「私の小さな夢」は1968年発売のヒット曲、アナベラの青春はこの時代だったわけです。ママ・キャスは絶頂期の32歳のとき心臓発作で亡くなったが、父親を明かさない娘がいたことも話題になった。時代設定のためだけに選曲したのではなさそうです。

 

B: 1968年当時、アナベラがマチューと暮らしていただろうフランスでは、怒れる若者が起こした「五月革命」が吹き荒れた時代でもあった。キアラが母親を連れ帰った家は、ピレネー山脈の山間の村のようです。今はキアラが愛犬のナターシャと住んでいるが、35年前は親子三人で暮らしていた。

A: フランス側のバスクでしょうか。「ラ・ロッシュの先は迷うから危険」という村人のセリフから、レジオン的にはヌーヴェル=アキテーヌ地域圏かなと思います。実際そこで撮影したかどうか分かりませんし、この地名に何か意味があるのかどうかも分かりません。

 

          キアラは「キアラ・マストロヤンニ」から取られた名前

 

B: キアラというイタリアの名前を付けた理由は「イタリアのナントカという苗字は忘れたが、その俳優の娘から取った」とアナベル。それでマルチェロ・マストロヤンニとカトリーヌ・ドヌーヴの娘キアラ・マストロヤンニから取られたと分かる。

A: フランスの女優キアラ・マストロヤンニのこと。二人の初顔合せはフェリーニの『ひきしお』(71)で、正式には結婚しませんでしたが、娘は1972年生れです。ですからキアラ誕生はそれ以降となり、現在は2016年頃の設定になっているようです。多分マチューとアナベルも籍は入れなかった設定でしょうね。アナベルが消えてしまう一つの理由が映画をやりたいからでした。

 

B: 残された娘はやれ切れない。情緒不安定、起伏の激しい人格を演じるのにバルバラ・レニーは適役です。非日常的な雰囲気をつくるのが得意です。

A: スシ・サンチェスは、もっと上背があると思っていましたが、意外でした。バルセロナの豪邸では大柄に見えましたが、だんだん小さくなっていくように見えた。その落差が印象的でした。来年の話で早すぎますすが、二人ともゴヤ賞2019女優賞ノミネートは確実ですね。

 

     

                        (自宅の客間を闊歩するアナベル)

 

B: ゴヤ賞ついでに撮影監督リカルド・デ・グラシア1972年、マドリード)について触れると、こちらもゴヤ賞ノミネートは間違いないのではないか。心に残るシーンが多かった。

A: サラサール監督の第2作、コメディ・ミュージカル20 centimetros、第310.000 noches en ninguna parteほか、本作のベースになった短編El domingoも手掛けています。ほかの監督では、アレックス・ピナの「KAMIKAZE」(14)、IMDbによればTVシリーズでも活躍している。

                

   (山の斜面を急降下するアナベルとキアラ)

    

B: 冒頭のシーンから惹きつけられます。特に後半、母に抱かれたキアラが雪の積もった山の斜面に敷かれたレールを急降下してくるシーン、ジェットコースターに乗れない人は汗が出る。前方にカメラを積んで撮影したようです。

A: 夜の遊園地で回転木馬がゆっくり回る光のシーン、二人でスライドを見るシーン、最後の静謐な湖のシーン。ただ美しいだけでなく、カメラの目は二人の女優の演技を引き立たせようと周到に向けられている。総じて会話が少ない本作では、俳優の目の演技が要求されるからカメラの果たす役目は大きい。

B: 映像美という言葉では括れない。カメラが映画の質を高めていると感じました。

 

      

       (撮影中のサラサール監督と撮影監督リカルド・デ・グラシア)

 

 

  主要キャスト紹介     

バルバラ・レニーは、『マジカル・ガール』(14、カルロス・ベルムト)以来日本に紹介された映画、例えば『インビジブル・ゲスト悪魔の証明』(16、オリオル・パウロ)、『家族のように』(17、ディエゴ・レルマン)と、問題を抱えこんだ女性役が多い。サラサール作品に初出演、本作で着るダサい衣装でもその美しさは際立つ。彼女の普段着、母親アナベルの豪華な衣装は、母娘の対照的な生き方を表している。

バルバラ・レニーのキャリア&フィルモグラフィー紹介は、コチラ2015年0327

 

    

         (35年ぶりに対面する母と娘、バルセロナの豪邸)

 

スシ・サンチェス1955、バレンシア)は、今まで脇役専門でトータル70作にも及ぶ。本作では8歳になる娘を残して自由になろうと過去を封印して別の人生を歩んでいる母親役に挑んだ。日本初登場は今は亡きビセンテ・アランダの『女王フアナ』(01、俳優組合賞助演女優賞ノミネート)のイサベル女王役か。他にもアランダの『カルメン』(04)、ベルリン映画祭2009金熊賞を受賞したクラウディア・リョサの『悲しみのミルク』(スペイン映画祭09)、ベニト・サンブラノの『スリーピング・ボイス~沈黙の叫び』(11)、アルモドバル作品では『私が、生きる肌』(11、俳優組合賞助演女優賞ノミネート)、『アイム・ソー・エキサイテッド!』(13)、『ジュリエッタ』など、セスク・ゲイの『しあわせな人生の選択』(16)でも脇役に徹していた。『日曜日の憂鬱』で主役に初挑戦、ほかにサラサール作品では、『靴に恋して』以下、「10.000 noches en ninguna parte」(12)でゴヤ賞助演女優賞にノミネートされた他、俳優組合賞助演女優賞を受賞した。TVシリーズは勿論のこと舞台女優としても活躍、演劇賞としては最高のマックス賞2014の助演女優賞を受賞している。

 

        

      (本当の願いを母に告げる娘、スシ・サンチェスとバルバラ・レニー)

 

 

  監督フィルモグラフィー

ラモン・サラサールRamón Salazarは、1973年マラガ生れの監督、脚本家、俳優。アンダルシア出身だがバルセロナでの仕事が多い。1999年に撮った短編Hongosが、短編映画祭として有名なアルカラ・デ・エナーレスとバルセロナ短編映画祭で観客賞を受賞した。長編デビュー作Piedrasがベルリン映画祭2002に正式出品され、ゴヤ賞2003新人監督賞にもノミネートされたことで、邦題『靴に恋して』として公開された。200520 centimetrosは、ロカルノ映画祭に正式出品、マラガ映画祭批評家賞、マイアミ・ゲイ&レスビアン映画祭スペシャル審査員賞などを受賞した。201310.000 noches en ninguna parteはセビーリャ(ヨーロッパ)映画祭でアセカン賞を受賞している。2017年の短編El domingo12分)、2018年のLa enfermedad del domingo」が『日曜日の憂鬱』の邦題でNetflixに登場した。