今年、2歳になります。2015年01月01日 20:51

2回目の新年を迎えることができました。ハイハイからヨチヨチ歩きと少しだけ前進しました。昨年はフェロス賞イベロアメリカ・プラチナ賞フェニックス賞と新しい映画賞が3個も新設されました(ポルトガル語を含む)。各国の映画アカデミーが選定するゴヤ賞、アリエル賞(メキシコ)、スール賞(アルゼンチン)の他、フォルケ賞、ガウディ賞を入れるとノミネーション紹介だけでお茶を濁さざるをえませんでした。加えて各映画祭、サンセバスチャン、マラガ、グアダラハラ、モレリア、ベルリン、カンヌ、モントリオール、トロント、ラテンビート、東京などの出品作品を入れると相当の数になります。

 

★そろそろガウディ賞、続いてゴヤ賞のノミネーションが発表になり、例年の傾向から、こちらも既にアップ済みの作品が選ばれる可能性が高いと思います。いずれにしても映画賞は同業者同士が選ぶわけですから、なかには「どうして?」と首を傾げるものがあっても致し方ありません。

 

★大きな映画祭で上映され海外で公開されても、スペイン公開が原則なので、ガベ・イバニェスのAutomata2014)のような映画は来年回しになります。年内に公開されると思っていましたが、言語が英語とか、スペインでの評価があまり芳しくなかったせいか、9月のサンセバスチャン映画祭、10月のシッチェス映画祭上映にもかかわらず、スペイン公開は123日にずれ込みました。しかし、主演のアントニオ・バンデラスがゴヤ賞2015栄誉賞を受賞します。

 


2015年は、スペイン製映画は25.5%を超えられないと前回書きましたが、一つ目はスピールバーグの『スター・ウォーズ 7話』、ダニエル・クレイグのジェームズ・ボンド「007シリーズ第24作」、クエンティン・タランティーノ、マーチン・スコセッシなどハリウッド映画の公開が予告されていること、二つ目にエミリオ・マルティネス≂ラサロの“Ocho apellidos vascos”のような映画が今年も現れるとは思えないことが理由です。では、今年公開予定のスペイン映画にはどんなのがあるのかは次回に。

 

そろそろ「美しく青きドナウ」が演奏される時刻になりました。

「明けましておめでとうございます」

*関連記事(管理人覚え)
フェロス賞:2014年12月23日
イベロアメリカ・プラチナ賞:2014年2月20日/3月18日/4月17日
フェニックス賞:2014年11月26日
アリエル賞:2014年6月5日
フォルケ賞:2013年12月29日/2014年12月22日
ガウディ賞:2014年1月9日/2月3日

 

ガボと映画、さよなら、ガルシア・マルケス2014年04月27日 08:25

★ガボはガブリエルの愛称だから世界にはごまんといるはずだが、ラテンアメリカでガボと言えばガルシア・マルケスとイコールです。三度の飯より権力が好きだったノーベル賞作家が旅立ちました。今年はオクタビオ・パスとフリオ・コルタサルの生誕100年の年、沢山の催し物を期待しておりますが、それにガボも加わることでしょう。

 


★未刊の中編小説En agosto nos vemos刊行の噂もあり(遺族の意向次第、未完なのかもしれない)、しばらく話題提供が続きますね。28年間欠かさず816日に母親の墓参をしている女性の話、そこからタイトルがとられた。「また八月にお会いしましょう」という意味。今年のハバナ映画祭(12月)ではガルシア・マルケス特集が組まれるらしく、どんな作品が上映されるのか、アルフレッド・ゲバラも既に鬼籍入り、今度は盟友も後を追ってしまい、今後ハバナ映画祭は何処へ向かうのでしょうか。

 

★作家の映画脚本家としてのキャリアは長い。IMDbによれば51作品ありますが、短編、テレビやドキュメンタリーも含めており、それらを除いても30作を超えます。さらに原作、原案、セグメントだけだったりするから作家が全てにコミットしているわけではないようです。日本のデータでは発売中のDVDのリストはあっても全体を見渡せるものは(あるのかもしれないが)検索できなかった。以下はIMDbをたたき台にして管理人が作成したものです。劇場未公開ながら邦題を入れたのは原作のタイトルを借用しています(例:『わが悲しき娼婦たちの思い出』など)。また公開された映画については簡単に引き出せますからデータのみに致します。

 

       主なフィルモグラフィー

2011 Memoria de mis putas tristes(原作『わが悲しき娼婦たちの思い出』)

   これについては既にアップ済み、コチラ123)へ。

2011 Lecciones para un beso (共同脚本「キスのレッスン」)

   監督:フアン・パブロ・ブスタマンテ/コロンビア/撮影:カルタヘナ

2009 Del amor y otros demonios (原作『愛その他の悪霊について』)

   監督:イルダ・イダルゴ/コスタリカ・コロンビア

2007 Love in the Time of Cholera (原作『コレラの時代の愛』) 公開2008

   監督:マイク・ニューウェル/米国/言語:英語

2006 O Veneno da Madrugada (原作La mala hora『悪い時』)

   監督:ルイ・ゲーラ/ブラジル・アルゼンチン・ポルトガル/言語:ポルトガル語・西

撮影:ブエノスアイレス

2001 Los niños invisibles共同脚本『透明になった子供たち』
   セルバンテス文化センター上映

   監督・脚本:リサンドロ・ドゥケ・ナランホ/ベネズエラ・コロンビア/撮影:コロンビア

1999 El coronel no tiene quien le escriba (原作『大佐に手紙は来ない』)公開

   監督:アルトゥーロ・リプスティン/ 製作:ホルヘ・サンチェス他 /メキシコ・仏・西 

1996 Oedipo alcalde (共同脚本『コロンビアのオイディプス』
   「キューバ映画祭
2009」上映

   監督:ホルヘ・アリ・トリアナ/コロンビア・西・メキシコ・キューバ

1994 Eyes of a Blue Dog (原案『青い犬の目』)

   監督:表記なし/米国/言語:英語

1992 Mkholod sikvdili modis autsileblad (原作 英題“Only Death Is Bound to come”)

   監督:Marina Tsurtsumia /グルジア・ロシア 言語:グルジア語・ロシア語

1989 Milagro en Roma (脚本『ローマの奇跡』) 公開1991

   「愛の不条理シリーズ」より 監督:リサンドロ・ドゥケ・ナランホ/コロンビア・西

1989 Cartas del parque (脚本 / 原案『公園からの手紙』) 公開1991

   「愛の不条理シリーズ」より 監督:トマス・グティエレス・アレア/キューバ・西

1988 Un señor muy viejo con unas alas enormes 
   (共同脚本『大きな翼を持った老人』)

   「愛の不条理シリーズ」より 監督:フェルナンド・ビリ/キューバ・伊・西、公開1990

1988 Fábula de la Bella Palomera (脚本『美女と鶏の寓話』)

   「愛の不条理シリーズ」より 監督:ルイ・ゲーラ/ブラジル・西

1987 Cronaca di una morte annunciata (原作『予告された殺人の記録』)公開1988

   監督:フランチェスコ・ロージ/伊・仏、言語:イタリア語

1986 Tiempo de morir (脚本『死の時』/ダイアローグ:カルロス・フエンテス)

       監督:ホルヘ・アリ・トリアナ/コロンビア・キューバ 

1984 『さらば箱舟』(原作『百年の孤独』/ 脚本:監督・岸田理生) 公開1984

   監督:寺山修司 /日本/言語:日本語

1983 Eréndira (原作/ 脚本 『エレンディラ』) 公開1984

   監督:ルイ・ゲーラ/仏・メキシコ・西独 モノクロ

1979 El año de la peste (共同脚本:フアン・アルトゥーロ・ブレナン「ペストの年」)

   監督:フェリペ・カサルス /メキシコ /ダイアローグ:ホセ・アグスティン
      1980年アリエル賞(監督賞)・脚本賞受賞、同年メキシコ・ジャーナリスト・シネマ賞
   (銀賞)を受賞。ガルシア・マルケスが関わった映画では唯一の受賞作。

1979 María de mi corazón (脚本/原案「わが心のマリア」)

   監督・脚本:ハイメ・ウンベルト・エルモシーリョ /メキシコ

1979 a viuda de Montiel (原作『モンティエルの未亡人』)

   監督・脚本:ミゲル・リッテン/共同脚本:ホセ・アグスティン/メキシコ・コロンビア・ベネズエラ・キューバ / ジュラルディン・チャップリン主演

1975 Presagio 共同脚本「前兆」

   監督・脚本:ルイス・アルコリサ /メキシコ

1969 Patsy, mi amor (原案「愛しのパッツィー」)

   監督・脚本・ダイアローグ:マヌエル・ミチェレ/メキシコ/オフェリア・メディーナ主演

1968 4 contra el crimen (共同脚本:アルフレド・ルアノバ「犯罪に立ち向かう四人)

   監督:セルヒオ・ベハル /原案:フェルナンド・ガリアナ /メキシコ

1967 Juego peligroso (セグメント "HO"、他ルイス・アルコリサ、
   フェルナンド・ガリアナ)

   監督:ルイス・アルコリサ、アルトゥーロ・リプスティン /メキシコ/ 
   シルビア・ピナル主演

1966 Tiempo de morir (脚本『死の時』/ダイアローグ:カルロス・フエンテス)

   監督:アルトゥーロ・リプスティン/メキシコ/モノクロ 

1965 Amor amor amor (脚色/ セグメント "Lola de mi vida")

   監督:ベニト・アラスラキ、ミゲル・バルバチャノ=ポンセ他 /メキシコ

1965 En este pueblo no hay ladrones (原案『この村に泥棒はいない』)

   監督・脚本:アルベルト・イサーク/脚本:エミリオ・ガルシア・リエラ他 /メキシコ
   /モノクロ

1965 Lola de mi vida (脚色 / 脚本『愛しのローラ』)

   監督:ミゲル・バルバチャノ=ポンセ /メキシコ

1964 El gallo de oro (共同脚本『黄金の雄鶏』 原案:フアン・ルルフォ)

   監督・脚本:ロベルト・ガバルドン / 共同脚本:カルロス・フエンテス

1954 La langosta azul (共同監督、脚本、短編)

   短編は除外しましたが、本作は唯一の監督作品ということでリストに入れました。

 

    El gallo de oro1964)は、後にアルトゥーロ・リプスティンがEl imperio de la fortunaのタイトルで同じフアン・ルルフォの短編を原案にして撮っています。スタッフ、キャスト陣も別で、「メキシコ映画祭1997」上映の邦題は『黄金の鶏』、未公開です。

 

(写真:イグナシオ・ロペス・タルソとルチャ・ビリャ)

    1965年の『この村に泥棒はいない』では、作家はリストで分かるように原案だけで脚色にはタッチしていません。1965年の第1回長編実験映画コンクール(メキシコ)で2等に選ばれた。本作には監督以下、ルイス・ブニュエルが司祭役、フアン・ルルフォとアベル・ケサダがドミノ遊びに興じていたり、画家のホセ・ルイス・クエバスがビリヤードをやっていたり、作家本人も映画館のモギリ役で出演しています。友情出演というか映画作りに参加することが魅力的な時代でした。

 

    1966年と1986年の “Tiempo de morir” は、監督やキャストは異なりますが、脚本・ダイアローグは同じです。前者はリプスティンのデビュー作で、まだ20代の駆け出し監督でした(1943生れ)。メキシコ・シネマ・ジャーナリスト賞を受賞した。後者はホルヘ・アリ・トリアナがリメイクした。写真はダイアローグを担当したカルロス・フエンテスとガボ。

 


    寺山修司の最後の長編映画『さらば箱舟』は、2年前の1982年に完成していたが、ガルシア・マルケス側からのクレームで延期されていた。山崎勉、原田芳雄、小川真由美他。

 


    『予告された殺人の記録』の原作は、マルケスの中編では最高傑作でしょうね。しかし映画のほうはコロンビアの地元では頗る評判が悪い。それには一理あって、映画では大胆に語り手を変えている。語り手と母親の関係がなくなり30年間の空白ができているのが問題です。従って内の視点がなし崩しになり、原作とはイメージが異なってしまった。これはあくまでヴィスコンティのもとで長らく助監督をしていたイタリア人監督のイタリア映画と考えることです。1972年のカンヌ国際映画祭でグランプリに輝いた『黒い砂漠』の脚本を共同執筆したのが、本作と同じトニーノ・グエッラでした。グエッラと言えばシネフィルには神様みたいな脚本家、デ・シーカ、アントニオーニ、タルコフスキー、テオ・アンゲロプロスなど世界の名だたる巨匠とタッグを組んで名作を送り出した巨人である。撮影監督もパスカリーノ・デ・サンティス(ロベール・ブレッソンの遺作『ラルジャン』1983)と申し分なし。うがった見方をするならば、語り手を変えることで原作者との接触を避けたかったのではないか。実際、原作者のロケ地訪問(モンポス、カルタヘナ)を断っている。ロージの専属俳優ともいえる名優ジャン・マリア・ボロンテ、ルパート・エヴェレット、オルネラ・ムーティ、イレーネ・パパスとキャスト陣も豪華です。


 ★   
1996年の『コロンビアのオイディプス』は、「キューバ映画祭2009」で上映された作品(キ  ューバ映画と言えるかどうか)。ホルヘ・アリ・トリアナは、前述したリメイク版『死の時』も監督している。プロデューサーはホルヘ・サンチェス(『愛しのトム・ミックス』、『大佐に手紙は来ない』、『バスを待ちながら』)、撮影監督はロドリーゴ・プリエト、当時は新人でしたが、以後『アモーレス・ぺロス』、『フリーダ』、『バベル』、『抱擁のかけら』、『ラスト、コーション』では第64回ベネチア映画祭で撮影監督に与えられる金のオゼッラ賞を受賞している。本作でもその後の活躍を予感させるスマートでドラマティックなプラグマティズムなカメラ・ワークが話題になりました。ロケ地はコロンビア。

キャスト:ホルヘ・ペルゴリア(オイディプス)、アンヘラ・モリーナ(イオカステ)、パコ・ラバル(テイレシアース)、ハイロ・カマルゴ(クレオーン)、ホルヘ・マルティネス・デ・オジョス(司祭)

マルケスは、ソポクレスの悲劇『オイディプス・ティラーノス()』(BC 5世紀)をベーシックにして、そこから横道にさまよい出ていきます。知らずに犯してしまう禁忌タブーの近親相姦があること、神託で決められた運命は変えられないがテーマ。

オイディプスの名前は、「腫れた足」から来ている。籐の杖をついて歩く、それは神託によって捨てられ山中に鎖で繋がれていたからである。最後のシーンに繋がっていく。

(写真はペルゴリアとモリーナ)

 


ホルヘ・アリ・トリアナ監督、19424月4日、コロンビアのトリマ生れ。監督・製作・俳優・脚本家。代表作:リメイク版Tiempo de morir 「死の時」(1986)。Bolivar soy yo! 「ボリバルは私だ」(2002、脚本・製作)、Esto huele mal 「変な臭いがする」(2007、製作)、舞台監督:「純真なエレンディラ」、「予告された殺人の記録」、「山羊の祝宴」など。

 

    『大佐に手紙は来ない』は、サンダンス映画祭2000ラテンアメリカ・シネマ賞受賞、カンヌ映画祭1999正式出品、ゴヤ賞2000脚色ノミネート(パス・アリシア・ガルシアディエゴ、リプスティンの妻)。製作費約300万ドル。東京国際映画祭1999で上映(2004年公開は未確認)。大佐にメキシコの大物俳優フェルナンド・ルハン、その妻役ローラにスペインの大女優マリサ・パレデス、喧嘩で殺された一人息子の恋人フリアに人気急上昇中のサルマ・ハエック、ダニエル・ヒメネス・カチョなどが出演して話題になった。(写真は靴下の穴かがりをするローラと大佐)


    『透明になった子供たち』は、セルバンテス文化センター「土曜映画上映会」(20099月)で上映された。ボゴタ映画祭2001ベスト・コロンビア・フィルム賞、カルタヘナ映画祭2002作品賞他を受賞している。ジャンルはコメディ、多分未公開。

 


ストーリーは、大好きなマルタ・セシリアに透明になって近づきたいラファエル少年と仲間の友人2人のちょっとこわい冒険談。黒魔術を使って透明になろうと奔走する
3人は、恐怖を乗りこえ、道徳にも反して、ニワトリの臓物、ネコの心臓を手に入れようとする。本当に透明になれるのでしょうか。活気にあふれた1950年代のコロンビアの小村の風物(ドミノに興じる男たち、マルケスの小説によく登場する理髪店)、世界ミス・コンテストを導入されたばかりのテレビで見る庶民など、半世紀ほどタイムスリップして楽しむことができる。透明になってしまう語り手のラストシーンがお茶目です。(写真:左がラファエル)

 

『タパス』 Tapas ④2013年09月08日 18:06

*スタッフ&キャスト紹介*


★ホセ・コルバチョ
Jose Corbacho1965年バルセロナ生れ、監督・脚本家・製作者・俳優。俳優歴が長く、2006年に自身が新人監督賞を受賞したゴヤ賞授賞式以来、毎年プレゼンターとして登場している。他にサン・ジョルディ映画祭の司会者もしている。スペインでは監督より辛辣なジョークを飛ばすボードビリアンとしてファンが多い。

2作“Cobardes(2008)をフアン・クルスと共同で監督と脚本を手掛けた。ラケルの店の買い物客アナ・バラチナAnna Barrachina2004年結婚。

 

フアン・クルスJuan Crus1966年バルセロナ生れ。コルバチョの親友。監督・脚本家・製作者・俳優。脚本家としてのキャリアが長く、現在はテレビ・シリーズを執筆している。        

 

★マリア・ガリアナMaria Gariana(ドーニャ・コンチ):1935年セビリャ生れ。ベニト・サンブラノ『ローサのぬくもり』(1999)に詳しい紹介が載っている。その後の活躍は、なんといっても2001年から始まった“Cuentame”という長寿連ドラの祖母役に止めを刺します。フランコ時代、マドリードで暮らすある家族の日常が語られる現代史ドラマ。映画はアドルフォ・アリスタラインの『ローマ』(2004、ラテンビート2005)以外未紹介。エルビラ・ミンゲスと共演したフアン・カルロス・ファルコンの“La caja(06)、ホセ・ルイス・ガルシア“Maria querida(04)などに出演している。

 

★アルベルト・デ・メンドサ Alberto de Mendoza(ドン・マリアノ):1930年ブエノスアイレス生れ、20111288歳でマドリードで死去。5歳のときに孤児となりマドリードにいる祖母に育てられる。1939年市民戦争終結後アルゼンチンに戻る。1960年再びスペインへ。両国を行ったり来たりの映画人生を送った。1958年“El jefe”、1982年“El infierno tan temido”でアルゼンチンの最高賞「銀のコンドル」主演男優賞を2回受賞した。

 

★アンヘル・デ・アンドレス・ロペスAngel de Andres Ropez(ロロ): 1951年マドリード生れ。あの巨漢は脇役でも印象に残る。アルモドバルの『神経衰弱ぎりぎりの女たち』(1984)、ピラール・ミロの『愛の虜』(1996)、デ・ラ・イグレシアの『800発の銃弾』(02)など。最近はもっぱらテレビ出演が多い。

 

★アンパロ・モレノAmparo Moreno(ロサリア):1949年バルセロナ生れ。コルバチョと同郷。1971年デビュー、脇役なので本数は多い。マヌエル・ロンバルデロの“En brazos de la mujer madura(1997)、アントニオ・メルセロの“Y tu quien eres?(2007)など、テレビ出演も多い。

 

★エルビラ・ミンゲスElvira Minguez (ラケル): 1965年バジャドリード生れ。本作でゴヤ助演女優賞受賞。イマノル・ウリベの『時間切れの愛』(1994)でデビュー。翌年のゴヤ賞新人女優賞、スペイン俳優組合賞にノミネートされるという幸運な出発をした。リカルド・フランコの『エストレーリャ*星のまわりで』(1997)は「スペイン映画祭98」で上映された。『タパス』以後、フアン・カルロス・ファルコン“La caja(06)でムルシア映画祭「フランシスコ・ラバル賞」他、ダビド&トリスタン・ウジョア兄弟の“Pudor(07)でもマラガ映画祭「銀のジャスミン女優賞」他を受賞しており、その演技力には定評がある。最近はテレビ出演が多い。

 

★ルベ()ン・オチャンディア()Ruben Ochandiano (セサル): 1980年マドリード生れ。名前の表記がさまざまでしたがアルモドバルの『抱擁のかけら』(09)でやっと定着した。オチャンディアノの日本初登場は、シネフィルが放映したイシアル・ボジャインの『花嫁の来た村』(1999)ですが、脇役だったのでカタカナ表記はありませんでした。ダニエル・カルパルソルの『非情戦闘区域』(0203DVD)では、ルベン・オカンディアノ、フェリックス・サブロソの『チル・アウト!』(0308DVD)でルーベン・オカンディアノと間違った場所に長音がはいり、次のマヌエル・ロンバルデロの『抱かれる女』(0708DVD)が踏襲、アルモドバルでクレームがついて訂正されました。長音の有無は個人的には好みと考えています。『抱擁のかけら』カタログに詳しい紹介が載っています。その後公開された最新作がイニャリトゥの『ビューティフル』(10)と大分前の映画です。モンチョ・アルメンダリスの“No tengas miedo(11)を含めて3作出演のほかテレドラが多いようです。英仏伊にカタルーニャ語もでき、短期間ながらパリに語学留学をした勉強家。好きな監督はウディ・アレン、タランティーノ、ハネケ、フィンチャー、ガレル等、好きな映画『イヴの総て』、『パルプ・フィクション』、男優ではフィリップ・シーモア・ホフマン、ルイ・ガレル、女優メリル・ストリープ、同世代ではヒース・レジャーだった、とどこまで行ってもスペインは出てこない()

 

★ダリオ・パソDario Paso : 1979年マドリード生れ。テレビ出身、俳優、監督・脚本と幅広い活躍をしている。祖父の代からの映画一家、祖父は脚本家、両親は俳優、従兄弟のラモン・パソは脚本家である。ショートながら既に4本撮っている。日本初登場は多分『トレンテ1』(1998)、他に“Mensaka(98)、シリーズのテレドラ出演が多い。

 

★アルベルト・ジョー・リーArberto Jo Lee(マオ):1979年バルセロナ生れ。本作でデビュー。ナチョ・ガルシア・ベリジャの『シェフズ・スペシャル』(08)に出演。これは「東京国際レズ&ゲイ映画祭2009」で上映された。

 

*特別出演*

★ロサリオ・パルドRosario Pardo(カルメラ役):アンダルシアのハエン生れ。マヌエル・ゴメス・ペレイラのコメディ『電話でアモーレ』(1995)、アレックス・デ・ラ・イグレシアの“Crimen ferpecto(2004)TVシリーズ“Cuentame(2001~)、“Doctor Mateo(2009~)などテレビ出演が多い。

 

★フェラン・アドリアFerran Adria1962年バルセロナ生れ。エル・ブジ(ブリ)の人気シェフだった。現在レストランは2013年まで休店。コルバチョと同郷の誼みで特別友情出演した。マオがテレビ料理番組“Bienvenidos al Show Cooking de Ferran Adria”を見ながらカタルーニャ料理を作るシーンに出ていた。テレビ、ドキュメンタリー出演は俳優より多い。ヘスス・マリア・サントスのドキュメンタリー『ペルー・サベ』(12)に出演、ラテンビート2012で上映された。

 

★エドゥアルド・ブランコEduardo Blanco(エドガルド):1958年ブエノスアイレス生れ。フアン・ホセ・カンパネラの“El hijo de la novia(2001)、“Luna de Avellaneda(04)、ギジェルモ&ホルヘ・センペレ共同監督の“Pajaros muertos(08)など、その独特の雰囲気はコメディ・ドラマに欠かせない。

『タパス』 Tapas ③2013年09月08日 18:01


  愛に選択肢はないはずだ

 

A: ラケルとセサル。後半の山場はセサルが22歳の誕生日をロロのバルで祝うことです。二人の年齢差は二回りくらいと思うが、ふとしたきっかけで始まった火遊びが思わぬ方向に走り出してしまう。仕掛け人はラケル、彼女にはそれなりの目的と意味があったはずだが、オテントウさまというか世間体を侮ってしまった。

B: ラケルの期待と後悔がごっちゃになった最初のデートは相当笑える。

A: 二人のモルモン教徒が出現したせいですよ。今でも実際に戸別訪問して入信勧誘をしてるのかしら。

                             

B: ラケルとエドガルド。チャットで始まった疑似恋愛が突然のエドガルド出現で・・・いちばん嘘っぽい()。愛に選択肢はないと思うけど、ヒョウタンから駒が二つも。ホンモノは一体どっちなんだい。

A: 最後に姿を現す風采の上がらない中年男エドガルドに安心しますが、フアン・ホセ・カンパネラのファンには始めのチャットのときからエドゥアルド・ブランコの顔がチラついて笑えます。

B: セサルが「ネットでは嘘がいくらでも書ける」とラケルをバカにすると、彼女は気分を害して黙り込む。世代間の溝は意外と深い、と感じさせるシーンです。

 

A: オポとセサル。オポは猥褻なセリフをポンポン繰りだして男性客にサービスするが、本当は一番心の優しい若者だと思う。人を見る目があり勘の鋭い人格になっている。

B: ラケルとデートすると聞いて「マジかよ」と驚く。「死ぬほどヤリたがっている。もうヒヨッコじゃないんだから、やるだけだ」と生意気にけしかける。

A: ブルース・リーがプリントしてあるTシャツしか着ないカンフー青年。仲介だけでなく自分もやるからお師匠さんの死の真相が気がかりである。夏のリゾート地ベニカッシンにくる外国からの女の子の品定めをまくしたてる。でもホントにやったのかい? 

B: ベニカッシンはバレンシアのカステリョン州に位置するリゾート地。2万人足らずの人口が夏場には3倍以上にもなるほど若者に人気がある。もっと余裕のあるラケルの年代はイビサ島やマジョルカ島に足を延ばす。

 

A: オポとコンチ。オポはセサルの22歳の誕生日を祝ったらベニカッシンに出発だ。スーパーの裏手で商品の搬入をしていたオポをコンチが訪ねてくる。「夏のバカンスはどこに行くの」とオポ。「そうね、わたしたちどこかに行くつもりよ」とコンチ。マリアノは家から一歩も出たくないはずだ。

B: オポの手にコナの小袋をねじ込むコンチ。オポは商品のワインを1本くすねて渡す。「マリアノにプレゼントだ」と。コンチの頬に軽くキスして「アディオス」という。

A: いつもはカタルーニャ語で「アデーウ」と言っていたのに。

 

         愛は植木鉢と同じ――ハッピーエンド?                     

 

B: マオとロロ。マオがセサルの誕生パーティの後片付けをしていると、マオの恋人がいつものように向かいの道路で待っている。「もう片付けはいいよ、そのままで。でもあんたのような名料理人がどうして中国からやってきたんだい?」

A:「愛のためですよ。愛は植木鉢と同じで、毎日水やりしないと枯れてしまう」とマオ。考えこむロロ。


B: 観客はマリアノがテラスに並んだ植木鉢に毎日水やりしていたことを思い出す。

A: そして場面展開、葉が萎れた植木鉢、食べ残しのテーブルに群がるハト、ナイトテーブルに転がっている空のモルヒネ、老夫婦はフレンチ・シャンパンで≪新しい門出≫を祝ったのだった。

 

★このコメディは単純な大団円とは言えない。愛と死の要素が絡まってかなりシリアスな内容です。ロロはマオにバルを任せ「ロサリア水やり」に出発した。娼婦のカルメラからも「今度は迎えに行かなくちゃ。時は金なり、善は急げ」とハッパを掛けられていた。マオは6ヵ月の契約を結び、ロロがバカンス中の8月は倍増しの給金が貰える。これはメデタシ、メデタシ。ラケルとセサルの恋はあっけなく終り、二人ともそれなりの代償を払った。ラケルはエドガルドと新しい一歩を踏み出せるか。傷心のセサルはオポとベニカッシンに≪ティラミス≫を食べに出掛けるだろう。こちらは半メデタシ。ハッピーエンドの定義は難しいが、マリアノとコンチはどうだろうか。

 

★コメディの私なりの定義は、予期しない展開の連続、隣人家族愛、宗教、ユーモアと涙、勇気と知恵、セックス、騙し合い、為政者のカリカチュア、落とせないのが人生讃歌でしょうか。ここにいう宗教は、ローマ法王を頂点とするヒエラルキー、カトリック教会批判を指します。本作にも教区司祭が出てきましたが真の批判の対象は高位聖職者たちです。彼らが常に権力と結びつき国民の抑圧に手を貸した長い歴史があるからです。

 

★スペインを含めて厳しい検閲の時期が長かったラテンアメリカ諸国には優れたコメディが多い。これは検閲逃れの手段として有効だからです。自国の文化が最高と自負しているフランスのコメディには、自国以外の文化を笑いのタネにする傾向があってゲンナリすることがあります。この程度のエスプリで笑ってもらえると思っているのかというフレンチ・コメディを最近見たばかりです。しかし『タパス』ではアジアの代表者マオの勤勉さ、アタマの回転の良さ、深い知恵が勝利するから、終わってみれば不快感は残らない。

 

★またコメディには時代を反映するセレブや人気スポーツマン(スペインではサッカー選手)、過去の映画(たいていハリウッド)がポンポン飛び出します。オマージュだったり時には皮肉だったり、本作にも出てきました。

 

★コメディでは、怪しげな合いの手、語呂合わせのタブー語、隠語も珍しくない。本作にも末端の売人をさすCamello、ドラッグ名のSimpsonsMitshubishisなどが出てきた。シンプソンよりミツビシのほうが純度が高く入手が難しい。日本の三菱はスペインでは評価が高いから付いた隠語とか。オポに「ミツビシを30欲しい」といわれたコンチが「そんなに一度に用意できない」と答えていた。

 

『タパス』Tapas ②2013年09月08日 17:56

 

     主従関係が逆転する可笑しさ

 

A: ラケルがネットでブエノスアイレスに住むエドガルドと疑似恋愛のチャットをしている。弁護士らしい彼氏はどうやらアソビじゃないようだ。

B: ロロが女房のロサリアに口うるさく威張りちらしている。このマッチョ振りは半分客向けの演技と分かっていてもロサリアの怒り度は沸点を超えた。もう荷物を纏めて出ていくしきゃない。

A: 21世紀のノラは小型スーツケースに当座の衣類、多分銀行のカードも持って実力行使。それはないだろロサリア、オレがあんたを愛してんの分かってんだろ。でもロロ、あんたは度が過ぎるんだよ、マッチョの時代は終わったんだ()。ロサリア無しではバルを続けられないロロ、新たに料理人を雇うことにする。ブルース・リーを師と仰ぐカンフー料理人マオとロロのお膳立てができあがり、映画はいよいよ本格始動となる。

 

B: マオの面接シーンはかなり笑える。ロロは二つの条件を出す。

A: 一つ店が儲かって収入が増えること。二つ私がラクできること。儲からず私がラクできないなら、即刻クビだ。ほら、あそこにドアが見えるだろ、出口はそこだ。さらに付け足す、必ずオリーブ油を使うこと。南欧人のオリーブ油信仰も可笑しいが、居丈高な態度はその後の主従逆転の皮肉にも連動して笑えます。

B: ロロのというか当時のスペイン人一般の東洋人に対する偏見が伺える。

 

A: ヨーロッパ人全体の理由なき優越感や無知からくる勘違いを皮肉っている。例えば、ロロがマオの名前をちゃんと覚えない。Maoが正しいのだが Mahouと呼ぶ。「私は若い頃スイスで腕をみがいたベテランだが、マオウは食いつめて経験もなく手ぶらでやってきた」「香港の豪華レストランの料理人でした。それにマオウじゃなくマオです」「そうか、毛沢東のマオだね。あんたは信じないかもしれんが、私はちょっぴりコミュニストなんだよ」。Mahouはスペインの大手ビール会社のブランド名です。

B: スイスのヘルベティア連合で数年働いていたことがあるというロロは、かつてスペイン人がより豊かなピレネーの向う側を目指して出稼ぎに行っていたことを織りこんでいる。

 

A: マオは主人に対して「まったくナンにも分かっちゃいないんだから」という顔をする。監督がセリフなしの「目の演技」を役者に要求しているのも映画の特徴かな。ロロには中年男のステレオタイプが投影されている。女房に逃げられたことをバルのお客に知られたくない。「あんたをロサリアと呼ぶことにする」と宣言し、厨房にいるマオをことさら「ロサリア!」と呼ぶ。

B: バレバレなのに。

 


A: まだロサリアの家出を知らないラケルが現れてパエリャを注文する。一口食べて「うーん、これは美味しいね」とラケル。つまり何だ、ロサリアのパエリャより美味いってわけか、と複雑な顔をするロロ。ここもセリフがない。

 

B: コンチのケース、目眩で倒れた夫マリアノの相談に医者にいく。「連れてこい」と言われるが「頑固者だからダメ」とコンチ。

A: 医者から法的には「患者本人の診察なしに処方できないが・・・来たことにして・・・ほんの1滴ずつだよ」とモルヒネ6本入り1箱を渡される。コンチは灰色の小さな脳細胞をフル活動させて固まってしまう。ここもセリフなし。このモルヒネが予想もしない結果を招くことになります。

                                                                                                                                                                          

     終りは誰にもやってくる――道連れはダメよ

 

B: コンチと教区司祭。コンチは救いを求めて教会に行くが「祈りなさい」の一点張り。ひたらすら無言で拝聴するコンチ、もはや教会は助けにならない。手渡された祈祷用の3枚の聖人のカードは出口のゴミ箱に吸い込まれる。

A:「神のご加護がありますように」と司祭は言うが、神様とは助けて欲しい時いつも留守している人のことね。

 

B:「私の考えたやり方であちらに送って欲しい」とコンチに助けを求めるマリアノ。

A:「もし立場が反対だったら、マリアノ、あなたならどうするの」とコンチ。無言の夫を睨む妻。日本も「終活」ブームだそうですが、まさかこんな死生観を云々するテーマをコメディに持ち込むとは想像もしなかった。

B: アメナバルが真っ向う勝負した『海を飛ぶ夢』(2004)へのアイロニーかな()。尊厳死推進の映画と誤解している人が結構いるけど。

 

A: 二人のやり取りから、若いときに当時最も治安の悪かったチノ地区に移住してきたヨソ者であることがわかる。マリアノは当時の恐怖が忘れられない、今の自分はそのときと同じ恐怖の中にいるとコンチに訴える。バルセロナは東京と同じで地元っ子は少数派です。

B: 1992年のバルセロナ・オリンピックで再開発されるまで、旅行者が入りこんではいけない地区でした。これはホセ・ルイス・ゲリンのドキュメンタリー『工事中』(2001)を見るとよく分かる。純然たるドキュメンタリーとは言えませんけど。

A:「ずっと二人で頑張ってきた、決して負けなかったのよ。なのにどうして病気に屈服してしまうの」とコンチ。深読みかもしれませんが、ここは内戦を生き延び、フランコに飽くまで抵抗したバルセロナ人の誇りを失うな、だと思いますね。そうでなければこんな会話は不要だもの。

 

B: ロロとコンチ。ロロが店のシャッターを開けると4人の子供がコンチを訪ねてくる。中学生ぐらいの子もいたから、ギョッとするシーンです。

A: 不審顔のロロ。鈍いロロもやっと気がつき取引現場を押さえてしまう。「あんたの店では二度とやらない」とコンチ。「あんたみたいな真っすぐな人が、消費税も所得税も払わずに大儲けしてるなんて」と慨嘆するロロ。非難の鉾先がずれている()

 

B: 面白いのはこの後。「ここでコソコソやるならそれなりのショバ代を払ってくれ」。

A:「まったくあんたって人はヘビみたいにずる賢い。あたしは年だしブタ箱なんてどうってことないけど、あんたはそうじゃない」と逆ギレするコンチ。

B: 末端の売人は老婦人が多いという現実がありますね、警察もマサカと思うから警戒しない。ホント笑いごとじゃない。

 

『タパス』Tapas ①2013年09月08日 17:42

『タパス』“Tapas”①

監督・脚本:ホセ・コルバチョ/フアン・クルス

製作:カルロス・フェルナンデス/フリオ・フェルナンデス/モニカ・ロサ他

撮影:ギジェルモ・グラニジョ

音楽:パブロ・サラ

出演:アンヘル・デ・アンドレス(ロロ)/マリア・ガリアナ(コンチ)/エルビラ・ミンゲス(ラケル)/ルベン・オチャンディアノ(セサル)/アルベルト・デ・メンドサ(マリアノ)/ダリオ・パソ(オポ)/アルベルト・ジョ・リー(マオ)/アンパロ・モレノ(ロサリア)/ブランカ・アピラーネス(カルメン)/ピラール・アルカス(ルス)

特別出演:フェラン・アドリア(自身)/ロサリオ・パルド(カルメラ)/エドゥアルド・ブランコ(エドガルド)/アナ・バラチナ(アグエダ)/セシリア・ロッセット(スーパーの客)

製作年:2005

製作国:スペイン/アルゼンチン/メキシコ

ジャンル:コメディ/ドラマ

受賞歴:2006年ゴヤ賞新人監督賞、エルビラ・ミンゲス助演女優賞受賞

2005年マラガ映画祭作品賞(金のジャスミン)・女優賞(銀のジャスミン)受賞

2005年モントリオール映画祭脚本賞受賞 他多数

 

★日本では「第3回ラテンビート2006」で上映、例年初夏に開催される「EUフィルムデーズ」(2008年)にスペイン代表作品として上映された。日本語・英語字幕付きだったので英語からの翻訳かもしれない。20138月セルバンテス文化センター土曜映画会上映&トークセッション(スペイン語字幕のみ)に登場した。

 

●ご注意ネタバレしています●

 

★舞台はコルバチョ監督が育ったバルセロナはオスピタレ市(Ciudad de L’Hospitalet)。同市の協力、二人の若者セサルとオポが働くスーパー「アランダ・スーパー」(Supermercado Aranda)、ロロのバル「バル・コメルシオ」(Bar Comercio)などの協力を得て撮影された。

 

プロット:バルセロナのとある庶民的なバルを舞台にコメディタッチで語られる5つのお話。バルの主人は空威張りの亭主関白、さすがの女房も愛想が尽きて出奔。やむなく見事な出来栄えのタパスをつくる中国人の料理人を雇うことにする。巧みな語り口、洒落た場面展開で庶民の笑いと涙の人生模様を描く。誰でも小さな秘密は持っている。切なくて悲しくて、ちょっぴり刺激的、それぞれ新しい道に踏み出していく。

 

     心をこめて作られたシリアス・コメディ

 

A: ご紹介したプロットは、映画祭用に作成された三つの宣伝文を若干調整したものです。文責はブログ管理者にあります。

B: かなりキツいテーマが盛り込まれていて、映画祭用の宣伝文「心温まる下町コメディー」がしっくりこないということですか。

A: 初っぱなからテーマに切り込むとズバリ≪愛と死≫ですからね。心をこめて作られていますが、用意周到に伏線が張られ奥が深くて一筋縄ではいかない内容です。

B: 21世紀初めのスペイン社会の縮図がまさに凝縮されている。

 

A: 5つのストーリーということから、本作の映画手法がアルトマンが生みの親と言われている群像劇であることが分かります。スペインでは合唱劇とかアンサンブル劇とか言ってます。主にバルセロナ派の監督が得意とする映画手法です。

B: ハリウッドの異端児といわれたロバート・アルトマンですね。2006年に亡くなりましたが、『MASH』(1970)『ナッシュビル』(1975)『ゴスフォード・パーク』(2001」など評価も高く、日本でもファンが多い。

 

A: スペインでは「ゴヤ賞2013予想と結果」でご紹介したセスク・ガイ(Cesc Gay 1967)がこの手法を得意としています。代表作“En la ciudad(2003 In the City)の舞台もバルセロナでした。年齢は二人の監督のほうが上ですが、監督としてのキャリアはセスク・ガイのほうが長く、彼の影響が感じられます。今年劇場公開されたホルヘ・コイラの『朝食、昼食、そして夕食』(2010)も同じ手法です。

B: 監督の高校時代の親友ルイス・トサールの即興的な演技が光った映画でした。コイラ監督は北のガリシア出身、それぞれテイストは違いますね。

 

A: セスク・ガイの柱も5本で、彼はフラッシュバックを多用するので構成が複雑です。本作にフラッシュバックはありませんが、両方とも念入りに計算されています。ガイは脚本に何ヵ月もかけ、アイディア、登場人物のタイプ、全般的なトーンと少しずつ固めていって完成させると言ってます。これは二人の共同監督にも当てはまることです。

B:『タパス』成功も脚本が決め手ですね。まず導入部に出会いサイトにしがみつく中年女性ラケルを登場させ、次に主役級のドーニャ・コンチが内面に溜めこんでいた怒りを爆発させます。

 

A: 車の中に閉じ込められキャンキャン鳴いてる小犬を通りすがりに見つけると、道に落ちていた金具を拾って思いきり窓をブチ割り小犬を出してやる。この小犬ペリートが重要≪ジンブツ≫、あるメタファーになっていることが次第に観客にも分かってくる。このペリートの動きから目を離すと主題がぼやけてしまいます。

B: ただの小犬ではないということですね。俳優犬が演じているとか。

A: 映画ではオス役ですが実際はメス。「Una Perrita ASIA」とクレジットにも出てくる。

 

B: コンチとドン・マリアノ夫婦が1本目。癌に罹り怯えながらお迎えを待つ苦しさに耐えられない。早く終りにしたいが一人で≪エンド≫できない。

A: タバコを禁じられているから肺癌という設定だと思う。妻に隠れてスパスパやる。死期が迫っているのに今更なんで禁煙なんだ、美味しい料理は体に良くないだと、いい加減にしてくれ。耐えながら自然死を待つか自分の意思を優先させるかが問われている。

 

B: 2本目が2年前に捨てたか捨てられたか一人身のラケル、噂好きな主婦たちにとって格好の獲物、缶詰や総菜を商うガルバンソ店をひとりで切り盛りしている。買い物が目的なのかイビリが目的なのか分からない主婦3人組が最も悪質でお品に欠ける登場人物。ドーニャ・コンチもここの常連客。

A: 年金暮らしのコンチと男ヒデリのラケルをチクチクやる。「ドーニャ・コンチ、どうやったら年金を上手に倹約できるの?」と主婦。「年金は食費とかペットには使わないよ。節約するには・・・」と言いよどむコンチ。何か節約術をしていることが暗示される。

B: つまりコンチの違法アルバイト()の伏線が敷かれるのですね。

 

A: 更に主婦連の一人カルメンの息子がセサル、ラケルとセサルの接着剤としても主婦連を登場させている。コンチが帰宅すると内職の仲介をしているオポがいて、内職の真相がすぐ判明する。セサルとオポは仕事仲間で3本目の柱となる。彼らの行きつけのバルの主人ロロとロサリア夫婦が本柱です。アンサンブル劇といってもやはり扇子のカナメ的な人物がいます。

B: コンチが内職の<職場>として使っているのがロロのバル()、あっという間に相関図を完成させている。コンチのペリート≪解放≫シーンに既にロロも登場していた。

A: そう、バルのシャッターを開けてるところが遠くに見えた。ウマいね。

 

B: 残る5本目が香港の有名レストランの料理人だったというマオ。マオの登場も鮮やかです。

A: 象は自分の死期を悟ると象の墓場を目指して最後の旅をする、というドキュメンタリーをテレビで見たドン・マリアノが飛び込みを決意してプラットホームに佇んでいる。決心がつかないうちに電車が滑り込んできてしまう。電車の中にマオが映りプラットホームのマリアノと偶然対峙する。このシーンにも意味があったことを観客はやがて知ることになります。

B: ドアはあちらとこちらの境界線、未来と過去と言い換えてもいい。

新喜劇の旗手ダニエル・サンチェス・アレバロ2013年08月25日 14:27

★ジャンルとしてスペインのコメディは成功例が多い。彼の場合、名前よりデビュー作『漆黒のような深い青』(2006)とか、近くは第3作『マルティナの住む町』(2011)を撮った監督と言ったほうが分かりやすいかもしれない。二つともラテンビートで上映され、2作目となる『デブたち』も「2009スペイン映画祭」で紹介されたから、かなり幸運な人です。第1作はゴヤ賞新人監督賞受賞を筆頭に、国内のマラガに止まらず世界の映画祭ヴェネチア、シカゴ、ストックフォルム、トゥールーズと、高い評価を受けた作品でした。

★次回作は、“Paracuellos”というカルロス・ヒメネスの人気コミックの映画化がアナウンスされていましたが違いました。製作もヒット作を量産しているフェルナンド・ボバイラが責任者のMad Produccionesに決定していたのにね。コミックはスペインでも下降線を描いていますから頓挫したのかもしれません。

★第4作となる“La gran familia espanol”(英題“Family United”)の本国公開が9月13日と目前に迫り話題になっています。負け組5人兄弟(一人は欝病、もう一人は身体障害者、ほかの一人は知恵遅れ・・・)のミクロな世界を描きながら、今やEUのお荷物となっているスペインの、嘘でかためた社会が抱えるマクロな問題にメスを入れているようです。彼自身16年間も精神分析を受けている思惑の人だから、書くことで克服しようとしたようです。1970年生れということは年齢的に難しい時期に差しかかっているのかもしれません。背景にはハリウッドの古典、ブロードウェイでもロングランしたスタンリー・ドーネンの『掠奪された七人の花嫁』(1954)への目配せがあるということです。

★キャストは、今年4月惜しくも鬼籍入りしたビガス・ルナの『女が男を捨てるとき』(2006)やイシアル・ボジャインの“Katmandu”で主役を演じたベロニカ・エチェギ(カトマンズ入りしての過酷な条件下の撮影にカルチャーショックを受けた由)。ビガス・ルナのは日本ではクソミソだったが理解されにくいのが残念です。こちらは劇場未公開作品ですが、2012年セルバンテス文化センター土曜映画会で上映されました。男性陣は監督が「義兄ちゃん」と呼んで義兄弟同然のアントニオ・デ・ラ・トーレ(4作オール出演)、『デブたち』以外出演したキム・グティエレス、今年スクリーンで見られたら嬉しい映画の一つ。
(写真:ダニエル・サンチェス・アレバロ)

ボラーニョの小説、初めて映画化2013年08月23日 08:41

ボラーニョの小説、初めて映画化
★残念ながら話題の長編大作『2666』でも『野生の探偵たち』でもありませんが、ボラーニョの小説“Una novelita lumpen”が“Il futuro”(El futuro)のタイトルで映画化されました。映画祭は364日どこかで開催されているのではと錯覚するほど多い。今年2013年もサンダンス映画祭で幕開けいたしました。英題“The Future”の世界プレミアはこのサンダンス、続くロッテルダム映画祭ではKNF作品賞を受賞いたしました。監督はボラーニョの生れ故郷チリのアリシア・シェルソン。チリ、イタリアでは6月に劇場公開も果たし、アメリカとドイツでも9月公開が決まっています。

*アリシア・シェルソンといえば、長編第1作『プレイ/Play』(2005)で才能を開花させた新世代の監督。こちらの映画は本当に掘出し物でした。埼玉県川口市で開催された「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2006」で新人監督賞を受賞した作品。好評につき東京国際映画祭2006でも上映され、さらに2008年6月にはセルバンテス文化センター土曜映画会でも上映されました。躍進目覚ましいチリ映画界、なかでもクールな新世代の活躍は目を見張るものがあります。

*シェルソンの第4作目になる本作は、製作国がチリ、イタリア、ドイツ、スペインの4カ国、言語がイタリア語、スペイン語、英語と複雑なのも話題になっています。主役のビアンカ役に『マチェカ』や『サンチャゴの光』出演のマヌエラ・マルテッリ(1983年サンティアゴ生れ。名字からも分かるように両親はイタリア系移民なので、西伊のバイリンガル。イタリア映画祭2009上映のサルヴァトーレ・メレウの『ソネタウラ・樹の音』にも主演しているから認知度は高い)。相手役にリドリー・スコットのヒット作『ブレード・ランナー』でレプリカントに扮したルトガー・ハウアーという異色の顔合わせ、ワクワクせずにはいられません。YouTubeで予告編が覗けます。いずれ鑑賞できたら感想をアップします。
(写真:アリシア・シェルソン)

★ロベルト・ボラーニョの原作”Una novelita lumpen”(2002)は、同郷のホセ・ドノソの小説”Tres novelitas burguesas”へのオマージュとして付けられた由。ボラーニョ生前最後の単行本、没後出版の『2666』同様幼い二人の愛児ラウタロとアレクサンドラに捧げられています。因みにホセ・ドノソの小説は、木村榮一訳『三つのブルジョワ物語』として集英社文庫に入っています。これに倣えばさしずめ「あるルンペン物語」とでも訳せましょうか。
*「チリの作家」と紹介されるボラーニョですが、彼自身は生前「チリ人でもメキシコ人でもスペイン人でもなく南米の作家、ラテンアメリカの作家です。スペインのカタルーニャの小村ブラネスにずっと住みつづけていたいと思うけど」と語っています。今年7月15日はボラーニョ没後10周年(1953~2003)、生きていれば還暦を迎えていたのかと感無量です。当時13歳だったラウタロも大人になり、2歳足らずだったアレクサンドラもローティーンだ。そういえば、謎の作家アルチンボルディを追う長編『2666』のハンスとロッテのライター兄妹も10歳違いでした。

フアン・アントニオ・バヨナ国民映画賞受賞2013年08月20日 09:23

★フアン・アントニオ・バヨナ国民賞受賞
当ブログ開設前のニュースですが(7月22日)、『インポッシブル』の「フアン・アントニオ・バヨナ、2013年国民賞(映画部門)受賞」が報じられました。監督・俳優・製作者・脚本家・音楽家など、本年度活躍したシネアストに贈られる栄誉賞です。賞金は30.000ユーロと多くないのですが格式のある賞です。古くは2人受賞もありましたが1995年からは1人です。因みに1980年第1回目の受賞者がカルロス・サウラでした。最近の受賞者をピックアップしますと、監督では2011アグスティ・ビリャロンガ(『ブラック・ブレッド』)、2010アレックス・デ・ラ・イグレシア(『ラスト・サーカス』)、俳優では2009マリベル・ベルドゥ(『パンズ・ラビリンス』『テトロ』)、2008ハビエル・バルデム(『ノーカントリー』)など。

「もう驚いて信じられませんでしたが、今は幸せいっぱいです」と語るバヨナは38歳。世代交代が顕著なスペイン映画界でも監督受賞者としては最年少でしょう。海外での活躍、年がら年中危機が叫ばれるスペイン映画界の救世主、観客は言うまでもなく口うるさい批評家からの評価も高く、第1作『永遠のこどもたち』の成功も加味されたか。最も期待される若手監督の一人であることは確かです。(写真:フアン・アントニオ・バヨナ)


★アルベルト・ロドリーゲス新作発表
「ゴヤ賞2013予想と結果①」でもご紹介した“Grupo 7”(“Unit 7”)のアルベルト・ロドリーゲスの第6作目“La isla minima”が今秋クランクインすることになりました。セビーリャ南方約30キロ、グアダルキビル川の低湿地にあるミニマ島がタイトルになっています。この島で起きた若い女性の行方不明事件は遺体の発見を機に殺人事件に発展していくというスリラー。「生と死と救い」の要素がミックスされているとのこと。脚本は前回同様ラファエル・コボスと監督自身、キャストは目下選考中ということです。最近42歳になったばかりの監督、『7人のバージン』や“After”を撮ったときのようなプレッシャーは感じていない由。