『火の山のマリア』 *ラテンビート2015 ⑦2015年10月25日 15:45

        べルリン映画祭「アルフレッド・バウアー賞」受賞作品

 


★今回見たなかで来日ゲストがあった唯一の映画が『火の山のマリア』でした。来春日本公開が決まっているのも目下のところこれ1作です。サンセバスチャン映画祭2015「ホライズンズ・ラティノ」部門で上映されるにつき、作品データ、スタッフ&キャスト、プロット、受賞歴、監督紹介などを既にアップしております。ハイメ・ブスタマンテ監督来日が予告されていたので、ラテンビート鑑賞後に記事を纏めることにしておりました。Q&Aを織りこんでおり、部分的にネタバレしております。 サンセバスチャン映画祭2015の記事は、コチラ⇒2015828

 

     もしかして邦題は『火の山の母』ではなかったか

 

A: 本作の主役は娘マリアではなく、マリア・テロンが演じた母親フアナではないかと予想しておりましたが、その通りでした。移動劇団を結成して先住民の村々を回っているプロの女優、ただし映画出演は初めてです。Q&Aではマリアを置き去りにするペペ役のマルビン・コロイも仲間の一人、彼は詩人で戯曲家、脚本家でもあると紹介していた。

S: マリアを演じたマリア・メルセデス・コロイほか殆どがアマチュア、もっとも先住民のプロは少なく、映画はオール初出演です。

 

A: 前回の記事にも書いたことです。主役の二人はスペイン語とマヤのCakchiquelカクチケル語のバイリンガルです。公用語のスペイン語ができないことが謂われなき差別の温床なっていることを映画は浮き彫りにしていた。スペイン語の分かるコーヒー園主イグナシオが、分からないマリアの両親を私利私欲で裏切っていく件りは切なかった。

 


         (見事な演技を見せたマリア・テロン、ベルリン映画祭)

 

S: この映画のアイデアは、「マリアに起こったような事件が新聞に掲載されたことが発端だった」と監督は述べておられたが、後継者が欲しい富裕層に嬰児売買に近い養子縁組をさせたことだけを指しているのか、スペイン語を解さないことを悪用して親を騙して養子縁組させたのか、そこらへんがよく分からなかった。

A: そこが重要ですよ、もし後者なら立派な犯罪だ。グアテマラ政府が早急にすべきことは、先住民に止まらず全国民の教育の普及です。マヤの人々も「スペイン語を学ぶと民族のアイデンティティーが失われる」などと拒絶せずに学ぶことです。マヤ民族の言語は21もの集団に分かれており、グアテマラに吹き荒れた36年間にも及ぶ内戦前は、言語集団を超えて接触することは稀れだったようです。

 

S: この映画にはマヤ民族のジェノサイドと言われる内戦の傷跡は登場しませんが、虐殺を逃れて言語を異にする多くの老若男女が否応なく国内難民となって移動、接触した。

A: マリアの両親は年齢的に体験者世代です。犠牲者20万人の大半が先住民のマヤ族だったから、互いの融和は口で言うほど簡単ではない。1992年のノーベル平和賞を受賞したリゴベルタ・メンチュウに対する一般国民の反応は冷たく、当時の国際世論との乖離が際立っていた。

S: 平和賞は誰が貰ってもケチがつく()。彼女も毀誉褒貶相半ばする受賞者でしたが、両者の溝は深そうです。監督は「この映画が自分の国を知る機会になった」と意識変化に寄与したことを語っていましたが、どこまで信じていいか疑問かな。

 

          意思疎通の難しさもテーマの一つ

 

A: 足が地についていないペペを誘惑したのはマリアのほう、レイプされたわけではない。コーヒー園主の後妻となって先妻の残した子供の世話などしたくない、17歳だから当たり前だ。パカヤ火山の裾野の村から脱出して「自由な女」になりたいのは分かりますね。

S: 二人はそれほど真剣に愛し合っていたようには見えなかったし、目指すアメリカがどんな国なのか想像できないのに憧れていた。身ごもる前のマリアは幼すぎる。

 

A: 母は娘の希望が何であるか、妊娠するまで知ろうとしなかったし、娘も男に捨てられるまで母と向き合わなかった。この意思疎通もテーマの一つですね。

S: 妊娠が分かると母は流産させようとするが、反対にマリアは生みたかった。母娘は意思を確認しあっていないのだ。岩石を飛び降りるのもいやいやだったし、あんな飛び降り方では胎児は流れない。

A: どんな御まじないも効かない、お腹の子ども自身が生まれたがっていることを母親が納得するところが実に感動的、自己主張したのはまだ生れてもいない胎児でした。

 

S: 人生の選択権は誰にあるかですね。

A: マリアも母になることで強くなる、初めて現実の自分と向き合うことになるからだ。この「母になること」も大きなテーマでしょう。これは監督よりマリア・テロンの意向で膨らませていったテーマかもしれない。ベルリンの記者会見でも、マヤの女性たちから多くのサジェスチョンを受けたことで脚本が豊かになっていったと語っていた。

 

S: ハッピーエンドにはなりませんでしたが、これがぎりぎりの限界なのでしょう。

A: でもマリアは昔のマリアではない、時代は変わり始めていることをマリアの顔が語っていた。 


            (マリア役のマリア・メルセデス・コロイ、映画から)

 

S: 監督の優れているところは、自分の未熟に謙虚で自分一人の手柄にしなかったことです。脚本が特に優れていたという印象はありませんが、「アルフレッド・バウアー賞」にふさわしい映画でした。


A: 「アルフレッド・バウアー賞」というのは新しい視点を示した作品に贈られる賞ですね。ともあれ、岩波ホールでの公開が決定しています。あそこが発行するカタログだけは高いと感じたことがない()。どんな解説が載るか今から楽しみだ。

 

 

サンセバスチャン映画祭2015*グアテマラ映画”Ixcanul” ⑥2015年08月28日 15:09

                オール初出演のグアテマラ映画“Ixcanul

 


ハイロ・ブスタマンテがベルリン映画祭2015アルフレッド・バウアー賞」(銀熊賞)を受賞したときにはデータが揃わず受賞のニュースだけをアップいたしました。受賞のお蔭か、その後グアダラハラ、カルタヘナ、香港、シドニー、台湾、カルロヴィ・ヴァリ、トゥールーズ、サント・ドミンゴ、スロバキア共和国アート・フィルム・フェス、スロベニア共和国マルタなど国際映画祭を旅して、やっとサンセバスチャンに舞い戻ってきました。というのも本作は本映画祭2014Cine en Construccion」参加作品でした。ベルリン映画祭のアルフレッド・バウアー賞というのは新しい視点を示した作品に贈られる賞、昨年は大御所アラン・レネの遺作となってしまった『愛して飲んで歌って』が受賞したのでした。どうも何か賞を獲りそうな予感がいたします。

 

    Ixcanul(英題Ixcanul Volcano)グアテマラ=フランス

製作La Casa de Producción(グアテマラ)/ Tu Vas Voir(フランス)

監督・脚本・製作者:ハイロ・ブスタマンテ

音楽:パスクアル・レジェス

撮影:ルイス・アルマンド・アルテアガ

編集:セサル・ディアス

美術・製作者:ピラール・ペレド(アルゼンチン人でフランスのTu Vas Voirのプロデューサー

衣装デザイン:ソフィア・ランタン

メイクアップ&ヘアー:アイコ・サトウ

製作者:イネス・ノフエンテス(エグゼクティブ)、マリナ・ペラルタ(グアテマラ)、エドガルド・テネムバウム

データ:グアテマラ≂フランス、スペイン語・マヤCakchiquelカクチケル語、201593分、撮影地:パカヤ火山の裾野の村エル・パトロシニオ。サンセバチャン映画祭2014Cine en Construccion」参加作品。822日エル・パトロシニオで先行上映後、グアテマラ公開827日、フランス1125

受賞歴:ベルリン映画祭2015「アルフレッド・バウアー賞」、トゥールーズ映画祭2015審査員賞と観客賞、カルタヘナ映画祭2015作品賞、ドミニカ共和国のサント・ドミンゴ映画祭2015初監督作品賞、スロベニア共和国のマルタ映画祭2015撮影賞、スロバキアのアート映画祭2015作品賞「青の天使賞」と助演女優賞(マリア・テロン)など受賞歴多数、目下更新中。

 

キャスト:マリア・メルセデス・コロイ(マリア)、マリア・テロン(マリアの母フアナ)、マヌエル・マヌエル・アントゥン(マヌエル)、フスト・ロレンソ(イグナシオ)、マルビン・コロイ(エル・ペペ)、映画はオール初出演

 


プロット:マヤ族カクチケルのマリアは17歳、グアテマラの活火山パカヤの山腹で両親と一緒に暮らしている。コーヒー農園で働いていたが、両親が農園主イグナシオとの結婚を取り結んだことで平穏が破られる。マリアはインディヘナとしての運命を変えたいと思っていたが、この結婚から逃れることはできない。妊娠という難問をかかえており、都会の病院は高額すぎて彼女を助けることができない。マリアは火山の反対側の新世界アメリカを夢見る若いコーヒー刈り取り人が彼女を置き去りにしたとき、改めて自分の世界と文化を発見する。しかし先住民の伝統や文化についての映画ではなく、ましてやフォークロアなどではない。後継者のいない富裕層の養子縁組のために生れるや連れ去られてしまう残忍なテーマ、先住民の女性たちが受ける理不尽な社会的差別、母と娘の内面の葛藤が語られるだろう。 (文責管理人)

 


     (パカヤ火山を背にマリア役のマリア・メルセデス・コロイ、映画から)

 

トレビア:タイトルの‘Ixcanul’(イシカヌルか)はカクチケル語で「火山」という意味。グアテマラの公用語はスペイン語であるが、先住民マヤ族の言語は21種もあり、多言語国家でもある。そのうちカクチケル語の話者は約50万人いると言われ最も重要な言語の一つであり、メキシコにも話者は多い。本作の主人公に扮する2人のマリアのようにバイリンガルな人もいるが、スペイン語ができない人も多い。識字率が70%に満たない低さで、ラテンアメリカ諸国のうちでも最低の国に数えられている。それは前世紀後半グアテマラに吹き荒れた36年間に及ぶ内戦が深くかかわっている。1960年から始まり1996年に終結したが、死者約20万人、うち犠牲者の80%以上がマヤ族の武器を持たない性別を選ばない赤ん坊から老人まで、グアテマラ内戦が「ジェノサイドだった」と言われる所以である。内戦の後遺症は尾を引き、現在でも治安は悪く、真の平和は遠いと言われている。

 

★今年のベルリンは本作の他、チリのパブロ・ララインEl Culbが審査員賞、同パトリシオ・グスマン『真珠のボタン』の脚本賞と、ラテンアメリカのシネアストが評価された年であった。 


  (クロージングに出席した監督と民族衣装に身を包んだ二人のマリア、2015214日)

 

 

    監督キャリア & フィルモグラフィー

ハイロ・ブスタマンテJayro Bustamanteは、監督、脚本家、製作者。映画の舞台となったグアテマラのマヤ族カクチケルが住む地域で育った。現在37歳ということなので1978年ころの生れか。まさにグアテマラ内戦(196096)の中で生れ育った世代。パリやローマで映画製作を学び、多数の短編を製作、そのなかの“Cuando sea grande”(2011)が評価される。のち本作を撮るために故郷に戻ってきた。

 


        (受賞のトロフィーを手にした監督、ベルリン映画祭にて)

 

メーキング:ブスタマンテ監督によると、「まず現地でワークショップを開催、彼らの生き方を自身の口から語ってもらうことにした。近距離からマヤの人々が現在置かれている状況を調査した。そうすることで、女性たちとの特別なコネクションができ、母親や祖母世代の慣習や仕来たりを学んでいった」という。グローバル化からはほど遠い、あまり知られていない日常的な日課が我々を待っているが、先住民文化についての映画ではない。「この映画が世界に受け入れやすくするための方針はとらなかった。また同世代の監督が陥りやすい民族的な悲惨さを描くのを避けた」とも語っている。必要なのは観客を魅了する人間ドラマを撮ること、それには互いの立場を尊敬しあうことでしょうね。

 

★まだカメラ経験のないアマチュアの出演者を探すのに奔走した。主人公マリアの母親を演じたマリア・テロンから「多くのリハーサルに時間をかけるのか、もしそうなら私はあなたを信頼しない」と質問された。勿論「ノー」と答えた。「監督することであなた方から多くのことを学びたい」。「分かったわ、そうであるなら、教えてあげましょう」とテロン。彼女は映画は初出演だが舞台女優の42歳、「映画に出てくる火山のようにエネルギュッシュな女性」と監督、スロバキアの映画祭で助演女優賞受賞した理由は、「物語の最初から最後まで緊張状態を維持した。母親役を言葉ではなく優しさと才覚で演じた」その演技力が評価された。

 


             (マリア・テロン、ベルリン映画祭にて)

 

★製作者には、二人の女性プロヂューサーが初参加、グアテマラのLa Casa de Producción マリナ・ペラルタ、この製作会社はブスタマンテ監督が設立した。もう一人はアルゼンチンのピラール・ペレド、フランスのTu Vas Voir に所属している。


アリエル賞2014*ケマダ=ディエス9部門制覇2014年06月05日 19:12

★アリエル賞はメキシコのアカデミー賞ですが、第56回というからゴヤ賞の倍の歴史をもっている。国際的な評価とは一味違った独自の選択をすることが多いです。今年はノミネートが『エリ』14部門)とLa jaula de oro(同)の2作品に集中していて発表前から白けていたのですが、なんと『エリ』はアマ・エスカランテの監督賞だけ、後者が作品賞を筆頭に9部門制覇という結果になりました。 


La jaula de oroもカンヌ映画祭「ある視点」部門ある才能賞受賞、チリのビーニャ・デル・マル賞、アルゼンチンのマル・デル・プラタ賞、カルロヴィ・ヴァリ映画祭を皮きりに、チューリッヒ(作品賞他)、ワルシャワ、シカゴ(新人監督賞)、サンパウロ(スペシャル・メンション他)、リマ(審査員賞他)、サンセバスチャン、モレリア(新人監督・批評家・観客賞)、ムンバイ(作品賞)、ハバナなど数えきれない国際映画祭に出品され受賞しましたからイチャモンつける気はないのですが、個人的にはゴヤ賞を含めて一極集中は歓迎できない。9部門制覇にはグアダラハラ映画祭を抜いてメキシコで最も権威ある映画祭と言われるようになったモレリアで観客賞を受賞したことが今回の受賞に繋がったと推測致します。これで合計50賞になるとか(!)。

 

★『エリ』は当ブログでも何回も紹介していて飽きていましたが(笑)、メキシコのアカデミー会員も「『エリ』は沢山貰ったから、もういいかな」と考えたのか、または蓋を開けたらこうなっちゃったと思っているのか。サンセバスチャン映画祭の監督銀貝賞を貰ったフェルナンド・エインビッケのClub Sándwichはノミネートからして3部門と少なかったのですが無冠に終わりました。La jaula de oroはゴヤ賞「イベロアメリカ」部門にノミネートされた折り、若干ご紹介いたしましたが(コチラ115日)、アリエル賞9部門受賞となれば改めて紹介しておいたほうがいいでしょうか。監督の辿ってきた辛い人生と表裏一体になっていると思うから。マリア・ホセ・セッコの詩的な映像に撮影監督賞受賞は納得ですが、アマチュアの二人の若者が男優賞と助演男優賞を受賞したのには驚きました。

 

   La jaula de oroThe Golden Cage”“The Golden Dream

★データ:メキシコ=西=グアテマラ、言語:スペイン語・英語、撮影地:グアテマラ、メキシコ

2013年、102

製作共同):Animal de Luz Films / Kinemascope Films / Machete Producciones
            (作品賞受賞

監督:ディエゴ・ケマダ≂ディエス(オペラ・プリマ賞受賞/デビュー作に与えられる監督賞)

脚本:ディエゴ・ケマダ≂ディエス、ヒブラン・ポルテラ、ルシア・カレーラス (受賞)

撮影監督:マリア・ホセ・セッコ (受賞)

編集:パロマ・ロペス、フェリペ・ゴメス (受賞)

録音:マティアス・バルベイス 他 (受賞)

オリジナル音楽:レオナルド・ヘイブルム 他 (受賞)

 

キャスト:ブランドン・ロペス(フアン、男優賞受賞)/ロドルフォ・ドミンゲス(チャウク、助演男優賞受賞)/カレン・マルティネス(サラ)/カルロス・チャホン(サムエル)/エクトル・タウイテ(グレゴリオ)/リカルド・エスケラ(ビタミナ)/ルイス・アルベルティ(山刀を持った男)他

 

プロット:グアテマラのスラム街に暮らすティーンエイジャーのフアン、サラ、サムエルの三人は、よりよい生活を求めて豊かな「北」アメリカを目指す旅に出る。途中メキシコでチアパス出身の先住民チャウクに出会うが、彼はスペイン語が分からない。彼らは貨物列車「ビースト号」で、線路を徒歩で、困難に出会いながらも友情を深めていく。愛と連帯を通して痛みや恐怖や社会的不正義と闘いながら、夢見がちなフアンは本当の辛さが何であるかを知ることになる。ここでは友情や愛だけでなく、決断、出会い、言語の違いも語られる。

 

         (写真:左からフアン、男の子に変装したサラ、チャウク)

 

ディエゴ・ケマダ≂ディエス Diego Quemada-Diez 1969年、カスティーリャ・レオン州のブルゴス生れ、監督、脚本家、撮影監督、プロデューサー。アメリカン・フィルム・インスティテュートの演出&撮影科で学ぶ。卒業制作A Table Is a Table2001、短編、スペイン語題Una mesa es una mesa)は、アメリカン・ソサエティ・オブ・シネマトグラファーの撮影技術賞を受賞した。2006年に 2作として短編ドキュメンタリーI Wont to Be a Pilot(“Yo quiero ser piloto”)をケニアで撮る。貧しい12歳の少年オモンディはパイロットになることが夢である。純然たるドキュメンタリーというよりドキュメンタリー・ドラマ。本作はクリーブランド国際映画祭(オハイオ州)の短編ドキュメンタリー賞を受賞、ロサンゼルス、サンパウロ、カナリア諸島映画祭などでドキュメンタリー賞を受賞する。同年第3作として短編ドキュメンタリーLa morenaを撮る。メキシコでは最大の商港都市マサトランの市街地で貧しさから売春をして生きる女性を描く。長編デビュー作La jaula de oroに繋がる将来を描けない若者がテーマであることが分かる。

1967年に映画芸術の遺産保護と前進を目的に設立された。現在ロサンゼルスにある映画テレビ研究センターは、映画の演出や製作技能の教育機関となっている。テレンス・マリック(1967入学)、デヴィッド・リンチ(1971同)などが学んでおり、ケマダ≂ディエスも入学の動機として二人の名を挙げている。 


ケマダ≂ディエスはスペイン系メキシコの監督

★スペインの、メキシコの、スペイン系メキシコの監督、と紹介はまちまちですが、メキシコに来て約20年近くなり10年前に既に帰化しているというから正確にはスペイン系メキシコの監督です。1990年代後半にメキシコやグアテマラをたびたび訪れていたという母親が死去したのを機にスペインを離れたようですが年数にズレがある。ゴヤ賞2014「イベロアメリカ」部門にノミネートされたときのインタビューでは「17年前にスペインを離れ、最初はポーランドに行った」と語っている(1996年になる)。ある人から「イサベル・コイシェがThings I Never Told You1996、スペイン語題Cosas que nunca te dije**)をアメリカのオレゴン州で撮っていてカメラマン助手を探している。やる気があるなら便宜を図る」と言われてアメリカ行きを決めた。ケン・ローチの『カルラの歌』のカメラマン助手、その後は撮影監督のもと撮影技師としてフェルナンド・メイレーレス、アレハンドロ・ゴンサーレス・イニャリトゥ、オリバー・ストーン、スパイク・リーなどの映画に参画している。40歳を過ぎてからの長編デビューであるが、スタッフに実力ある顔ぶれを揃えられたことからも、その映画歴の長さが推しはかれます。

**ヒスパニック・ビート映画祭2004(後ラテンビートに統一)で『あなたに言えなかったこと』の邦題で上映された。 


不法移民だった監督が撮った不法移民の映画 

★先ほどのインタビュー記事の続きで、出国の理由としてスペインに映画を学ぶ学校がなかったことを挙げております。なかったわけではないが***、アメリカン・フィルム・インスティテュートのように映画をプラクティカルに学ぶ学校がなかったいう意味でしょう。他に夢だけをトランクにいっぱい詰めて、英語も喋れず星条旗の国の身分証明書もなくアメリカに入国したこと、これが「不法移民だった監督が撮った不法移民の映画」といわれる所以です。アメリカン・フィルム・インスティテュートに入るため倹約の日々であったこと、メキシコにくることになったきっかけが『MISS BALA / 銃弾』(2011、ラテンビート上映)のヘラルド・ナランホとの出会いであったことなど、たくさんエピソードを語っていますが、今回はアリエル賞受賞がテーマですから後に回すことにします。

***スペインの国立の映画学校としては、1947年に設立された国立映画研究所Instituto de Investigaciones y Experiencias CinematograficasIIEC)があり、後に国立映画学校Escuela Oficial de CinematografiaEOC)に改組された(1962年)。本校も1990年に29年間の活動を終え、トータルで約1500人の学生が卒業、スペイン映画界で活躍中のシネアスト(物故者を含めて)の多くはここで学んでいる。現在はマドリードのコンプルテンセ大学に発展吸収されています。バルセロナにもカタルーニャ映画センターがあり、メキシコからも学びにきております。

 

 類似映画は『闇の列車、光の旅』

★グアテマラを出発した三人は離れ離れになってしまい、フアンとチャウクの二人の旅になる。彼らはアメリカの大地に果たして立つことができるのか。ハリウッド映画じゃないからアルフォンソ・キュアロンの『ゼロ・グラビティ』のように無事地球に帰還できるかどうか。物語は第3La morenaの舞台となった港湾都市マサトランや麻薬カルテルの本拠地シナロアで2003年から収集し始めた600以上の証言から構成されている。事実に基づくドキュメンタリー・ドラマ(ドキュドラマdocudrama)であり、過去の類似作品としてはキャリー・フクナガの『闇の列車、光の旅』が挙げられます(コチラ20131110日)。

 

(写真:撮影中の監督、後方が二人の主人公)

★ドキュメンタリー手法を取り入れた撮影は特に評価が高く、列車内の映像もどうやって撮影したのか興味がもたれています。毎年、中米やメキシコからのアメリカへ押し寄せる不法移民40万人は尋常な数字ではないし、摘発して母国に送還する方法では本当の解決策にならない。監督も「私たちの喜びが現実にある悲惨や苦しみの中から生れたことは、人生のパラドックスです。夢を叶えるために強奪や暴力や殺人まで犯して、このルートを通らねばならないことを為政者に問いたい」と受賞インタビューで語っています。エンリケ・ペーニャ・ニエト大統領が出演俳優たちに「おめでとう」をツイッターしたそうです。ちゃんと見てくれたのかしらん。

 

★ティーンエイジャーたち四人は初出演、脇をプロの俳優が固めている。男優賞受賞のブランドン・ロペス(フアン)は、グアテマラのバリオで行ったオーデションでスカウトされた。「僕の夢は有名になることだった、この映画に出演したことで僕の夢は叶い、ここに立っている」と受賞の挨拶。チャウクに扮したロドルフォ・ドミンゲスは自分の母語ツォツィルtzotzil語しか解さなかったようで、監督も「撮影は困難を極めた」とカンヌで語っていました。カンヌでは場違いのところに連れて来られて気後れしているようだったが、アリエルでは別人のように見えます。ドミンゲスのスカウトの経緯は分からなかった。(ウィキペディアによれば、ツォツィル語はマヤ語の仲間で、話者人口はメキシコのチアパス、タバスコ、ユカタン他、グアテマラ、ホンジュラス、ベリースに35万人いるそうです。) 

                    (写真:トロフィーを手にしたブランドン・ロペス)

 

(写真:トロフィーを手にしたロドルフォ・ドミンゲス)

 

★今年のアリエル賞は、『ゼロ・グラビティ』でメキシコ初のオスカー監督となったアルフォンソ・キュアロンを風刺する言葉が発せられたようです。プレゼンターも「メキシコの映画には殆ど寄与していない、なぜなら成層圏にいるんだから」と皮肉ったようですが、これはハリウッド映画なのですから大人げないという印象をもちました。背景にはキュアロンの映画そのものより上流出身とかハリウッドでの成功に対するヤッカミがあるのでしょうね。アルモドバルが『オール・アバウト・マイ・マザー』でアカデミー賞を受賞したときのスペイン人の反応に似ているかな。ケマダ≂ディエス監督も「キュアロンやデル・トロは南から北へ移動したけど、私は北から南へ逆のルートを辿っている」と冗談言ってましたが、人のことはどうでもよいです。