フロリアン・ガレンベルガーの『コロニア』*9月17日公開2016年08月06日 12:54

        エマ・ワトソン、体当たりで拷問シーンに耐える政治スリラー

 

        

             (エマの鋭い眼差しが印象的なポスター)

 

6月上旬に公開がアナウンスされていたフロリアン・ガレンベルガーColoniaの公開が近づいてきました。邦題は原題のカタカナ起こし『コロニア』、英題の「コロニア・ディグニダ」が採用されると踏んでいましたが、とにかく長たらしい修飾語が付かずにヤレヤレです。昨年のトロント映画祭2015でワールド・プレミアされたドイツ・ルクセンブルグ・フランス合作映画。舞台背景はチリのピノチェト軍事独裁時代の宗教を隠れ蓑にした拷問施設「コロニア・ディグニダ」、この施設はピノチェトの秘密警察とナチスが巧妙に手を組んだ恐怖の拷問センターでした。実話が素材ですが、やはりフィクションでしょうか。

  

     

              (左から、共演者のダニエル・ブリュール、エマ、監督

 

★本作については、時代背景、キャスト、ストーリーなどを既に記事にしております。アジェンデ政権の瓦解を狙ったピノチェト軍事クーデタと、かつてのヒトラーユーゲント団員、ドイツ空軍の衛生兵だったパウル・シェーファーの結びつきについても紹介しております。現地チリで撮影されましたがチリは製作に参加しておりません。チリもドイツもそれぞれ自国の「歴史的負の遺産」を闇に閉じ込めたままにしています。言語は英語とスペイン語。

 

 

       (シェーファー役のミカエル・ニクヴィストとヒロインのエマ・ワトソン)

 

『コロニア』の紹介記事は、コチラ⇒201637

劇場公開:917日封切り

東京・ヒューマントラストシネマ渋谷、角川シネマ新宿、ほか全国展開

 

フロリアン・ガレンベルガーの”Colonia”*ナチスとピノチェト2016年03月07日 16:39

   「死の天使」ヨーゼフ・メンゲレ医師もコロニア・ディグニダに滞在していた!

 

ルシア・プエンソ『ワコルダ』(“Wakolda2013)の舞台はアルゼンチン、パタゴニアの風光明媚なバリローチェ、フロリアン・ガレンベルガーの“Colonia2015,独・ルクセンブルク・仏)の舞台はチリ中央部マウレ州リナレス県のパラル市郊外です。前者はアウシュヴィッツでユダヤ人の人体実験をおこない「死の天使」と恐れられたSS将校ヨーゼフ・メンゲレ医師がアルゼンチンに逃亡して暗躍する実話、イスラエル諜報特務庁モサドが舌を巻くほどの知的モンスターだった。後者はヒトラーユーゲント団員HJだったパウル・シェーファーが、児童の性的虐待を告発されチリに逃亡、1961年に設立した“Colonia Dignidad”(尊厳のコロニー)の真相を暴く実話。両作ともナチスと軍事独裁政権絡みの社会派ドラマです。最近、前者のメンゲレ医師が一時的にこの「コロニア」に滞在していたことが判明するなど、埋もれていたナチスや軍事独裁政権下の闇の掘り起こしが始まっています。両国はホロコーストを逃れてきた多くのユダヤ系ドイツ人と同時に、利用価値があるならばナチスであろうが積極的に受け入れてきた不思議の国といえます。

ルシア・プエンソの『ワコルダ』の記事は、コチラ⇒20131023

 

       

           (警官に追われるレナとダニエル、映画から)

 

★映画“Colonia”の英語題は「尊厳のコロニー」と呼ばれた悪名高きColonia Dignidadの名前をそのままタイトルにしています。戦慄すべきコロニーの真相が明るみに出てからは、こちらのほうがピーンとくるでしょうか。製作にチリもスペインも参画しておりませんが、言語は英語とスペイン語、ピノチェト政権の弾圧物語なので簡単に紹介しておきたい。以前パトリシオ・グスマンドキュメンタリー『光のノスタルジア』『真珠のボタン』を記事にいたしました。第1部の舞台はチリ北部アタカマ砂漠、第2部はチリ南部太平洋岸、監督は中央部アンデス山脈の火口や火口湖を視野に入れて3部を撮りたいと語っていましたが、「コロニア・ディグニダ」も登場するのではないでしょうか。1990年の民政移管後も民主化の歩みは遅々としており、ピノチェトの傷跡は国境を越えて吹きだしている感さえあります。

主な『光のノスタルジア』の記事は、コチラ⇒20151111

主な『真珠のボタン』の記事は、コチラ⇒20151116

 

    Colonia( Colonia Dignidad2015

監督・脚本:フロリアン・ガレンベルガー

脚本(共):トルステン・ヴェンツェル

撮影:Kolja・ブラント

プロデューサー:ベンヤミン・ヘルマン(ベンジャミン・ハーマン)

データ:製作国ドイツ=ルクセンブルク=フランス、言語英語・スペイン語、2015年、110分、スリラー、実話、軍事独裁政権、撮影地ルクセンブルク、公開ドイツ2016218日、他にロシア、米国、イタリアなどの公開が予定されています。

映画祭上映:トロントFF2015でワールド・プレミア、チューリッヒFF2015、ベルリンFF2016など。

キャスト:エマ・ワトソン(レナ)、ダニエル・ブリュール(夫ダニエル)、ミカエル・ニクヴィスト(パウル・シェーファー)、リチェンダ・ケアリー(ギセラ)、他

 

  

 (左から、ミカエル・ニクヴィスト、監督、リチェンダ・ケアリー、ダニエル・ブリュール、

ベンヤミン・ヘルマン。エマ・ワトソンは撮影中により欠席、トロント映画祭2015

 

解説1973年チリのサンティアゴ、ドイツ航空ルフトハンザの客室乗務員レナとアジェンデ政権を支持してチリに滞在していた写真家ダニエルの物語。レナは夫に会うためチリを訪れていた折しもピノチェト将軍率いる軍事クーデタに遭遇してしまう。1973911日、二人はクーデタ勃発の同日に逮捕され国立スタジアムに連行される。レナは間もなく解放されるが、ダニエルはピノチェトの秘密警察である国家情報局の手で拉致されてしまう。やがてレナは彼の行き先が拷問施設として使用されている「コロニア・ディグニダ」であることを突き止めた。ヒトラーユーゲント団員、ドイツ空軍の衛生兵だったパウル・シェーファーと彼の追随者たちが、1961年に設立したカルト的な少数集団のコロニーである。レナはダニエルを救うべくシェーファーの信奉者と偽ってコロニー内部に潜入するが、そこはピノチェト軍事政権に協力してシェーファーが君臨する暴力と児童への性的虐待が蔓延する恐怖の拷問センターであった。誰一人逃れることができないコロニーから二人は脱出できるのだろうか。                                           (文責:管理人)

 

     

     (シェーファー役のミカエル・ニクヴィストとレナ役のエマ・ワトソン)

 

パウル・シェーファーの人物紹介:1921年ミュンヘンのトロースドルフ生れ、2010年チリのサンチャゴで没。大戦中はヒトラーユーゲント団員であり、ドイツ空軍の衛生兵だった。1959年、孤児院を併設したバプテスト教会を設立したが、児童への性的虐待を告発され、司法の手が及ぶのを恐れたシェーファーは、追随者を引き連れて民主化以前のチリに脱出する。1961年、チリ中央部マウレ州リナレス県のパラル市郊外のバイエルン村(スペイン語で「ビジャ・バビエラ」)に、カルト的少数集団「Sociedad Benefactora y Educacional Dignidad」(仮訳「慈善協会と教育的尊厳」)を設立、のち「Colonia Dignidad」(尊厳のコロニー)に変更した。経済活動は主に農作業であったが、敷地を有刺鉄線で囲い、逃亡防止の望楼を備えた暴力が支配する秘密施設であった(1966年調査時には230人ほどがいた)。 

         

                           (20歳ころのパウル・シェーファー)

 

1973911日、ピノチェト将軍の軍事クーデタ以後、彼の秘密警察である国家情報局の拷問センターという役割が加わった。1974年、ピノチェトもコロニア・ディグニダを訪れている。この施設に連行された人の証言により、情報局員以外のコロニーのメンバーも拷問に加担したことが後に明らかになっている。民政移管された後、シェーファーは26名の児童への性的虐待の告発を受けるが、1997520日に姿を消してしまう。チリのバルパライソに潜伏した後アルゼンチンに逃亡、リカルド・ラゴス政権時の2005310日ブエノスアイレスで逮捕される。両国の話合いの結果、チリ警察の手でサンチャゴに移送される。2006524日、性的虐待で禁錮20年、他にも武器蓄積などで7年が加算される。コロニア・ディグニダの地下兵器庫には機関銃、自動小銃、ロケット弾、更には戦車まで隠されていたという、まさに小さな地獄であった。2010424日、サンチャゴの刑務所内病院で心臓病のため死亡、享年88歳でした。ここまで生き延びて来られたのは南米諸国の政治的後進性と脆弱な民主主義、緻密なナチス残党のネットワーク、何はおいてもチリの長きに渡るピノチェト独裁のおかげである。

 

  

 (2005年、潜伏先のブエノスアイレスで逮捕され、チリ警察の手で移送されるシェーファー)

 

フロリアン・ガレンベルガーは、1972年ミュンヘン生れ、監督、脚本家、俳優、製作者。ミュンヘン大学では哲学を専攻したが、のちミュンヘン・フィルム・スクールで映画を学ぶ。数多く撮った短編のうちQuiero ser2000、“I wont to be…”)が第73回アカデミー賞短編賞、ステューデント・アカデミー賞などを受賞する。また2009年のJohn Rabeが『ジョン・ラーベ~南京のシンドラー』の邦題で公開されている。今年5月には製作に携わったクリスティアン・チューベルトの『君がくれたグッドライフ』が公開される予定。

 

 

   (ブリュール、ワトソン、監督、ベルリン映画祭2016

 

★ガレンベルガー監督は製作動機を「9歳のとき学校で学んだ。当時コロニア・ディグニダのことは一大スキャンダルだった。しかし今でもドイツはアンタチャブルにしていたい。却って本作を撮るために5年前現地を訪れたときのチリのほうがオープンだった」とトロント映画祭で語っていた。1972年ミュンヘン生れの監督が9歳だった1981年は、まだチリはピノチェトが支配していた時代でした。現在ではコロニア・ディグニダについての資料や研究は進んでいるのにドイツが沈黙しているのはおかしい。人権の意味からもドイツは真実を明らかにする負債を負っている、ということでしょうか。スリラー仕立ての実話に基づく恐怖ドラマでもあるが、「これは恐怖を超えた愛の物語です。今日では、夫を助けだしたいという妻のあのような行為は普通のことではありませんが、私が惹かれるのはあの女性の勇気です」と監督。ハリポタの少女エマ・ワトソンも頭の回転の早い大人の女優に成長しました。

 

     

         (コロニア・ディグニダがあった場所、ビジャ・バビエラ)

 

『ロス・ホンゴス』*東京国際映画祭2014 ③2014年11月16日 22:59

★スペイン語映画の3本目は、最近紹介されることの多くなったコロンビア映画、邦題「ロス・ホンゴス」についての文句は後回しにして、麻薬密売物ではないもう一つのコロンビアが描かれていた。コンペティション部門で3回上映という破格の扱い、ルイス・ナビア監督と製作者ゲルリー・ポランコ・ウリベさんとのQ&Aを織り混ぜております(司会者:プログラミング・ディレクター矢田部吉彦氏、鑑賞日1025日)。

 


     『ロス・ホンゴス』“Los hongos

製作: Contravia Films / Burning Blue / Arizona Films

監督・脚本:オスカル・ルイス・ナビア

共同脚本:セサル・アウグスト・アセベド 他

撮影:ソフィア・オッジョーニ・ハティ

美術:ダニエル・シュナイダー/アレハンドロ・フランコ

音楽:Zalama Crew / La Llegada del Dios Rata / セバスティアン・エスコフェ

編集:フェリペ・ゲレーロ

プロデューサー:ゲルリー・ポランコ・ウリベ

グラフィティ・アーティスト:Fuzil--Arma Gráfica / Mario Wize / La Pulpa / Repso / Mesek

データコロンビア≂仏≂独≂アルゼンチン合作、スペイン語、 2014103分、アジアン・プレミア

ベルリンFFのワールド・シネマ基金、ロッテルダムFFのヒューバート・バルズ基金、イタリアのトリノフィルム・ラボ、ブエノスアイレス・ラボ、カンヌFFのシネ・フォンダシオン・レジデンスの支援を受けて製作された。

受賞歴:ロカルノ映画祭2014(スイス)特別審査員賞受賞&金の豹賞ノミネート

    ロッテルダム映画祭2014  ヒューバート・バルズ基金ライオンズ・フィルム賞(Hubert Bals Fund Lions Film)受賞/TIFF 2014コンペティション出品

トロント、サンセバスチャン、トリノ、カイロ、セビーリャ・ヨーロッパ、各映画祭2014に正式出品。 


キャスト:ジョバン・アレックシス・マルキネス(RAS)、カルビン・ブエナベントゥーラ・タスコン(カルビン)、アタラ・エストラーダ(カルビンの祖母)、グスタボ・ルイス・モントーヤ(カルビンの父グスタボ)、マリア・エルビラ・ソリス(RASの母マリア)、ドミニク・トネリエ(カルビンのガールフレンド)、アンヘラ・ガルシア(パンク・バンドのリーダー)、他

 

ストーリーRASは建設現場の仕事を終えると、毎晩、近所の壁に落書き(グラフィティ)をしている。RASと母親のマリアはパシフィック・ジャングルからカリ東部の町へ移住してきた。RASは眠れない日々が続き白昼夢を見始める。そんな息子を見てマリアは、息子が何かに憑りつかれ、そのうち正気を失うのではないかと心配する。ある日、RASは職を失う。現場からペンキの缶を盗み、家の隣の壁に巨大な絵を描いていたからだ。彼はもうひとりの若いグラフィティ・アーティスト、カルヴィンを探しにいく。ふたりは目的もなく町をさまよう。さながら、道に迷って戻れなくなることを望むかのように。              TIFF公式プログラムより引用)                                      

 

★監督キャリア紹介

オスカル・ルイス・ナビアOscar Ruiz Navia1982年カリ生れ、監督、脚本家、プロデューサー他。コロンビア国立大学の映画学校で学んだあと、バジェ大学の社会情報科を卒業。アントニオ・ドラド・スニェガの“El Rey”(2004)に撮影アシスタントとして参加(これはフィクションであるがカリの麻薬密売王をモデルにした映画)、カルロス・モレノの話題作“Perro come perro”(08)では助監督になった。2006年、バジェ大学の社会情報科の卒業生が設立したContravia Filmsに参加、長編デビュー作El vuelco del cangrejo2009 英題Crab Trap)の製作会社、ベルリン映画祭2010「フォーラム」部門に出品され、批評家連盟賞を受賞したほか、数々の国際映画祭で高評価を得た。また2012年には、ウイリアム・ベガのデビュー作“La sirga”(英題“The Towrope”)をプロデュースした。カンヌ映画祭2012「監督週間」に出品されたほか、トロント、サンセバスチャン、ロンドン、ハバナなど各映画祭に出品された。

主なフィルモグラフィー

2006Al vacio 1,2,3”(短編)

2008En la barra hay un Cerebro”(短編ドキュメンタリー)

2009El vuelco del cangrejo”ベルリンFFの他、ブエノスアイレス・インディペンデント・シネマ2010「特別メンション」、フライブルク映画祭2010、ハバナ映画祭2009、ラス・パルマス映画祭2010などで受賞している他、ノミネーション多数。

2013Solecito”(短編)オーバーハウゼン国際短編映画祭2014「特別メンション」を受賞、他

2014Los hongos”邦題『ロス・ホンゴス』(上記)


     この映画の真髄は「生」である

 

A:: Q&Aは監督が英語、プロデューサーがスペイン語というわけで通訳者二人、やはりこれが難物、時間が掛かりすぎてヤキモキするね。日本の印象、礼儀正しいとか食事が美味しいとかは省略しよう。

B: 何故生れ故郷カリに戻って映画を撮ろうとしたか。カリにいなかったようですね。

A: お祖母さんがガンに罹って看病のために戻った、結局亡くなってしまったのだが、このことがきっかけでカリを舞台にバックグラウンドの違う二人の青年を軸にした「死から生」への物語を撮ろうと考えた。祖母の死というかなり個人的な「痛み」が構想の出発点だったようです。コロンビアのプレス会見では、亡くなったのは5年前と語っていたから、だいぶ前から温めていたようです。

 

B: 監督によれば、「みんなキノコというタイトルだと聞くと、ドラッグとか快楽とか幻覚的なイメージをもつかもしれませんが、このタイトルのメタファーは、腐敗とか死が充満しているなかに突然現れてくる生と希望のシンボルとしてのキノコなんです」と。こう要約してよかったでしょうか。

A: サイケデリックとは全く反対ということですね。キノコは光が届かないジメジメした場所で葉緑素なしで生きていけるし、腐敗したものに生える寄生生物だから「生」とはかけ離れた印象があるけど、腐敗=死から新しい命=生が現れるのも事実です。腐敗した世の中で生きている青年二人に新しい生が訪れる映画です。

 

     沈黙しないよう学ぶための実践マニュアル映画

 

B: サンティアゴ・デ・カリは、太平洋に面したコロンビア南西部に位置するバジェ・デル・カウカ県の県都です。首都ボゴタ(700万)、メデジン(230万)につづいて三番目に人口の多い大都市です(220万)。麻薬密売、バイオレンス、殺人、誘拐、汚職、ゲリラなど、コロンビアのイメージは日本人にはあまり芳しくない。

A:: ラテンビート上映の『デリリオ―歓喜のサルサ―』でも触れましたが、負の遺産が多すぎる。社会の中に道徳や公正さが失われ腐敗があることは否定できない。コロンビアで政治と無縁の映画を撮ることは出来ないが、しかし、そこに新しい血液を注ぎ込むことは出来る、と監督の世代のシネアストたちは考えているようです。

 

B: RASとカルビンは、まだ自分のしたいことが分からないが、グラフィティ・アーティストとして自分たちの考えを壁に描くことで表現しようとする。しかし他人の家の壁に描くわけだから許されないわけですね。

A: 本作に出てくるグラフィティ・アーティストたちは、全員ホンモノで有名人だそうです。彼らの協力を得られたことも成功の理由の一つ。社会の不合理に沈黙しないことがテーマでもあるね。別のセクターに育った二人の若者の友情と都市文化を融合させるにはどうしたらいいか、それが難しかった。グラフィティに辿りついて構想が固まっていった。

 

     お祖母さん役は私の本当の大叔母です!

 

B: 本作は群衆劇ですが、スペイン語では「合唱劇」といわれる。こちらのほうがぴったりする。

A:: 最初は無関係だった登場人物がやがて自然に調和してハーモニーを奏でていくからね。

B: Q&Aの最初の質問者がお祖母さんの生き方や演技を褒めたら、観客から期せずして温かい拍手が沸いた。毎年滋賀県から見に来る有名人らしい()

A: 主催者にとって、こういう観客は貴重な存在だね。監督が「実は私の本当の大叔母です。あのクレージーな父親も私の父親なんです」と答えて、これまた会場は爆笑に包まれた。

 

     (発声練習をするクレージーなお父さん、グスタボ・ルイス・モントーヤ)

 

B: 二人の青年がアマチュアなのは直ぐ分かりましたが、全員が映画初出演ということでしたか、ちょっとはっきり聞きとれなかった。

A:: 全くのアマチュアだけというわけでもないようですが、最初に浮かんだアイディアは登場人物は現実にそれをやってる人に、アーティストの役はカリのマリオ・ワイズを筆頭に実際のアーティストに出てもらう、ミュージシャンも同じようにということだった。一番難しかったのは、RASとカルビンの二人の主人公、それはまるで「藁小屋で落とした針を探す」ようなものだった。

B: 全エストラートの教育センターを巡って約700人ぐらいの若者にインタビューした。

 

A:: カルビン・ブエナベントゥーラ・タスコンが演じたカルビンは、アントニオ・ホセ・カマチョ学校で見つかった。まだ大人になりきっていない体つきと優しい顔つきがぴったりだった。タトゥとピアスをして、両親が離婚したので癌治療中のお祖母さんと暮らしているという設定だった。

B: RASは絵を描くことが好きなアフロ系の青年、そのうえスケボーができることが条件だったのでジョバン・アレックシス・マルキネスは願ったり叶ったりだったとか。

 

A:: 宗教的にはラスタファリズムというアフリカ回帰のジャマイカの宗教を信じていて、そういう宗教的なグラフィティを描く。昼間は建設現場で働くということにした。

B: カルビンの父親と祖母は監督が述べた通りですね。楽しんで演じていたのが伝わってきた。

A:: RASの母マリアに扮したマリア・エルビラ・ソリスはパシフィックの歌手、役柄もパシフィック・ジャングルからカリに移ってきた母子という設定だった。デビュー作El vuelco del cangrejoの舞台がそこで、太平洋に面したブエナベントゥーラ市の近くです。マリアのように白人と黒人の混血ムラートやメスティーソ、黒人が住んでいる地域です。

B: カルビンのガールフレンドのドミニク・トネリエは、パリで演技を学んでいたから全くのアマチュアではない。名前から判断するにフランス系の人ですね。

A: 女性のパンク・バンドのリーダーになったアンヘラ・ガルシアはモデルをしている。この二人の女性からはRASもカルビンもそこそこに遊ばれて、結局はぐらかされてしまう()。二人はまだコドモです。 

               (卵料理を食べるRASと母マリア)

 

A:: お父さんも相当ユニークだが、お祖母さん役のアタラ・エストラーダの演技してない演技が光った映画でした。家族アルバムを説明するシーンで使われたのもホンモノだということでした。ここでコロンビアの歴史の一端を語らせる巧みな演出に感心しました。

B: お祖母さんは癌の放射線治療を受けているのか、髪をスカーフで包んでいる。痒くて眠れないと言うと、孫のカルビンが寝入るまで優しく頭皮を揉んでやる。

A:: このシーンね、デビュー作にも出てくる。主人公が絶望で死にそうになっているとき、女の子が優しく頭を揉んでやる。ああ、これは監督が実際にやってやったり、してもらったりしているんだな、と感動したんです。

B: グラフィティも音楽も素晴らしかったが、こういう一見何でもないシーンが観客を惹きつけるんですね。 

        (ポスターをバックにお祖母さんになったアタラ・エストラーダ)

 

     ロス・ホンゴスかロス・オンゴスか、どっちでもいい?

 

B: タイトル「Los hongos」のスペイン語の意味は、カタログ解説にあるように特別「マッシュルーム」を指しているわけではなく、「キノコ・菌類」のこと、スペイン語はHを発音しないから「オンゴス」にして欲しかった。

A:: 困った題名の一つかな、クレームつけてるブログがあった。個人的には上映してくれるだけで満足すべきと諦めているから「どっちでもいい派」なんです。しかし1年前、最初のタイトル「ブランカニーヴス」にクレームがついたことで、公開時には『ブランカニエベス』に訂正されたことがあった。文句言った人の知名度が物を言ったのかも()

 

B: 誰が見ても聞いても意味不明だから、作品がイメージできない。英語のカタカナ起しは長いと幾度目にしても記憶できないが、もう市民権を得ましたね。

A:: 本作はデビュー作のように英題がまだ決まってないらしく、映画祭でのプレミアは仕方なかったのでしょう。最後のシーンで二人が登る大木は、サマネア・サマンといって中南米に主に生息する。葉っぱから垂れ下がっている白いものがオンゴスです。大木に寄生しながら「死から生」へ向かう、未来を二人が確信するシーンです。

B: 記憶に残る美しいシーンでしたが、ちょっとあり得ない展開でした。最後にきて飛躍が起こった印象でした。 

           (サマネア・サマンの木の下のRASとカルビン)

 

A: このブログはまだ1年ちょっとしか経っていませんが、アンドレス・バイス、フランコ・ロジィ、リカルド・ガブリエリなど、既にコロンビア映画を10本ほど記事にしています。テーマも切り口も多様、最近の躍進ぶりは5年ほど前のチリ映画を思い起こさせます。オスカー賞2015のコロンビア代表作品に選ばれたのは、マリア・ガンボアのデビュー作Mateoと、これまた新星現るで、裾野が広がってきたことは間違いありません。

 


エストラートestrato1993年に創設された「社会プログラム受益者選定システム」のこと。各家庭の経済状態を「1から6」までの階層に格付けしたもの。各家族が国家に納めるべき税金の額によって社会階層が決まってくる。もっとも社会経済状態が低いのが「階層122.3%)で、「階層241.2%)が多数を占める。「階層3」は中の下の階層、都会に住む大多数の家族が「23」である。「階層4」は中流階級に入り、プロフェッショナルな職業についている人や商人である。階層5」(1.9%)は中流の上、「階層6」(1.2%)は、邸宅や豪華マンションに住み数台の車を所有し、持てるすべてのものを持つエリートである。証明書が発行され、それによって公共料金の額(階層1は免除)とか、大学授業料が決まる仕組みRASの家庭は「階層1」、カルビンの家は「23」でしょうか。コロンビアが階層によって分断された社会であることが、監督の「政治抜きに映画は作れない」という発言になっていると思います。

 

モントリオール映画祭2014*ノミネーション①2014年08月17日 18:48

★秋の第一陣として8月下旬から9月にかけて、ヴェネチア映画祭(827日~96日)より一足先にモントリオールで開催される国際映画祭、正式名称は「Festival des Films du Monde--Montréal」、今年は821日から91日まで。モントリオールはカナダでもフランス語圏なので英語よりフランス語映画が多く、受賞作もそのような傾向がある。スペイン語映画はフランシスコ・ロンバルディの『豚と天国』(1990ペルー≂西合作)から絶えて受賞がない。

 

★順当にご紹介するなら、ワールド・コンペティション部門から始めるべきですが、今年のマラガ映画祭の目玉の一つTodos están muertos ノミネートされていましたので、まずそこから入ります。

 

★ファースト・フィルム部門(First Films World Competition)

Todos están muertos They Are All Deadベアトリス・サンチス 2014西 メキシコ

17回マラガ映画祭2014審査員特別賞・最優秀女優賞(エレナ・アナヤ)・青年審査員特別賞(マラガ大学が選考)・オリジナル・サウンドトラック賞(Akrobats)を受賞した。最優秀作品賞の次に大きい賞が審査員特別賞、デビュー作ながら閉幕後の330日にスペイン公開を果たしている。(マラガ映画祭2014で既にご紹介している作品⇒コチラ411

 

キャスト:エレナ・アナヤ(ルぺ)、アンヘリカ・アラゴン(母パキータ)、ナウエル・ペレス・ビスカヤルト(兄ディエゴ)、クリスティアン・ベルナル(息子パンチョ)、マカレナ・ガルシア(ナディア)、パトリック・クリアド(ビクトル)他

 

ストーリー1980年代には兄ディエゴとロックバンド「グリーンランド」を結成、ポップ・ロック歌手のスターとして輝かしい成功をおさめたルぺの15年後が語られる。時は流れ、当時のルぺたちの活躍が話題になることはない。引退した彼女の人生に過去のある幻影が忍び寄ってくる。兄の死後、メキシコ出身の迷信深い母親パキータとちょうど思春期を迎えたテーンエイジャーの息子パンチョと暮らしているが、広場恐怖症のうえパニックに陥りやすいルぺは愛情こまやかな母親なしでは生きていけない。息子はエゴイストの母を嫌っており、二人の関係はぎくしゃくしている。折りも折りパキータは自分に残された時間が少ないことを知り、<死者の日>に戻ってくる亡き息子のディエゴに相談しようと決心する。 


★エル・パイスのコラムニスト、ジョルディ・コスタによると、「完璧に仕上がった映画ではないが、デビュー作としては大胆なアイデンティティに溢れた」作品と評価は高い。既に忘れられた1980年代のノスタルジーやあの世とこの世の境界線のないファンタジックなストーリーを嫌う人は辛口批評になっている。悲劇、コメディ、ドラマ、ファンタジーなどの要素が作用しあった不思議なカクテルとなっているようです。フランコ体制後のスペインは、民主主義移行期を過ぎて1980年代に入ると、アルモドバルを筆頭に新しい才能がスペイン映画界に輩出された。彼のデビュー作『ペピ、ルシ、ボム、その他大勢の娘たち』や、イバン・スルエタの第2Arrebato(エウセビオ・ポンセラ/セシリア・ロス主演)など、1980年の製作である。両作とも公開もDVDも発売されなかったが、『ハモン、ハモン』(1992)でブレイクする以前のビガス・ルナも含めて再評価されるべきと思います。観念的とか美学とは無縁ながら社会を解体するエネルギーがほとばしっている。個人的には20世紀では1980年代の映画が一番面白いと思います(アルモドバル以外の二人は鬼籍入りしています)。

 

ベアトリス・サンチスは、1976年バレンシア生れ、監督、脚本家、アート・ディレクター。2008年のLa claseがゴヤ賞2009短編ドキュメンタリー賞にノミネート、2010年の短編Mi otra mitadがワルシャワ映画祭にノミネートされている。エレナ・アナヤとの5年間(200813)にわたるパートナー関係を昨年の夏解消した。 

 

       (マラガ映画祭授賞式でのベアトリスとエレナのツーショット)

 

エレナ・アナヤは、1975年パレンシア生れ、アルフォンソ・ウングリアのAfrica1996)でデビュー、フェルナンド・レオンの『ファミリア』(1996)、これは「スペイン映画祭1998」で上映されたので、比較的早く日本に紹介された。その後も次々に話題作に引っ張りだこ、最近ではフリオ・メデム『ローマ、愛の部屋』(2010)、アルモドバル『私が、生きる肌』(2011)などで認知度バツグン、マラガ映画祭2012の大賞「マラガ賞」受賞者でもある。

 

(ルぺに扮したエレナ・アナヤ)

 

アンヘリカ・アラゴンは、1953年メキシコ・シティ生れ。カルロス・カレーラの『アマロ神父の罪』(2002)でヒロインのアメリア(アナ・クラウディア・タランコン)の母親を演じ、アリエル賞の助演女優賞を受賞したベテラン。昨年のラテンビート2013で上映されたラファ・ララの『55日の戦い』(2013)では、ドーニャ・ソレダー役を演じた。

 

         (アンヘリカ・アラゴン『55日の戦い』のプレス会見で)

 

★他にパブロ・ベルヘルの『ブランカニエベス』(2012)の白雪姫役でデビュー、翌年ゴヤ賞新人女優賞をいきなり受賞したシンデレラ女優マカレナ・ガルシアが出演している。