『ビバ』 パディ・ブレスナック*ラテンビート2016 ④2016年10月02日 13:44

          ラテンビートにアイルランドの監督作品が初登場!

 

★ラテンビートの作品紹介では、製作国は「キューバ、アイルランド」となっておりますが、正確にはアイルランド映画です。キューバの俳優を起用してハバナで撮影、言語もスペイン語とややこしいのですが。本作は「88回アカデミー賞2016外国語映画賞部門」のアイルランド代表作品、プレセレクション9作まで踏ん張りましたが、ノミネーションにはいたりませんでした。キューバは2016年の出品を見送りました。ちなみに2017年はパベル・ジローPavel Giroudの“El acompañante”(“The Companion”)を出品します。かつて“La edad de la peseta”(06)が代表作品に選ばれています。本作は「ラテンビート2007」で『目覚めのとき』の邦題で上映されたことがあります。

 

  

 

『ビバ』“Viva

製作:Treasure Entertainment(アイルランド)/ Irish Film Board(同、資金提供)、協力Radio Telefis Eireann(同)/ Windmill Lana Pictures(同)/ Island Films(イギリス)

監督:パディ・ブレスナック

脚本:マーク・オハロランMark O’Halloran

音楽:スティーブン・レニックス

撮影: Cathal・ワターズ

編集:スティーブン・オコンネル

衣装デザイン:ソフィア・マルケス

プロダクション・デザイン:パキー・スミス

製作者:ベニチオ・デル・トロ(エクゼクティブ)、Rory Gilmartin(同)、キャスリン・ドーレ、レベッカ・O’Flanagan、ロバート・ウォルポール、他

 

データ:アイルランド=キューバ、スペイン語、2015年、100分、撮影地ハバナ、アイルランド、公開アイルランド2016819日、スペイン20167月、フランスなど、キューバは未定

映画祭・受賞歴テルライド映画祭2015、パームスプリングス映画祭2016,以下サンダンス、グアダラハラ、テルアビブ、アトランタ、ブリュッセルなど国際映画祭2016多数。サンタバーバラ映画祭でADL スタンドアップ賞(パディ・ブレスナック)、ダブリン映画祭2016「アイルランド長編部門」観客賞、IFTAアイルランド映画TVアカデミー賞2016撮影賞(Cathal・ワターズ)受賞

 

キャストエクトル・メディナ(ヘスス)、ホルヘ・ペルゴリア(父アンヘル)、ルイス・アルベルト・ガルシア(ママ)、パウラ・アンドレア・アリ・リベラ(ニタ)、トマス・カオ(ネストル)、リビア・バティスタ(ラサラ)、他多数

 

解説 18歳になるヘススはハバナのドラッグ・パフォーマーの一座で働いている。しかし彼のやりたいことはドラッグ・クイーンとして自ら舞台に立つことだ。やがてチャンスがめぐってきて、「ビバ」という芸名で「ママ」の経営するクラブのステージに立つことができるようになった。そんな彼の前に15歳のとき以来会うこともなかった父親が刑務所から出所してくる。元ボクサーの父はホモ嫌い、女装趣味の息子とは水と油でしかない。長い不在から帰還した父と子の葛藤が再燃する。彼らは家族として再出発できるのだろうか。

 

 

(元ボクサーの父役ホルヘ・ペルゴリア、息子を演じるエクトル・メディナ)

 

★ブリュッセル映画祭2016のコンペティション部門にノミネーションされ(受賞は逃したが)、7月にはスペイン公開が実現しました。アイルランドは、EU離脱(ブレグジットBrexit)で世界に激震を走らせ、冷たい視線を浴びせられているグレート・ブリテンの一員ではありませんが、隣国ですから政治的経済的に吉と出るか凶と出るか、今後の予測は難しい。

     

 ★コロラド州のテルライド映画祭9月開催)は歴史も古く審査員が毎年変わる。2015年にはハイロ・ブスタマンテの『火の山のマリア』(グアテマラ)も上映された。アイルランド映画委員会が資金を出して映画振興に力を注いでいるそうで、それが本作のような海外撮影を可能にしたようです。アカデミー賞2016のアイルランド代表作品ですが、公開はIMDbが間違いでなければ20168月でした。 少なくともキューバ人のキャストを起用してハバナでの撮影を許可したのですから、いずれ公開もあるでしょうか。アグスティ・ビリャロンガの『ザ・キング・オブ・ハバナ』(15ラテンビート2015)は、「あまりに脚本が悪すぎ」という理由でキューバから撮影を拒否されたのでした。 

  

★アイルランドは、1949年にイギリス連邦から離脱した共和国、首都はダブリン、公用語は勿論アイルランド語ですが、400年にも及ぶイギリス支配で、国民の多数は英語を使用しています。国家がアイルランド人としてのアイデンティティ教育の一環として学校で学ぶことを義務づけています。しかし学ぶには学ぶが、日常的には英語だそうです。最近EUの公用語に指定されましたが、支配下にあった時代のスウィフトの『ガリヴァー旅行記』、オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』も英語で書かれています。パディ・ブレスナック監督もアイルランド語の映画を撮っておりますが、ドラマは英語です。そういう意味では『ビバ』は異色、よくアイルランド代表作品に選ばれたと驚きます。アイルランドのオスカー賞レース参加は2007年から、『ビバ』が3回目、2017年も参加します。

  

 

  監督キャリア&フィルモグラフィー

パディ・ブレスナックPaddy Breathnackは、1964年ダブリン生れ、監督、製作者、脚本家。公開作品は、イギリス映画『シャンプー台のむこうに』01Blow Dry”)1作だけです。『フル・モンティ』のサイモン・ボーフォイが脚本を執筆、アラン・リックマンがカリスマ美容師に扮した。他にDVD化される確率が高いホラー映画2『デス・トリップ』07Shrooms”)、『ホスピス』08Freakdog”)が字幕入りで見ることができます。サンセバスチャン映画祭にブレスナックのデビュー作Ailsa94)が上映された折には、「ダブリンのキェシロフスキ」と話題になったそうです。つづく第2作がスリラー仕立てのアクション・コメディI Went Down97)、本作は同映画祭の新人監督賞、審査員賞を受賞した。クールでバイオレンスもたっぷり、自由奔放、たまらなく可笑しいブラックユーモア溢れた作品に審査員からも批評家からも、勿論観客からも歓迎された。彼の代表作は公開された『シャンプー台のむこうに』より、むしろこちらのほうではないでしょうか。そのほかコメディMan About Dog04)など。先述したように『ビバ』はアカデミー賞2016のアイルランド代表作品になった。

 

    

              (パディ・ブレスナック監督)

 

  主なスタッフ&キャスト紹介

スタッフはアイルランド・サイドで構成され、ダブリン映画祭ではクロージング上映だった。またアイルランド映画TVアカデミー賞では、Cathal・ワターズが撮影賞を受賞、他にスティーブン・オコンネル、パキー・スミス、スティーブン・レニックスなどがノミネートされていた。

 

キャスト陣は、主人公にエクトル・メディナ、その父親に最近アカデミー会員に選ばれたホルヘ・ペルゴリア、ベテラン俳優ルイス・アルベルト・ガルシアと、キャスト陣はキューバで固めています。ホルヘ・ペルゴリアは割愛しますが、エクトル・メディナは『ザ・キング・オブ・ハバナ』でヒロインの隣に住んでいた娼婦役の俳優、ルイス・アルベルト・ガルシアはオムニバス『セブン・デイス・イン・ハバナ』に出演、当ブログでご紹介したマリリン・ソラヤのデビュー作“Vestido de novia”や“Perfecto amor equivocado”他、テレビでも活躍するベテラン、トマス・カオは、ベニト・サンブラノの『ハバナ・ブルース』ほか、フアン・カルロス・タビオの“Cuerno de la abundancia”、最近ペルゴリアが監督した“Fatima”では大役に抜擢されている。パウラ・アンドレア・アリ・リベラ(“Perfecto amor equivocado”)、その他は今作でデビューしたようです。

 

  

      (エクトル・メディナとママ役ルイス・アルベルト・ガルシア、映画から)

 

主なViva関連記事は、コチラ⇒2016711日・2015103

 

ホライズンズ・ラティノ部門第3弾*サンセバスチャン映画祭2016 ⑧2016年08月27日 16:53

      1980年代のキューバ―カルロス・レチュガの「サンタとアンドレス」

 

★トマス・グティエレス・アレアが亡くなってからのキューバ映画は、散発的に新作が届けられることはあっても、概ね日照り続きで寂しい限りです。多分公開作品ではアレハンドロ・ブルゲス『ゾンビ革命 フアン・オブ・ザ・デッド』2011,スペイン=キューバ)が最後ではないでしょうか。「ラテンビート2012」で先行上映されたあとレイトながら公開されました。オムニバス『セブン・デイズ・イン・ハバナ』12)の製作国はフランスとスペイン、キューバの監督も参加しておりますがキューバ映画ではない。昨年のSKIP国際Dシネマ映画祭の観客賞を受賞したエルネスト・ダラナス・セラーノ『ビヘイビア』14、キューバ)は、Filmarksフィルマークスで見られたようだが未公開だと思います。

 

★今回ご紹介するのは「自由についての物語」、カリブの小さな島で窒息しそうになっている若者たちが作った映画、カルロス・レチュガの第2作めSanta y Andrésです。キューバ革命に疑問をもつ60歳のゲイ作家アンドレス、政府から彼の監視役を命じられた30歳の農婦サンタの3日間の物語。キューバの隣組組織を利用した密告制度は、アレア監督の『苺とチョコレート』93)にも出てきました。ゲイのディエゴ(ホルヘ・ペルゴリア)を監視していたのは闇屋のナンシー(アレア夫人ミルタ・イバラ)でした。映画では既に良き隣人となって登場しますが、そもそもはディエゴの監視役だったのです。さて1980年代のアンドレスとサンタの関係は、どんな展開をするのでしょうか。 

       

 

5Santa y Andrés(“Santa & Andres”)カルロス・レチュガ 

製作:5ta Avenida(キューバ)/ Promenades Films(仏)/ Igolai Producciones(コロンビア)

監督・脚本・プロデューサー:カルロス・レチュガ

脚本(共):エリセオ・アルトゥナガ

撮影:ハビエル・ラブラドール

音楽:サンティアゴ・バルボサ・カニョン

編集:ジョアンナ・モンテロ

ヘアー・メイク:フランク・カレーニョ

衣装デザイン:セリア・レドン

美術:アライン・オルティス

プロデューサー:クラウディア・カルビーニョ(エグゼクティブ)、サムエル・チャビン(共)、グスタボ・パスミン(共)

録音:ライメル・カサマジョール

 

データ:製作国キューバ=フランス=コロンビア、2016105分、スペイン語、長編第2作目、前タイトルは“Santa y Delfín

映画祭・受賞歴:ハバナ映画祭未発表脚本賞、フリオ・アレハンドロSGAE 2014脚本賞、シネマート・ロッテルダム「バウター・バレンドレクト賞」などを受賞。トロント映画祭2016コンテンポラリー・ワールドシネマ部門(ワールドプレミア)、サンセバスチャン映画祭2016ホライズンズ・ラティノ部門正式出品、12月開催のハバナ映画祭2016上映が予定されている。

 

キャストローラ・アモーレス(サンタ)、エドゥアルド・マルティネス(アンドレス)、George・アブレウ、ルナ・ティノコ、セサル・ドミンゲス、他

 

解説1983年、キューバ東部のオリエンテ、まったく立ち位置が異なるサンタとアンドレスの物語。アンドレスはキューバ革命に違和感のある60代のゲイ作家、サンタはアンドレスを監視するよう派遣されてきた独身の30歳の農婦、近づくことで二人を引き離していた重要な事柄に気づく。二人の間に少しずつ微妙な変化がうまれてくる。「自由」についての物語。アンドレスの名前は監督のホモセクシュアルだった大おじ(祖父母の兄弟)からとられた。

 

  

              (サンタとアンドレス、映画から)

 

監督キャリア&フィルモグラフィー紹介:サン・アントニオ・デ・ロス・バニョス国際映画テレビ学校で学ぶ。2008年に卒業制作として書いた脚本を土台にして、デビュー作“Melaza”(12、キューバ=仏=パナマ)を撮る。メラサのサトウキビ工場で働いていた若い夫婦が工場閉鎖で失職してしまい、生活の手段を奪われる話。ハバナ映画祭2012を皮切りに、ロッテルダム映画祭2013でインターナショナル・プレミア、マイアミ映画祭2013正式出品、マラガ映画祭2013銀の小枝賞、バンクーバー・ラテンアメリカ映画祭2013審査員賞、トリニダード・トバゴ映画祭2013長編作品賞などを受賞した。監督によると、「デビュー作と第2作は、キューバとキューバ人について語った映画だから、いわば姉妹のようなもので類似点が多い」という。キューバで映画を撮るのは、「とにかく難しい、海外の映画祭参加の機会も困難、資金もスタッフもナイナイ尽くし。しかしここで映画を撮り続けたい」。

 

  

        (ロマンティク・コメディも撮りたいカルロス・レチュガ監督)

 

 

トレビア

ワーキング・タイトルは、本作にインスピレーションを与えてくれたデルフィン・プラッツPratsに捧げてSanta y Delfínだった。しかしフリオ・アレハンドロの同タイトルの脚本がスペインで受賞するなどしたためアンドレスに変更した。ゲイだった大おじアンドレスへのオマージュでもあり、私自身の家族史の部分を含んでいる。デルフィン・プラッツは1945年オルギン生れの詩人、ソ連に留学してロシア語が堪能だが、作品が革命に不適切として執筆活動を禁じられる。さらにホモセクシュアルを理由に1971UMAPに送られている。レチュガ監督は、「会う機会は少ないが、電話で充分話し合うことができた」とコメント。現在はオルギン近郊の農村地帯にあるバラックで猫との二人暮らし、翻訳や作品発表など執筆活動はしていない。ひたすら沈黙を守っているようです。 

  

           (ワーキング・タイトル“Santa y Delfín”)

 

この悪名高きUMAPUnidades Militares de Ayuda a la Produccción)は、普通「生産支援部隊」と訳されているが、主に政治犯(反革命者)やホモ、エホバの証人のような宗教者の矯正を目的に作られた軍事施設。主にサトウキビの刈入れや建設現場など過酷な労働に処せられた。Wikiには196568年の間と書かれているが、実際はより長期間存在した組織。1959年の革命以来国防大臣だったラウル・カストロの発案である。現在は兄フィデルの後継者として、20082月から第2国家評議会議長閣僚評議会議長(国家元首・首相)を兼任している。

 

(詩人デルフィン・プラッツ

 

★監督によると、アンドレスの人物造形には、デルフィン・プラッツのほかに多くのキューバのアーティストや作家たちの人生が雪崩れ込んでいる。例えば政権から汚名を着せられ検閲に抵抗したレイナルド・アレナス(作家、1943年オリエンテ州~9012月ニューヨークで自死、自伝『夜になるまえに』が映画化された)やレネ・アリサ(戯曲家、詩人、造形家、1940年ハバナ~94年サンフランシスコ)を上げている。二人ともそれぞれ1980420日から開始されたマリエル港からの脱出組(約125000人が米国へ脱出した)。「サンタとアンドレスは人間らしい存在ですが、友人のいない独り身、いわゆるノーマルな家族をもっていない。社会的のけ者、社会の片隅というか埒外にいる人々、繊細で痛みを感じることのできる人々だから、二人が近づくのに時間は要らない」と語る。何がテーマの映画と訊かれれば、「自由、自由、自由」と自由を連呼した。

 

20131月には既に「椅子を携えて丘を登ってくる一人の農婦のイメージが頭のなかに描けていた。そしてその椅子に腰掛けてゲイの作家を見張る構図です」。その主役サンタのローラ・アモーレスとゲイ作家アンドレスのエドゥアルド・マルティネスは、二人とも街中で偶然目にしてスカウトした。テレパシーのようにピーンときたそうです。大いに話し合い、本を読み、研究した。結果は大当たりで満足しているとのこと。第3作目の脚本を準備中、「バンパイア」または「ハバナのバンパイア」になりそう。またアベル・アルコスと共同執筆している“La siesta”を同時に進行させており、1898年が舞台になる。2作とも以前から頭のなかにあった企画、厳しいキューバの現実とは無関係の愛の物語をコメディで撮りたいと思っている由。

 

  

       (リュックを背負い椅子を携えて丘を登ってくるサンタ)

 

★当ブログではマリリン・ソラヤの長編デビュー作Vestido de novia14)を紹介しただけです。ソラヤ監督は『苺とチョコレート』でハバナ大学生ダビドの恋人ビビアンを演じた女優でした。こちらはベルリンの壁崩壊後未曽有の危機にあった1990年代半ばのキューバを舞台に、ホモフォビア、貧困、ジェンダー、性暴力、マチスモ、家父長制度、ダブルモラルなどが語られます。

Vestido de novia”の記事は、コチラ⇒2016127

 

   

 

パディ・ブレスナックの新作”Viva”*ハバナを舞台にしたアイルランド映画2016年07月11日 22:06

                            ホモ嫌いの父と女装趣味の息子

 

パディ・ブレスナックVivaは、第88回アカデミー賞外国語映画賞部門のアイルランド代表作品、プレセレクションまで残りましたがノミネーションは逃しました。製作はアイルランド共和国ですが、「ハバナを舞台にしたスペイン語映画」として以前ご紹介しております。主人公にエクトル・メディナ、その父親に最近アカデミー会員に選ばれたホルヘ・ペルゴリア、ベテラン俳優ルイス・アルベルト・ガルシアと、キャスト陣はキューバで固めています。ブリュッセル映画祭2016のコンペティション部門にノミネーションされ(受賞は逃したが)、7月にはスペイン公開が実現しました。アイルランドは、EU離脱(ブレグジットBrexit)で世界に激震を走らせ、冷たい視線を浴びせられているグレート・ブリテンの一員ではありませんが、隣国ですから政治的にも経済的にも混乱は避けられませんね。

Viva”の紹介・アカデミー賞関連記事は、コチラ⇒2015103同年1219

 

IMDbによれば、肝心のキューバではまだ公開されていないようですが、少なくともキューバ人のキャストを起用してハバナでの撮影を許可したのですから、いずれ公開もあるでしょう。アグスティ・ビリャロンガの『ザ・キング・オブ・ハバナ』(15)は、撮影さえ拒否されたのでした。文化の雪解けはずっと先の話なのかもしれません。父親の長い不在、ルイス・アルベルト・ガルシアが「ママ役」、どうやら甘ったるい味付けの父子の憎悪劇ではなさそうです。

 

    

              (元ボクサーの父ホルヘ・ペルゴリア、息子エクトル・メディナ)

 

★パディ・ブレスナックの公開作品は、イギリス映画『シャンプー台のむこうに』01Blow Dry”)1作だけです。『フル・モンティ』のサイモン・ボーフォイが脚本を執筆、アラン・リックマンがカリスマ美容師に扮した。他に『デス・トリップ』07Shrooms”)、『ホスピス』08Freakdog”)のホラー映画2本がDVD化されております。ホラーはDVD化される確率が高い。サンセバスチャン映画祭にブレスナックのデビュー作Ailsa94)が上映された折には、「ダブリンのキェシロフスキ」と話題になったそうです。つづく第2作がスリラー仕立てのアクション・コメディI Went Down97)、本作は同映画祭の新人監督賞、審査員賞を受賞した。クールでバイオレンスもたっぷり、自由奔放、たまらなく可笑しいブラックユーモア溢れた作品に審査員からも批評家からも、勿論観客からも歓迎された。彼の代表作は公開された『シャンプー台のむこうに』より、むしろこちらのほうではないか。

 

    

★今年のブリュッセル映画祭(617日~24日)は、バスクを含むスペイン映画が気を吐きました。“Viva”以外にもカルレス・トラスCollback(西=米)が審査員賞、若手ベン・シャロックPikadero(西=英)が脚本賞、ベテランイシアル・ボリャインEl olivo(“The Olive Tree”)が観客賞を受賞しました。未紹介の“Pikadero”は、サンセバスチャン映画祭2015の新人監督・バスク語映画部門に出品された作品。チューリッヒ、エジンバラなど国際映画祭での受賞歴多数。経済の落ち込みで恋人ができても独立できない。二人とも親と同居、出口なしの若い恋人が主人公、切なくておかしくて、その斬新な映像美が若い観客の心を掴んだ。 

      

                 (私たち、どこで愛し合ったらいいの? “Pikadero”から)

 

カルレス・トラス“Collback”の作品・監督紹介記事は、コチラ⇒201653

イシアル・ボリャイン“El olivo の作品・監督記事は、コチラ⇒2016221

  

『苺とチョコレート』のナンシー*ミルタ・イバラ、スペインにリターン2016年04月10日 16:18

        自作自演の二人芝居、演劇のスペシャルな夕べ

 

★企業家を引き連れてのオバマのキューバ訪問、季節外れのハリケーン級の老人パワーを見せつけたローリング・ストーンズのハバナ公演と、退屈だったカリブの小島も一時世界の注目を集めました。公演中は長時間におよぶ停電に悩まされた近隣住民もヤレヤレでしょうか。そんな小島から時を同じくして、トマス・グティエレス・アレアの『苺とチョコレート』でナンシー役に扮した監督夫人ミルタ・イバラ15年ぶりにマドリードに戻ってきました。映画ではなく自作自演の舞台Neurótica Anónima出演のためです。キューバ出身のジョエル・アンヘリノとの二人芝居、脚本も彼との共同執筆のようです。マドリードでの上演は47日マチネーで1回のみ、その後、カナリア諸島のサンタ・クルス・デ・テネリフェでは10回の予定。

 

 

 (トンボ眼鏡を右手にチャーミングなミルタ・イバラ、マドリードのカサ・アメリカにて)

 

★『苺とチョコレート』のあれこれには触れないとして、相手のジョエル・アンヘリノは彫刻家ヘルマンになった俳優、思い出せない方はホルヘ・ペルゴリア扮する同性愛者ディエゴのアーティスト仲間、意見の相違で口論となり、自作を壊してしまった彫刻家と言えば思い出していただけるでしょうか。彼は約15年前にキューバを出てスペインに亡命しました。現在はサンタ・クルス・デ・テネリフェに定住、映画やTVドラ、演劇で活躍しており、才能国外流出の一人です。『苺とチョコレート』のセネル・パスの原作「狼と森と新しい人間」のディエゴのモデルになったというロヘール・サラスも、実は1981年にスペインに亡命してしまった流出組の一人です。ミルタ・イバラとジョエル・アンヘリノの二人は、2000年から翌年にかけて、Obsesiones Habanerasの舞台で共演しており、先述の「15年ぶりにマドリードに戻ってきました」は、そういう意味でした。

 

  

 (ヘルマン役ジョエル・アンヘリノ、『苺とチョコレート』から)

 

ロヘール・サラスは、セネル・パスにディエゴの人格形成の資料を提供した人、グティエレス・アレアが映画で描いたディエゴ像に抗議したことで知られています。彼はtravesti女装愛好者、亡命するまでハバナの国立美術館に勤務していました。現在は欧米のバレエ衣装や舞台装置のデザインを手がけているほか、「エル・パイス」紙の舞踊欄のコラムニスト、コンプルテンセ大学付属の音楽研究所教授。

 

 

 (“Obsesiones Habaneras”の二人、20006月、カナリア諸島プエルト・デル・ロサリオ)

 

ミルタ・イバラ19462月ハバナ南東30キロにあるサン・ホセ・デ・ラス・ラハス生れ、女優、脚本家、監督。父親は鋳物工場の経営者、国立芸術学校で学び、1967年在学中に舞台デビューする。同年フランス人と結婚、最終学年の1970年に男子を出産する(現在では孫もいる由)。ハバナ大学でラテンアメリカ文学を専攻する。略奪愛と話題になったトマス・グティエレス・アレア(192696)と再婚したのは1973年、最初の出演映画が長編劇映画7作目の『最後の晩餐』1976、キューバ公開77年)のチョイ役、本格デビューは9作目『ある視点まで』83,キューバ公開84年)、女優としての地位を確立した。続いて『公園からの手紙』88)、『苺とチョコレート』(93)、遺作となった「グアンタナメラ」95)に出演した。最後の2作は監督の癌手術と療養のため、義兄弟のようだったフアン・カルロス・タビオとの共同監督でした。この2作におけるブラックユーモアは、アレアのものというよりタビオのものですね。彼とはキューバ=スペイン合作Aunque estés lejos03)、スペインのクラシック映画、ガルシア・ベルランガの『ようこそマーシャルさん』へのオマージュと言われたEl cuerno de la abundanciaほかに出演しています。最近はアントニオ・HensLa partida13,西=キューバ)、ホルヘ・ペルゴリアのFatima14、キューバ)に出演、前者は同性愛と女装愛好家の人生を語るもの、後者もファティマと呼ばれた若いゲイの娼婦、夜の女王にまつわる物語のようです。

 

   

   (ミルタに演技指導をするグティエレス・アレア、『苺とチョコレート』から)

 

 

    

          (グティエレス・アレアとフアン・カルロス・タビオ)

 

★「キューバでは1年に1本出演できるかどうかの少なさです。私のようにテレビ出演をしない女優にとって映画で食べていくことは難しい」とミルタ。できやすい目の下の隈を隠すように大きなサングラスを手放さないミルタ、「スケジュールの変更があって眠れなかった。それでいくつも台本を私に持たせるの」と微笑みを絶やさずユーモアを連発する。来西する前にアルトゥーロ・サンタナのデビュー作Bailando con Margotの撮影を済ませてきたばかり、「若い監督たちが独立系のプロデューサーと組んで映画作りを始めている。アメリカの経済ブロック解除が庶民の生活を向上させることを期待していますが、それが映画作りにも及ぶかどうかは別のこと」とも付け加えている。かつてのようなキューバがラテンアメリカ映画のメッカとなるのは大分先と考えているようです。ミルタのような待ったなしの年齢では、どうしても現実的にならざるをえません。

 

   

               (ミルタ・イバラ、“Neurótica Anónima”の舞台から)

 

★「私の家はまだティトンの持ち物で所狭しです」と5年前のインタビューで語っていたが、今も同じでしょうか。ティトンとはグティエレス・アレアのことですが、多分彼に囲まれていることで落ち着くのでしょう。初監督作品Titón, de la Habana a Guantanamera2008)は、アレア監督についてのドキュメンタリー.。著書として“Volver sobre mis pasoas”を刊行、これにはティトンからの書簡類の編纂も含まれている。またICAICについての意見や不安、ティトンとの再婚にいたる経緯、そのエネルギュッシュなアタックぶりも詳しく書かれているそうです。

 

★長編映画デビューが『苺とチョコレート』だったジョエル・アンヘリノにとってミルタはどう映っていたか。「常に私を魅了し続けている女優、ミルタは私がまだハバナの国立舞台芸術学校で学んでいた頃、既に神話化された存在でした」と語る。「再び舞台で一緒に演じられるなんて。必ずお客さんを楽しませることができると思う」とも。生年は1970年代初めと推測するが、キューバを離れた後はスペイン映画やシリーズTVドラ(「アイーダ」)出演、映画編集、舞台俳優、サルスエラ出演などで活躍、詩人でもある。最近キコ・カストロが撮った短編“Cristales rotos”は、彼の詩の1編がベースになって製作された。

主なフィルモグラフィー

2001Buñuel y la mesa del rey Salomón”監督カルロス・サウラ

2001I Lave You Baby ”同アルフォンソ・アルバセテ、他

2003El misterio Galíndez”同ヘラルド・エレロ

 

 

     (ジョエル・アンヘリノ、“Neurótica Anónima”の舞台から)

 

★もう間もなくグティエレス・アレアの命日が巡ってきます。今年は没後20周年の節目の年(1996416日)、キューバでは何か催し物が企画されているのでしょうか。

  

キューバ映画”Vestido de novia”*ゴヤ賞2016ノミネーション ⑫2016年01月27日 19:22

       キューバ初の性転換をテーマにした差別と不寛容の物語

 

 

★イベロアメリカ映画賞ノミネーションの最後はキューバ映画Vestido de novia、監督は『苺とチョコレート』(1993,トマス・グティエレス・アレア)でハバナ大学生ダビドの恋人ビビアンになったマリリン・ソラヤの長編初監督作品です。ホモフォビア、貧困、ジェンダー、性暴力、マチスモ、家父長制度、ダブルモラルなどベルリンの壁崩壊後未曽有の危機にあった1990年代半ばのキューバが抱える問題を切り取ったドラマ。

 

    Vestido de noviaHis Wedding Dress2014

製作:ICAIC(キューバ映画芸術産業庁)/  

監督・脚本:マリリン・ソラヤ

撮影:ラファエル・ソリス

編集:ミリアム・タラベラ

録音:カルロス・デ・ラ・ウエルタ

製作者:カルロス・デ・ラ・ウエルタ、イサベル・プレンデス

 

データ:キューバ=スペイン、スペイン語、2014年、100分、撮影ハバナのベラード、カマグエイ、協力者マビィ・スセル、キューバ未公開

映画祭・受賞歴:ハバナ映画祭2014観客賞・スペシャル・メンション受賞、オタワ・ラテンアメリカ映画祭2015上映,マラガ映画祭2015ラテンアメリカ部門観客賞受賞、バルセロナ・ゲイ&レズ映画祭2015上映

 

キャストラウラ・デ・ラ・ウス(ロサ・エレナ)、ルイス・アルベルト・ガルシア(夫エルネスト)、ホルヘ・ペルゴリア(ラサロ)、イサベル・サントス(シシー)、マリオ・ゲーラ(ロベルト)、マヌエル・ポルト(パブロ)、パンチョ・ガルシア(ラファエル)、アリナ・ロドリゲス(サンドラ)、他

 

プロット1994年ハバナ、結婚したばかりのロサ・エレナの物語。ソビエト崩壊後、共産主義の小さな島を襲った経済危機のなか、40歳になる准看護師ロサ・エレナは、夫エルネストと認知症を患う車椅子生活の父親の三人で貧しいながらも幸せであった。夫はキューバの観光政策に欠かせない建築現場の監督をしていた。しかし彼女には夫の知らないもう一つの顔があった。エルネストと知り合う前に働いていた男声合唱団のメンバーであった。生活費の助けになるその仕事を内緒で今も続けていた・・・やがて妻の過去の秘密は夫の知るところとなり、二人の関係は家父長制的な構造、ジェンダー、暴力、マチスモ、ダブルモラルなどが次第に表面化していく。

 

  

         (結婚したばかりでアツアツのエルネストとロサ・エレナ)

 

監督キャリア&フィルモグラフィーMarilyn Solaya 1970年ハバナ生れ、監督、脚本家、女優。おそらく世界でもっとも有名なキューバ映画といえば、それは『苺とチョコレート』にとどめを刺す。本作で女優デビュー、22歳でこの〈アレア映画〉に出演したことが、自分の原点だと語る。「ティトン(アレアのこと)がおり、セネル(・パス原作者)、フアン・カルロス(・タビオ助監督)などと仕事ができた」ことが今の自分を作ったと。その後、エリセオ・スビエラの“Despabilate amor”(1996,アルゼンチン映画)に脇役で出演した他、チリ、アルゼンチン製作の短編に出演しているが、結局ドキュメンタリー作家の道を歩むことになる。

1999Alegrías”(短編ドキュメンタリー)監督・脚本

2001Hasta que la muerte nos separe”(同上)監督・脚本

2002Mírame mi amor”(同上)監督・脚本

2004Roberto Fernández Retamar”(同上)監督

2010En el cuerpo equivocado”(長編ドキュメンタリー)監督

2014Vestido de novia”省略

 

 

(マビィ・スセルを配した“En el cuerpo equivocado”の英題ポスター)

 

2010年の長編ドキュメンタリーEn el cuerpo equivocadoは、In the Wrong Body 英題で国際映画祭でも上映された。1988年キューバで最初の性転換手術を受けたマビィ・スセルの心の内面を旅する作品で、8年間の調査研究を経て映画化された。マビィ・スセルは性同一障害(心の性と身体の性が一致しない)で苦しんでいた。男でも女でもない異形の存在は親からも理解されなかったという。当時センセーショナルなニュースだったが、まだ自分には何の知識もなかったという。十年掛かりだったというVestido de noviaにも脚本からコラボしている。実父はロサ・エレナの父親に投影されている印象を受けたが、この父親の認知症は息子が受けた性転換手術の苦しみから逃れるための仮病だったことが最後に分かる。他の性転換者たちとの交流、俳優たちの演技相談にものり、スセルの体験は主人公ロサ・エレナや性転換を受けた友人シシーの人格造形に役立っているようだ。

 

     

        (左から、ラウラ・デ・ラ・ウス、監督、マビィ・スセル)

 

               登場人物のすべてが「わたし」です

 

★目下2作品ともキューバでは未公開(映画祭上映のみ)、本作について忌憚なく話題にすることは控える状況にあり、ホモセクシャルに対する理解が進んだとはいえ、ホモフォビアの存在は根強いという。トマス・グティエレス・アレアの『苺とチョコレート』を嫌悪するひとがおり、「TV放映まで15年以上に及ぶ歳月を必要とした」とソラヤ監督。他は推して知るべしです。つまりキューバの1990年代半ばの「特別な時代」を背景に性転換をテーマにした映画が、よくICAICの検閲を通ったということです。

 

 

      (ウェディングドレス姿のロサ・エレナと性転換前のアレハンドロ)

 

★しかし「この映画は性転換に触れていますが、それが本質ではありません。私たちが暮らしているキューバには三つの国が存在しています。一つはいわゆるキューバと言われる国、二つ目は殆どのキューバが実際に暮らしている国、もう一つが或る人たちが暮らしている国です」と、ハバナ映画祭上映前にソラヤ監督が語っている。ハバナでのインタビューなので、奥歯に物が挟まったような印象を受けるが、二つ目はフェルナンド・ペレスのドキュメンタリー『永遠のハバナ』(2003)に出てくるような一般のキューバ人、「或る人たち」というのは特権階級にいる人、映画ではホルヘ・ペルゴリアが演じたエリート階級のラサロのような人を指しているようだ。キューバに「赤い貴族」ノーメンクラトゥーラは存在しないというのは幻想でしょう。F・ペレス監督の“La pared de las palabras”(2014)には、J・ペルゴリア、L・デ・ラ・ウス、I・サントスなど演技派が出演しているが、なかなか日本には紹介されない。

 

 

      (愛が壊れてしまったエルネストとロサ・エレナ)

 

★「この映画の視点は人間性を重んじ敬意を払っている点です。多くの人々の共感を得られると信じています。他人の不幸を喜ぶべきではないし、キューバには必要な映画です」と監督。どうして舞台を1994年にしたかというと、「特別の時代」と現在はあまり変わっていないからだという。当時機能しなかったことは今もって機能していない。庶民の経済的困難は続いているし、革命が起こった1959年以来、マイノリティたちの居場所がないことに変わりはない。国を出た人、残った人、エイズで亡くなった人、そういう違いはあっても、忘れられ、遠ざけられ、無視され、根拠なく裁かれる存在、差別と不寛容に耐えている。ロサ・エレナの未来も明るくない。

映画に登場する女性たちの全てが私です。男性たちの全ても私です。“Vestido de novia”は私の叫びなのです

 

  

       (最後は筏でアメリカに向かうシシー役のイサベル・サントス)

 

★最初から最後までリアリズムで押していくやり方は、今日の映画技法からみると物足りないが、スペイン映画アカデミーが本作を推した理由が何となくお分かり頂けたでしょうか。1994年を舞台にしたアグスティ・ビリャロンガ『ザ・キング・オブ・ハバナ』も脚色賞・新人女優賞(ヨルダンカ・アリオサ)・撮影賞(ジョセプ・マリア・アモエド)と3カテゴリーにノミネーションされています。ハバナでの撮影を「あまりにも脚本が悪すぎる」とICAICで拒絶され、やむなくドミニカ共和国のサント・ドミンゴで撮影されました。皮肉にも脚色賞にノミネートされております。パブロ・トラペロEl clan受賞を予想しますが、こればかりは蓋を開けてみないと分かりません。

 

ラテンビート2015上映の『ザ・キング・オブ・ハバナ』の記事は、コチラ⇒2015917

ベネチア映画祭監督賞受賞の“El clan の記事は、コチラ⇒201587921

 

『ザ・キング・オブ・ハバナ』*ラテンビート2015 ③2015年09月17日 16:17

        キングもハバナも出てこない『ザ・キング・オブ・ハバナ』

 

★間もなく開催されるサンセバスチャン映画祭正式出品映画です。そちらで少し記事をアップしておりますが(コチラ⇒84)、ラテンビート上映ということなので改めてご紹介いたします。アグスティ・ビリャロンガ監督といえば『ブラック・ブレッド』、これは「ラテンビート2011」の目玉でした。主役のフランセスク・コロメル少年が来日舞台挨拶いたしましたが、まあ子供のことですから何てことありませんでしたが。大成功以後沈黙していた監督がやっと新作を撮りました。実際のキングもハバナも登場しません。舞台背景が「石器時代に逆戻り」と言われた1990年代後半のハバナですから、キューバ・ファンの方には思い出すのも辛い時代かもしれません。キューバ映画芸術産業庁ICAICからハバナでの撮影を拒否され、セントロ・ハバナが舞台なのに撮影地はドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴです

 


El Rey de La Habana ザ・キング・オブ・ハバナ2015

製作CanalEspaña / Esencia Films(ドミニカ共和国)/ Pandora Cinema(スペイン)/ Ibermedia / Tusitara Producciones Cinematográficas(スペイン)

監督・脚本:アグスティ・ビリャロンガ

原作:ペドロ・フアン・グティエレス(同名小説)

撮影:ジョセプ・MCivit

音楽:ジョアン・バレント

編集:ラウル・ロマン

美術:アライン・オルティス

衣装:マリア・ジル

メイクアップ:ルシア・ソラナ(特殊メイク)

製作者:セリネス・トリビオ(エグゼクティブ)、ルイサ・マティエンソ

 

データスペイン=ドミニカ共和国、スペイン語、2015、キューバの作家ペドロ・フアン・グティエレスの同名小説の映画化、撮影地:ドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴ、サンセバスチャン映画祭2015コンペがワールド・プレミア(925日)

 

キャスト マイコル・ダビ・トルトロ(レイナルド)、ヨルダンカ・アリオサ(マグダ)、エクトル・メディナ・バルデス(ユニスレイディ)、リェアナ・ウィルソン(フレデスビンダ)、チャネル・テレロ(ジャミレ)、ジャズ・ビラ(ラウル)他

 


                     (マグダとレイナルド、映画から)

 

プロット:少年院から逃亡した若者レイナルドの物語。いまや自由を勝ちえてロンやユーモアを取り戻したレイナルドだが、空腹と悲惨が充満しているハバナの街路を生き残りをかけて彷徨っていた。しかし同じ境遇のマグダに出会うことで、生きる希望と勇気を見出すだろう。愛とセックスと優しさ、そして若者たちに襲いかかる失望、人並みの家族をもちたいというレイナルドの意思と切望に現実のキューバ社会が立ちはだかる。果たして彼は自分を取り巻く貧困とモラルから脱出できるだろうか。(文責:管理人)

 

トレビア

★どういう経緯でハバナでなくドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴで撮影されたのか。理由は至極簡単明瞭、キューバ当局が拒絶したからです。多分ビリャロンガの脚本がお気に召さなかったのではないでしょうか。キューバの作家ペドロ・フアン・グティエレスが1999年に発表した同名小説の映画化です。原作をダイジェスト版で読んだだけ、映画はまだ見ていない段階であれこれ言うのは控えねばなりません。しかし撮影を拒否するほど内容が変わってしまっているとは思えません。ラテンビートで鑑賞後(1012日クロージング作品)再登場させるつもりです。目下は前座としてアップしておきます。

 

★原作者のペドロ・フアン・グティエレス1950年マタンサス生れ、小説家、詩人、ジャーナリスト。世間の「カリブのブコウスキー、ハバナのヘンリー・ミラー」でイメージしにくいなら、「レイナルド・アレナスのようにラディカル、ソエ・バルデス以上に攻撃的」なら、なんとなく作風が想像できるでしょうか。1998年、ハバナ三部作のTrilogia sucia de La HabanaAnclado en tierra de nadieNada que hacerSabor a mi)でデビュー、本作は長編第2作目です。第3Animal tropical2000)がスペインのアルフォンソ・ガルシア≂ラモス小説賞、第5Carne de perro2003)がイタリアの世界スール小説賞を受賞、母国より海外での評価が高い。いずれもテーマはキューバ社会の悲惨を弾劾している。そんな作家がアレナスやバルデスのように亡命することなく、セントロ・ハバナに住みつづけていられるのが不思議に思えます。 


          (自宅の屋根裏部屋からハバナ市を見渡している作家、2014年撮影)

 

★原作は200ページほどだから中編か。第三者の語り手が主人公レイナルドの視点で、サン・レオポルド地区に暮らすムラートの青年の人生を最初から最後まで語っていく。この肉など口にしたことのない若者はとりたてて美男というわけではないが、名をReinaldoまたは Rey、ある理由でEl Rey de La Habanaという渾名で呼ばれている。最下層出身の青年には王冠もなく権力もなく、あるのは空腹のみ、皮肉から付けられたキングである。まだ「ハバナのキング」の片鱗もうかがえない子供時代から物語は始まる。突然家族のすべてを失い、13歳で少年院送りとなる。そこでの大きな勝利はどんな犠牲を払ってでも同性愛者の餌食にならないことだ。命をかけて誓うが行きつく先は愛すべきゴキブリの巣窟、薄暗い独房だ。16歳で逃亡しても荒廃したハバナの街で待っているのは恐ろしい死だ。薄暗く、汚れ、疲弊した、危険な都会、これが1990年代のハバナの姿だと、語り手は章の区別もなく一気に語っていく。

 

★かなり際どいストーリーだが、これはあくまでフィクションであってドキュメンタリーではないことです。セントロ・ハバナにサン・レオポルドというバリオが実際にあるのかどうか。サン・ミゲル、サン・ラファエルなど「サン」のつくバリオは多数あるが、見落としの可能性もあるかもしれないが架空のバリオではないかと思う。レイナルドのように身寄りがなく、誰も助けてくれない、身分証明書もなく、おまけに殆ど読み書きができない若者にとって、少年院もシャバも同じかもしれない。ICAICに撮影申請と共に提出された脚本が「あまりに人種差別的、性差別的、戯画化的、捉え方も表面的で悪すぎる」として拒否されたのは、ドラマとドキュメンタリーとの混同があるように思える。これは鑑賞後に書くべきことだが、異なる文化圏の監督に自国の過去の悲惨をとやかく言われるのは看過できない、という思いがあるのかもしれない。

 

★監督によれば、この映画のアイデアは、プロデューサーのルイサ・マティエンソから「とっても気に入った小説があって映画化できないだろうか。あなたがキューバに大いに関心をもっているのを知ってるので」とコメントを求められたことから始まった。原作を読み、とても興奮したので、デビュー作“Trilogia sucia de La Habana”も読んだ。映画化に向けて作者のペドロ・フアン・グティエレスとも話し合い、脚本は自分一人で書くことに決めた。ハバナでキャスティングも行い、おおまかなロケ地の撮影もしたうえで、舞台は当然セントロ・ハバナなのだからと撮影許可を申請したが通らなかったということです。それでドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴに変更、結果的にはそれが正解だったという。

 

★製作過程はかなり複雑だったようですが、最初はドミニカ共和国での撮影は恐怖だったと語る。何故なら限られた製作費で、比較にならないほど豊かな国ドミニカ共和国の首都で90年代のハバナを再現できるかどうか心配だったのだ。しかし豊かな国でも光と影はつきもので杞憂に過ぎなかったのだが、驚いたのはこの国の若いシネアストたちのレベルの高さだったという。ICAICの意向も分からなくもないが、やはり異国からの「旅人の視線」を忘れないで欲しかったと思う。

 


   (左から、マイコル・ダビ、監督、ヨルダンカ・アリオサ、サント・ドミンゴにて)

 

★ラテンビートで上映される時には、サンセバスチャンの受賞結果が分かっています。今年はスペイン語作品ノミネーションは6作と多いのですが、2年連続でスペイン語映画が金貝賞を受賞しているので微妙です。サンセバスチャン映画祭のワールド・プレミアから間をおかず、こうして日本で上映されるのは本当に珍しいことです。金貝賞以外でも何かの賞に絡めば、『ブラック・ブレッド』同様、公開が期待できるかもしれません。後は鑑賞着に書くことにして、今はこれくらいにしておきます。

 

(続)マヌエル・マルティン・クエンカの『不遇』2014年07月02日 14:27

★セルバンテス文化センターで『不遇』(Malas temporadas)の「上映とトーク」があり参加しました(627日)。改めて見直してみると見落としが多いこと、前回(611日)レオノール・ワトリング扮するラウラの夫ファブレについての記述が少なかったこと、狂言回しの<マリアーノ>に触れなかったこと、テーマも絞らなかったので少し追加いたします。

 

★前回触れなかったファブレの立ち位置、結構重要だったマリアーノ、マドリードに押し寄せるラテンアメリカ、旧ソ連邦、アフリカからの移民問題、上映会ではそこに焦点を当てて見てきました。まず、マリアーノはマリアーノ・ロドリゲス(ハバナ1912~90)、シュルレアリスモ、フォービスム(野獣派)の画を描いたキューバの画家でしょうか。ホセ・マリアーノ・マヌエル・ロドリゲス≂アルバレスと長たらしく単に<マリアーノ>で通っていました。雄鶏を好んで描いた画家で豊かな色彩が特徴です。映画のなかではファブレの母親の肖像画を描いたことになっていて、それがちらりと映る。ここはフィクションですが、もしかしたらモデルになるような女性がいたのかもしれない。 

         (写真:好んで雄鶏を描いたマリアーノ・ロドリゲスの作品

 

★本作にはルネ・ポルトカレロ(ハバナ1912~85)という画家も1回だけファブレとカルロスの会話のなかに出てきます。彼は「20世紀のキューバの画家」といえば必ず言及される人。翻訳が待たれながら難解を理由に主著さえ訳されていない詩人ホセ・レサマ=リマとも友人関係にあり、彼を中心にした詩誌『オリヘネス』のグループの詩人たちと繋がっていた。キューバを離れずハバナで亡くなりましたが、あのキューバでカミングアウトしていたというから自他共に許す実力者だったのでしょう。「ポルトカレロの絵画をメキシコの収集家が入手して自分のギャラリー・リストに入れている」とカルロスに言わせている。これはキューバの文化財の海外流失が始まっていたことを暗示しているのだろうか。共同脚本家アレハンドロ・エルナンデスがキューバ人、ファブレ役のフェルナンド・エチェバリアもキューバの俳優で、最初デザインや絵画を学んでいたから、こういう事情に詳しいと考えられ信憑性がありそう。マリアーノとポルトカレロの二人はハバナのサン・アレハンドロ造形芸術学校 Escuela de Artes Plásticas de La Habana San Alejandro共に学んでいる友人でした。 

           (写真:バロック風の色彩豊かな絵を描いたポルトカレロの作品

 

★映画では、上述したようにマリアーノはファブレの母親の肖像画を描いたことになっている。ファブレは「マリアーノは仕上げに2ヵ月かけ、母は1日4時間も同じポーズをとらされた」とカルロスに説明する。ここで母親の写真と画が映り、ファブレが保証が失効しているマリアーノの絵画を欲しがる理由が単なる収集目的でないことが鮮明になる。さらにあの革命で持てる財産を「コミュニストたちに没収された」こと、その中にはマリアーノの絵画も含まれていたことなどが分かってくる。「仮に美術館に展示するとしても、誰も個人蔵の絵画を没収すべきでない」とファブレは語気鋭く言う。カルロスは無言で聞いている。

 

カルロス、贋作される愛と友人関係

★ファブレが亡命キューバ人カルロスと繋がるのは、合法非合法を問わず絵画ビジネスを通してです。ファブレはカルロスがマリアーノの画の話を持ち出したことで急接近してきたようで入手を依頼する。「私は君が取り返してくれるという言葉を信じている。それに私たちはビジネス抜きで既に友人だ」とファブレは言うが、カルロスは単にビジネスだけで繋がり、友人らしく振る舞うのは贋作です。ファブレが欲しがっているマリアーノの画は、保証がほとんど失効しているから危険なしろもの、それでキューバにいて入手を画策しているカルロスの兄弟に危険が迫っていることも分かってくる。

 

★冒頭の密輸品らしい葉巻の受け渡しシーンで「マリアーノはどうなっている」というカルロスのセリフがのっけから飛び出した理由が、ここで初めてわかる。冒頭シーンの「これはちゃんと保証済みだ」という物品が絵画であることは分からないので、この段階でマリアーノの正体を推測できる観客は多くないと思う。分かるのはカルロスがファブレに物品を届けるシーンまで待たねばならない。それはファブレの待ち焦がれていたマリアーノの画ではないから、ここでもファブレが「マリアーノはどうなっている」と尋ねるわけです。「現在、画は貸出中で美術館に戻ってくるまで埒があかない」と、カルロスは今回も入手できなかった理由を説明する。

 

 
(写真:愛のない夫婦、ファブレとラウラ)

★ファブレはリッチでインテリジェンス豊かな男ではあるが、事故前のラウラの過去の幻影を追い求め、無償の愛を捧げるが愛は得られない。子供の父親になることもラウラに拒絶される。一年前からいわゆるコキュなのを友人だと信じていたカルロス本人から告白されるまで気がつかない。ラウラはカルロスが自分を求めていると思いたいがカルロスはラウラを愛していない、カルロスが愛を贋作するのは亡命地マドリードで生き延びるためである。ラウラはそれを心に刻みつけてこれからを生きるしかない。電話の声でしか登場しないマイアミ在住のルイサが飛行学校の教師の仕事があると知らせてくる。カルロスはそれにすがるが事実かどう怪しい、元恋人らしいルイサはカルロスを呼び戻したいだけかもしれない。三角四角のただ不毛の愛が存在しているだけだが、カルロスは片道切符でマイアミに発つしかない。

 

★アナを中心に展開しているように見えるが、カルロスの存在なくしてアナ=ゴンサロ母子とミケルは出会えないし、ファブレとラウラとの三角関係も成立しない、いわばカルロスは登場人物の接着剤的存在と言っていい。ミケルと同房だったパスクアルを含めて、すべての登場人物と接触するのはカルロス一人であり、ここらへんに共同脚本家アレハンドロ・エルナンデスの思い入れが感じられる

 

光を見つけるアナ母子、ミケルの再生

★この映画は登場人物を取りまく現実を裁こうとしているわけではない。ヨーロッパに押し寄せる難民問題とか、チェチェン紛争とか、スーダンのダルフールにおける民族浄化とか、革命の後遺症とか、21世紀初頭の世界の暴力が出てくるが、もっと個人が抱え込んでいる小さな問題を私たちに引き寄せて描こうとしている。それは誰でも多少はもっている自己欺瞞であり、<不遇>から抜け出すには過去に拘って止まっていてはいけないのに、それぞれ袋小路に入ってしまっている。人生はいつも順風満帆とはいかない、いい時もあれば悪い時もある、しかし生きるに値するのが人生だ、ちょっと止まって自分の心の声に耳を傾けたら別の道が開けることだってあるんだ。セカンド・チャンスは必ずあるよ、そういうメッセージを私たちに届けたかったんだと思う。

 

 
                                  (写真:不登校を決心するゴンサロ)

★アナは最初、息子ゴンサロの不登校(日本の引きこもりとは違う)を受け入れられない、君の仕事は勉強だ、私は忙しいのに食事を作り君のために一生懸命に難民救済の仕事をしている。なのにどうして? 現実に向き合わなくてすむように自室に閉じこもる息子に寄り添えない。これを契機にして仕事は行き詰る。担当しているイブラムの弟のロンドンでの死亡、ロシアからの移民オルガは無実の罪で収監されている息子ニコライを助けて欲しい、しかし彼は7人のレイプと4人殺害の罪で服役していた。アナは嘘をつかれていたと逆上するが、オルガは政府や軍部のデッチ上げで事実ではない。第二次チェチェン紛争の真っただ中、罪を贋作しているのは母親か権力者か映画は語らない。ただ「息子を助けるのは母親しかいない」というオルガの一言にアナは絶句する。そうゴンサロを救い出せるのは自分しかいない。

 

(写真:光が見えないアナ)

★ミケルも難民の一人なんだと思う。6年間の服役で塀の外の「正常な世界」の規範が分からなくなっている。かつてはチェスの王者、何度も世界チャンピオンになったカルポフ**とも打ち合ったことがあるほど輝いていた。今の自分の<不遇>を他人のせいにしているが、ゴンサロを救うために教え始めたチェスが、結局自分を救うことになる。弱者が弱者を共に救いだすというパラドックス。ゴンサロから「どうして刑務所に入っていたの」と訊かれて、「今は何の罪でかは重要じゃない」と答える。ミケルの再生が予告されてメロドラマは終わる。

 

ファブレ役のフェルナンド・エチェバリアは、キューバのオルギン生れ、映画・舞台俳優のほか、芸術大学ISAInstituto Superior de Arte)演劇学部で演技指導の教師をしている。生年がはっきりしないが2010年に53歳という記述を信用するなら逆算して革命前の1957年ごろと思われる。1972年、オルギンの州立造形芸術学校でデザイン、絵画、彫刻などを学び始める。1976年、国立芸術学校の演技科を専攻、卒業。カルロス・ゴメス率いる Compañía de Teatro El Público に参加、チェーホフの『かもめ』、シェイクスピアの『リア王』、ロルカの『観客』に出演(197894)、映画デビューはマヌエル・オクタビオ・ゴメスのLa tierra y el cielo1973)。代表作にルイス・オリベロスPata negra2000、西≂キューバ)、ダニエル・ディアス・トーレスCamino de edén2006)、テレドラ出演など。因みにパスポート偽造で荒稼ぎしているレオポルド(レオ)はオルギン生れに設定されていた。「1万ユーロだが同じキューバ人だから8000でいい」など逞しいキューバ人。 


**アナトリー・カルポフ1951~)はロシア(旧ソ連邦)ズラトウース生れの世界チャンピオン(1975859398)。本作では実名で登場する人物として他にヴァーツラフ・ハヴェル1936~2011)がいる。日本にも来日したことのあるチェコスロヴァキアの最後の大統領にして、 チェコ共和国初代大統領。戯曲家でもあって、「カフカ賞」や「アストゥリアス皇太子賞(コミュニケーションと人文科学)」(1997)を受賞している。

 

★監督は本作の前にドキュメンタリーを撮りたかったが、製作者を説得させられなかったという。2001年の「911」アメリカ同時多発テロで幕開けした21世紀、第二次チェチェン紛争(19992009)、スーダンのダルフールにおける民族浄化(2003)などをさりげなく取り入れているのは、クエンカ監督の意思のようだ。カルロスに「パイロットだが、オレンジ農園の散布が仕事で軍隊ではない」、やましい気持ちがあるので「ビルには突っ込まないよ」と冗談言って、却って係官の不信を買ってしまう。盛り沢山の印象も受けるが、画面構成の巧みさ、沈黙と視線の重要性は、新作『カニバル』にも通底している。

 

マヌエル・マルティン・クエンカの『不遇』*セルバンテス土曜映画会2014年06月11日 13:55

6月のセルバンテス文化センター土曜映画会は、マヌエル・マルティン・クエンカのMalas temporadas(セルバンテス邦題『不遇』、英語字幕付)です。サンセバスチャン映画祭2005に正式出品されセバスチャン賞受賞、翌年ナタリエ・ポサがゴヤ賞主演女優賞にノミネートされた映画。マヌエル・マルティン・クエンカ監督については、新作Canibalが「トロント映画祭2013」(コチラ201398)や「ゴヤ賞2014」の候補になった折りにご紹介しております(201411226)。5月に一般公開(邦題『カニバル』)、スペイン映画としては電光石火の早業です。ゴヤ賞ノミネート5作品賞のうちでは一番乗りですが、ホラー映画じゃないのですよ。一方こちら『不遇』は、2005年と古く一般公開はないと思いますのでテーマに踏み込んでいます。ご注意ください! 

    Malas temporadasHard Times

製作Iberrota Films / Golem Distribucion

監督:マヌエル・マルティン・クエンカ

脚本:マヌエル・マルティン・クエンカ&アレハンドロ・エルナンデス

撮影:ダビ・カレテロ

音楽:ペドロ・バルバディリョ

                              (左から、カマラ、ポサ、監督、ポドロサ、ワトリング サンセバスチャンにて)

キャスト:ハビエル・カマラ(ミケル)、ナタリエ・ポサ(アナ)、Eman Xor Oña(カルロス)、ゴンサロ・ポドロサ(アナの14歳の息子ゴンサロ)、レオノール・ワトリング(ラウラ)、フェルナンド・エチェバリア(ラウラの夫ファブレ)、ペレ・アルキリュエ(パスクアル)他

 

*データ:スペイン、2005年、スペイン語、ジャンル:ドラマ、移民、撮影地マドリード、115

*受賞&ノミネート:マルティン・クエンカ(サンセバスチャン映画祭2005セバスチャン賞/サンタ・バルバラ映画祭Visionary 賞受賞他)、ハビエル・カマラ(フォトグラマ・デ・プラタ2006男優賞/スペイン俳優連盟2006主演男優賞ノミネート)、ナタリエ・ポサ(ゴヤ賞2006/スペイン俳優連盟2006主演女優賞ノミネート他)、レオノール・ワトリング(フォトグラマ・デ・プラタ2006女優賞ノミネート)

 

ストーリー:マドリードの中心街で暮らすミケルとアナとカルロスの物語。生徒の全員が答案用紙に集中している、いや一人だけ白紙のまま窓越しに揺れる樹々を眺めている、アナの息子ゴンサロだ。アナは移民援助のNGOで他人の不幸にかまけて息子や自分を置き去りにして働いている。現実を生きていない亡命キューバ人のカルロスはアナのかつての恋人、カルロスの今の愛人ラウラは事故で両足不随、無償の愛をラウラに捧げている夫のファブレ、6年の刑期を終えてたった今マドリードに戻ってきたミケルは同房だったパスクアルと話し合わねばと考えている。彼の生きがいはチェス、物静かな謎に満ちたミケルはカルロスと偶然同じアパートの住人になる。第二のチャンスを求めて都会を彷徨する群集劇。唯一の解決策は進むべき道を見なおすこと、それは予期しないかたちでやってくるだろう。 (文責:管理人)

 

風景から人物へ

マルティン・クエンカの映画は「風景に始まりやがて登場人物に移動していく」と言われるように、背景が重要な役目をしている。本作でもホームに佇むアナ、バラハス空港で飛行機が着陸するのを見上げているカルロス、出所して荒涼とした一本道を歩いてくるミケル、三人は別々の風景から現れ、やがてカルロスを接着剤にして結びつく。この映画はロバート・アルトマンが編み出したという群集劇、スペインでは合唱劇(pelicula coral)と言われている。セスク・ガイのEn la ciudad2003)がよく引き合いに出されるが、必ず主軸となる人物の存在がある。本作では主軸の三人が冒頭の数分で鮮明になり、登場する人物の多さにも拘わらず、風景と一体化して他と交わることがない。

 

★室内の描写も重要で、ミケルが6年振りに帰宅するアパートの描写から彼の過去が少しずつ明らかになっていく。男の子がチェスをやっている写真、大小二つのトロフィー、198710月セビーリャで開催されたチェスの世界選手権のポスターなどが映し出される。しかしどんな罪で収監されたのか、どうしてパスクアルを追い回すのか直ぐには分からない謎の人物がミケル。分かるのは葉巻が好きなこと(これがカルロスに繋がっていく)、チェスに情熱をもっていること、収監が彼を別の人間に変えたことだ。カマラの細い鼻、すがるような同時に脅すような目、黒いひげに蔽われた唇、演技なのか地でやってるのか不思議な気分になってくる。彼を初めて起用した監督は、「日を追うごとに彼の真摯な演技に打たれた」と語っている。

 


因みにこのひげはイサベル・コイシェの『あなたになら言える秘密のこと』(2005)で気に入って本作にも採用したとか。演技に完璧を求めるタイプだがメソッドに縛られない、どんな役柄でも地かなと思わせるカメレオン俳優、「ゴヤ賞2014」ダビ・トゥルエバの新作で念願の主演男優賞を受賞した。もう一人のカメレオン俳優アントニオ・デ・ラ・トーレといい勝負、マルティン・クエンカは新作『カニバル』で彼を主役に抜擢、彼の隠れた才能を引き出した。

 

自己欺瞞が再生を阻んでいる

★カルロス(Eman Xor Oña)は現実を生きていない。心を開かないでずっと逃げつづけている。亡命キューバ人にとって同国人は敵か味方か見極めねばならない、がっしりした肩に鎧を着け身構えている。危険な密売に関わっている、生き残るためにそうしている。壁にパイロットの制服を身に着けた写真を飾っており、過去の自分から抜け出せない。5年前キューバからスペインに来た、これは事実だろうが、嘘でかためた自己欺瞞の人がカルロス、愛と憎しみでラウラと寝ているのだが、いずれ終りがあることを知っているからだ。マイアミから一本の電話が掛かってくる、航空学校の教師の仕事があるという、果たしてチャンスを掴むことができるのだろうか。自己欺瞞はテーマの一つか。(写真:孤独に耐えるカルロス)

 

 

カルロスを亡命キューバ人にしたのは、共同脚本家アレハンドロ・エルナンデスが同国人だからでしょう。監督はドキュメンタリーEl juego de Cubaで既にコンビを組んでいます(フィルモグラフィー参照)。カルロスには2000年にスペインに移住したというエルナンデスが投影されているように思います。キューバ革命を外から見る、現在のキューバ、キューバ人に対する想いがカルロスや友人のセリフに垣間見える。群集劇では登場人物のなかに自分を発見できるのだが、カルロスと自分を重ねられる人は少ないでしょう。私たちは亡命者ではないからだ。キャリアは昨年のラテンビートで再上映されたフェルナンド・トゥルエバのアニメ『チコとリタ』(2011)のチコのボイス、エルネスト・ダラナス**の『壊れた神々』(2008、ラテンビート2009)、リゴベルト・ロペスのRoble de Olor2004)でデビュー以来、キューバ映画に多く出演している。

 

 目は口ほどに物を言う

★本作で言葉以上に重要なのが≪視線≫である。過去の経緯が省かれているうえ、セリフが少ないので片時もスクリーンから目が離せない。監督によると、この目の演技ができる俳優を選んだという。その一人が、アナの引きこもり息子ゴンサロのゴンサロ・ポドロサ、本作でデビューした。起用した条件が神秘性と目の演技力の二つ、この二つの素質は役者として欠かせないからだ。本作で重要なのは言葉でなく目に語らせることだったから。ゴンサロに何がしたいか誰も尋ねてくれない。母親アナの問題は息子の危険信号をキャッチできないほど他人の問題にエネルギッシュに没頭していること、それが人生で最も重要だと考えていること。アナの問題が一番深刻、なぜなら自分や家族を顧みないことが問題だと思っていないからだ。息子の突然の引きこもりにバランスを失い歯車は逆回転を始めてしまう。アナは初めて自分と息子に目を向ける。カルロスに導かれたミケルとゴンサロは、チェスを仲立ちに再生できるのだろうか。

 

アナ役のナタリエ・ポサ Nathalie Pozaは、1972年マドリード生れ。テレビ界で活躍の後El otro lado de la cama2002で映画デビュー、マルティン・クエンカのLa flaquesa del bolcheviqueに出演。ゴヤ賞はダビ・セラーノのDías de fútbol2003)で助演女優賞、マヌエル・マルティン・クエンカのMalas temporadas2005)で主演女優賞、マリアノ・バロソのTodas las mujeres2013)で助演女優賞にノミネートされている実力派。アナと同じように力惜しみしない、守りに入らない女優です。監督も彼女と出会えたことは「贈り物だった」と語っています。バロソの新作Todas las mujeresが紹介されるといいのですが、すべて未公開です。 

 
                       (写真:アナに扮したナタリエ・ポサ)

★ラウラを演じたレオノール・ワトリングも目の演技ができる強固な意志をもっている女優。我儘な王女のように振舞い、同時にそういう自分を蔑み痛めつけている。愛していないが一緒に暮らす夫ファブレと生きるしか仕方がないのか。彼女は歌手としても有名ですが、本作でも事故前のビデオ映像のなかで彼女の歌を聴くことができます。アルモドバルやアレックス・デ・ラ・イグレシアの映画でお馴染みですが、美人に溺れず、必要ならヌードも辞さない潔い勇気ある女優、カンデラ・ペーニャと一脈通じるところがある。 

                                   (写真:ラウラに扮したレオノール・ワトリング)


★ミケルより早く娑婆に戻ったパスクアルは早く過去を葬りたい。ミケルとは二度と接触したくないのに執拗に追ってくる。あそこで起こったことはすべて消し去りたい、新しい人生が始まっているのだから割り込んでこないで欲しい。しかし彼の心は恐怖に慄いている。彼の鋭い視線、どすの利いた太い声、強さのなかに脆さを隠しているパスクアル役にペレ・アルキリュエはぴったりです。
 

                       (写真:パスクアルとミケル)

*ペレ・アルキリュエPere Arquilluéは、1967年バルセロナ生れ。テレビでデビューしたこともあってTVドラのシリーズ出演が主です。それに脇役が多いから出演本数のわりには馴染みがない俳優。日本紹介はよく調べてないが、カルロス・サウラの『サロメ』(2002)で監督に扮した1本だけかもしれない。未公開ではセスク・ガイのEn la ciudad、フェルナンド・レオン・デ・アラノアのPrincesas2005)、最近ではナチョ・G・ベリリャのQue se mueran los feos2010)など、評価の高い作品に出演している。

 

監督紹介&主なフィルモグラフィー

マヌエル・マルティン・クエンカManuel Martin Cuenca1964年アンダルシアのアルメリア生れ。グラナダ大学の文献学、マドリードのコンプルテンセ大学で情報科学を専攻。


2001年製作のドキュメンタリーEl juego de Cuba2001The Cuban Game)がマラガ映画祭ドキュメンタリー部門銀のジャスミン賞」、ニューヨーク映画祭2003ベスト・ドキュメンタリー「金のリンゴ賞」を受賞した。キューバの国民的スポーツ「ベースボール」を通して、米国との相関関係、小さな島国に起きている矛盾のなかでキューバ革命を生きている国民、選手の成功と失敗が語られる。ホルヘ・ペルゴリア、ルイス・アルベルト・ガルシア他出演。共同脚本はアレハンドロ・エルナンデス、ナレーターはメルセデス・サンピエトロと豪華版(アリスタラインLugares comunes2002、ピラール・ミローEl pájaro de la felicidad1993などが代表作)。 


○長編第1La flaquesa del bolchevique2003The Weakness of the Bolshevik)はアンジェ・ヨーロピアン・ファースト・フィルム映画祭2004(仏)で観客賞を受賞、ゴヤ賞2004では脚色賞をロレンソ・シルバと共にノミネートされた。ロレンソ・シルバの小説の映画化。「欲求不満を抱えたビジネスマン(ルイス・トサール)と聡明な美少女(マリア・バルベルデ、デビュー作)に突然襲いかかる悲劇」。他にナタリエ・ポサ、ルベン・オチャンディアノ。

 


2Malas temporadas略)

 

3La mita de Oscar2010Half of Oscar)は、マイアミ映画祭2011スペシャル・メンションを受賞した。トロント、ハバナ、ヒホンなどの国際映画祭に出品された。「一人暮らしのオスカル(ロドリゴ・サエンス・デ・エレディア)は、アルメリアの製塩所のガードマン、帰宅して最初にすることは空の郵便受けを見ることだ。ある日この単調な日常がアルツハイマーの祖父の死で破られる。パリ暮らしの妹(ベロニカ・エチェギ)とは2年も会っていない。知らせを受けて恋人とやってきた妹とオスカルには口に出せない秘密があるのだ」。他にアントニオ・デ・ラ・トーレ、マヌエル・マルティネス・ロカほか。共同脚本はアレハンドロ・エルナンデス、撮影監督ラファエル・デ・ラ・ウスの評価が高く、アルメリアのカボ・デ・ガタ(猫岬)で撮影された風景は、物言わぬ登場人物の一人である。


4Caníbal2013『カニバル』)は、ウンベルト・アレナルの短編を自由に翻案して映画化したサイコ・スリラー。(公開中につき省略)

 

アレハンドロ・エルナンデス Alejandro Hernandez 1970年ハバナ生れ、作家、脚本家、プロデューサー。18歳のときアンゴラ戦争に戦場ジャーナリストとして従軍する。1996年、処女作“La Milla”をキューバと米国で出版、第2作“Algún demonio”(2007)、第3作“Oro ciego”(2009)。2000年よりスペイン在住、カルロス三世大学で教鞭をとる。日本で紹介された作品はベニト・サンブラノの『ハバナ・ブルース』(2005、ラテンビート上映)、『カニバル』、未公開ではLa mita de Oscar、マリアノ・バロソのLo mejor de Eva2011)、Todas las mujeres2013)など。

 

**Eman Xor Oñaは出演しておりませんが、エルネスト・ダラナスの最新作Conductaは、マラガ映画祭2014ラテンアメリカ部門のグランプリ作品、キューバICAICの資金で今年製作された唯一の作品です。ちょっとアレナスの名作『苺とチョコレート』にテーマが似ています。マラガ映画祭2014でもご紹介しておりますが、「Marysolさんブログ」で紹介されております。