『名誉市民』 アルゼンチン*ラテンビート2016 ⑦ ― 2016年10月13日 11:17
『ル・コルビュジエの家』の監督コンビが笑わせます!
★ベネチア映画祭2016正式出品、ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーンの『名誉市民』の原タイトルは、“El ciudadano ilustre”、〈名誉市民〉を演じるオスカル・マルティネスが男優賞を受賞しました。東京国際FF「ワールド・フォーカス」部門と共催上映(3回)作品です。『ル・コルビュジエの家』の監督コンビが放つブラック・ユーモア満載ながら、果たしてコメディといえるかどうか。アルゼンチン人には、引きつる笑いに居心地が悪くなるようなコメディでしょうか。
(男優賞のトロフィーを手に喜びのオスカル・マルティネス、ベネチア映画祭にて)
『名誉市民』(“El ciudadano ilustre”“The Distinguished Citizen”)
製作:Aleph Media / Televisión Abierta / A Contracorriente Films / Magma Cine
参画ICAA / TVE 協賛INCAA
監督・製作者・撮影:ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーン
脚本:アンドレス・ドゥプラット
音楽:トニ・M・ミル
美術:マリア・エウヘニア・スエイロ
編集:ヘロニモ・カランサ
録音:アドリアン・デ・ミチェーレ
衣装デザイン:ラウラ・ドナリ
製作者:(エグゼクティブ)フェルナンド・リエラ、ヴィクトリア・アイゼンシュタット、エドゥアルド・エスクデロ他、(プロデューサー)フェルナンド・ソコロビッチ、フアン・パブロ・グリオッタ他
データ:アルゼンチン=スペイン、スペイン語、2016年、118分、シリアス・コメディ、撮影地バルセロナ他、配給元Buena Vista、公開:アルゼンチン・パラグアイ9月、ウルグアイ10月、スペイン11月
映画祭・受賞歴:ベネチア映画祭2016正式出品、オスカル・マルティネス男優賞受賞、釜山映画祭、ワルシャワ映画祭、ラテンビート、東京国際映画祭
キャスト:オスカル・マルティネス(ダニエル・マントバーニ)、ダディ・ブリエバ(アントニオ)、アンドレア・フリヘリオ(イレネ)、ベレン・チャバンネ(フリア)、ノラ・ナバス(ヌリア)、ニコラス・デ・トレシー(ロケ)、マルセロ・ダンドレア(フロレンシオ・ロメロ)、マヌエル・ビセンテ(市長)、他
解説:人間嫌いのダニエル・マントバーニがノーベル文学賞を受賞した。40年前にアルゼンチンの小さな町を出てからはずっとヨーロッパで暮らしている。受賞を機にバルセロナの豪華な邸宅には招待状が山のように届くが、シニカルな作家はどれにも興味を示さない。しかし、その中に生れ故郷サラスの「名誉市民」に選ばれたものが含まれていた。ダニエルは自分の小説の原点がサラスにあることや新しい小説の着想を求めて帰郷を決心する。しかしそれはタテマエであって、ホンネは優越感に後押しされたノスタルジーだったろう。幼な友達アントニオ、その友人と結婚した少年時代の恋人イレネ、町の有力者などなどが待ちかまえるサラスへ飛びたった。「預言者故郷に容れられず」の諺どおり、時の人ダニエルも「ただの人」だった?
(ノーベル文学賞授賞式のスピーチをするダニエル)
(サラスの人々に温かく迎え入れられたダニエル)
(幼友達アントニオと旧交を温めるダニエル)
★ベネチア映画祭では上映後に10分間のオベーションを受けたという。5~6分ならエチケット・オベーションと考えてもいいが、10分間は本物だったのだろう。「故郷では有名人もただの人」なのは万国共通だから、アルゼンチンの閉鎖的な小さな町を笑いながら、我が身と変わらない現実に苦笑するという分かりやすい構図が観客に受けたのだろう。勿論オスカル・マルティネスの洒脱な演技も成功のカギ、アルゼンチンはシネアストの「石切場」、リカルド・ダリンだけじゃない。人を食った奥行きのあるシリアス・コメディ。
(左から、ガストン・ドゥプラット、マリアノ・コーン、ベネチア映画祭にて)
★2度の国家破産にもかかわらず、気位ばかり高くて近隣諸国を見下すことから、とかく嫌われ者のアルゼンチン、平和賞2、生理学・医学賞2,科学賞1と合計でも5個しかなく、文学賞はゼロ個、あまりノーベル賞には縁のないお国柄です。ホルヘ・ルイス・ボルヘスやフリオ・コルタサル以下、有名な作家を輩出している割には寂しい。経済では負けるが文化では勝っていると思っている隣国チリでは、「ガブリエラ・ミストラル(1945)にパブロ・ネルーダ(1971)と2個も貰っているではないか」と憤懣やるかたない。アルゼンチン人のプライドが許さないのだ。そういう屈折した感情抜きにはこの映画の面白さは伝わらないかもしれない。ボルヘスは毎年候補に挙げられたが、スウェーデン・アカデミーは選ばなかった。それは隣国チリの独裁者ピノチェトが「ベルナルド・オイギンス大十字勲章」をあげると言えば貰いに出掛けたり、独裁者ビデラ将軍と昼食を共にするような作家を決して許さなかったのです。これはボルヘスの誤算だったのだが、ノーベル賞は文学賞といえども極めて政治的な賞なのです。
★オスカル・マルティネスは1949年ブエノスアイレス生れ。ダニエル・ブルマンの“El nido vacío”(08)の主役でサンセバスチャン映画祭「男優賞」を受賞、カンヌ映画祭2015「批評家週間」グランプリ受賞のサンティアゴ・ミトレの『パウリーナ』(ラテンビート)、公開作品ではダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』(エピソード5「愚息」)に出演しているベテラン。ベネチアのインタビューでは、「30代から40代の若い監督は、おしなべてとても素晴らしい」と、若い監督コンビに花を持たせていた。
(撮影中のドゥプラット監督とマルティネス)
『KIKI~恋のトライ&エラー』 パコ・レオン*ラテンビート2016 ⑥ ― 2016年10月08日 10:33
パコ・レオンの新作コメディ―テーマはままならぬ恋の行方
★当ブログで何回も登場させているコメディの旗手パコ・レオン、やっと日本にやってきました。実母カルミナと実妹マリア・レオンを主人公にしたコメディ“Carmina o revienta”(12)で鮮烈デビュー、2014年、続編“Carmina y amén”もヒットを飛ばし、2015年には早くもマラガ映画祭のエロイ・デ・ラ・イグレシア賞*を受賞した。第3作『KIKI~愛のトライ&エラー』も公開後たちまち100万人突破と勢いは止まらない。スペインは経済も政治も不安定から脱却できないから、庶民はコメディを見て憂さ晴らししているのかもしれないが、そればかりではないでしょう。
(出演者を配したポスター、クマ、ワニ、ライオンなど各々の愛のかたちが描かれている)
『KIKI~愛のトライ&エラー』(“Kiki, el amor se hace”)
製作: ICAA / Mediaset España / Telecinco Cinema / Vértigo Films
監督:パコ・レオン
脚本(共):パコ・レオン、フェルナンド・ペレス、ジョッシュ・ローソン(フィルム)
撮影:キコ・デ・ラ・リカ
編集:アルベルト・デ・トロ
キャスティング:ピラール・モヤ
美術:ビセンテ・ディアス、モンセ・サンス
衣装デザイン:ハビエル・ベルナル、ぺぺ・パタティン
メイクアップ&ヘアー:ロレナ・ベルランガ、ペドロ・ラウル・デ・ディエゴ、他
データ:スペイン、スペイン語、2015,102分、ロマンチック・コメディ
キャスト:パコ・レオン、ナタリア・デ・モリーナ、アレックス・ガルシア、カンデラ・ペーニャ、ルイス・カジェホ(アントニオ)、ルイス・ベルメホ、アレクサンドラ・ヒメネス、マリ・・パス・サヤゴ(パロマ)、フェルナンド・ソト、アナ・Katz、ベレン・クエスタ、ダビ・モラ(ルベン)、ベレン・ロペス、セルヒオ・トリコ(エドゥアルド)、ほか。
()なしは概ね実名と同じ。
(記者会見に出席した面々、左からカンデラ・ペーニャ、マリ・パス・サヤゴ、ダビ・モラ、
ベレン・クエスタ、監督、ナタリア・デ・モリーナ、アレックス・ガルシア)
解説:オーストラリア映画、ジョッシュ・ローソンの“The Little Death”(14)が土台になっている。プロットか変わった性的趣向をもつ5組のカップルが織りなすコメディ。このリメイク版というか別バージョンというわけで、レオン版も世間並みではないセックスの愛好家5組の夫婦10人と、そこへ絡んでくるオトコとオンナが入り乱れる。ノーマルとアブノーマルの境は、社会や時代により異なるが、ここでは一種のparafilia(語源はギリシャ語、性的倒錯?)に悩む人々が登場する。ローソン監督も俳優との二足の草鞋派、テレビの人気俳優ということも似通っている。
★さて、スペイン版にはどんな夫婦が登場するかというと、
◎1組目は、レオン監督自身とアナ・カッツのカップルにベレン・クエスタが舞い込んでくる。
◎2組目は、ゴヤ賞2016主演女優賞のナタリア・デ・モリーナ(『Living is Easy with Eyes Closed』)とアレックス・ガルシア(“La novia”)のカップル、この夫婦を軸に進行する(harpaxofilia)
◎3組目は、カンデラ・ペーニャ(『時間切れの愛』『チル・アウト!』)とルイス・ベルメホ(『マジカル・ガール』)のカップル(dacrifilia)
◎4組目は、ルイス・カジェホ(ラウル・アレバロの“Tarde para la ira”)、とマリ・パス・サヤゴのカップル(somnofilia)
◎5組目が、ダビ・モラとアレクサンドラ・ヒメネス(フアナ・マシアスの“Embarazados”ではレオン監督と夫婦役を演じた)のカップル(elifilia)。
そこへフェルナンド・ソト、ベレン・ロペス、セルヒオ・トリゴ、ミゲル・エランなどが絡んで賑やかです。どうやら「機知に富んだロマンチック」コメディのようだ。
(ナタリア・デ・モリーナとアレックス・ガルシアのカップル)
★〈-filia〉というのは、「・・の病的愛好」というような意味で、harpaxofilia の語源はギリシャ語の〈harpax〉からきており、「盗難・強奪」という意味、性的に興奮すると物を盗むことに喜びを感じる。dacrifiliaは最中に涙が止まらなくなる症状、somnofiliaは最中に興奮すると突然眠り込んでしまう、いわゆる「眠れる森の美女」症候群、elifiliaは予め作り上げたものにオブセッションをもっているタイプらしい。にわか調べで正確ではないかもしれない。
(パコ・レオンとアナ・カッツのカップルにベレン・クエスタが割り込んで)
★製作の経緯は、監督によると「最初(製作会社)Vértigo Filmsが企画を持ってきた。テレシンコ・フィルムも加わるということなので乗った」ようです。しかし「プロデューサーからはいちいちうるさい注文はなく、自由に作らせてくれた」と。「すべてのファンに満足してもらうのは不可能、人それぞれに限界があり、特にセックスに関してはそれが顕著なのです。私の作品は厚かましい面もあるが悪趣味ではない。背後には人間性や正当な根拠を描いている」とも。「映画には思ったほどセックスシーはなく(期待し過ぎないで)、平凡で下品にならないように心がけた」、これが100万人突破の秘密かもしれない。
(ルイス・カジェホとカンデラ・ペーニャのカップル)
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
★パコ・レオン Paca Leon:1974年セビーリャ生れ、監督、俳優、製作者。スペインでは人気シリーズのテレドラ“Aida”(2005~12)出演で、まず知らない人はいない。2012年“Carmina o revienta”でデビュー、マラが映画祭でプレミアされて一躍脚光を浴び、翌年のゴヤ賞新人監督賞にノミネートされた。つづくカルミナ・シリーズ第2弾“Carmina y amén”もマラガ映画祭2014に正式出品した。第3作が『KIKI~愛のトライ&エラー』です。カルミナ・シリーズでは、レオン監督の家族、孟母ならぬ猛母カルミナ・バリオスと妹マリア・レオンが主役だったが、第3作には敢えて起用しなかった。フアナ・マシアス監督の“Embarazados”紹介記事にレオン監督のキャリア紹介をしています。
*フアナ・マシアスの“Embarazados”は、コチラ⇒2014年12月27日
(孟母でなく猛母カルミナ・バリオスと孝行息子のパコ、管理人お気に入りのフォト)
★カルミナ・シリーズでは監督業に専念しておりましたが、今回の第3作には監督、脚本、俳優と二足どころか三足の草鞋を履いています。俳優と監督を両立させながら独自のポリシーで映画作りをしている。将来的にはスペイン映画の中核になるだろうと予想しています。日本では俳優として出演したホアキン・オリストレル監督の寓話『地中海式 人生のレシピ』(2009、公開2013)が公開されている。マラガ映画祭2015でエロイ・デ・ラ・イグレシア賞を受賞している。
★ “Carmina o revienta” は、DVD発売や型破りのインターネット配信(有料)で映画館を空っぽにしたといわれた。第2作“Carmina y amén”も封切りと同時にオンラインで配信したいと主張したが、これには通常の仕来りを壊すものと批判もあった。彼によれば「公開後4か月経たないとDVDが発売できないのは長すぎて理不尽であり、それが海賊版の横行を許している。消費税税増税でますます映画館から観客の足が遠のいている現実からもおかしい。さらに均一料金も納得できない。莫大な資金をかけた『ホビット』のような大作と自作のような映画とが同じなのはヘン」というわけ。これはトールキンの『ホビットの冒険』を映画化したピーター・ジャクソンの三部作。アメリカ製<モンスター>に太刀打ちするには工夫が必要、今までと同じがベターとは言えないから、この意見は一理あります。
★関連記事・管理人覚え
*パコ・レオンの主な紹介記事は、コチラ⇒2015年3月19日
*“Carmina o revienta”はコチラ⇒2013年8月18日(ゴヤ賞2013新人監督賞の項)
*“Carmina y amén”はコチラ⇒2014年4月13日(マラガ映画祭2014)
*ラウル・アレバロの“Tarde para la ira”は、コチラ⇒2016年2月26日
『The Olive Tree』イシアル・ボリャイン*ラテンビート2016 ② ― 2016年09月29日 14:06
ボリャインがラテンビートに戻ってきました!
★今年のラテンビートは、前半(10月7日~10日)後半(10月14日~16日)と2分割、作品も13作とこじんまりしています。当ブログでは前回アップした『スモーク・アンド・ミラーズ』を含めて、『The Olive Tree』、『彼方から』、『600マイルズ』、『ビバ』、『盲目のキリスト』、『キキ~恋のトライ&エラー』、『名誉市民』と長短の差はありますが、既に8作をご紹介しています。映画の良し悪し、好き嫌いは別として、直感に頼ってアップしていますが、結構当たりました。なかでこれ以上屋上屋を架していじくり回さないほうがいいもの(1)、再構成して1本化したほうがいいもの(2)、データ不足を補って改めて紹介しなおしたほうがいいもの(3)に分けることにしました。
★まず(1)に当たるイシアル・ボリャインの『The Olive Tree』は“El olivo”(仮題「オリーブの樹」)として、ブリュッセル映画祭で観客賞を受賞した折に詳しく紹介しております。2017年アカデミー賞スペイン代表作品の候補にもなっておりましたが、結局アルモドバルの『ジュリエッタ』に決定しました。地味すぎて残る確率は低いと予想していましたが、その通りになりました。
(オリーブの樹の下で、8歳のアルマと祖父ラモン、映画から)
★監督、キャスト、スタッフのキャリアも紹介しておりますので、そちらにワープしてください。特に音楽監督のパスカル・ゲーニュ、ボリャインの夫で脚本執筆のポール・ラヴァティも有名すぎて紹介するまでもないと思いましたが、コンパクトに纏めてあります。現在、夫妻は2014年からエジンバラを本拠地にして活動しています。
*ブリュッセル映画祭観客賞受賞“El olivo”の記事は、コチラ⇒2016年7月19日
ホライズンズ・ラティノ部門第4弾*サンセバスチャン映画祭 ⑨ ― 2016年08月29日 17:14
アルゼンチンからダニエル・ブルマンの新作“El rey del Once”
★2年おきくらいに新作を発表しているが、ここ10年ほどは紹介されることがなかった。国内外あまたの受賞歴を誇る、アルゼンチンではベテラン監督の仲間入りをしていると思いますが、『救世主を待ちながら』(2000、東京国際映画祭TIFF)と『僕と未来とブエノスアイレス』*(2004、06公開)を含むいわゆる「アリエル三部作**」、NHK衛星第2で放映された『アル・シエロ 空へ』(01)が、字幕入りで見ることができた作品です。なかで『僕と未来とブエノスアイレス』は、ベルリン映画祭の審査員賞グランプリ(銀熊)、クラリン賞(脚本)、カタルーニャのリェイダ・ラテンアメリカ映画祭では作品・監督・脚本の3賞、バンコク映画祭作品賞、他ノミネーションは多数だった。
(アリエルと父親、『僕と未来とブエノスアイレス』のポスター)
*原題“El abrazo partido”については、目下休眠中のCabinaさんブログに長いコメントを投稿しています。作品&監督キャリア紹介、特に新作に関係のあるオンセ地区の情報も含んでいます。
◎Cabinaブログの記事は、コチラ⇒2008年6月1日
**ブエノスアイレスのユダヤ人地区のガレリアを舞台に、主人公アリエルの青年から父親になるまでの成長を描いた作品。3作目が“Derecho de familia”(06)である。
6)“El rey del Once”(“The Tenth Man”)
製作:BD Cine / Pasto / Television Federal(Telefe) / 後援アルゼンチン映画アカデミーINCAA
監督・脚本・製作:ダニエル・ブルマン
撮影:ダニエル・オルテガ
編集:アンドレス・タンボルニノ
美術:マルガリータ・タンボリノ
録音:ミゲル・テニナ、カトリエル・ビルドソラ
衣装デザイン:ロベルタ・ペッシPesci
メイクアップ:マリエラ・エルモ
プロダクション・マネージメント:デルフィナ・モンテッチア(モンテッキアMontecchia)、
セシリア・サリム
製作者(共):バルバラ・フランシスコ(エグゼクティブ、グスタボ・タレット『ブエノスアイレス恋愛事情』)、ディエゴ・ドゥボコフスキー(『救世主を待ちながら』『僕と未来とブエノスアイレス』)、ルシア・チャバリ(セスク・ゲイ「トルーマン」)、セシリア・サリム、ほか
データ:製作国アルゼンチン、言語スペイン語・ヘブライ語・イディッシュ語、2016年、コメディ、82分、撮影地ブエノスアイレス、公開アルゼンチン2月11日、ブラジル5月5日、ウルグアイ5月19日、米国(限定)7月29日
映画祭・受賞歴:ベルリン映画祭2016パノラマ部門オープニング作品、トライベッカ映画祭インターナショナル部門男優賞(アラン・Sabbagh)、韓国チョンジュ全州市映画祭、シアトル映画祭、いずれも2016年開催
(プレス会見のアランと監督、ベルリン映画祭2016)
キャスト:アラン・Sabbagh(アリエル)、フリエタ・ジルベルベルグ(エバ)、ウシェル・バリルカ(アリエル父ウシェル)、エルビラ・オネット(スージー)、エリサ・カリカッホCarricajo(モニカ)、アドリアン・ストッペルマン(マムニェ)、ダニエル・ドロブラス(エルクレス)、ダルミロ・ブルマン(アリエル11歳)、ほか
解説:アリエルはニューヨークを拠点にして働くエコノミスト、彼なりにハッピーだがモニカと連れ立ってブエノスアイレスに戻る準備をしている。モニカはバレリーナを夢見ているガールフレンドだ。まず父親に電話で打診する、父はユダヤ人が多く住んでいる活気あふれるオンセ地区でユダヤ人コミュニティの慈善団体を設立、あまり裕福でないユダヤ教徒に薬品や宗教的規則に従って調理した食品カシェールの配給をしている。オンセはいわばアリエルが青春時代を過ごしたホームタウンだ。戻ったアリエルは生地屋や物売りのスタンドで混雑しているガレリアで迷子になり、そこで好奇心をそそる女性を見かける。再びプーリムPurimというユダヤのお祭りで出くわすことになるその女性エバは、団体で働く独立心旺盛な、それも正統派のユダヤ教徒だった。アリエルは子供のときに捨ててしまった宗教的世界を取り戻すことができるだろうか。
(エバの後を付けるアリエル、映画から)
★過去を振りはらうことの不可能性は誤りか、失われた信仰の探求、ブルマン好みの父親と息子の葛藤劇、ユダヤ文化の哲学と伝統、信じる信じないは別として「信仰は山をも動かす」というコメディ。テーマ的には「アリエル三部作」の続編(?)のようですが、ブルマン映画でも最もユダヤ教の影響の強い印象を受けます。ユダヤ教徒が一番多い米国、3番めに多いアルゼンチン(イスラエルは2番め)という二つの国の文化がテーマになっている。プーリムPurimというお祭りは、ユダヤ暦アダルの月14日(2月末~3月初め)に行われる移動祝祭日です。
★既にコンペティション部門ではないが、2月のベルリンでワールド・プレミアされ、何カ国かで公開されてもいる作品がエントリーされるのは珍しいのではないか。サンセバスチャン映画祭には、製作国にスペインも参加しているからか“El nido vacío”(08)がコンペに正式出品されただけです。映画祭以後に公開もされDVDも発売されています。比較的ユダヤ文化が希薄ということもあるかもしれない。
★アリエル役のアラン・Sabbaghは初登場ですが、エバ役のフリエタ・ジルベルベルグは、ディエゴ・レルマンの『隠された瞳』(10、TIFF)、ダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』の第2話ウエイトレス(14,公開15)で紹介しております。
★トライベッカ映画祭は、アメリカ同時多発テロ事件9・11以降、被害を受けた復興のためロウアー・マンハッタン地区のトライベッカで2002年から始まった春の映画祭(2016は4月13日から)、米国作品とインターナショナルに分かれている。代表発起人はロバート・デ・ニーロなど。ブルマン監督は新作のほか、“La suerte en tus manos”(12)で審査員(脚本)賞を受賞しており、ベルリン同様、相性のいい映画祭である。
パコ・レオンの第3作ロマンティック・コメディ”Kiki, el amor se hace” ― 2016年06月05日 12:12
4月1日封切り、早くも観客数100万人突破!
★今年期待できるスペイン映画としてアップしましたパコ・レオンの“Kiki, el amor se hace”が期待通りの快進撃、セックス絡みのコメディ大好きなスペイン人の心を掴みました。「数は多いが面白い映画は少ない」とスペイン人は文句を言うけれど、これはどこの国にも言えること、とにかく封切り8週間調べで観客数100万人の壁を突破した。やはり「クチコミ」効果のおかげ、5月末には1,012,597人、興行成績約592万ユーロは、一向に改善の萌しが見えない国庫にとっても歓迎すべきことです。しかし3月4日公開、アルゼンチン=西=仏合作の犯罪サスペンス、ダニエル・カルパルソロの“Cien años de perdón”の1,073,397人は超えられていない。カルパルソロは『インベーダー・ミッション』が公開されている監督。ルイス・トサール、ラウル・アレバロ、ホセ・コロナドなど、日本でもお馴染みになった演技派が出演しています。
*“Kiki, el amor se hace”の記事は、コチラ⇒2016年2月24日
*“Cien años de perdón”の記事は、コチラ⇒2016年2月21日
★2014年の大ヒット作、「危機のスペイン映画界の救世主」とまで言われたエミリオ・マルティネス=ラサロの“Ocho apellidos vascos”は、リピーターを含めてトータル約1000万人が見た。いわゆる映画祭向きのコメディではなかったので、中々海外での上映に至らなかったが2015年にはスペイン語圏諸国やその他でも公開された。批評家の評価は真っ二つに割れたが、その映画界への貢献度は無視できず、ゴヤ賞の新人男優・助演男優・助演女優の3賞を受賞した。「二匹目のドジョウ」を狙った続編カタルーニャ編“Ocho apellidos catalanes”も、2015年の興行成績ベストワンの450万人、ほかはすべて100万台、第4位のアメナバルの“Regression”は封切り1週目こそ上々のすべり出しだったが、142万と期待にそえなかった。これで2015年が如何に低調だったかが分かります。日本公開のニュースは未だでしょうか。
一風変わったセクシュアル趣味の面々が織りなす合唱劇
★パコ・レオンといっても日本での知名度はイマイチだが、スペインでは人気シリーズのテレドラ出演で、まず知らない人はいないと思います。1974年セビーリャ生れの俳優・監督・脚本家。日本ではホアキン・オリストレルの寓話『地中海式 人生のレシピ』(09)出演だけかもしれない。オーストラリア映画、ジョッシュ・ローソンの“The Little Death”(14)が土台になっている。ローソン監督も俳優との二足の草鞋派、テレビの人気俳優ということも似通っている。プロットか変わった性的趣向をもつ5組のカップルが織りなすコメディ。このリメイク版というか別バージョンというわけで、レオン版も世間並みではないセックスの愛好家5組の夫婦10人と、そこへ絡んでくるオトコとオンナが入り乱れる。ノーマルとアブノーマルの境は、社会や時代により異なると思うが、ここでは一種のparafilia(語源はギリシャ語、性的倒錯?)に悩む人々が登場する。
★スペイン版の“Kiki, el amor se hace” にはどんな夫婦が登場するかというと、1組目はレオン監督自身とアナ・Katzのカップルにベレン・クエスタが舞い込んでくる。2組目はゴヤ賞2016主演女優賞のナタリア・デ・モリーナ(『Living is Easy with Eyes Closed』)とアレックス・ガルシアのカップル(harpaxofilia)。3組目はカンデラ・ペーニャ(『時間切れの愛』『チル・アウト!』)とルイス・ベルメホ(『マジカル・ガール』)のカップル(dacrifilia)、4組目はルイス・カジェホ、とマリ・パス・サヤゴのカップル(somnofilia)、最後がダビ・モラとアレクサンドラ・ヒメネスのカップル(elifilia)、そこへフェルナンド・ソト、ベレン・ロペス、セルヒオ・トリゴ、ミゲル・エランなどと賑やかです。
(記者会見に出席した面々、左からカンデラ・ペーニャ、マリ・パス・サヤゴ、ダビ・モラ、
ベレン・クエスタ、監督、ナタリア・デ・モリーナ、アレックス・ガルシア)
★〈-filia〉というのは、「・・の病的愛好」というような意味で、harpaxofilia の語源はギリシャ語の〈harpax〉からきており、「盗難・強奪」という意味、性的に興奮すると物を盗むことに喜びを感じる。dacrifiliaは最中に涙が止まらなくなる症状、somnofiliaは最中に興奮すると突然眠り込んでしまう、いわゆる「眠れる森の美女」症候群、elifiliaは予め作り上げたものにオブセッションをもっているタイプらしい。にわか調べで正確ではないかもしれない。
★製作の経緯は、監督によると「最初(製作会社)Vertigo Filmsが企画を持ってきた。テレシンコ・フィルムも加わるということなので乗った」ようです。しかし「プロデューサーからはいちいちうるさい注文はなく、自由に作らせてくれた」と。「すべてのファンに満足してもらうのは不可能、人それぞれに限界があり、特にセックスに関してはそれが顕著なのです。私の作品は厚かましい面もあるが悪趣味ではない。背後には人間性や正当な根拠を描いている」とも。「映画には思ったほどセックスシーはなく(期待し過ぎないほうがいい?)、平凡で下品にならないように心がけた」、これが100万人突破の秘密かもしれない。
(ナタリア・デ・モリーナとアレックス・ガルシアのカップル)
(パコ・レオンとアナ・Katzのカップルにベレン・クエスタが割り込んで)
(ルイス・バジェホとカンデラ・ペーニャのカップル)
★前の2作“Carmina o revienta”(12)と“Carmina y amen”(14)は、レオンの家族、母親カルミナ・バリオスと妹マリア・レオンが主役だったが、第3作には敢えて起用しなかった。
(孟母でなく猛母カルミナ・バリオスと孝行息子のパコ)
『ブランカニエベス』の次は『アブラカダブラ』*パブロ・ベルヘルの第3作 ― 2016年05月29日 14:57
アクセル踏んで5年ぶりに新作発表
★昨年10月に「第3作はファンタスティック・スリラーのコメディ“Abracadabra”、クランクインは来年夏、公開は2017年」とアナウンスがありましたが、いよいよクランクインしました。大当たりした第2作『ブランカニエベス』から5年が経ちましたが、5年というのは監督にしては破格の速さではないでしょうか。デビュー作『トレモリノス73』(02)と第2作の間隔は2倍の10年でした。思いっきりアクセル踏んでスピードを上げ、5月5日にマドリードで撮影開始、現在はナバラ州のパンプローナに移動しています。IMDbもアップされましたが、まだ全容は分かりません。撮影地はマドリードとナバラ、約2ヶ月の9週間が予定されています。
(左から、ホセ・モタ、ベルドゥ、監督、デ・ラ・トーレ、パンプローナにて)
◎キャスト陣
★主役のカルメンに前作のマリベル・ベルドゥ、その夫カルロスにアントニオ・デ・ラ・トーレ、カルメンの従兄にホセ・モタ、他にキム・グティエレス、ホセ・マリア・ポウ、フリアン・ビジャグラン、サトゥルニノ・ガルシア、ベテランのラモン・バレアまで曲者役者を揃えました。マリベル・ベルドゥとアントニオ・デ・ラ・トーレはグラシア・ケレヘタの“Felices 140”(15)で既にタッグを組んでいる。どんなお話かというと、カルメンはマドリードのカラバンチェルに住んでいる主婦、近頃夫カルロスの挙動がおかしいことに気づく。どうやら悪霊か何かにとり憑かれているようだ。そこで従兄のペペに助けを求めることにする。
*“Felices 140”の紹介記事は、コチラ⇒2015年1月7日
*マリベル・ベルドゥの紹介は、コチラ⇒2015年8月24日など
*アントニオ・デ・ラ・トーレの紹介は、コチラ⇒2013年9月8日など
(私たち夫婦になりますが・・・)
★カルメンの従兄ペペ役のホセ・モタは、1965年シウダレアル生れ、コメディアン、俳優、声優、監督、脚本家。サンティアゴ・セグラの「トレンテ」シリーズの常連、アレックス・デ・ラ・イグレシアのダーク・コメディ『刺さった男』(12)で、不運にも後頭部に鉄筋が刺さってしまった男を演じた。TV界ではチョー有名な存在だが、再び映画に戻ってきた。今回は催眠術にハマっている役柄のようで、カルロスに乗り移ってしまった悪霊を払おうとする。写真下はホセ・モタがアントニオ・デ・ラ・トーレに催眠術をかけている絵コンテ、『ブランカニエベス』も手がけたイニゴ・ロタエチェのデッサンから。
(イニゴ・ロタエチェの絵コンテ)
(ホセ・モタ)
★キム・グティエレスは、今年公開されたハビエル・ルイス・カルデラの『SPY TIMEスパイ・タイム』でエリート諜報員アナクレト(イマノル・アリアス)の息子アドルフォに扮しアクションも披露したばかり。今回の役は、「コッポラの『地獄の黙示録』(79)でマーロン・ブランドが演じたカーツ大佐のように物語の一種の道しるべ的な存在になる」とか、詳しいことは現段階ではバラしたくないと監督。ダニエル・サンチェス・アレバロの『漆黒のような深い青』(06)でブレークした後、ドラマ、コメディ、アクションと確実に成長している。
*『SPY TIMEスパイ・タイム』とキム・グティエレスの紹介は、コチラ⇒2016年2月2日
(アナクレトとアドルフォ父子、映画から)
★ホセ(ジョセップ)・マリア・ポウは、1944年バルセロナ生れ、『ブランカニエベス』、アメナバル『海を飛ぶ夢』(04)、イネス・パリス“Miguel y William”(07)、ベントゥラ・ポンセ“Barcelona (un mapa)”など、今作ではホセ・モタが熱中する催眠術の先生役。フリアン・ビジャグランは、マラガ映画祭2016でご紹介しています。ベテランのラモン・バレアは、1949年ビルバオ生れ、監督の大先輩、『トレモリノス 73』、ボルハ・コベアガのETAのコメディ“Negociador”(14)では主役の〈交渉人〉を演じた大ベテラン。
*フリアン・ビジャグラン紹介は、コチラ⇒“Gernika”4月20日、“Quatretondeta”4月22日
*ラモン・バレア紹介は、コチラ⇒“Negociador”2015年1月11日
◎スタッフ紹介
★撮影監督にキコ・デ・ラ・リカ、衣装デザインにパコ・デルガト、編集にダビ・ガリャルトなど国際的評価の高い一流どころがクレジットされています。監督夫人Yuko Haramiは日本人、プロデューサー、カメラ、音楽家、ニューヨークで知り合ったとか。監督デビュー作以来二人三脚で製作に関わっている。『トレモリノス 73』の頃、娘が生まれている。『ブランカニエベス』の白雪姫カルメンシータを10歳に想定したのは娘の年に合わせたようです。ゴヤ賞のガラには着物姿で出席していた。
「私はシネマニア、これは不治の病です」
◎監督紹介
★『ブランカニエベス』を検索すれば簡単にキャリアは検索できます。詳細は完成の折に紹介するとして、1963年ビルバオ生れ、監督、脚本家、製作者。デビュー作『トレモリノス 73』は、「バスク・フィルム・フェスティバル2003」で上映されたあと、「ゆうばり国際ファンタステック映画祭2005」でも上映された。第2作『ブランカニエベス』、第3作が来年公開の“Abracadabra”と極めて寡作です。
★第2作を企画中の2003年には、「無声モノクロ」はクレージーな企画でどこからも相手にされなかったことが、ブランクの大きな要因だった(モノクロは現在では高価でカネ食い虫)。つまり資金が集まらなかったということ。アカデミー賞作品賞をもらったミシェル・アザナヴィシウスの『アーティスト』(11)に影響を受けてモノクロにしたわけではない。今回はオールカラー、前作の成功もあって資金が比較的早く集まったからで、特別エンジンをふかしたわけではない。クランクイン予告の記者会見では、「ロシア人形のマトリューシュカのように、ホラーのなかにファンタジー、ファンタジーのなかにコメディ、コメディのなかにドラマと、入れ子のようになっている映画が好き。ウディ・アレンのファンで、特に『カイロの紫のバラ』(85)、『カメレオン』(83)、『スコルピオンの恋まじない』(01)などが気に入っている」と語っていた。
(新作を語るパブロ・ベルヘル監督)
★映画のなかに、「エモーション、ユーモア、驚き、これから何が起きるか予想できないような物語を観客に楽しんでもらいたい。いつもこれが最後の作品になると考えている。自分を本職の監督だとは思っていないから、私にとって映画を撮ることはいわば命知らずのミッションに近い、時にはうまくいくこともあるが、時にはうまくいかないこともある」。「ベルドゥの役はドン・キホーテ的、ホセ・モタの役はサンチョ・パンサ的です。またはベルドゥは泣きピエロ、ホセ・モタは人気のある陽気なピエロとも形容できます」。「マドリード的な映画で、私の大好きな映画、アルモドバルの『グローリアの憂鬱』*やビガス・ルナの“Angustia”に関連しています」ということなのですが、何やらややこしくなってきました。私の映画の源泉は映画館にあるという、シネマニアです。
*原題は“¿Qué he hecho yo para merecer esto?”(84)です。マドリードの下町に暮らす主婦(カルメン・マウラ)がグータラ亭主を殺してしまうが事件は迷宮入りになる傑作コメディ、どうしてこんな平凡な邦題をつけたのか理解できない(笑)。“Angustia”はビデオが発売されているようですが未見です。
*追記:『アブラカダブラ』の邦題でラテンビート2018上映が決定しました。
舞台の映画化、クレウエトの”El rey tuerto”*マラガ映画祭2016最終回 ― 2016年05月05日 18:58
劇作家マルク・クレウエトのデビュー作は自作戯曲の映画化
★結果発表前にアップしようと思っていたのに時間切れになってしまった“El rey tuerto”のご紹介。無冠だったが気になる監督作品、上映は映画祭前半の4月24日だった。記者会見にはマルク・クレウエト監督以下出演者アライン・エルナンデス、ミキ・エスパルベ、ベッツィ・トゥルネス、ルース・リョピスが参加、如何にもバルセロナ映画と実感させるブラック・コメディ。
(左から、ベッツィ・トゥルネス、ミキ・エスパルベ、監督、プレス会見にて)
★プレス会見の談話によると「最初のバージョンは、映画化するなら舞台よりもっと風通しをよくしたほうがいいと考えて、新しい状況や場所を設定しようとした。しかし『探偵スルース』のような映画に魅せられていたので、結果的にはセリフも登場人物もあまり変えなかった。状況によって自由自在に変化できる檻のようなスペースを設えて、そこへ登場人物たちが引き寄せられようにやってくるスタイルにした」と監督。『探偵スルース』という映画は、1972年のジョーゼフ・L ・マンキーウッィツの最後の監督作品“Sleuth”、ローレンス・オリヴィエとマイケル・ケインが数々の賞を受賞した名作。2007年のリメイク版『スルース』は今でもテレビで放映されるから若い方も見ているでしょうか。
“El rey tuerto”(“El rei borni”)2016
製作:Moiré Films Producciones Audiovisuales / Lastor Media / Corporación Catalana de Mitjans Audiovisuals / El Terrat de Produccions 協賛カタルーニャTV
監督・脚本・戯曲:マルク・クレウエト
撮影:シャビ(ハビ)・ヒメネス
製作者:トノ・フォルゲラ(Lastor Media社)
データ:スペイン、スペイン語、2016,辛口コメディ、87分、マラガ映画祭2016上映4月24日、スペイン公開5月20日
キャスト:アライン・エルナンデス(警察官のダビ)、ミキ・エスパルベ(ナチョ、隻眼のイグナシ)、ベッツィ・トゥルネス(ダビの妻リディア)、ルース・リョピス(ナチョの妻サンドラ)、シェスク・ガボト(政治家)
解説:リディアとサンドラは古くからの友達だが長年のこと会っていない。互いのパートナーを紹介しあおうとダビの家で夕食を共にすることに決めた。ダビは機動隊所属の警察官、ナチョは活動家の社会派ドキュメンタリー製作者、乱闘騒ぎに発展したデモ行進中に警官からゴムボールのお見舞いをうけて右目の視力を失っている。彼らはテレビから流れてくる或る政治家のスピーチに活気づく。4人の登場人物は食事しながら過ぎ去った時間を懐かしみ、最近の出来事を語り合う。ダビがナチョの片目を潰した張本人であることなど知る由もない。こうして変なめぐり合わせで警察官と活動家が対峙してしまう。
(隻眼のナチョと機動隊員のダビ、映画スチールから)
私たちの秩序がもっている多くの裂け目を修復するレシピ
★このように辛口コメディ風に物語は始まるが、壊れやすく脆い信念、社会的役割の本来の姿とは何か、真実を模索しながらも時は驚くほどの早さで過ぎ去ってしまうというイタイお話です。カオス状態の世の中で盲人になると、却って世界の物事がよく見えるようになり、自分たちが無意識に避けている奥深い秩序に近づけるという。プロットの核心は、社会問題にそれぞれ異なった意見をもつ4人の登場人物の心理合戦、根の深いスペインの危機についてのアジテーションのようです。
★戯曲は3年前から書き始め、こけら落とし公演は2年前、バルセロナの収容客40人足らずの小さな劇場だった。バルセロナでの大成功がマドリードでも続き、全国主要都市を巡業して回った。マドリードの舞台では粗野な警察官ダビと平和思考の活動家ナチョを同じ俳優が演じた。イデオロギー的には正反対の二人がまき散らすタイミングのよいギャグの応酬が観客を魅了したようです。監督によると、映画化することで舞台では定まらなかった視点が見えてくるオマケがあったという。監督お気に入りの1作、コーエン兄弟製作の『バートン・フィンク』と関連があるそうだが、二人の主人公のブラック・ユーモアが本作のダビとナチョに似ているからだろうか。この映画は見る人によって深読みができる作品なのでよく分からない。カンヌ1991のパルムドール・監督賞・男優賞を受賞した異例づくめの作品(カンヌは各賞をダブらせない方針)、しかし当然というかアカデミー賞はノミネーションに終わった。
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
マルク・クレウエト Marc Crehuet は、1978年カンタブリアのサンタンデル生れ、監督、脚本家、舞台演出家、戯曲家。演劇では戯曲執筆と舞台演出を兼ねた“Conexiones”(09)、“El rey tuerto”(カタルーニャ語“El rei borni”、13)、“MagicalHistory Club”(14)がある。映画は以下の通り。(TVを含む)
2009“GreenPower”(TV)2010年エンターテインメント最優秀プログラム「マック賞」受賞
2011~12“Pop rápid”(TV)カタルーニャTVとMoiré Films製作の2シーズンのシリーズ物
2016“El rey tuerto”本作
★カタルーニャTVの“Pop rápid”には、アライン・エルナンデス、ミキ・エスパルベ、ベッツィ・トゥルネス、シェスク・ガボトの4人が25話に出演(ルース・リョピスのみ1話)、このTVドラでの共演が本作の土台にある印象です。
★「戯曲の最初のバージョンはすごく扇情的で憤慨に満ちた内容だった。何故かと言うと、デモ行進で片目を本当に失明してしまったイタリアの青年が我が家を訪れたことがヒントだったから。しかし執筆しているあいだに怒りをダイレクトにぶつけるのではなく、ユーモアを効かせたプロットに変化させた」と戯曲執筆の動機を語った。ナチョの人物造形にはインスピレーションを受けたモデルがいたようだ。昨今では誰もが自説を披露できる時代になったが、コミュニケーションの困難さ、スレ違いはあまり変わらない。他人に対して攻撃的とは言わないまでも、寛容ではなくなっているかもしれない。
(インタビューを受けるマルク・クレウエト、マラガにて)
*キャスト紹介*
★マラガ上映の初日24日には朝早い9時にもかかわらず、この新しい趣向の作品、特にユニークな二人の演技を楽しもうとするファンがセルバンテス劇場前に列を作った。この二人とはアライン・エルナンデスとミキ・エスパルベのこと。簡単にご紹介すると:
*アライン・エルナンデスAlain Hernández(ダビ役)は、バルセロナ生れ、スペイン語、カタルーニャ語、英語ができるのでUSA映画(“The promise”16)にも出演している。長編映画デビューはベントゥラ・ポンス“Barcelona, un mapa”(07)、公開されたアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ『ビューティフル』(08)、主役を演じたデミアン・サビーニ・ギマラエンス“Terrados”(10,監督がバジャドリード映画祭で観客賞受賞)、エミリオ・マルティネス=ラサロの“Ocho apellidos catalanas”(15)、マリオ・カサスやアドリアナ・ウガルテが主演したことで2015年後半の話題作になったフェルナンド・ゴンサレス・モリーナ“Palmeras en la nieve”に準主役で出演。
(自宅で体を鍛える機動隊員ダビ、映画から)
*ミキ・エスパルベ Miki(Miqui) Esparbé(ナチョ役)は、1983年バルセロナ生れ、俳優、脚本家、作家。バルセロナにある公立名門校ポンペウ・ファブラ大学(Universidad Pompeu Fabra)の人文科学卒業。クレウエトの“GreenPower”TVシリーズでキャリアを出発させる。同監督の“Pop rápid”出演のお陰で知られるようになった。2012年、Notodofilmfest賞を受賞した短編“Doble check”の主役に抜擢され、男優賞にノミネーションされた。長編デビューは“Barcelona, nit d’estin”(13)、マラガ映画祭2015で最優秀新人脚本家賞を受賞したレティシア・ドレラのデビュー作 “Requisitos para ser una persona normal” に出演している他、ホセ・コルバッチョ&フアン・クルスの“Incidencias”、夏公開が決定しているホアキン・マソンの“Cuerpo de élite”などが挙げられる。2014年、グラフィック小説“Soy tu principe azul pero eres daltónica”(パコ・カバジェロ他との共著)というオカシなタイトルの本を出版。
(ナチョとサンドラとリディア、ダビ家の居間、映画から)
*ベッツィ・トゥルネス Betsy Túrnez(リディア役)は、クレウエトのカタルーニャTVシリーズ“Pop rapid”、ギリェム・モラレスの『ロスト・アイズ』、マリア・リポルの『やるなら今しかない』(Netflix“Ahora o nunca”)、『オチョ・アペリードス・カタラナス』(同“Ocho apellidos catalanas”)などに出演している。監督との接点は“Pop rapid”でしょうか。舞台“El rei borni”出演、2014年には同じく舞台“Magical History Club”に出演した。
(舞台“El rei borni”でも共演したトゥルネスとリョピス)
*ルース・リョピス Ruth Llopis(サンドラ役)は、バレアレス諸島のメノルカ生れ、スペイン語、カタルーニャ語、英語ができる。ジョルディ・フェレ・バターリャの短編コメディ“Freddy”で主役を演じた他多数、TVドラ“Pop rápid”(1話)ほか、長編映画デビューは2013年、リュイス・セグラの“El club de los buenos infieles”、他にダニ・デ・ラ・オルデンの“Barcelona, nit d’hivern”(15)。舞台“El rei borni”出演ほか。
(ダビの家を訪れたナチョとサンドラのカップル、出迎えた後ろ姿がリディア)
★エル・ムンド紙のコラムニストによると、2年前のマラガ映画祭2014の「金のジャスミン賞」を射止めたカルロス・マルケス=マルセのコメディ“10.000 Km”と同じ製作会社(Lastor Media)のトノ・フォルゲラ以下スタッフが参加した。これが映画の成功に繋がったという。
イネス・パリスの新作は悲喜劇*マラガ映画祭2016 ⑤ ― 2016年04月25日 15:41
ベレン・ルエダがコメディに初挑戦、40代は女優の曲がり角
★イネス・パリスの第4作め“La noche que mi madre mató a mi padre”は、「お母さんがお父さんを殺しちゃった夜」などと物騒なタイトルですが辛口コメディです。監督は『マイ・マザー・ライクス・ウーマン』(2002)で長編デビュー、運良く「東京国際レズ&ゲイ映画祭2003」で上映され、2004年から始まったラテンビートでも見ることが出来ました。ベレン・ルエダといえば、日本ではアメナバルの『海を飛ぶ夢』、フアン・アントニオ・バヨナの『永遠の子どもたち』、ギリェム・モラレスの『ロスト・アイズ』などが話題作です。初のコメディ挑戦がウリですが、本人によると大方のイメージとは異なってコミカルな性格だそうで、TVドラでも実証済みです。共演者はエドゥアルド・フェルナンデス、マリア・プジャルテ、フェレ・マルティネス、ディエゴ・ペレッティ、パトリシア・モンテロと演技派が集合して危なげない。
(オール出演者、ルエダ、フェルナンデス、ペレッティ、他)
“La noche que mi madre mató a mi padre”2016
製作:La Noche Movie A.I.E. / Sangam Films / Post Eng Producciones /
共同製作TVE / Movistar+ / Crea S.G.R. / 協賛ICAA / Cultura Arts 他
監督・脚本:イネス・パリス
脚本(共同):フェルナンド・コロモ
撮影:ネストル・カルボ
音楽:アルナウ・バタリェル
編集:アンヘル・エルナンデス・ソイド
美術:ラウラ・マルティネス
衣装デザイン:ビセンテ・ルイス
メイクアップ・ヘア:ラケル・コロナド(ヘア)、サライ・ロドリゲス(メイク)
製作者:ベアトリス・デ・ラ・ガンダラ、ミゲル・アンヘル・ポベダ
データ:スペイン、スペイン語、2016年、コメディ、撮影地バレンシア、マラガ映画祭2016、4月24日上映
キャスト:ベレン・ルエダ(イサベル・パリス)、エドゥアルド・フェルナンデス(夫アンヘル)、マリア・プジャルテ(アンヘルの元妻スサナ)、ディエゴ・ペレッティ(俳優ディエゴ・ペレッティ)、フェレ・マルティネス(イサベルの元夫カルロス)、パトリシア・モンテロ(カルロスの恋人)、他
解説:美の衰えを抱きはじめた40代の女優イサベルの物語。プロフェッショナルな女優の価値について、つまり年を重ねることの恐れ、その能力、不安定、矛盾、コケットリー、苦しみなどを議論したいと思っている。イサベルと脚本家の夫アンヘルは、アンヘルの元妻で映画監督のスサナとアルゼンチンの俳優ディエゴ・ペレッティを夕食に招待する。ディエゴが今度の映画の主役を引き受けるよう説得するためだ。夕べの集いのなかば過ぎ、イサベルの元夫カルロスが若いガールフレンドを連れて闖入してくる。彼女はディエゴに秋波を送り男の欲望を掻きたてる戦術にでる。予期せぬ事態に宴は混乱、ひとつめの死体が転がることに。果たして死体は一つですむのでしょうか。
21世紀のもつれあった夫婦関係を模索する?
★「登場人物はすべてアーティスト、自由放縦なボヘミアン、意志が弱く、エゴイスト、さらに思い込みが激しく夢見がち」とイネス・パリス監督。かつてフランコ時代に描かれた家族像とは様変わりしている。例えばフェルナンド・パラシオスの『ばくだん家族』(62)、貧しいけれど父親と母親、子供たち、祖父母世代は遠くに住んでいる。結婚は1回で子沢山、これが当たり前の家族だった。ビジネス絡みとはいえ、夫婦が自宅に元夫と元妻を招待して一緒に夕べの宴をするなどありえなかった。また先日訃報に接したばかりのミゲル・ピカソの『ひとりぼっちの愛情』(64)、これはミゲル・デ・ウナムーノの同名小説“La tía Tula”の映画化ですが、妻が死んで残された夫とまだ母親が必要な子供が残される。婚期を過ぎた妻の美しい妹が見かねて母親代わりになる。夫も義妹も心のなかでは想い合うが・・・と、まあ焦れったい物語です。義妹になった女優の演技、心理描写の巧みさで現在見ても面白いかと思いますが、歴史を感じさせます。これはサンセバスチャン映画祭で監督賞、シネマ・ライターズ・サークル作品賞などを受賞した作品でした。
(本作について語るイネス・パリス)
*監督紹介*
★イネス・パリスは、1962年マドリード生れ、監督、脚本家。大学では哲学を専攻(哲学者カルロス・パリスが父)、特に美学と芸術理論、のち舞台芸術の演技と演出を学んだ。映画、テレビ、ドキュメンタリーの脚本家として出発、2002年ダニエラ・フェヘルマンとの共同監督作品『マイ・マザー・ライクス・ウーマン』で監督デビュー(フィルモグラフィーは下記参照)。現在は、スペイン及び海外の映画学校で教鞭をとるほか、男女平等についての記事を執筆している。CIMA(Asociacion de Mujeres Cineastas y de los Medios Audiovisuales)の会長を5年間務め、またアフリカ女性の自立を援助する財団の顧問でもある。
(フェルナンデス、ルエダ、監督、ペレッティ)
フィルモグラフィー(長編映画の監督作品)
2002“A mi madre le gusutan las mujeres”コメディ『マイ・マザー・ライクス・ウーマン』
2005“Semen, una histiria de amor”コメディ(問題を抱えた現代女性についての白熱した考察)
2007“Miguel y William”(セルバンテスとシェイクスピア)
2016“La noche que mi madre mató a mi padre”コメディ
*うち第3作目“Miguel y William”は、16世紀末、一人の女性(エレナ・アナヤ)に魅せられてしまった二大作家セルバンテス(フアン・ルイス・ガリアルド)とシェイクスピア(ウィル・ケンプ)を交錯させたドラマ。その体験がミゲルに『ドン・キホーテ』を、ウィリアムに三大悲劇(ハムレット、オセロ、リア王)を書かせたというお話。
*キャスト紹介*
★ベレン・ルエダは、1965年マドリード生れ、キャリアについては公開作品『海を飛ぶ夢』や『永遠のこどもたち』の公式サイトに詳しいが、TVドラ出演がもっぱらで、『海を飛ぶ夢』が映画デビューだったという遅咲きの女優。本作では40代後半の女優に扮したが、実際は既に51歳になっている。冒頭に触れたようにコミカルな性格、「我が家にいるときは、家族を笑わせるピエロ役、でもコメディを演ずることとピエロであることは同じではない」とインタビューに応えている。「女性の脚本家が不足しているから、ある年齢に達した女優が優れたホンに出会えるチャンスは多くない」とも。
★マリア・プジャルテは、1966年、ガリシアのア・コルーニャ生れ。“Miguel Willam”を除いてイネス・パリスのデビュー作『マイ・マザー・ライクス・ウーマン』から出演している。脇役が多いから結果的に出演本数は多くなり、主にバルセロナ派の監督に起用されている。なかでセスク・ゲイの群像劇『イン・ザ・シティ』では、エドゥアルド・フェルナンデスや『マイ・マザー~』のレオノール・ワトリングなどと共演している。
(死体に唖然とするプジャルテ、ペレッティ、フェルナンデス)
★エドゥアルド・フェルナンデスは、1964年バルセロナ生れ、ルエダ同様公開作品が多いから説明不要でしょうか。1985年シリーズTVドラで出発した。公開作品を時系列で並べると、ビガス・ルナ『マルティナは海』(01)、アグスティン・ディアス・ヤヌス『アラトリステ』(06)、アグスティ・ビリャロンガ『ブラック・ブレッド』(10)、アレハンドロ・G・イニャリトゥ『ビューティフル』(10)、アルモドバル『私が、生きる肌』(11)、ダニエル・モンソン『エル・ニーニョ』(14)など。その他、F・ハビエル・グティエレス『アルマゲドン・パニック』(08)やビセンテ・ランダ『ザ・レイプ』(09)などがDVD化されています。当ブログでは、アルゼンチン監督のマルセロ・ピニェイロの“El método”(05)とグラシア・ケレヘタの“Felices 140”(14)でご紹介しています。
*“El método”の記事は、コチラ⇒2013年12月19日
*“Felices 140”の記事は、コチラ⇒2015年1月7日
★フェレ・マルティネスは、アメナバルの『テシス、次に私が殺される』(95)のホラー・オタク青年、フリオ・メデムが次回作を撮れなくなったほど大成功をおさめた『アナとオットー』(98)の主人公オットー、アルモドバルの『バッド・エデュケーション』の監督役など、公開された話題作に出演している。
★パトリシア・モンテロは、1988年バレンシア生れ。1999年、マリアノ・バロッソの“Los lobos de Washington”で映画デビュー、本作にはエドゥアルド・フェルナンデスやマリア・プジャルテが出演していた。その後シリーズTVドラ出演に専念、代表作の殆どがTVドラである。2011年ダビ・マルケスの“En fuera de juego”の小さい役で映画復帰、本作が本格的な映画出演のようです。
(カルロス役のフェレ・マルティネスとガールフレンドのパトリシア・モンテロ)
★ディエゴ・ペレッティは、アリエル・ウィノグラードの第4作になるロマンチック・コメディ“Sin hijos”にマリベル・ベルドゥと共演したアルゼンチンの俳優。ここではオシャマな娘に振り回されるバツイチを演じた。1963年ブエノスアイレス生れ、ルシア・プエンソの『ワコルダ』で少女リリスの父親を演じて既に日本登場の俳優です。本作では本人と同じ名前ディエゴ・ペレッティで登場します。キャリアについてはご紹介済みです。
*“Sin hijos”とディエゴ・ペレッティのキャリア紹介記事は、コチラ⇒2015年8月24日
(マラガに勢揃いした監督以下の女優陣、右端は製作者ベアトリス・デ・ラ・ガンダラ)
★開幕2日前には赤絨毯が敷かれてからはフェスティバル・ムードも盛り上り、23日夜には最高賞のマラガ賞がバス・ベガに手渡されました。こんな鈍行では5月1日のクロージングまでどれだけご紹介できるか分かりませんが、馴染みのある監督や俳優が出演している映画を拾っていきたい。
★カンヌ映画祭もオフィシャル・セクションのノミネーションが発表になりました。予想通りアルモドバルの“Julieta”が選ばれ、下馬評ではパルムドール、審査員賞などが取りざたされておりますが、個人的には厳しいかなと思います。ラテンアメリカからはブラジルのKleber Mendonça Filho(クレベル・メンドンサ・フィーリュ?)の“Aquarius”(フランスとの合作)がノミネートされました。「ある視点」部門では、アルゼンチンから若い二人の監督アンドレア・テスタとフランシスコ・コルテスのデビュー作“La larga noche de Francisco Sanctis”がいきなりノミネートされ、若い二人は夢心地です。マラガのあとカンヌ特集を予定していますので、いずれご紹介することになるでしょう。
ブラック・コメディ”Quatretondeta”*マラガ映画祭2016 ④ ― 2016年04月22日 18:16
コンペティション第2弾“Quatretondeta”って何のこと?
★ポル・ロドリゲスのデビュー作“Quatretondeta”は、スペイン人が大好きなブラック・コメディ。ホセ・サクリスタン、ライア・マルル、セルジ・ロペス、フリアン・ビジャグラン、大物ベテランと中堅演技派3人が一つのお棺を取り合ってクアトレトンデタ村を目指してアリカンテへ、果たして辿り着けるのでしょうか。「Quatretondeta」(マップはCuatretondeta)は、アリカンテ州の北部、セタ谷の切り立った岩山に取り囲まれた小さな村の名前です。ウィキペディアによると、1602年にはモリスコ(レコンキスタ以後キリスト教に改宗してスペインに留まったモーロ人)の40家族が暮らしていたとある。現在の人口わずか138人という死ぬほど静かな村です。しかし気候のよい季節には山歩きのハイカーの拠点になっているとか。
(こんな感じの村です。観光案内のサイトから)
“Quatretondeta” 2016
製作:Arcadia Motion Pictures / Noodles Production / Afrodita Audiovisual /
共同製作TVE & TV3、協賛 ICAA & ICEC
監督・脚本:ポル・ロドリゲス
音楽:Joan Valent
撮影:カルレス・グシ
データ:スペイン、カタルーニャ語、2016年、92分、コメディ、撮影地クアトレトンデタを含むアリカンテほか、マラガ映画祭2016正式出品、4月29日上映、アメリカ公開が予定されている。
キャスト:ホセ・サクリスタン(トマス)、ライア・マルル(ドラ)、セルジ・ロペス(ヘノベス)、フリアン・ビジャグラン(イニャキ)、ロベルト・フェランディス(サクリスタンのスタントマン)、マリアノ・フェレ(同)、ハビエル・ホルダ(同)、アルムデナ・クリメント(村長の妻)、他
解説:妻に死なれて埋葬地に奔走する老トマスの物語。亡骸はアリカンテの内陸部にあるクアトレトンデタ村に埋葬して欲しいという妻の願いを叶えてやりたいトマス。一方、妻の親族は故郷のパリに埋葬したいと遺体を渡さない。そこで遺体を密かに盗み出そうと決心、クアトレトンデタに向かうが、なにせ老人のことゆえ記憶が定かでなく道に迷ってしまう。パリで暮らしていた妻の娘ドラはできる限り早く母親をパリに連れて帰りたいとやってきたが遺体が見当たらない。この義理の娘は冷酷なうえ計算高く、母親所有の財産を手に入れようとしていた。ドラは仕方なく一風変わった葬儀屋イニャキとヘノベスを巻き込んで、追いつ追われつの追跡劇が始まった。到着してみればクアトレトンデタ村はフィエスタの最中、果たして遺体はどちらの手に渡るのでしょうか。
★長い人世では時には忘れることが幸せな場合もありますが、日を追うごとに記憶力が減退していくのは辛いことです。如何に記憶を保ち、曖昧になった記憶をよみがえらせることに時間を費やすことになる。最初のタイトルは“Camino a casa”(カタルーニャ語“Cami a casa”)だったようです。これも悪くないが平凡、Quatretondetaのほうが興味を唆られる。IMDbではカタルーニャ語となっているが、予告編ではスペイン語だった。マラガではどういうかたちで上映されるのだろうか。最初、架空の村かと思っていましたが、オリーブの木に囲まれた観光地のようです。山歩き愛好家には人気の場所、ホテルなど宿泊施設もある。映画に出てくるモーロ人のフィエスタにはプータも出張してくる(笑)。
★監督紹介:ポル・ロドリゲスPol Rodriguezは、監督、脚本家。正確な出身地・生年は検索できなかったが、1997年に映画の世界で仕事を始めたとあるので、1970年代と推測します。本作が長編デビュー作品ですが、キャリアを調べると、実に長い助監督時代を経てきています。テレドラ、ドキュメンタリーを含めて35作品に上るから最近の若い監督としては珍しいタイプかもしれない。なかで公開、映画祭上映作品として、ホセ・ルイス・ゲリンの『シルビアのいる街で』(07)、クラウディア・リョサの『悲しみのミルク』(09)、アグスティ・ビリャロンガの『ブラック・ブレッド』(10)などが挙げられる。
(ポル・ロドリゲス監督)
★最近ではリュイス・ミニャロの“Stella cadente”(14)、美術・衣装デザインのカテゴリーでガウディ賞を受賞した作品や、昨年のマラガ映画祭に正式出品されたバーニー・エリオットのスリラー“La deuda”(“Oliver’s Deal”2014、西=米=ペルー)でも助監督を務めた。何かの賞に絡むかと期待して紹介記事を書きましたが、監督がアメリカ人、オリジナル版が英語というハンディキャップのせいか無冠でした。他にもスペイン人以外の監督とのコラボがあるように、若い監督は国籍にはこだわらない。
*“La deuda”(“Oliver’s Deal”)の記事は、コチラ⇒2015年4月19日
*主なキャストのプロフィール*
★ホセ・サクリスタンは1937年チンチョン生れ。当ブログには度々登場してもらっていますが、最近の活躍をコンパクトにまとめると、名画の誉れ高いマリオ・カムスの『蜂の巣』(82)出演をはじめとして、オールドファンには忘れがたい作品に名脇役としてその長い芸歴を誇っています。最近ではカルロス・ベルムトの『マジカル・ガール』(14)にバルバラ・レニー扮する本当のマジカル・ガールに翻弄される数学教師を演じました。一時舞台に専念してスクリーンから遠ざかっておりましたが、復帰して撮ったタビ・トゥルエバの“Madrid 1987”(11)が評価され「フォルケ賞2013」最優秀男優賞、ハビエル・レボージョのブラック・コメディ“El muerto y ser feliz”(12)でサンセバスチャン映画祭2012の銀貝男優賞とゴヤ賞2013主演男優賞を受賞、さらにはマラガ映画祭2014のレトロスペクティブ賞を受賞するなど受賞ラッシュが続いており、現在では銀幕でひっぱりダコです。
*ゴヤ賞・フォルケ賞の関連記事は、コチラ⇒2013年8月18日
*レトロスペクティブ賞の関連記事は、コチラ⇒2014年4月7日
(ホセ・サクリスタン、右側がセルジ・ロペス、“Quatretondeta”から)
★ライア・マルルは、1973年バルセロナ生れ、代表作はサルバドル・ガルシア・ルイスの“Mensaka”(98)、アントニオ・エルナンデスの“Lisboa”(99)、セルジ・ロペスと共演している。翌年ミゲル・エルモソの“Fugitivas”でゴヤ賞新人女優賞を受賞して女優としての地位を確立した。つづいてイシアル・ボリャインの『テイク・マイ・アイズ』(03)でゴヤ賞主演女優賞、シネマ・ライターズ・サークル女優賞、フォトグラマス・デ・プラタ賞以下、数えきれない賞を受賞した。再びサルバドル・ガルシア・ルイスの“Las voces de la noche”(03)でヒロインに抜擢された。ヤニス・スマラグディスの“El Greco”(07)、エル・グレコがギリシャ人だったこともあり、テッサロニキ映画祭では観客賞、作品賞以下賞を総なめにし、ガウディ賞ノミネーション、ゴヤ賞では衣装デザイン賞を受賞するなどした話題作。前述したビリャロンガの『ブラック・ブレッド』など。ここしばらくTVドラ出演が多く、本作でカムバックしたようです。監督との接点は『ブラック・ブレッド』でしょうか。
(ライア・マルル、“Quatretondeta”から)
★セルジ・ロペスは、なんといってもギレルモ・デル・トロの『パンズ・ラビリンス』(06)の憎っくきビダル大尉でしょうか。1965年バルセロナ近郊生れ、本格的な演技はフランスのジャック・ルコック演劇学校で学んだ。フランス語ができ、デビューはマニュエル・ポワリエの“La petite amie d’Antonio”(92)でいきなり主役のアントニオに起用された。したがって最初の頃はフランス映画出演が多く、ドミニク・モル監督の『ハリー、見知らぬ友人』でセザール賞2000主演男優賞を受賞しているほど。フランソワ・オゾンのファンタジー『リッキー』(09)など。スペイン語映画では、『パンズ・ラビリンス』のあと、イサベル・コイシェの『ナイト・トーキョー・デイ』(09)、『ブラック・ブレッド』、ダニエル・モンソンの『エル・ニーニョ』(14)などでしょうか。いかつい顔から悪役、シリアスドラマ、コメディとこなして演技の幅は広い。
(セルジ・ロペス、“Quatretondeta”から)
★フリアン・ビジャグランは、1973年カディス生れ、ダニエル・サンチェス・アレバロのデビュー作『漆黒のような深い青』(06)が日本発登場でしょうか。フェリックス・ビスカレットの“Bajo las estrellas”(07)、ナチョ・ビガロンドの“Extraterrestre”(11)、アルベルト・ロドリゲスの“Grupo 7”の演技が認められ、ゴヤ賞2013助演男優賞、スペイン俳優組合賞助演男優賞を受賞した。ビガロンドの『ブラック・ハッカー』(14)は、イライジャ・ウッドが主演だったからか、テーマが今日的だったかで直ぐ公開された。横道に逸れるがビガロンド監督は、デビュー作となったサスペンス『タイム・クライムス』以来、コアなファンがいるようです。前回紹介したコルド・セラの「ゲルニカ」にも出演している。
(フリアン・ビジャグラン、後ろ向きがサクリスタン、“Quatretondeta”から)
★撮影監督のカルレス・グシは、『テイク・マイ・アイズ』、『エル・ニーニョ』、『プリズン211』など手がけているベテラン。本作はロードムービーの要素もあるから、上映を待ち焦がれているファンも多いのではないか。予告編の面白さから判断するに、必ず賞に絡むのではないか。
★次回はイネス・パリスのコメディ“La noche que mi madre mató mi padre”の予定。
期待できるスペイン映画2016 ② ― 2016年02月24日 11:51
パコ・レオンの第3作めはロマンチック・コメディ
★続編として当ブログには登場しているが日本ではあまり馴染みのない監督パコ・レオン、俳優と監督を両立させながら独自のポリシーで映画作りをしている。将来的にはスペイン映画の中核になるだろうと予想しています。もう一人がオスカル・サントス、1972年ビルバオ生れのバスクの監督、少し強面ですが両人ともイケメンの範疇に入りますでしょうか。今年話題をさらいそうなエンターテインメント作品のご紹介です。
*パコ・レオン“Kiki, el amor se hace”(4月1日、コメディ)、パコ・レオンの3作目、監督・脚本・俳優と3役をこなす。共同脚本フェルナンド・ペレス、他、撮影キコ・デ・ラ・リカ、編集アルベルト・デ・トロ。出演はゴヤ賞2016主演女優賞のナタリア・デ・モリーナとアレックス・ガルシアを中心に、5つの異なった愛が錯綜する「機知に富んだロマンチック」コメディ。他にカンデラ・ペーニャ、ルイス・カジェホ、ルイス・ベルメホ(『マジカル・ガール』)、アレクサンドラ・ヒメネス、マリ・パス・サヤゴ、フェルナンド・ソト、他。アレクサンドラ・ヒメネスはフアナ・マシアスの新作コメディ“Embarazados”(1月29日公開)にレオン監督と夫婦役を演じた。また監督はホアキン・オリストレルの寓話『地中海式 人生のレシピ』(09)にも出演していましたね。未公開ですが監督デビュー作“Carmina y revienta”がなんといっても痛快でした。
○パコ・レオンの主な紹介記事は、コチラ⇒2014年4月13日・2015年3月19日
○フアナ・マシアスの“Embarazados”の紹介記事は、コチラ⇒2014年12月27日
(左から、C・ペーニャ、レオン監督、ナタリア・デ・モリーナ、L・カジェホ、A・ヒメネス)
★オスカル・サントス“Zipi y Zape y la isla del Capitán”(2016年、アドベンチャー)。前作“Zipi y Zape y el club de la canica”(13)の続編、トロント映画祭で上映された話題作。双子のジッピとザッペ兄弟の冒険物語。脚本ホセ・エスコバル、ホルヘ・ララ、オスカル・サントス、音楽は前回と同じフェルナンド・ベラスケスが担当。ジッピとザッペ兄弟は別の子役たちが演じている。珍しいのはエレナ・アナヤが出演していることです。サントス監督は『命の相続人』(10、“El mal ajeno”)がラテンビートで上映されているだけと思います。
*“Zipi y Zape y el club de la canica”の紹介記事は、コチラ⇒2013年9月14日
(ポスターを背景に監督やエレナ・アナヤを取り囲んだ出演者たち)
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