「ある視点」にアルゼンチンから二人の女性監督*カンヌ映画祭2017 ⑦2017年05月14日 16:15

          デビュー作「La novia del desierto」がノミネーション

 

 

2番目にご紹介するのが、アルゼンチンの二人の女性監督セシリア・アバレリア・ピバト長編デビュー作La novia del desiertoです。アルゼンチン=チリ合作、『グロリアの青春』でブレークしたチリのパウリナ・ガルシアとアルゼンチンのクラウディオ・リッシがタッグを組んだようです。本作はカメラ・ドールの対象作品でもあります。昨今のチリ映画界の躍進は、アルゼンチンに劣らず目覚ましいものがありますが、いずれも合作ですが「批評家週間」のLos perrosLa familiaを加えて3作に、当ブログでは受賞した場合だけアップしている短編Selva(ソフィア・キロス・ウベダ)があります。本作はまだ予告編さえアップされておりませんが、ブエノスアイレスからアルゼンチン北西の州サン・フアンへ、チリとの国境沿いまで砂漠を横切って旅をする一種の<ロード・ムービー>のようです。ここでもラテンアメリカ映画に顕著なテーマ「移行」が語られるようだ。

 

 

 (左から、ピバト、リッシ、アタン、製作者エバ・ラウリア、Pantalla Pinamar20173

 

La novia del desierto(カンヌでは英題The Desert Bride2017

作:Ceibita Films / El Perro en la Luna / Haddock Films

   協賛Flora Films de Florencia Poblete(サン・フアン州のプロデューサー)

監督・脚本・共同プロデューサー:セシリア・アタン&バレリア・ピバト

撮影:セルヒオ・アームストロング

編集:アンドレア・チニョーリChignoli

音楽:レオ(ナルド)Sujatovich

プロダクション・デザイン:マリエラ・リポダス

プロダクション・マネージメント:フアン・デ・フランチェスコ

録音:パブロ・ブスタマンテ、マウリシオ・ロペス、他

衣装デザイン:ベアトリス・ディ・ベネデット、ジャム・モンティ

プロデューサー:エバ・ラウリア、アレホ・クリソストモ、、ラウル・リカルド・アラゴン、

        バネッサ・ラゴネ

 

データ:アルゼンチン=チリ、スペイン語、ドラマ、85分、撮影地ブエノスアイレス州、サン・フアン州、撮影期間1120日から1216日、カンヌ映画祭2017「ある視点」正式出品&カメラ・ドール対象作品、アルゼンチン公開10月予定

資金援助:アルゼンチンINCAAのオペラ・プリマ賞、チリのCNCAオーディオビジュアル振興基金、第66回ベルリナーレ共同製作マーケット、トゥールーズの製作中の映画プログラムに参加して、フランスのCNCの奨学金を得る。

 

キャスト:パウリナ・ガルシア(テレサ)、クラウディオ・リッシ(エル・グリンゴ)、マルティン・スリッパック

 

物語:ブエノスアイレスで住み込みの家政婦として働いていた54歳になるテレサの物語。何十年も家政婦という決まりきった仕事に埋没していたテレサだが、雇い主が家を売却することになり行き場を失ってしまった。ブエノスアイレスでは次の雇い主を見つけることができず、サン・フアン州の新しい家族のもとで働くことを受け入れる。旅の道連れもなく砂漠の危険な旅に出発するが、奇跡を起こすという「ディフンタ・コレア」のある最初の宿泊先で、彼女は一切合財が入っていたバッグを失くしてしまった。テレサはある行商人と旅を共にすることになるが、彼は途方に暮れたテレサに助けの手を差し伸べてくれた唯一人の人物だった。旅の最後にはテレサにも救いが待っているのだろうか。

 

    

    (テレサ役のパウリナ・ガルシアとエル・グリンゴ役のクラウディオ・リッシ

 

★長年住み込み家政婦として働いてきた身寄りのない女性の心の救済がテーマのようです。この映画で重要な「Difunta Correa」(今は亡きコレア)について、少し説明が必要だろうか。「ディフンタ・コレア」とは、今でもアルゼンチン人の信仰を集めている伝説上の女性デオリンダ・アントニア・コレアのことである。サン・フアン州バジェシートVallesitoに礼拝堂があり、願いをする人、願いを叶えてもらった多くの人々が巡礼に訪れている。このバジェシートの伝説「ディフンタ・コレア」に着想を得て作られた本作には、サン・フアン州の人々がエキストラとして多数参加しているそうです。

  

デオリンダはサン・フアン州アンガコで、夫クレメンテ・ブストスと小さい息子の3人で暮らしていた。しかし内戦の嵐が吹き荒れ、夫は隣州ラ・リオハで戦うため1840年ころ強制的に徴兵されてしまった。ラ・リオハを進軍中のゲリラ兵に無理やり捕らえられ、デオリンダも辛い日々を送っていた。夫との再会を願って探しに行こうと決心する。渇きと空腹に耐えて歩き続けたが、山の気候の厳しさやサン・フアンの砂漠の過酷さに耐えきれずに命を落としてしまった。近くを通った子供たちが赤ん坊の泣き声が聞こえるというので村人が行ってみると、母親は死んでいたが赤ん坊はお乳を吸っていた。これは奇跡だと近くのバジェシートに礼拝堂を建てて母親を手厚く埋葬し、今は亡きコレアDifunta Correa」と名付けて、「ディフンタ・コレア」と書かれた十字架の付いた花束を飾った。この奇跡が口から口へ延々と語り継がれ、今日でも巡礼者で賑わっている。大体こんなお話ですが、他にも多数のバージョンがあるようです。

 

  

  (花束に埋まった母親ディフンタ・コレアとお乳を飲んでいる赤ん坊、サン・フアン州)

 

★奇跡を願う人々は古今東西、なくなることはありません。キリスト教と共存しながら伝説や神話は絶えることなく生き続けています。「ディフンタ・コレア」は砂漠のオアシスとしての役目もあるのかもしれません。本作で目立つのが監督を含めて女性シネアストの活躍です。それにアルゼンチンとチリ両国のスタッフが交じり合って担当していることです。例えば、衣装デザインのベテラン、ベアトリス・ディ・ベネデット(ルシア・プエンソの『ワコルダ』のデザイナー)やプロデューサーのエバ・ラウリアバネッサ・ラゴネはアルゼンチン人、撮影はラライン映画(『ザ・クラブ』『トニー・マネロ』『ネルーダ』など)を手掛けているセルヒオ・アームストロングと編集のアンドレア・チニョーリ(ララインの『トニー・マネロ』や『NO』アンドレス・ウッドの『ヴィオレータ、天国へ』など)はチリ人です。圧倒的にアルゼンチン人ですが、主役にはチリのパウリナ・ガルシアを据えています。

 

★セバスティアン・レリオの『グロリアの青春』13)で受賞できる賞の全てを手に入れた感のパウリナ・ガルシアは、女優の他、監督、劇作家としても活躍しています。EFEのインタビューによれば「長い間、私たちの国はアジェンデとピノチェトの対立により政治的条件が厳しく、他の国との合作映画など考えられなかった。チリでは経済力のある階級の人々は文化に対する理解が十分とは言えない。だから映画に携わる人の生活は恵まれていないのです」と、合作映画に出演できた喜びを語るガルシア。「まだ夜が明けたばかり、民間分野とアーティストたちの交流を図るための公的政策が足りないのです」とも。今年のカンヌには出席する予定だが、「チリとフランスの関係は非常に長い歴史をもっている。たくさんのアーティスト、製作者、監督が1970年代にはパリで暮らしていた。それでフランス映画のプロフェッショナルな人々との繋がりは強いのです」と、確かにそうですね。「批評家週間」ノミネートの「Los perros」や「La familia」を含めると、50人くらいの関係者が今年のカンヌに行くそうです。

 

      

            (サン・フアンの荒れ地にたたずむテレサ)

 

二人の監督紹介

バレリア・ピバトValeria Pivato は、アルゼンチンの監督、脚本家、プロデューサー。フアン・ホセ・カンパネラのEl hijo de la noviaのアシスタント監督やキャスティング、同Luna de Avellaneda『瞳の奥の秘密』のスクリプト、パブロ・トラペロの『檻の中』にアシスタントの共同監督に参加、テレドラも手掛けている。本作で長編デビューを果たした。他にウォルター・サーレス、ミゲル・ペレイラ、フアン・ソラナスなどとコラボしている。

  

セシリア・アタンCecilia Atánは、1978年ブエノスアイレス生れ、監督、脚本家、プロデューサー、女優。監督としては2012年短編El marやテレドラも手掛けている。アシスタントや助監督としての経歴は長い。アルベルト・レッチのNueces para el amor2000)にアシスタント監督として参画、同作はハバナ、カルタヘナ、ビニャ・デル・マル各映画祭で作品賞を受賞した話題作。他ホセ・ルイス・アコスタのNo dejaré que no me quierasなど、スペインとの合作映画もある。また五月広場の母親たちのドキュメンタリーMadres de Plaza de Mayo, la historiaを撮っている。他にエクトル・ベバンコ、アレハンドロ・アグレスティなどともコラボしている。 

    

              (セシリア・アタンとバレリア・ピバト)

 

★カンヌが近づくにつれ情報が入ってきましたが、例えば、どうしてヒロインにアルゼンチンではなくチリの女優を選んだか、主要登場人物にシニアを設定したのはなぜか、アイデアの誕生など少しずつ分かってきましたが、今回はとりあえずこれでアップしておきます。 

マルセラ・サイドの第2作「Los perros」*カンヌ映画祭2017 ④2017年05月01日 17:39

         再びカンヌに登場、「監督週間」から「批評家週間」へ

 

   

「批評家週間」のもう1作は、チリのマルセラ・サイドの第2Los perros、パブロ・ララインの『ザ・クラブ』のアントニア・セヘルスがヒロインのマリアナを演じます。タッグを組んだのはラライン映画ではお馴染みのアルフレッド・カストロ、暗い過去を引きずる元陸軍大佐フアンに扮します。マリアナは独裁政権側に立ったチリのセレブ階級に属している40代の女性、フアンは60代になる乗馬クラブの指導教官という設定です。20歳の年齢差を超えて、どんな愛が語られるのでしょうか。

 

★チリ映画は何作も登場させており、パブロ・ララインだけに止まりません。特に女性監督の活躍が目立ち、当ブログでもアリシア・シェルソン(『プレイ/Play05)、ドミンガ・ソトマヨル・カスティリョ(『木曜から日曜まで』12)、マルシア・タンブッチ・アジェンデ(『アジェンデ』14、ドキュメンタリー)、マイテ・アルベルディ(「La Once14、ドキュメンタリー)などをご紹介しております。マルセラ・サイドは初登場です。最近、ラテンアメリカで最も勢いのあるのがチリとコロンビア、秋開催のラテンビートを視野に入れてご紹介していきます。

 

   Los perros(英題「The Dogs」) 2017

製作:Cinemadefacto(仏)/ Jirafa(チリ)/ Augenschein Filmproduktion(独)/ Bord Cadre Films /

   Rei Cine(アルゼンチン)/ Terratreme Films(ポルトガル)

監督・脚本:マルセラ・サイド

撮影:ジョルジュ・ルシャプトワ(Georges Lechaptois

編集:ジャン・ド・セルトー Jean de Certeau

プロダクション・マネージメント:マリアンヌ・メイヤー・ベック?(Marianne Mayer Beckh

助監督:リウ・マリノ

美術:シモン・ブリセノ

録音:アグスティン・カソラ、レアンドロ・デ・ロレド、他

視覚効果:ブルノ・ファウセグリア

製作者:アウグスト・マッテ(Jirafa)、ソフィー・エルブス、トム・ダーコート、ほか共同製作者多数

 

データ:製作国チリ=フランス、スペイン語、2017、ドラマ、94分。サンダンス映画祭2014の脚本ラボ、続いてカンヌ映画祭シネフォンダシオンのワークショップを経て完成させた作品。

映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2017「批評家週間」正式出品(ワールド・プレミア)、ベルリナーレ2015共同製作マーケットでArte Cinema賞受賞

 

キャストアントニア・セヘルス(マリアナ)、アルフレッド・カストロ(フアン)、アレハンドロ・シエベキング/ジーフェキング(フランシスコ)、ラファエル・スプリジェルバード(ペドロ)、エルビス・フエンテス、他

 

物語と解説:マリアナの深い孤独と愛の不在についての物語。繊細なマリアナは42歳、ピノチェト政権に与したチリのブルジョア階級に属している。人生の初めから父親に無視され、今は仕事にかまける夫からはほったらかしにされ情緒不安定になっている。そんななか乗馬クラブの指導教官フアンの誠実さと優しさに奇妙な親近感を覚えるようになる。62歳になる元陸軍大佐というフアンは、軍事政権の弾圧に加担するという暗い過去を引きずっていた。やがて二人の行く手に微かな光が差し込んでくるように見えたが・・・。本作は独裁者の共犯者、政権によって経済的な豊かさと安定を享受したセレブ階級の偽善についての、チリ社会にはびこる表面化しない暴力についての、そして多くの犯罪に手を汚しながらも責任を問われない民間人についての物語でもある。

 

   

         (乗馬クラブの教官と生徒、マリアナとフアン、映画から)

 

★大人のラブロマンスの要素を含みながら、背景には約18年間続いた、否、現在も続いている軍事独裁時代(197390)の負の遺産が描かれている。このテーマについては、パブロ・ララインが「ピノチェト三部作」として世に送り出した、2008年の『トニー・マネロ』2010年のPost Mortem最後が2012年のNoがあります。そしてこの三作に出演していたのが、本作出演のアントニア・セヘルスとアルフレッド・カストロである。下の写真は、1973年アジェンデ政権の末期の死体安置所を描いたPost Mortemがエントリーされたベネチア映画祭2010のツーショットです。2006年にララインと結婚したアントニアは大きなお腹を抱えてマタニティ姿で出席していました。二人の間には一男一女がいる。

 

  

 (アントニア・セヘルスとアルフレッド・カストロ、ベネチア映画祭2010のプレス会見にて)

 

監督紹介マルセラ・サイドMarcela Said Caresは、1972年サンチャゴ生れ、チリの監督、脚本家、製作者。カトリック大学で美学を専攻、学位取得。1996年フランスに渡り、ソルボンヌ大学マスター・コースでメディアの言語と技術を学ぶ。フランス人のジャン・ド・セルトーと結婚(一男がいる)、国籍はフランス、2007年に夫とチリに帰国、首都サンチャゴに住んでいる。セルトーは本作「Los perros」では編集を手掛けている。

 

   

1999年、フランスTVドキュメンタリーValparaisoを製作する。チリも放映権を取得するが放映されることはなく、お蔵入りとなっている。続く2001年のドキュメンタリーI Love Pinochetがバルパライソ映画祭2002、サンチャゴ・ドキュメンタリー映画祭で受賞、2003年にはアルタソルAltazor賞を受賞した。アルタソル賞はチリの前衛詩人ビセンテ・ウイドブロの長編詩『Altazor』(1931刊)に因んで設けられた賞。第3作目のドキュメンタリーOpus Dei, una cruzada silenciosa06)は、夫君ジャン・ド・セルトー との最初の共同監督作品、チリのカトリック組織に大きな影響を及ぼしているオプスディについてのドキュメンタリー。

 

4El mocito11)がもっとも話題になった作品、セルトーとの共同監督2作目。軍事独裁政権時に拷問センターで働いていた男ホルヘリーノ・ベルガラの30年後を追ったドキュメンタリー。チリではタブーのテーマ、犠牲者と死刑執行人の両方に切りこんだ。ベルリナーレ2011で上映され、ベルリンの観客の大きな関心を呼んだドキュメンタリー。ミュンヘン・ドキュメンタリー映画祭2011ホライズン賞、サンチャゴ・ドキュメンタリー映画祭2011審査員賞、2012年には再びアルタソル賞をセルトーと一緒に受賞した。

 

      

         (サイドとセルトー、ベルリナーレにて、2011214日)

 

★ドキュメンタリー映画で実績を積んだサイドは、2013年、初の長編作El verano de los peces volandoresを撮る。カンヌ映画祭2013「監督週間」に正式出品され、同年のトロント映画祭「Discovery」部門にもエントリーされた。トゥールーズ映画祭(ラテンアメリカ映画)2013作品賞、ハバナ映画祭第1回監督賞3席、RiverRunリバーラン映画祭審査員賞受賞など。チリ人とチリの先住民マプーチェ人との共存の困難さを絶望を通じて描いた作品。マプーチェ人はアラウカノ系民族中最大のグループ、「映画は共同体で生じる問題を明らかにするのでもなく、アラウカニアでの葛藤、対立を語ったものでもない」と監督。「自分が興味をもつのは、自然に起きる対立や緊張、解決不能、偶発的な衝撃のように目に見えないものを見せること。これはドキュメンタリーではできない」とフィクションにした理由を語っている。

 

    

 

(映画から)

  

  

主なキャスト・スタッフ紹介:マリアナ役のアントニア・セヘルスは、ララインの「ピノチェト三部作」の他、『ザ・クラブ』では訳ありシスター・モニカに扮した。フアン役アルフレッド・カストロは、ララインの全作、ロレンソ・ビガスの『彼方から』、『ザ・クラブ』ではビダル神父を演じた。さらにフランシスコ役のアレハンドロ・シエベキングが『ザ・クラブ』のラミレス神父という具合に、ラライン組の出演が顕著である。スタッフのうちと編集者ジャン・ド・セルトー、撮影監督のジョルジュ・ルシャプトワ(『博士と私の危険な関係』12)などフランス出身者が目立つ。制作会社には国名を入れておきました。

 

ミュンヘン映画祭2017(6月22日~7月1日)のインターナショナル部門に正式出品されていましたが、スペシャル・メンションを受賞しました。カンヌでは無冠でしたがミュンヘンでは評価されました。(7月7日追加)


「批評家週間」にマルセラ・サイドの新作*カンヌ映画祭2017 ②2017年04月25日 13:32

         もう1作はベネズエラのグスタボ・ロンドン・コルドバの「La familia

 

★予定より早く「批評家週間」と「監督週間」のノミネーション発表がありました。今回は1962年から始まった前者のご紹介。カンヌ本体とは別組織が並行して開催する映画祭ですが、例年一括りにしてご紹介しています。長編第1作から2作目までが対象です。いわゆる<巨匠>などがエントリーされることがなくずっとスリリングです。昨年はガリシアの監督オリヴェル・ラセのデビュー作Mimosasがグランプリ、2015年はアルゼンチンのサンティアゴ・ミトレの『パウリーナ』(ラテンビート2015)がグランプリを受賞して結構勝率が高い。2015年は「監督週間」ですが、チロ・ゲーラの「El abrazo de la serpiente」(邦題『彷徨える河』で公開)が作品賞を受賞するなど、ラテンアメリカが頑張った年でした。今年の期間は518日から26日まで、カンヌ本体より先に結果発表があります。

 

★今年は、チリ=フランス合作のマルセラ・サイドの第2Los perros(ワールド・プレミア)とベネズエラ=チリ=ノルウェー合作のグスタボ・ロンドン・コルドバLa familia2作品、ラテンアメリカからは他にブラジルの作品も選出されました。

 

マルセラ・サイドは、1972年サンチャンゴ生れのチリの監督、脚本家、プロデューサー、女優。デビュー作El verano de los peces volandores2013年の「監督週間」に出品され、続いてトロント映画祭の「Discovery」部門で上映された監督です。新作「Los perros」の主人公は『ザ・クラブ』(パブロ・ラライン)のアントニア・セヘルスとアルフレッド・カストロとチリの大物二人が出演、いずれ作品と監督キャリア紹介はアップする予定です。

 

   

 

グスタボ・ロンドン・コルドバは、1977年カラカス生れのベネズエラの監督、脚本家、編集者、プロデューサー。本作は長編映画としては第1作目ですが、以前から短編がベルリン映画祭で注目を浴びていた監督、ということで次回はデビュー作La familiaのご紹介を予定しています。

 

  

 

ベルリン映画祭2017*結果発表2017年02月22日 21:35

         セバスティアン・レリオの新作、銀熊脚本賞を受賞

 

★この映画祭はやたらカテゴリーが多くて(コンペ、パノラマ、フォーラム、ゼネレーション、他)、イベロアメリカ映画だけに絞っているのに漏れが避けられない。コンペティション部門は、セバスティアン・レリオUna mujer fantástica(チリ独米西)だけだったから、さすがに漏れは避けられた。下馬評が高得点だったので何かの賞に絡んで欲しいと思っていた。思いが通じたか監督とゴンサロ・マサが共同執筆した「銀熊脚本賞」とエキュメニカル審査員賞スペシャルメンション、テディ賞を受賞した。

 

  

    (左から、主役のダニエラ・ベガ、監督、共同執筆者ゴンサロ・マサ)

 

 

        (テディ賞のトロフィーを手にしたダニエラ・ベガ)

 

★前作『グロリアの青春』13)ではグロリアに扮したパウリナ・ガルシアが女優賞を受賞、監督にとってベルリン映画祭は相性がいい。ラテンビート上映後公開される幸運に恵まれました。本作もラテンビートあるいは2016年から「レインボー・リール東京~東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」と名称が変わった映画祭などを期待していいでしょう。ダニエラ・ベガが扮するマリナ・ビダル性転換して女性に生れ変わった男性、テーマとしては、もう抵抗ないですね。現在27歳になるベガ自身も偏見の根強いチリにもかかわらず、両親や祖父母の理解のもと10代の半ばから時間をかけてゆっくり性転換している。

 

     

      (プレス会見に臨んだセバスティアン・レリオ、ベルリン映画祭より)

 

    カルラ・シモンのデビュー作、第1回作品賞オペラ・プリマ賞を受賞

 

★スペインからはジェネレーション部門出品のカルラ・シモンVerano 1993(原題「Estiu 1993」、「Summer 1993」)が、第1回監督作品賞、国際審査員賞を受賞した。母親の死にあって親戚の家に養女に出される6歳の少女フリーダの物語。友達やバルセロナともさよならして、新しい家族となった養父母と一緒に最初の夏を過ごす。少女は悲しみを抱えたまま新しい世界に溶け込むことを学んでいく。両親をエイズで亡くした監督の子供時代がもとになっている。フリーダをライア・アルティガス、養母をブルナ・クシ、養父をダビ・ベルダゲルが演じる。各紙誌ともこぞってポジティブ評価で、今年のスペイン映画の目玉になりそうです。田園の美しい映像、情感豊かで細やかな描写は予告編を見るだけで伝わってきます。子役とアニマルが出る映画には勝てないと言われるが、どうやらハンカチが必需品のようだ。

 

 

   

 (フリーダのライア・アルティガス

                             

 ★カルラ・シモンは、1986年バルセロナ生れの監督、脚本家。2009年バルセロナ自治大学オーディオビジュアル・コミュニケーション科を卒業、その後カリフォルニア大学で脚本と監督演出を学び、試験的な短編「Women」と「Lovers」を制作する。2011年、ロンドン・フィルム学校に入り、ドキュメンタリーやドラマを撮っている。アルベルト・ロドリゲス監督の強い後押しのお蔭で製作できたと語っている。いずれ詳細をご紹介したい作品です。

 

           

   (カルラ・シモン、ベルリン映画祭にて)

 

     エベラルド・ゴンサレスのドキュメンタリー、アムネスティ映画賞を受賞

 

★ベルリナーレ・スペシャル部門のアムネスティ国際映画賞受賞作品は、メキシコのエベラルド・ゴンサレスのドキュメンタリーLa libertad del diablo(「Devil's Freedom」)。ベルリンの観客を身動きできなくさせたと報道された暴力と悪事が主人公のドキュメンタリー。現在のメキシコで起きている地獄の暴力が描かれており、同情は皆無、犠牲者、殺し屋、警察官、軍人などの証言で綴られている。

 

 

★昨年のモレリア映画祭の受賞作品、ベルリンがワールド・プレミア。「残虐な行為はいとも簡単に行われる」とゴンサレス監督。

 

     

 (エベラルド・ゴンサレス監督、ベルリン映画祭にて)

 

★今年の金熊賞はハンガリーのIldiko Enyediイルディコ・エニェディOn Body and Soulが受賞した。他に国際批評家連盟賞FIPRESCIもゲット、寡作ですがカンヌやベネチアでも受賞しているベテラン、1955年ハンガリーのブダペスト生れの監督、脚本家。監督賞に甘んじたフィンランドのアキ・カウリスマキを推す審査員もいたのではないでしょうか。グランプリ審査員賞はセネガル、アルフレッド・バウアー賞はポーランド、男優賞はドイツ、女優賞は韓国など、受賞者がばらけて閉幕しました。

 

   

         (大賞を射止め満面に笑みのイルディコ・エニェディ監督)

   

セバスティアン・レリオの新作”Una mujer fantástica”*ベルリン映画祭20172017年01月26日 21:43

         『グロリアの青春』から新作Una mujer fantástica”へ

 

 

★躍進目覚ましいチリ映画、スペイン語映画ではセバスチャン・レリオ長編5作目Una mujer fantásticaが唯一オフィシャル・セクションに選ばれました。2013年の『グロリアの青春』ではヒロインのパウリナ・ガルシアが生きのいい熟女を好演、銀熊女優賞を受賞して脚光を浴びたのでしたそんなことが幸いしたのか「ラテンビート2013でプレミア上映されたあと公開もされました。「女性は謎だらけ、でも僕は彼女たちを愛している」と語るレリオ監督、「グロリア」のあと、次回作が待たれておりましたが、やっとベルリンに登場しました。

『グロリアの青春』の作品・監督紹介は、コチラ2013912

 

      

       (監督とパウリナ・ガルシア、サンセバスチャン映画祭2013にて)

 

本作も女性(?)が主人公、舞台は現代のサンティアゴ、新人ダニエラ・ベガが演じるのは性転換して女性に生れ変わったマリナ・ビダル、世間の白いに目に晒されながらウエイトレスとナイトクラブのシンガーとして掛け持ちで働いている。20歳も年上のパートナーのオルランドが彼女の腕の中で突然死したことで人生の悲喜劇が転がりだす。脇を固めるのがルイス・ニエッコ(パブロ・ラライン「ネルーダ」)、アリネ・クッペンハイム(オルランドの元妻役、アンドレス・ウッド『マチュカ』)、アンパロ・ノゲラ(「ネルーダ」)、フランシスコ・レイェス(オルランド役、TVドラVuelve Temprano”)などのベテラン勢です。

チリ=独=米=西合作、製作はFabula / Komplizen Film100分、撮影地サンティアゴ。Fabulaはラライン兄弟が設立した製作会社、Komplizen Filmはドイツの製作会社。

 

       

            (ヒロインのダニエラ・ベガ、映画から

 

セバスティアン・レリオ1974年アルゼンチンのメンドサ市生れのチリ人。監督、脚本家、プロデューサー。上記のスタッフとキャスト陣からも分かるように、チリの若手シネアストのグループ「クール世代」に属します。「グロリア」に劣らず数々の受賞歴を誇るデビュー作『聖家族』(La sagrada familia05)がラテンビートで上映された。クリスマスイブに集まった3人のティーンエイジャーの物語”Navidad”(09)やロカルノ映画祭2011の審査員賞の一つである「Environment is Quality of Life」を受賞した”El ano del tigre”そして『グロリアの青春』と続く。

 

アンドレス・ウッドの出世作『マチュカ』(04)やラテンビート2009で好評だった群像劇『サンティアゴの光』(La buena vida08)で忘れられない演技を見せたアリネ・クッペンハイムが出演しているのも楽しみの一つです。何かの受賞に絡めば映画祭上映も期待できます。

  

『盲目のキリスト』 Q&A*ラテンビート2016 ⑨2016年10月21日 12:20

        ベネチア正式出品だけでは日本の観客を惹きつけられない?

 

★今年のラテンビートのQ&Aは、前回の『The Olive Tree』と本作だけ、ちょっと寂しかった。クリストファー・マーレイ監督の来日、1回上映にもかかわらず観客も少なめなうえ、Q&A前に席を立つ人もあり、知名度の低さを印象づけた。ベネチア正式出品だけでは日本の観客を惹きつけることは難しい。映画祭ディレクターのカレロ氏によるキャリア紹介に続いて、ベネチア映画祭出席の印象、映画製作の経緯、舞台となったチリ北部の人々の信仰心、並びにキャスティング方法などの質問の後、会場からの質問にも丁寧に応じていた。作品同様非常に思索的な、しかしこれからの監督、一般観客を惹きつけるには工夫が必要と感じた。

 

         

        (登壇したマーレイ監督とカレロ氏、1015日、バルト9にて)

 

A: 映画祭ディレクターのカレロ氏からベネチア映画祭での感想を聞かれて、「尊敬する監督さんたちとの交流、海外の観客に見てもらえるなど、すべて初体験だった」と応えていた。2010年にパブロ・カレラと共同で監督したデビュー作Manuel de Riberaは、ロッテルダム映画祭でワールド・プレミアされたのですが規模が違います。翌年クロアチアのスプリト国際映画祭(ニューフィルム)特別賞を受賞しましたが、より規模が小さい。

B: ロッテルダムは新人の登竜門、ベネチアのような大物監督は出品しないのではないか。

 

A: 他に2012年、ドキュメンタリーPropaganda62分)を送り出しており高い評価を受けている。チリではこちらのほうが有名です。単独での長編劇映画は、本作が初監督です。

B: 聞き違いかもしれませんが、ドキュメンタリーも共同監督作品と通訳されていました。ドキュメンタリーは単独で撮っていますね。

 

       盲目なのは誰か、社会的政治的メッセージはどこまで届くか?

 

A: まず当ブログで紹介したプロットが若干ずれていましたね。冒頭で主人公マイケルに「病気を治せることはできない」と語らせている。しかし「藁をもつか」みたい村人は奇跡を信じたがっている。やがてマイケルも、「もしかして起こせるかもしれない」と思い始めて巡礼を続けていく。

B: 結果的には幼な友達マウリシオの足の怪我を治すことはできなかった。しかし、マウリシオは彼が仕事や父親を投げ打って訪ねてきてくれたことで充分報われたと感謝する。

A: 逆境にありながらも、マウリシオのこの声高でない謙虚さに驚く。友情以外の〈何か〉が分からないと、彼の諦観を理解することはできない。

 

   

       (幼な友達マウリシオの怪我を治そうと精神を集中するマイケル、

    奇跡が起こるのを我が目で見たいと長い道のりを同行した巡礼者たち)

 

B: ラテンビート・カタログでは、マイケル・シルバが演じた主人公の名前が「ラファエル」になっておりますが、当ブログの「マイケル」でよかったようです。シルバはただ一人のプロの俳優、「チリ北部の人々は押しなべて信仰心が厚く、北部出身の彼も例外ではない」と監督。

A: 信仰心といってもローマ・カトリックというわけでなく、大航海時代にヨーロッパからもたらされたキリスト教、もともと先住民が部族ごとに信仰していた宗教、この二つがミックスされた宗教、と多種多様ですね。

 

B: Q&Aでマーレイ監督も「種類も多く、儀式のやり方もさまざま、現地に行かなければ分からなかった。神話、民話、実話がミックスされていた」と語っていた。

A: これはチリに限らないことで、ラテンアメリカ全体に言えること、キリスト教とドッキングしているように見えても、目に見えない塵のように辺りを浮遊しているだけかもしれない。作品紹介でも書いたことですが、監督自身は特別熱心に信仰しているわけではなく「魅せられている、それは宗教の背後に人間的な性質や現実が存在するから」で、常に神話の起源はどこからくるのかを自問自答しているという。

 

   

     (マイケル・シルバとクリストファー・マーレイ監督、ベネチア映画祭にて)

 

B: 「宗教は社会問題と結びつくことが多く、常に興味をもっていた。チリ北部に暮らす人々の考え方、特に信仰心について多くの人に知ってほしかった」と話していた。「信仰は大切だが、神は自分の心の中にいる」とも語っていた。

A: 現地に行って初めて分かる現実というものがあるわけで、彼らと話し合いながら進行していった。多分、脚本を書き直しながらの撮影だったのではないか。この映画は現地の人々とのコラボだとベネチアでも語っていたからね。

 

神話や民話で語りつぐ構成―長く感じた宗教的寓話

 

B: 演技指導は特別しなかったとも語っていたから、行く先々で村人がマイケルに語り聞かせる例え話あるいは神話は、セリフを暗記して喋っているというより「自分が信じている事」をそのまま語っていたように感じた。

A: だから演技指導など必要なかったということですかね。彼ら自身の言葉で語っているように感じた。人から聞いた話だったり、彼らが信じている神話だったりするが、それは耳を傾けるに値する普遍性がありますね。観客も自分は信じていないが、自分の祖父や曾祖母たちは信じていたに違いないと思わせる。

B: ゆったり時間が流れるので2時間ぐらい見たように錯覚した。速いテンポのアクション映画の好きな人は退屈したかもしれない。

 

A: カメラは素晴らしかった。アレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドロスの『殺せ』(ラテンビート2014)を撮ったインティ・ブリオネス、監督と同じグループ「クール世代」のメンバー、チリ映画の躍進は、ひとえに彼らの活躍にあるでしょう。

B: 作品紹介記事で触れたように、製作会社「Jirafa」の資金提供、プロデューサーたちの支援がなければ不可能な作品かもしれませんね。

 

A: 紹介記事では詳しく触れませんでしたが、パブロ・カレラとの共同作品“Manuel de Ribera”は、英語字幕ならネットで見られます。こちらは本作とは反対の土地、チリ南部のチリ・パタゴニア地方のカルブコが舞台、テーストは似ていて不思議な空間に迷い込んでしまいます。

B: 砂漠と海と舞台も対照的です。主人公のマヌエル・リベラをエウへニオ・モラレスが演じていたが、少し難解ですね。

 

        

          (エウへニオ・モラレス、“Manuel de Ribera”から)

 

A: 影響を受けた監督に、ロベール・ブレッソン(1999没)とピエル・パオロ・パゾリーニ(1975没)をあげていました。ブレッソンはプロの俳優の演技を嫌い基本的にはアマチュアを起用した。そんなことが本作に影響を与えているのかもしれない。

B: その後、俳優になった人もおりますね。パゾリーニの『奇跡の丘』は、「マタイによる福音書」の映像化、「処女懐胎」から「復活」までを忠実に描いた。物語を次々に登場する村人に語らせていく本作の構成と相通じるものがあり、「なるほど、そうなのか」と思いました。

 

A: 今後のことを聞かれて、「現在はマンチェスター大学の大学院でAntropología visualを学んでいる」と答えていた。確か「映像人類学」と訳しておられたが、「視覚人類学」のほうがベターかもしれない。広い意味での画像(グラフィックアート、写真、映画、ビデオ)を研究対象にしている。

B: 映画は現実を知り、それを分析するのに役立つから、一つの手段として見ることにも意味がありますね。

 

『盲目のキリスト』の作品紹介記事は、コチラ⇒2016106


『盲目のキリスト』 チリ映画*ラテンビート2016 ⑤2016年10月06日 11:47

           社会的不公正を描く宗教的な寓話

 

クリストファー・マーレイ『盲目のキリスト』は、既にベネチア映画祭とサンセバスチャン映画祭「ホライズンズ・ラティノ」にEl Cristo ciego原題でご紹介しています。しかしデータ不足で簡単すぎましたので、IMDbの情報も含めて仕切り直しいたします。ラテンビートの作品紹介によると、主人公の名前が「ラファエル」となっておりますが、ベネチア、サンセバスチャン両映画祭のカタログ、IMDbによると「Michael」です。Michaelカナ表記をどうするか悩ましいのですが、ただ一人のプロの俳優、主人公役のマイケル・シルバが「この映画では、配役名は全員自分の名前を使用した」と語っておりますので、目下のところは「マイケル」でご紹介しておきます。(Michaelの綴り字を用いる代表国は、英語マイケル、独語ミハエル、ラテン語ミカエル。異なる綴り字では西語ミゲル、伊語ミケーレ、仏語ミシェルなど)

 

   

 

『盲目のキリスト』“El Cristo ciego(“The Blindo Jesus”)

製作:Jirafa(チリ)/ Ciné-Sud Promotion(フランス)

監督・脚本:クリストファー・マーレイ

撮影:インティ・ブリオネス

音楽:Alexander Zekke

編集:アンドレア・チグノリ

美術:アンヘラ・トルティ

メイクアップ:パメラ・ポラク

セット・デコレーション:エウへニオ・ゴンサレス

製作者:ブルノ・ベタッティ(エクゼクティブ)、ペドロ・フォンテーヌ(同)、フロレンシア・ラレラ(同)、ホアキン・エチェベリア(同)、他

 

データ:製作国チリ=フランス、スペイン語、2016年、85分、撮影地チリ北部のラ・ティラナ、ピサグア他、撮影期間5週間

映画祭・受賞歴:ベネチア映画祭2016正式出品、サンセバスチャン映画祭2016「ホライズンズ・ラティノ」部門出品、29回トゥールーズ映画祭「Cine en Construcción」参画作品

 

キャスト:マイケル・シルバ(マイケル)、アナ・マリア・エンリケス(アナ・マリア)、バスティアン・イノストロサ(バスティアン)、ペドロ・ゴドイ(ペドロ)、マウリシオ・ピント(幼馴染み、マウリシオ)、他現地のエキストラ多数 

 

    

                 (映画から)

 

解説ラ・ティラナの村で父親と暮らす整備工マイケルは30歳、砂漠のなかで神の啓示を受ける。しかし誰にも信じてもらえない。それどころか村人は気が触れたと相手にしなくなった。そんなある日のこと、子供のころからの親友が遠くの村で事故にあい苦しんでいるという知らせが届く。彼はすべてを投げうち、父を残して裸足で巡礼の旅に出る決心をする。やがて奇跡が起き友人を助けることができた。この噂は鉱山会社で働く採掘者や麻薬中毒者の関心を呼び、彼をチリ北部の砂漠の過酷な現実を和らげてくれるキリストのようだと噂した。都会の経済的繁栄から打ち捨てられた貧しいチリの人々の、社会的不平等からくる痛苦をドキュメンタリータッチで描く宗教的寓話。移り変わる厳しい自然も登場人物の一人となっている。

     

  監督キャリア&フィルモグラフィー

クリストファー・マーレイChristopher Murrayは、1985年、チリのサンチャゴ生れ、監督、脚本家。チリの「クール世代」と呼ばれるニューウェーブの一人(マーレイ、マーレー、マレー、マリィと表記はまだ一定していない)。長編映画デビューは、パブロ・カレラと共同監督したManuel de Ribera10)、スプリト国際映画祭(ニューフィルム)特別賞を受賞した。本作が第2作目となるが単独としては初めてである。他に2012年、高い評価を受けたドキュメンタリーPropagandaを送り出している。チリでは“Propaganda”の監督と紹介されていた。2011年より構想していた『盲目のキリスト』では、御多分にもれず「資金提供をしてくれる製作会社の門戸を叩いて回った」と語っている。「これはある地方に特有なことではなく、どこでも起きる物語、現実と神話、あるいはドキュメンタリーとフィクションをミックスさせた映画、人々がパンパの現実を知ることができるだろう」とも語っている。

 

 

          (クリストファー・マーレイ監督)

 

★舞台となったラ・ティラナは、北から2番めのタラパカ州(州都はイキケ)タマルガル県、タマルガル・パンパの小村。監督によると、最初のアイデアは「チリのキリスト」だったが、実際に現地の人々と接するうちに変化した。だからドアをオープンにして都会からやってきた監督を受け入れてくれた「この地域の人々とのコラボです」とベネチアで語っていた。大勢のエキストラを含めて、主人公マイケルを演じたシルバ以外の出演者はすべてこの地域でスカウトした由。「ずっと何週間も砂漠で撮影に熱心に協力してくれた村人たちを思い出すと感無量」、「パンパをテーマにした映画ではあるが、パンパは荒涼としているだけでなく、語る価値のある非常に豊かな人間味あふれる映画に寄与してくれた」と監督。

 

★イエス・キリストをめぐる映画だが、監督自身は特別熱心に信仰しているわけではなく「魅せられている、それは宗教の背後に人間的な性質や現実が存在するから」で、常に神話の起源はどこからくるのかを自問自答している。「しばしば人間は突然何か不足しているという考えに襲われる。ある時はそれが地域性のある政治的不正に起因していることにあると気づく。私は、歴史や物語を語ることが現実以上に意味をあたえることができると確信している。これはそれを探す映画です」と監督。

 

スタッフ&キャスト紹介

★エクゼクティブ・プロデューサーのブルノ・ベタッティは、クリスチャン・ヒネメスのデビュー作『見まちがう人たち』、『ボンサイ―盆栽』『ヴォイス・オーヴァー』(3作とも東京国際FF上映)、セバスチャン・シルバ『マジック・マジック』、パトリシオ・グスマン『真珠のボタン』にも共同参画している。同じくペドロ・フォンテーヌは、アレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドロス『殺せ』、“Aqui no ha pasado nada”、フロレンシア・ラレラはセバスチャン・シルバ『クリスタル・フェアリー』、ホアキン・エチェベリアは初めてである。重要な役割を果たしているという音楽監督のAlexander Zekkeはロシア出身の作曲家、実験的な要素をもつ本作に深い意味を持たせているという。社会的問題の多い多国籍企業がはき出す鉱山汚染、環境破壊は、鉱夫たちの健康を損ねている現実があるようです。高い評価の撮影監督のインティ・ブリオネスは、『殺せ』、“Aqui no ha pasado nada”などで確認済みでしょうか。



    (『殺せ』の監督アレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドロスの新作)


★主人公を演じたマイケルシルバLBFFミカエル)は主人公と同世代の29歳、2014年にアビガイル・ピサロと結婚した。チリのTVミニシリーズSudamerican RockersZamudioで人気を博した。またパブロ・ララインの「ネルーダ」にアルバロ・ハラ役で出演している。本作では、選ばれた預言者イエスとして不毛の砂漠を巡礼するマイケルを演じた唯一人のプロの俳優。「一緒に仕事をした俳優は、今までのプロとはちょっと違っていた」「クリストファーはミニマリズムの監督」だとベネチアで語っていた。観客はマイケルの手に導かれて神秘的な旅に出掛けていくことになる。ラテンアメリカ映画に特有な〈移動〉が、ここでもテーマになっているようです。

 

 

       (監督とシルバ、ベネチア映画祭にて)

 

ラテンビート10月15日(土)13:30上映後に監督によるQ&Aの予定。

ホライズンズ・ラティノ第2弾*サンセバスチャン映画祭2016 ⑦2016年08月23日 22:46

      『殺せ』のA・フェルナンデス・アルメンドラスの新作は実話が素材

 

   

★長編4作目となるアレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドラスのAquí no ha pasado nadaは、実際にチリで起きた事件に着想を得て製作された。チリのオスカー賞代表作品にも選ばれた『殺せ』2014)も実話に基づいていたが、今回は右派政党「国民革新党RN」の前上院議員カルロス・ラライン・ペーニャの息子マルティンが引き起こした飲酒運転による人身死亡事故から着想されたフィクション。上流階級に属する有名政治家の子息が起こした事件だが、無罪放免になってセンセーショナルな話題を提供した。この「マルティン・ラライン事件」は、三権分立は名ばかりのチリ民主主義の脆弱さを露呈、これがチリの現実というわけです。

 

4Aquí no ha pasado nada (“Much Ado About Nothing”)

製作:Jirafa

監督・脚本:アレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドラス

脚本(共):ヘロにも・ロドリゲス

撮影:インティ・ブリオネス

データ:製作国チリ=米国=フランス、2016年、94分、スリラードラマ、実話、冤罪事件

映画祭&受賞歴:サンダンス映画祭2016ワールドプレミア、ベルリン映画祭パノラマ部門出品、カルタヘナ映画祭2016国際映画批評家連盟FIPRESCI受賞、マイアミ映画祭、リマ映画祭、サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ部門正式出品など

 

キャスト:アグスティン・シルバ(ビセンテ・マルドナード)、アレハンドロ・ゴイク(ビセンテの叔父フリオ)、パウリーナ・ガルシア(ビセンテの母)、ルイス・ニェッコ(弁護士グスタボ・バリオ)、イサベーリャ・コスタ(アナ)、ジェラルディン・ニアリー(フランシスカ)、ダニエル・ムニョス、リー・フリードマン、サムエル・ランデア、ほか

 

物語:ロスに留学していたビセンテは、夏休み休暇で1年ぶりに両親のいる海辺の家に帰ってきた。或る夜の無分別な行動がこの裕福な青年ビセンテの人生を永遠に変えてしまった。仲間とのどんちゃん騒ぎのあと繰り出した彼らの軽トラックが歩行中の漁師を轢いてしまった。結果的に漁師は死亡、ビセンテが人身事故の第一容疑者にされてしまう。彼は酔っていて記憶が曖昧ではあったが、自分が運転していたのではないのは確かだった。自分は後部座席で女の子とイチャついており、ハンドルを握っていたのは大物政治家の息子マヌエル・ラレアだった。政治と司法の癒着、チリの現実が語られる。

 

         

           (後部座席のビセンテと連れの女性、映画から)

 

★実際の「マルティン・ラライン事件」は、20139月にチリの南部クラニペで起きた事件。歩行中のエルナン・カナレスを轢いた後、助けずに草むらに放置して逃亡、結果的に死亡した。何故かマルティンの血中アルコール含量テストは行われなかった。有力な雇われ弁護士のお陰で、飲酒運転による事故死という証拠隠滅に成功、マルティンは無罪となり、同乗していた2人が犯人とされた。これはチリ国民の怒りを爆発させ、翌年再調査が行われた。多分政権が左派のバチェレ大統領になったことも影響しているかもしれない。父親の前上院議員カルロス・ラライン・ペーニャは、ホモフォビアやマチスモを公言している政治家としても有名、従って現在2期目の女性大統領バチェレを嫌っている。ちなみに『No』の監督パブロ・ララインの父親エルナン・ラライン・フェルナンデス(独立民主連合の上院議員)もチリでは有名な保守派の政治家ですが、縁戚関係はないようです(不確かです)。

 

監督&フィルモグラフィー紹介は、「ラテンビート2014」で『殺せ』(Matar a un hombre”)が上映された折に記事をアップしております。長編のみ再録すると、

2009 Huacho サンダンス映画祭2008 NHK賞受賞、カンヌ映画祭2009「批評家週間」ゴールデン・カメラ賞ノミネート、サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ出品、ハバナ映画祭2009 初監督サンゴ賞受賞 他

2011 Sentados frente al fuego(チリ≂独)サンセバスチャン映画祭2011「ニューディレクター」部門出品/バルディビア国際映画祭2011出品(チリ)/第27回グアダラハラ映画祭マーケット部門出品/ブエノスアイレス・インディペンデント・シネマ映画祭2012出品/サンフランシスコ映画祭2012出品他。チリ公開は2013年。

2014 Matar a un hombre (『殺せ』の記事は、コチラ⇒2014108

2016Aquí no ha pasado nada省略

 

  

   (監督、ベルリン映画祭2016「パノラマ」にて)

 

スタッフ& キャスト紹介

ビセンテ役のアグスティン・シルバは、セバスティアン・シルバの『家政婦ラケルの反乱』(09)、『マジック・マジック』(13)、『クリスタル・フェアリー』(13)出演でお馴染みの若手俳優、ビセンテの母親役パウリーナ・ガルシアは、セバスティアン・レリオの『グロリアの青春』(13、公開)出演のベテラン、ビセンテの叔父フリオ役のアレハンドロ・ゴイクは、パブロ・ララインの『ザ・クラブ』(15)出演、事件をもみ消す悪徳弁護士グスタボ・バリオに出番こそ少ないがルイス・ニェッコと、現在のチリ映画界の有名どころを起用できたのは、前作『殺せ』の成功が大きいのではないか。ルイス・ニェッコが主役のネルーダを演じるパブロ・ララインのNerudaも、本映画祭「パールズ」部門にエントリーされています。

  

   

            (叔父フリオ、ビセンテ、母親、映画から)

 

  

           (ビセンテと弁護士グスタボ・バリオ、映画から)

 

トレビア:本作も資金不足で製作には苦労したと監督。前作の成功で得た資金では当然足りなかったようです。そこでcrowdfundingクラウドファンディングのサイトを立ち上げ、ネットで協力者を募った。これはアレハンドロ・ホドロフスキーが新作『エンドレス・ポエトリー』で使用している。不特定多数の人がネットを通じて資金提供の協力をする。これは寄付金と同じで出資者に返済する義務はない。映画の場合だと、カタログの無料配布、試写会招待などをするようです。結果1700万(ドルか?)が獲得できた。それでスタッフや俳優たちも出演料なしで撮影に臨んだ。成功すれば支払う約束だそうです。

 

★テーマがテーマだけに撮影も困難をともない、俳優たちは苦労したようです。特に事故現場に選んだサパジャールでの撮影は難しく、「マルティン・ラライン事件の映画の撮影であることを秘密裏にしていたが、中には嗅ぎつけて撮影できないよう警察に通報された」と監督は述懐している。とにかくピノチェト政権は長過ぎました。「YesNoか」は、相変わらず続いているようです。



チリ映画”La Once”*ゴヤ賞2016ノミネーション ⑪2016年01月25日 16:04

             食べて喋って、こんなに元気で長生きです

 

  

マイテ・アルベルディの長編ドキュメンタリー第2弾はコメディLa Onceです。昨年、オスカー賞代表作品の選定にパブロ・ララインの“El Club”『ザ・クラブ』(ベルリン映画祭2015グランプリ審査員賞受賞)とLa Once”というドキュメンタリーのどちらにするかチリ映画アカデミーが迷っているという記事を目にしました。結局オスカー代表作品はララインに決定したのでゴヤ賞も『ザ・クラブ』と予想していました。だってドキュメンタリーは分が悪いし、監督の知名度もイマイチだから。ところが違った。ドキュメンタリーと言ってもこれはコメディだという、本当に珍しい。検索をかけたら厚化粧の貫禄充分のおばあさんたちが美味しそうにケーキを食べている。毎月1回、60年間続いているお茶会だという。監督の実のお祖母さんがメンバーの一人、なるほど、これで繋がった。

 

  

      (お茶とケーキ、おしゃべりに余念がない老人パワーに圧倒される?)

 

     La Once(“Tea Time”)2014

製作:Micromundo Producciones

監督・脚本:マイテ・アルベルディ

撮影:パブロ・バルデス

編集:フアン・エドゥアルド・ムリージョ、セバスチャン・Brahm

音楽:ホセ・ミゲル・トバル、ミゲル・ミランダ

プロデューサー:クララ・タリッコ

 

データ:チリ、スペイン語、2014年、80分、ドキュメンタリー、公開チリ201564日、(マドリード)プレミア20151129日・公開201619日、(バルセロナ)プレミア124日、公開18

映画祭:サンティアゴ映画祭2014、メキシコ移動ドキュメンタリー映画祭20151月),以下マイアミ(3月)、ブエノスアイレス・インディペンデント・シネマ(4月)、シアトル(5月)、シドニー(6月)、シェフィールド・ドキュメンタリー(UK 6月)、など各映画祭で定栄された。

受賞歴:サンティアゴ映画祭作品賞・監督賞、アムステルダム・ドキュメンタリー映画祭監督賞、カルタヘナ映画祭でゴールデン・インディア・カタリナ・ドキュメンタリー賞受賞、バルセロナ・ドキュメンタリー映画祭でTV3賞、他、マイアミ映画祭、グアダラハラ映画祭でも受賞している。

 

主演者:マリア・アンヘリカ・シャルペンティエル(元スペイン語教授)、マリア・テレサ・ムニョス(監督の祖母)、シメナ・カルデロン、アリシア・ペレス、マヌエラ・ロドリゲス、フアニータ・バスケス、ニナ・キッカレッリ Chiccarelli、他(全員女性)

 

解説:タイトルのLa Onceラ・オンセ(午前11時という意味)というのは、イギリスの午前11時頃にとるお茶と軽食「elevenses」とか、スペインの昼食前に摂るメリエンダ「merienda」に相当するようです。現在では午後のおやつ、または昼食にも使用されており、いわゆるアフタヌーンティーです。チリでは定冠詞laを複数にしてlas oncesともいう。現在では時刻に拘らず夕食前に会話を楽しみながら摂る広義の「お茶と軽食会」を指すよう変化している。13食どころか5食になって肥満人口の増加に拍車をかけているのではないでしょうか。

 

物語:ひと月1回のペースで延々60年間も続いているお茶とケーキを楽しみながらのお喋り会。メンバーの共通点は多くが1930年代生れ、同じカトリック系の女学校の卒業生ということ。もう間もなくあの世に旅立つことが避けられない人生最後の時間を過ごしている女性たち。アジェンデ政権やピノチェトの軍事クーデタという変革期をリアルタイムで目撃したツワモノたち。ラテンアメリカ映画の定番テーマでもある老人の孤独、貧困、社会の疎外者というテーマを避けて、かつてはドラマティックな人生を歩んだ女性たちの老い方のレシピ。意見の違いや時には秘密も曝露される。老いとか、死という重荷は取り敢えず下ろして、人生の最後においても尚且つエネルギッシュに輝いている女性たちの「愛と友情」についての物語だ。

 

  

              (しっかりお化粧も致します 映画から)

 

監督キャリア& フィルモグラフィーマイテ・アルベルディMaite Alberdi 1983年首都サンティアゴ生れ、監督、脚本家。チリ・カトリック大学オーディオビジュアル監督と美学科で社会情報を専攻、小宇宙の日常的な事柄に興味があり、フィクションとノンフィクションのジャンル区別をセず、あるのは映画だけという立場をとっている。複数の大学で教鞭をとるかたわら、“Teorías del cine decumental en Chile: 1957-1973”(共著)という著書がある。「チリ映画は全体的にみて、折衷主義で多様性に富んでいる」と語っている。“La Once”は12の映画祭で上映され、なかには参加した出演者たちもいる。

2007Las peluqueras”(短編ドラマ)監督・脚本 

カサ・デ・アメリカ、TVEよりイベロアメリカ短編賞、バルディビア映画祭2008ユース賞

2011El Salvavidas”(長編ドキュメンタリー)監督・脚本

   バルディビア映画祭2011観客賞、グアダラハラ映画祭2012審査員特別賞、バルセロナ、ドキュメンタリー映画祭2013新人ドキュメンタリー賞、ほか

2014La Once”省略

2014Propaganda”(長編ドキュメンタリー、脚本のみ)

 

製作者クララ・タリッコのキャリアClara Taricco ブエノスアイレス大学文学部卒、チリ・カトリック大学オーディオビジュアル表記法のマスター号取得。2009年より5年間アルベルティ監督の“La Once”の製作を手掛ける。201011年、アニメ・シリーズ“Libertas”を製作、“Antología de textos críticos sobre Raúl Ruiz”の翻訳、2009年よりバルディビア映画祭の産業研究室に在籍している。

 

    

        (左から、ラ・オンセを楽しむアルベルティ監督とクララ・タリッコ)

 

★子供のときから伝統的な慣習の目撃者だったが、大人になってからはチリの女性たちが体験した記録を残すドキュメンタリー監督になる道を選んだ。本作の目的は「社会の中で女性だけに課せられた役割をどうやって変革していくか」に焦点を当てて描いた。祖母が学んだ女学校はいわゆる「良妻賢母教育」をしていた。当時の女性には参政権はなく政治に参加することは出来なかった。しかしチリに限ったことではなく、日本でも敗戦後の194610月、チリはもっと遅く1949年です。出演してくれた女性たちは自分たちが人生の最後に差し掛かっていることを自覚している。差し迫っている死の不安は常にあるが、映画の中ではっきり死が語られることはない。重要なのは一緒にテーブルを囲んで時間を共有することだと語っている。

 

2009年から5年間をかけて撮ったから、中には本作の成功を知らずに鬼籍入りした女性もいた。監督によると、出演してくれた女性たちにお披露目をするときには、彼女たちがどんな反応を示すか怖かったという。彼女たちも自分たちがどのように映っているか神経質になっていた。しかし互いの心配は最初だけで、しばしばおこる笑い声、終いには皆な感動して気に入ってくれた。ドキュメンタリーの場合、一般観客よりスクリーンに出てくれた人々の反応の予測が難しいという。出演者を知らずに傷つけてしまう可能性もあるからでしょうね。

 

★ドキュメンタリーがゴヤ賞にノミネーションされる可能性は少ない。「チリ代表作品に選ばれたのは2003年が最後で、そのキャンペーンの難しさがネックだったと聞いています。だから今回ノミネーションされたことを素直に喜びたいし、出演してくれた女性たちを誇りに思う」と監督は締めくくった。甘党の観客にはヨダレが出そうなケーキが登場します。

 

チリ映画 『おうちでバカンス』 リカルド・カラスコ2015年12月02日 19:31

         夏の家族旅行は我が家で海水浴?

 

★「チリ映画上映会」がセルバンテス文化センターで10月に開催され、うちリカルド・カラスコ監督のトークがあった“Vacaciones en familia”を見てきました。サンチャゴ上流家庭のブラック・コメディ、主人公ソフィアの可笑しくて切なくて、しかし実に残酷なお話なのでした。

 

     『おうちでバカンス』“Vacaciones en familia

製作:El Paseodigital Ltda

監督:リカルド・カラスコ

脚本:ロドリゴ・アントニオ・ノレロ

音楽:ミゲル・タピア

撮影:ホセ・ルイス・アレドンド

美術:カルロス・ガリド

音響:ボリス・エレラ

プロデューサー:ビセンテ・カラスコ

データ:チリ、スペイン語、2014年、90分、コメディ

受賞歴・ノミネーション:トリエステ映画祭2014、サンディエゴ(米)映画祭2015、リマ映画祭2015,各上映

 

        

                     (ブラジルの海岸で海水浴を楽しむケリー一家)

 

キャスト:マリア・イスキエルド(ソフィア・アルテアガ)、フリオ・ミロスティチ(夫フアン・ケリー)、アリシア・ロドリゲス(娘カミラ)、フェリペ・エレラ(息子ベト)、マリカルメン・アリゴリアガ(隣人スサナ)、マルシアル・エドワーズ(スサナの夫ロベルト)、セルヒオ・エルナンデス(ソフィアの父ミゲル)、シルビア・サンテリセス(ソフィアの母ルイサ)、フアン・パブロ・ミランダ(市警察官)、ガブリエラ・メディナ(マリータ)、他

 

プロット:ケリー家は社会的には上流家庭であるが、フアンはヨーロッパ直系の子孫とはいえ失業中、ソフィアは今では定かでないが或る貴族の末裔という。実体のないステータスにしがみついている家族。フアンはインテリとは言えないが家族を愛しており、自分の怠惰のせいで家族の期待にそえない実情を変えたいと思っている。ソフィアは、彼女の父親のコネで手にした仕事に失敗してしまう夫を幾度となく見てきた。日に日に暮らし向きは悪くなるばかり、夏のバカンスは目前だ。そこでケリー家が考えだした風変わりなバカンスとは、1ヶ月間ブラジルの避暑地に出かけたことにして、家族4人で自宅に閉じこもることだった。              (文責:管理人)

 

      見栄っ張りなセレブが手元不如意でバカンスに行けなかったら・・・

 

A: 意識は上流でも実態は中流階級ですね。一応通いの家政婦さんを雇っているが、支払いは滞っているという設定になっている。チリの上流家庭では女主人が料理洗濯掃除をすることはない。家事はプロフェッショナルな家政婦の領分で、女主人でも手が出せない。我が子の躾や教育も家政婦に任せている。

B: ソフィアも以前は料理などしなかったから、できる料理は見よう見まねのスパゲッティだけ、水加減も茹で加減も適当だから美味しいはずがない。「〽今日もコロッケ、明日もコロッケ、これじゃ年がら年中コロッケ」よりヒドい。

 

A: チリの家政婦制度は特別で、それを問題にした映画がセバスティアン・シルバの『家政婦ラケルの反乱』(09)でした。原タイトルは“La nana”、乳母を兼ねたメイドのことで、ここでは住込みの家政婦でした。本作については既に記事にしているので深入りしないが、チリの家政婦制度は特殊です。

B: 隣国ペルー出身の家政婦も多い。シルバ監督自身もNanaに育てられたと語っていた。

 

A: 家政婦マリータに「1ヶ月ブラジルにバカンスに出かけるから」と暇を出すシーンは、伊達に入れたわけではなく、それなりの理由があったわけです。

B: 家政婦は、主人も失業中だし給料を払ってもらっていないから、ブラジルはおろかバカンスなどが取れるとは思っていない。このシーンの会話は主客転倒ぎみでした。

 

A: これがチリ独特のユーモアですね。2月の酷暑のなか、明かりも点けず窓を締め切って1ヶ月暮らすなど不可能、映画の設定そのものがおかしい。でもチリならあり得る設定だそうです。これはチリ上流社会の「夏のバカンスは家族で長期にとる」というトラウマを風刺している。

B: こういう慣習がなければ息もできない密室暮らしはしなくてよかった。

 

          上流階級に溜まっている悪臭――出世至上主義

 

A: 見栄っ張りは隣家のスサナも相当なもの、ぐうたら息子はハーバード大学に行ってることになっている。チリでも自国の大学より外国の大学、特にハーバード大は高嶺の花のようです。

B: 実際は二流三流の大学でも、外国の大学のランクはよく分からないからありがたがる。しかし現在ではネットで簡単に検索できるから要注意、したがってハーバード大なら安全だ。

A: 勘のいいスサナは、当初から疑心暗鬼だ。キゾクだがフゾクだが知らないが、お高く止まっているソフィアが気に入らない。なんとかやり込めたい。

 

B: 隣家は留守だというのにヒマだから、五感をピンピン張り詰めて偵察している。時々明かりが漏れてくるし音もする。これはワタシの錯覚ではないとウキウキ、スパイごっこは大人でも楽しい。

A: 料理をすればゴミが出る、ゴミを外に出すわけにいかないと、どうなるか。腐って悪臭を放つ。監督の厳しいセレブ観が窺える。

 

B: スサナは自分の勘が正しかったことを確信し、大胆な行動に出る。こういう詮索好きの隣人は歓迎できない。

A: チリはピノチェト派(YES組)VS反ピノチェト派(NO組)の危険な時代が20年近くあり、皆な疑心暗鬼、「隣は何をする人ぞ」とスパイごっこに余念がなかった。

B: ホンネを見破られると密告され、まかり間違うとドザエモンになる危険性があった。

A: パブロ・ララインの「ピノチェト三部作」やパトリシオ・グスマンのノンフィクションで記事にしたばかりです。まだ完全に終わっていません、大分先になるでしょう。

 


                  (愛し合っているフアンとソフィア)

 

B: フアンの仕事が長続きしない理由の一つに、ソフィアの極端な出世至上主義がある。出世できない夫はクズということですね。

A: ケリー家のボスはフアンでなくソフィア、両親の娘婿の評価も高くない。二人揃って偵察に来られるのはフアンには耐え難い。チリワインと称して混ぜ物を出していた。舅ミゲルは顔をしかめて吐き出しそうにしていたが。

B: 不甲斐ない亭主をもった娘が不憫でならない()。孫の将来も心配だ。愛しているから、家族は切ないわけですが。

 

A: チリは見栄えを重視する社会で、ソフィアのように海外でのバカンスを夢見ている人が多いそうだ。だから夫は妻のために豪勢な夢のブラジル旅行を編み出した。表面的には他愛ないようにみえて、実はチリ社会の内容の濃いX線写真を撮っているようだ。

B: 病名は複雑ですね。ソフィアの狂気が痛ましい。邪魔が入らなければ、家族揃ってごっこ遊びがそれなりに楽しめたかもしれない。

 

*監督紹介*

リカルド・カラスコは、1960年サンチャゴ生れ、監督、脚本家、撮影監督。チリのカトリック大学で造形芸術を学ぶ、1992年、キューバのサン・アントニオ・デ・ロス・バニョスの映画学校の奨学金を貰い、ドキュメンタリー製作を学んだ。1995年フランスに渡り、Ateliers Varan でもドキュメンタリー映画を専攻した。その後帰国して、ペドロ・チャスケルのような重要な監督とドキュメンタリーを共同製作している。2001年、長編映画 Negocio redondoでデビュー、ウエルバ・ラテンアメリカ映画祭「国際批評家賞」受賞、マイアミのラテン映画祭で「ゴールデン・シラサギ賞」を受賞した。本作が2作目、他に長編ドキュメンタリー“Valor para seguir tocando”を撮っている。短編多数。キャリアの長さに比べて作品数が少ないのは、ピノチェト時代には検閲が通らず撮れなかったせいである。

 

         

                               (リカルド・カラスコ監督)

 

*主な俳優紹介*

マリア・イスキエルド(ソフィア)は、1960年サンチャゴ生れ、1978TVドラマでデビュー、テレビ界での活躍が目立つ。映画は、2004年ボリス・ケルシアのコメディ“Sexo con amor”、他アンドレス・ウッド『マチュカ』、パブロ・ララインの“Fuga”、最近は映画にシフトしている。

フリオ・ミロスティチ(フアン)は、本作で映画デビュー、テレビ界で活躍していた。

マリカルメン・アリゴリアガ(スサナ)は、1957年サンチャゴ生れ、1981年からテレビ界で活躍のベテラン、セバスティアン・シルバの“La vida me mata”やララインの『NO』他、舞台にも立つ。

アリシア・ロドリゲス(カミラ)は、1992年サンティアゴ生れ、2012年マリアリー・リバスの“Joven y alocada”で主役を演じた。

セルヒオ・エルナンデス(ソフィアの父)は、1957年バルパライソ生れのベテラン、セバスティアン・レリオの『グロリアの青春』、ララインの『NO』、ミゲル・リティンの「ドーソン島10」など、多数。

 

         

                            (撮影中の家族と談笑する監督)