セバスティアン・レリオの新作”Una mujer santastica”*ベルリン映画祭20172017年01月26日 21:43

         『グロリアの青春』から新作Una mujer fantástica”へ

 

 

★躍進目覚ましいチリ映画、スペイン語映画ではセバスチャン・レリオ長編5作目Una mujer fantásticaが唯一オフィシャル・セクションに選ばれました。2013年の『グロリアの青春』ではヒロインのパウリナ・ガルシアが生きのいい熟女を好演、銀熊女優賞を受賞して脚光を浴びたのでしたそんなことが幸いしたのか「ラテンビート2013でプレミア上映されたあと公開もされました。「女性は謎だらけ、でも僕は彼女たちを愛している」と語るレリオ監督、「グロリア」のあと、次回作が待たれておりましたが、やっとベルリンに登場しました。

『グロリアの青春』の作品・監督紹介は、コチラ2013912

 

      

       (監督とパウリナ・ガルシア、サンセバスチャン映画祭2013にて)

 

本作も女性(?)が主人公、舞台は現代のサンティアゴ、新人ダニエラ・ベガが演じるのは性転換して女性に生れ変わったマリナ・ビダル、世間の白いに目に晒されながらウエイトレスとナイトクラブのシンガーとして掛け持ちで働いている。20歳も年上のパートナーのオルランドが彼女の腕の中で突然死したことで人生の悲喜劇が転がりだす。脇を固めるのがルイス・ニエッコ(パブロ・ラライン「ネルーダ」)、アリネ・クッペンハイム(オルランドの元妻役、アンドレス・ウッド『マチュカ』)、アンパロ・ノゲラ(「ネルーダ」)、フランシスコ・レイェス(オルランド役、TVドラVuelve Temprano”)などのベテラン勢です。

チリ=独=米=西合作、製作はFabula / Komplizen Film100分、撮影地サンティアゴ。Fabulaはラライン兄弟が設立した製作会社、Komplizen Filmはドイツの製作会社。

 

       

            (ヒロインのダニエラ・ベガ、映画から

 

セバスティアン・レリオ1974年アルゼンチンのメンドサ市生れのチリ人。監督、脚本家、プロデューサー。上記のスタッフとキャスト陣からも分かるように、チリの若手シネアストのグループ「クール世代」に属します。「グロリア」に劣らず数々の受賞歴を誇るデビュー作『聖家族』(La sagrada familia05)がラテンビートで上映された。クリスマスイブに集まった3人のティーンエイジャーの物語”Navidad”(09)やロカルノ映画祭2011の審査員賞の一つである「Environment is Quality of Life」を受賞した”El ano del tigre”そして『グロリアの青春』と続く。

 

アンドレス・ウッドの出世作『マチュカ』(04)やラテンビート2009で好評だった群像劇『サンティアゴの光』(La buena vida08)で忘れられない演技を見せたアリネ・クッペンハイムが出演しているのも楽しみの一つです。何かの受賞に絡めば映画祭上映も期待できます。

  

『盲目のキリスト』 Q&A*ラテンビート2016 ⑨2016年10月21日 12:20

        ベネチア正式出品だけでは日本の観客を惹きつけられない?

 

★今年のラテンビートのQ&Aは、前回の『The Olive Tree』と本作だけ、ちょっと寂しかった。クリストファー・マーレイ監督の来日、1回上映にもかかわらず観客も少なめなうえ、Q&A前に席を立つ人もあり、知名度の低さを印象づけた。ベネチア正式出品だけでは日本の観客を惹きつけることは難しい。映画祭ディレクターのカレロ氏によるキャリア紹介に続いて、ベネチア映画祭出席の印象、映画製作の経緯、舞台となったチリ北部の人々の信仰心、並びにキャスティング方法などの質問の後、会場からの質問にも丁寧に応じていた。作品同様非常に思索的な、しかしこれからの監督、一般観客を惹きつけるには工夫が必要と感じた。

 

         

        (登壇したマーレイ監督とカレロ氏、1015日、バルト9にて)

 

A: 映画祭ディレクターのカレロ氏からベネチア映画祭での感想を聞かれて、「尊敬する監督さんたちとの交流、海外の観客に見てもらえるなど、すべて初体験だった」と応えていた。2010年にパブロ・カレラと共同で監督したデビュー作Manuel de Riberaは、ロッテルダム映画祭でワールド・プレミアされたのですが規模が違います。翌年クロアチアのスプリト国際映画祭(ニューフィルム)特別賞を受賞しましたが、より規模が小さい。

B: ロッテルダムは新人の登竜門、ベネチアのような大物監督は出品しないのではないか。

 

A: 他に2012年、ドキュメンタリーPropaganda62分)を送り出しており高い評価を受けている。チリではこちらのほうが有名です。単独での長編劇映画は、本作が初監督です。

B: 聞き違いかもしれませんが、ドキュメンタリーも共同監督作品と通訳されていました。ドキュメンタリーは単独で撮っていますね。

 

       盲目なのは誰か、社会的政治的メッセージはどこまで届くか?

 

A: まず当ブログで紹介したプロットが若干ずれていましたね。冒頭で主人公マイケルに「病気を治せることはできない」と語らせている。しかし「藁をもつか」みたい村人は奇跡を信じたがっている。やがてマイケルも、「もしかして起こせるかもしれない」と思い始めて巡礼を続けていく。

B: 結果的には幼な友達マウリシオの足の怪我を治すことはできなかった。しかし、マウリシオは彼が仕事や父親を投げ打って訪ねてきてくれたことで充分報われたと感謝する。

A: 逆境にありながらも、マウリシオのこの声高でない謙虚さに驚く。友情以外の〈何か〉が分からないと、彼の諦観を理解することはできない。

 

   

       (幼な友達マウリシオの怪我を治そうと精神を集中するマイケル、

    奇跡が起こるのを我が目で見たいと長い道のりを同行した巡礼者たち)

 

B: ラテンビート・カタログでは、マイケル・シルバが演じた主人公の名前が「ラファエル」になっておりますが、当ブログの「マイケル」でよかったようです。シルバはただ一人のプロの俳優、「チリ北部の人々は押しなべて信仰心が厚く、北部出身の彼も例外ではない」と監督。

A: 信仰心といってもローマ・カトリックというわけでなく、大航海時代にヨーロッパからもたらされたキリスト教、もともと先住民が部族ごとに信仰していた宗教、この二つがミックスされた宗教、と多種多様ですね。

 

B: Q&Aでマーレイ監督も「種類も多く、儀式のやり方もさまざま、現地に行かなければ分からなかった。神話、民話、実話がミックスされていた」と語っていた。

A: これはチリに限らないことで、ラテンアメリカ全体に言えること、キリスト教とドッキングしているように見えても、目に見えない塵のように辺りを浮遊しているだけかもしれない。作品紹介でも書いたことですが、監督自身は特別熱心に信仰しているわけではなく「魅せられている、それは宗教の背後に人間的な性質や現実が存在するから」で、常に神話の起源はどこからくるのかを自問自答しているという。

 

   

     (マイケル・シルバとクリストファー・マーレイ監督、ベネチア映画祭にて)

 

B: 「宗教は社会問題と結びつくことが多く、常に興味をもっていた。チリ北部に暮らす人々の考え方、特に信仰心について多くの人に知ってほしかった」と話していた。「信仰は大切だが、神は自分の心の中にいる」とも語っていた。

A: 現地に行って初めて分かる現実というものがあるわけで、彼らと話し合いながら進行していった。多分、脚本を書き直しながらの撮影だったのではないか。この映画は現地の人々とのコラボだとベネチアでも語っていたからね。

 

神話や民話で語りつぐ構成―長く感じた宗教的寓話

 

B: 演技指導は特別しなかったとも語っていたから、行く先々で村人がマイケルに語り聞かせる例え話あるいは神話は、セリフを暗記して喋っているというより「自分が信じている事」をそのまま語っていたように感じた。

A: だから演技指導など必要なかったということですかね。彼ら自身の言葉で語っているように感じた。人から聞いた話だったり、彼らが信じている神話だったりするが、それは耳を傾けるに値する普遍性がありますね。観客も自分は信じていないが、自分の祖父や曾祖母たちは信じていたに違いないと思わせる。

B: ゆったり時間が流れるので2時間ぐらい見たように錯覚した。速いテンポのアクション映画の好きな人は退屈したかもしれない。

 

A: カメラは素晴らしかった。アレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドロスの『殺せ』(ラテンビート2014)を撮ったインティ・ブリオネス、監督と同じグループ「クール世代」のメンバー、チリ映画の躍進は、ひとえに彼らの活躍にあるでしょう。

B: 作品紹介記事で触れたように、製作会社「Jirafa」の資金提供、プロデューサーたちの支援がなければ不可能な作品かもしれませんね。

 

A: 紹介記事では詳しく触れませんでしたが、パブロ・カレラとの共同作品“Manuel de Ribera”は、英語字幕ならネットで見られます。こちらは本作とは反対の土地、チリ南部のチリ・パタゴニア地方のカルブコが舞台、テーストは似ていて不思議な空間に迷い込んでしまいます。

B: 砂漠と海と舞台も対照的です。主人公のマヌエル・リベラをエウへニオ・モラレスが演じていたが、少し難解ですね。

 

        

          (エウへニオ・モラレス、“Manuel de Ribera”から)

 

A: 影響を受けた監督に、ロベール・ブレッソン(1999没)とピエル・パオロ・パゾリーニ(1975没)をあげていました。ブレッソンはプロの俳優の演技を嫌い基本的にはアマチュアを起用した。そんなことが本作に影響を与えているのかもしれない。

B: その後、俳優になった人もおりますね。パゾリーニの『奇跡の丘』は、「マタイによる福音書」の映像化、「処女懐胎」から「復活」までを忠実に描いた。物語を次々に登場する村人に語らせていく本作の構成と相通じるものがあり、「なるほど、そうなのか」と思いました。

 

A: 今後のことを聞かれて、「現在はマンチェスター大学の大学院でAntropología visualを学んでいる」と答えていた。確か「映像人類学」と訳しておられたが、「視覚人類学」のほうがベターかもしれない。広い意味での画像(グラフィックアート、写真、映画、ビデオ)を研究対象にしている。

B: 映画は現実を知り、それを分析するのに役立つから、一つの手段として見ることにも意味がありますね。

 

『盲目のキリスト』の作品紹介記事は、コチラ⇒2016106


『盲目のキリスト』 チリ映画*ラテンビート2016 ⑤2016年10月06日 11:47

           社会的不公正を描く宗教的な寓話

 

クリストファー・マーレイ『盲目のキリスト』は、既にベネチア映画祭とサンセバスチャン映画祭「ホライズンズ・ラティノ」にEl Cristo ciego原題でご紹介しています。しかしデータ不足で簡単すぎましたので、IMDbの情報も含めて仕切り直しいたします。ラテンビートの作品紹介によると、主人公の名前が「ラファエル」となっておりますが、ベネチア、サンセバスチャン両映画祭のカタログ、IMDbによると「Michael」です。Michaelカナ表記をどうするか悩ましいのですが、ただ一人のプロの俳優、主人公役のマイケル・シルバが「この映画では、配役名は全員自分の名前を使用した」と語っておりますので、目下のところは「マイケル」でご紹介しておきます。(Michaelの綴り字を用いる代表国は、英語マイケル、独語ミハエル、ラテン語ミカエル。異なる綴り字では西語ミゲル、伊語ミケーレ、仏語ミシェルなど)

 

   

 

『盲目のキリスト』“El Cristo ciego(“The Blindo Jesus”)

製作:Jirafa(チリ)/ Ciné-Sud Promotion(フランス)

監督・脚本:クリストファー・マーレイ

撮影:インティ・ブリオネス

音楽:Alexander Zekke

編集:アンドレア・チグノリ

美術:アンヘラ・トルティ

メイクアップ:パメラ・ポラク

セット・デコレーション:エウへニオ・ゴンサレス

製作者:ブルノ・ベタッティ(エクゼクティブ)、ペドロ・フォンテーヌ(同)、フロレンシア・ラレラ(同)、ホアキン・エチェベリア(同)、他

 

データ:製作国チリ=フランス、スペイン語、2016年、85分、撮影地チリ北部のラ・ティラナ、ピサグア他、撮影期間5週間

映画祭・受賞歴:ベネチア映画祭2016正式出品、サンセバスチャン映画祭2016「ホライズンズ・ラティノ」部門出品、29回トゥールーズ映画祭「Cine en Construcción」参画作品

 

キャスト:マイケル・シルバ(マイケル)、アナ・マリア・エンリケス(アナ・マリア)、バスティアン・イノストロサ(バスティアン)、ペドロ・ゴドイ(ペドロ)、マウリシオ・ピント(幼馴染み、マウリシオ)、他現地のエキストラ多数 

 

    

                 (映画から)

 

解説ラ・ティラナの村で父親と暮らす整備工マイケルは30歳、砂漠のなかで神の啓示を受ける。しかし誰にも信じてもらえない。それどころか村人は気が触れたと相手にしなくなった。そんなある日のこと、子供のころからの親友が遠くの村で事故にあい苦しんでいるという知らせが届く。彼はすべてを投げうち、父を残して裸足で巡礼の旅に出る決心をする。やがて奇跡が起き友人を助けることができた。この噂は鉱山会社で働く採掘者や麻薬中毒者の関心を呼び、彼をチリ北部の砂漠の過酷な現実を和らげてくれるキリストのようだと噂した。都会の経済的繁栄から打ち捨てられた貧しいチリの人々の、社会的不平等からくる痛苦をドキュメンタリータッチで描く宗教的寓話。移り変わる厳しい自然も登場人物の一人となっている。

     

  監督キャリア&フィルモグラフィー

クリストファー・マーレイChristopher Murrayは、1985年、チリのサンチャゴ生れ、監督、脚本家。チリの「クール世代」と呼ばれるニューウェーブの一人(マーレイ、マーレー、マレー、マリィと表記はまだ一定していない)。長編映画デビューは、パブロ・カレラと共同監督したManuel de Ribera10)、スプリト国際映画祭(ニューフィルム)特別賞を受賞した。本作が第2作目となるが単独としては初めてである。他に2012年、高い評価を受けたドキュメンタリーPropagandaを送り出している。チリでは“Propaganda”の監督と紹介されていた。2011年より構想していた『盲目のキリスト』では、御多分にもれず「資金提供をしてくれる製作会社の門戸を叩いて回った」と語っている。「これはある地方に特有なことではなく、どこでも起きる物語、現実と神話、あるいはドキュメンタリーとフィクションをミックスさせた映画、人々がパンパの現実を知ることができるだろう」とも語っている。

 

 

          (クリストファー・マーレイ監督)

 

★舞台となったラ・ティラナは、北から2番めのタラパカ州(州都はイキケ)タマルガル県、タマルガル・パンパの小村。監督によると、最初のアイデアは「チリのキリスト」だったが、実際に現地の人々と接するうちに変化した。だからドアをオープンにして都会からやってきた監督を受け入れてくれた「この地域の人々とのコラボです」とベネチアで語っていた。大勢のエキストラを含めて、主人公マイケルを演じたシルバ以外の出演者はすべてこの地域でスカウトした由。「ずっと何週間も砂漠で撮影に熱心に協力してくれた村人たちを思い出すと感無量」、「パンパをテーマにした映画ではあるが、パンパは荒涼としているだけでなく、語る価値のある非常に豊かな人間味あふれる映画に寄与してくれた」と監督。

 

★イエス・キリストをめぐる映画だが、監督自身は特別熱心に信仰しているわけではなく「魅せられている、それは宗教の背後に人間的な性質や現実が存在するから」で、常に神話の起源はどこからくるのかを自問自答している。「しばしば人間は突然何か不足しているという考えに襲われる。ある時はそれが地域性のある政治的不正に起因していることにあると気づく。私は、歴史や物語を語ることが現実以上に意味をあたえることができると確信している。これはそれを探す映画です」と監督。

 

スタッフ&キャスト紹介

★エクゼクティブ・プロデューサーのブルノ・ベタッティは、クリスチャン・ヒネメスのデビュー作『見まちがう人たち』、『ボンサイ―盆栽』『ヴォイス・オーヴァー』(3作とも東京国際FF上映)、セバスチャン・シルバ『マジック・マジック』、パトリシオ・グスマン『真珠のボタン』にも共同参画している。同じくペドロ・フォンテーヌは、アレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドロス『殺せ』、“Aqui no ha pasado nada”、フロレンシア・ラレラはセバスチャン・シルバ『クリスタル・フェアリー』、ホアキン・エチェベリアは初めてである。重要な役割を果たしているという音楽監督のAlexander Zekkeはロシア出身の作曲家、実験的な要素をもつ本作に深い意味を持たせているという。社会的問題の多い多国籍企業がはき出す鉱山汚染、環境破壊は、鉱夫たちの健康を損ねている現実があるようです。高い評価の撮影監督のインティ・ブリオネスは、『殺せ』、“Aqui no ha pasado nada”などで確認済みでしょうか。



    (『殺せ』の監督アレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドロスの新作)


★主人公を演じたマイケルシルバLBFFミカエル)は主人公と同世代の29歳、2014年にアビガイル・ピサロと結婚した。チリのTVミニシリーズSudamerican RockersZamudioで人気を博した。またパブロ・ララインの「ネルーダ」にアルバロ・ハラ役で出演している。本作では、選ばれた預言者イエスとして不毛の砂漠を巡礼するマイケルを演じた唯一人のプロの俳優。「一緒に仕事をした俳優は、今までのプロとはちょっと違っていた」「クリストファーはミニマリズムの監督」だとベネチアで語っていた。観客はマイケルの手に導かれて神秘的な旅に出掛けていくことになる。ラテンアメリカ映画に特有な〈移動〉が、ここでもテーマになっているようです。

 

 

       (監督とシルバ、ベネチア映画祭にて)

 

ラテンビート10月15日(土)13:30上映後に監督によるQ&Aの予定。

ホライズンズ・ラティノ第2弾*サンセバスチャン映画祭2016 ⑦2016年08月23日 22:46

      『殺せ』のA・フェルナンデス・アルメンドラスの新作は実話が素材

 

   

★長編4作目となるアレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドラスのAquí no ha pasado nadaは、実際にチリで起きた事件に着想を得て製作された。チリのオスカー賞代表作品にも選ばれた『殺せ』2014)も実話に基づいていたが、今回は右派政党「国民革新党RN」の前上院議員カルロス・ラライン・ペーニャの息子マルティンが引き起こした飲酒運転による人身死亡事故から着想されたフィクション。上流階級に属する有名政治家の子息が起こした事件だが、無罪放免になってセンセーショナルな話題を提供した。この「マルティン・ラライン事件」は、三権分立は名ばかりのチリ民主主義の脆弱さを露呈、これがチリの現実というわけです。

 

4Aquí no ha pasado nada (“Much Ado About Nothing”)

製作:Jirafa

監督・脚本:アレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドラス

脚本(共):ヘロにも・ロドリゲス

撮影:インティ・ブリオネス

データ:製作国チリ=米国=フランス、2016年、94分、スリラードラマ、実話、冤罪事件

映画祭&受賞歴:サンダンス映画祭2016ワールドプレミア、ベルリン映画祭パノラマ部門出品、カルタヘナ映画祭2016国際映画批評家連盟FIPRESCI受賞、マイアミ映画祭、リマ映画祭、サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ部門正式出品など

 

キャスト:アグスティン・シルバ(ビセンテ・マルドナード)、アレハンドロ・ゴイク(ビセンテの叔父フリオ)、パウリーナ・ガルシア(ビセンテの母)、ルイス・ニェッコ(弁護士グスタボ・バリオ)、イサベーリャ・コスタ(アナ)、ジェラルディン・ニアリー(フランシスカ)、ダニエル・ムニョス、リー・フリードマン、サムエル・ランデア、ほか

 

物語:ロスに留学していたビセンテは、夏休み休暇で1年ぶりに両親のいる海辺の家に帰ってきた。或る夜の無分別な行動がこの裕福な青年ビセンテの人生を永遠に変えてしまった。仲間とのどんちゃん騒ぎのあと繰り出した彼らの軽トラックが歩行中の漁師を轢いてしまった。結果的に漁師は死亡、ビセンテが人身事故の第一容疑者にされてしまう。彼は酔っていて記憶が曖昧ではあったが、自分が運転していたのではないのは確かだった。自分は後部座席で女の子とイチャついており、ハンドルを握っていたのは大物政治家の息子マヌエル・ラレアだった。政治と司法の癒着、チリの現実が語られる。

 

         

           (後部座席のビセンテと連れの女性、映画から)

 

★実際の「マルティン・ラライン事件」は、20139月にチリの南部クラニペで起きた事件。歩行中のエルナン・カナレスを轢いた後、助けずに草むらに放置して逃亡、結果的に死亡した。何故かマルティンの血中アルコール含量テストは行われなかった。有力な雇われ弁護士のお陰で、飲酒運転による事故死という証拠隠滅に成功、マルティンは無罪となり、同乗していた2人が犯人とされた。これはチリ国民の怒りを爆発させ、翌年再調査が行われた。多分政権が左派のバチェレ大統領になったことも影響しているかもしれない。父親の前上院議員カルロス・ラライン・ペーニャは、ホモフォビアやマチスモを公言している政治家としても有名、従って現在2期目の女性大統領バチェレを嫌っている。ちなみに『No』の監督パブロ・ララインの父親エルナン・ラライン・フェルナンデス(独立民主連合の上院議員)もチリでは有名な保守派の政治家ですが、縁戚関係はないようです(不確かです)。

 

監督&フィルモグラフィー紹介は、「ラテンビート2014」で『殺せ』(Matar a un hombre”)が上映された折に記事をアップしております。長編のみ再録すると、

2009 Huacho サンダンス映画祭2008 NHK賞受賞、カンヌ映画祭2009「批評家週間」ゴールデン・カメラ賞ノミネート、サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ出品、ハバナ映画祭2009 初監督サンゴ賞受賞 他

2011 Sentados frente al fuego(チリ≂独)サンセバスチャン映画祭2011「ニューディレクター」部門出品/バルディビア国際映画祭2011出品(チリ)/第27回グアダラハラ映画祭マーケット部門出品/ブエノスアイレス・インディペンデント・シネマ映画祭2012出品/サンフランシスコ映画祭2012出品他。チリ公開は2013年。

2014 Matar a un hombre (『殺せ』の記事は、コチラ⇒2014108

2016Aquí no ha pasado nada省略

 

  

   (監督、ベルリン映画祭2016「パノラマ」にて)

 

スタッフ& キャスト紹介

ビセンテ役のアグスティン・シルバは、セバスティアン・シルバの『家政婦ラケルの反乱』(09)、『マジック・マジック』(13)、『クリスタル・フェアリー』(13)出演でお馴染みの若手俳優、ビセンテの母親役パウリーナ・ガルシアは、セバスティアン・レリオの『グロリアの青春』(13、公開)出演のベテラン、ビセンテの叔父フリオ役のアレハンドロ・ゴイクは、パブロ・ララインの『ザ・クラブ』(15)出演、事件をもみ消す悪徳弁護士グスタボ・バリオに出番こそ少ないがルイス・ニェッコと、現在のチリ映画界の有名どころを起用できたのは、前作『殺せ』の成功が大きいのではないか。ルイス・ニェッコが主役のネルーダを演じるパブロ・ララインのNerudaも、本映画祭「パールズ」部門にエントリーされています。

  

   

            (叔父フリオ、ビセンテ、母親、映画から)

 

  

           (ビセンテと弁護士グスタボ・バリオ、映画から)

 

トレビア:本作も資金不足で製作には苦労したと監督。前作の成功で得た資金では当然足りなかったようです。そこでcrowdfundingクラウドファンディングのサイトを立ち上げ、ネットで協力者を募った。これはアレハンドロ・ホドロフスキーが新作『エンドレス・ポエトリー』で使用している。不特定多数の人がネットを通じて資金提供の協力をする。これは寄付金と同じで出資者に返済する義務はない。映画の場合だと、カタログの無料配布、試写会招待などをするようです。結果1700万(ドルか?)が獲得できた。それでスタッフや俳優たちも出演料なしで撮影に臨んだ。成功すれば支払う約束だそうです。

 

★テーマがテーマだけに撮影も困難をともない、俳優たちは苦労したようです。特に事故現場に選んだサパジャールでの撮影は難しく、「マルティン・ラライン事件の映画の撮影であることを秘密裏にしていたが、中には嗅ぎつけて撮影できないよう警察に通報された」と監督は述懐している。とにかくピノチェト政権は長過ぎました。「YesNoか」は、相変わらず続いているようです。



「監督週間」にホドロフスキーの『エンドレス・ポエトリー』*カンヌ映画祭2016 ⑥2016年05月20日 15:06

      『リアリティのダンス』の続編、『エンドレス・ポエトリー』

 

★前作『リアリティのダンス』の配給元アップリンクの代表者浅井隆がエグゼクティブ・プロデューサーの一人ということで、2017年春公開がアナウンスされています。いずれうんざりするほど記事が溢れてくると思いますが、一応アウトラインをご紹介。カンヌでは「長~い」オベーションに、ホドロフスキー父子3人、チリからカンヌ入りしたパメラ・フローレス、前作より大分背の伸びたイェレミアス・ハースコヴィッツも登壇して感激の面持ちだったとか。

 

アレハンドロ・ホドロフスキー『リアリティのダンス』紹介記事のなかで、次回作は「ブロンティス主演で『フアン・ソロ』(“Juan Solo”)と決定しているようです」と書いたのですが、気が変わったのか蓋を開けたら前作の続きのPoesía sin finでした。生まれ故郷トコビージャを出て首都サンチャゴに転居したところから始まります。アレハンドロの青春時代、1940年代後半が語られる。父親ハイメには前作同様長男ブロンティス・ホドロフスキー、母親サラも同じくパメラ・フローレス10代後半までのアレハンドロにイェレミアス・ハースコヴィッツ、そして青年アレハンドロに四男アダン・ホドロフスキー、彼は前作ではイバニェス大統領暗殺に失敗して自殺するアナーキスト役を演じました。今回は主役になるわけで、50歳のとき生まれた末っ子ということもあって可愛がっている。アダンは音楽も担当する。

 

      

         (人形を操るエンリケ・リンとホドロフスキー、1949年)

 

どうやらホドロフスキーは5部作のオートフィクションを構想しているらしく、本作はその第2部になるようです。それなら急がねばなりません、何しろ87歳ですから(1929217日生れ)。それで資金も充分でないのに見切り発車、昨年、YouTubeを通じてキックスターターなどのクラウドファンディング・サイトで製作資金を募り、世界中から1万人に及ぶ人々の出資で完成した。これは寄付金と同じで出資者に返済する義務はない。この呼びかけの談話では、人間86歳にもなれば毎朝目が覚めると、「まだ生きている」と生きていることの幸せを噛みしめるが、今日が最後の日になるかもしれないとも考えるものだ、と語っていた。老いるということは時間との駆けっこです。長く生きることではなく、よく生きること、これが映画を作り続ける理由でしょう。

『リアリティのダンス』紹介記事は、コチラ⇒201471471986

3回に分けて家族歴・キャリア・映画データ・プロットなどアップしております。

    

    

 

   Poesía sin finEndless Poetry2016

製作: Le Soleil Films(チリ) / Openvizor / Satori Films(仏)

監督・脚本・製作者:アレハンドロ・ホドロフスキー

撮影:クリストファー・ドイル

音楽:アダン・ホドロフスキー

編集:マリリーヌ・モンティウ Maryline Monthieux

衣装デザイン:パスカル・モンタンドン≂ホドロフスキー

製作者:モイゼス・コシオ(メキシコ)、ハビエル・ゲレーロ・ヤマモト(チリ)、タカシ・アサイ浅井隆(日本)、以上エグゼクティブ・プロデューサー

データ 製作国:チリ、日本、フランス合作 スペイン語、2016年、128分、伝記 撮影地:チリの首都サンティアゴ、20157月~8月の8週間。カンヌ映画祭2016「監督週間」正式出品、映画祭上映514日、日本公開2017年春予定、多分邦題は『エンドレス・ポエトリー』か。

 

キャスト:ブロンティス・ホドロフスキー(父親ハイメ)、パメラ・フローレス(母親サラ)、イェレミアス・ハースコヴィッツ(10代後半アレハンドロ)、アダン・ホドロフスキー(青年アレハンドロ)、レアンドロ・ターブ(詩人エンリケ・リン)、カオリ・イトウキャロリン・カールソン、ウーゴ・マリン、アリ・アフマド・サイード・エスベル、他

 

解説:ホドロフスキー一家は生れ故郷トコビージャを後にしてサンチャゴに移転、アレハンドロも新しい一歩を踏み出していく。しかし割礼を受けた鉤鼻の青年は、まさにコンプレックスのかたまりであった。抑圧的な父ハイメの希望は息子が医者か弁護士か、あるいは建築家になることだった。詩人なんてあまりにバカげている。「クソ家族」と喚きながら庭の菩提樹を斧で伐り倒そうとするアレハンドロ、そんなアレハンドロにも転機が訪れる。ある日のこと、従兄がセレメダ姉妹の家に連れて行ってくれた。一人は画家、もう一人は詩人だった。姉妹の家でマリオネットに魅せられ、やがて檻に鍵を掛けていたのが自分自身であったことに気づく。檻から自らを解き放ち、エンリケ・リン、ニカノール・パラ、初恋の人ステジャ・ディアス・バリン、後にチリを代表する詩人、アーティストたちとも出会うことになるだろう。

 

    

        (「詩人になりたい」という息子の願いを無視する父ハイメ)

 

★実際のホドロフスキー一家は1939年にサンチャゴに転居している。映画は1940年代後半、アレハンドロの青春時代を中心に語られるようです。同時代の詩人エンリケ・リン、アンチ・ポエマスを標榜したニカノール・パラ、初恋の人ステジャ・ディアス・バリンなど実在の詩人、アーティストが登場する。IMDbではエンリケ・リンしか分かりませんが、ステジャを誰が演じるのか楽しみです。彼女はニカノール・パラの“La víbora”(「蛇女」)にインスピレーションを与えた女性、ホドロフスキーは1949年に町の中心にあった夜行性の人間たちの溜まり場「カフェ・イリス」で出逢っている。異様なオーラを放つステジャにひと目でノックアウトされた。

 

   

  (「クソ家族」と喚きながら庭をぐるぐる駆けまわるアレハンドロ、奥に母サラの姿)

 

★本作の主人公青年アレハンドロを演じるのは監督の四男アダン・ホドロフスキー、前作同様音楽も担当する。1979年パリ生れ、俳優、監督、ミュージシャン(ベースギター奏者、ピアノ、作曲)と多才。前作ではイバニェス大統領暗殺に失敗して自殺するアナーキスト役を演じた。ホドロフスキーの『サンタ・サングレ』(89)、ジュリー・デルピーの『パリ、恋人たちの2日間』(07)などに出演。短編“The Voice Thief”(13、米・仏・チリ)がフランスの「ジェラールメ映画祭2014」の短編賞を受賞した。父親アレハンドロも出演、脚本も共同執筆して応援、目下お気に入りの息子。 

            

  (監督と四男アダノフスキー)

 

★父親ハイメ役は監督長男ブロンティス・ホドロフスキー、彼の怪演は前作に引き続き健在、虚栄心と憎しみをエネルギーにした矛盾だらけの人格、苦労と怒りで心の発達が子供で止まってしまった人間、若い頃は許せなかったという監督も今は父親の体だけ逞しくなった人間の悲しみ、粗野と純粋が複雑に絡み合ったハイメを理解できるという。 

            

                             (監督と長男ブロンティス)

 

衣装デザインを担当するパスカル・モンタンドン≂ホドロフスキーは監督夫人、ヴェトナム系フランス人の画家、デザイナー。彼女の一目惚れで結婚した。『リアリティのダンス』プロモーションに監督と一緒に来日している。撮影監督クリストファー・ドイルは、ウォン・カーウァイ『恋する惑星』や『花様年華』、チャン・イーモウ『HERO』、ガス・ヴァン・サント『パラノイドパーク』など、最近は日本映画も撮っている。ホドロフスキーとのタッグは初めて。他に舞踊家のキャロリン・カールソンの名前がクレジットされていますが、もしかして母方の祖母ハシェ役でしょうか。他にもクレジットされているアリ・アフマド・サイード・エスベルは、シリア出身の詩人でエッセイストのペンネームAdonisアドニスでしょうか、そのうち分かりますね。

 

  

(いかさまカードで親戚から毟られるハイメ、左が祖母役のカールソンか?)

 

 

      (本作撮影中のクリストファー・ドイル奥)

           

  

「監督週間」にパブロ・ララインの『ネルーダ』*カンヌ映画祭2016 ⑤2016年05月16日 14:19

              順風満帆のパブロ・ラライン

 

    

 

パブロ・ララインNerudaのほかアレハンドロ・ホドロフスキーPoesía sin fin2がノミネーションされましたが、ひとまずララインのNeruda”から。本作については昨年6月クランクインした折に「ララインの新作」としてアウトラインを記事にしております。カンヌ本体とは別組織が運営する「監督週間」とはいえカンヌですから、公開はさておき字幕入りで見られるチャンスがこれで一つ増えました。ララインによると、「ノーベル賞作家とはいえ、ネルーダは自らを神話化する傾向があり、チリ人はそういうタイプを好まない」そうで、コミュニストだったこともあり、チリではネルーダ嫌いが結構いる。「自らを神話化する」という意味ではホドロフスキーも同じで、チリの人には好かれていない。そもそもチリの監督と紹介するには管理人自身も抵抗があります。ホドロフスキー映画は次回に回します。

新作Neruda”についての記事は、コチラ⇒2015730

 

  

            (ネルーダ役のルイス・ニェッコ、映画から

 

★「パブロ・ララインの新作は『ネルーダ』」と、あたかも邦題が決定したかのごとく紹介しておりますが、勿論まだNerudaです(邦題に不要な修飾語がつかないことを切に願っている)。ベルリン映画祭2015『ザ・クラブ』El Club”が審査員賞グランプリを受賞したばかり、チリでもっとも注目されている若手監督の一人です。1971年ノーベル文学賞を受賞した詩人、作家、外交官、政治家といくつもの顔をもつ、それだけに謎の多い人物の伝記映画です。伝記と言って1949年という地下潜伏と逃避行に明け暮れた激動の時期を切り取った映画です。「ネルーダはネルーダを演じていた」、つまり自分がコミュニズムのイコンとして称揚されるよう、この逃亡劇をことさら曖昧にして詩人自らが神話化した。この映画は「ネルーダの『ニ十の愛の詩と一つの絶望の歌』の詩人の忠実な伝記映画というより、ネルーダ信奉者が作った映画」(監督談)なので、伝記映画としては不正確ということです。

 

Neruda2016

製作:Fabula(チリ) / AZ Films(アルゼンチン) / Funny Balloons() / Setembro Cine(西)他

監督:パブロ・ラライン

脚本:ギジェルモ・カルデロン

編集・音楽エディター:Hervé Schneid

プロダクション・デザイン:エステファニア・ラライン

プロダクション・マネージメント:サムエル・ルンブロソ

製作者:フアン・デ・ディオス・ラライン、ほか多数

データ:チリ=アルゼンチン=スペイン=フランス合作、スペイン語、2016年、107分、伝記映画、カンヌ映画祭2016「監督週間」正式出品、チリ公開2016811日決定

 

キャスト:ルイス・ニェッコ(ネルーダ)、メルセデス・モラン(妻デリア・デル・カリル)、ガエル・ガルシア・ベルナル(刑事オスカル・ペルチョノー)、アルフレッド・カストロ(ガブリエル・ゴンサレス・ビデラ大統領)、パブロ・デルキ(友人ビクトル・レイ)、マイケル・シルバ(歴史家アルバロ・ハラ)、マルセロ・アロンソ(ぺぺ・ロドリゲス)、ハイメ・バデル(財務大臣ホルヘ・アレッサンドリ)、アントニア・セヘルス、他

 

解説1947年、ガブリエル・ゴンサレス・ビデラは大統領に就任すると、共産党根絶を開始する。チリ共産党の支援をうけて19453月に上院議員となった赤い詩人ネルーダは苦境に立たされる。1948年共産党が非合法化されると、党は危険の迫った詩人を亡命させることに着手する。1949年の秋、妻デリア・デル・カリルを伴ってのネルーダの地下潜伏とパリへの逃避行が始まった。首都サンティアゴで数カ月潜伏した後、追っ手の目を晦ますため女装してリベルタドール、バルパライソ、ロス・リオス州バルディビア、フトロノ・コミューンなどを転々とした。馬乗してアルゼンチンに脱出すると、やがてピカソなどヨーロッパの多くの友人に助けられて、春4月半ばパリに辿り着く。逃避行の最中に『大いなる歌』が書かれ、謎に満ちたネルーダの脱出劇は伝説となる。

 

トレビア

★ネルーダは1904年生れ、チリ共産党の支援を受けて19453月に上院議員に当選、同年7月に入党している。1948年ガブリエル・ゴンサレス・ビデラ大統領が共産党を非合法化したため、当時の妻デリア・デル・カリルと地下に潜ることになる。ネルーダは離婚を2回しており、本作に登場する妻はネルーダがヨーロッパから帰国した1943年に再婚した2番目の妻(1955年離婚)で、『イル・ポスティーノ』に出てくる妻マティルデは3番目のマティルデ・ウルティアを想定しているようです。現在ネルーダ記念館として観光名所になっているイスラ・ネグラの美しい別荘は、彼女のために建てたものだそうです。移動には女装したとか、フトロノ・コミューンを出てアルゼンチンに行く途中のクリングエ川の急流を渡るときには溺れそうになったとか逸話が多い。

 

      

          (詩の朗読会用のメイクをしたネルーダ、映画から)

 

★「この映画はギジェルモ・カルデロンの脚本なくして作れなかった。自分で脚本を書くのは無謀だとは思わなかったが、結局彼の助けを求めなければならなかった。だからいくら感謝してもしきれない」とラライン。脚本を評価するコラムニストが多い。ネルーダは女好きで誇大妄想きみのブルジョア趣味という反面、深遠な理想主義にもえ寛容、チリの社会にインパクトを与えた人です。だから「ネルーダまたはその造形に挑戦した」映画だとラライン。

 

   

               (パブロ・ラライン監督)

 

★既にネルーダをテーマにした映画やTVドラは多数あります。なかでもマイケル・ラドフォードのイタリア映画『イル・ポスティーノ』(1994)は劇場公開された後、吹替え版、完全版を含めてテレビで放映されています。ネルーダにフィリップ・ノワレ、主人公郵便配達人マリオに病をおして出演したマッシモ・トロイージがクランクアップ直後に他界したことも話題になった。ララインの「ネルーダ」は1949年が時代背景ですが、『イル・ポスティーノ』のほうは1950年代初めのナポリ湾に浮かぶ架空の島が舞台だった。ナポリ湾のプローチダ島で撮影されたが、それはネルーダがカプリ島に潜伏していたときの史実に基づいている。

 

            

                      (逃避行をするネルーダ夫妻)

  

主なキャスト紹介

アルフレッド・カストロ1955年チリのサンティアゴ)とガエル・ガルシア・ベルナル1978年メキシコのグアダラハラ)については度々登場してもらっているので割愛します。前者はラライン監督のデビュー作 “Fuga” を含めて全作に出演しており、本作ではネルーダ逮捕を命じる大統領として登場します(ララインのフィルモグラフィー参照)。後者はあと一歩のところで獲物を取り逃がしてしまう平凡な刑事役、彼のモノローグが映画の推進役となっている。今回の二人は役柄としては嫌われ役でしょうか。G.G.ガエルによると、「この映画は豊かなネルーダの詩の読者の多くを失望させないと思う、それは間違いない。ぼくたちを映画に導いたのは、ネルーダの素晴らしい詩のお陰なのです」と。他のキャスト陣もラライン映画の常連さんです。

 

    

     (大統領の命令を受けるオスカル、GG・ベルナル、左側の背中が大統領

 

ルイス・ニェッコ Luis Gnecco(ネルーダ):1962年チリのサンティアゴ生れ、グスタボ・G・マリノ『ひとりぼっちのジョニー』1993)、フェルナンド・トゥルエバ『泥棒と踊り子』09)、ララインNoなど。

メルセデス・モラン Mercedes Morán(ネルーダ夫人):1955年アルゼンチンのサンルイス生れ、ルクレシア・マルテルのサルタ三部作の1『沼地という名の町』01)と同2『ラ・ニーニャ・サンタ』04)、ウォルター・サレスの『モーターサイクル・ダイアリーズ』04)などで登場している。一時『人生スイッチ』愚息出演のオスカル・マルティネスと結婚していた。

 

パブロ・デルキPablo Derqui(ネルーダ友人ビクトル・レイ):1976年バルセロナ生れ、マヌエル・ウエルガ『サルバドールの朝』、ギリェム・モラレス『ロスト・アイズ』

ハイメ・バデルJaime Vadell(財務大臣ホルヘ・アレッサンドリ):1935年バルパライソ生れ、ロドリゴ・セプルベダの代表作Padre Nuestro05)の主役を演じた。「ピノチェト政権三部作」、ホドロフスキー『リアリティのダンス』『ザ・クラブ』ではシルバ神父になった。

 

アントニア・セヘルスAntonia Zegers1972年サンティアゴ生れ、「ピノチェト政権三部作」以降のラライン映画にオール出演、ラライン夫人である。

マルセロ・アロンソMarcelo Alonso(ぺぺ・ロドリゲス):1969年サンティアゴ生れ、No以外の「ピノチェト政権三部作」、『ザ・クラブ』ではガルシア神父になった。テレビ出演が多い。

マイケル・シルバMichael Silva(歴史家アルバロ・ハラ):1987年チリ南部アントファガスタ生れ、戯曲家、ミュージシャンとしても活躍。若い頃のアルバロ・ハラ(192398)はコミュニストの活動家だった。ラライン映画は初出演。

 

  *監督フィルモグラフィー(短編・TVシリーズを除く)

2006 “Fuga” 監督・脚本

2008 “Tony Manero”『トニー・マネロ』監督・脚本「ピノチェト政権三部作」第1

ラテンビート2008上映

2010 “Post mortem” 監督・脚本「ピノチェト政権三部作」第2

2012  “No”No』監督「ピノチェト政権三部作」第3部、カンヌ映画祭2012「監督週間」正式出品、

ラテンビート2013上映

2015  “El club”『ザ・クラブ』監督・脚本・製作、ラテンビート2015上映

2016  “Neruda” 監督、カンヌ映画祭2016「監督週間」正式出品

 

★ララインの次回作は英語映画Jackieと、3月にアナウンスされています。「ブルータスお前もか」という心境、彼も英語映画を撮る監督の仲間入りです。政治に絡んだジャッキー・ケネデイの伝記映画。ジャッキーを演じるのはナタリー・ポートマン、劇場公開間違いなしです。

 

       

             (ジャッキーになるナタリー・ポートマン)


チリ映画”La Once”*ゴヤ賞2016ノミネーション ⑪2016年01月25日 16:04

             食べて喋って、こんなに元気で長生きです

 

  

マイテ・アルベルディの長編ドキュメンタリー第2弾はコメディLa Onceです。昨年、オスカー賞代表作品の選定にパブロ・ララインの“El Club”『ザ・クラブ』(ベルリン映画祭2015グランプリ審査員賞受賞)とLa Once”というドキュメンタリーのどちらにするかチリ映画アカデミーが迷っているという記事を目にしました。結局オスカー代表作品はララインに決定したのでゴヤ賞も『ザ・クラブ』と予想していました。だってドキュメンタリーは分が悪いし、監督の知名度もイマイチだから。ところが違った。ドキュメンタリーと言ってもこれはコメディだという、本当に珍しい。検索をかけたら厚化粧の貫禄充分のおばあさんたちが美味しそうにケーキを食べている。毎月1回、60年間続いているお茶会だという。監督の実のお祖母さんがメンバーの一人、なるほど、これで繋がった。

 

  

      (お茶とケーキ、おしゃべりに余念がない老人パワーに圧倒される?)

 

     La Once(“Tea Time”)2014

製作:Micromundo Producciones

監督・脚本:マイテ・アルベルディ

撮影:パブロ・バルデス

編集:フアン・エドゥアルド・ムリージョ、セバスチャン・Brahm

音楽:ホセ・ミゲル・トバル、ミゲル・ミランダ

プロデューサー:クララ・タリッコ

 

データ:チリ、スペイン語、2014年、80分、ドキュメンタリー、公開チリ201564日、(マドリード)プレミア20151129日・公開201619日、(バルセロナ)プレミア124日、公開18

映画祭:サンティアゴ映画祭2014、メキシコ移動ドキュメンタリー映画祭20151月),以下マイアミ(3月)、ブエノスアイレス・インディペンデント・シネマ(4月)、シアトル(5月)、シドニー(6月)、シェフィールド・ドキュメンタリー(UK 6月)、など各映画祭で定栄された。

受賞歴:サンティアゴ映画祭作品賞・監督賞、アムステルダム・ドキュメンタリー映画祭監督賞、カルタヘナ映画祭でゴールデン・インディア・カタリナ・ドキュメンタリー賞受賞、バルセロナ・ドキュメンタリー映画祭でTV3賞、他、マイアミ映画祭、グアダラハラ映画祭でも受賞している。

 

主演者:マリア・アンヘリカ・シャルペンティエル(元スペイン語教授)、マリア・テレサ・ムニョス(監督の祖母)、シメナ・カルデロン、アリシア・ペレス、マヌエラ・ロドリゲス、フアニータ・バスケス、ニナ・キッカレッリ Chiccarelli、他(全員女性)

 

解説:タイトルのLa Onceラ・オンセ(午前11時という意味)というのは、イギリスの午前11時頃にとるお茶と軽食「elevenses」とか、スペインの昼食前に摂るメリエンダ「merienda」に相当するようです。現在では午後のおやつ、または昼食にも使用されており、いわゆるアフタヌーンティーです。チリでは定冠詞laを複数にしてlas oncesともいう。現在では時刻に拘らず夕食前に会話を楽しみながら摂る広義の「お茶と軽食会」を指すよう変化している。13食どころか5食になって肥満人口の増加に拍車をかけているのではないでしょうか。

 

物語:ひと月1回のペースで延々60年間も続いているお茶とケーキを楽しみながらのお喋り会。メンバーの共通点は多くが1930年代生れ、同じカトリック系の女学校の卒業生ということ。もう間もなくあの世に旅立つことが避けられない人生最後の時間を過ごしている女性たち。アジェンデ政権やピノチェトの軍事クーデタという変革期をリアルタイムで目撃したツワモノたち。ラテンアメリカ映画の定番テーマでもある老人の孤独、貧困、社会の疎外者というテーマを避けて、かつてはドラマティックな人生を歩んだ女性たちの老い方のレシピ。意見の違いや時には秘密も曝露される。老いとか、死という重荷は取り敢えず下ろして、人生の最後においても尚且つエネルギッシュに輝いている女性たちの「愛と友情」についての物語だ。

 

  

              (しっかりお化粧も致します 映画から)

 

監督キャリア& フィルモグラフィーマイテ・アルベルディMaite Alberdi 1983年首都サンティアゴ生れ、監督、脚本家。チリ・カトリック大学オーディオビジュアル監督と美学科で社会情報を専攻、小宇宙の日常的な事柄に興味があり、フィクションとノンフィクションのジャンル区別をセず、あるのは映画だけという立場をとっている。複数の大学で教鞭をとるかたわら、“Teorías del cine decumental en Chile: 1957-1973”(共著)という著書がある。「チリ映画は全体的にみて、折衷主義で多様性に富んでいる」と語っている。“La Once”は12の映画祭で上映され、なかには参加した出演者たちもいる。

2007Las peluqueras”(短編ドラマ)監督・脚本 

カサ・デ・アメリカ、TVEよりイベロアメリカ短編賞、バルディビア映画祭2008ユース賞

2011El Salvavidas”(長編ドキュメンタリー)監督・脚本

   バルディビア映画祭2011観客賞、グアダラハラ映画祭2012審査員特別賞、バルセロナ、ドキュメンタリー映画祭2013新人ドキュメンタリー賞、ほか

2014La Once”省略

2014Propaganda”(長編ドキュメンタリー、脚本のみ)

 

製作者クララ・タリッコのキャリアClara Taricco ブエノスアイレス大学文学部卒、チリ・カトリック大学オーディオビジュアル表記法のマスター号取得。2009年より5年間アルベルティ監督の“La Once”の製作を手掛ける。201011年、アニメ・シリーズ“Libertas”を製作、“Antología de textos críticos sobre Raúl Ruiz”の翻訳、2009年よりバルディビア映画祭の産業研究室に在籍している。

 

    

        (左から、ラ・オンセを楽しむアルベルティ監督とクララ・タリッコ)

 

★子供のときから伝統的な慣習の目撃者だったが、大人になってからはチリの女性たちが体験した記録を残すドキュメンタリー監督になる道を選んだ。本作の目的は「社会の中で女性だけに課せられた役割をどうやって変革していくか」に焦点を当てて描いた。祖母が学んだ女学校はいわゆる「良妻賢母教育」をしていた。当時の女性には参政権はなく政治に参加することは出来なかった。しかしチリに限ったことではなく、日本でも敗戦後の194610月、チリはもっと遅く1949年です。出演してくれた女性たちは自分たちが人生の最後に差し掛かっていることを自覚している。差し迫っている死の不安は常にあるが、映画の中ではっきり死が語られることはない。重要なのは一緒にテーブルを囲んで時間を共有することだと語っている。

 

2009年から5年間をかけて撮ったから、中には本作の成功を知らずに鬼籍入りした女性もいた。監督によると、出演してくれた女性たちにお披露目をするときには、彼女たちがどんな反応を示すか怖かったという。彼女たちも自分たちがどのように映っているか神経質になっていた。しかし互いの心配は最初だけで、しばしばおこる笑い声、終いには皆な感動して気に入ってくれた。ドキュメンタリーの場合、一般観客よりスクリーンに出てくれた人々の反応の予測が難しいという。出演者を知らずに傷つけてしまう可能性もあるからでしょうね。

 

★ドキュメンタリーがゴヤ賞にノミネーションされる可能性は少ない。「チリ代表作品に選ばれたのは2003年が最後で、そのキャンペーンの難しさがネックだったと聞いています。だから今回ノミネーションされたことを素直に喜びたいし、出演してくれた女性たちを誇りに思う」と監督は締めくくった。甘党の観客にはヨダレが出そうなケーキが登場します。

 

チリ映画 『おうちでバカンス』 リカルド・カラスコ2015年12月02日 19:31

         夏の家族旅行は我が家で海水浴?

 

★「チリ映画上映会」がセルバンテス文化センターで10月に開催され、うちリカルド・カラスコ監督のトークがあった“Vacaciones en familia”を見てきました。サンチャゴ上流家庭のブラック・コメディ、主人公ソフィアの可笑しくて切なくて、しかし実に残酷なお話なのでした。

 

     『おうちでバカンス』“Vacaciones en familia

製作:El Paseodigital Ltda

監督:リカルド・カラスコ

脚本:ロドリゴ・アントニオ・ノレロ

音楽:ミゲル・タピア

撮影:ホセ・ルイス・アレドンド

美術:カルロス・ガリド

音響:ボリス・エレラ

プロデューサー:ビセンテ・カラスコ

データ:チリ、スペイン語、2014年、90分、コメディ

受賞歴・ノミネーション:トリエステ映画祭2014、サンディエゴ(米)映画祭2015、リマ映画祭2015,各上映

 

        

                     (ブラジルの海岸で海水浴を楽しむケリー一家)

 

キャスト:マリア・イスキエルド(ソフィア・アルテアガ)、フリオ・ミロスティチ(夫フアン・ケリー)、アリシア・ロドリゲス(娘カミラ)、フェリペ・エレラ(息子ベト)、マリカルメン・アリゴリアガ(隣人スサナ)、マルシアル・エドワーズ(スサナの夫ロベルト)、セルヒオ・エルナンデス(ソフィアの父ミゲル)、シルビア・サンテリセス(ソフィアの母ルイサ)、フアン・パブロ・ミランダ(市警察官)、ガブリエラ・メディナ(マリータ)、他

 

プロット:ケリー家は社会的には上流家庭であるが、フアンはヨーロッパ直系の子孫とはいえ失業中、ソフィアは今では定かでないが或る貴族の末裔という。実体のないステータスにしがみついている家族。フアンはインテリとは言えないが家族を愛しており、自分の怠惰のせいで家族の期待にそえない実情を変えたいと思っている。ソフィアは、彼女の父親のコネで手にした仕事に失敗してしまう夫を幾度となく見てきた。日に日に暮らし向きは悪くなるばかり、夏のバカンスは目前だ。そこでケリー家が考えだした風変わりなバカンスとは、1ヶ月間ブラジルの避暑地に出かけたことにして、家族4人で自宅に閉じこもることだった。              (文責:管理人)

 

      見栄っ張りなセレブが手元不如意でバカンスに行けなかったら・・・

 

A: 意識は上流でも実態は中流階級ですね。一応通いの家政婦さんを雇っているが、支払いは滞っているという設定になっている。チリの上流家庭では女主人が料理洗濯掃除をすることはない。家事はプロフェッショナルな家政婦の領分で、女主人でも手が出せない。我が子の躾や教育も家政婦に任せている。

B: ソフィアも以前は料理などしなかったから、できる料理は見よう見まねのスパゲッティだけ、水加減も茹で加減も適当だから美味しいはずがない。「〽今日もコロッケ、明日もコロッケ、これじゃ年がら年中コロッケ」よりヒドい。

 

A: チリの家政婦制度は特別で、それを問題にした映画がセバスティアン・シルバの『家政婦ラケルの反乱』(09)でした。原タイトルは“La nana”、乳母を兼ねたメイドのことで、ここでは住込みの家政婦でした。本作については既に記事にしているので深入りしないが、チリの家政婦制度は特殊です。

B: 隣国ペルー出身の家政婦も多い。シルバ監督自身もNanaに育てられたと語っていた。

 

A: 家政婦マリータに「1ヶ月ブラジルにバカンスに出かけるから」と暇を出すシーンは、伊達に入れたわけではなく、それなりの理由があったわけです。

B: 家政婦は、主人も失業中だし給料を払ってもらっていないから、ブラジルはおろかバカンスなどが取れるとは思っていない。このシーンの会話は主客転倒ぎみでした。

 

A: これがチリ独特のユーモアですね。2月の酷暑のなか、明かりも点けず窓を締め切って1ヶ月暮らすなど不可能、映画の設定そのものがおかしい。でもチリならあり得る設定だそうです。これはチリ上流社会の「夏のバカンスは家族で長期にとる」というトラウマを風刺している。

B: こういう慣習がなければ息もできない密室暮らしはしなくてよかった。

 

          上流階級に溜まっている悪臭――出世至上主義

 

A: 見栄っ張りは隣家のスサナも相当なもの、ぐうたら息子はハーバード大学に行ってることになっている。チリでも自国の大学より外国の大学、特にハーバード大は高嶺の花のようです。

B: 実際は二流三流の大学でも、外国の大学のランクはよく分からないからありがたがる。しかし現在ではネットで簡単に検索できるから要注意、したがってハーバード大なら安全だ。

A: 勘のいいスサナは、当初から疑心暗鬼だ。キゾクだがフゾクだが知らないが、お高く止まっているソフィアが気に入らない。なんとかやり込めたい。

 

B: 隣家は留守だというのにヒマだから、五感をピンピン張り詰めて偵察している。時々明かりが漏れてくるし音もする。これはワタシの錯覚ではないとウキウキ、スパイごっこは大人でも楽しい。

A: 料理をすればゴミが出る、ゴミを外に出すわけにいかないと、どうなるか。腐って悪臭を放つ。監督の厳しいセレブ観が窺える。

 

B: スサナは自分の勘が正しかったことを確信し、大胆な行動に出る。こういう詮索好きの隣人は歓迎できない。

A: チリはピノチェト派(YES組)VS反ピノチェト派(NO組)の危険な時代が20年近くあり、皆な疑心暗鬼、「隣は何をする人ぞ」とスパイごっこに余念がなかった。

B: ホンネを見破られると密告され、まかり間違うとドザエモンになる危険性があった。

A: パブロ・ララインの「ピノチェト三部作」やパトリシオ・グスマンのノンフィクションで記事にしたばかりです。まだ完全に終わっていません、大分先になるでしょう。

 


                  (愛し合っているフアンとソフィア)

 

B: フアンの仕事が長続きしない理由の一つに、ソフィアの極端な出世至上主義がある。出世できない夫はクズということですね。

A: ケリー家のボスはフアンでなくソフィア、両親の娘婿の評価も高くない。二人揃って偵察に来られるのはフアンには耐え難い。チリワインと称して混ぜ物を出していた。舅ミゲルは顔をしかめて吐き出しそうにしていたが。

B: 不甲斐ない亭主をもった娘が不憫でならない()。孫の将来も心配だ。愛しているから、家族は切ないわけですが。

 

A: チリは見栄えを重視する社会で、ソフィアのように海外でのバカンスを夢見ている人が多いそうだ。だから夫は妻のために豪勢な夢のブラジル旅行を編み出した。表面的には他愛ないようにみえて、実はチリ社会の内容の濃いX線写真を撮っているようだ。

B: 病名は複雑ですね。ソフィアの狂気が痛ましい。邪魔が入らなければ、家族揃ってごっこ遊びがそれなりに楽しめたかもしれない。

 

*監督紹介*

リカルド・カラスコは、1960年サンチャゴ生れ、監督、脚本家、撮影監督。チリのカトリック大学で造形芸術を学ぶ、1992年、キューバのサン・アントニオ・デ・ロス・バニョスの映画学校の奨学金を貰い、ドキュメンタリー製作を学んだ。1995年フランスに渡り、Ateliers Varan でもドキュメンタリー映画を専攻した。その後帰国して、ペドロ・チャスケルのような重要な監督とドキュメンタリーを共同製作している。2001年、長編映画 Negocio redondoでデビュー、ウエルバ・ラテンアメリカ映画祭「国際批評家賞」受賞、マイアミのラテン映画祭で「ゴールデン・シラサギ賞」を受賞した。本作が2作目、他に長編ドキュメンタリー“Valor para seguir tocando”を撮っている。短編多数。キャリアの長さに比べて作品数が少ないのは、ピノチェト時代には検閲が通らず撮れなかったせいである。

 

         

                               (リカルド・カラスコ監督)

 

*主な俳優紹介*

マリア・イスキエルド(ソフィア)は、1960年サンチャゴ生れ、1978TVドラマでデビュー、テレビ界での活躍が目立つ。映画は、2004年ボリス・ケルシアのコメディ“Sexo con amor”、他アンドレス・ウッド『マチュカ』、パブロ・ララインの“Fuga”、最近は映画にシフトしている。

フリオ・ミロスティチ(フアン)は、本作で映画デビュー、テレビ界で活躍していた。

マリカルメン・アリゴリアガ(スサナ)は、1957年サンチャゴ生れ、1981年からテレビ界で活躍のベテラン、セバスティアン・シルバの“La vida me mata”やララインの『NO』他、舞台にも立つ。

アリシア・ロドリゲス(カミラ)は、1992年サンティアゴ生れ、2012年マリアリー・リバスの“Joven y alocada”で主役を演じた。

セルヒオ・エルナンデス(ソフィアの父)は、1957年バルパライソ生れのベテラン、セバスティアン・レリオの『グロリアの青春』、ララインの『NO』、ミゲル・リティンの「ドーソン島10」など、多数。

 

         

                            (撮影中の家族と談笑する監督)



『真珠のボタン』 水の記憶*パトリシオ・グスマン2015年11月16日 16:31

サンチャゴで公開された『真珠のボタン』

 

★遺骨を探し続けている二人の女性が談笑しながら星の観察をしている。初めて見せる二人の笑顔で前作『光のノスタルジア』は幕を閉じました。かすかな希望を抱いて『真珠のボタン』を続けて見ました。自然が作りだす驚異的な美しさに息をのみましたが、人間のあまりの愚かさ残酷さにスクリーンがぼやけてしまう作品でした。929日、やっとチリの首都サンチャゴで初めて公開されたということは、チリにも一筋の光が射してきたということでしょうか。

 

   

      『真珠のボタン』“El botón de nácar”(“The Pearl Button”)

製作Atacama Productions / Valdivia Film / Mediapro / France 3 Cinema

監督・脚本パトリシオ・グスマン

助監督:ニコラス・ラスにバット

撮影:カテル・ジアン

音響:アルバロ・シルバ、ジャン・ジャック・キネ

音楽:ミランダ & トバル

編集:エマニュエル・ジョリー

製作者:レナーテ・ザクセ、フェルナンド・ラタステ、ジャウマ・ロウレス他

データ:製作国フランス、チリ、スペイン、スペイン語、2015年、82分、ドキュメンタリー、主な撮影地:西パタゴニア、チリ公開:929

受賞歴:ベルリン映画祭2015銀熊脚本賞・エキュメニカル審査員賞、山形国際ドキュメンタリー映画祭2015山形市長賞、ビオグラフィルム・フェスティバル2015(ボローニャ)作品賞・観客賞ほか、エルサレム映画祭2015ドキュメンタリー賞、フィラデルフィア映画祭2015審査員賞、各受賞。サンセバスチャン映画祭2015「ホライズンズ・ラティノ」正式出品、他ノミネーション多数。

 

登場する主な語り部たち

ガブリエラ・パテリト(カウェスカル族の末裔、推定73歳。手工芸品製作者)

クリスティナ・カルデロン(ヤガン族の末裔、86歳。文化・歴史・伝説の伝承者、

  手工芸品製作者)

マルティン・G・カルデロン(クリスティナの甥、古代からの製法でカヌーを製作している)

ラウル・スリタ(拷問を受けた共産党活動家、詩人。2000年国民文学賞を受賞)

ガブリエル・サラサール(アジェンデ政権時の極左派MIRの活動家。チリ大学哲学科・法科の教授、2011年国民賞受賞)

クラウディオ・メルカド(人類学者、実験音楽の作曲家・演奏家、伝統音楽の継承者)

ラウル・ベアス(ボタンが付着したレールを引き上げたダイバー)

フアン・モリナ(197911月のデサパレシード投棄に携わったヘリコプターの元整備士)

アディル・ブルコヴィッチ(ヘリコプターで海中に投棄されたマルタ・ウガルテの弁護士)

ハビエル・レボジェド(遺体を海中に投棄するため胸にレールを括りつける行程を再現したジャーナリスト・作家)

パトリシオ・グスマン<影の声>

パス・エラスリス(写真家、カウェスカル族の写真提供者)

マルティン・グシンデ(写真家・司祭、セルクナム族のモノクロ写真提供者)

 

プロット:大洋は人類の歴史を包みこんでいる。海は大地と宇宙からやってくる声を記憶している。水は星の推進力を受け取って命ある創造物に伝えている。また水は、深い海底で廻りあった二つのミステリアスなボタンの秘密を守っていた。一つはパタゴニアの先住民の声、もう一つは軍事独裁時代の行方不明者の声、水は記憶をもっている。宇宙に渦巻く水の生命力、パタゴニアに吹く乾いた風、銀河系を引き裂く彗星、チリの歴史に残る悲劇的なジェノサイド。チリの片隅から眺めたすこぶる個人的な要素をもつパトリシオ・グスマンの<影の声>は、純粋さと怒りに溢れている。これは記憶についてのエレガントで示唆に富む美的思索のドラマ。      (文責:管理人)

 

         チリの歴史を凝縮した水の言葉―-二つのボタン

 

A: チリの北部アタカマ砂漠から始まった水と宇宙についての物語のテーマは、アンデス山脈に沈み込む最南端の西パタゴニアの水と氷の世界に私たちを導いてゆく。

B: 白ではなくまるで青いガラスの壁のような氷河の映像には息を呑みます。宇宙飛行士ガガーリンのように宇宙に飛びださなくても、地球が水の球体であることが実感できる。

A: 「地球は青かった」は不正確な引用らしいが、とにかく約70パーセント以上は海という球体です。なかでも全長4600キロに及ぶチリの国土は太平洋に面している。だから海洋国家なんですね。でも海の恵みを無視してきた歴史をもつ国家でもある。 

 


B: 自然の驚異を見せるための自然地理学の映画ではない。海に眠っていた二つのボタン、一つは19世紀末にやってきた白人によって祖国と自由を奪われた先住民の声を語るボタン、もう一つはピノチェトの軍事クーデタで逮捕されたデサパレシードの声を語るボタンです。

A: この二つのボタンの発見がなければ、このように理想的なかたちの映画は生れなかったかもしれない。このミステリアスなボタンが語り出すのは、闇に葬られたチリの歴史です。

B: 抽象的で思索的なメッセージなのに分かりやすく、ストレートに観客の心に響いてくる。忘れぽいチリ人に記憶の重要性を迫っていた前作よりずっと深化している。

 

  • desaparecido:広義には行方不明者のことですが、ラテンアメリカ諸国、特にアルゼンチンでは軍事政権下(197684)で政治的に秘密警察によって殺害された人々を指し、航空機・海難事故などの行方不明者は指しません。隣国チリでもピノチェト軍事政権下(197390)の行方不明者を指し、本作でもその意味で使われています。

     

           先住民やデサパレシードたちの墓場は海の底

     

    A: 遺族並びに体験者の最大の苦しみは、差別や迫害ではなく無関心だということです。たくさんの語り部たちの他に、例えば17回も南極大陸に旅し、冒頭シーンの撮影に協力した二人の冒険家、チリの完全な地図を制作した画家エンマ・マリク、先住民の写真を提供してくれた二人の写真家などが本作を支えています。

    B: 19世紀の初めにパタゴニアにやってきたイギリス船に乗せられて、石器時代から産業革命のイギリスに旅をして、ジェミー・ボタンと名付けられた悲劇のインディオ。1年後に戻ってきたが元の自分に戻れなかった。

 

               

                (パタゴニアの先住民)

 

  • A: 船長フィッツロイの任務は土地の風景や海岸線を描くことで、彼の地図は1世紀にわたって使用された。つまり白人の入植者に役立ったことが、皮肉にも先住民の文化破壊や、ひいてはジェノサイドにつながった。

    B: 当のフィッツロイ船長に悪意はなかったが、150年後に押し寄せた入植者には、先住民の存在は邪魔で目障りだったということです。

     

    A またヘリコプターから太平洋に投棄され、1976912日にコキンボ州の海岸に打ち上げられたマルタ・ウガルテ、レールが外れて浮上した。海底を捜索したらもっとレールは見つかるはずだと監督。

    B: 殺害された人数は約3000人、うち1200人から1400人が海や湖に沈められたからですね。

     

  •         

  •          (軍事独裁時代の犠牲者を船中から探すグスマン監督)

     

    A: 800個所もあったという強制収容所の一つ、ドーソン島に収監されていた人々の声を拾っている。逮捕監禁され拷問を受けた人数は35,000人ともその倍とも言われている。アジェンデ派の政治犯や反体制活動家だけでなく、存在そのものが目障りだった先住民、学生、未成年者もいた。アルゼンチンと傾向は同じです。

    B: 先住民のジェノサイド、18世紀には8000人が暮らしていたという西パタゴニアの先住民は、現在たったの20人しかいない、にわかには信じられない数字です。

     

    A: カウェスカル族の末裔ガブリエラが「神は持たないから、警察は必要ないから」カウェスカル語にはないとインタビューに答えていた。警察がないのは当たり前、聞くまでもないか。『光のノスタルジア』でも言ったことだが、本作にはドキュメンタリーとしてギリギリの演出がありますね。

    B: ヘリコプターからのダミー投棄の再現はいい例です。

    A: フレデリック・ワイズマンとの対談で「ドキュメンタリーが情報伝達だけのメディアにならないように」したかったと語っていましたが。

     

  •     

  •           (カウェスカル族の末裔ガブリエラ・パテリト)

     

          記憶をもたない国にはエネルギーがない

     

    B: 国際映画データバンク(IMDb)にも載っていなかったし、まさかサンチャゴで公開されていたなんて驚きです。現在の政権ミシェル・バチェレ(第2期)が影響してるのか、ベルリン映画祭の銀熊賞を無視できなかったのか()

    A 現在グスマンはパリに住んでおり、彼が創設者である「サンチャゴ・ドキュメンタリー国際映画祭(Fidocs)」で本作がエントリーされ帰国していた。「海を介して過去と和解する映画」と観客に紹介したそうです。「記憶を検証しなければ未来は閉じられる」とも。

     

    B: ベルリンのインタビューでは、チリではデサパレシードをテーマにした映画を作る環境にない、それが唯一できるのはアルゼンチンだけで、ブラジル、ウルグアイなどおしなべてNOだと語っていた。

    A: 「恐怖の文化」が国民を黙らせている。スペインの「エル・パイス」紙が反フランコで果たしたようなことを、チリの「エル・メルクリオ」紙は果たしていない。それは「報道の自由、映像の自由」がないからです。軍事独裁が16年間に及んだこと、民政化は名ばかりで、グスマン監督も「暗黙の恐怖が支配している。政治に携わる人たちは、今もってアジェンデの理想を裏切っている」と語っていた。

     

    B: アルゼンチンの民主主義も脆弱と言われていますが、それでも民生化3年後にルイス・プエンソが『オフィシャル・ストーリー』(86)を撮ることができた。アカデミー賞外国語映画賞を初めてアルゼンチンにもたらし、今や古典といってもいい。

    A: ルクレシア・マルテルのメタファー満載の「サルタ三部作」も軍事独裁時代の記憶をテーマにしている。ここでは深入りしませんが字幕入りで見られる映画が結構あります。

     

    B: チリでもベテランのミゲル・リティンの“Dowson Isla 10”(直訳「ドーソン島1009)アンドレス・ウッドの『マチュカ』(06)や『サンチャゴの光』(08)、若いパブロ・ララインの「ピノチェト政権三部作」**など力作がありますが、アルゼンチンには遠く及ばない。

     

    「サルタ三部作」:『沼地という名の町』(La cienaga 01)、『ラ・ニーニャ・サンタ』(La nina santa 04)、『頭のない女』(La mujer sin cabeza 08

    **「ピノチェト政権三部作」:『トニー・マネロ』(Tony Manero 08)、“Post mortem10、『NO』(12

     

           私の家族はノマドでした―移動もテーマ

     

    A: 監督は「私の家族はノマド(放浪民)」と言うように子供の時から国内をあちこち移動している。チリは旧大陸からの移民国だから彼に限ったことではないが、ラテンアメリカ映画のテーマの一つは移動です。

    B: カンヌ映画祭でカメラドールを受賞した、セサル・A・アセベドの『土と影』も移動が重要なテーマでした。

    A: 映画仲間もすこぶる国際的、デビュー作El primer año”(1972)にはフランスの友人クリス・マルケル監督のプロローグ入りだった。サンティアゴで公開されたときには、彼も馳せつけ、フランスやベルギーでの上映にも寄与してくれたし、三部作「チリの戦い」(“La batalla de Chile”)の撮影にも協力を惜しまなかった。

    B: 2012年に91歳で鬼籍入りしたが、ゴダール、アラン・レネ、ルルーシュ、アニエス・ヴァルダなどが好きなシネマニアには忘れられない監督です。

     

    A: 「チリの戦い」の編集を担当したペドロ・チャスケル1932年ドイツ)は、7歳のときチリに移民、1952年にチリ国籍を取っている。共にチリの新しい映画運動を担ったシネアスト、軍事クーデタでキューバに亡命、1983年帰国、キューバではICAICで編集や監督の仕事をしていた。

    B: 彼もノマドかな。

    A: 本作には関わっていないが、彼のドキュメンタリーというジャンルの的確な判断の手法が影響しているそうです。「クール世代」と言われる前出のアンドレス・ウッドやパブロ・ララインを育てたカルロス・フローレス・デルピノなども、チリの民主化に寄与しています。彼は1994年設立の「チリ映画学校」の生みの親、2009年まで教鞭をとっていた。

     

                不寛容と偏見に終わりはない

     

    A: 現代のチリでは、ホモセクシャルの人間に権利はないと監督、『家政婦ラケルの反乱』で大成功をおさめながらニューヨークに本拠を移したセバスチャン・シルバなどがその好例です。チリではパートナーと一緒に暮らすなどできない。それに彼は自信家でハッキリものを言うタイプだから、先輩シネアストの心証が良くないのかもしれない。

    B: ラテンビートで『マジック・マジック』と『クリスタル・フェアリー』がエントリーされたが、英語映画にシフト変更です。彼もララインの仲間ですが、現状が続くと才能流出も止まらない。

     

    A: 今ではラテンアメリカ諸国の軍事独裁政は、赤化をなんとしてでもキューバで食い止めたいCIAの指導援助の元に行われたことが明らかです。

    B: 拷問の手口が金太郎の飴だった。ベトナムで培った方法を伝授した。商社や大使館の職員に身をやつしてパナマにある養成機関で教育した。

    A: チリの「No」か「Yes」の国民投票をピノチェトに迫ったのも事態を沈静化したいCIAの思惑で行われたが、結果は逆方向になってしまいました。

     

    B: アンデス山脈を中心に第三部が作られる話が聞こえてきています。

    A: チリは有数の火山国でアンデス山系には多くの活火山がある。火口や火口湖にもデサパレシードを投棄したからじゃないか。アタカマ砂漠、太平洋、アンデス山脈、この三つに犠牲者は弔ってもらうことなく眠っています。

     

    パトリシオ・グスマン監督のキャリア&フィルモグラフィーは、前回の『光のノスタルジア』を参照してください。

     

『光のノスタルジア』 星と砂漠*パトリシオ・グスマン2015年11月11日 11:39

★東京国際映画祭で見たホセ・ルイス・ゲリン『ミューズ・アカデミー』を先にアップするつもりでおりましたが、鑑賞しているあいだ最近見たばかりの『光のノスタルジア』と『真珠のボタン』の寡黙でありながら雄弁な語り口が思い出され、ゲリンになかなか入りこめなかった。このパトリシオ・グスマンの作品を先に文字にしないと先に進めない。と言っても語る言葉が容易に見つからないんだが。まずデータでウォーミングアップしよう。

 


     『光のノスタルジア』“Nostalgia de la luz 2010

製作:Atacama Productions () / Blinker Filmproduktion & WDR () / Cronomedia (チリ)

監督・脚本・編集:パトリシオ・グスマン

撮影:カテル・ジアン

音響:フレディ・ゴンサレス

音楽:ミランダ&トバール

編集(共同):エマニュエル・ジョリー

製作者:レナーテ・ザクセ

データ:製作国フランス=ドイツ=チリ、言語スペイン語、英語、ドキュメンタリー、90分、カラー(資料映像のモノクロを含む)、チリ公開未定、フランス、ドイツ、USA、イギリス、日本などで公開

受賞歴:ヨーロッパ映画賞2010ドキュメンタリー賞、アブダビ映画祭2010ドキュメンタリー「ブラック・パール賞」、国際ドキュメンタリー協会賞2011IDA賞」、シェフィールド・ドキュメンタリー映画祭2011スペシャル・メンション、ロサンゼレス・ラテン映画祭2011審査員賞、山形国際ドキュメンタリー映画祭2011最優秀賞、トロント映画祭2012TFCA賞」などを受賞

映画祭ノミネーション:カンヌ映画祭2010コンペ外正式出品、ほかにメルボルン、トロント、サンセバスチャン、リオデジャネイロ、サンパウロ、ビアリッツ(ラテン部門)、テッサロニキ・ドキュメンタリーなどの国際映画祭で上映された。

 

登場する主な思索者たち

ビクトリア・サアベドラ(行方不明者デサパレシードの弟ホセの遺骨を28年間探し続けている)

ビオレータ・べりオス(デサパレシードのマリオの遺骨を28年間探し続けている)

ガスパル・ガラス(軍事クーデタ後に生れた若い天文学者、人類と宇宙の過去を探している)

ラウタロ・ヌニェス(数千年前のミイラと遺骨を探す女性たちと語り合える考古学者)

ミゲル・ローナー(強制収容所から生還できた記憶力に優れた建築家)

ルイス・エンリケス(星座を観察することで生き延びた強制収容所体験者、アマチュア天文学者)

ビクトル・ゴンサレス(ヨーロッパ南天天文台のドイツ人技師)

V・ゴンサレスの母(クーデタ後ドイツに亡命、現在は遺族のヒーリングマッサージをしている)

バレンティナ・ロドリゲス(両親がデサパレシード、天文団体の職員、二児の母)

バレンティナの祖父母(誕生したばかりのバレンティナを養育した)

ジョージ・プレストン(人間は星の中に住む宇宙の一部と語る天文学者)

 

プロット:チリの最北端アタカマ砂漠では、天文学者たちが約138億年前に誕生した宇宙の起源に関する答えを求めて星を見つめ続けている。一方地表では、考古学者が数千年前の人類の歴史を探して発掘している。更に女性たちがピノチェト独裁政権時代に殺害され砂漠に遺棄された家族の遺骨を求めて掘り続けている。共に目的の異なる過去への旅をしているが、もう一人の過去の探求者グスマンに導かれ砂漠で邂逅する。                  (文責:管理人)

 

       グスマンを駆り立てた二人の女性のパッション

 

A: フィルモグラフィーを見ると、2005年に「私のジュール・ヴェルヌ」を撮った後、少し長い4年間のブランクがある。テーマははっきりしているのにカチッと鍵が回らない。このブランクは自問しながら格闘している監督の時間です。ところが28年間も家族の遺骨を探し続けている二人の女性に出会って、突然砂漠と星がシンクロする。こういう瞬間を体験することってありますね。

B: 彼は子どもの頃からの天文学ファンで最初のガールフレンドは考古学者だった。しかし天体望遠鏡を通して見える宇宙の過去とか、砂漠を発掘して過去を辿る話を撮りたかったわけではない。

 

A: 付録として最後に簡単なプロフィールを紹介しておいたが、彼の原点は「もう一つの911」と言われる、1973年のピノチェト軍事クーデタにある。常にその原点に立ち戻っている。5年後に撮った『真珠のボタン』も本作に繋がり、テーマは円環的だから閉じることがないのかもしれない。

B: 一応二部作のようだが、「チリの戦い」のように三部作になる可能性もあるね。

 

A: 監督はクーデタ後、逮捕されて2週間国立競技場に監禁されるという体験の持ち主、まかり間違えば行方不明者デサパレシードになる可能性があった。

B: 日本でも多くのファンがいるシンガー・ソング・ライターのビクトル・ハラが監禁されたと同じ競技場ですか。

A: 彼はチリ・スタジアムのほうで、5日後の916日には銃殺されています。サンチャゴの親戚を訪問中に偶然クーデタに遭遇したロベルト・ボラーニョも逮捕監禁された。なんとか友人たちの助けで無事メキシコに戻れましたが、人権などクソみたいな時代でした。

B: 行方不明者の6割が未だに分かっていないそうだから、まだ終わっていない。世界の映画祭で上映され公開もされていますが、本作も『真珠のボタン』もチリ国民は、見ることができません。

 

A: 映画の存在さえ知らないのではないか。30年前に起こったことを教科書は載せていないから、チリの子どもたちが学校で学ぶことはない。ということはクーデタ以後に生れた世代はクーデタがあったことさえ知らないですんでいる。死者の中には先住民、外国人、未成年者も含まれている。逮捕され強制収容所に送られた人数が3万人とも10万人とも言われているのに、チリの夜明けは遠い。

B: アジェンデ大統領の孫娘が撮った『アジェンデ』の中で、「祖父のことを話すことは家族のタブーだった」と監督が語っていたが、家族どころか国家のタブーなんだ。

 


A: 事実の検証はチリ国民が抱える負の遺産だが「あったことをなかったことにすることはできない」。チリの慣例では元大統領は国葬ということですが、2006年当時の大統領ミシェル・バチェレが拒否した。父親が犠牲者だったことや自身も亡命を余儀なくされたのを配慮して見送られたとも。しかし、陸軍主催の葬儀は認めざる得なかった、それが当時の限界だった。

B: 日本でもその盛大な葬儀の模様がニュースで流れたが複雑な感慨を覚えた。遺骸に唾を吐きかける人、チリ国民をアカの脅威から守った偉大な大統領と賞讃する人、対話が始まるのは半世紀先か、1世紀後か。映画から伝わってくるのは今でもチリ社会は暗闇の中ということ。

 

           これはドキュメンタリーですか?

 

A: さて映画に戻して、ドキュメンタリーではなくフィクションを見ていると感じた人が多かったかもしれない。でもドキュメンタリーって何だろうかドキュメンタリーの定義は、一般的には作り手の主観や演出を加えることなく記録された映像作品を指すのだろうが、実際そんなドキュメンタリーは見たことない。この定義だと「できるだけ客観性や中立性を重んじる」報道とどこが違うのか。個人的にはドキュメンタリーもフィクションの一部と思っている。

B: 報道が客観性を欠くとプロパガンダになりかねないから当たり前です。本作はメタファーを媒介して監督の世界観が語られているから、定義を尊重するとドキュメンタリーではないことになるね。

 

A: 世界の代表的なドキュメンタリー作品は、すべて「ドキュメンタリーではない」ことになる。以前、ゴンサレス・ルビオの“Alamar”(2010メキシコ)がトロント映画祭で上映され、ドキュメンタリーなのかフィクションなのか曖昧だということで、「これはどちらですか」と訊かれた監督、「これは映画です」と返事していた()

B: 蓋し名答だ。役者が台本通りまたは監督の演出通りに演技するかしないかの違いだ。本作でも登場人物の中には監督の意図を慮って発言しているように感じられる人もいた。編集に苦労したんじゃないかと思う。

A: 特に『真珠のボタン』にはその傾向が強かった。例えばヘリコプターから行方不明者を海に投下する映像は再現ドラマだった。事実だから捏造ではないが、もし報道だったら許されないシーンだ。

B: ドーソン島にあった強制収容所の生存者を一堂に集めて、「ドーソン島の方角を指して下さい」というヴォイスが流れると、多くの人が同じ方向を指すシーンなんかも演出があったかも。

 

           過去を語る記憶­―現実は存在しない

 

A: 天文学者のガスパル・ガラスが、「現実で経験することはすべて過去のことです」と語るが、確かに宇宙的時間では現在という時間は存在しないに等しい。彼らは138億前のビッグバンで生れた宇宙の過去を探しているが、二人の女性はおよそ30年前の過去を探している。同じ過去を探しているが、「私は夜になればぐっすり眠れる。しかし彼女たちは朝起きれば苦しみが始まる」とガラス。

B: ここに登場する人々は、おしなべて思索者、寡黙だが心に響く言葉の持ち主だ。グスマン監督を尊敬し、監督も彼らを尊重しているのが伝わってくる。上から目線ではない。

A: 監督が自問しながら、観客に問いかけているのが伝わってくる。これが魅力の一つ。

 

B: 考古学者のラウタロ・ヌニェスの言葉も重い。もし自分の子どもが虐殺されたとしたら遺骨を探し続けるし、決して忘れない。何びとも死ぬ運命に変わりはないが、どこで眠っているのか分からなければ葬ってやれない。

A: まだ答えを見つけていないし、「遺骨を探すのは、マリオを見つけてきちんと葬ってやりたいから」とビオレータ・ベリオス。遺骨がなければ「弟が死んだという事実を受け入れることができない」と語るビクトリア・サアベドラ30年前の家族の骨を探す人々なんか、頭のおかしい人という批判に抵抗している。

B: 軍事政権を支えた人たちには、先住民と同じように彼らは目障りな存在なんだ。

 


   (デサパレシードを探し続ける遺族たち、左端ビオレータ、右から2番目ビクトリア)

 

A: 一番記憶に残った人というのは、孫のバレンティナ・ロドリゲスを育てたという祖父母、ソファに座り失語症になったかのように無言、凄いインパクトだった。

B: バレンティナは「私の両親が高い理想と勇気をもった素晴らしい人たちだったこと、私に人生の喜びを教え、幸せな子供時代を送らせてくれた人」と敬意をこめて語っていた。

 


               (我が子を抱くバレンティナ)

 

A: 建築家のミゲル・ローナーの記憶力には驚かされた。5カ所の強制収容所の体験者、その収容所の図面を正確に記憶して、亡命後そのイラストを本に纏めて出版した。彼が再現した記憶術の方法は「基本のキ」だ。図面を書いたらすぐさま粉々に破り捨ててしまう。処分したので覚えていられたと思う。

B: 発見される危険と語っていたけど。チリ国民が「そんなことあったなんて知らなかった」と言わせたいために記憶した。記憶も本作の主題だね。

A: 映像の美しさは言葉にしても何の意味もありません、スクリーンで見てください。

 


                (建築家ミゲル・ローナー)

 

監督キャリア&主なフィルモグラフィー

パトリシオ・グスマンPatricio Guzmán 1941年サンティアゴ生れ、監督、脚本家、フィルム編集、撮影、俳優。彼によると、生れはサンティアゴだが「うちは一個所にとどまって暮らすことがなく遊牧民家族のように放浪していた。そのたびに学校も変わり、ビニャ・デル・マルに住んでいたこともあった」と語っている。1960年チリ大学の演劇学校で歴史学科(61)と哲学科(6265)に所属していたが経済的理由で中途退学した。4年間出版社で働き、その間小説や短編を執筆している。

 

しかし仕事に情熱がもてず映画に転身、8ミリで短編を撮り始める。1965年、カトリック大学の映画研究所とのコラボで短編デビュー作“Viva la libertad”(18分)を撮る。毎年1作ずつ短編を撮りつづけるが満足できず、海外の映画学校を目指す。しかし奨学金が下りず、当時の妻パメラ・ウルスアが家財道具をすべてを売却してマドリードへの切符を調達してくれた。マドリードでは国立映画学校の入学資金を得るため広告代理店で働き、1969年入学、翌年監督科の資格を取得。スペインでも大きい広告会社モロ・スタジオではたらいた後、19713月、前年に誕生していたアジェンデ政権の母国に戻る。 


最初の長編“El primer año”を撮る。1973911日ピノチェトの軍事クーデタが勃発、逮捕される。2週間国立競技場に監禁されるが、妻や友人たちの助けでチリを脱出、ヨーロッパへ亡命する。フランスの友人クリス・マルケル監督と一緒に仕事を開始、フランスのシネアストとの友好関係を維持しながら、キューバのICAICの援助を受けてドキュメンタリーを完成させている。

 

1997年サンティアゴ・ドキュメンタリー映画祭の創設者(Fidocs)、若いシネアスト・グループの援助や指導に当たっている。ヨーロッパやラテンアメリカの映画学校でドキュメンタリー映画の教鞭を執っている。現在は再婚したプロヂューサーのレナーテ・ザクセRenate Sachse(ドイツ出身)とパリ在住。先妻との間に二人の娘がおり共にシネアスト、しばしば父とコラボしている。

 

 

主な長編ドキュメンタリー

1972El primer año”「最初の年」100

アジェンデ政権最初の1年間を描く。友人クリス・マルケル監督のプロローグ入り

197579La batalla de Chile”「チリの戦い」(19757679)長編三部作、270

アジェンデ政権と軍事クーデタで政権が失墜するまでを描くドキュメンタリー

1987En nombre de Dios”「神の名において」100

ピノチェト軍事政権下で人権のためにチリのカトリック教会と闘ったドキュメンタリー

1992La cruz del sur”「サザンクロス」80

ラテンアメリカの庶民の信仰心についてのドキュメンタリー

1997Chile, la memoria obstinada”「チリ、執拗な記憶」58分中編、

チリ人の政治的記憶喪失についてのドキュメンタリー

2001El caso Pinochet”「ピノチェト・ケース」110

元独裁者ピノチェトのロンドンでの裁判についてのドキュメンタリー

2004Salvador Allende”「サルバドル・アジェンデ」102分、私的ポートレート

2005MI Julio Verne「私のジュール・ヴェルヌ」52分中編、フランスの作家の伝記

2010Nostalgia de la luz『光のノスタルジア』90分、省略

2015El botón de nácar『真珠のボタン』82分、省略

多数の短編、フィクションは割愛した。

 

国立映画学校1947年創立の国立映画研究所が、1962年改組されたもの。フランコ没後の1976年にマドリード・コンプルテンセ大学情報科学学部に発展吸収され現在は存在しない。卒業生にアントニオ・デル・アモ、アントニオ・バルデム、ガルシア・ベルランガ、ハイメ・チャバリ、イマノル・ウリベ、ホセ・ルイス・ボラウ、カルロス・サウラ、ピラール・ミロ、ビクトル・エリセなど他多数。スペインの映画史に名を残すシネアストが学んだ映画学校。