「ある視点」にサンティアゴ・ミトレの新作*カンヌ映画祭2017 ⑧2017年05月18日 16:34

        サンティアゴ・ミトレ、滑り込みセーフの「La Cordillera

 

       

         (アルゼンチン大統領のリカルド・ダリンとミトレ監督)

 

★最後のご紹介となったのが、追加作品としてノミネートされたサンティアゴ・ミトレの長編第3作目La Cordilleraです。第2作目の『パウリーナ』15)がカンヌ映画祭と並行して開催される「批評家週間」でグランプリを受賞、今度はカンヌ本体の「ある視点」に飛び級しました。デビュー作『エストゥディアンテ』11)も第2作もラテンビートで上映されたから、本作も今年のラテンビートを期待してもいいでしょう。新作は製作発表当初からリカルド・ダリンがアルゼンチン大統領、パウリナ・ガルシアがチリ大統領、ダニエル・ヒメネス=カチョがメキシコ大統領と、各国の大物俳優が出演するというので話題になっておりました。チリで開催されるラテンアメリカ「サミット」で炙り出されてくる問題は何でしょうか。政治的内容にコミットした映画ではなさそうですが。

 

  「La Cordillera(「The Summit」)2017

製作:Kramer & Sigman Films() / Union de los Rios, La() / Mod Producciones(西) / Movister(西) / ARTE France Cnema() / Maneki Films() / Telefe() /  協賛INCAA

監督・脚本:サンティアゴ・ミトレ(亜)

助監督:マルティン・ブストス(亜)

脚本():マリアノ・リィナス(ジィナス)

音楽:アルベルト・イグレシアス(西)

撮影:ハビエル・フリア(亜、『人生スイッチ』『エルヴィス、我が心の歌』)

美術:セバスティアン・オルガンビデ(亜、『エル・クラン』)

編集:ニコラス・ゴールドバートGoldbart

キャスティング:ハビエル・ブライエルBraier、マリアナ・ミトレ

衣装デザイン:ソニア・グランデ(西)

メイクアップ&ヘアー:マリサ・アメンタ、ネストル・ブルゴス、アンヘラ・ガラシハ

録音:フェデリコ・エスケロ、サンティアゴ・Fumagalli(仏)

プロデューサー:ウーゴ・シグマン(亜)、マティアス・モステイリン(亜)、フェルナンド・ボバイラ(西)、アグスティナ・ジャンビ=Campbell、フェルナンド・ブロム、シモン・デ・サンティアゴ、Didar Domehri、エドゥアルド・カストロ(チリ)、他エグゼクティブ・プロデューサー多数

 

データ:製作国アルゼンチン()=フランス=スペイン、スペイン語、2017年、政治的スリラー、114分、撮影地ブエノスアイレス、アルゼンチン南部バリローチェ、チリのサンティアゴ、首都から46キロ東方のスキーリゾート地バジェ・ネバドなど、期間は8週間。カンヌ映画祭2017「ある視点」ノミネーション524日上映、配給元ワーナーブラザーズ、アルゼンチン公開2017817

 

 主なキャスト

リカルド・ダリン(エルナン・ブランコ、アルゼンチン大統領)亜

ドロレス・フォンシ(マリナ・ブランコ、娘)亜

パウリナ・ガルシア(パウラ・シェルソン、チリ大統領)チリ

ダニエル・ヒメネス=カチョ(セバスティアン・サストレ、メキシコ大統領)メキシコ

エリカ・リバス(ルイサ・コルデロ、エルナン・ブランコの個人秘書)亜

エレナ・アナヤ(クラウディア・Klein、新聞記者)西

アルフレッド・カストロ(デシデリオ・ガルシア)チリ

ヘラルド・ロマノ(カステックス、アルゼンチン首相)

クリスチャン・スレイター(Dereck McKinleyデレック・マッキンリー)米

ラファエル・アルファロ(Preysler、パラグアイ大統領)

レオナルド・フランコ(ブラジル大統領)

マヌエルトロッタ(Yhon

 

プロット:アルゼンチン大統領エルナン・ブランコは、チリのバジェ・ネバドで開催されているラテンアメリカ諸国「サミット」に出席していた。会議のテーマは石油問題であるが、彼は娘婿が関わった汚職事件に巻き込まれており、公私共に非常に重大な決断を迫られていた。父親の依頼によって娘マリナも当地に滞在していた。身の安全と時間稼ぎ、要するに解決策を交渉するためであった。今までの物静かで家庭的な環境とは異なり危険をはらむものに変わろうとしていた。ざらざらした耳障りなストーリー、観客の理解を得られるでしょうか。

 

      

    (公私ともに岐路に立たされるエルナン・ブランコ大統領、大統領執務室にて)

 

         アルゼンチンとチリの大物揃いの采配に苦労したミトレ監督

 

★スタッフとキャストのリストを一見すれば、監督の苦労が分かります。リカルド・ダリンのために作られた映画ではないかと予想しますが、前回ご紹介した「La novia del desierto」や『グロリアの青春』の主役パウリナ・ガルシア、『バッド・エデュケーション』のダニエル・ヒメメス=カチョ、『ザ・クラブ』のアルフレッド・カストロ、アルゼンチンではアルモドバルの『私が、生きる肌』でブレークした個性派エレナ・アナヤも短期間ながら昨年10月にブエノスアイレス入りして撮影に臨んだ。同作でゴヤ主演女優賞を受賞しており今後のスペイン映画界を背負う女優に成長した。監督にとっては全て先輩シネアスト、3作目でよくこれだけオーケーしてもらえたとびっくりしています。

 

★娘マリナ役は監督夫人ドロレス・フォンシ1978年、アドログエ)、『パウリーナ』の主役を演じた理論派というか物言う女優の一人です。本作では離婚して双子を育てている母親という、世間がイメージする大統領の娘とは全然似ていない役柄。「マリナ・ブランコの横顔は、庶民で地位は高くない」という。彼女は役柄のデータは自由裁量ができるほうが好ましいと言う。『パウリーナ』では、自分がどう生きるかは自分で決める、人生の選択権は父親ではないというダイナミックな女性を演じた。まだ恋人関係だったミトレ監督の考えに魅了されたという。「男性に尽くすだけの女性、性的対象の娼婦だったり母親だったりの脚本には興味が持てない」と語っている。

 

     

             (本作撮影現場でのドロレス・フォンシ)

 

                          

                              (「トルーマン」のポスターを背に)

 

エレナ・アナヤ1975年、バレンシア)は、リカルド・ダリン扮する大統領をインタビューする新聞記者という役柄。製作者によれば「この映画の記者を演じるための強さを兼ね備えた」女優だと、日刊紙「クラリン」にオファーの理由を語っている。アナヤは日本でも8月公開がアナウンスされている『ワンダーウーマン』(17)に出演している。「DCコミックス」のアメリカン・コミックの実写映画、彼女はマッドサイエンティストのドクター・ポイズンになりますが、悪役でしょうか。語学が堪能だからスペインだけにとどまっていない。『私が、生きる肌』出演後、「この作品に出る前の自分には戻れない」と語っていたアナヤ、本作では大統領に接近していく小賢しいデーモンたちとも渡り合うようです。

 

     

             (リカルド・ダリンとエレナ・アナヤ)

 

★メキシコの男優のなかでも、ダニエル・ヒメネス=カチョ1961年、マドリード)は公開作品が多いほうでしょうか。マドリード生れということかスペイン監督とのコラボも多い。例えばアルモドバルの『バッド・エデュケーション』、パブロ・ベルヘルの『ブランカニエベス』が公開されている。他ロベルト・スネイデルの『命を燃やして』、ルイス・マンドーキの『イノセント・ボイス』、アルフォンソ・キュアロンのデビュー作『最も危険な愛し方』など、字幕入りで見られる映画が多数ある。今回はメキシコ大統領に扮します。「サミット」が開催されたサンチャゴ東方の海抜3030mのバジェ・ネバドの撮影シーンでは、全員がソローチェと言われる高山病でダウンしたそうです。スキー・リゾート地にある5つ星ホテル「バジェ・ネバド」が会議場になった。

 

  

 (日傘で強い日差し避けて撮影中の、監督、ダリン、ヒメネス=カチョ、バジェ・ネバドにて)

 

★ソローチェに苦しんだのがブエノスアイレスから60か所のカーブを曲がって昇ってきたアルゼンチン組、撮影に同行したクラリンの新聞記者も嘔吐しないように床に横になっていたとか。出席した12か国の大統領の集合写真撮影シーンでも失神する大統領が出たりで、なかなか全員揃ったシーンが撮れず遅延続きだったようだ(笑)。結局会議の模様はブエノスアイレスに戻って、シェラトンホテルに変更して撮ることになったようです。

 

  

            (バジェ・ネバド・ホテルの全景)

 

★『瞳の奥の秘密』でブレークしたリカルド・ダリンは、何回も登場させているので割愛しますが、「私は政治に巻き込むつもりはないよ」と誓っています。チリ大統領のパウリナ・ガルシアも前回ご紹介したばかりです。彼女はNetflixのシリーズ「Narcos」で麻薬王パブロ・エスコバルの母親役を演じているそうです。二人のツーショットは初めてでしょうか。

 

     

       (チリ大統領のパウリナ・ガルシアとリカルド・ダリン)

 

★予告編でもよく分かるのが大統領たちが着ているスーツの高級感、ダリンが着用している背広は、イタリアのメーカー「エルメネジルド・ゼニヤ」のもの、クラシックでありながら若々しいが売りの世界でも有数の高級服メーカー、銀座にも出店している。もう一つが「伝統を誇るイタリアン・テーラードのブリオーニを選んだ」と衣装デザイナーのソニア・グランデ、ウディ・アレン(『ミッドナイト・イン・バリ』『それでも恋するバルセロナ』)やアルモドバル(『ジュリエッタ』『抱擁のかけら』)が好んで採用するスペインのデザイナー。アルゼンチン大統領府の執務室で撮影したり、大分お金が掛かっているようですが、果たして回収できるでしょうか。

 

★「ある視点」の3作は以上です。ノミーションは全部で18本、どんな結果になるか、いよいよ開幕いたしました。

『パウリーナ』の作品内容、監督経歴、ドロレス・フォンシ紹介は、コチラ2015521

『瞳の奥の秘密』の紹介記事は、コチラ201489


「ある視点」にアルゼンチンから二人の女性監督*カンヌ映画祭2017 ⑦2017年05月14日 16:15

          デビュー作「La novia del desierto」がノミネーション

 

 

2番目にご紹介するのが、アルゼンチンの二人の女性監督セシリア・アバレリア・ピバト長編デビュー作La novia del desiertoです。アルゼンチン=チリ合作、『グロリアの青春』でブレークしたチリのパウリナ・ガルシアとアルゼンチンのクラウディオ・リッシがタッグを組んだようです。本作はカメラ・ドールの対象作品でもあります。昨今のチリ映画界の躍進は、アルゼンチンに劣らず目覚ましいものがありますが、いずれも合作ですが「批評家週間」のLos perrosLa familiaを加えて3作に、当ブログでは受賞した場合だけアップしている短編Selva(ソフィア・キロス・ウベダ)があります。本作はまだ予告編さえアップされておりませんが、ブエノスアイレスからアルゼンチン北西の州サン・フアンへ、チリとの国境沿いまで砂漠を横切って旅をする一種の<ロード・ムービー>のようです。ここでもラテンアメリカ映画に顕著なテーマ「移行」が語られるようだ。

 

 

 (左から、ピバト、リッシ、アタン、製作者エバ・ラウリア、Pantalla Pinamar20173

 

La novia del desierto(カンヌでは英題The Desert Bride2017

作:Ceibita Films / El Perro en la Luna / Haddock Films

   協賛Flora Films de Florencia Poblete(サン・フアン州のプロデューサー)

監督・脚本・共同プロデューサー:セシリア・アタン&バレリア・ピバト

撮影:セルヒオ・アームストロング

編集:アンドレア・チニョーリChignoli

音楽:レオ(ナルド)Sujatovich

プロダクション・デザイン:マリエラ・リポダス

プロダクション・マネージメント:フアン・デ・フランチェスコ

録音:パブロ・ブスタマンテ、マウリシオ・ロペス、他

衣装デザイン:ベアトリス・ディ・ベネデット、ジャム・モンティ

プロデューサー:エバ・ラウリア、アレホ・クリソストモ、、ラウル・リカルド・アラゴン、

        バネッサ・ラゴネ

 

データ:アルゼンチン=チリ、スペイン語、ドラマ、85分、撮影地ブエノスアイレス州、サン・フアン州、撮影期間1120日から1216日、カンヌ映画祭2017「ある視点」正式出品&カメラ・ドール対象作品、アルゼンチン公開10月予定

資金援助:アルゼンチンINCAAのオペラ・プリマ賞、チリのCNCAオーディオビジュアル振興基金、第66回ベルリナーレ共同製作マーケット、トゥールーズの製作中の映画プログラムに参加して、フランスのCNCの奨学金を得る。

 

キャスト:パウリナ・ガルシア(テレサ)、クラウディオ・リッシ(エル・グリンゴ)、マルティン・スリッパック

 

物語:ブエノスアイレスで住み込みの家政婦として働いていた54歳になるテレサの物語。何十年も家政婦という決まりきった仕事に埋没していたテレサだが、雇い主が家を売却することになり行き場を失ってしまった。ブエノスアイレスでは次の雇い主を見つけることができず、サン・フアン州の新しい家族のもとで働くことを受け入れる。旅の道連れもなく砂漠の危険な旅に出発するが、奇跡を起こすという「ディフンタ・コレア」のある最初の宿泊先で、彼女は一切合財が入っていたバッグを失くしてしまった。テレサはある行商人と旅を共にすることになるが、彼は途方に暮れたテレサに助けの手を差し伸べてくれた唯一人の人物だった。旅の最後にはテレサにも救いが待っているのだろうか。

 

    

    (テレサ役のパウリナ・ガルシアとエル・グリンゴ役のクラウディオ・リッシ

 

★長年住み込み家政婦として働いてきた身寄りのない女性の心の救済がテーマのようです。この映画で重要な「Difunta Correa」(今は亡きコレア)について、少し説明が必要だろうか。「ディフンタ・コレア」とは、今でもアルゼンチン人の信仰を集めている伝説上の女性デオリンダ・アントニア・コレアのことである。サン・フアン州バジェシートVallesitoに礼拝堂があり、願いをする人、願いを叶えてもらった多くの人々が巡礼に訪れている。このバジェシートの伝説「ディフンタ・コレア」に着想を得て作られた本作には、サン・フアン州の人々がエキストラとして多数参加しているそうです。

  

デオリンダはサン・フアン州アンガコで、夫クレメンテ・ブストスと小さい息子の3人で暮らしていた。しかし内戦の嵐が吹き荒れ、夫は隣州ラ・リオハで戦うため1840年ころ強制的に徴兵されてしまった。ラ・リオハを進軍中のゲリラ兵に無理やり捕らえられ、デオリンダも辛い日々を送っていた。夫との再会を願って探しに行こうと決心する。渇きと空腹に耐えて歩き続けたが、山の気候の厳しさやサン・フアンの砂漠の過酷さに耐えきれずに命を落としてしまった。近くを通った子供たちが赤ん坊の泣き声が聞こえるというので村人が行ってみると、母親は死んでいたが赤ん坊はお乳を吸っていた。これは奇跡だと近くのバジェシートに礼拝堂を建てて母親を手厚く埋葬し、今は亡きコレアDifunta Correa」と名付けて、「ディフンタ・コレア」と書かれた十字架の付いた花束を飾った。この奇跡が口から口へ延々と語り継がれ、今日でも巡礼者で賑わっている。大体こんなお話ですが、他にも多数のバージョンがあるようです。

 

  

  (花束に埋まった母親ディフンタ・コレアとお乳を飲んでいる赤ん坊、サン・フアン州)

 

★奇跡を願う人々は古今東西、なくなることはありません。キリスト教と共存しながら伝説や神話は絶えることなく生き続けています。「ディフンタ・コレア」は砂漠のオアシスとしての役目もあるのかもしれません。本作で目立つのが監督を含めて女性シネアストの活躍です。それにアルゼンチンとチリ両国のスタッフが交じり合って担当していることです。例えば、衣装デザインのベテラン、ベアトリス・ディ・ベネデット(ルシア・プエンソの『ワコルダ』のデザイナー)やプロデューサーのエバ・ラウリアバネッサ・ラゴネはアルゼンチン人、撮影はラライン映画(『ザ・クラブ』『トニー・マネロ』『ネルーダ』など)を手掛けているセルヒオ・アームストロングと編集のアンドレア・チニョーリ(ララインの『トニー・マネロ』や『NO』アンドレス・ウッドの『ヴィオレータ、天国へ』など)はチリ人です。圧倒的にアルゼンチン人ですが、主役にはチリのパウリナ・ガルシアを据えています。

 

★セバスティアン・レリオの『グロリアの青春』13)で受賞できる賞の全てを手に入れた感のパウリナ・ガルシアは、女優の他、監督、劇作家としても活躍しています。EFEのインタビューによれば「長い間、私たちの国はアジェンデとピノチェトの対立により政治的条件が厳しく、他の国との合作映画など考えられなかった。チリでは経済力のある階級の人々は文化に対する理解が十分とは言えない。だから映画に携わる人の生活は恵まれていないのです」と、合作映画に出演できた喜びを語るガルシア。「まだ夜が明けたばかり、民間分野とアーティストたちの交流を図るための公的政策が足りないのです」とも。今年のカンヌには出席する予定だが、「チリとフランスの関係は非常に長い歴史をもっている。たくさんのアーティスト、製作者、監督が1970年代にはパリで暮らしていた。それでフランス映画のプロフェッショナルな人々との繋がりは強いのです」と、確かにそうですね。「批評家週間」ノミネートの「Los perros」や「La familia」を含めると、50人くらいの関係者が今年のカンヌに行くそうです。

 

      

            (サン・フアンの荒れ地にたたずむテレサ)

 

二人の監督紹介

バレリア・ピバトValeria Pivato は、アルゼンチンの監督、脚本家、プロデューサー。フアン・ホセ・カンパネラのEl hijo de la noviaのアシスタント監督やキャスティング、同Luna de Avellaneda『瞳の奥の秘密』のスクリプト、パブロ・トラペロの『檻の中』にアシスタントの共同監督に参加、テレドラも手掛けている。本作で長編デビューを果たした。他にウォルター・サーレス、ミゲル・ペレイラ、フアン・ソラナスなどとコラボしている。

  

セシリア・アタンCecilia Atánは、1978年ブエノスアイレス生れ、監督、脚本家、プロデューサー、女優。監督としては2012年短編El marやテレドラも手掛けている。アシスタントや助監督としての経歴は長い。アルベルト・レッチのNueces para el amor2000)にアシスタント監督として参画、同作はハバナ、カルタヘナ、ビニャ・デル・マル各映画祭で作品賞を受賞した話題作。他ホセ・ルイス・アコスタのNo dejaré que no me quierasなど、スペインとの合作映画もある。また五月広場の母親たちのドキュメンタリーMadres de Plaza de Mayo, la historiaを撮っている。他にエクトル・ベバンコ、アレハンドロ・アグレスティなどともコラボしている。 

    

              (セシリア・アタンとバレリア・ピバト)

 

★カンヌが近づくにつれ情報が入ってきましたが、例えば、どうしてヒロインにアルゼンチンではなくチリの女優を選んだか、主要登場人物にシニアを設定したのはなぜか、アイデアの誕生など少しずつ分かってきましたが、今回はとりあえずこれでアップしておきます。 

『キリング・ファミリー 殺し合う一家』*アドリアン・カエタノ2017年04月09日 16:37

         

「シネ・エスパニョーラ2017で一番面白かったのがイスラエル・アドリアン・カエタノの本作でした。作品・監督紹介は大分前にアップ済みですが、一応基本データを繰り返すと、原題はEl otro hermano(仮題「もう一人の兄弟」)英題は「The Lost Brother」、原作カルロス・ブスケドの小説Bajo este sol tremendoの映画化、製作国アルゼンチン=ウルグアイ=スペイン=フランス合作アルゼンチン映画、言語スペイン語、2017年、スリラー、113分、マイアミ映画祭2017ワールド・プレミア、マラガ映画祭正式出品、アルゼンチン公開330日、日本公開325

 

    

キャスト:ダニエル・エンドレル(ハビエル・セタルティ)、レオナルド・スバラグリア(ドゥアルテ)、アンヘラ・モリーナ(モリーナ先妻マルタ)、アリアン・デベタック(ダニエル・モリナ)、パブロ・セドロン(屑鉄エンソ)、アレハンドラ・フレッチェネル(エバ)、マックス・ベルリネル、ビオレタ・ビダル(銀行出納係)、エラスモ・オリベラ(死体安置所職員)他

 

プロット:長らく音信の途絶えていた母親と弟の死を発端に闇の犯罪組織に否応なく巻き込まれていくセタルティの物語。セタルティは打ちのめされた日々を送っていた。仕事もなく、何の目的も持てず、テレビを見ながらマリファナを吸って引きこもっていた。そんなある日、見知らぬから母親と弟がアルゼンチン北部のラパチトで内縁の夫モリーナから猟銃で殺害されたという知らせがもたらされる。ブエノスアイレスからその寂れた町ラパチトに家族の遺体の埋葬と僅かだが掛けられていた生命保険金を受け取る旅に出発する。ラパチトではドゥアルテと名乗る顔役が彼を待ち受けていた。元軍人で家族殺害したモリナの友人であり遺言執行人もあるという。しかしこの謎めいた男の裏の顔は複雑に入り組んだ町の闇組織を牛耳るボス、誘拐ビジネスで生計を立てているモンスターであった。セタルティは保険金欲しさにずるずると予想もしなかったドゥアルテのワナにはまっていく。

 

        冷血漢が灼熱の太陽のもとで繰り返す悪のメタファーは何か?

 

A: 原題と邦題のタイトルがこれほどかけ離れているのも最近では珍しい。英題「The Lost Brother」のカタカナ起こしのほうがよほどぴったりしている。多義的な「lost」には「otro」の意味はありませんが内容的に優れたタイトルになっています。

B: 邦題は悪すぎ、「キリング・ファミリー」と副題の「殺し合う一家」のどこがどう違うのやら。アドリアン・カエタノ監督(モンテビデオ1969)が邦題を知ったら「?!」でしょうね。

 

A: タイトルは自由に付けていい決まりですが、作品の顔ですからただセンセショーナルだけではいただけない。邦題の悪口は言わない主義ですが、これは残念です。前回の『クローズド・バル~』同様メタファーが多く、アルゼンチン=サッカー王国、マラドーナ、メッシ、タンゴの豆知識だけでは映画のすごさは分かりにくい。少なくとも3万人の行方不明者を出したと言われる軍事独裁政権時代(197683)が背景にあることだけは押さえておきたい。

B: お金目当ての誘拐、地下室監禁、脅しの手口、性的虐待、ディオニソス症候群など、汚職まみれの残酷すぎるアルゼンチン社会のメタファーが分からないと、単なる平凡で陳腐な殺人ごっこにしか見えません。

 

    

      (新しい獲物セタルティの値踏みをするドゥアルテの下卑た笑い顔)

 

A: 小悪党ドゥアルテと行き当たりばったりの人生を送っているセタルティは同世代、生き方は違うように見えるが同じ穴の狢の似た者同士です。彼らは法が機能しなかった独裁政権時代の犠牲者あるいは継承者、いわゆる「道に迷った子供たち」を象徴しています。

B: 「くそったれ」しか学んでこなかった。大体40歳前後に設定されているようです。この世代はきちんとした教育を受けられず、悪事や憎しみを正当化し、裏切りやレイプは当たり前、愛を語ることなど人間のもろさだと思わされて育った特異な世代です。

 

A: 誘拐してきたエバを地下室に監禁して、自分の排泄物を処理するがごとくレイプする。このシーンはかつての独裁政権があちこちに散在していた強制収容所で行っていたことの再現ですね。ラパチトはチャコ州にある実在の町、原作者カルロス・ブスケド1970)はチャコ州の出身、この地方を熟知している。

B: 夏は日差しが強く、埃りの舞い上がる寂れた町でメタボ気味のセタルティは汗まみれになる。この猛暑もメタファーでしょうか。

 

A: 脚本を見せられ即座に出演を決めたダニエル・エンドレル(モンテビデオ1976、セタルティ役)が、アルゼンチン公開前のインタビューで「監督から体重を増やしてくれと頼まれた」と語っていた(笑)が、家族の埋葬は口実、保険金が目当てでやってきた意志の弱い男が次第に欲に釣られて深入りしていくプロセスが面白い。

B: 初対面からドゥアルテの危険な悪事に気づきながら、かけらだが良心は残っているのに、ずるずると深みにはまっていく。

 

 

  (左から、スバラグリア、監督、メタボが若干解消されたエンドレル、公開前の記者会見)

 

A: 早くブラジルで人生をやり直そうと未来が見えてきたのに弱さが勝つ。彼らのようなアウトサイダーは、民主化されても真面な労働力と見なされない。殺害者モリーナの息子ダニエルもきちんとした教育を受けていないから、ドゥアルテに不信を抱きながらも悪事に手を染めていく。関係を切りたくても、その後の人生設計が思い描けない。

B: 母マルタはスペインからの移住者、モリーナの先妻という設定でした。モリーナは内縁の妻と息子を殺害したあと自殺したことになっているが事実かどうか分からない。邪魔者になって消されたのかもしれない。息子ダニエルは父親の埋葬のさい、幼くして死んだ同名の兄がいたことを初めて知る。

 

A: もう一人の兄弟の存在ですね。長男のクリスチャン・ネームは父親と同じにする仕来りがある。長男は「お前が生まれる前に死んだので、同じ名前を付けた」と母親は説明する。墓碑銘には「19831987」とあり、次男ダニエルが1987年以降に生まれたことを観客は知る。

B: ハビエル・セタルティとダニエル・モリーナに血縁関係はなく異母兄弟でもない。セタルティの母親とモリーナは内縁関係だから法的にも義理の兄弟にはならないわけですね。

 

A: 母親と一緒に殺害された弟の存在をセタルティは知らなかったようで、この弟はモリーナが父親かもしれない。セタルティにももう一人の兄弟がいたことになる。ドゥアルテは「el otro haemano」というセリフを何回か口にした。原題のキイポイントです。ワーキング・タイトルは原作と同じでしたが、最終的に変更したのでした。

B: マルタ役にスペインの大女優アンヘラ・モリーナ(マドリード1955)を起用できたことを監督は幸運だったと語っています。

 

A: 映画の中で唯ひとり人間性をもち続けたいと思っている人間、運命に翻弄されながらも息子ダニエルの更生を願う母親、捨てられながらも元夫を埋葬するという、吐き気を催すような登場人物のなかでは稀有の存在でした。

B: 掃き溜めに鶴、冒頭から薄命が暗示されていた。ダニエル役のアリアン・デベタックは初めて見る俳優ですが、自分の生き方に確信がもてないことが狂暴性に直結するという悪循環を断ち切れない青年を好演していた。センチメンタルで動揺しやすい青年役でした。

 

   

     (長男が眠る墓に夫の遺灰を撒くマルタと息子ダニエル、映画から)

  

        父親のいない孤児たち、アンチヒーローしか登場しない映画

 

A: 軍隊では先輩モリーナから様々なことを教えてもらったという小悪党ドゥアルテを好演したのがレオナルド・スバラグリア(ブエノスアイレス1970)でした。イケメンを卒業してマラガ映画祭2017では、大賞のマラガ賞、本作で銀の男優賞を受賞した。

B: マラガ賞はリカルド・ダリンも貰っていないはず、快挙に近い。軽薄に聞こえる声、薄汚い表情、お喋りだが内容は空っぽ、全てはお金のため、愛など無用の長物、病的なほど残酷なアンチ・ヒーローを体現した。これで女性ファンを大分失いましたが、役者として一皮剥けました。

 

A: ご安心ください。マラガに現れたスバラグリアはにこやかなイケメン、エンドレルもメタボを若干解消してお腹は引っ込んでいました。アンヘラ・モリーナも皺こそ深くなりましたが相変わらず美しい。カエタノ監督は欠席したのか、プレス会見にも姿がなかった。

B: ヒーローが出てこないのがカエタノ作品の特徴ですが、本作のもう一つのカギは移動父親不在です。これはラテンアメリカ文学の特徴の一つですね。

 

    

     (左から、スバラグリア、モリーナ、エンドレル、マラガ映画祭にて)

 

A: ドゥアルテには父親どころか全く家族の姿が見えない。セタルティも故郷トゥクマンを出てからは家族は不在、ダニエルは母子家庭同然だった。さらに誘拐されたエバに夫はなく、つまり電話にボイスで出演するエバの息子にも父はいない。息子には母親を救い出したいという意思がない。セタルティはトゥクマンからブエノスアイレス、さらにラパチトに流れてくる。そして最終目的地はブラジルということでした。

B: 崩壊した家族は崩壊したアルゼンチンをシンボル化しており、かつてセタルティの家族が住んでいた家は、今や廃屋となっている。鉄屑のガラクタ・コレクターの弟の存在も不気味です。

A: ディオニソス症候群らしい弟の存在と、それを買い取る屑鉄商エンソのメタファーは何でしょうか。エンソを演じたパブロ・セドロン(マル・デル・プラタ1958)は、人気テレビドラマで活躍しているベテランのようです。精彩を欠くセタルティを手玉に取る、世故に長けた屑鉄商を飄々と演じていた。

 

      

       (屑鉄商エンソにガラクタの値段交渉をするぱっとしないセタルティ)

 

              

B: トラクターの売却代金を狙われ、ドゥアルテの餌食になるエバを演じたのは、アレハンドラ・フレッチェネルでした。

A 脇役に徹して映画とテレドラで活躍している。今回は猿ぐつわをされている役なのでセリフが少なく難しい役だったと語っている。目で演技ですから、ごまかしが効かない。独裁政権下で地下室に押し込められ犯された多くの犠牲者のメタファーです。パブロ・トラペロの『エル・クラン』15を思い出した観客もいたはずです。

B: あちらの時代背景もポスト軍事独裁時代でしたが、誘拐ビジネスの根は前の軍事独裁政にありました。アルゼンチンの負の遺産はナチス同様、現代でも生き延びています。

 

 

 (左から、エンドレル、監督、デベタック、フレッチェネル、公開前の講演会にて)

 

          フレーミングの取り方、カメラの位置

 

A: カエタノ監督は、いわゆるアルゼンチン・ニューシネマ世代に属している。画面の切り取り方やカメラの位置に拘っていることがよく分かる作品でした。「構図は成り行き任せにしなかった。大変苦労したがその甲斐はあった」と。

B: フレーミングに拘ったレオポルド・トーレ・ニルソン(192478)に捧げられている。

A: 日本では『天使の家』(57)と『MAFIA血の掟』(72)が公開されている。アルゼンチン映画史では避けて通れない監督、脚本家です。

 

   

  (州都レシステンシアの銀行窓口で生命保険料の支払いを待つドゥアルテとセタルティ)

 

B: 原作を損なわずに、しかしかなり自由に映画化したようですが。

A: 読者と観客の違いを考えたということですかね。いずれにしろ小説と映画は別作品です。

 

作品紹介とアドリアン・カエタノのキャリア紹介は、コチラ2017220

レオナルド・スバラグリアのキャリア紹介は、コチラ2017313

アンヘラ・モリーナのキャリア紹介は、コチラ2016728

ダニエル・エンドレルのキャリア紹介は、コチラ2017220

 

マラガ賞にレオナルド・スバラグリア*マラガ映画祭20172017年03月13日 09:30

        一番の大賞であるマラガ賞に『キリング・ファミリー』のスバラグリア

 

★コンペティション作品紹介前にマラガ映画祭の主な特別賞を簡単に列挙しておきます。スペイン製作とイベロアメリカ諸国製作の垣根が取り払われたこともあるのか、受賞者にアルゼンチンとペルー出身者が選ばれました。二人とも日本での認知度はあるほうだと思います。まずはマラガ賞からご紹介。

各賞の性格については、コチラ201447

 

マラガ賞 レオナルド・スバラグリア1970年ブエノスアイレス生れ、俳優)

★特別賞のうち一番の大賞が「マラガ賞」、最近の受賞者は2014マリベル・ベルドゥ2015アントニオ・デ・ラ・トーレ2016パス・ベガとスペイン勢が受賞しています。最近はスペインを本拠地にアルゼンチンとスペインを行ったり来たりして活躍しているが、アルゼンチン出身のレオナルド・スバラグリアに贈られるのは珍しい。国内外の受賞歴を誇るリカルド・ダリンでさえもらっていないが、スペイン映画出演ではスバラグリアのほうが多い。最近アドリアン・カエタノの『キリング・ファミリー 殺し合う一家』でキャリア紹介をしておりますが、マラガ賞受賞ですから少しばかり補足して再構成します。16歳でデビュー以来トータルで50作を超えます。節目になった作品、受賞した話題作に絞ってのご紹介になります。

 

   

              (喜びのレオナルド・スバラグリア)

 

                    キャリア&フィルモグラフィー

 

16歳の1986年に『ナイト・オブ・ペンシルズ(監督エクトル・オリヴェラ)で長編映画デビューを果たす。本作では軍事独裁政権に抵抗する学生の一人に扮した。その後7年間はテレドラ出演が続き、1993年マルセロ・ピニェイロのTango feroz: la leyenda de Tanguito(スペイン合作)に脇役で出演、その演技が監督の目に止まり、2年後のCaballos salvajes(ウエルバ映画祭主演男優賞)やCenizas del paraiso97)出演につながった。当時はピニェイロの若手お気に入り俳優だった。1998スペインに渡り活躍の場をスペインにも広げるテレドラ出演と並行して2000年、ふたたびピニェイロの炎のレクイエムにエドゥアルド・ノリエガやパブロ・エチャリと出演、「銀のコンドル賞」にノミネートされるなど大成功を収めた。実話に基づいて書かれた小説の映画化、アルゼンチンでは映画より小説のほうが面白いと評されたが、映画も充分堪能できたのではないか。

 

   

     (札束を燃やすシーンのノリエガとスバラグリア、『炎のレクイエム』から)

 

★スペイン映画では、2001フアン・カルロス・フレスナディジョの10億分の1の男』がヒット、一気に国際舞台に躍り上がった。翌年のゴヤ賞新人男優賞を受賞、監督も新人監督賞を受賞した。日本でも公開され話題を呼んだサスペンス。しばらくスペイン映画出演が多くなる。例えば2002年ヘラルド・ベラのDeseoではセシリア・ロスやレオノル・ワトリングと共演、2003年にはマリア・リポルの『ユートピア』やビセンテ・アランダの『カルメン』など。その後アルゼンチンに戻り、2004年ルイス・プエンソの『娼婦と鯨』(スペイン合作)にアイタナ・サンチェス=ヒホンと、次いで最後のガローテ刑に処せられた実在のサルバドール・プッチ・アンティックにダニエル・ブリュールを迎えて撮った実話、マヌエル・ウエルガの『サルバドールの朝』06)では看守役になり、ゴヤ賞助演男優賞にノミネートされた。2007年ゴンサロ・ロペス=ガジェゴのEl rey de la monntana2009年ヘラルド・エレロのEl corredor nocturno、同年マルセロ・ピニェイロのサスペンス群集劇『木曜日の未亡人』では、銀のコンドル賞とスール賞にノミネートされた。 

   

      (危険なゲームを強要された男トマスを演じた10億分の1の男』から

  

2010年以降もアルゼンチンとスペインで活躍、2012年ロドリゴ・コルテスのハリウッド・デビュー作スリラー『レッド・ライト』(米国=西)にロバート・デ・ニーロやシガニー・ウィバーなどの大物俳優と共演、ハリウッド映画に出演したアルゼンチン俳優の一人となった。最近オスカー賞外国語映画賞2015ノミネーションのダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』3話「エンスト」)他、アナイ・ベルネリのロマンティック・ドラマAire libreや、マラガ映画祭2017正式出品の『キリング・ファミリー 殺し合う一家』、同正式出品のマルティン・オダラのNieve negraにも出演、ここではリカルド・ダリンと渡り合う。既にアルゼンチンでは公開されており、面白い、いや駄作と観客の評価は真っ二つに分かれている。コメディからサスペンス、シリアスドラマ、イケメンながら汚れ役も厭わない成長株。

 

 

     (Nieve negra」のポスターをバックにしたスバラグリア、右側がダリン)

 

『キリング・ファミリー』の紹介記事は、コチラ2017220

『人生スイッチ』の紹介記事は、コチラ2015729

  

『エル・クラン』 パブロ・トラペロを観る2016年11月13日 18:18

        アルゼンチンの脆弱な民主主義――モンスター家族のその後

 

  

 

★確かに衝撃的な内容ですが、1970年代後半の軍政時代の弾圧を知るアルゼンチン国民にしてみれば、それほど驚くような内容ではなかったのではなかろうか。もし驚愕したのであれば、それは社会でもや学校でも国民が自国の「現代史」を疎かにしていたことになる。軍政時代に反共を錦の御旗に国家がしたことを、民主化のせいで行き場をなくした個人が代行しただけともいえます。1980年初頭、軍事独裁政権の最後を支えていた人々の無責任と自由放任を利用できたからだといえる。この映画では3年間に4回実行された誘拐ビジネスとプッチオ父子とその実行犯の逮捕までが語られるのですが、重要なのは民主政権がウヤムヤにした軍事独裁政の総括、無関心に徹した国民、つまり名目だけの民主化でしょう。ここではモンスター家族のその後にスポットライトを当てたいと思います。

 

『エル・クラン』El clan”“The Clanの基本データ

製作:Kramer& Sigman Films / Matanza Cine / El Deseo / Telefe / INCAA / ICAA

監督・脚本:パブロ・トラペロ

脚本:フリアン・ロヨラ

撮影:フリアン・アペステギア

編集:アレハンドロ・カリーリョ

音楽:セバスチャン・エスコフェト

美術:セバスチャン・オルガンビデ

衣装:フリオ・スアレス

データベネチア映画祭2015監督賞(銀獅子)受賞作品アルゼンチン=スペイン、スペイン語、2015年、110分、伝記、スリラー犯罪物、撮影地ブエノスアイレス、配給元20世紀フォックス、公開:アルゼンチン2015813日、ウルグアイ93日、チリ924日、ペルー123日、日本2016917日(新宿シネマカリテ他)

 

   

 (左から、ピーター・ランサニ、監督、ギジェルモ・フランセージャ、ベネチア映画祭にて

 

キャスト:年齢は1985823日逮捕時のもの(公式サイトより)

ギジェルモ・フランセージャ(アルキメデス・プッチオ、元公務員・外交官、56歳、

  201384歳で没

ピーター・ランサニ(長男アレハンドロ、マリン・スポーツ用品店経営、地元ラクビーチーム

  Club Atletico San IsidroCASIカシ」の元選手、26歳、200849歳で没)

リリー・ポポビッチ(妻エピファニア、高校教師・会計学、53歳)

ジセル・モッタ(長女シルビア・イネス、美術教師、25歳、52歳で没)

ガストン・コッチャラーレ(次男ダニエル、通称マギラ、「カシ」の選手23歳)

フランコ・マシニ(三男ギジェルモ、?歳)

アントニア・ベンゴエチェア(次女アドリアナ、14歳)

ステファニア・コエッセル(アレハンドロの婚約者モニカ、幼稚園教諭、21歳)

その他、誘拐グループ(クラン)の実行犯、協力者たち

 

解説1980年代に4人を営利誘拐、多額の現金を手にした後に殺害していた「誘拐団プッチオ」の実話にインスパイアーされて製作された。首領アルキメデス・プッチオ並びにその家族は実在の人物であるが、映画の細部はフィクションである。プッチオ家はブエノスアイレス近郊サン・イシドロの高級住宅街にあり、道路に面した階下をマリン・スポーツの店舗にして、長男アレハンドロに経営を任せていた。人質を監禁していた地下室は外部に物音が漏れないよう密閉されていたが、昼日中の拉致、自宅監禁、拷問、殺害というプッチオ一族の凶悪な犯罪が、何故3年間も繰り返し可能だったのかが明らかにされる。しかしそれは軍事クーデタが勃発した1976年まで時間を遡っていくことになる。

作品&パブロ・トラペロ監督キャリア紹介は、コチラ⇒201587

ベネチア映画祭監督賞(銀獅子)の紹介記事は、コチラ⇒2015921

 

       コメディアン、ギジェルモ・フランセージャの蛇のような目

 

A: ラテンビートと重ならないよう封切り直後に鑑賞していたので、大分記憶が薄くなってしまっていますが、主人公アルキメデスを演じたギジェルモ・フランセージャの蛇のような目だけは忘れられない。

B: メキシコのA・キュアロンの『ルドandクルシ』08)、アルゼンチンに2個めのオスカー像をもたらしたJJ・カンパネラの『瞳の奥の秘密』09)で既に登場しています。コメディタッチの役柄が多かったから、本作のアルキメデス役に起用されたと知って驚きました。

A: 映画にしろTVドラにしろ殆どがコメディ、フランセージャ起用はトラペロ監督の慧眼です。コメディアンとしてアルゼンチンで知らない人はいないと言われているベテラン、1955年ブエノスアイレス生れだから、軍事クーデタが勃発した19763月には成人しており、大人の目で道路を走り回っていた戦車を見ているはずです。TVミニシリーズLos hermanos Torterolo1980、コメディ)デビューも間もなくでした。

 

B このクーデタは「起こるべくして起こった」と後に歴史家によって書かれるわけですが、誰も驚かなったというのも信じられないことです。

A: 民政といっても前も後ろもお粗末でしたから、突然知り合いが行方不明になっても関わりを怖れて「沈黙は金」を決め込むのは自然です。アルゼンチン社会にはびこっていたこの「無関心」が元凶です。前述の『瞳の奥の秘密』の時代背景は1976年クーデタの直前にあたります。本作は軍政から民政への移行期の198285年、3万人とも言われる行方不明者名を出した直後だけに、国民も拉致、監禁、殺害には慣らされていた時代でした。

B: 警察は通報を受けても捜索する気もないし、仮にプッチオ一家の犯罪を疑っていても逮捕しようとは思わなかったように思えます。

 

      民政化後のシークレット・サービス員の失業対策のひとつ?

 

A: アルキメデスは有能なシークレット・サービスの一員、軍事独裁政権では拷問のプロとして重宝がられていた。1982年のフォークランド戦争(319日~614日)の敗北を機に翌年総選挙が実施され、12月に民政化された。軍政時に幅を利かせていた軍幹部の多くが有罪となり、プッチオのような関係者は失業者となって生活の基盤を失ってしまった。同じ境遇の退職軍人や友人たちと一緒に始めたのがこの「誘拐ビジネス」でした。

 

B: このグループのリーダーだったのが企画立案者にして実行犯のアルキメデス、元の上司や官憲が半ば見逃していたのは、これが部下たちの一種の「失業対策」の一つだったと考えられます。

A: 第1回目の誘拐が軍政の終焉が予想されたフォークランド戦争後の1982722日、9日後身代金25万ドルを受け取ったあと殺害(要求額は50万ドルだったとも)、第2回目が198355日、10万ドル受領後殺害、所在不明だった遺体は4年後に発掘されている。

 

B: 驚くほどの大金ではないですね。被害者家族が払えるだろう金額を要求している。結局成功するのはこの2回だけ。長男が協力を拒否した1984622日の3回目は、誘拐途中に車から逃げようとした人質を慌てた仲間が胸に発砲、結果的に大事な金づるを死なせてしまい失敗する。最後の4回目でグループ全員が逮捕される。

A: この逮捕劇は、短編ドキュメンタリー“El Clan Puccio”を見ると、実際と映画では若干異なりますが、本作はドキュメンタリーではありませんから問題なしです。事件を握りつぶしていたらしい元上司も自分に累が及ぶのを懸念して庇いきれなくなったのではないか。軍政時に窒息させられていた人権活動家や労働組合の反撃が強まったこともありますが、将来性のあるビジネスとはいえませんから先は見えていたはずです。

 

B: 前3人は長男アレハンドロの友人だったり父親の知り合いだったりしたが、4人目のネリダ・ボリーニ・デ・プラドは葬儀社を経営していた実業家、家族が通報して警察も動かざるを得なかった。交渉を意図的に長引かせ、自宅軟禁も32日間という番狂わせになってしまった。

 

       

           (逮捕時の長男アレハンドロ、1985823日)

 

A: やっと身代金50万ドルで交渉成立、受け渡し現場に張り込んでいた警官に一網打尽となった。長男アレハンドロ3回目から実行には参加しておりませんが、自宅に一緒にいた恋人モニカの目の前で逮捕された。ボリーニ家の電話番号が書かれていた紙切れを所持していたことが逮捕の決め手となった。彼は拉致には協力しておりますが殺害には一切関与していない。それで最後まで罪を認めなかったようですが、父親から報奨金を貰っており無罪は通らない。現ナマの魅力は抗しがたいです。

        

  押しつけられた「家父長制」と歪められた「家族愛」の揺らぎ

 

B: 長男離脱のあと「家父長制」や「家族愛」にも揺らぎがみえ、瓦解は時間の問題だった。際立つのが母親エピファニアのモンスターぶり、長男が役立たずになったとみるや直ぐさま次男を呼び寄せる。不気味ですね。

A: 母親というのは本当に危険な存在です。彼女も逮捕されるが、証拠不十分で2年後に釈放される。80歳を過ぎた現在は、一時親戚に預けられていた次女アドリアナ(当時14歳)と暮らしている。父親と息子の相克、家族は助け合わねばならないという大義名分、これほど極端ではないが観客にも身近に起こりうることです。

 

B: 映画にも出てきましたが、長男はブエノスアイレス裁判所から移送中に係官の手を振り切って5階の回廊から飛び降り自殺をはかる。しかし運悪くというか2階部分の柔らかい屋根に落下、死ねなかった。これを含めて34回自殺を試みているという。

A: 刑務所内の精神病棟に収容され、2007年条件付きで釈放されたが、翌年49歳で没している。90年代初めの獄中結婚、1997年に仮釈放されるも犠牲者家族の圧力に耐えられず刑務所に舞い戻るなど、常に精神状態が不安定だった。

 

            自分は被害者、悪いのは民主化

 

B: 一方「自分こそ被害者」と死ぬまで罪を認めなかった父親アルキメデスも、ある意味、精神を病んでいたのではないですか。軍政が続いて失業しなければ誘拐ビジネスには手を染めなかった、悪いのは民政化という論理です。

A: アイヒマン同様、最後まで自分自身と家族、友人仲間の罪を認めなかったのは驚くに当たりません。箒で自宅前だけでなく反対側の道路も掃いているシーンがありましたが、当時から「箒の変人」という渾名を付けられていた。清掃が目的ではなく警戒と事情蒐集のためだった。近所の人もうすうす気づいていたが、知っていたと言えば、どうして通報しなかったと非難されるのを怖れて白を切っていたとも考えられる。今も昔も無関心は流行ですが、特に当時は蔓延していた。収監中に弁護士の資格を取り、数カ所の刑務所を経て、2008年、浴室設備のない住居指定の条件付きながら釈放、2013年脳血管障害のため、簡易ベッドの上で84歳の生涯を閉じた。

 

        

        (「120歳まで生きる」と豪語していたアルキメデス・プッチオ)

 

B: トラペロ監督は、アルキメデスからインタビューを持ちかけられていたが、海外にいて先延ばしにしていたところ死んでしまい叶えられなかったと語っておりましたが。

A: 脳腫瘍を患っていて精神状態は不確か、ただの下品な老人になっていたらしいから、事件の根幹に関わるような話が聞き出せたかどうか疑問です。2011年、El Clan Puccioの著者ロドルフォ・パラシオスがインタビューしたときでさえ、多くの女性たちとの性的関係を自慢され、呆気にとられたと証言しているほどです。

 

B: 死ぬ4カ月前に離婚していた元妻エピファニア、次男マギラにも接触しようとしたが拒絶されたと語っておりますが、自分たちはアルキメデスの犠牲者、被害者だったと正当化されるのがオチです。

A: エピファニアはアルキメデスの遺骨の受取を拒み、彼は共同墓地に埋葬された。マギラは最後のボリーニ誘拐事件の廉で、199813年の禁固刑を受けていたが、ブラジルやオーストラリアを逃げ回っていた。しかし2011年に刑の正式失効が下され、201311月に舞い戻っていた。司法取引で自由の身になったのでしょうが、実際のところボリーニは生還できたわけですからね。

 

   

              (プッチオ一家、前列が本物)

 

B: 残る家族のうちスポーツ選手だった3男ギジェルモ長女シルビアのその後は?

A: 3男は2回めの自宅軟禁で事件の概要を察知、遠征で訪れたニュージーランドにそのまま亡命して帰国していない。地下の軟禁部屋の階段を上り降りしたと証言した長女も当然嫌疑をかけられたが、母親同様加担した証拠が不十分で釈放されている。52歳でこの世を去っている。

 

       意図的だったBGMのミスマッチ、悲劇を裏切るような選曲

 

B: 当時のブエノスアイレスでは、軍政時代に禁止されていた「ブリティッシュ・ポップス」が流行していた。映像と音楽が齟齬をきたすような選曲は意図的だった。

A: このズレを批判しているブログもありましたが、事情が分かると納得します。スクリーンに現れた人間の二面性同様、ひねり具合というのも難しいですね。

 

B: 監督はフィクションの部分をできるだけ避けたと語っていますが、やはりフィクションです。

A: 新聞記事や残された写真や手紙から家族内の会話を構成するには限界があります。スクリーンで語られたセリフは想像であり創造でもあります。プッチオ関連ではドキュメンタリーの他、アレハンドロの獄中インタビューTV番組、TVミニシリーズHistoria de un clan20159月~11月、11話)がTelefeで放映されている。父親にアレハンドロ・アワダ、母親にセシリア・ロス、長男アレハンドロにリカルド・ダリンの息子“チノ”・ダリンが扮している。

B: アレハンドロ・アワダはこのアルキメデス役でマルティン・フィエロ賞を受賞しており、2015年は「プッチオ・フィーバー」の年でした。 

 

引きつる笑い『名誉市民』*ラテンビート2016 ⑩2016年10月23日 15:53

      故郷を捨てた作家がノーベル文学賞を貰って帰郷するとどうなるか?

 

『ル・コルビュジエの家』の監督コンビ、ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーンが放つアルゼンチン風のブラック・コメディ。冒頭シーンから笑わせますが、これまたあり得ない、少し悪ノリしたストーリーでした。アルゼンチンの観客は、さぞかし居心地悪かったのではないでしょうか。「預言者故郷に容れられず」の諺どおりノーベル賞作家ダニエルも「ただの人」だったと思わせて、最後の最後にどんでん返しがありました。アカデミー賞2017のアルゼンチン代表作品に選ばれました。 

     

            (ガストン・ドゥプラットとマリアノ・コーン)

 

A: いやはや、この最後のシーンがなければ平凡な筋書きで、それに少しばかり長すぎて「カット、カット」でしたが、最後に一本取られました。

B: 「コメディは90分以内がベター」と言ったのはアルモドバルでしたが、〈118分〉は長すぎました。故郷を捨てた成功者が凱旋すれば、起こるだろうことが起こっただけで、予測の範囲内でした。ホラー・コメディの『ル・コルビュジエの家』の不気味さ、奇抜さにはかないません。

 

A: 故郷に錦を飾るのは難しい。今は親友アントニオの妻になっている元恋人イレネから帰郷したことを詰られていましたが、せっかく忘れていた心の痛みをほじくり返され、あげく跳ねっ返り娘にまで被害が及んで気の毒でした。作家にしては想像力欠如というか、女心の機微が分からない、気難しいわりにはおスケベな小父さんでした。

B: しかし観客サービスも必要ですね。イレネの夫アントニオにしてみれば、遠路はるばるやってきて夫婦仲をかき回され、ただじゃおかないと仕返しのチャンスをヨワいオツムでフル回転させている。

      

          (40年ぶりに会うダニエルとイレネ、映画から)

 

     

    (笑顔だが内心面白くないアントニオと元恋人を取られて忸怩たる思いの作家)

 

A: ダニエルはノーベル賞をもらってから、5年間もスランプ状態、1作も書けないでいる。そんな折に生れ故郷サラスから「名誉市民」賞受賞の知らせが届く。

B: 40年前の母親の死をきっかけに故郷を捨てる。その10年後の父親の葬式にも帰郷しなかった。そんな恥知らずな男が故郷に帰ればどうなるか、ノーベル賞作家でも人間的にはクソったれだ、というわけです。

A: 人気に陰りが見えるサラス市長は、次の選挙に勝てる自信がない。勝利するには豪華な花火を打ち上げねばならない。いささか古いニュースたが、確かノーベル賞を貰った作家がいたはずだ。彼に名誉市民賞をやるのはどうだろう。

 

B: 市長室にペロン大統領とファーストレディのエバ・ペロンの写真が壁に掛かっていた。

A: エビータが死んだのは1952年だから、半世紀以上も時代を遡ることになる。現在でもエビータ人気は根強いらしく、そこらへんを揶揄しているわけですね。ペロニスタが母体となっている正義党、通称ペロン党は最大政党でもある。

 

B: ホルヘ・ルイス・ボルヘスの名前も出てきましたが、「ボルヘスはノーベル賞を辞退した」と言わせている。彼はブエノスアイレス市の「名誉市民」賞は貰っていますが、ノーベル賞は受賞しなかった。

A: というより、自国の独裁者ビデラ将軍やチリの独裁者ピノチェトの体制寄りで、スウェーデン・アカデミーは「ボルヘスにはやらない」と決定していたのだ。ボルヘスは軽い気持ちだったらしいが、後に「最大の誤算だった」と後悔することになった。

 

B: アルゼンチンの観客がどんな反応を示したか、興味深い。もっとも左派の人たちの「ボルヘス嫌い」は徹底していて、いわゆる読まず嫌いのようだ。文学など興味のない庶民には、ノーベル賞作家ガルシア・マルケスと混同している人もいるようです。

A: ダニエルが授賞式に正装して出席するよう依頼されたが「断った」というセリフがあって、チャコールグレーの背広に黒っぽいシャツ、おまけにノーネクタイだった(笑)。ガルシア・マルケスも確か正装じゃなかったですね。 

 

 

                       (受賞スピーチをするダニエル)

 

B: シニカルな受賞スピーチに国王以下全員固まってしまって笑わせます。

A: ダニエルのスピーチは簡潔でなかなか良かったじゃないですか。バルガス=リョサの長い長い受賞スピーチを皮肉っているのかもしれません。

B: 今年の文学賞は、ボブ・デュランが沈黙していてスウェーデン・アカデミーも困惑気味のようですが、欲しくなければ無視しないで、ジャン=ポール・サルトルのように辞退すれば済むことです。

 

A: 他にもいろいろ面白い仕掛けがありますが、これから開催される東京国際映画祭と共催上映なので、ここいら辺で。ブラック・コメディ好きにはお薦めです。ちなみに監督コンビのドキュメンタリーTodo sobre el asado2016,仮訳「バーベキューのすべて」)はサンセバスチャン映画祭2016で上映されました。アルゼンチンの主菜は肉料理、特にアサードだ。70歳まで生きるとすると平均1.5トン食するという。これは如何にも多すぎて健康によくない。

B: しかし、お二人とも世界保健機関WHOの方針がお気に召さないようです。映画にもドでかい焼肉が登場します。

 

 

       (これで3人前です! ダニエル、アントニオ、イレネ、映画から)

 

『名誉市民』の作品紹介は、コチラ⇒20161013


『名誉市民』 アルゼンチン*ラテンビート2016 ⑦2016年10月13日 11:17

         『ル・コルビュジエの家』の監督コンビが笑わせます!

 

 

★ベネチア映画祭2016正式出品、ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーン『名誉市民』原タイトルは、El ciudano ilustre”、〈名誉市民〉を演じるオスカル・マルティネス男優賞を受賞しました。東京国際FF「ワールド・フォーカス」部門と共催上映(3回)作品です。『ル・コルビュジエの家』の監督コンビが放つブラック・ユーモア満載ながら、果たしてコメディといえるかどうか。アルゼンチン人には、引きつる笑いに居心地が悪くなるようなコメディでしょうか。

 

   

   (男優賞のトロフィーを手に喜びのオスカル・マルティネス、ベネチア映画祭にて

 

  『名誉市民』El ciudano ilustre”“The Distinguished Citizen

製作:Aleph Media / Televisión Abierta / A Contracorriente Films / Magma Cine

     参画ICAA / TVE 協賛INCAA 

監督・製作者・撮影:ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーン

脚本:アンドレス・ドゥプラット

音楽:トニ・M・ミル

美術:マリア・エウヘニア・スエイロ

編集:ヘロニモ・カランサ

衣装デザイン:ラウラ・ドナリ

製作者:(エグゼクティブ)フェルナンド・リエラ、ヴィクトリア・アイゼンシュタット、エドゥアルド・エスクデロ他、(プロデューサー)フェルナンド・ソコロビッチ、フアン・パブロ・グリオッタ他

 

データ:アルゼンチン=スペイン、スペイン語、2016年、118分、シリアス・コメディ、撮影地バルセロナ他、配給元Buena Vista、公開:アルゼンチン・パラグアイ9月、ウルグアイ10月、スペイン11

映画祭・受賞歴:ベネチア映画祭2016正式出品、オスカル・マルティネス男優賞受賞、釜山映画祭、ワルシャワ映画祭、ラテンビート、東京国際映画祭

 

キャストオスカル・マルティネス(ダニエル・マントバーニ)、ダディ・ブリエバ(アントニオ)、アンドレア・フリヘリオ(イレネ)、ベレン・チャバンネ(フリア)、ノラ・ナバス(ヌリア)、ニコラス・デ・トレシー(ロケ)、マルセロ・ダンドレア(フロレンシオ・ロメロ)、マヌエル・ビセンテ(市長)、他

 

解説:人間嫌いのダニエル・マントバーニがノーベル文学賞を受賞した。40年前にアルゼンチンの小さな町を出てからはずっとヨーロッパで暮らしている。受賞を機にバルセロナの豪華な邸宅には招待状が山のように届くが、シニカルな作家はどれにも興味を示さない。しかし、その中に生れ故郷サラスの「名誉市民」に選ばれたものが含まれていた。ダニエルは自分の小説の原点がサラスにあることや新しい小説の着想を求めて帰郷を決心する。しかしそれはタテマエであって、ホンネは優越感に後押しされたノスタルジーだったろう。推さな友達、その友人と結婚した少年時代の恋人、町の有力者などなどが待ちかまえるサラスへ飛びたった。「預言者故郷に容れられず」の諺どおり、時の人ダニエルも「ただの人」だった?

 

    

          (ノーベル文学賞授賞式のスピーチをするダニエル)

 

   

           (サラスの人々に温かく迎え入れられたダニエル)

 

     

           (幼友達アントニオと旧交を温めるダニエル)

 

★ベネチアでは上映後に10分間のオベーションを受けたというが、56分ならエチケット・オベーションと考えてもいいが、10分間は本物だったろう。「故郷では有名人もただの人」なのは万国共通だから、アルゼンチンの閉鎖的な小さな町を笑いながら、我が身と変わらない現実に苦笑するという分かりやすい構図が受けたのだろうか。勿論オスカル・マルティネスの洒脱な演技も成功のカギ、アルゼンチンはシネアストの「石切場」、リカルド・ダリンだけじゃない。人を食った奥行きのあるシリアス・コメディ。

 

  

    (左から、ガストン・ドゥプラット、マリアノ・コーン、ベネチア映画祭にて)

 

2度の国家破産にもかかわらず、気位ばかり高くて近隣諸国を見下すことから、とかく嫌われ者のアルゼンチン、平和賞2、生理学・医学賞2,科学賞1と合計でも5個しかなく、文学賞はゼロ個、あまりノーベル賞には縁のないお国柄です。ホルヘ・ルイス・ボルヘスやフリオ・コルタサル以下、有名な作家を輩出している割には寂しい。経済では負けるが文化では勝っていると思っている隣国チリでは、「ガブリエラ・ミストラル(1945)にパブロ・ネルーダ(1971)と2個も貰っているではないか」と憤懣やるかたない。アルゼンチン人のプライドが許さない。そういう屈折した感情抜きにはこの映画の面白さは伝わらないかもしれない。ボルヘスは毎年候補に挙げられたが、スウェーデン・アカデミーは選ばなかった。それは隣国チリの独裁者ピノチェトが「ベルナルド・オイギンス大十字勲章」をあげると言えば貰いに出掛けたり、独裁者ビデラ将軍と昼食を共にするような作家を決して許さなかったのです。これはボルヘスの誤算だったのだが、ノーベル賞は文学賞といえども極めて政治的な賞なのです。

 

オスカル・マルティネス1949年ブエノスアイレス生れ。ダニエル・ブルマンのEl nido vacío08)の主役でサンセバスチャン映画祭「男優賞」を受賞、カンヌ映画祭2015「批評家週間」グランプリ受賞のサンティアゴ・ミトレの『パウリーナ』(ラテンビート)、公開作品ではダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』(エピソード5「愚息」)に出演しているベテラン。ベネチアのインタビューでは、「30代から40代の若い監督は、おしなべてとても素晴らしい」と、若い監督コンビに花を持たせていた。

 

     

            (撮影中のドゥプラット監督とマルティネス)

 

 

『エル・クラン』が公開・パブロ・トラペロ2016年09月20日 12:03

        実話に着想を得て製作された誘拐犯プッチオ家のビオピック

 

 

★ベネチア映画祭2015紹介の折り、「ザ・クラン」の仮題でご紹介していたパブロ・トラペロの“El clan”(2015)が、『エル・クラン』の邦題で今秋劇場公開になりました。カンヌ映画祭の常連でもあり、国際的には高い評価を得ています。ラテンビートでも『檻の中』『カランチョ』『ホワイト・エレファント』と3作上映されていますが、日本公開は7人の監督が参加したオムニバス『セブン・デイズ・イン・ハバナ』だけ、単独での公開は初めて、ベネチアでの監督賞(銀獅子賞)が幸いしたのかもしれません。公式サイトも立ち上がり、かなり詳しい内容が紹介されています。人名の表記は当ブログと若干異なります。

 

   

      (銀獅子賞のトロフィーを掲げるトラペロ監督、ベネチア映画祭2015

 

★鑑賞後に改めてアップしたいと思いますが、ベネチアでのインタビューでは、「フィクションの部分をできるだけ避けた」と監督が語っていましたが、父と家族の会話、特に長男アレハンドロとの確執などはビデオが残っているわけではありませんし、製作段階で誘拐犯の誰とも接触できなかったわけですから、やはり実話を素材にしたフィクション、政治的寓話と考えています。1980年代前半のアルゼンチンの状態をみれば、プッチオ家の誘拐ビジネスが可能だったことは不思議ではありません。民政移管など絵に書いた餅だったことは、その後のアルゼンチンの歴史が証明しています。

 

      

        (手錠姿で現れたアルキメデス・プッチオ、1985823日)

 

★アルゼンチンと言わず、ラテンアメリカ諸国は死刑廃止国ですから、逮捕後の裁判の推移、判決内容が重要なのです。裁いた人はどちら側にいた人か、子供たちがどうして父親の呪縛から逃れられなかったのか、妻の立ち位置、誘拐ビジネスに協力した親戚たち、彼らの「その後」が、民主主義の成熟度をはかる物差しとなる。予告編を見る限りでは、誘拐の仕方、身代金受領後の殺害シーンなどは、むしろ平凡の印象を受けています。

 

      

       (実在の7人と父親役ギジェルモ・フランセージャ以下の出演者)

 

「ザ・クラン」の作品紹介と監督フィルモグラフィーは、コチラ⇒201587

公式サイトは、http://el-clan.jp/

公開情報:新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMA(恵比寿)、2016917日(土)、順次全国展開

 

 

ホライズンズ・ラティノ部門落ち穂拾い*サンセバスチャン映画祭2016 ⑫2016年09月09日 16:37

         二人の女性監督、アルゼンチンとエクアドルから

 

「ラテンビート2016の日程と上映5作品がアップされています。全体像はまだ見えておりませんが、サンセバスチャン映画祭2016のコンペティション部門の目玉としてご紹介したアルベルト・ロドリゲスの新作El hombre de las mil carasが、嬉しいことにエントリーされておりました。公開も決定しているようなので先行上映となります。他の作品も既にご紹介していますが、改めて「ラテンビート2016」としてまとめていきます。その前に「ホライズンズ・ラティノ」部門の落ち穂拾いとして、二人の女性監督作品を簡単にアップしておきます。

 

9La idea de un lago(“The Idea ob a Lake”“Air Pocket”)ミラグロス・ムメンタレル 

データ:製作国アルゼンチン=スイス=カタール、2016年、82分、撮影地アルゼンチンのネウケン州ビジャ・ラ・アンゴストゥラ。グアダルーペ・ガオナの写真入りの詩集“Pozo de Aire”の映画化(ワーキング・タイトル)、2013年スイスで行われた「ヨーロッパ・ラテンアメリカ共同製作」の公開討論会を通じて具体化した作品。ロッテルダム映画祭のヒューバート・バルス基金、INCAAの後援を受けた。

製作Alina Film / Radio Television (RTS) / Rudo Cine

スタッフ:監督・脚本ミラグロス・ムメンタレル、撮影ガブリエル・サンドルゥ

キャストカルラ・クレスポ(イネス)、ロサリオ・ブレファリ(イネスの母)、フアン・グレッピ(トマス)、マレナ・モイロン(少女時代のイネス)、フアン・バルベニリ、ホアキン・ポック、ほか

 

解説:イネスは35歳のプロのカメラマン、初めての子供が生まれる前に写真と詩で綴る個人的なアルバムを完成させたいと考えている。数カ月前に夫とは別れているが、生まれてくる子どもの養育は共有したいと思っている。記憶や思い出を辿るこのアルバムの仕事は、アルゼンチン南部にある彼女の生家に我々を度々誘っていく。ここでの数年間が今のイネスの性格や人格を作り上げたからなのだ。イネスが2歳だった頃、父と一緒に写っているたった1枚の写真もこの同じ場所なのだ。その数カ月後に父は軍事政権の犠牲となり行方不明者デサパレシードになった。過去についての、母親や兄弟、不在だった父親との関係について語るアルバムとなるだろう。過去が未だに過去になっていない女性カメラマンのルーツを探る物語。

 

 

        (イネス役のカルラ・クレスポ、映画から) 

          

 

  

                    (少女時代のイネス、マレナ・モイロン、映画から)

 

監督&フィルモグラフィー紹介1977年アルゼンチンのコルドバ生れ、監督、脚本家。生後3カ月のとき、独裁政権の弾圧を怖れた両親とスイスに亡命、スイスで生育した。19世紀末に曽祖父がスイスからアルゼンチンに移住してきた。独裁政権(197684)が倒れた後も両親と兄弟はスイスに留まり、監督だけが17歳のときアルゼンチンに戻ってきた。家庭での会話はスペイン語を使用していたから流暢、スイスで開催されるロカルノ映画祭はいわば古巣のようなものです。

 

★長編デビュー作Abrir puertas y ventanas2011)が、ロカルノ映画祭を皮切りに次々と国際的映画祭のノミネーションを受け、特にロカルノでは「金豹賞」を含む5(国際批評家連盟賞・エキュメニカル審査員賞&ヤング審査員スペシャル・メンション、女優賞)を受賞した。その他、ハバナ、マル・デル・プラタ(以上2011)、グアダラハラ、ミュンヘン(以上2012)、各映画祭での受賞、サンセバスチャン映画祭にもエントリーされた。

 

     

      (金豹賞のトロフィーを手にした監督、ロカルノ映画祭授賞式、2011年)

 

★第2作に当たるLa idea de un lagoも下馬評では上位につけていたが無冠に終わった。偶然グアダルーペ・ガオナの写真入りの詩集“Pozo de Aire”に出会ったことが製作の動機、ガオナと自分の境遇がよく似ていることに触発された由。従って映画の中の父親と自身の父親の二人をダブらせている。イネスの生家を湖の辺りにしたのは、以前、気に入って撮りダメしていた映像を使用したとロカルノで語っていますした。ああ

 

    

     (イネスの母役ロサリオ・ブレファリと監督、ロカルノ映画祭2016にて)

 

 

10Alba アナ・クリスティナ・バランガン 

データ:製作国エクアドル=メキシコ=ギリシャ、201698分、第1回監督作品、ロッテルダム映画祭2016 Lions賞受賞作品(本映画祭は第2作までが対象)、トゥールーズ・ラテンアメリカ映画祭2016国際批評家連盟賞受賞、撮影地エクアドル、公開オランダ2月、フランス3月、ドイツ4

製作Caleidoscopio Cine (製作者ラミロ・ルイス、イサベラ・パラ

スタッフ:監督・脚本アナ・クリスティナ・バランガン、撮影シモン・Brauer、音楽N/A、美術オスカル・テルジョ

キャストマカレナ・アリアス(アルバ)、パブロ・アギーレ・アンドラーデ(父イゴール)、アマイア・メリノ(母親)、マリア・パレハマイサ・エレーライサベル・ボルへ、他

 

  

 

解説:アルバは大きな目をした11歳の少女、小さな動物が好きな恥ずかしがりやだ。病気のママを世話していたがとうとう入院することになってしまった。3歳のとき別れて以来会ったことのない父イゴールと暮らすことになる。イゴールは家族と別れた後、小さな家に引きこもって一人で暮らしている。アルバと一緒に暮らすことはとても耐えがたいことだった。アルバへのハグも、学校でのイジメの対処も手にあまる。お互いに近づくすべを見つけられないでいるが、やがてイゴールの優しさ、思春期を迎えたアルバ自身の成長が、二人をゆっくり結びつけていく。

 

     

   (アルバ役のマカレナ・アリアス、映画から)

 

   

                       (父イゴールとアルバ、映画から)

 

監督&フィルモグラフィー紹介1987年エクアドル生れ、監督、脚本家。2008年“Despierta”(8分)で短編デビュー。2010年第2作“Domingo violeta”(18分)、第3作“Anima”(20分)、2016年本作で長編デビュー。

 

   

       (アナ・クリスティナ・バランガン監督、ロッテルダム映画祭にて)

 

ホライズンズ・ラティノ部門第4弾*サンセバスチャン映画祭 ⑨2016年08月29日 17:14

       アルゼンチンからダニエル・ブルマンの新作“El rey del Once

 

2年おきくらいに新作を発表しているが、ここ10年ほどは紹介されることがなかった。国内外あまたの受賞歴を誇る、アルゼンチンではベテラン監督の仲間入りをしていると思いますが、『救世主を待ちながら』2000、東京国際映画祭TIFF)と『僕と未来とブエノスアイレス』200406公開)を含むいわゆる「アリエル三部作**」、NHK衛星第2で放映された『アル・シエロ 空へ』01)が、字幕入りで見ることができた作品です。なかで『僕と未来とブエノスアイレス』は、ベルリン映画祭の審査員賞グランプリ(銀熊)、クラリン賞(脚本)、カタルーニャのリェイダ・ラテンアメリカ映画祭では作品・監督・脚本の3賞、バンコク映画祭作品賞、他ノミネーションは多数だった。 

  

        (アリエルと父親、『僕と未来とブエノスアイレス』のポスター)

 

原題El abrazo partidoについては、目下休眠中のCabinaさんブログに長いコメントを投稿しています。作品&監督キャリア紹介、特に新作に関係のあるオンセ地区の情報も含んでいます。

Cabinaブログの記事は、コチラ⇒200861

**ブエノスアイレスのユダヤ人地区のガレリアを舞台に、主人公アリエルの青年から父親になるまでの成長を描いた作品。3作目がDerecho de familia06)である。

 

6El rey del OnceThe Tenth Man) 

製作:BD Cine / Pasto / Television Federal(Telefe) / 後援アルゼンチン映画アカデミーINCAA

監督・脚本・製作:ダニエル・ブルマン

撮影:ダニエル・オルテガ

編集:アンドレス・タンボルニノ

美術:マルガリータ・タンボリノ

録音:ミゲル・テニナ、カトリエル・ビルドソラ

衣装デザイン:ロベルタ・ペッシPesci

メイクアップ:マリエラ・エルモ

プロダクション・マネージメント:デルフィナ・モンテッチア(モンテッキアMontecchia)、

セシリア・サリム

製作者(共):バルバラ・フランシスコ(エグゼクティブ、グスタボ・タレット『ブエノスアイレス恋愛事情』)、ディエゴ・ドゥボコフスキー(『救世主を待ちながら』『僕と未来とブエノスアイレス』)、ルシア・チャバリ(セスク・ゲイ「トルーマン」)、セシリア・サリム、ほか

 

データ:製作国アルゼンチン、言語スペイン語・ヘブライ語・イディッシュ語、2016年、コメディ、82分、撮影地ブエノスアイレス、公開アルゼンチン211日、ブラジル55日、ウルグアイ519日、米国(限定)729

映画祭・受賞歴:ベルリン映画祭2016パノラマ部門オープニング作品、トライベッカ映画祭インターナショナル部門男優賞(アラン・Sabbagh)、韓国チョンジュ全州市映画祭、シアトル映画祭、いずれも2016年開催  

  

                   (プレス会見のアランと監督、ベルリン映画祭2016

 

キャスト:アラン・Sabbagh(アリエル)、フリエタ・ジルベルベルグ(エバ)、ウシェル・バリルカ(アリエル父ウシェル)、エルビラ・オネット(スージー)、エリサ・カリカッホCarricajo(モニカ)、アドリアン・ストッペルマン(マムニェ)、ダニエル・ドロブラス(エルクレス)、ダルミロ・ブルマン(アリエル11歳)、ほか

 

    

解説:アリエルはニューヨークを拠点にして働くエコノミスト、彼なりにハッピーだがモニカと連れ立ってブエノスアイレスに戻る準備をしている。モニカはバレリーナを夢見ているガールフレンドだ。まず父親に電話で打診する、父はユダヤ人が多く住んでいる活気あふれるオンセ地区でユダヤ人コミュニティの慈善団体を設立、あまり裕福でないユダヤ教徒に薬品や宗教的規則に従って調理した食品カシェールの配給をしている。オンセはいわばアリエルが青春時代を過ごしたホームタウンだ。戻ったアリエルは生地屋や物売りのスタンドで混雑しているガレリアで迷子になり、そこで好奇心をそそる女性を見かける。再びプーリムPurimというユダヤのお祭りで出くわすことになるその女性エバは、団体で働く独立心旺盛な、それも正統派のユダヤ教徒だった。アリエルは子供のときに捨ててしまった宗教的世界を取り戻すことができるだろうか。

 

  

            (エバの後を付けるアリエル、映画から)

 

★過去を振りはらうことの不可能性は誤りか、失われた信仰の探求、ブルマン好みの父親と息子の葛藤劇、ユダヤ文化の哲学と伝統、信じる信じないは別として「信仰は山をも動かす」というコメディ。テーマ的には「アリエル三部作」の続編(?)のようですが、ブルマン映画でも最もユダヤ教の影響の強い印象を受けます。ユダヤ教徒が一番多い米国、3番めに多いアルゼンチン(イスラエルは2番め)という二つの国の文化がテーマになっている。プーリムPurimというお祭りは、ユダヤ暦アダルの月14日(2月末~3月初め)に行われる移動祝祭日です。


★既にコンペティション部門ではないが、2月のベルリンでワールド・プレミアされ、何カ国かで公開されてもいる作品がエントリーされるのは珍しいのではないか。サンセバスチャン映画祭には、製作国にスペインも参加しているからかEl nido vacío08)がコンペに正式出品されただけです。映画祭以後に公開もされDVDも発売されています。比較的ユダヤ文化が希薄ということもあるかもしれない。 

(ダニエル・ブルマン監督)

 

★アリエル役のアラン・Sabbaghは初登場ですが、エバ役のフリエタ・ジルベルベルグは、ディエゴ・レルマンの『隠された瞳』10TIFF)、ダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』の第2話ウエイトレス(14,公開15)で紹介しております。

 

(アリエルとエバ、映画から)

 

 ★トライベッカ映画祭は、アメリカ同時多発テロ事件911以降、被害を受けた復興のためロウアー・マンハッタン地区のトライベッカで2002年から始まった春の映画祭(2016413日から)、米国作品とインターナショナルに分かれている。代表発起人はロバート・デ・ニーロなど。ブルマン監督は新作のほか、La suerte en tus manos12)で審査員(脚本)賞を受賞しており、ベルリン同様、相性のいい映画祭である。