ルクレシア・マルテルの新作『サマ』*ラテンビート2017 ⑤2017年10月13日 12:32

              どうしてサマの人生を撮ろうとしたのか?

 

  

★ラテンビートのサイトでも、ルクレシア・マルテル『サマ』が、第90回米アカデミー賞外国語映画賞のアルゼンチン代表作品に選ばれたニュースが掲載されました。もう、そういう季節なのでした。それはさておき、久々のマルテル映画がラテンビートにやってきます。出身地のサルタを舞台に撮った「サルタ三部作」の最終作『頭のない女』(2008)以来ですから約十年ぶりです。今年のブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭BAFICIZama が正式出品されたとき、記事にしようかどうか迷った作品。BAFICIは開催日がマラガとカンヌの両映画祭に挟まれているせいで優先順位が低い。アルゼンチンの作家アントニオ・ディ・ベネデットの同名小説 Zama1956年刊)の映画化。最大の関心は、どうしてマルテルが自国の優れた小説の映画化という、後戻りのできない新しい分野に斬りこもうとしたか、です。

 

Zamaの表紙)

  

★『頭のない女』はカンヌでブーイングを受けた映画ですが、これは映画祭向きではなかったと思います。そもそも監督は上映後すぐのQ&Aは好きじゃないと語っています。彼女の映画は観客が咀嚼というか消化する時間が必要だからでしょうか。というわけかどうか分かりませんが、今年のカンヌは素通りしました。秋のベネチア映画祭には、コンペティション外でしたがエントリーされ、ベネチアには監督、ディエゴ・デ・サマ役のダニエル・ヒメネス=カチョ、共演者のロラ・ドゥエニャスが現地入りしておりました。製作国はアルゼンチン、スペイン、メキシコ、ブラジルを含めて9ヵ国、プロデューサーもエグゼクティブや共同、アシスタントを含めて総勢28人、まともじゃないが全部は紹介できない。ラテンビートでは追加作品だったから、カタログ掲載が間に合わなかったようです。東京会場バルト9では最終回上映、鑑賞後改めてアップするとして、今回はデータ中心にしました。

 

   

 (左から、ロラ・ドゥエニャス、監督、ダニエル・ヒメネス=カチョ、ベネチア映画祭にて)

 

『サマ』 Zama2017

製作:Rei Cine(亜)/ Bananeira Films(ブラジル)/ LemmingFilm(蘭)/ Canana(メキシコ)/

   El Deseo(西)/ KNM(スイス)/ Louverture Films(米)他

   協賛:INCAAICAACNC(仏)、Netherland Filmfund(蘭)、Programa Ibermedia 他

監督・脚本:ルクレシア・マルテル

原作:アントニオ・ディ・ベネデットの小説 Zama 

撮影:ルイ・ポサス

編集:カレン・ハーレー、ミゲル・シュアードフィンガー

キャスティング:ナタリア・スミルノフ、ベロニカ・ソウト

美術:レナータ・ピネイロ

衣装デザイン:フリオ・スアレス

メイクアップ&ヘアー:マリサ・アメンタ(メイク)、アルベルト・モッチア(ヘアー)、他

音楽:グスタボ・モンテネグロ

プロダクション・マネージメント:フカ・ディアス、パブロ・Trachter

録音:グイド・ベレンブラム Guido Berenblum、マヌエル・デ・アンドレス、ホセ・カルダラロ、他多数

製作者:ヴァニア・カタニ、ベンハミン・ドメネク、サンティアゴ・ガリェリ、(エグゼクティブ)ガエル・ガルシア・ベルナル、アンヘリサ・ステイン、(共同)アルモドバル兄弟、エステル・ガルシア、パブロ・クルス、ルイス・ウルバノ、フアン・ベラ、他総勢28

 

データ:製作国アルゼンチン、スペイン、フランス、オランダ、USA、メキシコ、ブラジル、ポルトガル、レバノン、スイス、言語スペイン語、2017年。映画祭上映BAFICI、ベネチア、トロント、ニューヨーク、ロンドン、ムンバイ、釜山、各映画祭2017、他。撮影地はアルゼンチンの他、ブラジル、スペイン、フランス、メキシコ、ポルトガル、オランダ、米国など。公開アルゼンチン928日、スペイン2018126

 

キャスト:ダニエル・ヒメネス=カチョ(ドン・ディエゴ・デ・サマ)、ロラ・ドゥエニャス(ルシアナ・ピニャレス・デ・ルエンガ)、マテウス・ナシュテルゲール(ビクーニャ・ポルト)、フアン・ミヌヒン(ベントゥラ・プリエト)、ナウエル・カノ(マヌエル・フェルナンデス)、マリアナ・ヌネス、ダニエル・ベロネセ(総督)、カルロス・デフェオ、ラファエル・スプレゲルブルド(キャプテン・イポリト・パリィリャ)他

 

解説:ドン・ディエゴ・デ・サマは知らせを待ちつづけている。サマはスペイン国王により植民地統治のためパラグアイに派遣されてきていた。ブエノスアイレスへの異動信書を運んでくるはずの船を待ち侘び、地平線を見つめるのが日課だった。妻や子供たちと切り離され、時が永遠に止まってしまったかのような未知の世界で孤独を募らせていく。18世紀末の植民地時代を背景に、自分が思い描いていた世界が壊れそうになっていく男の物語。先述したようにアントニオ・ディ・ベネデットの同名小説 Zama1956年刊)の映画化。

 

   

        (ドン・ディエゴ・デ・サマ、ダニエル・ヒメネス=カチョ)

 

  

                       (国王の信書を待ちわびるサマ)


  
  (サマに戯れる役人の妻ルシアナ、ロラ・ドゥエニャス)

 

★物語も時代背景も全く異なるのに、前作『頭のない女』とテーマは似ているかなという印象です。これも運転中に何かを轢いたかもしれないという或るきっかけを境いに、自分の世界が壊れそうになっていく女性の話でした。『サマ』も自分が思い描いていた世界が壊れていく男の人生を描いている。孤独のなかで「待望に捉えられた」男の苦しさを描いている。

 

★原作者のアントニオ・ディ・ベネデットは、1922年メンドサ生れ、作家、ジャーナリスト、映画脚本家。日刊紙「ロス・アンデス」の記者として出発している。アルゼンチンのジャーナリズムで仕事をしていて、軍事独裁と無縁であった人は僅かでしょうか。彼は1976324日の軍事クーデタ勃発当日に、ロス・アンデスの編集室で逮捕されている。197794日に釈放されたときには精神がずたずただったという。その後すぐにフランスに脱出、マドリードに移って6年間の亡命生活を余儀なくされた。名ばかりとはいえ民主主義になった1984年に帰国したが、198610月に63歳で死去している。ディ・ベネデットはドストエフスキーやルイジ・ピランデルロ(1934年、ノーベル賞受賞)に魅了されて作家の道に進んだという。アルゼンチンではボルヘスも評価していた作家だそうで、フリオ・コルタサル、エルネスト・サバトと並ぶようですが、それにしては翻訳書が目下のところないのが不思議です。『サマ』の英訳も最近出版されたばかりのようです。

 

(アントニオ・ディ・ベネデット)

 

ルクレシア・マルテルLucrecia Martelの簡単紹介。19661214日、アルゼンチン北部のサルタ州生れ。長編デビュー作が『沼地という名の町』(2001La Ciénaga)、NHKが資金提供しているサンダンス映画祭でNHK賞を受賞した。他にハバナ映画祭サンゴ賞(作品賞)、ベルリン映画祭アルフレッド・バウアー賞、アルゼンチンのクラリン賞など受賞歴多数。日本では一度だけNHKBS)で深夜放映された。2作目が『ラ・ニーニャ・サンタ』(2004La niña santa)、カンヌ映画祭正式出品、クラリン賞、サンパウロ映画祭審査員賞など受賞している。本作は第1回ヒスパニック・ビート映画祭2004(現ラテンビート)で上映された。

  

   

          (ルクレシア・マルテル監督、ブエノスアイレスにて)

 

3作目がカンヌ映画祭でブーイングを受けたという『頭のない女』(2008La mujer sin cabeza)、しかし国内での評価は高く、アルゼンチン・アカデミー賞、シルバー・コンドル賞、またリマ映画祭審査員賞、リオデジャネイロ映画祭FIPRESCI賞などを受賞、ラテンビート2008で上映されました。プロデューサーが来日、質疑応答の機会がもたれたが、通訳が上手く噛みあわなかった。以上3作は、生れ故郷サルタが舞台だったことから、「サルタ三部作」といわれている。第4作が『サマ』です。短編、TVドキュメンタリーを除いています。

 

  

            (『サマ』撮影中のルクレシア・マルテル)

 

3作『頭のない女』については、現在休眠中のCabinaブログに感想をコメントしております。カビナさんのユニークな紹介記事は、コチラ

   http://azafran.tea-nifty.com/blog/2008/09/la-mujer-sin-ca.html

  

  

サンティアゴ・エステベスのデビュー作*サンセバスチャン映画祭2017 ⑨2017年09月17日 10:00

       「ホライズンズ・ラティノ」はアルゼンチン映画が花ざかり

 

★ラテンアメリカ諸国に関していえば、アルゼンチンは映画先進国、今年もノミネーション12作のうち4作、合作を含めると半数以上の7作になります。サンティアゴ・エステベスの長編デビュー作 La educación del Rey は、「Cine en Construcción 30」(サンセバスチャン映画祭SSIFF2016)の受賞、他に「Cine en Construcción 30」では「CACI-Ibermedia TV」賞も受賞しています。定年退職したばかりの元警備員が偶然遭遇してしまった強盗初犯の若者の自立を手助けするというサスペンス仕立てのドラマです。

CACIConferencia de Autoridades Cinematogficas Iberoamericanas)イベロアメリカ映画作品会議。 

  

 

   La educación del Rey  2017

製作:13 Conejos

監督・編集:サンティアゴ・エステベス

脚本(共):サンティアゴ・エステベス、フアン・マヌエル・ボンドン

撮影:セシリア・マドルノ

美術:アレハンドラ・マスカレーニョ

録音;パトリシア・ミラネシ

視覚効果:ラモン・ダサ、ビクトル・パラシオス・ロペス

音楽:マリオ・ガルバン、マルティン・サンチェス

助監督:エセキエル・ピエリ

プロデューサー:サンティアゴ・エステベス、(エグゼクティブ)バルバラ・エレーラ、

       (アシスタント)セシリア・マドルノ、ダマリス・レンドン

 

データ:アルゼンチン、スペイン語、2017年、撮影地メンドサ、201510月。「Cine en Construcción 30」出品作品(作品賞受賞)、「CACI-Ibermedia TV」賞受賞、サンセバスチャン映画祭2017「ホライズンズ・ラティノ」正式出品、フランス公開20171122日予定

 

キャスト:ヘルマン・デ・シルバ(カルロス・バルガス)、マティアス・エンシナス(レイナルド・ガリンデス、綽名レイ)、エステバン・ラモチェ(ビエイテス)、ウォルター・ヤコブ(アランシビア)、ホルヘ・プラド、マルティン・アロージョ、エレナ・シュネル(カルロス妻)、マリオ・ハラ、マウリシオ・ミネティ、マルセロ・ラセルナ、他

 

プロット16歳のレイナルド・ガリンデス、綽名はレイと警備会社を定年退職したばかりのカルロス・バルガスの物語。レイは仲間と初めて強盗に入るが見つかり警察に追われ逃走する。道路を走り塀を乗り越え飛びおりた先がバルガス家の中庭だった。バルガスはレイにある提案をする。飛び降りたときに壊した庭を修繕するなら警察に引き渡さないと。それが始まりだった。老いた元ガードマンは、古くからの言い伝えに倣って若者の<君主教育>を始める。しかしこの協定は、レイナルドが犯した未解決の問題に近づこうとしたとき、二人の信頼関係に亀裂が走るだろう。

 

         一躍スターになったメンドサ生れの新人マティアス・エンシナス

 

★「君主教育」というタイトルは、レイナルドReynaldoの綽名レイReyreyを掛けている。タイトルのRey が大文字と小文字の2通りある理由です。当ブログではIMDbを採用しました。同じキャストでTVミニ・シリーズ化(8話)されて、お茶の間にも登場することになった。レイナルド・ガリンデス役のマティアス・エンシナスはメンドサ生れのニューフェイス、撮影時には主人公とほぼ同じ17歳だった。TVドラ化されたことでメンドサでは有名になったということです。

 

    

             (マティアス・エンシナス、映画から)

 

★カルロス・バルガス役のヘルマン・デ・シルバは、ダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』(第5話「愚息」)の庭師役を演じたベテラン。資産家の愚息の轢逃げ犯の身代わりを50万ドルで請け負うが、値段を釣り上げて資産家を逆に強請るという、笑うに笑えないコメディだった。本作でアルゼンチン映画アカデミー2014の助演男優賞受賞している。他にカンヌやサンセバスチャン映画祭2011の「ホライズンズ・ラティノ」作品賞を受賞したパブロ・ジョルジェッリの Las acacias で主役の長距離トラック・ドライバーを演じて、アルゼンチン映画アカデミー新人男優賞やコンドル賞にノミネートされている。

 

   

        (レイナルドに<君主教育>をするカルロス・バルガス、映画から)

 

★今回あまり出番はなさそうなエステバン・ラモチェは、サンティアゴ・ミトレのデビュー作『エストゥディアンテ』の政治活動に目覚めていく主役を演じてカルタヘナ映画祭男優賞をもらった。カンヌ映画祭2015併催「批評家週間」のグランプリ受賞作品『パウリーナ』ではパウリーナの恋人役、前回アップしたアドリアン・ビニエスの El 5 de Talleres では主役を演じた。ホルヘ・プラドは、映画、舞台、TVと活躍しているベテランのようです。アドリアン・カエタノの『キリング・ファミリー』やフランシスコ・マルケス&アンドレア・テスタの La larga noche de Francisco Sanctis に脇役で出演している。

 

  

(エステバン・ラモチェとヘルマン・デ・シルバに指示を与える監督、撮影201510月)

 

  

    (ホルヘ・プラド、右はマティアス・エンシナス、TVミニシリーズから)

 

ウォルター・ヤコブは、1975年ブエノスアイレス生れ、主に舞台俳優、演出家として活躍している。パブロ・トラペロのブエノスアイレスのスラム街を舞台にした社会派ドラマ『ホワイト・エレファント』に出演している。リカルド・ダリンやベルギーの若手ジェレミー・レニエ、トラペロ夫人のマルティナ・グスマンなどと共演した。マルセロ・ラセルナエレナ・シュネルも舞台俳優らしく二人は同じ舞台に立っている演劇仲間。

 

   

 (右ウォルター・ヤコブ、ジェレミー・レニエと共演した『ホワイト・エレファント』から)

 

サンティアゴ・エステベスはメンドサ生れ、監督、脚本家、編集者。本作が長編デビュー作ですが、編集者としては長いキャリアの持ち主。ベテランを揃えられたのもこのキャリアの賜物かもしれない。オムニバス映画『セブン・デイズ・イン・ハバナ』12)のパブロ・トラペロが監督した「ジャムセッション/火曜日」を手掛けている。2011年、エステバン・ラモチェを起用して短編 Los crimenes19分)、ほか Un sueño recurrente1322分)の2作がある。

    

   

                         (本作撮影中の監督、左側)

 

   

(エセキエル・ピエリと監督、SSIFF2016Cine en Construcción 30」にて)

 

『人生スイッチ』の主な記事は、コチラ2015729

『パウリーナ』の主な記事は、コチラ2015521

『キリング・ファミリー 殺し合う一家』の記事は、コチラ201749

La larga noche de Francisco Sanctis の記事は、コチラ2016511

金獅子賞はギレルモ・デル・トロの手に*ベネチア映画祭2017 ③2017年09月11日 15:10

          金獅子賞はメキシコのギレルモ・デル・トロが受賞

 

★先週土曜日(現地時間)に授賞式があり、金獅子賞はメキシコのギレルモ・デル・トロ The Shape of Water(「ザ・シェイプ・オブ・ウォーター」)が受賞しました。製作国はアメリカ、言語は英語、オスカーを狙えるスタートラインに立ちました。時代背景は冷戦時代の1963年ですが、勿論現在のトランプ政権下のアメリカを反響させていますね。ある政府機関の秘密研究所で清掃員をしている孤独な唖者エリサが、カプセルに入れられて搬入されてきた半漁人に恋をするという一風変わったおとぎ話。または隠された政治的メッセージが込められたSF仕立ての寓話ということです。エリサに英国の演技派サリー・ホーキンス(『ハッピー・ゴー・ラッキー』)、半漁人にデル・トロ映画の常連さん、凝り性のダグ・ジョーンズが扮する。『パンズ・ラビリンス』で迷宮の番人パンになった俳優。

 

     

        (金獅子賞のトロフィーを手にして、ギレルモ・デル・トロ) 

 

★水に形はないわけですから「水のかたち」というタイトルからして意味深です。水は入れられた容器で自由に変化する。アマゾン川で捕獲されたという半漁人と言葉を発しないエリサとの恋、水は恋のメタファーか、「私たちの重要なミッションは、愛の存在を信じること」です。どうやら愛の物語のようです。現在52歳、痩せたとはいえ130キロはある巨体から発せられる言葉に皮肉は感じられない。「すべての語り手に言えることだが、何か違ったことをしたいときにはリスクを覚悟するという、人生にはそういう瞬間があるんです」と監督。メキシコに金獅子賞をもたらした最初の監督でしょうか。本作は10作目になる。スペインでは、20181月、La forma del agua のタイトルで公開が決定しています。

 

     

               (エリサと半漁人、映画から)

 

 

        「国際批評家週間」の作品賞にナタリア・グラジオラのデビュー作

 

★ベネチア映画祭併催の「国際批評家週間」の最優秀作品賞に、アルゼンチンのナタリア・グラジオラの長編デビュー作 Temporada de caza が受賞しました。パタゴニアを舞台にした父と息子の物語です。ベネチアだけでなく、サンセバスチャン映画祭「ホライズンズ・ラティノ」部門にもノミネートされており、その他、シカゴ、ハンブルク各映画祭にも出品されることが決まっています。 

   

     (ポスターを背にナタリア・グラジオラ監督、リド島にて、2017年97

 

★「上映が終わると凄いオベーションで、みんな感激して泣いてしまいました。全員ナーバスになって、人々のエネルギーに押されて・・・何しろこんなに大勢の観客の前で上映するのは初めてだったし・・・」と、手応えは充分感じていたようです。最後のガラまで残っていたのは「私と母と代母だけで、あとはブエノスアイレスに戻ってしまった」とホテル・エクセルシオールでインタビューに応じていた。映画祭期間中は代金が3倍ぐらいに跳ね上がるから、最後までいるのは相当潤沢なクルーでないと無理ですね。何しろリド島なんて不便だもんね。

 

★息子ナウエル役を「見つけるまでに300人ぐらい面接した。ラウタロを一目見て、この子にする、と即決した。これが正解だったの、彼しかいなかった」と監督。こういう出会いが重要、「デビュー作というのは何につけ困難を伴いますが、ヘルマン・パラシオス(父親役)とボイ・オルミが出演を快諾してくれたことが大きかった」、運も実力のうちです。既に監督キャリアを含めた作品紹介をしております。次回作は女医を主人公にしたドラマとか。

 

 

    (息子役のラウタロ・ベットニと父親役のヘルマン・パラシオス、映画から)

 

 Temporada de caza の記事は、コチラ2017812

 

ディエゴ・レルマンの第5作*サンセバスチャン映画祭2017 ⑤2017年09月03日 14:52

   オフィシャル・セレクション第2弾、アルゼンチンからディエゴ・レルマン

 

★今年のオフィシャル・セレクションにノミネートされた4作は、スペイン語2作、バスク語、英語が各1作ずつと、例年とは少し様相が異なります。うちスペイン語はマヌエル・マルティン・クエンカの El autor ディエゴ・レルマン Una especie de familia 2作だけです。ディエゴ・レルマンは20代の半ばにモノクロで撮った第1作『ある日、突然。』(2002Tan de reoente)で「鮮烈デビュー」したアルゼンチンの監督。レイトショーとはいえ劇場公開され、その奇抜なプロットに驚かされました。エントリーされた新作は第5作目になります。

ラテンビート2017でも『家族のように』の邦題で上映が決定された。

 

  

 

    Una especie de familiaA Sort of Family2017

製作:El Campo Cine(アルゼンチン)/ Bossa Nova(ブラジル)/ 27 Films Production(独)/

   Bellota Films(仏)/ Staron Films(ポーランド) 協賛INCAA

監督:ディエゴ・レルマン

脚本(共同):ディエゴ・レルマン、マリア・メイラ

撮影:ヴォイテク・スタロン

編集:アレハンドロ・Brodersohn

音楽:ホセ・ビリャロボス 

キャスティング:マリア・ラウラ・ベルチ

美術:マルコス・ぺドロン

衣装デザイン:バレンティナ・バリ

メイクアップ:ナンシー・Marignac

プロダクション・マネジメント:エセキエル・ラボルダ、イネス・ベラ

製作者:ニコラス・Avruj(エグゼクティブ)、ディエゴ・レルマン、他多数

 

データ:アルゼンチン=ブラジル=ポーランド=フランス、スペイン語、2017年、90分、社会派スリラー、ロード・ムービー。撮影地カタマルカ州、ブエノスアイレス、ミシオネス州、201611月初旬クランクイン、12月末アップ。トロント映画祭2017コンテンポラリー・ワールド・シネマ部門上映98日、サンセバスチャン映画祭正式出品、アルゼンチン公開914

 

キャスト:バルバラ・レニー(マレナ)、ダニエル・アラオス(ドクター・コスタス)、クラウディオ・トルカチル(マリアノ)、ヤニナ・アビラ(マルセラ)、パウラ・コーエン(ペルニア医師)、他

 

プロット:ブエノスアイレスの中流家庭で育った38歳になる女医マレナのロード・ムービー。ある日の午後、ドクター・コスタスから直ちにアルゼンチンの北部に出立するよう電話が掛かってくる。待ち望んでいた赤ん坊の誕生が差し迫っているというのだ。マレナは逡巡しながらも、この不確かな旅に出立しようと決心する。行く手にはたくさんの罠が仕掛けられており、赤ん坊によってもたらされる予想外の高い代価や、自分が望んだものを手に入れるための限界はどこまでかを常に自問自答しながら、法にかなった道徳的な障害に直面する。私たちも新しい人生に立ち向かうマレナと一緒に旅をすることになるだろう。

 

★エグゼクティブ・プロデューサーのニコラス・Avrujによると、マレナは最近娘を亡くし夫とも別れている。母親になりたいが養子縁組のシステムが複雑で望みを叶えられない、という設定にした。養子縁組制度の欠陥という社会的問題にサスペンスの要素をミックスさせたドラマのようです。ミシオネス・ビジュアルアート研究所とアルバ・ポセ病院の協力を受けて撮影された。ミシオネスは北西をパラグアイ、北と東をブラジルと接している、アルゼンチンでも2番目に小さい州、パラナ、ウルグアイ、イグアスという大河が流れていて、河や密林の風景も映画の主人公のようです。 

   

   (赤ん坊を求めてミシオネスにやってきたマレナ役のバルバラ・レニー、映画から)

 

★デビュー作『ある日、突然。』前作 Refugiado も一種のロード・ムービーでしたが、本作でもヒロインはブエノスアイレスから北部を目指して旅をする。このラテンアメリカ映画に特徴的な「移動」は、たいていひょんなきっかけで突然やってくる。エル・パイス紙の記事によると、同じく金貝賞を狙う、ギリシャのアレクサンドロス・アブラナス Love me Not にテーマが類似しているという。あるカップルが若い移民女性を代理母として契約する。女性を彼らの瀟洒な別荘に招き、生活スタイルを教え楽しんでもらう。妻はある秘密を抱えているが表に出さない。夫が仕事に出かけた後、妻と女性は軽く飲んでドライブに出かける。翌朝、夫は妻が事故車のなかで焼死体となっていることを知らされる。大体こんな筋書です。両作に共通しているのは、これから生まれてくるはずの赤ん坊を待っていること、赤ん坊のメタファーに類似性があるようです。

 

★アレクサンドロス・アブラナス(1977、ラリッサ)は、第2Miss Violence が、ベネチア映画祭2013で監督賞(銀獅子賞)、フェデオラ賞(ヨーロッパ地中海映画)などを受賞している。ここでは深入りしませんが、Miss Violence もある秘密を抱えた少女の自殺をめぐる物語で、審査員や観客を魅了した。ディエゴ・レルマンと同世代の若手監督、ギリシャの次世代を担うだろう楽しみな監督です。Love me Not も賞に絡みそうな気がしますが、どうでしょうか。

 

 キャスト

★マレナ役のバルバラ・レニーは、アルゼンチン出身のスペイン女優、アルゼンチン弁を克服して、『私が、生きる肌』『マジカル・ガール』『エル・ニーニョ』などに出演、日本での知名度も高いほうかもしれません。抜群のスタイルを生かしてモデル、映画にとどまらず舞台にも意欲的に出演、二足の草鞋派です。

バルバラ・レニーの主な紹介記事は、コチラ2016215

 

  

             (赤ん坊を胸に抱くマレナ、映画から)

 

ダニエル・アラオスは、1962年コルドバ生れ。ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーンの監督コンビの第2作『ル・コルビュジエの家』(09)に初出演、不気味な隣りの男ビクトルに扮した俳優です。第3Querida, voy acomprar cidarrillo y vuelvo11)にも起用された。新作『笑う故郷』には出演しておりませんが、間もなく公開されます。クラウディオ・トルカチルは、1975年ブエノスアイレス生れ、公開作品では、パブロ・ヘンドリックの El Ardor14)に出演しています。ガエル・ガルシア・ベルナルがシャーマンに扮してジャングルでの撮影に臨んだ映画、新大陸にはタイガーは棲息していないのですが、『ザ・タイガー 救世主伝説』とまったく意味不明の邦題で公開されました。

『ザ・タイガー 救世主伝説』の記事は、コチラ20151218

 

   

       (打ち合わせをする製作者ニコラス・Avrujとダニエル・アラオス)

 

 スタッフ

ディエゴ・レルマン Diego Lermanは、1976年ブエノスアイレス生れ、監督、脚本家、製作者、舞台監督。産声を上げた324日が奇しくも軍事クーデタ勃発日、これ以後7年間という長きに及ぶ軍事独裁時代の幕が揚がった日でした。彼の幼年時代はまさに軍事独裁時代とぴったり重なります。体制側に与し恩恵を満喫し家族も少なからずいたでしょうが、レルマンの家族はそうではなかった。ブエノスアイレス大学の映像音響デザイン科に入学、市立演劇芸術学校でドラマツルギーを学ぶ。またキューバのサン・アントニオ・デ・ロス・バーニョスの映画TV学校で編集技術を学んでいる当ブログでは、カンヌ映画祭2014「監督週間」に第4作目 Refugiado 選ばれたときに、キャリアとフィルモグラフィーの詳細を記事にしておりますが3年前になりますので、今回再構成して下記に付録としてアップしています。

 

   

               (ディエゴ・レルマン監督)

 

★第4作から撮影を手掛けているヴォイテク・スタロンWojtek (Wojciech) Staron(ヴォイテクは男子名ボイチェフの愛称)は、1973年生れのポーランド人、主にドキュメンタリー国際的に活躍している撮影監督です。なかでメキシコで脚本家として活躍しているアルゼンチンのパウラ・マルコヴィッチ長編デビュー作 El premio がベルリン映画祭2011にエントリーされ、スタロンは銀熊賞(芸術貢献賞の撮影賞)を受賞しています自分の少女時代を送ったサン・クレメンテ・デル・トゥジュという湯治場を舞台に軍事独裁時代を少女の目線撮ったマルコビッチの自伝的要素の強い映画アリエル賞も受賞している

 

   

    (銀熊賞のトロフィーを手にしたヴォイテクスタロン、ベルリン映画祭2011

 

  

付録:ディエゴ・レルマンの長編フィルモグラフィー

2002 Tan de repente (アルゼンチン)『ある日、突然。』監督・脚本・プロデューサー モノクロ

2006 Mientras tanto(アルゼンチン)英題 Meanwhile 監督・脚本

2010 La mirada invisibleアルゼンチン==西『隠れた瞳』監督・脚本・プロデューサー

2014 Refugiado (アルゼンチン=ポーランド=コロンビア=仏)監督・脚本・プロデューサー

2017 Una especie de familia 省略

他に短編、TVドキュメンタリーを撮っている。

 

1Tan de repente ロカルノ映画祭銀豹賞、ハバナ映画祭金の珊瑚賞、ウエルバ・ラテンアメリカ映画祭銀のコロン賞、2003年にはニューヨーク・レズ&ゲイ映画祭でも受賞するなど多くの国際舞台で評価されました。まだ20代半ばという若さでした、計算されたプロットにはアメナバルデビュー当時を思い出させました。ユーロに換算すると4万ユーロという低予算で製作された。

 

2Mientras tanto :アルゼンチン映画批評家協会賞にValeria Bertuccelli が主演女優賞(銀のコンドル賞)、クラリン・エンターテインメント賞(映画部門)にもBertuccelli が女優賞、ルイス・シエンブロスキーが助演男優賞を受賞しましたが、レルマン自身はベネチア映画祭のベネチア作家賞にノミネートされただけでした。「アルゼンチンの『アモーレス・ペロス』版」と言われた作品。『僕と未来とブエノスアイレス』(04、公開06)のダニエル・ブルマンがプロデューサーの一人。

 

3La mirada invisible 東京国際映画祭2010で『隠れた瞳』の邦題で上映された。映画祭では監督と主演女優フリエタ・シルベルベルクが来日しました。マルティン・コーハンのベストセラー小説Ciencias Morales2007エライデ賞受賞)にインスパイアーされての映画化。従ってタイトルも登場人物小説とは異なり、特に結末が大きくっていました。軍事独裁制末期1982年のブエノスアイレス、エリート養成の高等学校が舞台でしたが、国家主義的な熱狂、行方不明者、勿論フォークランド戦争は出てきませんが、この学校がアルゼンチン社会のアナロジーと考えると、その「見えない視線」に監視されていた社会の恐怖が伝わってくるという仕掛けがしてあった彼の作品の中で軍事独裁が顕著に現れているのが本作です。かつてブエノスアイレスが「南米のパリ」と言われた頃に建築された建物が高等学校として採用され、それ自体が絵になっています。

 

★第4 Refugiadoカンヌ映画祭2014「監督週間」にノミネーション。7歳のマティアスと母ラウラに起こったことがマティアスの無垢な驚きの目を通して語られる。父ファビアンのドメスティック・バイオレンスDVを逃れて、身重の母とティトを連れた息子は安全な避難場所を求めて都会を彷徨い歩く都会をぐるぐる廻るスリラー仕立てのロード・ムービー。

 

   

     (市内を逃げまわるマティアスと母親役のフリエタ・ディアス、映画から)

 

ディエゴ・レルマンのキャリア&フィルモグラフィーの記事は、コチラ2014511


「国際批評家週間」アルゼンチン映画*ベネチア映画祭2017ノミネーション2017年08月12日 11:56

            ナタリア・ガラジオラの長編デビュー作 Temporada de caza

 

★最近国際映画祭での活躍が目覚ましいのが若手女性監督のデビュー作です。「国際批評家週間」コンペティション部門に選ばれた Temporada de caza 1982年生れという若いナタリア・ガラジオラの長編デビュー作。ベネチアの「批評家週間」は新人登竜門的な役割らしく、今年の7作品もすべて第1回作品のようです。昨年はコロンビアフアン・セバスチャン・メサのデビュー作Los nadieThe Nobody”)が観客賞を受賞しています。都会でストリート・チルドレンとして暮らす5人兄妹の愛と憎しみが語られる映画でしたが、こ Temporada de caza はアルゼンチン南部パタゴニアの森が舞台です。

 

   

 Temporada de cazaHunting Season2017 アルゼンチン

製作:Rei Cine (アルゼンチン) / Les Films de LEtranger () / Augenschein Filmproduktion () /

      Gamechanger Films () / 協賛INCAA

監督・脚本:ナタリア・ガラジオラ(ガラジョーラ?)

撮影:フェルナンド・ロケット

編集:ゴンサロ・トバル

美術:マリナ・ラッジオ

メイクアップ&ヘアー:ネストル・ブルゴス

助監督:ブルノ・ロベルティ

製作者:ベンハミン・ドメネク、サンティアゴ・ガリェリ、マティアス・ロベダ、

    ゴンサロ・トバル、他共同プロデューサー多数

 

データ:製作国アルゼンチン・米・仏・独・カタール、スペイン語、2017年、ドラマ、100分。撮影期間2015年から翌年にかけてサン・マルティン・デ・ロス・アンデスで撮影された。資金提供、トゥールーズ映画祭ラテンアメリカ映画基金、ドイツのワールド・シネマ基金より3万ユーロ、他ロッテルダムやトリノ・フィルム・ラボのサポートを受けています。第74回ベネチア映画祭「国際批評家週間」正式出品された。アルゼンチン公開914日予定。

 

キャスト:ヘルマン・パラシオス(父親エルネスト)、ラウタロ・ベットニ(息子ナウエル)、ボイ・オルミ、リタ・パウルス、ピラール・ベニテス・ビバルト、他

 

プロット:母親が急死したとき、ナウエルはブエノスアイレスの高校を終了する間際だった。別の家族と暮らす父親には、息子が18歳になるまでの3か月間の養育義務があった。二人は10年間も会っていなかったが一緒に暮らすことになる。父エルネストは、パタゴニアのサン・マルティン・デ・ロス・アンデスの山間の村で腕利きのハンターとして尊敬を集めていた。怒りをため込み心の荒んだナウエルのパタゴニアへの旅が始まる。自然が人間を支配する新しい環境に直面しながら、ナウエルは殺すことと同じように愛することの力を学ぶことになるだろう。

 

         厳しいパタゴニアの風景をバックに対立する父と息子

 

★日本でパタゴニアと言えば氷河ツアーが人気のようだが、人間よりグアナコのような動物のほうが多い。舞台となるサン・マルティン・デ・ロス・アンデスもラニン国立公園がツアーに組み込まれるようになっている。「南米のスイス」と称されるバリローチェが舞台になったのは、ルシア・プエンソの心理サスペンス『ワコルダ』(『見知らぬ医師』DVD)でした。また詳細はアップしませんでしたが、今年のマラガ映画祭2017に正式出品されたマルティン・オダラの Nieve negra もパタゴニアが舞台、リカルド・ダリン扮する主人公は人里離れた山奥の掘立小屋に一人で暮らしている。父親が亡くなり遺産相続のため長らく会うこともなかった弟が妻を伴ってスペインから戻ってくる。この弟にレオナルド・スバラグリアが扮した。相続をめぐって対立する兄弟の暗い過去が直ちに表面化していくサスペンス。Temporada de caza のプロットを読んで真っ先に思い出したのが今作でした。

 

★ラテンアメリカ映画に特徴的なのが、何かを契機にA点からB点に移動して対立が起きる物語です。たいてい Nieve negra  Temporada de caza のように家族の死が多く、「シネ・エスパニョーラ2017」で短期上映されたイスラエル・アドリアン・カエタノの『キリング・ファミリー 殺し合う一家』も音信不通だった母親と弟の死がきっかけでした。二人に掛けられていたという僅かな死亡保険金欲しさにブエノスアイレスから北部のラパチトに移動して殺人事件に巻き込まれるストーリーでした。 

 

★父エルネストを演じたヘルマン・パラシオスは、1963年ブエノスアイレス生れ。ルシア・プエンソの『XXY』(07)に、リカルド・ダリン扮する主人公の友人医師ラミロとして登場していました。TVシリーズでの出演が多い。息子ナウエル役のラウタロ・ベットニは本作が初出演のようです。ピラール・ベニテス・ビバルトは、Yeguas y cotorras に出演している。

 

    

 

 (パタゴニアの風景をバックにした父と子、映画から)

 

★製作者のベンハミン・ドメネク、サンティアゴ・ガリェリ、マティアス・ロベダ、ゴンサロ・トバル、撮影監督のフェルナンド・ロケットは、共に Yeguas y cotorras に参画している。特にゴンサロ・トバルは、Temporada de caza で編集も担当しています。1981年生れの監督、脚本家、製作者、長編デビュー作 Villegas がカンヌ映画祭2012のカメラドールにノミネートされたほか、ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭BAFICIのアルゼンチン映画コラムニスト連合賞ACCA他を受賞している。映画後進国の南米においては、アルゼンチンは飛びぬけて輩出している。  

    

  (左から、ゴンサロ・トバル、監督、サンティアゴ・マルティ、マイアミ映画祭2016にて)  

 

 監督キャリア&フィルモグラフィー

ナタリア・ガラジオラNatalia Garagiola1982年ブエノスアイレス生れ、監督、脚本家。祖先はイタリア系移民だが、一応英語発音でカタカナ表記した(ガラジョーラかもしれない)。映画大学卒業後、2014年にスペインのメネンデス・ペラヨ国際大学(視聴覚研究財団)のシナリオ科の博士課程終了。短編がカンヌ映画祭に出品されていることもあり、若手監督として注目されている。

 

   

2011Rincón de López(短編11分)脚本、BAFICI出品

2012Yeguas y cotorras (短編30分)カンヌ映画祭2012「批評家週間」短編部門出品

2014Nordic Factory (フィンランド、デンマーク製作)監督6人のオムニバス

2014Sundays(短編16分)共同監督、脚本、カンヌ映画祭2014「監督週間」短編部門出品

2017Temporada de caza 省略

Yeguas y cotorras は、YouTube(英語字幕)で鑑賞できます。

 

 

「ある視点」にサンティアゴ・ミトレの新作*カンヌ映画祭2017 ⑧2017年05月18日 16:34

        サンティアゴ・ミトレ、滑り込みセーフの「La Cordillera

 

       

         (アルゼンチン大統領のリカルド・ダリンとミトレ監督)

 

★最後のご紹介となったのが、追加作品としてノミネートされたサンティアゴ・ミトレの長編第3作目La Cordilleraです。第2作目の『パウリーナ』15)がカンヌ映画祭と並行して開催される「批評家週間」でグランプリを受賞、今度はカンヌ本体の「ある視点」に飛び級しました。デビュー作『エストゥディアンテ』11)も第2作もラテンビートで上映されたから、本作も今年のラテンビートを期待してもいいでしょう。新作は製作発表当初からリカルド・ダリンがアルゼンチン大統領、パウリナ・ガルシアがチリ大統領、ダニエル・ヒメネス=カチョがメキシコ大統領と、各国の大物俳優が出演するというので話題になっておりました。チリで開催されるラテンアメリカ「サミット」で炙り出されてくる問題は何でしょうか。政治的内容にコミットした映画ではなさそうですが。

 

  「La Cordillera(「The Summit」)2017

製作:Kramer & Sigman Films() / Union de los Rios, La() / Mod Producciones(西) / Movister(西) / ARTE France Cnema() / Maneki Films() / Telefe() /  協賛INCAA

監督・脚本:サンティアゴ・ミトレ(亜)

助監督:マルティン・ブストス(亜)

脚本():マリアノ・リィナス(ジィナス)

音楽:アルベルト・イグレシアス(西)

撮影:ハビエル・フリア(亜、『人生スイッチ』『エルヴィス、我が心の歌』)

美術:セバスティアン・オルガンビデ(亜、『エル・クラン』)

編集:ニコラス・ゴールドバートGoldbart

キャスティング:ハビエル・ブライエルBraier、マリアナ・ミトレ

衣装デザイン:ソニア・グランデ(西)

メイクアップ&ヘアー:マリサ・アメンタ、ネストル・ブルゴス、アンヘラ・ガラシハ

録音:フェデリコ・エスケロ、サンティアゴ・Fumagalli(仏)

プロデューサー:ウーゴ・シグマン(亜)、マティアス・モステイリン(亜)、フェルナンド・ボバイラ(西)、アグスティナ・ジャンビ=Campbell、フェルナンド・ブロム、シモン・デ・サンティアゴ、Didar Domehri、エドゥアルド・カストロ(チリ)、他エグゼクティブ・プロデューサー多数

 

データ:製作国アルゼンチン()=フランス=スペイン、スペイン語、2017年、政治的スリラー、114分、撮影地ブエノスアイレス、アルゼンチン南部バリローチェ、チリのサンティアゴ、首都から46キロ東方のスキーリゾート地バジェ・ネバドなど、期間は8週間。カンヌ映画祭2017「ある視点」ノミネーション524日上映、配給元ワーナーブラザーズ、アルゼンチン公開2017817

 

 主なキャスト

リカルド・ダリン(エルナン・ブランコ、アルゼンチン大統領)亜

ドロレス・フォンシ(マリナ・ブランコ、娘)亜

パウリナ・ガルシア(パウラ・シェルソン、チリ大統領)チリ

ダニエル・ヒメネス=カチョ(セバスティアン・サストレ、メキシコ大統領)メキシコ

エリカ・リバス(ルイサ・コルデロ、エルナン・ブランコの個人秘書)亜

エレナ・アナヤ(クラウディア・Klein、新聞記者)西

アルフレッド・カストロ(デシデリオ・ガルシア)チリ

ヘラルド・ロマノ(カステックス、アルゼンチン首相)

クリスチャン・スレイター(Dereck McKinleyデレック・マッキンリー)米

ラファエル・アルファロ(Preysler、パラグアイ大統領)

レオナルド・フランコ(ブラジル大統領)

マヌエルトロッタ(Yhon

 

プロット:アルゼンチン大統領エルナン・ブランコは、チリのバジェ・ネバドで開催されているラテンアメリカ諸国「サミット」に出席していた。会議のテーマは石油問題であるが、彼は娘婿が関わった汚職事件に巻き込まれており、公私共に非常に重大な決断を迫られていた。父親の依頼によって娘マリナも当地に滞在していた。身の安全と時間稼ぎ、要するに解決策を交渉するためであった。今までの物静かで家庭的な環境とは異なり危険をはらむものに変わろうとしていた。ざらざらした耳障りなストーリー、観客の理解を得られるでしょうか。

 

      

    (公私ともに岐路に立たされるエルナン・ブランコ大統領、大統領執務室にて)

 

         アルゼンチンとチリの大物揃いの采配に苦労したミトレ監督

 

★スタッフとキャストのリストを一見すれば、監督の苦労が分かります。リカルド・ダリンのために作られた映画ではないかと予想しますが、前回ご紹介した「La novia del desierto」や『グロリアの青春』の主役パウリナ・ガルシア、『バッド・エデュケーション』のダニエル・ヒメメス=カチョ、『ザ・クラブ』のアルフレッド・カストロ、アルゼンチンではアルモドバルの『私が、生きる肌』でブレークした個性派エレナ・アナヤも短期間ながら昨年10月にブエノスアイレス入りして撮影に臨んだ。同作でゴヤ主演女優賞を受賞しており今後のスペイン映画界を背負う女優に成長した。監督にとっては全て先輩シネアスト、3作目でよくこれだけオーケーしてもらえたとびっくりしています。

 

★娘マリナ役は監督夫人ドロレス・フォンシ1978年、アドログエ)、『パウリーナ』の主役を演じた理論派というか物言う女優の一人です。本作では離婚して双子を育てている母親という、世間がイメージする大統領の娘とは全然似ていない役柄。「マリナ・ブランコの横顔は、庶民で地位は高くない」という。彼女は役柄のデータは自由裁量ができるほうが好ましいと言う。『パウリーナ』では、自分がどう生きるかは自分で決める、人生の選択権は父親ではないというダイナミックな女性を演じた。まだ恋人関係だったミトレ監督の考えに魅了されたという。「男性に尽くすだけの女性、性的対象の娼婦だったり母親だったりの脚本には興味が持てない」と語っている。

 

     

             (本作撮影現場でのドロレス・フォンシ)

 

                          

                              (「トルーマン」のポスターを背に)

 

エレナ・アナヤ1975年、バレンシア)は、リカルド・ダリン扮する大統領をインタビューする新聞記者という役柄。製作者によれば「この映画の記者を演じるための強さを兼ね備えた」女優だと、日刊紙「クラリン」にオファーの理由を語っている。アナヤは日本でも8月公開がアナウンスされている『ワンダーウーマン』(17)に出演している。「DCコミックス」のアメリカン・コミックの実写映画、彼女はマッドサイエンティストのドクター・ポイズンになりますが、悪役でしょうか。語学が堪能だからスペインだけにとどまっていない。『私が、生きる肌』出演後、「この作品に出る前の自分には戻れない」と語っていたアナヤ、本作では大統領に接近していく小賢しいデーモンたちとも渡り合うようです。

 

     

             (リカルド・ダリンとエレナ・アナヤ)

 

★メキシコの男優のなかでも、ダニエル・ヒメネス=カチョ1961年、マドリード)は公開作品が多いほうでしょうか。マドリード生れということかスペイン監督とのコラボも多い。例えばアルモドバルの『バッド・エデュケーション』、パブロ・ベルヘルの『ブランカニエベス』が公開されている。他ロベルト・スネイデルの『命を燃やして』、ルイス・マンドーキの『イノセント・ボイス』、アルフォンソ・キュアロンのデビュー作『最も危険な愛し方』など、字幕入りで見られる映画が多数ある。今回はメキシコ大統領に扮します。「サミット」が開催されたサンチャゴ東方の海抜3030mのバジェ・ネバドの撮影シーンでは、全員がソローチェと言われる高山病でダウンしたそうです。スキー・リゾート地にある5つ星ホテル「バジェ・ネバド」が会議場になった。

 

  

 (日傘で強い日差し避けて撮影中の、監督、ダリン、ヒメネス=カチョ、バジェ・ネバドにて)

 

★ソローチェに苦しんだのがブエノスアイレスから60か所のカーブを曲がって昇ってきたアルゼンチン組、撮影に同行したクラリンの新聞記者も嘔吐しないように床に横になっていたとか。出席した12か国の大統領の集合写真撮影シーンでも失神する大統領が出たりで、なかなか全員揃ったシーンが撮れず遅延続きだったようだ(笑)。結局会議の模様はブエノスアイレスに戻って、シェラトンホテルに変更して撮ることになったようです。

 

  

            (バジェ・ネバド・ホテルの全景)

 

★『瞳の奥の秘密』でブレークしたリカルド・ダリンは、何回も登場させているので割愛しますが、「私は政治に巻き込むつもりはないよ」と誓っています。チリ大統領のパウリナ・ガルシアも前回ご紹介したばかりです。彼女はNetflixのシリーズ「Narcos」で麻薬王パブロ・エスコバルの母親役を演じているそうです。二人のツーショットは初めてでしょうか。

 

     

       (チリ大統領のパウリナ・ガルシアとリカルド・ダリン)

 

★予告編でもよく分かるのが大統領たちが着ているスーツの高級感、ダリンが着用している背広は、イタリアのメーカー「エルメネジルド・ゼニヤ」のもの、クラシックでありながら若々しいが売りの世界でも有数の高級服メーカー、銀座にも出店している。もう一つが「伝統を誇るイタリアン・テーラードのブリオーニを選んだ」と衣装デザイナーのソニア・グランデ、ウディ・アレン(『ミッドナイト・イン・バリ』『それでも恋するバルセロナ』)やアルモドバル(『ジュリエッタ』『抱擁のかけら』)が好んで採用するスペインのデザイナー。アルゼンチン大統領府の執務室で撮影したり、大分お金が掛かっているようですが、果たして回収できるでしょうか。

 

★「ある視点」の3作は以上です。ノミーションは全部で18本、どんな結果になるか、いよいよ開幕いたしました。

『パウリーナ』の作品内容、監督経歴、ドロレス・フォンシ紹介は、コチラ2015521

『瞳の奥の秘密』の紹介記事は、コチラ201489


「ある視点」にアルゼンチンから二人の女性監督*カンヌ映画祭2017 ⑦2017年05月14日 16:15

          デビュー作「La novia del desierto」がノミネーション

 

 

2番目にご紹介するのが、アルゼンチンの二人の女性監督セシリア・アバレリア・ピバト長編デビュー作La novia del desiertoです。アルゼンチン=チリ合作、『グロリアの青春』でブレークしたチリのパウリナ・ガルシアとアルゼンチンのクラウディオ・リッシがタッグを組んだようです。本作はカメラ・ドールの対象作品でもあります。昨今のチリ映画界の躍進は、アルゼンチンに劣らず目覚ましいものがありますが、いずれも合作ですが「批評家週間」のLos perrosLa familiaを加えて3作に、当ブログでは受賞した場合だけアップしている短編Selva(ソフィア・キロス・ウベダ)があります。本作はまだ予告編さえアップされておりませんが、ブエノスアイレスからアルゼンチン北西の州サン・フアンへ、チリとの国境沿いまで砂漠を横切って旅をする一種の<ロード・ムービー>のようです。ここでもラテンアメリカ映画に顕著なテーマ「移行」が語られるようだ。

 

 

 (左から、ピバト、リッシ、アタン、製作者エバ・ラウリア、Pantalla Pinamar20173

 

La novia del desierto(カンヌでは英題The Desert Bride2017

作:Ceibita Films / El Perro en la Luna / Haddock Films

   協賛Flora Films de Florencia Poblete(サン・フアン州のプロデューサー)

監督・脚本・共同プロデューサー:セシリア・アタン&バレリア・ピバト

撮影:セルヒオ・アームストロング

編集:アンドレア・チニョーリChignoli

音楽:レオ(ナルド)Sujatovich

プロダクション・デザイン:マリエラ・リポダス

プロダクション・マネージメント:フアン・デ・フランチェスコ

録音:パブロ・ブスタマンテ、マウリシオ・ロペス、他

衣装デザイン:ベアトリス・ディ・ベネデット、ジャム・モンティ

プロデューサー:エバ・ラウリア、アレホ・クリソストモ、、ラウル・リカルド・アラゴン、

        バネッサ・ラゴネ

 

データ:アルゼンチン=チリ、スペイン語、ドラマ、85分、撮影地ブエノスアイレス州、サン・フアン州、撮影期間1120日から1216日、カンヌ映画祭2017「ある視点」正式出品&カメラ・ドール対象作品、アルゼンチン公開10月予定

資金援助:アルゼンチンINCAAのオペラ・プリマ賞、チリのCNCAオーディオビジュアル振興基金、第66回ベルリナーレ共同製作マーケット、トゥールーズの製作中の映画プログラムに参加して、フランスのCNCの奨学金を得る。

 

キャスト:パウリナ・ガルシア(テレサ)、クラウディオ・リッシ(エル・グリンゴ)、マルティン・スリッパック

 

物語:ブエノスアイレスで住み込みの家政婦として働いていた54歳になるテレサの物語。何十年も家政婦という決まりきった仕事に埋没していたテレサだが、雇い主が家を売却することになり行き場を失ってしまった。ブエノスアイレスでは次の雇い主を見つけることができず、サン・フアン州の新しい家族のもとで働くことを受け入れる。旅の道連れもなく砂漠の危険な旅に出発するが、奇跡を起こすという「ディフンタ・コレア」のある最初の宿泊先で、彼女は一切合財が入っていたバッグを失くしてしまった。テレサはある行商人と旅を共にすることになるが、彼は途方に暮れたテレサに助けの手を差し伸べてくれた唯一人の人物だった。旅の最後にはテレサにも救いが待っているのだろうか。

 

    

    (テレサ役のパウリナ・ガルシアとエル・グリンゴ役のクラウディオ・リッシ

 

★長年住み込み家政婦として働いてきた身寄りのない女性の心の救済がテーマのようです。この映画で重要な「Difunta Correa」(今は亡きコレア)について、少し説明が必要だろうか。「ディフンタ・コレア」とは、今でもアルゼンチン人の信仰を集めている伝説上の女性デオリンダ・アントニア・コレアのことである。サン・フアン州バジェシートVallesitoに礼拝堂があり、願いをする人、願いを叶えてもらった多くの人々が巡礼に訪れている。このバジェシートの伝説「ディフンタ・コレア」に着想を得て作られた本作には、サン・フアン州の人々がエキストラとして多数参加しているそうです。

  

デオリンダはサン・フアン州アンガコで、夫クレメンテ・ブストスと小さい息子の3人で暮らしていた。しかし内戦の嵐が吹き荒れ、夫は隣州ラ・リオハで戦うため1840年ころ強制的に徴兵されてしまった。ラ・リオハを進軍中のゲリラ兵に無理やり捕らえられ、デオリンダも辛い日々を送っていた。夫との再会を願って探しに行こうと決心する。渇きと空腹に耐えて歩き続けたが、山の気候の厳しさやサン・フアンの砂漠の過酷さに耐えきれずに命を落としてしまった。近くを通った子供たちが赤ん坊の泣き声が聞こえるというので村人が行ってみると、母親は死んでいたが赤ん坊はお乳を吸っていた。これは奇跡だと近くのバジェシートに礼拝堂を建てて母親を手厚く埋葬し、今は亡きコレアDifunta Correa」と名付けて、「ディフンタ・コレア」と書かれた十字架の付いた花束を飾った。この奇跡が口から口へ延々と語り継がれ、今日でも巡礼者で賑わっている。大体こんなお話ですが、他にも多数のバージョンがあるようです。

 

  

  (花束に埋まった母親ディフンタ・コレアとお乳を飲んでいる赤ん坊、サン・フアン州)

 

★奇跡を願う人々は古今東西、なくなることはありません。キリスト教と共存しながら伝説や神話は絶えることなく生き続けています。「ディフンタ・コレア」は砂漠のオアシスとしての役目もあるのかもしれません。本作で目立つのが監督を含めて女性シネアストの活躍です。それにアルゼンチンとチリ両国のスタッフが交じり合って担当していることです。例えば、衣装デザインのベテラン、ベアトリス・ディ・ベネデット(ルシア・プエンソの『ワコルダ』のデザイナー)やプロデューサーのエバ・ラウリアバネッサ・ラゴネはアルゼンチン人、撮影はラライン映画(『ザ・クラブ』『トニー・マネロ』『ネルーダ』など)を手掛けているセルヒオ・アームストロングと編集のアンドレア・チニョーリ(ララインの『トニー・マネロ』や『NO』アンドレス・ウッドの『ヴィオレータ、天国へ』など)はチリ人です。圧倒的にアルゼンチン人ですが、主役にはチリのパウリナ・ガルシアを据えています。

 

★セバスティアン・レリオの『グロリアの青春』13)で受賞できる賞の全てを手に入れた感のパウリナ・ガルシアは、女優の他、監督、劇作家としても活躍しています。EFEのインタビューによれば「長い間、私たちの国はアジェンデとピノチェトの対立により政治的条件が厳しく、他の国との合作映画など考えられなかった。チリでは経済力のある階級の人々は文化に対する理解が十分とは言えない。だから映画に携わる人の生活は恵まれていないのです」と、合作映画に出演できた喜びを語るガルシア。「まだ夜が明けたばかり、民間分野とアーティストたちの交流を図るための公的政策が足りないのです」とも。今年のカンヌには出席する予定だが、「チリとフランスの関係は非常に長い歴史をもっている。たくさんのアーティスト、製作者、監督が1970年代にはパリで暮らしていた。それでフランス映画のプロフェッショナルな人々との繋がりは強いのです」と、確かにそうですね。「批評家週間」ノミネートの「Los perros」や「La familia」を含めると、50人くらいの関係者が今年のカンヌに行くそうです。

 

      

            (サン・フアンの荒れ地にたたずむテレサ)

 

二人の監督紹介

バレリア・ピバトValeria Pivato は、アルゼンチンの監督、脚本家、プロデューサー。フアン・ホセ・カンパネラのEl hijo de la noviaのアシスタント監督やキャスティング、同Luna de Avellaneda『瞳の奥の秘密』のスクリプト、パブロ・トラペロの『檻の中』にアシスタントの共同監督に参加、テレドラも手掛けている。本作で長編デビューを果たした。他にウォルター・サーレス、ミゲル・ペレイラ、フアン・ソラナスなどとコラボしている。

  

セシリア・アタンCecilia Atánは、1978年ブエノスアイレス生れ、監督、脚本家、プロデューサー、女優。監督としては2012年短編El marやテレドラも手掛けている。アシスタントや助監督としての経歴は長い。アルベルト・レッチのNueces para el amor2000)にアシスタント監督として参画、同作はハバナ、カルタヘナ、ビニャ・デル・マル各映画祭で作品賞を受賞した話題作。他ホセ・ルイス・アコスタのNo dejaré que no me quierasなど、スペインとの合作映画もある。また五月広場の母親たちのドキュメンタリーMadres de Plaza de Mayo, la historiaを撮っている。他にエクトル・ベバンコ、アレハンドロ・アグレスティなどともコラボしている。 

    

              (セシリア・アタンとバレリア・ピバト)

 

★カンヌが近づくにつれ情報が入ってきましたが、例えば、どうしてヒロインにアルゼンチンではなくチリの女優を選んだか、主要登場人物にシニアを設定したのはなぜか、アイデアの誕生など少しずつ分かってきましたが、今回はとりあえずこれでアップしておきます。 

『キリング・ファミリー 殺し合う一家』*アドリアン・カエタノ2017年04月09日 16:37

         

「シネ・エスパニョーラ2017で一番面白かったのがイスラエル・アドリアン・カエタノの本作でした。作品・監督紹介は大分前にアップ済みですが、一応基本データを繰り返すと、原題はEl otro hermano(仮題「もう一人の兄弟」)英題は「The Lost Brother」、原作カルロス・ブスケドの小説Bajo este sol tremendoの映画化、製作国アルゼンチン=ウルグアイ=スペイン=フランス合作アルゼンチン映画、言語スペイン語、2017年、スリラー、113分、マイアミ映画祭2017ワールド・プレミア、マラガ映画祭正式出品、アルゼンチン公開330日、日本公開325

 

    

キャスト:ダニエル・エンドレル(ハビエル・セタルティ)、レオナルド・スバラグリア(ドゥアルテ)、アンヘラ・モリーナ(モリーナ先妻マルタ)、アリアン・デベタック(ダニエル・モリナ)、パブロ・セドロン(屑鉄エンソ)、アレハンドラ・フレッチェネル(エバ)、マックス・ベルリネル、ビオレタ・ビダル(銀行出納係)、エラスモ・オリベラ(死体安置所職員)他

 

プロット:長らく音信の途絶えていた母親と弟の死を発端に闇の犯罪組織に否応なく巻き込まれていくセタルティの物語。セタルティは打ちのめされた日々を送っていた。仕事もなく、何の目的も持てず、テレビを見ながらマリファナを吸って引きこもっていた。そんなある日、見知らぬから母親と弟がアルゼンチン北部のラパチトで内縁の夫モリーナから猟銃で殺害されたという知らせがもたらされる。ブエノスアイレスからその寂れた町ラパチトに家族の遺体の埋葬と僅かだが掛けられていた生命保険金を受け取る旅に出発する。ラパチトではドゥアルテと名乗る顔役が彼を待ち受けていた。元軍人で家族殺害したモリナの友人であり遺言執行人もあるという。しかしこの謎めいた男の裏の顔は複雑に入り組んだ町の闇組織を牛耳るボス、誘拐ビジネスで生計を立てているモンスターであった。セタルティは保険金欲しさにずるずると予想もしなかったドゥアルテのワナにはまっていく。

 

        冷血漢が灼熱の太陽のもとで繰り返す悪のメタファーは何か?

 

A: 原題と邦題のタイトルがこれほどかけ離れているのも最近では珍しい。英題「The Lost Brother」のカタカナ起こしのほうがよほどぴったりしている。多義的な「lost」には「otro」の意味はありませんが内容的に優れたタイトルになっています。

B: 邦題は悪すぎ、「キリング・ファミリー」と副題の「殺し合う一家」のどこがどう違うのやら。アドリアン・カエタノ監督(モンテビデオ1969)が邦題を知ったら「?!」でしょうね。

 

A: タイトルは自由に付けていい決まりですが、作品の顔ですからただセンセショーナルだけではいただけない。邦題の悪口は言わない主義ですが、これは残念です。前回の『クローズド・バル~』同様メタファーが多く、アルゼンチン=サッカー王国、マラドーナ、メッシ、タンゴの豆知識だけでは映画のすごさは分かりにくい。少なくとも3万人の行方不明者を出したと言われる軍事独裁政権時代(197683)が背景にあることだけは押さえておきたい。

B: お金目当ての誘拐、地下室監禁、脅しの手口、性的虐待、ディオニソス症候群など、汚職まみれの残酷すぎるアルゼンチン社会のメタファーが分からないと、単なる平凡で陳腐な殺人ごっこにしか見えません。

 

    

      (新しい獲物セタルティの値踏みをするドゥアルテの下卑た笑い顔)

 

A: 小悪党ドゥアルテと行き当たりばったりの人生を送っているセタルティは同世代、生き方は違うように見えるが同じ穴の狢の似た者同士です。彼らは法が機能しなかった独裁政権時代の犠牲者あるいは継承者、いわゆる「道に迷った子供たち」を象徴しています。

B: 「くそったれ」しか学んでこなかった。大体40歳前後に設定されているようです。この世代はきちんとした教育を受けられず、悪事や憎しみを正当化し、裏切りやレイプは当たり前、愛を語ることなど人間のもろさだと思わされて育った特異な世代です。

 

A: 誘拐してきたエバを地下室に監禁して、自分の排泄物を処理するがごとくレイプする。このシーンはかつての独裁政権があちこちに散在していた強制収容所で行っていたことの再現ですね。ラパチトはチャコ州にある実在の町、原作者カルロス・ブスケド1970)はチャコ州の出身、この地方を熟知している。

B: 夏は日差しが強く、埃りの舞い上がる寂れた町でメタボ気味のセタルティは汗まみれになる。この猛暑もメタファーでしょうか。

 

A: 脚本を見せられ即座に出演を決めたダニエル・エンドレル(モンテビデオ1976、セタルティ役)が、アルゼンチン公開前のインタビューで「監督から体重を増やしてくれと頼まれた」と語っていた(笑)が、家族の埋葬は口実、保険金が目当てでやってきた意志の弱い男が次第に欲に釣られて深入りしていくプロセスが面白い。

B: 初対面からドゥアルテの危険な悪事に気づきながら、かけらだが良心は残っているのに、ずるずると深みにはまっていく。

 

 

  (左から、スバラグリア、監督、メタボが若干解消されたエンドレル、公開前の記者会見)

 

A: 早くブラジルで人生をやり直そうと未来が見えてきたのに弱さが勝つ。彼らのようなアウトサイダーは、民主化されても真面な労働力と見なされない。殺害者モリーナの息子ダニエルもきちんとした教育を受けていないから、ドゥアルテに不信を抱きながらも悪事に手を染めていく。関係を切りたくても、その後の人生設計が思い描けない。

B: 母マルタはスペインからの移住者、モリーナの先妻という設定でした。モリーナは内縁の妻と息子を殺害したあと自殺したことになっているが事実かどうか分からない。邪魔者になって消されたのかもしれない。息子ダニエルは父親の埋葬のさい、幼くして死んだ同名の兄がいたことを初めて知る。

 

A: もう一人の兄弟の存在ですね。長男のクリスチャン・ネームは父親と同じにする仕来りがある。長男は「お前が生まれる前に死んだので、同じ名前を付けた」と母親は説明する。墓碑銘には「19831987」とあり、次男ダニエルが1987年以降に生まれたことを観客は知る。

B: ハビエル・セタルティとダニエル・モリーナに血縁関係はなく異母兄弟でもない。セタルティの母親とモリーナは内縁関係だから法的にも義理の兄弟にはならないわけですね。

 

A: 母親と一緒に殺害された弟の存在をセタルティは知らなかったようで、この弟はモリーナが父親かもしれない。セタルティにももう一人の兄弟がいたことになる。ドゥアルテは「el otro haemano」というセリフを何回か口にした。原題のキイポイントです。ワーキング・タイトルは原作と同じでしたが、最終的に変更したのでした。

B: マルタ役にスペインの大女優アンヘラ・モリーナ(マドリード1955)を起用できたことを監督は幸運だったと語っています。

 

A: 映画の中で唯ひとり人間性をもち続けたいと思っている人間、運命に翻弄されながらも息子ダニエルの更生を願う母親、捨てられながらも元夫を埋葬するという、吐き気を催すような登場人物のなかでは稀有の存在でした。

B: 掃き溜めに鶴、冒頭から薄命が暗示されていた。ダニエル役のアリアン・デベタックは初めて見る俳優ですが、自分の生き方に確信がもてないことが狂暴性に直結するという悪循環を断ち切れない青年を好演していた。センチメンタルで動揺しやすい青年役でした。

 

   

     (長男が眠る墓に夫の遺灰を撒くマルタと息子ダニエル、映画から)

  

        父親のいない孤児たち、アンチヒーローしか登場しない映画

 

A: 軍隊では先輩モリーナから様々なことを教えてもらったという小悪党ドゥアルテを好演したのがレオナルド・スバラグリア(ブエノスアイレス1970)でした。イケメンを卒業してマラガ映画祭2017では、大賞のマラガ賞、本作で銀の男優賞を受賞した。

B: マラガ賞はリカルド・ダリンも貰っていないはず、快挙に近い。軽薄に聞こえる声、薄汚い表情、お喋りだが内容は空っぽ、全てはお金のため、愛など無用の長物、病的なほど残酷なアンチ・ヒーローを体現した。これで女性ファンを大分失いましたが、役者として一皮剥けました。

 

A: ご安心ください。マラガに現れたスバラグリアはにこやかなイケメン、エンドレルもメタボを若干解消してお腹は引っ込んでいました。アンヘラ・モリーナも皺こそ深くなりましたが相変わらず美しい。カエタノ監督は欠席したのか、プレス会見にも姿がなかった。

B: ヒーローが出てこないのがカエタノ作品の特徴ですが、本作のもう一つのカギは移動父親不在です。これはラテンアメリカ文学の特徴の一つですね。

 

    

     (左から、スバラグリア、モリーナ、エンドレル、マラガ映画祭にて)

 

A: ドゥアルテには父親どころか全く家族の姿が見えない。セタルティも故郷トゥクマンを出てからは家族は不在、ダニエルは母子家庭同然だった。さらに誘拐されたエバに夫はなく、つまり電話にボイスで出演するエバの息子にも父はいない。息子には母親を救い出したいという意思がない。セタルティはトゥクマンからブエノスアイレス、さらにラパチトに流れてくる。そして最終目的地はブラジルということでした。

B: 崩壊した家族は崩壊したアルゼンチンをシンボル化しており、かつてセタルティの家族が住んでいた家は、今や廃屋となっている。鉄屑のガラクタ・コレクターの弟の存在も不気味です。

A: ディオニソス症候群らしい弟の存在と、それを買い取る屑鉄商エンソのメタファーは何でしょうか。エンソを演じたパブロ・セドロン(マル・デル・プラタ1958)は、人気テレビドラマで活躍しているベテランのようです。精彩を欠くセタルティを手玉に取る、世故に長けた屑鉄商を飄々と演じていた。

 

      

       (屑鉄商エンソにガラクタの値段交渉をするぱっとしないセタルティ)

 

              

B: トラクターの売却代金を狙われ、ドゥアルテの餌食になるエバを演じたのは、アレハンドラ・フレッチェネルでした。

A 脇役に徹して映画とテレドラで活躍している。今回は猿ぐつわをされている役なのでセリフが少なく難しい役だったと語っている。目で演技ですから、ごまかしが効かない。独裁政権下で地下室に押し込められ犯された多くの犠牲者のメタファーです。パブロ・トラペロの『エル・クラン』15を思い出した観客もいたはずです。

B: あちらの時代背景もポスト軍事独裁時代でしたが、誘拐ビジネスの根は前の軍事独裁政にありました。アルゼンチンの負の遺産はナチス同様、現代でも生き延びています。

 

 

 (左から、エンドレル、監督、デベタック、フレッチェネル、公開前の講演会にて)

 

          フレーミングの取り方、カメラの位置

 

A: カエタノ監督は、いわゆるアルゼンチン・ニューシネマ世代に属している。画面の切り取り方やカメラの位置に拘っていることがよく分かる作品でした。「構図は成り行き任せにしなかった。大変苦労したがその甲斐はあった」と。

B: フレーミングに拘ったレオポルド・トーレ・ニルソン(192478)に捧げられている。

A: 日本では『天使の家』(57)と『MAFIA血の掟』(72)が公開されている。アルゼンチン映画史では避けて通れない監督、脚本家です。

 

   

  (州都レシステンシアの銀行窓口で生命保険料の支払いを待つドゥアルテとセタルティ)

 

B: 原作を損なわずに、しかしかなり自由に映画化したようですが。

A: 読者と観客の違いを考えたということですかね。いずれにしろ小説と映画は別作品です。

 

作品紹介とアドリアン・カエタノのキャリア紹介は、コチラ2017220

レオナルド・スバラグリアのキャリア紹介は、コチラ2017313

アンヘラ・モリーナのキャリア紹介は、コチラ2016728

ダニエル・エンドレルのキャリア紹介は、コチラ2017220

 

マラガ賞にレオナルド・スバラグリア*マラガ映画祭20172017年03月13日 09:30

        一番の大賞であるマラガ賞に『キリング・ファミリー』のスバラグリア

 

★コンペティション作品紹介前にマラガ映画祭の主な特別賞を簡単に列挙しておきます。スペイン製作とイベロアメリカ諸国製作の垣根が取り払われたこともあるのか、受賞者にアルゼンチンとペルー出身者が選ばれました。二人とも日本での認知度はあるほうだと思います。まずはマラガ賞からご紹介。

各賞の性格については、コチラ201447

 

マラガ賞 レオナルド・スバラグリア1970年ブエノスアイレス生れ、俳優)

★特別賞のうち一番の大賞が「マラガ賞」、最近の受賞者は2014マリベル・ベルドゥ2015アントニオ・デ・ラ・トーレ2016パス・ベガとスペイン勢が受賞しています。最近はスペインを本拠地にアルゼンチンとスペインを行ったり来たりして活躍しているが、アルゼンチン出身のレオナルド・スバラグリアに贈られるのは珍しい。国内外の受賞歴を誇るリカルド・ダリンでさえもらっていないが、スペイン映画出演ではスバラグリアのほうが多い。最近アドリアン・カエタノの『キリング・ファミリー 殺し合う一家』でキャリア紹介をしておりますが、マラガ賞受賞ですから少しばかり補足して再構成します。16歳でデビュー以来トータルで50作を超えます。節目になった作品、受賞した話題作に絞ってのご紹介になります。

 

   

              (喜びのレオナルド・スバラグリア)

 

                    キャリア&フィルモグラフィー

 

16歳の1986年に『ナイト・オブ・ペンシルズ(監督エクトル・オリヴェラ)で長編映画デビューを果たす。本作では軍事独裁政権に抵抗する学生の一人に扮した。その後7年間はテレドラ出演が続き、1993年マルセロ・ピニェイロのTango feroz: la leyenda de Tanguito(スペイン合作)に脇役で出演、その演技が監督の目に止まり、2年後のCaballos salvajes(ウエルバ映画祭主演男優賞)やCenizas del paraiso97)出演につながった。当時はピニェイロの若手お気に入り俳優だった。1998スペインに渡り活躍の場をスペインにも広げるテレドラ出演と並行して2000年、ふたたびピニェイロの炎のレクイエムにエドゥアルド・ノリエガやパブロ・エチャリと出演、「銀のコンドル賞」にノミネートされるなど大成功を収めた。実話に基づいて書かれた小説の映画化、アルゼンチンでは映画より小説のほうが面白いと評されたが、映画も充分堪能できたのではないか。

 

   

     (札束を燃やすシーンのノリエガとスバラグリア、『炎のレクイエム』から)

 

★スペイン映画では、2001フアン・カルロス・フレスナディジョの10億分の1の男』がヒット、一気に国際舞台に躍り上がった。翌年のゴヤ賞新人男優賞を受賞、監督も新人監督賞を受賞した。日本でも公開され話題を呼んだサスペンス。しばらくスペイン映画出演が多くなる。例えば2002年ヘラルド・ベラのDeseoではセシリア・ロスやレオノル・ワトリングと共演、2003年にはマリア・リポルの『ユートピア』やビセンテ・アランダの『カルメン』など。その後アルゼンチンに戻り、2004年ルイス・プエンソの『娼婦と鯨』(スペイン合作)にアイタナ・サンチェス=ヒホンと、次いで最後のガローテ刑に処せられた実在のサルバドール・プッチ・アンティックにダニエル・ブリュールを迎えて撮った実話、マヌエル・ウエルガの『サルバドールの朝』06)では看守役になり、ゴヤ賞助演男優賞にノミネートされた。2007年ゴンサロ・ロペス=ガジェゴのEl rey de la monntana2009年ヘラルド・エレロのEl corredor nocturno、同年マルセロ・ピニェイロのサスペンス群集劇『木曜日の未亡人』では、銀のコンドル賞とスール賞にノミネートされた。 

   

      (危険なゲームを強要された男トマスを演じた10億分の1の男』から

  

2010年以降もアルゼンチンとスペインで活躍、2012年ロドリゴ・コルテスのハリウッド・デビュー作スリラー『レッド・ライト』(米国=西)にロバート・デ・ニーロやシガニー・ウィバーなどの大物俳優と共演、ハリウッド映画に出演したアルゼンチン俳優の一人となった。最近オスカー賞外国語映画賞2015ノミネーションのダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』3話「エンスト」)他、アナイ・ベルネリのロマンティック・ドラマAire libreや、マラガ映画祭2017正式出品の『キリング・ファミリー 殺し合う一家』、同正式出品のマルティン・オダラのNieve negraにも出演、ここではリカルド・ダリンと渡り合う。既にアルゼンチンでは公開されており、面白い、いや駄作と観客の評価は真っ二つに分かれている。コメディからサスペンス、シリアスドラマ、イケメンながら汚れ役も厭わない成長株。

 

 

     (Nieve negra」のポスターをバックにしたスバラグリア、右側がダリン)

 

『キリング・ファミリー』の紹介記事は、コチラ2017220

『人生スイッチ』の紹介記事は、コチラ2015729

  

『エル・クラン』 パブロ・トラペロを観る2016年11月13日 18:18

        アルゼンチンの脆弱な民主主義――モンスター家族のその後

 

  

 

★確かに衝撃的な内容ですが、1970年代後半の軍政時代の弾圧を知るアルゼンチン国民にしてみれば、それほど驚くような内容ではなかったのではなかろうか。もし驚愕したのであれば、それは社会でもや学校でも国民が自国の「現代史」を疎かにしていたことになる。軍政時代に反共を錦の御旗に国家がしたことを、民主化のせいで行き場をなくした個人が代行しただけともいえます。1980年初頭、軍事独裁政権の最後を支えていた人々の無責任と自由放任を利用できたからだといえる。この映画では3年間に4回実行された誘拐ビジネスとプッチオ父子とその実行犯の逮捕までが語られるのですが、重要なのは民主政権がウヤムヤにした軍事独裁政の総括、無関心に徹した国民、つまり名目だけの民主化でしょう。ここではモンスター家族のその後にスポットライトを当てたいと思います。

 

『エル・クラン』El clan”“The Clanの基本データ

製作:Kramer& Sigman Films / Matanza Cine / El Deseo / Telefe / INCAA / ICAA

監督・脚本:パブロ・トラペロ

脚本:フリアン・ロヨラ

撮影:フリアン・アペステギア

編集:アレハンドロ・カリーリョ

音楽:セバスチャン・エスコフェト

美術:セバスチャン・オルガンビデ

衣装:フリオ・スアレス

データベネチア映画祭2015監督賞(銀獅子)受賞作品アルゼンチン=スペイン、スペイン語、2015年、110分、伝記、スリラー犯罪物、撮影地ブエノスアイレス、配給元20世紀フォックス、公開:アルゼンチン2015813日、ウルグアイ93日、チリ924日、ペルー123日、日本2016917日(新宿シネマカリテ他)

 

   

 (左から、ピーター・ランサニ、監督、ギジェルモ・フランセージャ、ベネチア映画祭にて

 

キャスト:年齢は1985823日逮捕時のもの(公式サイトより)

ギジェルモ・フランセージャ(アルキメデス・プッチオ、元公務員・外交官、56歳、

  201384歳で没

ピーター・ランサニ(長男アレハンドロ、マリン・スポーツ用品店経営、地元ラクビーチーム

  Club Atletico San IsidroCASIカシ」の元選手、26歳、200849歳で没)

リリー・ポポビッチ(妻エピファニア、高校教師・会計学、53歳)

ジセル・モッタ(長女シルビア・イネス、美術教師、25歳、52歳で没)

ガストン・コッチャラーレ(次男ダニエル、通称マギラ、「カシ」の選手23歳)

フランコ・マシニ(三男ギジェルモ、?歳)

アントニア・ベンゴエチェア(次女アドリアナ、14歳)

ステファニア・コエッセル(アレハンドロの婚約者モニカ、幼稚園教諭、21歳)

その他、誘拐グループ(クラン)の実行犯、協力者たち

 

解説1980年代に4人を営利誘拐、多額の現金を手にした後に殺害していた「誘拐団プッチオ」の実話にインスパイアーされて製作された。首領アルキメデス・プッチオ並びにその家族は実在の人物であるが、映画の細部はフィクションである。プッチオ家はブエノスアイレス近郊サン・イシドロの高級住宅街にあり、道路に面した階下をマリン・スポーツの店舗にして、長男アレハンドロに経営を任せていた。人質を監禁していた地下室は外部に物音が漏れないよう密閉されていたが、昼日中の拉致、自宅監禁、拷問、殺害というプッチオ一族の凶悪な犯罪が、何故3年間も繰り返し可能だったのかが明らかにされる。しかしそれは軍事クーデタが勃発した1976年まで時間を遡っていくことになる。

作品&パブロ・トラペロ監督キャリア紹介は、コチラ⇒201587

ベネチア映画祭監督賞(銀獅子)の紹介記事は、コチラ⇒2015921

 

       コメディアン、ギジェルモ・フランセージャの蛇のような目

 

A: ラテンビートと重ならないよう封切り直後に鑑賞していたので、大分記憶が薄くなってしまっていますが、主人公アルキメデスを演じたギジェルモ・フランセージャの蛇のような目だけは忘れられない。

B: メキシコのA・キュアロンの『ルドandクルシ』08)、アルゼンチンに2個めのオスカー像をもたらしたJJ・カンパネラの『瞳の奥の秘密』09)で既に登場しています。コメディタッチの役柄が多かったから、本作のアルキメデス役に起用されたと知って驚きました。

A: 映画にしろTVドラにしろ殆どがコメディ、フランセージャ起用はトラペロ監督の慧眼です。コメディアンとしてアルゼンチンで知らない人はいないと言われているベテラン、1955年ブエノスアイレス生れだから、軍事クーデタが勃発した19763月には成人しており、大人の目で道路を走り回っていた戦車を見ているはずです。TVミニシリーズLos hermanos Torterolo1980、コメディ)デビューも間もなくでした。

 

B このクーデタは「起こるべくして起こった」と後に歴史家によって書かれるわけですが、誰も驚かなったというのも信じられないことです。

A: 民政といっても前も後ろもお粗末でしたから、突然知り合いが行方不明になっても関わりを怖れて「沈黙は金」を決め込むのは自然です。アルゼンチン社会にはびこっていたこの「無関心」が元凶です。前述の『瞳の奥の秘密』の時代背景は1976年クーデタの直前にあたります。本作は軍政から民政への移行期の198285年、3万人とも言われる行方不明者名を出した直後だけに、国民も拉致、監禁、殺害には慣らされていた時代でした。

B: 警察は通報を受けても捜索する気もないし、仮にプッチオ一家の犯罪を疑っていても逮捕しようとは思わなかったように思えます。

 

      民政化後のシークレット・サービス員の失業対策のひとつ?

 

A: アルキメデスは有能なシークレット・サービスの一員、軍事独裁政権では拷問のプロとして重宝がられていた。1982年のフォークランド戦争(319日~614日)の敗北を機に翌年総選挙が実施され、12月に民政化された。軍政時に幅を利かせていた軍幹部の多くが有罪となり、プッチオのような関係者は失業者となって生活の基盤を失ってしまった。同じ境遇の退職軍人や友人たちと一緒に始めたのがこの「誘拐ビジネス」でした。

 

B: このグループのリーダーだったのが企画立案者にして実行犯のアルキメデス、元の上司や官憲が半ば見逃していたのは、これが部下たちの一種の「失業対策」の一つだったと考えられます。

A: 第1回目の誘拐が軍政の終焉が予想されたフォークランド戦争後の1982722日、9日後身代金25万ドルを受け取ったあと殺害(要求額は50万ドルだったとも)、第2回目が198355日、10万ドル受領後殺害、所在不明だった遺体は4年後に発掘されている。

 

B: 驚くほどの大金ではないですね。被害者家族が払えるだろう金額を要求している。結局成功するのはこの2回だけ。長男が協力を拒否した1984622日の3回目は、誘拐途中に車から逃げようとした人質を慌てた仲間が胸に発砲、結果的に大事な金づるを死なせてしまい失敗する。最後の4回目でグループ全員が逮捕される。

A: この逮捕劇は、短編ドキュメンタリー“El Clan Puccio”を見ると、実際と映画では若干異なりますが、本作はドキュメンタリーではありませんから問題なしです。事件を握りつぶしていたらしい元上司も自分に累が及ぶのを懸念して庇いきれなくなったのではないか。軍政時に窒息させられていた人権活動家や労働組合の反撃が強まったこともありますが、将来性のあるビジネスとはいえませんから先は見えていたはずです。

 

B: 前3人は長男アレハンドロの友人だったり父親の知り合いだったりしたが、4人目のネリダ・ボリーニ・デ・プラドは葬儀社を経営していた実業家、家族が通報して警察も動かざるを得なかった。交渉を意図的に長引かせ、自宅軟禁も32日間という番狂わせになってしまった。

 

       

           (逮捕時の長男アレハンドロ、1985823日)

 

A: やっと身代金50万ドルで交渉成立、受け渡し現場に張り込んでいた警官に一網打尽となった。長男アレハンドロ3回目から実行には参加しておりませんが、自宅に一緒にいた恋人モニカの目の前で逮捕された。ボリーニ家の電話番号が書かれていた紙切れを所持していたことが逮捕の決め手となった。彼は拉致には協力しておりますが殺害には一切関与していない。それで最後まで罪を認めなかったようですが、父親から報奨金を貰っており無罪は通らない。現ナマの魅力は抗しがたいです。

        

  押しつけられた「家父長制」と歪められた「家族愛」の揺らぎ

 

B: 長男離脱のあと「家父長制」や「家族愛」にも揺らぎがみえ、瓦解は時間の問題だった。際立つのが母親エピファニアのモンスターぶり、長男が役立たずになったとみるや直ぐさま次男を呼び寄せる。不気味ですね。

A: 母親というのは本当に危険な存在です。彼女も逮捕されるが、証拠不十分で2年後に釈放される。80歳を過ぎた現在は、一時親戚に預けられていた次女アドリアナ(当時14歳)と暮らしている。父親と息子の相克、家族は助け合わねばならないという大義名分、これほど極端ではないが観客にも身近に起こりうることです。

 

B: 映画にも出てきましたが、長男はブエノスアイレス裁判所から移送中に係官の手を振り切って5階の回廊から飛び降り自殺をはかる。しかし運悪くというか2階部分の柔らかい屋根に落下、死ねなかった。これを含めて34回自殺を試みているという。

A: 刑務所内の精神病棟に収容され、2007年条件付きで釈放されたが、翌年49歳で没している。90年代初めの獄中結婚、1997年に仮釈放されるも犠牲者家族の圧力に耐えられず刑務所に舞い戻るなど、常に精神状態が不安定だった。

 

            自分は被害者、悪いのは民主化

 

B: 一方「自分こそ被害者」と死ぬまで罪を認めなかった父親アルキメデスも、ある意味、精神を病んでいたのではないですか。軍政が続いて失業しなければ誘拐ビジネスには手を染めなかった、悪いのは民政化という論理です。

A: アイヒマン同様、最後まで自分自身と家族、友人仲間の罪を認めなかったのは驚くに当たりません。箒で自宅前だけでなく反対側の道路も掃いているシーンがありましたが、当時から「箒の変人」という渾名を付けられていた。清掃が目的ではなく警戒と事情蒐集のためだった。近所の人もうすうす気づいていたが、知っていたと言えば、どうして通報しなかったと非難されるのを怖れて白を切っていたとも考えられる。今も昔も無関心は流行ですが、特に当時は蔓延していた。収監中に弁護士の資格を取り、数カ所の刑務所を経て、2008年、浴室設備のない住居指定の条件付きながら釈放、2013年脳血管障害のため、簡易ベッドの上で84歳の生涯を閉じた。

 

        

        (「120歳まで生きる」と豪語していたアルキメデス・プッチオ)

 

B: トラペロ監督は、アルキメデスからインタビューを持ちかけられていたが、海外にいて先延ばしにしていたところ死んでしまい叶えられなかったと語っておりましたが。

A: 脳腫瘍を患っていて精神状態は不確か、ただの下品な老人になっていたらしいから、事件の根幹に関わるような話が聞き出せたかどうか疑問です。2011年、El Clan Puccioの著者ロドルフォ・パラシオスがインタビューしたときでさえ、多くの女性たちとの性的関係を自慢され、呆気にとられたと証言しているほどです。

 

B: 死ぬ4カ月前に離婚していた元妻エピファニア、次男マギラにも接触しようとしたが拒絶されたと語っておりますが、自分たちはアルキメデスの犠牲者、被害者だったと正当化されるのがオチです。

A: エピファニアはアルキメデスの遺骨の受取を拒み、彼は共同墓地に埋葬された。マギラは最後のボリーニ誘拐事件の廉で、199813年の禁固刑を受けていたが、ブラジルやオーストラリアを逃げ回っていた。しかし2011年に刑の正式失効が下され、201311月に舞い戻っていた。司法取引で自由の身になったのでしょうが、実際のところボリーニは生還できたわけですからね。

 

   

              (プッチオ一家、前列が本物)

 

B: 残る家族のうちスポーツ選手だった3男ギジェルモ長女シルビアのその後は?

A: 3男は2回めの自宅軟禁で事件の概要を察知、遠征で訪れたニュージーランドにそのまま亡命して帰国していない。地下の軟禁部屋の階段を上り降りしたと証言した長女も当然嫌疑をかけられたが、母親同様加担した証拠が不十分で釈放されている。52歳でこの世を去っている。

 

       意図的だったBGMのミスマッチ、悲劇を裏切るような選曲

 

B: 当時のブエノスアイレスでは、軍政時代に禁止されていた「ブリティッシュ・ポップス」が流行していた。映像と音楽が齟齬をきたすような選曲は意図的だった。

A: このズレを批判しているブログもありましたが、事情が分かると納得します。スクリーンに現れた人間の二面性同様、ひねり具合というのも難しいですね。

 

B: 監督はフィクションの部分をできるだけ避けたと語っていますが、やはりフィクションです。

A: 新聞記事や残された写真や手紙から家族内の会話を構成するには限界があります。スクリーンで語られたセリフは想像であり創造でもあります。プッチオ関連ではドキュメンタリーの他、アレハンドロの獄中インタビューTV番組、TVミニシリーズHistoria de un clan20159月~11月、11話)がTelefeで放映されている。父親にアレハンドロ・アワダ、母親にセシリア・ロス、長男アレハンドロにリカルド・ダリンの息子“チノ”・ダリンが扮している。

B: アレハンドロ・アワダはこのアルキメデス役でマルティン・フィエロ賞を受賞しており、2015年は「プッチオ・フィーバー」の年でした。