メイド・イン・スペイン部門オープニング作品*サンセバスチャン映画祭2024 ㉑ ― 2024年09月15日 13:37
夭折の作家ルイス・マルティン=サントスを巡る旅
★メイド・イン・スペイン部門のオープニング作品に選ばれたジョアン・ロペス=リョレトの「Tiempo de silencio y destrucción」は、夭折の作家で高名な精神科医、政治活動家でもあったルイス・マルティン=サントス(1924~64)の人生と作品を巡るドキュメンタリー。今年が生誕100周年、死後60年に当たる。映画のタイトルは、1961年、多かれ少なかれ検閲を受けながらもセイクス・バラル社から出版された小説 ”Tiempo de silencio” と交通事故による急死で未完に終わった遺作 “Tiempo de destrucción” (1975刊)から採られている。
(ルイス・マルティン=サントス)
「Tiempo de silencio y destrucción」
製作:Imposible Films
監督:ジョアン・ロペス=リョレト
脚本:ジョアン・ロペス=リョレト、ヌリア・ビダル
撮影:ジョアン・ロペス=リョレト
編集:ルぺ・ぺレス・ガルシア、メリ・コリャソス・ソラ
音楽:ロジャー・パスト
録音:ロジャー・ソレ、ビクトル・トルト
製作者:マルタ・エステバン・ロカ
データ:製作国スペイン、2024年、スペイン語、ドキュメンタリー、60分、撮影2023年、配給フィルマックスFilmax
映画祭・受賞歴:サンセバスチャン映画祭メイド・イン・スペイン部門オープニング作品
キャスト:ルイス・マルティン=サントス・リベラの長男ルイス・マルティン=サントス・ラフォン、同長女ロシオ
解説:1964年1月21日、小説 ”Tiempo de silencio” の著者ルイス・マルティン=サントスは、マドリードからの帰途、バスク自治州のビトリアで悲劇的な交通事故で亡くなりました。事故から60年、生誕100周年を迎えるにあたり、私たちは作家の子供たちルイスとロシオを追って、作家で高名な精神科医、彼を変えた作品の背後にいる人物を再構築するための航海に出ます。マルティン=サントスの人物像、戦後スペインに対する彼独特の視点、部分的に未発表のテキストに基づいて長いあいだ隠されてきた作品を巡る旅になります。
(コロナ・パンデミック中に資料収集をしたルイスとロシオ)
ルイス・マルティン=サントスの ”Tiempo de silencio” はどんな小説?
★ルイス・マルティン=サントス生誕100周年を記念して今年行われる活動の一つは、一部未発表の原稿を含む作品の再発行(全集6巻)、中国語への翻訳、今回オープニング作品に選ばれることになったドキュメンタリー製作、スペイン国立図書館での展覧会などである。作家の長男ルイス・マルティン=サントス・ラフォンによると、全集には「文学の分野だけでなく、精神医学の研究、後に民主主義に繋がる反フランコ主義への政治観」が含まれる。フランコ没後の1980年に出版された16版が決定版。
★ルイス・マルティン=サントス・リベラは、1924年11月11日、当時モロッコのスペイン保護領だったララシュで生まれた。1929年軍人だった父親の次の赴任地サンセバスティアンに移った。医学はサラマンカで学び、1946年卒業、1949年マドリードで博士号取得、1950年ドイツ留学、翌年サンセバスティアン精神療養所の院長に就任、1953年ロシオ・ラフォンと結婚、3児に恵まれた。反フランコ主義への政治観により、1956年3月パンプローナ、1958年11月にマドリードで逮捕され、カラバンチェル刑務所に収監されている。
★1964年1月20日午後、マドリードからサンセバスティアンに向かう途中、ビトリア近郊でトラックに衝突、翌日運び込まれた病院での手術中に亡くなった。前年嗅覚障害のあった妻ロシオ・ラフォンがガス漏れに気づかず33歳の若さで亡くなっており、後にはロシオ、ルイス、フアン・ペドロの3人の子供が残された。当時5歳だったというルイスには父親についての記憶は少ないが、コロナ感染のパンデミック中にさまざまな場所を旅してきた箱を開け、保存されていた多くの未発表の原稿を通じて、父親が「非常に活動的で創造的な多才な人であったことを再確認した」と語っている。家庭内ではとても楽しい人で、ユーモアのセンスのある人だったことを強調している。
(在りし日のマルティン=サントス一家)
★1961年に初めて出版された ”Tiempo de silencio” は、20世紀のスペイン文学の流れを変えたと称される小説。作家のエンリケ・ビラ=マタス(バルセロナ1948)によるプロローグが付された記念版が刊行された。「戦後の道徳的悲惨さを偉大な才能で描いた」作家の作品と称される。
★スペイン内戦語の1949年のマドリードが舞台、若い医学研究者ペドロは、鼠径部腫瘍を発症する系統のマウスが枯渇したことで癌研究が中断されるのを目の当たりにする。研究室の助手アマドールがマウスの標本を親戚のムエカスと呼ばれる犯罪者に渡しており、彼が郊外の掘っ立て小屋で繁殖させていることを知る。ペドロは首都の裏社会に接触したことで地獄への門をくぐることになる。これは小説の導入部を述べただけで、その後の展開は複雑で、ジェイムズ・ジョイスが開拓した「意識の流れ」の影響を受けている。内なるモノローグ、時間と物語の声、自由な間接的なスタイルと、当時の写実主義的な言語を刷新したと評価されている。1986年、ビセンテ・アランダが導入部を切りとって映画化したが、評価は毀誉褒貶入り混じっている。ペドロにイマノル・アリアス、ムエカスにパコ・ラバル、ビクトリア・アブリル、チャロ・ロペスなど人気俳優が共演している。
★監督紹介:ジョアン・ロペス=リョレトは、1969年バルセロナ生れ、ドキュメンタリー作家、脚本家、撮影監督。現在のESCAC(カタルーニャ映画視聴覚上級学校)で撮影監督、1988年から2年間CEEC(カタルーニャ映画研究センター)で映画監督を学び、テレビ、映画、広告業界で働いている。2004年、リサイクル素材で操り人形や器械器具の世界を作り出した2人のアーティストの秘密の世界を描いた長編ドキュメンタリー「Hermanos Oligor」でマラガ映画祭2005観客賞、バルセロナ・ドクポリスFFの作品賞、観客賞他を受賞、その名を世界に馳せました。
(デビュー作「Hermanos Oligor」から)
★翌年、ニカラグア革命の夢を従属的な声で解体した「Utopia 79」(06)、北アイルランドの和平プロセスにおける2人の前科者の物語「Sunday at Five」(07)、マジョルカ出身の歌手マリア・デル・マル・ボネットの生涯を描いた「Maria del Mar」(18)、「Familia, no nuclear」(19)など、忘れられがちな人物に声を与えている。
(ジョアン・ロペス=リョレト)
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