第20回モレリア映画祭2022*映画祭沿革と受賞結果 ― 2022年11月10日 16:05
アレハンドラ・マルケスの「El norte sobre el vacío」が作品賞
★今年二十歳の誕生日を迎えることができたモレリア国際映画祭2022は、無事10月29日に終幕しました。アレハンドラ・マルケス・アベジャの「El norte sobre el vacío」が作品賞、脚本賞、男優賞(ヘラルド・トレホルナ)の大賞3冠を受賞しました。監督賞は「Manto de gemas」のナタリア・ロペス・ガジャルド、女優賞は「Dos estaciones」のテレサ・サンチェス、観客賞はミシェル・ガルサ・セルベラのホラー「Huesera」、ドキュメンタリー賞はマーラ&エウヘニオ・ポルゴフスキーの「Malintzin 17」などでした。作品賞を受賞した「El norte sobre el vacío」は、『虚栄の果て』の邦題でプライムビデオで配信が始まっています(10月28日)。主な受賞結果は以下の通りです。審査委員長はポーランドのパヴェウ・パヴリコフスキ、『イーダ』(13)でアカデミー外国語映画賞を受賞したオスカー監督です。
(受賞を手にした女性シネアストたち、左からテレサ・サンチェス、
アレハンドラ・マルケス・アベジャ、ナタリア・ロペス・ガジャルド)
*第20回モレリア映画祭2022受賞結果*
作品賞:「El norte sobre el vacío」 アレハンドラ・マルケス・アベジャ
監督賞:ナタリア・ロペス・ガジャルド「Manto de gemas」
脚本賞:ガブリエル・ヌンシオ、アレハンドラ・マルケス・アベジャ
「El norte sobre el vacío」
男優賞:ヘラルド・トレホルナ「El norte sobre el vacío」
女優賞:テレサ・サンチェス「Dos estaciones」 監督フアン・パブロ・ゴンサレス
ドキュメンタリー賞:「Malintzin 17」 マーラ&エウヘニオ・ポルゴフスキ
観客賞-メキシコ長編部門:「Huesera」 監督ミシェル・ガルサ・セルベラ
観客賞-インターナショナル部門:「Close」(ベルギー) 監督ルーカス・ドン
観客賞-長編ドキュメンタリー部門:「Ahora que estamos juntas」
監督パトリシア・バルデラス・カストロ
女性監督ドキュメンタリー賞:「Ahora que estamos juntas」 同上
他に短編映画・ドキュメンタリー・アニメーションなど
★世界三大映画祭の流れに沿ってか女性監督の活躍が目立ったモレリアでした。作品賞の「El norte sobre el vacío」は、上述したように既にNetflixで『虚栄の果て』の邦題で配信中、アレハンドラ・マルケス・アベジャ監督は「私がこれまで作った映画のなかで、あらゆる面でもっとも自由な映画でした。自らに自由を与えたのです」と語った。監督については長編第2作「Las niñas bien」がマラガ映画祭2019で金のビスナガ賞(イベロアメリカ部門)を受賞した折りにキャリア&フィルモグラフィーをご紹介しています。本作もモレリアFF正式出品され、本邦では2020年7月に『グッド・ワイフ』の邦題で公開された。後日新作紹介を予定していますが、男優賞を受賞したヘラルド・トレホルナより、女性の名ハンター役を演じたパロマ・ペトラの生き方が光った印象でした。二人とも欠席でしたが、トレホルナはビデオメッセージで「多様性がスクリーンに持ち込まれた映画が勝利した」と監督を讃えていた。
*「Las niñas bien」(『グッド・ワイフ』)紹介記事は、コチラ⇒2019年04月14日
(受賞スピーチをするアレハンドラ・マルケス・アベリャ監督)
(新作「El norte sobre el vacío」のポスター)
★デビュー作が監督賞を受賞したナタリア・ロペス・ガジャルドは、1980年ボリビアのラパス生れだが、2000年前後にメキシコに渡っている。フィルム編集者として夫カルロス・レイガダス(『静かな光』『闇のあとの光』)、アマ・エスカランテ(『エリ』)、アロンソ・リサンドロ(『約束の地』)、ダニエル・カストロ・ジンブロン(「The Darkness」)他を手掛けている。レイガダスの『われらの時代』では夫婦揃って劇中でも岐路に立つ夫婦役に挑戦した。不穏な犯罪ミステリー「Manto de gemas」は、ベルリン映画祭2022で金熊賞を競い、異論もあったようだが審査員賞(銀熊賞)を受賞していた。
*監督キャリアと『われらの時代』紹介記事は、コチラ⇒2018年09月02日
(ナタリア・ロペス・ガジャルド監督)
★女優賞受賞のテレサ・サンチェスはフアン・パブロ・ゴンサレスの「Dos estaciones」で、男性たちが君臨するテキーラ工場経営を女性経営者として立ち向かう役を演じた。キャリア&作品紹介は、サンセバスチャン映画祭2022ホライズンズ・ラティノ部門で上映された折りにアップしております。
*テレサ・サンチェス紹介記事は、コチラ⇒2022年08月22日
(テレサ・サンチェス)
★女性へのハラスメントをテーマにしたデビュー作「Ahora que estamos juntas」(「Now that we are together」)で観客賞-長編ドキュメンタリー部門、女性監督ドキュメンタリー賞の2冠達成のパトリシア・バルデラス・カストロ監督、若い女性シネアストの台頭を印象づけた。一人で監督、脚本、撮影、編集、製作を手掛けたというクレジットに驚きを隠せません。
(パトリシア・バルデラス・カストロ)
★フィクション部門の観客賞も超自然的な体験をし始める妊婦のタブーを描いたホラー「Huesera」のミシェル・ガルサ・セルベラとこちらも女性監督が受賞した。監督はモレリアFFのほか、シッチェス、トライベッカ、各映画祭で新人監督賞や作品賞を受賞している。インターナショナル部門の観客賞には、3年ぶりに5月開催となったカンヌFF2022でグランプリを受賞したルーカス・ドンの「Close」が受賞した。
(主役のナタリア・ソリアンとミシェル・ガルサ・セルベラ監督)
★映画祭に姿を見せたのはオープニング作品に選ばれた『バルド』のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、ストップモーション・アニメーションで描くピノッキオ「Pinocho」*のギレルモ・デル・トロ、海外勢の招待客には、メキシコ映画出演もあるスペインのマリベル・ベルドゥ、2回目のパルム・ドールを受賞したリューベン・オストルンド、「Fuego」でタッグを組んだクレール・ドゥニ監督とジュリエット・ビノシュが参加するなどした。ビノシュはサンセバスチャン映画祭のドノスティア栄誉賞を受賞したばかりでした。
*『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』の宣伝文句は「誰も見たことがないピノッキオ」の由、今年のクリスマスはもう決りです。11月25日公開、12月9日からNetflixで配信予定。
カンヌやベネチアをめざしていません――モレリア映画祭の沿革
★確かなテーマをもたずに唯メキシコ映画を広める目的で始まったモレリア映画祭 FICM が「当初このように長く続くとは思えなかった」と、創設者の一人建築家のクアウテモック・カルデナス・バテルは語っている。現在では大方の予測を裏切って、20年も続くメキシコを代表する国際映画祭となっている(国際映画製作者連盟に授与されるカテゴリーAクラスの映画祭)。どうしてメキシコシティではなくミチョアカン州のモレリア市だったのか、それは偶然かどうか分かりませんが、米国外でもっとも重要な映画館チェーンであるシネポリスの本社があったからでした。そして誕生に立ち合ったのは、女優サルマ・ハエックとフリア・オーモンド、製作者ヴェルナー・ヘルツォークとバーベット・シュローダー、作家のフェルナンド・バレホなどでした。
★当時の政党PANのフォックス大統領は映画学校や撮影スタジオの廃校廃止を画策しており、メキシコ映画界は危機的状況にあった。しかしアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの『アモーレス・ぺロス』(00)、アルフォンソ・キュアロン(クアロン)の『天国の入口、終りの楽園』(01)、カルロス・カレラの『アマロ神父の犯罪』(02)などがカンヌやオスカー賞など国際舞台で脚光を浴びるようになっていた。そんななかで、2003年第1回モレリア映画祭が開催され、ウーゴ・ロドリゲスの「Nicotina」が作品賞を受賞した。本作は第1回ラテンビート映画祭(ヒスパニックビート2004)のメキシカン・ニューウェーブ枠で『ニコチン』の邦題で上映された。人気上昇中のディエゴ・ルナが主演していた。
★設立者は、メキシコ短編映画会議をコーディネートした映画評論家のダニエラ・ミシェル、シネポリスの現ディレクターのアレハンドロ・ラミレス、上述の建築家クアウテモック・カルデナス・バテルなど。最初のコンペティション部門は短編映画だけだったそうで、その後ドキュメンタリーや長編を参加させていった。今では灰のなから蘇えった不死鳥のように、メキシコでもっとも前衛的な作品が観られる映画祭に育った。
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