ベネズエラのアナベル・ロドリゲスのドキュメンタリー*ラテンビート2020 ④ ― 2020年10月17日 18:32
宿命論的諦観には反対するベネズエラのドキュメンタリー
(スペイン語タイトルのポスター)
★今年のオンライン上映作品6作のうち、一番興味をそそられたのがベネズエラの政治的二極化で沈降しそうなマラカイボ湖の水の村<コンゴ・ミラドール>の現状を切りとったドキュメンタリーでした。アナベル・ロドリゲス・リオス(カラカス1976)の初長編ドキュメンタリー『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ベネズエラ』は、サンダンス映画祭2020ワールドシネマ・ドキュメンタリー部門に正式出品された。コロナ禍をかいくぐって国際映画祭で次々に上映されている。なかで政治的二極化が国民を分断している米国からのオファーが群を抜いている。前回のリストアップ段階では触れられなかった作品誕生の経緯、監督が寄せるベネズエラへの思いを追加したい。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ベネズエラ』
(西題「Érase una vez en Venezuela, Congo Mirador」)
製作:Sancocho Público / Spiraleye Productions / Golden Giirs Filmproduktion / TRES Cinematogrefía
協賛 Sundance Film Festival
監督:アナベル・ロドリゲス・リオス
脚本:アナベル・ロドリゲス・リオス、マリアネラ・マルドナド、リカルド・アコスタ、
セップ・ブルダーマン、他
撮影:ジョン・マルケス
編集:セップ・R・ブルダーマンSepp R. Brudermann
音楽:ナスクイ・リナレス
製作者:セップ・R・ブルダーマン、カルメン・リバス・アルバレス、マルコ・ムンダライン、
(エグゼクティブ)クラウディア・レパへ、他
データ:製作国ベネズエラ=イギリス=ブラジル=オーストリア、スペイン語・英語、ドキュメンタリー、99分、撮影地コンゴ・ミラドール、撮影期間2013~18年
映画祭・受賞歴:サンダンス映画祭2020ワールドシネマ・ドキュメンタリー部門、マイアミ、カルタヘナ、HotDocsホットドックス、ヒューストン・ラテン、サンディエゴ・ラテン、アトランタ、セーレム(マサチューセッツ州)、CPH:DOXコペンハーゲン、マラガ、リマ、各映画祭のドキュメンタリー部門で上映された。
出演:タマラ・ビジャスミル(チャビスタ政府の代表者タマラ)、ナタリエ・サンチェス(野党支持者の小学校教師ナタリ)、ジョアニイ・ナバロ(少女ジョアニイ)他
ストーリー:カタトゥンボの<無音>の稲妻が出る南米最大の塩湖マラカイボの南にコンゴ・ミラドールと呼ばれる水の村がある。ベネズエラを変貌させた大油田が眠っている。基礎杭の上に建てられた家で暮らす極貧の村落であり、当面、村民は近づく議会選挙の準備に追われている。村のチャビスタ支持者の代表タマラは、できるだけ多くの投票用紙を集めるために奔走する。野党を支持する小学校教師のナタリにとって、タマラと政治的に対立することは職を失う恐れがあった。一方、少女ジョアニイは堆積する汚泥のためにコミュニティが泥まみれになるのを見ている。村民は気候変動による自然現象や湖に堆積する汚泥がもたらす沈降に脅かされており、地元の漁師たちの生活も破壊されている。汚職や環境汚染、政治的荒廃をどうやって生き延び、<自分自身の存在>を救済すればいいのだろうか。
(マラカイボ湖の浅瀬に基礎杭を打って建ち並ぶ家々とボートで移動する村民)
ベネズエラを荒廃させている政治的二極化、腐敗は価値を生み出す
★アナベル・ロドリゲス・リオスのキャリア&フィルモグラフィー。カラカス出身のドキュメンタリー監督、脚本家、製作者。ロンドン・フィルム・スクールの映画製作の修士号取得、シリーズ「Why Poverty」に含まれた短編ドキュメンタリー「The Barrel(12)」や「El galón」(13)は、50以上の国際映画祭で上映された。例えばHotDocsや、アムステルダム・ドキュメンタリー映画祭IDFAなどが挙げられ、トライベッカ映画祭の奨学金を得ている。貧困層と富裕層を対置しながら、子供の目をとしてベネズエラの石油工業を描いた短編。他に「Letter to Lobo」(13)やシリーズ「Somos terra fertil」(14)がある。
★『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ベネズエラ』が初の長編ドキュメンタリー。2012年10月、治安悪化、経済的困難のため、息子を連れてウィーンに移住している。本作は両国を行ったり来たりして進行、ベネズエラの非営利人権団体PROVEAの協力を得て5年掛かりで完成させた。
(撮影中のアナベル・ロドリゲス・リオス監督)
★本作は8月下旬に開催された第23回マラガ映画祭2020長編ドキュメンタリー部門でも上映されました。監督がAFP通信のインタビューで語ったところによると、本作のアイディアは2008年に「カタトゥンボの<無音>の稲妻」のTVドキュメンタリーを撮ったころに遡るという。南アメリカ大陸最大のマラカイボ湖に注ぐカタトゥンボ川河口上空に現れる気象現象です*。取材中にコンゴ・ミラドールの人々と知り合ったときから構想していた由。20世紀初頭に発見されたマラカイボ湖の大油田は、ベネズエラに大きな富と腐敗をもたらした。石油産出にともなう周辺の地盤沈下も引き起こしている。
(マラカイボ湖はベネズエラ湾からカリブ海に繋がっているから海ともいえる)
(原因が解明されていないマラカイボ湖の超常現象、カタトゥンボの<無音>の稲妻)
★国を分断している最近の政治の二極化は、監督の目には1998年の大統領選挙で、如何にしてウーゴ・チャベスに投票させたかを思い出させるという。腐敗は<価値>を生み出すとも。この映画は、腐敗、汚職について、または食物や金銭と引き換えに票をかき集めるタマラに象徴されるような登場人物について語っている。それはロムロ・ガジェゴスの小説『ドニャ・バルバラ』**の人格と重なり、「一部は盲目的信仰から、一部は日和見主義から、自分たちの責任と全権限を軍人と地方政治ボスのガウディリョに手渡してしまう」と付け加えた。タマラは抜け目のない地方の実業家とチャビスタ党の代表者、彼女はあらゆる手段を講じて票集めに精を出す。
(チャビスタの代表者タマラ・ビジャスミル、映画から)
★対する野党を支持するナタリエ・サンチェスにとって、政治に深入りし対立することは教師という職業を失う危険がある。タマラとナタリという二人の女性を軸に、堆積する汚泥はコンゴ・ミラドールのコミュニティを沈める。「この映画を撮ることで学んだのは苦痛です。しかし政治的腐敗が価値を生み出すことに気づかせてくれた。国の再建において私たちに大きな影響を与えています。理由はさまざまですが、何百万もの国民が国を出てしまいましたが、尊厳を取り戻す方法があるという盲信に支えられています」と微笑する監督。ベネズエラに止まって活動する制作会社のお蔭で完成させることができたし、彼らがベネズエラにいるという事実が力を与えてくれている。問題解決に立ち上がる組織だった政党は見当たらないが、独裁政権でも人生は続くわけだから、活動のスペースを作りだしたいとも。
(ナタリエ・サンチェス、映画から)
★スペインでは10月中の公開が予定されており、ベネズエラでも映画館での上映がアナウンスされたが「これは大きな賭け」になる。7月1日、全国選挙評議会(日本の選挙管理委員会)が野党が過半数を占める国会の議員選挙を12月6日に実施すると発表した。勿論野党は反対しているが、「政治的議論のきっかけ」として、議会選挙前の上映を期待しているようです。
(アナベル・ロドリゲス・リオス、後方に見えるのはマラガ大聖堂でしょうか)
*ウイキペディア情報の英語版とスペイン語版の記述は異なっており、スペイン語版では年間およそ260夜、一晩に10時間ほど続き、1分当たり60回も発生する無音の稲妻、つまり他の雷と違ってピカッだけでゴロゴロがない。原因は地形とか気候のほかにメタンの発生が考えられているが、どうも決定打は未だのようです。危険だがこの超常現象はオーロラ・ツアーのような観光資源になっている。本作とは直接関係ないが2014年、この<無音>の稲妻はギネスブックにも登録された。日本語版は英語版によっている。
**ベネズエラを代表する小説家にして政治家のロムロ・ガジェゴス(1884~1969)の代表作。1947年大統領選挙に出馬、当選するもクーデタで失脚、1958年に帰国するまでキューバ、メキシコに亡命していた。『ドニャ・バルバラ』は翻訳書が出版されている。
コメント
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://aribaba39.asablo.jp/blog/2020/10/17/9306787/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。