ダビ・トゥルエバの新作「A este lado del mundo」*マラガ映画祭2020 ⑦ ― 2020年04月07日 17:31
ダビ・トゥルエバの新作「A este lado del mundo」
★スペインから届くニュースは、サンチェス政府の甘い判断による始動の遅れ、続くその対応の悪さによって起こるべくして起こった医療崩壊、命の選別が始まった怒りと諦め、巷は嘆きと涙で溢れ、もはや以前の社会には戻れないかのようです。日本も今の状態が続くなら「明日は我が身」かもしれません。そもそも当ブログは政治経済にはタッチしない立場でしたが、映画を含む文化もこれらと絡みあっていることを身に染みて感じております。カンヌ映画祭以下、各国が開催する2020年の主要映画祭もオールあやしくなってきました。2月下旬から3月上旬にかけてのヨーロッパ諸国の映画賞は何とか開催できたようですが、果たして正しい判断だったのかが問われかねません。小規模の映画祭はプラットフォームをストリーミングに切り替えるなど苦肉の策で切り抜けているところもありますが、それも限界にきているのではないでしょうか。
(ダビ・トゥルエバ監督)
★いつ日の目を見ることができるか分からない作品紹介でも、いつかは夜が明けることを信じてアップしていくことにしています。ダビ・トゥルエバの新作「A este lado del mundo」は長編10作目にあたり、マラガ映画祭のセクション・オフィシアルに出品されました。エンジニアリング会社を解雇されたアルベルトが異文化の世界をめぐるロードムービー。ダビ・トゥルエバは2013年の『「ぼくの戦争」を探して』、2018年の「Casi 40」以来の当ブログ登場です。主役アルベルト役のビト・サンスはマテオ・ヒルの『熱力学の法則』や、監督の甥にあたるホナス・トゥルエバの『8月のエバ』などに出演、トゥルエバ一家の常連の一人です。
*『「ぼくの戦争」を探して』の作品紹介、監督キャリア&フィルモグラフィは、
*「Casi 40」の作品紹介は、コチラ⇒2018年04月04日
*『熱力学の法則』の作品紹介は、コチラ⇒2018年04月02日
*『8月のエバ』の作品紹介は、コチラ⇒2019年06月03日
(義姉クリスティナ・ウエテと監督、『「ぼくの戦争」を探して』で、
ゴヤ賞2014作品賞を受賞した)
「A este lado del mundo」(On the Side of the World)2020
製作:Buenavida Producciones / Perdidos G.C.
監督・脚本:ダビ・トゥルエバ
音楽:ハビエル・リモン
撮影:フリオ・セサル・トルトゥエロ
編集:マルタ・ベラスコ
録音:アルバロ・シルバ・Wuth、ダビ・デ・ラ・クルス、(録音編集)サロメ・リモン
製作者:マルガ・ビリャロンガ
データ:製作国スペイン、スペイン語、2020年、コメディ・ドラマ、96分、撮影地:モロッコと国境を接するスペインの飛地メリリャ、マドリード、アンダルシアのハエン、他。配給Buenavista Cine
映画祭・受賞歴:マラガ映画祭2020セクション・オフィシアル出品作品
キャスト:ビト・サンス(アルベルト)、アンナ・アラルコン(ナゴレ)、オンディナ・マルドナド、ホアキン・ノタリオ、ハンフリ・トペラ、モハメド・ジダン・バリー
ストーリー:若いエンジニアのアルベルトの物語。恋人と住む家を買うプランを立てていたアルベルトは、マドリードのエンジニアリング会社から前触れもなく解雇されてしまった。以前の上司からよその土地での仕事を打診されたとき、彼は前進するためにも受け入れるほかなかった。仕事はモロッコと国境を接するスペインの飛地メリリャの町で待っていた。そこでアルベルトはナゴレと知り合うが、彼女の任務は土地に不慣れなアルベルトの案内人であった。ここでは彼は難船者同様だったからだ。世界を揺るがしている複雑な大問題の一つ、それは移民、彼は自分の視座を変えざるを得なくなる。
(アルベルト役のビト・サンス、映画から)
世界は純粋ではない――世界を見る目を変える難しさ
★メリリャはアフリカ大陸にあるスペイン領で、日本の旅行会社も植民地時代の歴史的建造物や城砦が残っていることから、モロッコ観光と組み合わせてツアーが企画されている。しかしここはイベリア半島のスペインとは同じでない。アンナ・アラルコン(バルセロナ1979)が演じたナゴレのような人物が欠かせない。当ブログ初登場だが、ベレン・フネスがゴヤ賞2020 新人監督賞を受賞した「La hija de un ladrón」(19)に出演している。
(ナゴレ役のアンナ・アラルコン、映画から)
★もう一人の登場人物、2008年民族紛争の激化で父親が犠牲者になり、親族と一緒に故郷ギニア共和国を離れたモハメド・ジダン・バリーが話題になっている。監督によると「ジダンの役は本当に小さい役だし複雑でもないのだが、とても難しく更に重要な役だった。昨年クランクインしたときは、アフリカ難民として入国したばかりで、スペイン語も覚束なかった。ところが凄いスピードで上達していった。劇中でも存在感があった・・・演技の豊かさは彼の個人的な体験にも裏打ちされていた」と驚きを隠さない。現在21歳ということですが、アフリカ中西部の共和国ギニアを出てから彷徨った国は、コートジボワール、ブルキナファソ、ニジェール、アルジェリア、モロッコから、もう一つのスペインの飛地セウタの柵を越えて飛び降りた。どこの国でも黒人は嫌われ5年以上留まることはできなかったという。
(モハメド・ジダン・バリーとビト・サンス、映画から)
★ジダンはセウタの柵を破って入国、2018年末にマドリード北東部の区オルタレサに辿りついた移民の一人。地区の家族のいない子供たちの施設、30年前に開設されたエル・オリバーで暮らしていた。監督との接点はスペインの主御公現の祝日(1月6日)に、みどりごイエスに贈り物を持参する東方の三博士の一人バルタサルに扮して馬車に乗ったことだという。良い子も悪い子も博士たちの従者からキャラメルを貰える子供たちには待ち遠しい祝日。オルタレサ地区ではアフリカ出身の若い青年が選ばれるのが恒例だそうです。バルタサルに選ばれた折りに、ジダンがヨーロッパ・プレスに語ったスペイン入国の経緯のニュースをトゥルエバ監督が偶然見た。探していた登場人物にぴったりだった。運命の出会いというわけでした。撮影後、やはりジダンの人生は変わらない。元の宿泊施設に戻って契約社員として働いている。調理師の免許を取って正規の仕事につけることが夢である。
★ジダンに拘ったのは、ジダンの物語が本作の主要テーマ、移民と重なるからである。日本では欧米ほど移民や難民問題が表面化していないが、個人的にはそれも時間の問題だと考えている。現在はコロナウイルス撲滅で難民問題どころではなくなっているが、いずれ収束するでしょうが、撲滅はできない。ウイルスも難民も長く付き合っていかねばならない問題でしょう。
★2018年の「Casi 40」までのフィルモグラフィは紹介済みですが、マラガ映画祭では本作以外に、シンガーソングライターのチチョ・サンチェス・フェルロシオ(マドリード1940~2003)についてのドキュメンタリー「Si me borrara el viento lo que yo canto」(19、89分)も上映予定だった。昨年のサンセバスチャン映画祭でプレミアされていたが、マラガでも上映が予定されていた。映画祭は延期か中止か分かりませんが、音楽ファンには残念なことでした。
★ダビ・トゥルエバは作家として多くの小説を刊行している。最新作は ”El rio baja sucio”(シルエラ社)でマラガでも、映画が上映されないのでもっぱら小説のインタビューを受けていた。新作はいわゆる若者向けの小説らしく、意図を訊かれた作家は「サリンジャーの『ライ麦畑で捕まえて』やカポーティの『草の竪琴』、ハーパー・リーの『アラバマ物語』は、若者向けの小説ですが、どの年代の大人も楽しめます」とかわしていた。13歳から18歳まで子供たちは本を読まなくなるとも。大人だけでなく子供の読書離れも万国共通のようです。
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