アルモドバルの新作は英語映画*『掃除婦のための手引き書』2020年02月17日 09:04

           アルモドバル新作は初の英語映画に挑戦!

 

★米アカデミー授賞式は「パラサイト」旋風で無事終了、「字幕入り映画が快挙」と報じられて早や1週間が経ちました。裏舞台での韓国企業のしたたかな戦略が大いに功を奏したということですが、ネットでの動画配信で字幕映画に抵抗を感じなくなった層が増えたことも幸いした。しかしTV視聴率は過去最低と若者のテレビ離れも鮮明になり、大金を投じた広告主も方向転換の時期に来ているように感じました。スマホで結果はわかるからテレビにかじりつく必要はないということです。あるいはもうアカデミー賞の授賞式など興味がないのかもしれません。

 

ペドロ・アルモドバル『ペイン・アンド・グローリー』アントニオ・バンデラスの主演男優賞も、下馬評通りになりました。しかし、ノミネートされることが大変なこと、カンヌの比ではないのです。受賞すると次回作は英語映画を撮りたくなるのがオスカーなのです。ハリウッドでインタビューを受けたアルモドバル監督によると、現在2つのプロジェクトが進行中、一つは短編、もう一つ長編、どちらも言語は英語になると語っていました。まず短編はジャン・コクトー1930年に発表した戯曲La Voix humaine(西題「La voz humana」)をベースにした独り舞台、イギリスの個性派女優ティルダ・スウィントンの主演で4月にはクランクイン、15分の予定。2014年にエドアルド・ポンティ監督が母ソフィア・ローレンを主演にして短編を撮っています。原作は『神経衰弱ぎりぎりの女たち』の脚本を書く際にインスピレーションを受けた戯曲ということですから、長年温めていた短編のようです。

 

     

 (ティルダ・スウィントンとアルモドバル、リンカン・センター・フィルム・ソサエティで)

 

★ティルダ・スウィントンについては、「ティルダは私が思い描いたような、寛大で聡明なひと」と理想通りのキャスティングに満足のようでした。『オール・アバウト・マイ・マザー』がオスカーを受賞した折りに「今後とも映画はスペイン語で撮りたい」と20年前に語っていた監督でしたが、いよいよ英語映画を撮ることにしたようです。もっとも最初の英語映画の構想は、アリス・マンローの短編集「Runaway」(邦訳『ジュリエット』)から3編を選んで、メリル・ストリープ主演で撮るつもりだった。しかし紆余曲折の果てに断念、結局スペイン語映画『ジュリエッタ』として完成させた経緯があるから、短編はともかく、長編はどうなるか。しかし一応監督自身がアナウンスしたので以下にアップしておきます。

 

  

       長編はルシア・ベルリンの作品集『掃除婦のための手引書』を映画化

 

★文学愛好家にとって、今やルシア・ベルリン(アラスカ1936~ロス2004)は話題の短編作家、ハリウッド・スター並みの美人だ。昨年夏に刊行された作品集『掃除婦のための手引書』は、本邦も含めて30数ヵ国で多くのファンの心を掴んでいる。20代から書きはじめ、生涯に77編の短編を書いたが、長編作家でないと重要視されない米国では殆ど一部の人にしか知られていなかった。日本でも認知度のある短編作家レイモンド・カーヴァーも、村上春樹が翻訳したから有名になったわけで、日本で作品集が刊行されると聞いた米国人は大いに驚いたという。カーヴァーもベルリンの影響を受けた作家の一人ということです。

   

     

             (『掃除婦のための手引書』の表紙)

 

★ところが死後11年経った2015年、編者スティーブン・エマソンが選んだ43編とルシア・ベルリンの才能を羨んだというリディア・デイヴィスの序文「物語こそがすべて」が添えられて刊行されるや事情は一変した。スペインでも同年のうちにアルファグアラ社から翻訳書が出て、現在16版と増刷が続いている。タイトルは43編の一つから取られており、うち日本語訳はそのなかから24編が訳されている。ルシアは鉱山技師だった父親の仕事の関係で、アイダホ、ケンタッキー、モンタナ、アリゾナ、父親が第2次世界大戦で出征したため、母親はルシアと妹を連れて実家のあるテキサスに戻って終戦までを過ごしている。父親が戻ってからは家族でチリのサンティアゴに移住、ニューメキシコ大学入学までチリで過ごしている。従ってスペイン語も堪能である。大学では小説家のラモン・J・センデル190282)の教え子でした。

      

★大学在学中にメキシコ人と恋に落ち結婚、2人の息子が生まれるも離婚、1958年ピアニストのレース・ニュートンと再婚するも離婚(この期間はルシア・ニュートンで執筆)、1962年懲りずに三回目の結婚、夫バディ・ベルリンもミュージシャン、彼との間にも2人の息子が生まれたがヘロイン中毒だったことで1968年離婚、ベルリン姓はこの3番目の夫のものである。はたから見ると馬鹿なのか利口なのか分からないが、恋とは実に恐ろしいものです。その後1971年からは、実母と同じアルコール依存症に苦しみながらもシングルマザーとして、掃除婦、教師、看護士などをしながら4人の子供を育てたという。

     

     

 (夫ベルリンが撮影した妻と三男デヴィッド、ニューメキシコ州のアルバカーキ、1963年)

   

      

                 (ルシアの息子たちと)

 

★アップダウンの激しい人生は彼女の作品を読んでいただくのが一番手っ取り早い。自分が体験したことを軸に執筆しているからです。孤独とユーモアがぎっしり詰まっているが、息子の一人は「わたしの母は実際にあったことを書いていましたが、それはわずかで必ずしも伝記とは言えない」と書いている。言い伝えは語ったり書いたりする度に変容し続けるもので、ルシアは「物語は語ることがすべて」なのだと子供たちに話していたという。つまり「物語(ストーリー)こそがすべて」ということです。

    

        

          (カリフォルニア州のオークランド、1975年)

 

★まだIMDbには製作エル・デセオ、仏西合作、言語は英語と西語、公開2021年しかアップされておりません。キャスティングもこれから、紹介はそれからで間に合います。一方、短編は秋の映画祭の季節には完成させるようなので、楽しみです。


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