コロンビア映画 『猿』 鑑賞記*ラテンビート2019 ⑮2019年12月06日 17:35

     アレハンドロ・ランデスの第3作目『猿』――背景はコロンビア内戦

 

     

 

アレハンドロ・ランデスの第3作目『猿』は、年初に開催されるサンダンス映画祭2019「ワールド・シネマ・ドラマ」部門で審査員特別賞を受賞して以来、国内外の映画祭にノミネートされ作品賞または観客賞などのトロフィーを手にしている。当ブログではサンセバスチャン映画祭SSIFF「ホライズンズ・ラティノ」部門にノミネートされた折り、原題Monosで監督及び作品紹介をしております。製作国はコロンビアの他、アルゼンチン、オランダ、デンマーク、スウェーデン、独、ウルグアイ、米の8ヵ国。第92米アカデミー賞国際長編映画賞、ゴヤ賞2020イベロアメリカ映画賞のコロンビア代表作品。

Monos」のオリジナル・タイトルでの紹介記事は、コチラ20190821

 

     

              (アレハンドロ・ランデス監督)

 

主なキャスト:ジュリアンヌ・ニコルソン(ドクター、サラ・ワトソン)、モイセス・アリアス(パタグランデ、ビッグフット)、フリアン・ヒラルド(ロボ、ウルフ)、ソフィア・ブエナベントゥラ(ランボー)、カレン・キンテロ(レイデイ、レディ)、ラウラ・カストリジョン(スエカ、スウェーデン人)、デイビー・ルエダ(ピトゥフォ)、パウル・クビデス(ペロ、ドッグ)、スネイデル・カストロ(ブーンブーン)、ウィルソン・サラサール(伝令、メッセンジャー)、ホルヘ・ラモン(金探索者)、バレリア・ディアナ・ソロモノフ(ジャーナリスト)、他

 

ストーリー:一見すると夏のキャンプ場のように見える険しい山の頂上、武装した8人の若者ゲリラ兵のグループ「ロス・モノス」が、私設軍隊パラミリタールの軍曹の監視のもと共同生活を送っている。彼らのミッションは唯一つ、人質として拉致されてきたアメリカドクター、サラ・ワトソン逃亡見張りをすることである。この危険なミッションが始まると、メンバー間の信頼は揺らぎ始め、疑心暗鬼が芽生え、次第にサバイバルゲームの様相を呈してくる102分) 

 

       自国の内戦を描く――『蠅の王』にインスパイアーされて

 

A: アレハンドロ・ランデスはサンパウロ生れ(1980)ですが、父親はエクアドル出身、母親がコロンビア人ということです。コロンビア公開(815日)時に監督自身が語ったところによると「戦争映画はベトナムは米国が、アフリカはフランスが撮っているが、自分たちはコロンビア戦争をコロンビア人の視点で作る必然性があった」と語っていました。

B: コロンビアの戦争というのは、20世紀後半から半世紀以上も吹き荒れたコロンビア内戦のこと、南米で最も危険なビオレンシアの国と言われた内戦のことです。

 

A: この内戦は、反政府勢力コロンビア革命軍FARC誕生の1966年から和平合意の201611月までの約半世紀を指しますが、麻薬密売が資金源だったことで麻薬戦争とも言われています。現在でも500万人という国内難民が存在しているという。

B: 丁度ノーベル賞の季節ですから触れますと、和平合意に尽力したことでサントス大統領が2016年のノーベル平和賞を受賞した。随分昔のように感じますが、ついこないだのことです。

 

A: ラテンビート上映後、ランシス・フォード・コッポラ『地獄の黙示録』原作となったジョセフ・コンラッドの『闇の奥』1902刊)を思い出したとツイートしている方がおられました。しかしコンラッドの原作にあるような「心の闇」は皆無とは言わないが希薄だったように思いました。

B 社会と隔絶された山奥、登場人物若者グループにするなど舞台装置はウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』1954を思い起こさせた。しかし少年たちは飛行機事故をきっかけに偶然太平洋上の無人島でサバイバルゲームを余儀なくされるわけで、そもそもの発想が異なる。

 

A: 対立や裏切り、一見民主的に見えるリーダーの選出法、殺人機械になるための訓練など、閉塞された空間にいる人間の暗部を描いている点は同じです。あちらは豚の生首、こちらは乳牛シャキーラと異なるけど。(笑)

B: 大切な乳牛の世話もできない幼稚さ愚かさ、それが引き金になってリーダーのロボ(フリアン・ヒラルド)の自殺、伝令(ウィルソン・サラサール)への保身の嘘が始りで、グループは崩壊への道を歩むことになる。

 

A: ナンバー2のパタグランデ(モイセス・アリアス)の出番、リーダーを2人設定したのも小説と似ています。監督は影響を認めつつも「インスパイアーされた」と語っている。以前から「若者を主役にして戦闘やメロドラマを盛り込んだ目眩を起こさせるようなセンセショーナルな作品を探していた。私たちの映画はあまり観想的ではなくてもアドレナリンは注入したかった。ジャンル的には戦闘とアクションを取り込んで、観客は正当性には駆られないだろうから、皮膚がピリピリするようなものにしたかった」とランデス監督は語っていた。

B: 目眩は別としてアドレナリンはどくどくだった。メロドラマというのはリーダーのロボ(ウルフ)とレディ(カレン・キンテロ)の結婚、ウルフ亡き後のランボーとの性愛などですか。

 

      

              (新リーダーになるパタグランデ役のモイセス・アリアス)

 

    

    (レディ役のカレン・キンテロ)

 

A: ランボーを演じた丸刈りのソフィア・ブエナベントゥラは映画初出演、まだ大学生とのこと。男性に偽装しているレズビアンか、両性具有なのか映画からはよく分からなかった。ベルリン映画祭パノラマ部門で上映されたとき受賞はならなかったがLGBTを扱った映画に贈られる「テディー賞」の対象作品だった。サンセバスチャン映画祭では同じ性格の賞「セバスチャン賞」を受賞している。

B: ブエナベントゥラは、ニューポート・ビーチ映画祭で審査員女優賞を受賞している。8人の中で心の闇を抱えている複雑な役柄を演じて、記憶に残るコマンドだった。彼女のように戦闘に疑問を感じる逃亡者は当然いたわけで、拾われた金探索者の家族とテレビを見るシーンが印象的だった。この家族のように紛争に巻き込まれた犠牲者はあまたいたわけで、その象徴として登場させていた。

 

     

                   (ランボー役のソフィア・ブエナベントゥラ)

 

    

  (左から、ウィルソン・サラサール、モイセス・アリアス、ランデス監督、

   ソフィア・ブエナベントゥラ、ベルリン映画祭2019のフォトコールから)

 

A: 人質の米人サラ・ワトソンの救出劇は、2008年のヘリコプター使用のイングリッド・ベタンクールと3人のアメリカ人救出劇を彷彿とさせた。FARC側の短波通信網に偽の情報を流して混乱させ救出を成功させた。国土はブラジルに次いで広く、多くが険しい山岳やアマゾンのジャングル地帯、有効なのは短波通信だけでした。

B: パタグランデたちが従っている自分たちには顔の見えない指令機関からの独立を宣言する。通信手段のラジオを破壊して通信網を遮断するが、それが命取りになる。戦闘部隊は細分化され小型化され、彼らのように消滅していった。

 

   脚本を読んだ瞬間に魅せられコロンビアにやって来た――J.ウルフ撮影監督

 

A 映画はコロンビア中央部のクンディナマルカ県、アンデス山系東部に位置する標高4020メートルのパラマ・デ・チンガサ頂上の雲の上から始まり、カメラはジャングルの奥深く移動する。冒頭で二つの舞台でドラマが展開することを観客に知らせる見事な導入でした。ジャスパー・ウルフの映像は批評家のみならず観客をも魅了した。

B その厳しさ険しさから現地に撮影隊が入ったのは初めてだそうです。

   

(冒頭部分の映像から)

   

 

(撮影監督ジャスパー・ウルフ)

     

                     

A: ゲリラ兵の掩蔽壕があるパラモ・デ・チンガサは美しく別世界のようであったが、荒々しく寒く、天候は気まぐれで、目まぐるしく晴、雨、霧の繰り返し、反対にサマナ・ノルテ川のジャングル地帯は高温多湿で蒸し暑く、流れも早かったとウルフは語っています。

B: スエカ(ラウラ・カストリジョン)と彼女の監視下に置かれた人質ドクター(ジュリアンヌ・ニコルソン)が激流の中で争うシーンから想像できます。

 

      

         (人質サラ・ワトソン役のジュリアンヌ・ニコルソン)

 

A: あのシーンの「視覚的なインパクトは象徴的な力から得られます」とウルフは語っている。かなりの急流で演じるほうも残酷な条件だったろうと思います。

     

       

 

         

                                          (視覚的なインパクトのあった水中シーンから)

 

B: コロンビア人ではなくオランダ人の撮影監督ということですが、キャリアとかランデス監督との接点は?

A: 生年は検索できませんでしたが、アムステルダム大学(199496)とオランダ映画アカデミー(199701)で撮影を学んでいますから1970年代後半の生れでしょうか。本作がニューポート・ビーチFF審査員撮影賞を受賞していますが、既にオランダ映画祭2011でポーランド出身ですがオランダで活躍しているUrszula AntoniakCode BlueゴールデンCalfを受賞している。二人の接点は、同じ年のワールド・シネマ・アムステルダムにランデス監督が出品した長編劇映画としてはデビュー作になるPorfirioが、審査員賞を受賞している。

 

B: あくまで憶測の域を出ませんね。脚本を読んだ瞬間に魅せられて、ジャスパー・ウルフは即座にコロンビアへの旅を決心したと語っています。ランデスがあらかじめ準備したショットリストを土台にして進行し、「私たちは大胆で、怖れ知らず」だったとも。

A: 最初に考えていたステディカムの使用を再考して、構図も厳格に、俳優にできるだけ近づき彼らの目や体から放射されるエネルギーを吸収することに専念した。

B: 山頂のシーンでは、広角シネマスコープで撮影しており、暗い場所での撮影ではレンズの絞りを調整していた。これからの活躍が楽しみな撮影監督でした。

 

      

    (山頂で戦闘訓練をする8人のコマンドと伝令のウィルソン・サラサール)

 

         若いゲリラ兵の視点と感情で描いた主観的な戦争寓話

 

A: 極寒の地の厳しささのなかで、武器を持たされ軍事訓練を受ける若者のグループは、ついこの間までコロンビアに吹き荒れていた内戦のドラマ化と容易に結びつく。

B: あくまでフィクション、監督の主観的な戦争寓話として提出されている。

 

A: 音楽のミカ・レビはロンドン生れ。ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭BAFICI オリジナル音楽賞を受賞している。パブロ・ラライン『ジャッキー ファーストレディ 最後の使命』を手掛けており、バイオリニストでもある。

B: ベルリン映画祭にはスタッフも大勢参加しており、監督を含めて4人のプロデューサー、編集も手掛けるベテランのフェルナンド・エプスタイン、長編デビューのサンティアゴ・サパタ、本作デビューのクリスティナ・ランデス、などがフォトコールされていた。

 

 (音楽監督ミカ・レビ)

       

A: これからも受賞歴が追加されていくでしょう。ゴヤ賞2020もポルトガルを含めてイベロアメリカ映画賞部門の各国代表作品は出揃いましたが、現在のところ最終候補は発表されておりません。今年は例年より早まって、125日(土)マラガ開催、総合司会は昨年と同じシルビア・アブリル&アンドレウ・ブエナフエンテのカップルがアナウンスされています。

   

訂正:12月2日ノミネーションが発表になっていました。ラテンビート上映からは、『猿』と『蜘蛛』が入りました。次回全体をアップします。

追加情報:2021年10月30日『MONOS 猿と呼ばれし者たち』の邦題で公開されました。

  

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://aribaba39.asablo.jp/blog/2019/12/06/9185933/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。