『I Hate New York』&『サビ』他:ラテンビートあれやこれや⑥ ― 2018年11月09日 15:18
★11月4日に見たグスタボ・サンチェスのドキュメンタリー『I Hate New York』、アランチャ・エチェバリアのデビュー作『カルメン&ロラ』、アリ・ムリチバの『サビ』、3作ともに考えさせられる作品でした。『I Hate New York』と『カルメン&ロラ』には監督のQ&Aがありました。真摯な人柄が分かるサンチェス監督、見るたびにふくよかになっていく元気印のエチェバリア監督、アレックス・デ・ラ・イグレシアのようにならないことを切に願います。バジャドリード映画祭2018で新設なった「ドゥニア・アヤソ賞」受賞の記事をアップしたばかりです。先輩女性監督の名を冠した賞の名誉ある受賞者になりました。前回に続いて見た順に感想をメモランダムに。
10年前1台のカメラで撮りはじめた『I Hate New York』
(Q&A終了後のフォトコール、サンチェス監督とアルベルト・カレロ氏、LBサイトから拝借)
A: 昨日に続いて第2回目の上映となったグスタボ・サンチェスの『I Hate New York』は、9.11後に訪れたNYを見たことが原点にあるようでした。その後2007年に再訪、はっきりした構想もプロデューサーも決まっていなかったが、9.11後のNY市民の日常を1台のカメラで自由に回し続けていた。
B: パブリックの資金援助は貰っていない、エグゼクティブ・プロデューサーとしてエンディング・クレジットにあったJ.A.バヨナとカルロス・バヨナ兄弟の参画は、最初からあったわけではないと語っていた。
(サンチェス監督とJ.A.バヨナ、マラガ映画祭2018のプレス会見)
A: 制作会社「Colosé Producciones」のサンドラ・エルミダとJ.A.バヨナは、以前から共同で製作しているから、そういう繋がりで参画したのではないか。サウンドトラックなどを手掛けているカルロス・バヨナは、本作で製作者デビューを果たしたようです。
*『I Hate New York』の紹介記事は、コチラ⇒2018年09月05日
* J.A.バヨナのキャリア&フィルモグラフィー記事は、コチラ⇒2018年03月24日
B: 80人ほどの証言者のうちアンダーグラウンドのLGBTQのアーティスト4人に絞り込み完成させた。その4人とは、ドラッグクイーンのアマンダ・ルポール、キューバから夢を抱いて亡命してきたソフィア・ラマル、元パンクバンドの歌手クロエ・ズビロ、クロエのパートナーで前衛アーティストのT・デ・ロング、彼の出生時の性は女性です。
(アマンダとソフィア)
A: 見る前はアマンダを中心にしたドキュメンタリーだと思っていましたが、HIV偏見と闘い、常に死と隣り合わせで生きているクロエ、彼女を心から愛しているT・デ・ロングの印象が強かった。コネチカット出身のクロエは、1982年にNYに移住、その死まで暮らしていた。この二人に絞ったほうがよかったと思ったくらいです。
(元パンクバンドの歌手のクロエ・ズビロ)
B: 監督は同じスペイン語話者であるソフィアに惹かれていたようですが、掘り下げが足りない印象を受けた。1回目のQ&Aで会場から10年で区切りをつけた理由を質問されて、「クロエの死だ」と答えていたようです。
A: 見ていてそう感じました。強い愛が介在していた死は重たい、たまたまそれが10年目だった。フィルム編集は監督ではなかったが、惜しい。続けてT・デ・ロングのその後を追ってほしい。NYという都会は、ウディ・アレンに限らず多くのシネアストを刺激し続けている。誰もが夢を見るNYだけれど、その背後に潜む理不尽な現実を10年間も追い続けたドキュメンタリーはそんなに多くない。
B: タイトルについての質問が当然出ました。「I Love New York」に対抗してアイロニーを込めている。「大都会NYから得られるものを人々は本当に望んでいるのか」という疑問も込めて「Hate」にした。表舞台でなく裏舞台で暮らしている人たちへの共感をこめている印象でした。
A: 「Love」だったら、もっと皮肉だ。
B: コメンテーターのカトリナ・デル・マルのLGBTQ分析が面白かった。
A: NY在住の写真家、ビデオアーティスト、ライター、短編映画を数作撮っているドキュメンタリー監督、海外の大学にも招聘されて講義をしている。短編ドキュメンタリー「Hell on Wheels Gang Girls Forever」(12)が代表作。音楽好きの方はご存知でしょう。彼女をコメンテーターとして登場させたことが成功の一つでした。
B: マラガ映画祭、サンセバスチャン映画祭上映のお蔭か、J.A.バヨナのネームバリューのお蔭か、スペイン本国でも公開になり(11月9日)、映画祭用映画で終わらなかったことを証明した。これから「梅田ブルク7」でも上映されます、と宣伝しておきます。
(サンセバスチャン映画祭宣伝用のポスター)
閉ざされたロマ社会の禁じられた愛を描く『カルメン&ロラ』
(Q&A終了後のフォトコール、エチェバリア監督、スペイン大使、カレロ氏、同上)
A: Q&Aは2日前に着任したばかりという駐日スペイン大使の飛入りもあって盛り上がりました。日西国交150周年だそうで、これまたびっくりしました。カンヌ映画祭と併催の「監督週間」正式出品以来、快進撃を続けている『カルメン&ロラ』をスクリーンで見ることができたことは考え深い。
B: 本作の字幕翻訳者の方も会場におられて、司会者からコメントを要請されていましたが。
A: ロマ社会の実情は翻訳者もご存じなかったそうで、個人的にはこれまた考え深いことでした。本作の製作意図、ストーリーやアランチャ・エチェバリア監督の紹介はダブらせたくないので省きますが、伏線が巧みに張られておりラストシーンはその通りになりました。上述したように10月27日に閉幕したバジャドリード映画祭でドゥニア・アヤソ賞を受賞しました。
*『カルメン&ロラ』の紹介記事は、コチラ⇒2018年05月13日
* ドゥニア・アヤソ賞受賞の記事は、コチラ⇒2018年11月02日
B: 東京4日目という監督は疲れもみせず元気いっぱいの登壇でした。司会者の監督紹介の後、本作のアイデアを訊かれて「初恋」がもとになっており、2009年にロマ女性の同性婚の記事を新聞で読み、タブー視されているテーマを絡ませようと考えた、と応えていました。
A: カンヌの紹介記事に書いた通りです。映画に描かれた内容に誇張はないときっぱり、マドリードのような大都会でも周辺は別で、特にロマ社会は家父長的な考えが強い。カルメンの父親も、ロラの父親も、さらには息子世代もマッチョがまかり通っている。
(素顔の主役二人とアランチャ・エチェバリア監督)
B: スペインでは、同性婚が法的に認められていますが、マドリードやバルセロナのような都会はいざ知らず、地方の現実はまだまだ、理解は得られていないのではないか。
A: ロマ社会のタブーを炙り出すことですが、二人の若い女性、カルメンとロラが困難に直面することで強くなり、視野が広がること、人は変わることができるのだ、というのが真のテーマでしょう。
B: マックス・オフュルスの『歴史は女で作られる』(55)ではありませんが、女は自由を求めている、変革は女性の手で、というわけです。応募に1000人もの人が押し寄せたというのも変化の表れだと思いませんか。
A: 微妙に変化していくロラの母親役ラファエラ・レオンも、変われない父親役のモレノ・ボルハも素人、唯一のプロがパキ役のカロリナ・ジュステでした。モレノ・ボルハは初出演とは思えない上手さでしたが、果たしてトゥールーズ・スペイン映画祭で男優賞を受賞、他に観客賞、ヴィオレト・ドール(ゴールデン・スミレ賞)を受賞した。
B: 監督からロラ役のサイラ・モラレスは、作中でカルメン役のロジー・ロドリゲスが選ぼうとした職業「美容師になろうと考えていたが、今は次回作も決まって女優を目指している」と監督。
A: 何がきっかけで人生が変わるか分かりませんが、ペルー映画『悲しみのミルク』(09)のヒロイン、マガリ・ソリエルも教会前で露店の売り子をしていたとき、クラウディア・リョサ監督に見いだされ、女優の道を歩くようになった。
(海を見たことがないカルメンとマラガの海を知っているロラが辿りついた海辺のラストシーン)
B: より厳しい現実が二人を待っているのだが、自分で決めた自由は素晴らしい。
ネットに潜む危険と不在がもたらす孤独についての『サビ』
A: 3本目はブラジル映画、アリ・ムリチバの『サビ』、ポルトガル語ということで簡単にしか内容紹介ができませんでしたが、若者の遊び半分が重大な悲劇をもたらすというサスペンスドラマ。
B: 第1部がSNSに熱中する16歳の女子高校生タチ、第2部がタチの同級生ヘネとその家族、二人が通う高校の教師でもある父親、弟と妹、3人を捨て新しい夫との間に身ごもっている元母親の話。
(ネットに流出した個人情報に愕然とするタチ役のティファニー・ドプケ)
A: 家族を捨てるのが夫ではなく妻という設定が時代の流れを感じさせる。ネタバレさせずに語るのは難しいが、衝撃的なシーンがあるとだけ言っておきます。タチの家族はスクリーンに現れず、当然存在すべきものが不在しているという不気味さがある。
B: 反対にヘネの家族は全員登場するのだが、関係はばらばらであたかも家族ではないような希薄さがある。特に中流家庭の子供が通う高校教師である父親の被害者面をしたずる賢さが、映画の進行につれて母親の出奔をもたらしたと分かってくる。
(タチとヘネ役のジョヴァンニ・デ・ロレンツィ)
A: 自分に無関心な夫を捨てるのはいいとして、まだ母親を必要とする3人の子供をおいて新しい恋人のもとに走るというのが一般的にあるのか分かりませんが、少なくとも二人の息子は母親を許さない。
B: ヘネの弟は母親を小母さんと呼んで無視していた。
A: 学校でのイジメがテーマではないのですが、それぞれ自己中心的で自分の殻に閉じこもっていることで、以前見たミシェル・フランコの『父の秘密』(12)を連想しながら鑑賞しました。
B: あのメキシコ映画もイジメではなく突然の不在がテーマでした。
A: タチを演じたティファニー・ドプケと『父の秘密』のアレハンドラ役のテッサ・イアが似ていたせいかもしれません。なかなか興味深い映画でしたが、邦題『サビ』は若干分かりにくいのではないでしょうか。原題は「Ferrugem」で直訳すると「鉄錆」という意味ですが、無教養、怠惰、活力の減退などマイナス・イメージの単語です。
(アリ・ムリチバ監督、ティファニー・ドプケと友人ラケル役のクラリッサ・キスチ)
B: 大阪梅田会場は上映されませんが、横浜ブルク13で上映されます。本日からアナ・カッツの『夢のフロリアノポリス』で後半が始まります。
*『サビ』の簡単紹介記事は、コチラ⇒2018年09月24日
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