『アブラカダブラ』&『相続人』*ラテンビート2018あれやこれや⑤ ― 2018年11月07日 14:14
★東京会場のラテンビート前半が終了、前半はスペイン語映画パブロ・ベルヘルの『アブラカダブラ』、マルセロ・マルティネシの『相続人』、グスタボ・サンチェスの『I Hate New York』、アランチャ・エチェバリアの『カルメン&ロラ』の4本、ブラジル映画アリ・ムリチバの『サビ』を楽しみました。管理人初日(11月3日)となった『アブラカダブラ』と『相続人』、前者にはベルヘル監督のQ&Aがありました。『アブラカダブラ』については、2016年5月のクランクインから何回かに分けて記事にしましたので、見る前から既に見たような気分でしたが、まさか高額出演料の名優チンパンジー嬢が出てくるとは露ほども存じませんでした(笑)。前2作についてQ&Aを交えてお喋りしたい。(Q&Aは11月3日のもの)
*『アブラカダブラ』の紹介記事は、コチラ⇒2016年05月29日/2017年07月05日
*『相続人』の紹介記事は、コチラ⇒2018年02月16日/02月27日
スタイルは変わってもエッセンスは同じの『アブラカダブラ』
A: Q&Aの内容紹介はラテンビート公式サイトでも分かるようにフランクな雰囲気でした。アイデアとしては30年前に見たディスコの催眠術ショーがあり、それを絡ませた映画を構想していたと語ったベルヘル監督。
B: でも2002年のデビュー作『トレモリノス73』、第2作目の『ブランカニエベス』(12)にも採用されなかった。とにかく凝り性で完璧主義者だからエンジンがかかるのに時間を要する。
A: 第1作から10年もかかった『ブランカニエベス』は、モノクロ無声映画ということでどこの製作会社にも相手にされなかった。結果的には金のなる木だったわけですが、こういう話は映画に限らずよく聞きます。3作目はその半分の5年ですから早かった(笑)。紹介記事にも書いたことですが「ロシア人形のマトリューシュカのように、ホラーのなかにファンタジー、ファンタジーのなかにコメディ、コメディのなかにドラマと、入れ子のようになっている映画が好き」なようで、これは全3作の共通項、スタイルは変わってもエッセンスは同じということです。
B: Q&Aでも同じことを話されていたが、ホラー色が3作の中では際立っていた。
A: ウディ・アレンの『スコルピオンの恋まじない』のような映画がお好きなんだそうです。
B: マリベル・ベルドゥ、アントニオ・デ・ラ・トーレ、ホセ・モタのような高額俳優を揃えられたのも『ブランカニエベス』の成功のお蔭、でも名優チンパンジーが一番高額だったとか。
A: 特に演技するチンパンジーは希少価値、うますぎてデ・ラ・トーレを食ってしまった。子供と動物には勝てないとよく言われますが、本当です。アカデミー外国語映画賞受賞作品『アーティスト』のワンちゃんもそうでした。
B: スリル満点だったクレーン・シーンの撮影法について、会場から質問が出ました。ベルヘル映画でついぞ感じたことのないドキドキでしたが、あれもお金がかかった。
A: 当然模型も必要ですからね。先ず工事現場探しに苦労した。製作資金はIMDbによると520万ユーロとあるから、スペイン映画としては多い。『ブランカニエベス』は日本でも公開され、興行収入は製作資金を上回りましたが、本作はどうでしょうか、プロモーション活動も兼ねて来日したようです。
B: 舞台はマドリード南部、多く労働者階級が住むカラバンチェルということでした。
A: マドリードでも一番人口密度の高い、移民が25パーセントという地区で、アレックス・デ・ラ・イグレシアの『ビースト獣の日』、アルモドバルの『ペピ、ルシ、ボンと他のフツーの女たち』『グローリアの憂鬱』、アメナバルの『オープン・ユア・アイズ』、フェルナンド・レオンの「Barrio」、文学ではエルビラ・リンドの『めがねっこマノリート』など、多くの監督を刺激する魅力に富んだバリオでもある。
不思議な魅力を振りまくホセ・モタ、相変わらずの怪演ぶりジョセップ・マリア・ポウ
B: 催眠術に凝っているカルメンの従兄ペペ役ホセ・モタ、奇抜な衣装に身を包み、結婚式の披露宴で催眠術ショーをして笑わせる。
A: デ・ラ・イグレシアの『刺さった男』の主役を演じて既にお馴染みです。ここでは怪しげな魅力を発揮してベテランの貫禄を示しました。
(レアル・マドリード狂のカルロスに懲らしめの催眠術をかけるぺぺ)
B: 主演の3人以外の出演者、夫婦の一人娘トニィ役のプリスシリャ・デルガド(プエルトリコのサンフアン2002)は、アルモドバルの『ジュリエッタ』(16)で母のもとから失踪する娘アンティアを演じていた女優ですね。
A: 子役としてTVシリーズでデビュー、シグフリド・モンレオンが20世紀の最も重要な詩人の一人、ハイメ・ジル・デ・ビエドマの人生を描いた「El cónsul de Sodoma」(09)などにも出演している。ゴヤ賞にもノミネートされた作品ですが、論争を巻き起こした曰く付きの映画です。
B: 本作では付けぼくろで登場、実年齢に近い十代の娘役、ベテランのベルドゥやデ・ラ・トーレとわたり合っていたが、女優としての勝負は始まったばかりです。
(結婚式に遅刻してきた親子3人、トニィ、カルメン、カルロス)
A: キム・グティエレスの立ち位置がシークレットでしたが、まだ東京会場が終わったばかりですからバラせませんね。会場に足を運んでもらうしかありません。
B: 80年代のレトロな衣装が結構似合っていて、気の毒というか可笑しいというか。ダニエル・モンソンの『プリズン211』の看守役や、ハビエル・ルイス・カルデラの『SPY TIME スパイタイム』のかっこいいキムを期待しないことです。
A: ペペの師匠役ドクター・フメッティを真面目くさって演じたジョセップ・マリア・ポウの怪演ぶりも相変わらずです。アメナバルの『海を飛ぶ夢』で主人公の尊厳死を思いとどまらせようと奮闘する車椅子の神父を演じた超ベテランです。
(ドクター・フメッティのジョセップ・マリア・ポウ)
B: そのほか、夫婦交換で夫婦関係のマンネリ解消を目論むハビビとエスペランサ・フリペのカップル、カルロス同様レアル狂の司祭役ナチョ・マラコなど枚挙に暇がないほどベテランが駆けつけました。
(左から、ハビビ、ベルドゥ、モタ、エスペランサ・フリペ)
A: 深層にはスペイン社会のひずみを嘆くトーンもありますが、肩肘はらずに楽しむことです。最後に会場からラストシーンについてのお決まりの質問「カルメンはこれから何処に向かうのか」と。曖昧な結末に後ろ髪を引かれる方は必ずいるものです。「お好きに考えてください」と監督。雨のシーンでしたから「雨降って地固まる」でも、「バイバイ」でもお好きなように想像&創造してください。『相続人』のラストにも繋がります。
パラグアイ上流階級の中年女性の性と自立を描いた『相続人』
B: 男性がこれほど出てこない映画も珍しい。そのうえ監督は男性なのでした。オール女優映画、男性は背後にちらちら見え隠れするだけでスクリーンにはぼんやりとしか現れない。
A: しかし男社会の臭いがただよっている。これにはマルセロ・マルティネシ監督の強い意図が感じられた。ベルリン映画祭以来の期待が大きすぎたのか、全体的にテンポが若干まだるっこい印象でした。しかしこれも意図したことなのか、ゆっくりと主役チェラ(アナ・ブルン)の成長ぶりに寄り添っていく。
(自由をもとめて自己解放に踏みだしたチェラ)
B: 60代になってもお嬢さんをしていられるのが上流階級の女性なんでしょう。雑事をてきぱき処理していた外交的なチキータ(マルガリータ・イルン)が詐欺罪で収監され自立を強いられる。
A: 二人の親密な関係は資産の売却法などで既にこじれ始めている、という設定でした。何かきっかけがあれば別れがあってもおかしくない。今まで車の運転をしていたチキータがいなくなることで、チェラに大きな変化が起こる。
(常に主導権を握ろうとするチキータ)
B: 偶然にしろ無免許で白タク始めるなんて、お嬢さんでなければできない芸当です。事故るのではないかとハラハラさせられる。この自家用車がキイポイントになるのでした。
A: 若いアンジー(アナ・イヴァノヴァ)の出現で、チキータとの距離がどんどん離れていく。それはチェラの表情や服装に徐々に変化をもたらしていく。亀裂を想像できないチキータは刑務所の中でも早い出所の画策を怠らないが、その解決法が決定的な結末を呼ぶことになる。
(親密さを深めていくチェラとアンジー)
「アナの衣を纏って生きているパトリシアがチェラ」
B: しかし前の夫を捨て、早くも次の恋人を見つけたアンジーが求めていたものと、チェラが求めていたものにはズレがある。年上のチェラに対して見せるアンジーの戯れに不純を感じる。
A: 優位に立った女性の残酷さです。チェラの自慰行為に驚かされた観客もいたのではないか。「私はパトリシア・アベンテ、こんな演技は自分にはできない。しかしできる人を知っている。それはアナ・ブルン、彼女は理想です」と答えた。実名パトリシア・アベンテを使わず、アナ・ブルンという芸名にした大きな理由の一つだそうです。
B: 女優と弁護士を兼業してるとか。
A: 「内面では少し反抗的なのがアナ・ブルン、形式を重んじ勤勉で従順で更に勉強家なのがパトリシア、アナの衣を纏って生きているパトリシアがチェラ」と本人は分析している。
B: 女性はあたかも家具のように家の中に幽閉されているが、女性がひとりぼっちで家具のように暮らしたいとでも思っているのか、という問いかけですね。
A: 女だって年寄りだって「愛や自由は求めているのだ」というのが答えです。「最後のシーンは美しい」とブルンは語っている。
(一つの体にアナ・ブルンとパトリシア・アベンテの二人が住んでいる)
B: 本作はベルリン映画祭で2個の銀熊賞を受賞しました。監督の「アルフレッド・バウアー賞」とアナ・ブルンの女優賞です。
A: 他に監督が国際映画批評家連盟賞FIPRESCIとLGBIをテーマにした作品に与えられるテディー賞までもらいました。受賞結果にも書いた通り貰いすぎの感無きにしも非ずです。
B: ベルリナーレ以外の受賞歴は以下の付録で。
A: パラグアイはラテン諸国のなかでも特に映画後進国、映画アカデミーが設立されたのも2013年10月とつい5年前のことでした。パラグアイの若者の生態を描いた話題作「7 cajas」(13)の監督タナ・シェンボリを中心にした女性シネアストたちの尽力のお蔭です。自国に映画アカデミーがないと米アカデミー賞に参加できない。それで今回『相続人』をアカデミー賞外国語映画賞パラグアイ代表作品として送ることができたのでした。長くなりましたので『カルメン&ロラ』以下は次回にします。
(銀の小熊を手にしたマルセロ・マルティネシとアナ・ブルン)
*付録・主な受賞歴*(順不同・すべて2018年)
〇アテネ映画祭:作品賞
〇カルタヘナ映画祭:国際映画批評家連盟賞FIPRESCI・監督賞
〇グラマド映画祭:作品賞・脚本賞・観客賞、女優賞(アナ・ブルン&マルガリータ・イルン)
〇サンセバスチャン映画祭:セバスチャン賞
〇サンティアゴ映画祭:監督賞
〇リマ・ラテンアメリカ映画祭:女優賞(アナ・ブルン)
〇シドニー映画祭:作品賞
〇ビニャ・デル・マル映画祭:作品賞
〇トランスヴァニア映画祭:作品賞
〇ベルリン映画祭:省略
(ノミネーションは多数に付き割愛)
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