第63回バジャドリード映画祭SEMINCI 2018*結果発表 ― 2018年11月02日 14:58
作品賞はカナダ映画、スペイン語映画は鳴かず飛ばずの結果でした
★カナダのフィリップ・ルサージュ監督の「Genese」(「Genesis」)が最高賞の「金の穂」(ゴールデン・スパイク賞)、監督賞にあたるリベラ・デル・ドゥエロ賞、さらにThéodore Pellerinが男優賞と3賞を受賞しました。ロカルノ映画祭からの注目作品、モントリオール・ニューシネマ・フェス2018の作品賞受賞作品。3人のティーンエイジャーの性の目覚めをめぐる物語、過去の作品「Les démons」同様、監督の自伝的な要素を含んでいるようです。カナダといってもフランス語圏なので言語はフランス語です。
(作品賞・監督賞のトロフィーを手に喜びのフィリップ・ルサージュ監督)
(男優賞受賞のTheodore Pellerinとガールフレンド役のノエ・アビタ、映画から)
★スペイン語映画としては、『笑う故郷』(「名誉市民」)のアルゼンチン監督ガストン・ドゥプラットのコメディ「Mi obra maestra」が観客賞を受賞しました。ベネチア映画祭2018のコンペティション外で上映された作品。ブエノスアイレスにギャラリーをもつ楽天的なインチキ画商アルトゥーロ(ギジェルモ・フランセージャ)と、彼とは対照的に人づきあいが苦手な画家レンソ(ルイス・ブランドニ)の二人は竹馬の友。
(出演者に挟まれたガストン・ドゥプラット監督)
★新設された「ドゥニア・アヤソ賞」(スペイン映画部門)に『カルメン&ロラ』の監督アランチャ・エチェバリアが受賞しました。開催中のラテンビート2018にエントリーされている作品です(来日中)。ドゥニア・アヤソ(カナリア諸島ラスパルマス1961~2014)は、夫君のフェリックス・サブロソと二人三脚で映画作りをしていましたが、若くして癌に倒れた。公開には至りませんでしたが意外と映画祭等で紹介されています。『ごめん、でもルーカスは僕が好きだったんだ』(97)『チュエカタウン』(07、脚本)が東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で上映、『チル・アウト!』、ラテンビート2009でも『ヌード狂時代/S指定』が上映されている。社会の暗部を炙り出すシリアス・コメディ映画が得意だった。アヤソ=サブロソ映画の常連だったカンデラ・ペーニャやアルベルト・サン・フアン、ジェラルディン・チャップリンなどを起用して撮った「La isla interior」(09)が遺作となった。
(アランチャ・エチェバリアと『カルメン&ロラ』のポスター)
(ラテンビート2018に来日したアランチャ・エチェバリア監督、
左はプログラミング・ディレクターのアルベルト・カレロ氏)
★名誉賞受賞者は、イランのモハマド・ラスロフ監督、ドイツのマルガレーテ・フォン・トロッタ監督、スペインからはイシアル・ボリャイン監督、フアン・アントニオ・バヨナ監督、俳優のエドゥアルド・フェルナンデスの5名。
(中央がJ.A. バヨナ、左側フェルナンデス、ボリャイン、右側フォン・トロッタ、ラスロフ)
(トロフィーを手に登壇した名誉賞受賞者たち)
★モハマド・ラスロフMohamad Rasoulof 監督は、カンヌ映画祭「ある視点」の常連、なかでカンヌ2017の「Lerd (A Man of Integrity)」が作品賞を受賞、第62回SEMINCIでは監督賞を受賞した。全て未公開のようですが、第12回東京フィルメックスに『グッドバイ』がコンペティション部門に正式出品されている。今回は来バジャドリードはなく、ビデオでの参加だったようです。
★マルガレーテ・フォン・トロッタ Margarethe von Trotta(ベルリン1944)は、ジャーマン・ニューシネマのリーダーの一人、『ローザ・ルクセンブルク』(西ドイツ86)はマルクス主義者ローザ・ルクセンブルクの伝記映画、翌年公開された。ほか東京国際映画祭2012コンペティション部門に出品された後、公開された『ハンナ・アーレント』が代表作、後者は第57回SEMINCIでシルバー・スパイク賞を受賞している。
★スペイン人シネアストについては、既に当ブログではご紹介済みにつき割愛します。下の写真はカジェタナ・ギジェン・クエルボの司会で国営テレビ出演のスペインの3人。
(左から、ボリャイン、バヨナ、ギジェン・クエルボ、フェルナンデス)
★前回アップしたオープニング作品だったミゲル・アンヘル・ビバスの「Tu hijo」や、アルゼンチンのパブロ・トラペロの「La Quietud」(フランス合作)は残念でした。
『アブラカダブラ』&『相続人』*ラテンビート2018あれやこれや⑤ ― 2018年11月07日 14:14
★東京会場のラテンビート前半が終了、前半はスペイン語映画パブロ・ベルヘルの『アブラカダブラ』、マルセロ・マルティネシの『相続人』、グスタボ・サンチェスの『I Hate New York』、アランチャ・エチェバリアの『カルメン&ロラ』の4本、ブラジル映画アリ・ムリチバの『サビ』を楽しみました。管理人初日(11月3日)となった『アブラカダブラ』と『相続人』、前者にはベルヘル監督のQ&Aがありました。『アブラカダブラ』については、2016年5月のクランクインから何回かに分けて記事にしましたので、見る前から既に見たような気分でしたが、まさか高額出演料の名優チンパンジー嬢が出てくるとは露ほども存じませんでした(笑)。前2作についてQ&Aを交えてお喋りしたい。(Q&Aは11月3日のもの)
*『アブラカダブラ』の紹介記事は、コチラ⇒2016年05月29日/2017年07月05日
*『相続人』の紹介記事は、コチラ⇒2018年02月16日/02月27日
スタイルは変わってもエッセンスは同じの『アブラカダブラ』
A: Q&Aの内容紹介はラテンビート公式サイトでも分かるようにフランクな雰囲気でした。アイデアとしては30年前に見たディスコの催眠術ショーがあり、それを絡ませた映画を構想していたと語ったベルヘル監督。
B: でも2002年のデビュー作『トレモリノス73』、第2作目の『ブランカニエベス』(12)にも採用されなかった。とにかく凝り性で完璧主義者だからエンジンがかかるのに時間を要する。
A: 第1作から10年もかかった『ブランカニエベス』は、モノクロ無声映画ということでどこの製作会社にも相手にされなかった。結果的には金のなる木だったわけですが、こういう話は映画に限らずよく聞きます。3作目はその半分の5年ですから早かった(笑)。紹介記事にも書いたことですが「ロシア人形のマトリューシュカのように、ホラーのなかにファンタジー、ファンタジーのなかにコメディ、コメディのなかにドラマと、入れ子のようになっている映画が好き」なようで、これは全3作の共通項、スタイルは変わってもエッセンスは同じということです。
B: Q&Aでも同じことを話されていたが、ホラー色が3作の中では際立っていた。
A: ウディ・アレンの『スコルピオンの恋まじない』のような映画がお好きなんだそうです。
B: マリベル・ベルドゥ、アントニオ・デ・ラ・トーレ、ホセ・モタのような高額俳優を揃えられたのも『ブランカニエベス』の成功のお蔭、でも名優チンパンジーが一番高額だったとか。
A: 特に演技するチンパンジーは希少価値、うますぎてデ・ラ・トーレを食ってしまった。子供と動物には勝てないとよく言われますが、本当です。アカデミー外国語映画賞受賞作品『アーティスト』のワンちゃんもそうでした。
B: スリル満点だったクレーン・シーンの撮影法について、会場から質問が出ました。ベルヘル映画でついぞ感じたことのないドキドキでしたが、あれもお金がかかった。
A: 当然模型も必要ですからね。先ず工事現場探しに苦労した。製作資金はIMDbによると520万ユーロとあるから、スペイン映画としては多い。『ブランカニエベス』は日本でも公開され、興行収入は製作資金を上回りましたが、本作はどうでしょうか、プロモーション活動も兼ねて来日したようです。
B: 舞台はマドリード南部、多く労働者階級が住むカラバンチェルということでした。
A: マドリードでも一番人口密度の高い、移民が25パーセントという地区で、アレックス・デ・ラ・イグレシアの『ビースト獣の日』、アルモドバルの『ペピ、ルシ、ボンと他のフツーの女たち』『グローリアの憂鬱』、アメナバルの『オープン・ユア・アイズ』、フェルナンド・レオンの「Barrio」、文学ではエルビラ・リンドの『めがねっこマノリート』など、多くの監督を刺激する魅力に富んだバリオでもある。
不思議な魅力を振りまくホセ・モタ、相変わらずの怪演ぶりジョセップ・マリア・ポウ
B: 催眠術に凝っているカルメンの従兄ペペ役ホセ・モタ、奇抜な衣装に身を包み、結婚式の披露宴で催眠術ショーをして笑わせる。
A: デ・ラ・イグレシアの『刺さった男』の主役を演じて既にお馴染みです。ここでは怪しげな魅力を発揮してベテランの貫禄を示しました。
(レアル・マドリード狂のカルロスに懲らしめの催眠術をかけるぺぺ)
B: 主演の3人以外の出演者、夫婦の一人娘トニィ役のプリスシリャ・デルガド(プエルトリコのサンフアン2002)は、アルモドバルの『ジュリエッタ』(16)で母のもとから失踪する娘アンティアを演じていた女優ですね。
A: 子役としてTVシリーズでデビュー、シグフリド・モンレオンが20世紀の最も重要な詩人の一人、ハイメ・ジル・デ・ビエドマの人生を描いた「El cónsul de Sodoma」(09)などにも出演している。ゴヤ賞にもノミネートされた作品ですが、論争を巻き起こした曰く付きの映画です。
B: 本作では付けぼくろで登場、実年齢に近い十代の娘役、ベテランのベルドゥやデ・ラ・トーレとわたり合っていたが、女優としての勝負は始まったばかりです。
(結婚式に遅刻してきた親子3人、トニィ、カルメン、カルロス)
A: キム・グティエレスの立ち位置がシークレットでしたが、まだ東京会場が終わったばかりですからバラせませんね。会場に足を運んでもらうしかありません。
B: 80年代のレトロな衣装が結構似合っていて、気の毒というか可笑しいというか。ダニエル・モンソンの『プリズン211』の看守役や、ハビエル・ルイス・カルデラの『SPY TIME スパイタイム』のかっこいいキムを期待しないことです。
A: ペペの師匠役ドクター・フメッティを真面目くさって演じたジョセップ・マリア・ポウの怪演ぶりも相変わらずです。アメナバルの『海を飛ぶ夢』で主人公の尊厳死を思いとどまらせようと奮闘する車椅子の神父を演じた超ベテランです。
(ドクター・フメッティのジョセップ・マリア・ポウ)
B: そのほか、夫婦交換で夫婦関係のマンネリ解消を目論むハビビとエスペランサ・フリペのカップル、カルロス同様レアル狂の司祭役ナチョ・マラコなど枚挙に暇がないほどベテランが駆けつけました。
(左から、ハビビ、ベルドゥ、モタ、エスペランサ・フリペ)
A: 深層にはスペイン社会のひずみを嘆くトーンもありますが、肩肘はらずに楽しむことです。最後に会場からラストシーンについてのお決まりの質問「カルメンはこれから何処に向かうのか」と。曖昧な結末に後ろ髪を引かれる方は必ずいるものです。「お好きに考えてください」と監督。雨のシーンでしたから「雨降って地固まる」でも、「バイバイ」でもお好きなように想像&創造してください。『相続人』のラストにも繋がります。
パラグアイ上流階級の中年女性の性と自立を描いた『相続人』
B: 男性がこれほど出てこない映画も珍しい。そのうえ監督は男性なのでした。オール女優映画、男性は背後にちらちら見え隠れするだけでスクリーンにはぼんやりとしか現れない。
A: しかし男社会の臭いがただよっている。これにはマルセロ・マルティネシ監督の強い意図が感じられた。ベルリン映画祭以来の期待が大きすぎたのか、全体的にテンポが若干まだるっこい印象でした。しかしこれも意図したことなのか、ゆっくりと主役チェラ(アナ・ブルン)の成長ぶりに寄り添っていく。
(自由をもとめて自己解放に踏みだしたチェラ)
B: 60代になってもお嬢さんをしていられるのが上流階級の女性なんでしょう。雑事をてきぱき処理していた外交的なチキータ(マルガリータ・イルン)が詐欺罪で収監され自立を強いられる。
A: 二人の親密な関係は資産の売却法などで既にこじれ始めている、という設定でした。何かきっかけがあれば別れがあってもおかしくない。今まで車の運転をしていたチキータがいなくなることで、チェラに大きな変化が起こる。
(常に主導権を握ろうとするチキータ)
B: 偶然にしろ無免許で白タク始めるなんて、お嬢さんでなければできない芸当です。事故るのではないかとハラハラさせられる。この自家用車がキイポイントになるのでした。
A: 若いアンジー(アナ・イヴァノヴァ)の出現で、チキータとの距離がどんどん離れていく。それはチェラの表情や服装に徐々に変化をもたらしていく。亀裂を想像できないチキータは刑務所の中でも早い出所の画策を怠らないが、その解決法が決定的な結末を呼ぶことになる。
(親密さを深めていくチェラとアンジー)
「アナの衣を纏って生きているパトリシアがチェラ」
B: しかし前の夫を捨て、早くも次の恋人を見つけたアンジーが求めていたものと、チェラが求めていたものにはズレがある。年上のチェラに対して見せるアンジーの戯れに不純を感じる。
A: 優位に立った女性の残酷さです。チェラの自慰行為に驚かされた観客もいたのではないか。「私はパトリシア・アベンテ、こんな演技は自分にはできない。しかしできる人を知っている。それはアナ・ブルン、彼女は理想です」と答えた。実名パトリシア・アベンテを使わず、アナ・ブルンという芸名にした大きな理由の一つだそうです。
B: 女優と弁護士を兼業してるとか。
A: 「内面では少し反抗的なのがアナ・ブルン、形式を重んじ勤勉で従順で更に勉強家なのがパトリシア、アナの衣を纏って生きているパトリシアがチェラ」と本人は分析している。
B: 女性はあたかも家具のように家の中に幽閉されているが、女性がひとりぼっちで家具のように暮らしたいとでも思っているのか、という問いかけですね。
A: 女だって年寄りだって「愛や自由は求めているのだ」というのが答えです。「最後のシーンは美しい」とブルンは語っている。
(一つの体にアナ・ブルンとパトリシア・アベンテの二人が住んでいる)
B: 本作はベルリン映画祭で2個の銀熊賞を受賞しました。監督の「アルフレッド・バウアー賞」とアナ・ブルンの女優賞です。
A: 他に監督が国際映画批評家連盟賞FIPRESCIとLGBIをテーマにした作品に与えられるテディー賞までもらいました。受賞結果にも書いた通り貰いすぎの感無きにしも非ずです。
B: ベルリナーレ以外の受賞歴は以下の付録で。
A: パラグアイはラテン諸国のなかでも特に映画後進国、映画アカデミーが設立されたのも2013年10月とつい5年前のことでした。パラグアイの若者の生態を描いた話題作「7 cajas」(13)の監督タナ・シェンボリを中心にした女性シネアストたちの尽力のお蔭です。自国に映画アカデミーがないと米アカデミー賞に参加できない。それで今回『相続人』をアカデミー賞外国語映画賞パラグアイ代表作品として送ることができたのでした。長くなりましたので『カルメン&ロラ』以下は次回にします。
(銀の小熊を手にしたマルセロ・マルティネシとアナ・ブルン)
*付録・主な受賞歴*(順不同・すべて2018年)
〇アテネ映画祭:作品賞
〇カルタヘナ映画祭:国際映画批評家連盟賞FIPRESCI・監督賞
〇グラマド映画祭:作品賞・脚本賞・観客賞、女優賞(アナ・ブルン&マルガリータ・イルン)
〇サンセバスチャン映画祭:セバスチャン賞
〇サンティアゴ映画祭:監督賞
〇リマ・ラテンアメリカ映画祭:女優賞(アナ・ブルン)
〇シドニー映画祭:作品賞
〇ビニャ・デル・マル映画祭:作品賞
〇トランスヴァニア映画祭:作品賞
〇ベルリン映画祭:省略
(ノミネーションは多数に付き割愛)
『I Hate New York』&『サビ』他:ラテンビートあれやこれや⑥ ― 2018年11月09日 15:18
★11月4日に見たグスタボ・サンチェスのドキュメンタリー『I Hate New York』、アランチャ・エチェバリアのデビュー作『カルメン&ロラ』、アリ・ムリチバの『サビ』、3作ともに考えさせられる作品でした。『I Hate New York』と『カルメン&ロラ』には監督のQ&Aがありました。真摯な人柄が分かるサンチェス監督、見るたびにふくよかになっていく元気印のエチェバリア監督、アレックス・デ・ラ・イグレシアのようにならないことを切に願います。バジャドリード映画祭2018で新設なった「ドゥニア・アヤソ賞」受賞の記事をアップしたばかりです。先輩女性監督の名を冠した賞の名誉ある受賞者になりました。前回に続いて見た順に感想をメモランダムに。
10年前1台のカメラで撮りはじめた『I Hate New York』
(Q&A終了後のフォトコール、サンチェス監督とアルベルト・カレロ氏、LBサイトから拝借)
A: 昨日に続いて第2回目の上映となったグスタボ・サンチェスの『I Hate New York』は、9.11後に訪れたNYを見たことが原点にあるようでした。その後2007年に再訪、はっきりした構想もプロデューサーも決まっていなかったが、9.11後のNY市民の日常を1台のカメラで自由に回し続けていた。
B: パブリックの資金援助は貰っていない、エグゼクティブ・プロデューサーとしてエンディング・クレジットにあったJ.A.バヨナとカルロス・バヨナ兄弟の参画は、最初からあったわけではないと語っていた。
(サンチェス監督とJ.A.バヨナ、マラガ映画祭2018のプレス会見)
A: 制作会社「Colosé Producciones」のサンドラ・エルミダとJ.A.バヨナは、以前から共同で製作しているから、そういう繋がりで参画したのではないか。サウンドトラックなどを手掛けているカルロス・バヨナは、本作で製作者デビューを果たしたようです。
*『I Hate New York』の紹介記事は、コチラ⇒2018年09月05日
* J.A.バヨナのキャリア&フィルモグラフィー記事は、コチラ⇒2018年03月24日
B: 80人ほどの証言者のうちアンダーグラウンドのLGBTQのアーティスト4人に絞り込み完成させた。その4人とは、ドラッグクイーンのアマンダ・ルポール、キューバから夢を抱いて亡命してきたソフィア・ラマル、元パンクバンドの歌手クロエ・ズビロ、クロエのパートナーで前衛アーティストのT・デ・ロング、彼の出生時の性は女性です。
(アマンダとソフィア)
A: 見る前はアマンダを中心にしたドキュメンタリーだと思っていましたが、HIV偏見と闘い、常に死と隣り合わせで生きているクロエ、彼女を心から愛しているT・デ・ロングの印象が強かった。コネチカット出身のクロエは、1982年にNYに移住、その死まで暮らしていた。この二人に絞ったほうがよかったと思ったくらいです。
(元パンクバンドの歌手のクロエ・ズビロ)
B: 監督は同じスペイン語話者であるソフィアに惹かれていたようですが、掘り下げが足りない印象を受けた。1回目のQ&Aで会場から10年で区切りをつけた理由を質問されて、「クロエの死だ」と答えていたようです。
A: 見ていてそう感じました。強い愛が介在していた死は重たい、たまたまそれが10年目だった。フィルム編集は監督ではなかったが、惜しい。続けてT・デ・ロングのその後を追ってほしい。NYという都会は、ウディ・アレンに限らず多くのシネアストを刺激し続けている。誰もが夢を見るNYだけれど、その背後に潜む理不尽な現実を10年間も追い続けたドキュメンタリーはそんなに多くない。
B: タイトルについての質問が当然出ました。「I Love New York」に対抗してアイロニーを込めている。「大都会NYから得られるものを人々は本当に望んでいるのか」という疑問も込めて「Hate」にした。表舞台でなく裏舞台で暮らしている人たちへの共感をこめている印象でした。
A: 「Love」だったら、もっと皮肉だ。
B: コメンテーターのカトリナ・デル・マルのLGBTQ分析が面白かった。
A: NY在住の写真家、ビデオアーティスト、ライター、短編映画を数作撮っているドキュメンタリー監督、海外の大学にも招聘されて講義をしている。短編ドキュメンタリー「Hell on Wheels Gang Girls Forever」(12)が代表作。音楽好きの方はご存知でしょう。彼女をコメンテーターとして登場させたことが成功の一つでした。
B: マラガ映画祭、サンセバスチャン映画祭上映のお蔭か、J.A.バヨナのネームバリューのお蔭か、スペイン本国でも公開になり(11月9日)、映画祭用映画で終わらなかったことを証明した。これから「梅田ブルク7」でも上映されます、と宣伝しておきます。
(サンセバスチャン映画祭宣伝用のポスター)
閉ざされたロマ社会の禁じられた愛を描く『カルメン&ロラ』
(Q&A終了後のフォトコール、エチェバリア監督、スペイン大使、カレロ氏、同上)
A: Q&Aは2日前に着任したばかりという駐日スペイン大使の飛入りもあって盛り上がりました。日西国交150周年だそうで、これまたびっくりしました。カンヌ映画祭と併催の「監督週間」正式出品以来、快進撃を続けている『カルメン&ロラ』をスクリーンで見ることができたことは考え深い。
B: 本作の字幕翻訳者の方も会場におられて、司会者からコメントを要請されていましたが。
A: ロマ社会の実情は翻訳者もご存じなかったそうで、個人的にはこれまた考え深いことでした。本作の製作意図、ストーリーやアランチャ・エチェバリア監督の紹介はダブらせたくないので省きますが、伏線が巧みに張られておりラストシーンはその通りになりました。上述したように10月27日に閉幕したバジャドリード映画祭でドゥニア・アヤソ賞を受賞しました。
*『カルメン&ロラ』の紹介記事は、コチラ⇒2018年05月13日
* ドゥニア・アヤソ賞受賞の記事は、コチラ⇒2018年11月02日
B: 東京4日目という監督は疲れもみせず元気いっぱいの登壇でした。司会者の監督紹介の後、本作のアイデアを訊かれて「初恋」がもとになっており、2009年にロマ女性の同性婚の記事を新聞で読み、タブー視されているテーマを絡ませようと考えた、と応えていました。
A: カンヌの紹介記事に書いた通りです。映画に描かれた内容に誇張はないときっぱり、マドリードのような大都会でも周辺は別で、特にロマ社会は家父長的な考えが強い。カルメンの父親も、ロラの父親も、さらには息子世代もマッチョがまかり通っている。
(素顔の主役二人とアランチャ・エチェバリア監督)
B: スペインでは、同性婚が法的に認められていますが、マドリードやバルセロナのような都会はいざ知らず、地方の現実はまだまだ、理解は得られていないのではないか。
A: ロマ社会のタブーを炙り出すことですが、二人の若い女性、カルメンとロラが困難に直面することで強くなり、視野が広がること、人は変わることができるのだ、というのが真のテーマでしょう。
B: マックス・オフュルスの『歴史は女で作られる』(55)ではありませんが、女は自由を求めている、変革は女性の手で、というわけです。応募に1000人もの人が押し寄せたというのも変化の表れだと思いませんか。
A: 微妙に変化していくロラの母親役ラファエラ・レオンも、変われない父親役のモレノ・ボルハも素人、唯一のプロがパキ役のカロリナ・ジュステでした。モレノ・ボルハは初出演とは思えない上手さでしたが、果たしてトゥールーズ・スペイン映画祭で男優賞を受賞、他に観客賞、ヴィオレト・ドール(ゴールデン・スミレ賞)を受賞した。
B: 監督からロラ役のサイラ・モラレスは、作中でカルメン役のロジー・ロドリゲスが選ぼうとした職業「美容師になろうと考えていたが、今は次回作も決まって女優を目指している」と監督。
A: 何がきっかけで人生が変わるか分かりませんが、ペルー映画『悲しみのミルク』(09)のヒロイン、マガリ・ソリエルも教会前で露店の売り子をしていたとき、クラウディア・リョサ監督に見いだされ、女優の道を歩くようになった。
(海を見たことがないカルメンとマラガの海を知っているロラが辿りついた海辺のラストシーン)
B: より厳しい現実が二人を待っているのだが、自分で決めた自由は素晴らしい。
ネットに潜む危険と不在がもたらす孤独についての『サビ』
A: 3本目はブラジル映画、アリ・ムリチバの『サビ』、ポルトガル語ということで簡単にしか内容紹介ができませんでしたが、若者の遊び半分が重大な悲劇をもたらすというサスペンスドラマ。
B: 第1部がSNSに熱中する16歳の女子高校生タチ、第2部がタチの同級生ヘネとその家族、二人が通う高校の教師でもある父親、弟と妹、3人を捨て新しい夫との間に身ごもっている元母親の話。
(ネットに流出した個人情報に愕然とするタチ役のティファニー・ドプケ)
A: 家族を捨てるのが夫ではなく妻という設定が時代の流れを感じさせる。ネタバレさせずに語るのは難しいが、衝撃的なシーンがあるとだけ言っておきます。タチの家族はスクリーンに現れず、当然存在すべきものが不在しているという不気味さがある。
B: 反対にヘネの家族は全員登場するのだが、関係はばらばらであたかも家族ではないような希薄さがある。特に中流家庭の子供が通う高校教師である父親の被害者面をしたずる賢さが、映画の進行につれて母親の出奔をもたらしたと分かってくる。
(タチとヘネ役のジョヴァンニ・デ・ロレンツィ)
A: 自分に無関心な夫を捨てるのはいいとして、まだ母親を必要とする3人の子供をおいて新しい恋人のもとに走るというのが一般的にあるのか分かりませんが、少なくとも二人の息子は母親を許さない。
B: ヘネの弟は母親を小母さんと呼んで無視していた。
A: 学校でのイジメがテーマではないのですが、それぞれ自己中心的で自分の殻に閉じこもっていることで、以前見たミシェル・フランコの『父の秘密』(12)を連想しながら鑑賞しました。
B: あのメキシコ映画もイジメではなく突然の不在がテーマでした。
A: タチを演じたティファニー・ドプケと『父の秘密』のアレハンドラ役のテッサ・イアが似ていたせいかもしれません。なかなか興味深い映画でしたが、邦題『サビ』は若干分かりにくいのではないでしょうか。原題は「Ferrugem」で直訳すると「鉄錆」という意味ですが、無教養、怠惰、活力の減退などマイナス・イメージの単語です。
(アリ・ムリチバ監督、ティファニー・ドプケと友人ラケル役のクラリッサ・キスチ)
B: 大阪梅田会場は上映されませんが、横浜ブルク13で上映されます。本日からアナ・カッツの『夢のフロリアノポリス』で後半が始まります。
*『サビ』の簡単紹介記事は、コチラ⇒2018年09月24日
『夢のフロリアノポリス』*ラテンビート2018あれやこれや⑦ ― 2018年11月14日 14:41
後半1日目はアナ・カッツの『夢のフロリアノポリス』でスタート
★第5回イベロアメリカ・フェニックス賞の結果が発表になっておりますが、記憶が薄れないうちにラテンビートの感想を先に。後半は『夢のフロリアノポリス』、『ベンジーニョ』、『夏の鳥』、最終上映となった『アナザー・デイ・オブ・ライフ』4本を鑑賞しました。アルゼンチンの監督アナ・カッツの『夢のフロリアノポリス』(アルゼンチン・ブラジル・仏、アルゼンチン語・ポルトガル語、106分)は、パンフレットでブラジル映画の特集欄に入っていたこともあって、スペイン語映画ではないと思っていた方がいらしたかもしれない。4本のなかでは一番空席が目立っていて勿体なかった。言語だけでなく両国の国民性の違いがアイロニーを込めて語られ、シリアス・コメディとしては若干長すぎましたが楽しめました。本作「Sueño Florianópolis」については、サンセバスチャン映画祭「ホライズンズ・ラティノ」部門にエントリーされた折り、ストーリー、キャスト、監督フィルモグラフィーなどを紹介しています。
*『夢のフロリアノポリス』の紹介記事(配役は下記に再録)は、コチラ⇒2018年09月21日
ブラジル映画でなく、やはりアルゼンチン映画です
A: 舞台は1992年のブラジルのリゾート地フロリアノポリス、25年前ほどのお話とはいえ両国のお国柄は変わらない。アルゼンチンは債務不履行を性懲りもなく繰り返している国、90年代初頭は正義党(ペロン党)のメネム大統領時代で、2001年の国家破産前夜だった。そういうブエノスアイレスから精神分析医をしているペドロとルクレシアの夫婦が、年頃の子供二人とフロリアノポリスにオンボロ車でやってくる。
B: 一方、アルゼンチン一家を迎えるブラジルは、南米第一の人口を抱える汚職大国、1992年のインフレ率は1110%という信じられないハイパー・インフレだった。
(マルコも荷物持ちを手伝ってフロリアノポリスの梅に到着した一家、中央が娘フローラ)
A: そんな事態になってもめげないブラジルに、マンネリムードの夫婦がバケーションにやって来た。目下お試し別居中だがバケーションは別というわけです。せっかく一緒にきたのだから久しぶりにセックスもいいか(笑)。医者という職業柄中流階級に属しているが台所状態は中流のイメージとは程遠く、朝食に出たパンを昼食用にそっとトートバッグに詰め込んだりして笑わせる。
B: まだ二人だけだった頃、夫婦は来たことがあるという設定、暮らし向きも今より良かったらしく、もっと高級なホテルに滞在していた良き思い出を引きずっている。予約したコンドミニアムは耐え難く、途中ガス欠が取り持つ縁で知り合ったブラジル人のマルコの別荘に宿替えする。
A: その別荘というのがマルコの自宅で、彼の家族はもっと狭い家に移って稼ぎ時の夏場の商売に精を出す。借り手も貸し手も経済状態はイマイチ、魅力的なのはタダで泳げる海と素晴らしい景観、週末にマルコの元恋人ラリッサのバーで開催されるカラオケでのサンバのリズムというわけです。互いに自国の言葉で話すからチグハグになることもあり、その意思疎通のあやが面白さの一つになっている。
B: 字幕だけでは分からないおもしろさです。ややこしい話、具合の悪い話になると、「えっ、なんて言ったの?」と通じないふりをする。
(人生は短いのだからと波乗りに興じるマルコとペドロの家族、
左から、フリアン、ペドロ、ルクレシア、ラリッサ、マルコ)
A: お互い見えないところでは相手国の悪口を言ってるが、表面的には教養ある大人らしく友好ムードに終始する。これが正しい国際関係というものです。
B: 別居中なのだから相手の自由は尊重しないといけない。というわけでルクレシアはマルコと、ペドロはラリッサとつかの間の恋のアバンチュールを楽しむが・・・
A: 理性と感情は理屈通りにいかないのが世の常、バツの悪さもさりながら二人の微妙な心の揺れも見所の一つである。
(ガードの堅いルクレシアに言い寄る伊達男マルコ)
(にこやかに談笑しているが、心穏やかでないルクレシアとラリッサ)
B: ルクレシアを演じたメルセデス・モラン(サン・ルイス、1955)は、カルロヴィ・ヴァリ映画祭で女優賞を受賞した。
A: 彼女はパンフでの紹介以外にも、サンセバスチャン映画祭2018の開幕作品だったフアン・ベラの「El amor menos pensado」でリカルド・ダリンとタッグを組んでいる。同じような離婚の危機を迎えた夫婦の機微を描いたロマンティック・コメディです。こちらはアルゼンチンでは大ヒットした。
B: ハリウッドと違うのは、少々太めの熟女でもヒロインに起用されることでしょう。ハリウッドでは40代はもはや90代のおばあさんが常識、熟女で主役を演じられるのはメリル・ストリープくらいででしょうか。
(ペドロのラリッサとの不倫告白に、自分を棚に上げて機嫌を損ねるルクレシア)
A: ペドロ役のグスタボ・ガルソンは、1955年ブエノスアイレス生れの俳優、脚本家。1981年デビューのベテラン。数多くのTVシリーズに出演、映画ではロリー・サントスのスリラー「Qué absurdo es haber crecido」の主役、『人生スイッチ』が大ヒットしたダミアン・ジフロンの「El fondo del mar」で2003年、銀のコンドル賞やクラリン・エンターテインメント賞男優賞を受賞しています。
B: ラテンビート2016では『名誉市民』の邦題で上映された、ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーンのコメディ『笑う故郷』にも脇役だが出演している。
A: 夫婦の二人の子供を演じたホアキン・ガルソンとマヌエラ・マルティネスは、彼の実子だそうです。フローラ役のマヌエラはラストで両親を窮地に陥れます。
B: 冒頭に張られた伏線通りになりました。まったく笑ってなどいられません。
A: アルゼンチン・コメディのファンにはお薦めの映画、大阪、横浜会場で上映されます。なお監督紹介は前回アップしております。
(カルロヴィ・ヴァリ映画祭「審査員特別賞」のトロフィーを手にしたアナ・カッツ監督)
*付録・キャスト紹介*
キャスト:グスタボ・ガルソン(夫ペドロ)、メルセデス・モラン(妻ルクレシア)、ホアキン・ガルソン(息子フリアン)、マヌエラ・マルティネス(娘フロレンシア、フローラ)、マルコ・ヒッカ(ブラジル人マルコ)、アンドレア・ベルトラン(マルコの元恋人ラリッサ)、カイオ・ホロヴィッツ(マルコの息子セザル)、他
*「El amor menos pensado」の紹介記事は、コチラ⇒2018年08月14日
ブラジル映画『ベンジーニョ』*ラテンビート2018あれやこれや ⑧ ― 2018年11月15日 14:49
ピッツィ監督一家が総出演で撮った『ベンジーニョ』
★後半2日目、アリ・ムルチバの『サビ』に続いて、グスタボ・ピッツィの『ベンジーニョ』(英題「Loveling」)を見てきました。1月開催のサンダンス映画祭でスタートした本作のヒロインを力演したのが監督夫人のカリネ・テレスでした。パンフレットに紹介されているようにグラマド映画祭2018ブラジル映画部門で女優賞を受賞、姉を演じたアドリアナ・エステベスが助演女優賞、監督が観客賞を受賞しました。その他、例年4月に開催されるマラガ映画祭2018イベロアメリカ映画部門の作品賞「金のビスナガ」、審査員特別賞「銀のビスナガ」他を受賞した。因みに駄々をこねて兄さんたちを困らせた双子の兄弟は監督夫妻の実子であり、文字通り<ベンジーニョ>です。
*『ベンジーニョ』の紹介記事(配役のみ再録)は、コチラ⇒2018年04月30日
配役:カリネ・テレス(イレーニ)、オッタヴィオ・ミュラー(夫クラウス)、アドリアナ・エステベス(イレーニ姉ソニア)、コンスタンティノス・サリス(長男フェルナンド)、セザル・トロンコソ(ソニアの夫アラン)、マテウス・ソラーノ(パソカ)、ルカス・ゴウヴェア(登記所職員)、パブロ・リエラ(サンダー)、ビセンテ・デモリ、ルアン・テレ、アルトゥル&フランシスコ・テレス・ピッツィ(双子の3男4男)
(女優賞のトロフィーを手にしたカリネ・テレス、グラマド映画祭授賞式にて)
A: <Benzinho>は市販のポルトガル辞典に見当たらなかったので、英題「Loveling」から類推しておりましたが、字幕は「かわいい子供」(?)と訳されていたかと思います。愛らしい好もしい事柄に使用する造語でしょうか。
B: 監督夫妻の実子という双子の可愛らしさは、写真で見る以上に愛らしかった。5歳ぐらいの設定でしたが、どこからどこまでが演技なのか、現実と虚構の境が定かではありませんでした。
A: 実際のところ「今のママはホントのママか、映画のママかどっちなの?」というわけで、ベテランのカリネ・テレスもタジタジでした。
(イレーニ、双子の兄弟、ホルンが得意の次男ロドリゴ)
B: 10歳という設定の次男ロドリゴは、出来のいい長男フェルナンドの陰に隠れて、母親の評価は必ずしも高くないけれど、オッタヴィオ・ミュラー扮する優しい父親の性格を受け継いで、弟の面倒をよくみる穏やかな子でした。
A: 名前がエンディング・クレジットでメモできず、キャスト紹介では特定できませんでした。体形も父親似でかなり肥っている。母親につまみ食いを叱られているのか、夜中に隠れて父子して盗み食いをするシーンには、気の毒やら可笑しいやら。
B: 次男は父親っ子、長男は母親っ子です。肥満に厳しい母親に二人して一矢を報いているようでした。頑張り屋だが強すぎるイレーニから受けるストレスが二人の肥満の原因かもしれない。
A: しかしラストのパレードのシーンで面目を果たしました。母親自慢の息子フェルナンドに扮したコンスタンティノス・サリスはイケメン、ハンドボールだけでなく成績も良いという設定。そういう子にありがちの自己中心的な性格でないのがいい。総じて登場人物の人格がくっきりしていました。
B: それぞれ短所はあるものの長所がそれをカバーしていて、家族揃って安心して見られるホームドラマに仕上がっていた。
(ドイツでの夢を膨らませる自立したい長男、寂しさと喜びが交錯する母)
A: 性格は穏やかだが夢を追い続けては失敗ばかりする夫クラウスに、愛しているけれど歯がゆい妻、自然と強くならざるを得ない。ハイスクールの卒業証書が欲しいのも、それがあれば正社員になれる道が開かれるからです。
B: 舞台となっている地方都市でも実力だけでなく学歴が必要になっている印象でした。
A: リオデジャネイロ州のペトロポリスという都市は、高地にあるため避暑地でもあるらしく、監督夫妻の生れ故郷です。監督が大好きな町なので撮影もここで行われたということです。リオデジャネイロとは時間の流れがゆったりしている。かつてはドイツ人の入植が奨励されたのでドイツ移民が多い。夫クラウス役のオッタヴィオ・ミュラーが起用されたのも自然です。
(将来の夢を語るクラウス、不安を隠して夫の提案にうなずくイレーニ)
(新しい計画の夢が頓挫して落ち込む夫を慰める妻)
B: ブラジルと言えばサッカーですが、ハンドボールもドイツ同様盛んです。だから息子がドイツのチームからオファーを受けたのは、父としては名誉なことだった。
A: しかしイレーネはそう単純には喜べない。何しろ我が家の希望の星なのだ。それに未だ子供なのにドイツに行ってしまうなんて。早すぎる子供の巣立ちに心は千々に乱れる(笑)。
B: 理性と感情は重ならない。母親のストレスの爆発に戸惑う子供たち、こんなママを見たことない。
A: イレーニのお姉さんソニア役を演じたアドリアナ・エステベスは、グラマド映画祭で助演女優賞を受賞した。夫の家庭内暴力から逃れて一人息子を連れて駆け込んできた。40歳近くなってハイスクールの卒業証書を手にした妹イレーニが誇らしい。
B: この女優さんも、酒乱の夫アラン役のセザル・トロンコソも上手かった。イレーニが卒業式に着ていく豪華なドレスを提供するゲイのブティック店主、新居を請け負った大工の棟梁など、おしなべてキャスト陣は安心して見ていられました。
(「とても尊敬するわ」と姉、ラメ入りの貸衣装の証書を手にした妹、卒業式シーン)
(こんな崩壊寸前のボロ家にソニア母子は転がり込んできた、庭に双子の兄弟)
A: ホワイトカラーの登記所職員役ルカス・ゴウヴェア、お役所のタテマエ主義に皮肉もちょっぴり利かせている。前回アップしたアナ・カッツの『夢のフロリアノポリス』にもブラジル人俳優が多数出演していましたが、とても演技のレベルが高く、多様性に富んでいる。ブラジルはラテンアメリカ諸国ではアルゼンチン同様、映画先進国だと改めて思いました。なお、ストーリー、監督フィルモグラフィー、カリネ・テレス、主なスタッフ紹介は、すでにアップしている紹介記事をご参照してください。
*大阪梅田ブルク7、11月18日(日)上映
『夏の鳥』ガジェゴ=ゲーラ共同監督*ラテンビート2018あれやこれや ⑨ ― 2018年11月17日 08:51
ガジェゴ=ゲーラ共同監督の新作は『彷徨える河』を超えられたか?
★ラテンビート後半3作目『夏の鳥』は、チロ・ゲーラの前作『彷徨える河』の成功もあってか、観客の入りが一番多かったのではないか。新作はクリスティナ・ガジェゴの初監督作品、ガジェゴ=ゲーラ共同監督とはいえ、彼女のバイタリティを印象づける仕上がりだったように思います。カンヌ映画祭併催の「監督週間」のオープニング作品、その後、ロカルノ、トロント、釜山、シカゴ、ロンドン他、国際映画祭にエントリーされています。公開はまだ故国コロンビアのみですが、これから翌年にかけてメキシコ、ドイツ、ハンガリー、米国、フランスなどがアナウンスされています。『彷徨える河』同様、2019年アカデミー外国語映画賞コロンビア代表作品、米国での評価が雌雄を決するかもしれない。本作のストーリー&時代背景、キャスト、スタッフ紹介、監督フィルモグラフィーなどは、原題「Pájaros de verano」でアップしております(配役のみ再録)。
(婦唱夫随が長続きのコツ、クリスティナ・ガジェゴとチロ・ゲーラ監督夫妻)
配役:カルミニャ・マルティネス(ウルスラ・プシャイナ)、ナタリア・レイェス(ウルスラの娘サイダ)、ホセ・アコスタ(サイダの夫ラパイエット、ラファ)、ジョン・ナルバエス(ラファの親友モイセス)、ホセ・ビセンテ・コテス(ラファの伯父ぺレグリノ、エル・パラブレロ)、フアン・マルティネス(アニバル)、グレイデル・メサ(ウルスラの息子レオニーダス)、他エキストラ約2000人
*「Pájaros de verano」の内容紹介は、コチラ⇒2018年05月18日
*『彷徨える河』の内容紹介は、コチラ⇒2016年12月01日
マリファナ密売者の繁栄と没落、野心と名誉の衝突が語られる
A: 背景は1970年代から80年代半ばにかけてマリファナ密売者が繁栄した「ボナンサ・マリンベラ(bonanza marimbera)」と言われる時代です。映画は時系列に1968年から1985年まで4部に分かれて語り継がれていく。コロンビア北部ラ・グアヒラの砂漠地帯に暮らす先住民ワユーの一族のマリファナ密売者プシャイナ家の繁栄と没落が語られる。
B: ワユーの文化と伝統を守ろうとするゴッドマザー的存在のウルスラ・プシャイナの名誉、サイダと結婚することで当主となったラパイエットの野心、母と娘の世代間の軋轢も語られる。
(プシャイナ一族、ペレグリノ、レオニーダス、ウルスラ、ラファ、サイダ)
A: ウルスラにカルミニャ・マルティネス、ラパイエットにホセ・アコスタ、サイダにナタリア・レイェス、この3人がプロの俳優です。『彷徨える河』に比べれば分かりやすいストーリーです。分かりやすい反面、先が読めてしまうので前作のような意外性には欠けます。しかし史実にインスピレーションを受けて製作されているから、一定のタガが嵌められるのは仕方がない。
B: ワユーの掟を破ってマリファナ密輸で富を得ようとしたプシャイナのようなクランと、それを潔しとしないクランの対立も語られ、ウルスラが遭遇する四面楚歌は自らが蒔いた種でもある。
(クラン同士の権力闘争)
A: コロンビアとベネズエラの国境を挟んで、ワユー族のクランは今でも30くらい現存しているそうです。ラ・グアヒラの砂漠地帯とカリブ海に面したクランでは自ずと気質も異なります。プシャイナ一族も現存しています。
B: それはラストシーンで暗示されていた通りです。
先住民ワユーも貪欲と強欲の本能をもつ人間である
A: 一族はワユーの文化や伝統を守ろうとするが、巨大なアメリカ資本の誘惑には太刀打ちできない。映画から透けて見えてくるのは、ワユーは無垢で時代遅れの人ではなく、貪欲と強欲の本能をもつ人間であるということです。
B: 生き残るためには他のクラン壊滅も厭わない。金の卵マリファナは札束と武器弾薬に形を変えて、米国の悪しき銃文化をも運んできた。
A: サイダを見初めたラファの持参金調達がそもそもの発端だった。無一文のラファには求婚の資格がない。悪友モイセス(ジョン・ナルバエス)と語らって、マリファナの密売にのめりこんでいく。
(女性が男性を挑発するワユーの伝統的な求愛のダンス、サイダがラファを挑発している)
(持参金の牛やヤギを引き連れて求婚にきたラファと腐れ縁のモイセス)
B: ウルスラは夢に左右されながらも、豊かさに比例して大きくなっていく権力の魅力に抵抗できない。家族の絆、特に不肖の息子レオニーダス(グレイデル・メサ)の溺愛が悲劇を呼び込む。
A: 息子への溺愛はウルスラが見る不吉な夢と関連しています。豪華な家具調度に囲まれた豪邸に暮らしていても悪夢が彼女を支配しており、心は以前と変わらない粗末な家屋に住んでいる。
B: ウルスラの夢が伏線となり、『彷徨える河』のようなサプライズが削がれてしまっている。もう少しひねりがあってもよかった。
(ウルスラが見た悪夢のシーン)
クラン間の交渉人エル・パラブレロが果たす役割の重要さ
A: ホセ・ビセンテ・コテスが演じたラファの伯父ペレグリノ、クラン間の対立を避けるための使者、交渉人エル・パラブレロとして登場する。ワユーでは非常に重要な大役、母方の一番年上の伯父が担う。
B: 甥ラファの求婚の交渉もペレグリノ、ラファの義弟レオニーダスがアニバル(フアン・バウティスタ)の娘に行なった侮辱を詫びる交渉も彼の仕事でした。
A: いかなる場合でも、エル・パラブレロは生きて返さねばならない。主役3人以外は初出演でしたが、ホセ・ビセンテは民族衣装とワユー・バッグを肩に掛けカンヌ入りをしていました。
B: 本日より大阪会場の上映が始まります。お楽しみください。
A: まだ全体をアップしておりませんが、去る11月7日、第5回イベロアメリカ・フェニックス賞結果発表があり、本作が最高賞の作品賞、カルミニャ・マルティネスが女優賞、レオナルド・Heiblumが音楽賞を受賞しました。チロ・ゲーラは次回作「Esperando a los Barbaros」の撮影のためモロッコ滞在中ということで授賞式は欠席でした。南アフリカのジョン・マックスウェル・クッツェーの小説の映画化です。初めて英語で撮るそうで、「ブルータス、お前もか」です。
(作品賞のトロフィーを抱きしめたクリスティナ・ガジェゴと仲間たち)
(女優賞のトロフィーを手に貫禄のアルミニャ・マルティネス)
『アナザー・デイ・オブ・ライフ』アニメーション*ラテンビート2018あれこれ ⑩ ― 2018年11月19日 20:39
(主な登場人物を入れたフランスのポスター)
★後半はラウル・デ・ラ・フエンテ&ダミアン・ネノウの『アナザー・デイ・オブ・ライフ』のCGアニメーションと実写の融合が最後を飾りました。最終回に相応しく会場から拍手が起こりました。1975年のアンゴラ内戦初期、ポーランドの報道記者リシャルト・カプシチンスキは首都ルアンダ取材に派遣される。凄惨な戦場を駆けめぐった3ヵ月の体験記録、ノンフィクション「Another Day of Life」(英語版1976刊)の映画化。当時のアンゴラは宗主国ポルトガルとの休戦協定に調印したが、現実はソ連主導のMPLAと米国主導のFNLAの対立により混迷を深めていた。ストーリー、時代背景、映画化の動機、その複雑な経緯、原作者リシャルト・カプシチンスキ、両監督フィルモグラフィーなどは既に紹介しております。
*『アナザー・デイ・オブ・ライフ』の紹介記事は、コチラ⇒2018年10月08日
*スペイン版タイトル「Un día más con vida」
「悪夢の瞬間もありましたが、最終的には求めていた作品になりました」
A: 導入部で冷戦時代の米ソの対立構図が説明されますが、少し予備知識が必要かな。分からないと楽しめないというほどではありませんが、知っていたほうがよりベター。何しろ遠い大西洋に面したアフリカの、今から40年前の内戦だから、生まれていなかった観客も多かったでしょう。
B: 高校の世界史では学ばない? 公用語が元の宗主国ポルトガルの言語、アフリカ最大のポルトガル語人口を擁している共和国です。
A: 作品の言語もポルトガル語、英語、スペイン語、ポーランド語、日本語字幕なしでは厳しい。翻訳者は大変な作業だったでしょう。YouTube予告編では英語または西語入りなどあります。
B: Toutubeでも描線の美しさは伝わってきますが、スクリーンは圧倒的、比較になりません。映画ファンと一緒に同じ空間と時間を共有しているからかもしれない。
A: いくらネットで簡単に見ることができる時代になっても、映画は映画館で観るは変わらない。デ・ラ・フエンテ監督が「観客がカプシチンスキの心の中に入り込めるように努力した」と語っていたが、それはある程度成功したのではないか。
(凄惨を極めたルアンダ)
B: 最初からアニメーションで撮ろうとしたわけではなく、結果的にそうなったと。
A: アニメ作家ではありませんからね。製作の発端は10年前、デ・ラ・フエンテと公私ともにパートナーである製作者で脚本家のアマイア・レミレスが原作を読み、二人同時に感銘を受けたこと。7年前のアンゴラ取材旅行から本格始動した。2012年にリスボンに行き、国立シネマテカを訪れた。そこで1975年当時のアンゴラで撮影された16ミリのコピーを見た。そこにカルロタが現れた。
(サンセバスチャン映画祭観客賞受賞のアマイア・レミレスとラウル・デ・ラ・フエンテ)
B: 映画ではカプシチンスキと別れた後、死が伝えられた女性革命家カルロタのことすね。
A: 死の数時間前の映像で、圧倒的な存在感があったということです。彼女を軸にして脚本が進みだした瞬間だった。「想像してみてよ、40年前には生きていた若い女性ゲリラの姿が映っていたの」とアマイア・レミレス。本作のアイデアはカルロタに負っている部分が大きいとも。
B: カルロタへのオマージュを強く印象づけられた。
(カプシチンスキとカルロタ)
A: シュールなシーンは実写よりアニメーションのほうがいいということで、ワルシャワで仕事をしていた友人を通じて原作者の故国ポーランドに打診した。最初「どうしてスペインの監督がカプシチンスキのノンフィクションをアニメ化したいのか、びっくりというかショックを受けた」とデ・ラ・フエンテ。
B: そしてヨーロッパでも有数のアニメ・スタジオPlatige Imageとコンタクトが取れ、共同監督ダミアン・ネノウとタッグを組むことになった。完成までの道程は大分長かった。
A: 配給に尽力してくれたナバラのGolem のホセチョ・モレノのように完成を見ずに鬼籍入りした関係者もいた由、彼の死は思い出しても辛い。「悪夢の瞬間がいくつもありましたが、最終的には求めていた作品になりました」とデ・ラ・フエンテ。
B: 製作国は最初はポーランドとスペインだけだった。しかしベルギー、ドイツが続き、最終的にハンガリーにも参加してもらえた。
A: ジャーナリズムとアートの境界線は消えてしまっていた。不条理な惨い現実がカプシチンスキを報道記者から作家に転身させてしまった。
B: デ・ラ・フエンテは、カプシチンスキはジャーナリストというより活動家だったと語っていますが。
A: 理想主義者だったのではないでしょうか。この作品は無名の英雄たち、カプシチンスキ、ファルスコ、ルイス・アルベルト、アルトゥル・ケイロツ、カルロタほか内戦で亡くなった多くの市民に捧げられています。これにてラテンビート2018はお開きにいたします。
*カンヌ映画祭以降の主なデータ(管理人覚え)
〇アヌーシー・アニメーション映画祭(6月12日)
〇ビオグラフィルム映画祭(伊、6月18日)
〇T-Mobil New Horizons(ポーランド、7月28日)
〇サンセバスチャン映画祭(9月22日)
〇CPH PIX(デンマーク、9月28日)
〇アニメーション・イズ・フィルムフェス(米、10月20日)
〇ストックホルム映画祭(11月7日)
〇ラテンビート(11月11日)
〇メルボルン映画祭(2019年8月)
〇第2回ヨーロッパ・アニメーションEmile賞ノミネーション
★公開:スペイン、ポーランド、ポルトガル、公開予定:フランス、イタリア、他
第5回イベロアメリカ・フェニックス賞2018*結果発表 ― 2018年11月20日 15:18
コロンビアの『夏の鳥』が作品賞と女優賞にカルミニャ・マルティネス
★去る11月7日、メキシコシティのエスペランサ・アイリス・シティシアターで授賞式が行われました。今年は結果発表とラテンビートが重なり大分遅れのアップになりました。作品賞がラテンビート上映の『夏の鳥』だったので、部分的にはラテンビートに絡めて触れております。フェニックス賞はメキシコの「シネマ23」主導の映画賞で、過去4回ともラテンアメリカ諸国の作品が受賞しています。元の宗主国スペインとポルトガルから選ばれたことはなく、今年はそもそも作品賞・監督賞にノミネーションさえありませんでした。映画部門とTVシリーズ部門に分かれています。ノミネーションは以下にアップしています。
*イベロアメリカ・フェニックス賞2018ノミネーション発表の記事は、コチラ⇒2018年09月30日
*映画部門*
◎作品賞(長編7作品)
「Alanis」監督アナイ・ベルネリ(アルゼンチン)
「As boas maneiras」同フリアナ・ロハス&マルコ・ドゥトラ(ブラジル)
「Cocote」同ネルソン・カルロ・デ・ロス・サントス・アリアス(ドミニカ共和国)
「Las herederas」同マルセロ・マルティネシ(パラグアイ) 邦題『相続人』
「Museo」同アロンソ・ルイスパラシオス(メキシコ)
〇「Pájaros de verano」チロ・ゲーラ&クリスティナ・ガジェゴ(コロンビア)邦題『夏の鳥』
「Zama」同ルクレシア・マルテル(アルゼンチン) 邦題『サマ』
(クリスティナ・ガジェゴを囲んで喜びの関係者一同)
◎監督賞(7人)
アナイ・ベルネリ「Alanis」
フリオ・エルナンデス・コルドン「Cómparame un Revólver」(メキシコ)
〇マルセロ・マルティネシ「Las herederas」
ラウラ・モラ「Matar a Jesús」(コロンビア)
アロンソ・ルイスパラシオス「Museo」
チロ・ゲーラ&クリスティナ・ガジェゴ「Pájaros de verano」
ルクレシア・マルテル「Zama」
(『相続人』のマルセロ・マルティネシ監督)
◎女優賞
カルミニャ・マルティネス 『夏の鳥』
◎男優賞
ロレンソ・フェロ 「El Angel」監督ルイス・オルテガ(アルゼンチン、西)
(トランプ大統領とアルゼンチン大統領マクリを批判したロレンソ・フェロ)
◎脚本賞
ラウラ・モラ&アロンソ・トレス「Matar a Jesús」(コロンビア)
◎撮影賞
ルイ・ポサス 「Zama」
(ミゲル・アンヘル・シルベストルからトロフィーを受け取るルイ・ポサス)
◎美術デザイン賞
レナータ・ピネイロ 「Zama」
◎衣装賞
メルセ・パロマ 「La librería」 監督イサベル・コイシェ(スペイン、イギリス)
◎録音賞
グイド・ベレンブラム&エマニュエル・クロセット「Zama」
◎編集賞
ミゲル・シュアードフィンガー&カレン・ハーレー 「Zama」
◎オリジナル音楽賞
レオナルド・Heiblum 『夏の鳥』
◎長編ドキュメンタリー賞
「Muchos hijos, un mono y un castillo」 監督グスタボ・サルメロン(スペイン)
(左から2人目の監督とヒロインの母親)
◎ドキュメンタリー撮影賞
フアン・サルミエント G. 「Central Airport THF」監督カリム・アイノズ(ブラジル、独、仏)
◎ネットフリックス・オペラ・プリマ賞
『相続人』マルセロ・マルティネシ(パラグアイ、独、ブラジル、ウルグアイ、ノルウェー、仏)
◎批評家賞
ルシアノ・モンテアグド(アルゼンチンの映画批評家)
◎シネアスト賞
ルイス・カルロス・バヘット(ブラジルの映画プロデューサー)
◎Exhibidores賞
「Perfectos desconocidos」監督アレックス・デ・ラ・イグレシア(スペイン)
*テレビ部門*
◎TVシリーズ
「La casa de Papel」シーズン2 (スペイン) 邦題『ペーパー・ハウス』
◎俳優アンサンブル賞
「Aquí en la tierra」シーズン1(メキシコ)
★写真は入手できたもの。
第3回コロンビア映画上映会2018①*インスティトゥト・セルバンテス東京 ― 2018年11月26日 17:18
新人ナタリア・サンタのデビュー作『ドラゴンのディフェンス』
★去る11月13日~14日の2日間「コロンビア映画上映会2018」がありました。4作のうち1日目のナタリア・サンタの『ドラゴンのディフェンス』(「La defensa del dragón」2017)とサミル・オリベロスのコメディ『ディア・デ・ラ・カブラ』(「El dia de la cabra」2017)の2作を楽しんできました。2日目の『マテオ』と『ママ』はチャンスを逃しましたが、マリア・ガンボアの『マテオ』は2014年の話題作、モントリオール、アカデミー外国語映画賞の前哨戦といわれるパームスプリングス、マイアミなどの各映画祭に正式出品され、アカデミー外国語映画賞2015のコロンビア代表作品にも選ばれた。第1回イベロアメリカ・プラチナ賞初監督作品賞にもノミネートされた。
★昨年の第2回は、『彷徨える河』、『ロス・オンゴス』、『グッド・ピープル』(「Gente de bien」)、『土と影』の4作、公開または映画祭上映作品が多かった。今回は日本初公開作品が並び、日本語字幕が英語字幕に急遽変更されるのではないか不安でしたが、コロンビア大使館職員の奮闘のお蔭で日本語字幕入りでした。ナタリア・サンタの『ドラゴンのディフェンス』、ドラゴンは出てきませんが期待通りだったのでアップいたします。
(ポスターをバックにナタリア・サンタ監督)
★『ドラゴンのディフェンス』は、2017年のカンヌ映画祭併催の「監督週間」に正式出品された折り、作品紹介をいたしました。コンパクトにストーリーを再録しますと、コロンビアの大都会の片隅で暮らす、年代の異なる旧知の友人たちサムエル、マルコス、ホアキンの3人の再出発物語。ボゴタの急激な変化に取り残されつつも、良き時代であった過去の思い出に安住している。人生のカウントダウンが既に始まっている男たちを、ある種のノスタルジーを込めて淡々と語っていく。やがて3人にも各々転機が訪れ再出発を迫られる。
* 原題「La defensa del dragón」の作品・監督紹介は、コチラ⇒2017年05月05日
到達できない何かを期待している男たち
A: 1年半前にアップした当ブログを検索していたら、ボゴタ在住の日本人の方からコメントを頂いていたことが分かった。それもこの『ドラゴンのディフェンス』にサムエルと対局する中国人チェスプレーヤー役で出演しておられた平入誠さんという方でした。もう驚くやら申し訳ないやらで。
B: ブログ始まって以来のサプライズ、では早速、平入誠さんにご登場いただきましょう。
(左からサムエル、中央がサムエルの娘役の女の子、野球帽を被った平入誠さん)
A: コメントにはコロンビアでも話題になっているとありました。デビュー作が「監督週間」とはいえノミネーションされるのは、そんなに容易いことではありませんし、本作はカメラドール対象作品でもありました。残念ながら無冠でしたが、その後、エルサレム、ワルシャワ、テッサロニキ、フランスのヴィルールバンヌ(イベロアメリカ映画部門)など、各国際映画祭に正式出品されました。
B: イベロアメリカ・プラチナ賞2018初監督作品賞やマコンド賞(録音部門)にもノミネートされた。
A: さて、一番若い50代のサムエル(ゴンサロ・サガルミナガ)を軸にして物語は展開する。彼は三流どころのチェス・プレーヤーだが弟子を育て、地区のトーナメントに出場させようとしている。他に数学の家庭教師をしており、生徒の母親に魅力を感じている。どうやら離婚か別居のようだ。サムエルが借りている質素なアパートの家主は、母子家庭の設定か、ここにも父親の姿はない。勉強を見てやっている思春期の娘フリエタ(ラウラ・オスマ)に迫られている(笑)。
(露出度の高い洋服で迫るフリエタとサムエル)
B: このチグハグがいかにも可笑しい。思う人には思われず、思わぬ人に思われて。本作はコメディでもある。
A: 娘を引き取って離婚した妻は再婚しており、現在10歳になる娘、上記の写真に映っていた女の子ですが、一緒に過ごすこともできる。円満離婚のようだが、本作に登場する家族像は以前とは様変わりしている。
(弟子の対局を見守る、ホアキン、マルコス、サムエルの3人組)
B: スペイン出身の70代のマルコス(マヌエル・ナバラ)は、ホメオパシー療法の医師だが患者が減り続けている。ナバラ自身も実際にスペイン出身だそうですね。
A: 医師なのにマリファナ依存症で運任せの勝負事に人生を賭けている。ホセフィナ(ビクトリア・エルナンデス)という看護婦と同居しているが、家族はスペインにいるという設定です。息子が彼の年金を送金してこないので理由を調べなくてはと思っている。
B: 理由が分かるのはラスト部分、ほかにスクリーンに登場はしない息子の秘密も明らかになる。ホセフィナも彼のもとを去り、大きな転機を迎えることに。
(息子の最期と秘密を淡々と話すマルコス、聞き入るサムエルとホアキン)
B: 60代半ばのホアキン(エルナン・メンデス)は、時計店を営んでいるがデジタルは扱わないので、このご時世では客足はさっぱりです。家賃の督促を受けている。
A: 親から受けついだ時計店も今や風前の燈火。彼も一人暮らしだが、追い追い息子がいることが観客にも分かってくる。三人の共通項は既婚者だったが現在は一人ということ。いずれ我も行く道だから切ない。各自何かが足りないが、それでも何かを期待している。
B: ホアキンは職人気質が裏目になり、時代の波に乗れないが、やがて彼にも転機が訪れる。
(黙々とアナログ時計に固執するホアキン)
愛、希望、夢がスクリーンに現れなくても人生は捨てたものじゃない
A: カメラは少ししか動かないか静止している。そして注意深く細部を映しだす。撮影監督のイバン・エレーラはサンタ監督の夫君です。エレーラが長年撮りためてきたボゴタ市の風物が本作の原点になっていると監督が語っている。映画の色調にそって暗く、現代のボゴタが過去のボゴタにワープしたような印象を受けます。
B: しかし表層的には動きがゆっくりでも、じゃあ退屈かというと、そういうわけではなく、内面が少しずつ変化していくのが感じられる。
A: ボゴタで一番古いチェス・クラブ「Lasker」の存在を知り、トーナメント観戦などをしながら取材していった。チェス・プレーヤーのサムエルを主人公にした映画を構想していった。3人のうちでも丁寧に描かれていたのがサムエルでした。
B: それはタイトルの『ドラゴンのディフェンス』にも表れている。チェスは皆目分かりませんが、ウイキペディアのにわか勉強によると、ドラゴン・ヴァリエーションはチェスのオープニングのシシリアン・ディフェンスの変化の一つで最もポピュラーな定跡らしい。
A: サンタ監督もチェス・ファンではないとか。シシリアン・ディフェンスは他より勝率が高いということで、つまりドラゴンは出てきません(笑)。このタイトルに決まるまで時間を要したとカンヌで語っていた。
(チェス・クラブ「Lasker」内部)
B: クラブ「Lasker」の他にも、カジノ・カリブ、老舗カフェテリア「ラ・ノルマンダLa Normanda」が登場していた。
A: コロンビアは「エストラート」といわれる階層社会で6段階に分かれている。しかしそれは表向きで、「1」にも含まれない「0」もあり、一握りの金持ちと権力者の所属する「6」も「6-」「6+」など細分化されている由。ボゴタ市は階層によって暮らす地区が色分けされている。この3人のエストラートはどこらへんなのか。
B: もう1作がサミル・オリベロスのデビュー作『ディア・デ・ラ・カブラ』(17、コメディ、76分)、こちらには正真正銘のカブラことヤギが登場します。クラウド・ファンディングで資金を集めたと大使館の方が紹介しておられた。
A: 人口5000人というカリブ海に浮かぶ美しいプロヴィデンシア島が舞台、言語がクレオール語と、コロンビア映画の多様性、裾野の広がりを感じさせる映画でした。フィラデルフィア映画祭、テキサス州オースティンで開催されるサウス・バイ・サウスウエスト映画祭SXSW2017でも好評だったらしく、ストーリーも興味深いものでした。紹介は後日に回したい。
第3回コロンビア映画上映会②*インスティトゥト・セルバンテス東京 ― 2018年11月28日 18:12
サミル・オリベロスのデビュー作『ディア・デ・ラ・カブラ』
★11月13日上映作品サミル・オリベロスのデビュー作『ディア・デ・ラ・カブラ』の舞台は、カリブ海に浮かぶ美しいプロビデンシア島、観光地化されているサンアンドレス島から北へ80キロに位置し、5000人足らずの住民は、英語、スペイン語をベースにしたクレオール語を話す。ニカラグアから240キロとコロンビアより近いので、両国は長年統治権を争っていたが、1991年国際司法裁判所がサンアドレス、プロビデンシアを含む7島の統治権をコロンビアに認めた。コロンビア人でさえ知ってる人は多くないとか。そんな島で喧嘩ばかりしている兄妹(姉弟?)と不運なヤギが繰り広げる可笑しなロードムービー。オリジナル・タイトルは「Bad Lucky Goat」です。
(オリジナル・タイトルのポスター、SXSW映画祭)
★監督はボゴタ出身の28歳、ニューヨークのビジュアル・アート・スクールで映画を学んでいる。2014年短編「Morpho」を撮っているほか、詳細が検索できなかった。
(サミル・オリベロス監督、SXSW映画祭2017にて)
『ディア・デ・ラ・カブラ』(「El dia de la cabra」「Bad Lucky Goat」)2017年
製作:Solar Cinema S.A.S.
監督・脚本:サミル・オリベロス・サイド
撮影:ダビ・クルト
音楽:エルキン・ロビンソン
編集:セバスティアン・エルナンデス
キャスティング:カルロス・メディナ
プロダクション・デザイナー:ルル・サルガド
製作者:アンドレス・ゴメスD.、ジーン・ブッシュ
データ:コロンビア、クレオール語、2017年、ミステリアス・コメディ、76分、撮影地プロビデンシア島、期間20日。コロンビア公開2017年11月9日
映画祭・受賞歴:サウス・バイ・サウスウエスト映画祭 SXSW(グローバル部門)、トロント映画祭、ミルウォーキー映画祭、ロンドン映画祭、ムンバイ映画祭、フィラデルフィア映画祭(Archie賞受賞)、デンバー映画祭、パシフィック同盟国映画祭(オタワ)など、いずれも2017年開催。
キャスト:Honlenny Huffington(コーン)、キアラ・ハワード(リタ)、ラモン・ハワード、エルキン・ロビンソン、マイケル・ロビンソン、ジーン・ブッシュ、フェリペ・カベサス、他
ストーリー:喧嘩ばかりしているリタとコーンの姉弟のミステリアスなロードムービー。リタは父親の軽トラックを運転中にコーンと言い争いをしていたせいで何かを轢いてしまう。放し飼いにされているヤギだった。おまけに父親の軽トラのフロントバンパーを壊してしまった。ヤギの死体はどうしよう? 両親に内緒で軽トラの修理代を捻出するには? というわけで二人は喧嘩しいしい知恵を絞るのだが・・・仲直りの冒険にいざ出発。
不運なヤギの名前はヴィンセント・ヴァン・ゴート
A: アフリカ系コロンビア人の島民5000人の10パーセントがエキストラを含めて映画作りに参加したそうです。上映会には家族揃って見に来た。まだ観光地化されていないせいか、本土のコロンビア人でも島の存在を知らない人が多いとか。
B: 美しいショットの数々、プロビデンシア島に今も息づく文化、伝統、音楽、宗教、クレオール語など、コロンビア大使館が一丸となって宣伝する意気込みが理解できた。コロンビア映画の多様性を知ってもうためにも、麻薬密売やテロリストなどがスクリーンに現れない映画を紹介したかった。
(父親の軽トラックの修理代に思案投げ首のコーンとリタ)
A: 英語をベースにしたクレオール語の印象でした。キャストの苗字を見ても、ハワードとかロビンソンです。最初に入植したのが17世紀初めのイギリスのピューリタンという影響でしょうか。その後スペイン人がイギリス人を追い払ったようです。
B: 全編がリアリズムで押していくのですが、それがいわゆるマジックリアリズムで。ヤギは島中に放し飼いになっている。不運なヤギの名前は、ヴィンセント・ヴァン・ゴートとおちゃめ。
A: ストーリーもユーモアが溢れていて、時間がゆるやかに流れている。都会の子供にはちょっと残酷に思えるシーンもありましたが、自己責任などという言葉とは無縁かな。
(ヤギを肉屋に売る名案を思いつき肉屋に向かうヤギとコーンとリタの3人組)
(怪しまれつつもなんとかヤギを肉屋に買ってもらえた二人)
B: 兄弟姉妹がライバル意識をもって張り合っている構図は、どこの家庭にも見られること。字幕ではリタが妹だったように記憶していますが、お姉さんの印象でした。
A: 長幼の序は日本ほど厳しく区別しません。単車のドライバーは写真のようにコーンでしたが、軽トラックの運転はリタでした。監督によると自身の姉妹との関係が、二人のアクションや会話に投影されているということです。彼女も参画しているようです。
(両親に自分の正当性を訴える、コーンとリタ)
B: 島にもミニ・カジノがあって、闘鶏が大人の娯楽の一つになっている。でもアタマを利かせれば子供も入れちゃうのが可笑しい。ここで二人は大儲けする。
A: ガルシア・マルケスの短編『大佐に手紙は来ない』や、イニャリトゥの『アモーレス・ぺロス』を持ちだすまでもなく、ラテンアメリカでは盛んです。元手のかからないギャンブルだからでしょう。
(修理代を稼ごうと二人が紛れ込んだ闘鶏場)
「島を舞台に映画を撮る」が最初にありき
B: サミル・オリベロス監督によると「映画を撮る前にプロビデンシア島を訪れ、全編ロケはここにしよう、さらにスペイン語ではなく島の人々が話す、英語をベースにしたクレオール語で撮ることも決めた」と語っている。
A: 島の根っことなる文化やクレオール語を回復させることが動機のひとつだった。ジャマイカに住んでいる女友達と一緒に島めぐりをしたとき聞いた「まだ人通りのない早朝にヤギでなく牛を轢いて途方に暮れた」話がヒントになっている。島を舞台にして撮りたかったようです。撮影は20日間の日程、ボゴタから18人のクルーで乗り込み、現地の35人と合流した。撮影機材を運ぶのに船や飛行機を使用したのでコストも掛かり、制作会社としては大きな挑戦だった、とプロデューサのアンドレス・ゴメス。
B: 本作は「島の文化を回復させるのに良い機会だった」わけです。特に印象的なのが音楽、オリジナル歌曲8作が含まれているCDが発売されている。アフリカ系の打楽器とスペイン人がもたらした弦楽器に手作りの楽器の混交で演奏されていた。エルキン・ロビンソンは島のミュージシャンだそうです。自作の楽器で演奏しているシーンも出てきました。
(多分、この中にエルキン・ロビンソンもいる?)
A: ジーン・ブッシュもプロビデンシア島の人で、プロデューサーと役者の掛け持ち、どの役か分かりませんが、想像するに質屋さん役かもしれない。「本作のミステリアスなところが私を捉えた。島に魅せられた監督に協力したかった。映画が100%クレオール語で撮られたことは重要。こういう例はコロンビア映画では皆無です。私たちの言語が失われない機会にもなった。今ではサンアンドレス島でも30~40%の人しかクレオール語を理解できない」とも語っていた。
B: 言語は思考のもとですから。
(二人が貰った時計を持ち込んだ質屋さん)
A: 主人公を演じたHonlenny Huffingtonとキアラ・ハワードの二人は映画や音楽の愛好家で、キャスティングを決める段階で監督の頭の中にあったという。男の子は音楽家になる夢をもつ子供、女の子は少し年上で自説を曲げないタイプの見栄っ張りの子供を構想していた。コーンはハモニカが得意だった。二人とも演技がとても自然で直ぐ決まったという。
B: やはり姉弟のようですね。仕切っていたのはリタだった。
(リタがけなしたハモニカを吹くコーン)
B: アンドレス・ゴメスは「テキサスのサウス・バイ・サウスウエスト映画祭でワールド・プレミアできたことが大きかった」とインタビューで語っていた。ヨーロッパでもスイス、フランス、ロシアなどの上映の足掛かりになったと。
A: 大使館の方の挨拶では、若い世代に浸透し始めたクラウド・ファンディングで61,000ドルの資金を集めたと紹介されました。今度は日本で撮りたいとも。お薦めできませんが(笑)。
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