マルセラ・サイドの第2作「Los perros」*カンヌ映画祭2017 ④ ― 2017年05月01日 17:39
再びカンヌに登場、「監督週間」から「批評家週間」へ
★「批評家週間」のもう1作は、チリのマルセラ・サイドの第2作「Los perros」、パブロ・ララインの『ザ・クラブ』のアントニア・セヘルスがヒロインのマリアナを演じます。タッグを組んだのはラライン映画ではお馴染みのアルフレッド・カストロ、暗い過去を引きずる元陸軍大佐フアンに扮します。マリアナは独裁政権側に立ったチリのセレブ階級に属している40代の女性、フアンは60代になる乗馬クラブの指導教官という設定です。20歳の年齢差を超えて、どんな愛が語られるのでしょうか。
★チリ映画は何作も登場させており、パブロ・ララインだけに止まりません。特に女性監督の活躍が目立ち、当ブログでもアリシア・シェルソン(『プレイ/Play』05)、ドミンガ・ソトマヨル・カスティリョ(『木曜から日曜まで』12)、マルシア・タンブッチ・アジェンデ(『アジェンデ』14、ドキュメンタリー)、マイテ・アルベルディ(「La Once」14、ドキュメンタリー)などをご紹介しております。マルセラ・サイドは初登場です。最近、ラテンアメリカで最も勢いのあるのがチリとコロンビア、秋開催のラテンビートを視野に入れてご紹介していきます。
「Los perros」(英題「The Dogs」) 2017年
製作:Cinemadefacto(仏)/ Jirafa(チリ)/ Augenschein Filmproduktion(独)
/ Bord Cadre Films /Rei Cine(アルゼンチン)/ Terratreme Films(ポルトガル)
監督・脚本:マルセラ・サイド
撮影:ジョルジュ・ルシャプトワ(Georges Lechaptois)
編集:ジャン・ド・セルトー (Jean de Certeau)
プロダクション・マネージメント:マリアンヌ・メイヤー・ベック
助監督:リウ・マリノ
美術:シモン・ブリセノ
録音:アグスティン・カソラ、レアンドロ・デ・ロレド、他
視覚効果:ブルノ・ファウセグリア
製作者:アウグスト・マッテ(Jirafa)、ソフィー・エルブス、トム・ダーコート、ほか共同製作者多数
データ:製作国チリ=フランス、スペイン語、2017、ドラマ、94分。サンダンス映画祭2014の脚本ラボ、続いてカンヌ映画祭シネフォンダシオンのワークショップを経て完成させた作品。
映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2017「批評家週間」正式出品(ワールド・プレミア)、ベルリナーレ2015共同製作マーケットでArte Cinema賞受賞
キャスト:アントニア・セヘルス(マリアナ)、アルフレッド・カストロ(フアン)、アレハンドロ・シエベキング/ジーフェキング(フランシスコ)、ラファエル・スプリジェルバード(ペドロ)、エルビス・フエンテス、他
物語と解説:マリアナの深い孤独と愛の不在についての物語。繊細なマリアナは42歳、ピノチェト政権に与したチリのブルジョア階級に属している。人生の初めから父親に無視され、今は仕事にかまける夫からはほったらかしにされ情緒不安定になっている。そんななか乗馬クラブの指導教官フアンの誠実さと優しさに奇妙な親近感を覚えるようになる。62歳になる元陸軍大佐というフアンは、軍事政権の弾圧に加担するという暗い過去を引きずっていた。やがて二人の行く手に微かな光が差し込んでくるように見えたが・・・。本作は独裁者の共犯者、政権によって経済的な豊かさと安定を享受したセレブ階級の偽善についての、チリ社会にはびこる表面化しない暴力についての、そして多くの犯罪に手を汚しながらも責任を問われない民間人についての物語でもある。
(乗馬クラブの教官と生徒、マリアナとフアン、映画から)
★大人のラブロマンスの要素を含みながら、背景には約18年間続いた、否、現在も続いている軍事独裁時代(1973~90)の負の遺産が描かれている。このテーマについては、パブロ・ララインが「ピノチェト三部作」として世に送り出した、2008年の『トニー・マネロ』、2010年の「Post Mortem」、最後が2012年の『No』があります。そしてこの三作に出演していたのが、本作出演のアントニア・セヘルスとアルフレッド・カストロである。下の写真は、1973年アジェンデ政権の末期の死体安置所を描いた「Post Mortem」がエントリーされたベネチア映画祭2010のツーショットです。2006年にララインと結婚したアントニアは大きなお腹を抱えてマタニティ姿で出席していました。二人の間には一男一女がいる。
(アントニア・セヘルスとアルフレッド・カストロ、ベネチア映画祭2010プレス会見にて)
◎監督紹介:マルセラ・サイドMarcela Said Caresは、1972年サンチャゴ生れ、チリの監督、脚本家、製作者。カトリック大学で美学を専攻、学位取得。1996年フランスに渡り、ソルボンヌ大学マスター・コースでメディアの言語と技術を学ぶ。フランス人のジャン・ド・セルトーと結婚(一男がいる)、国籍はフランス、2007年に夫とチリに帰国、首都サンチャゴに住んでいる。セルトーは本作「Los perros」では編集を手掛けている。
*1999年、フランスTVドキュメンタリー「Valparaiso」を製作する。チリも放映権を取得するが放映されることはなく、お蔵入りとなっている。続く2001年のドキュメンタリー「I Love Pinochet」がバルパライソ映画祭2002、サンチャゴ・ドキュメンタリー映画祭で受賞、2003年にはアルタソルAltazor賞を受賞した。アルタソル賞はチリの前衛詩人ビセンテ・ウイドブロの長編詩『Altazor』(1931刊)に因んで設けられた賞。第3作目のドキュメンタリー「Opus Dei, una cruzada silenciosa」(06)は、夫君ジャン・ド・セルトー との最初の共同監督作品、チリのカトリック組織に大きな影響を及ぼしているオプスディについてのドキュメンタリー。
*第4作「El mocito」(11)がもっとも話題になった作品、セルトーとの共同監督2作目。軍事独裁政権時に拷問センターで働いていた男ホルヘリーノ・ベルガラの30年後を追ったドキュメンタリー。チリではタブーのテーマ、犠牲者と死刑執行人の両方に切りこんだ。ベルリナーレ2011で上映され、ベルリンの観客の大きな関心を呼んだドキュメンタリー。ミュンヘン・ドキュメンタリー映画祭2011ホライズン賞、サンチャゴ・ドキュメンタリー映画祭2011審査員賞、2012年には再びアルタソル賞をセルトーと一緒に受賞した。
(サイドとセルトー、ベルリナーレにて、2011年2月14日)
★ドキュメンタリー映画で実績を積んだサイドは、2013年、初の長編作「El verano de los peces volandores」を撮る。カンヌ映画祭2013「監督週間」に正式出品され、同年のトロント映画祭「Discovery」部門にもエントリーされた。トゥールーズ映画祭(ラテンアメリカ映画)2013作品賞、ハバナ映画祭第1回監督賞3席、RiverRunリバーラン映画祭審査員賞受賞など。チリ人とチリの先住民マプーチェ人との共存の困難さを絶望を通じて描いた作品。マプーチェ人はアラウカノ系民族中最大のグループ、「映画は共同体で生じる問題を明らかにするのでもなく、アラウカニアでの葛藤、対立を語ったものでもない」と監督。「自分が興味をもつのは、自然に起きる対立や緊張、解決不能、偶発的な衝撃のように目に見えないものを見せること。これはドキュメンタリーではできない」とフィクションにした理由を語っている。
★主なキャスト・スタッフ紹介:マリアナ役のアントニア・セヘルスは、ララインの「ピノチェト三部作」の他、『ザ・クラブ』では訳ありシスター・モニカに扮した。フアン役アルフレッド・カストロは、ララインの全作、ロレンソ・ビガスの『彼方から』、『ザ・クラブ』ではビダル神父を演じた。さらにフランシスコ役のアレハンドロ・シエベキングが『ザ・クラブ』のラミレス神父という具合に、ラライン組の出演が顕著である。スタッフのうちと編集者ジャン・ド・セルトー、撮影監督のジョルジュ・ルシャプトワ(『博士と私の危険な関係』12)などフランス出身者が目立つ。制作会社には国名を入れておきました。
◎ミュンヘン映画祭2017(6月22日~7月1日)のインターナショナル部門に正式出品されていましたが、スペシャル・メンションを受賞しました。カンヌでは無冠でしたがミュンヘンでは評価されました。(7月7日追加)
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