ラテンビート2014*あれやこれや ②2014年10月30日 12:18

★予想通りの出来栄えだったメキシコのアロンソ・ルイスパラシオスのコメディ『グエロス』(LB 103)とチリのアレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドラスのサスペンス『殺せ』(LB 108)、前者はベルリン映画祭「パノラマ」部門上映、サンセバスチャン映画祭「ホライズンズ・ラティノ」部門のベスト・フィルム賞受賞、後者はサンダンス映画祭「ワールド・シネマ」部門の審査員大賞受賞他、オスカー賞2015、ゴヤ賞2015イベロアメリカ賞のチリ代表作品にも選ばれた、それぞれ話題作です。

 

         モノクロのコメディ『グエロス』の次回作が楽しみ

 

: 今年のラテンビートで最初に観た映画、予想通りのブラック・コメディでなかなか笑えた。

: 笑い声はあまり聞こえてこなかったが、観客には伝わらなかったのかな。

: 忍び笑いをしていたんでは。昨年、セバスティアン・シルバのコメディ『クリスタル・フェアリー』が上映されたときも会場は概ね静かだった。来日して最前列で自作を観ていた監督、「笑い声が聞こえてこなかったが面白くなかったのでしょうか」と心配そうに観客に逆質問。いえいえ、日本人は礼儀正しく控えめなんですよ()

 

            

         (自分探しの4人組、ソンブラ、アナ、トマス、サントス)

 

: これは新人監督にしては珍しいモノクロ映画、どうしてモノクロで撮ったのかは、すでに紹介記事で書きましたので繰り返しません。

: 昨年もパブロ・ベルヘルの『ブランカニエベス』とフェルナンド・トゥルエバの『ふたりのアトリエ~ある彫刻家とモデル』がモノクロでした。製作資金の捻出に悩む新人監督が、カラーよりお金の掛かるモノクロで撮るのは珍しい。

: 撮影監督ダミアン・ガルシアの映像は洗練されていて、スクリーンで見ると一段と映える。トライベッカ映画祭2014 最優秀撮影賞を受賞したことが頷けます。

 

: 未公開ですが『メキシコ 地獄の抗争』の邦題でDVD化されている、ルイス・エストラーダの“El infierno”も撮っていますね。

: これはゴヤ賞2011の「イベロアメリカ映画賞」部門のノミネート作品、こういうメキシコならではのコメディも好きですね。

: コメディ好きなんだ。主人公ソンブラの「ストにストしてる」というセリフには、笑えるし泣ける。 


: 在籍している大学の強権には反対だが、だからと言ってスト突入した学生にも与することができないノンポリ。「ストにストしてる」からといって、テキは味方じゃない。ソンブラ、サントス、アナの3人の生き方の違いも、誰が正しく誰が間違っていると決めつけないのがいい。

: やっと探し当てた「死の床にいるはずの幻のミュージシャンが」・・・これでトマスもオトナになれるのだ。

: 電気料未払いで部屋は真っ暗、音楽も聴けない、かなり切羽詰まっているはずなのにどこかぬけている。「北への移民だけがテーマじゃない」と言う監督だが、決して批判しているわけではなく、多面的なメキシコを描きたかったと語っている。伏線の張り方も巧みで、青春時代にやるべきことが見つからない恐怖がテーマだね。

: ロード・ムービーにしたのも、巨大都市メキシコを描くには最適だったと語っていました。

 

         レベルの高いチリ映画『殺せ』は単なる復讐劇ではない

 

: 2番目に見た映画が『殺せ』、これはもう一度見なおしたい。ロッテルダム映画祭では批評家の間で評価が割れたという話が頷ける内容でした。ウエスタン調の復讐劇を期待した向きには残念でした。

: 監督によると、的外れの独断的な意見や形式的な分析で困惑したとか。しかし、ビッグ・スクリーン賞は逃しましたが、ベスト・ヒューチャー・フィルム(KNF)賞を受賞したんでした。

: 昨年は同じチリの監督アリシア・シェルソンの“Il futuro”が受賞した言わば新人賞ですね。ロベルト・ボラーニョの中編小説を映画化したものでした(コチラ⇒2013823)。

: 日本では2000年に三池崇史のサイコ・ホラー『オーディション』(1999)が受賞している。本映画祭の途中退場者数の記録を打ちたてた()

 


: 話を戻すと、前回でも書いたことですが、映像の美しさ、構図の取り方、夜の照明を自然に入ってくる光に押さえたこと、クローズアップ、ロングショットの切り替えもよく、個人的には予想を裏切りませんでした。

: デビュー作以来、撮影監督のインティ・ブリオネスとはずっとコラボしている。

: これは3作目だが、1作目“Huacho”はクローズアップの多用(カンヌ映画祭2009「批評家週間」ゴールデン・カメラ賞ノミネート)、第2作目“Sentados frente al fuego”はロングショットが多い。今年東京国際映画祭TIFFで上映されたクリスチャン・ヒメネスの第3作『ヴォイス・オーヴァー』の撮影監督でもある。

: 彼ともデビュー作からコラボしている。チリでは若手から中堅まで幅広く信頼されている実力者のようです。 


: あちらはコメディで暗いシーンは少ないのですが、やはり似ていると感じました。

: 「人が人を殺すことの重み、誰かの人生をおしまいにすることの正当性はあるのか否か」がテーマだと書いていますが、これは単なる復讐劇ではない。

: 一人の人間が一人の人間を殺すことの大変さ、戦争で何万人も殺害するほうが簡単だと思えてきました。殺してからが映画の核心が始まったという印象です。

 

: 家族全員が脅迫され、息子が撃たれ、娘がレイプされたら殺していいのか。

: インタビュアーに服役中の<>は、「人を殺すことがどういうことか、あなたは御存じない」と答えた。それがキイポイントです。そういうわけで邦題の『殺せ』には少し違和感があります。映画祭での邦題のつけ方は難しいのですが、あまり踏み込まないで直訳のほうがよいケースが多いと思う。

 

: チリで実際に起きた事件、正当であると認められるような根拠のある事件でしたが、<>に安息は訪れなかった。

: 私たち人間が本来もっている、道徳とか倫理の問題だけでなく、もっと生物学的な歯止めというか抑制力について語りたかったようです。チンピラを抹殺するというより、一家を孤独感と疎外感に陥れた社会に苦しみを与えたかった。

 

: チリ映画のレベルは、近年高まっていますね。映画を海外で学んでいるシネアストが多いせいか、カルチャーショックが視野を広げている。内弁慶は歓迎されない()

: 21世紀に入ってからのチリ映画の躍進は、ラテンアメリカ映画界のサプライズです。本映画祭だけに限っても、『聖家族』、『マチュカ』、『トニー・マネロ』、『サンティアゴの光』、『家政婦ラケル』、『ヴィオレータ、天国へ』、『NO』、『クリスタル・フェアリー』、『マジック・マジック』、『グロリアの青春』と粒揃いです。そういえば、春から夏にかけて旋風を巻き起こした『リアリティのダンス』のアレハンドロ・ホドロフスキー監督もチリ出身でした()

 

: TIFFでは、前出のアリシア・シェルソンの『プレイ』、同じくクリスチャン・ヒメネスの『見まちがう人たち』と『盆栽』の全3作など。

: いずれの作品も若いシネアスト・グループ「Generation HD」の監督たち。カルロス・フローレスを指導者に、『トニー・マネロ』のパブロ・ラライン監督が中心のグループです。

: そして今回、フェルナンデス・アルメンドラスの『殺せ』が加わった。

: このグループについては、『ヴォイス・オーヴァー』上映で、ヒメネス監督が三度目の来日をされたので、Q&Aの様子も含めて報告したい。『グロリアの青春』の主演女優パウリナ・ガルシアが主演者の二人の姉妹(写真下)の母親役で笑わせてくれました。


: 話が脱線気味です。デビュー作“Huacho”はサンダンス映画祭2008 NHK賞受賞(NHKは資金提供している)、ハバナ映画祭2009 初監督サンゴ賞を受賞している。(LB2014⑦参照)

: 2作目Sentados frente al fuego”(2011)もサンセバスチャン「ニューディレクター」部門、グアダラハラ「マーケット」部門、ブエノスアイレス・インディペンデント・シネマ他に出品されている。

: オスカー賞2015に残る可能性は低いが、ゴヤ賞イベロアメリカ賞ノミネートは期待できる。

 

: 後回しになっていたチリのバルディビア国際映画祭で上映されましたが(1010日)、劇場公開は地域限定で何とか16日に公開された。国際映画祭上映はサンダンス映画祭がワールド・プレミアだったからアメリカを含めて多く、20152月にDVD発売もアナウンスされています。