アリエル賞2014*ケマダ=ディエス9部門制覇2014年06月05日 19:12

       アリエル賞2014はケマダ=ディエスが独占!


★アリエル賞はメキシコのアカデミー賞ですが、第56回というからゴヤ賞の倍の歴史をもっている。国際的な評価とは一味違った独自の選択をすることが多いです。今年はノミネートが『エリ』14部門)とLa jaula de oro(同)の2作品に集中していて発表前から白けていたのですが、なんと『エリ』はアマ・エスカランテの監督賞だけ、後者が作品賞を筆頭に9部門制覇という結果になりました。

   


La jaula de oroもカンヌ映画祭「ある視点」部門ある才能賞受賞、チリのビーニャ・デル・マル賞、アルゼンチンのマル・デル・プラタ賞、カルロヴィ・ヴァリ映画祭を皮きりに、チューリッヒ(作品賞他)、ワルシャワ、シカゴ(新人監督賞)、サンパウロ(スペシャル・メンション他)、リマ(審査員賞他)、サンセバスチャン、モレリア(新人監督・批評家・観客賞)、ムンバイ(作品賞)、ハバナなど数えきれない国際映画祭に出品され受賞しましたからイチャモンつける気はないのですが、個人的にはゴヤ賞を含めて一極集中は歓迎できない。9部門制覇にはグアダラハラ映画祭を抜いてメキシコで最も権威ある映画祭と言われるようになったモレリアで観客賞を受賞したことが今回の受賞に繋がったと推測致します。これで合計50賞になるとか(!)。

 

★『エリ』は当ブログでも何回も紹介していて飽きていましたが(笑)、メキシコのアカデミー会員も「『エリ』は沢山貰ったから、もういいかな」と考えたのか、または蓋を開けたらこうなっちゃったと思っているのか。サンセバスチャン映画祭の監督銀貝賞を貰ったフェルナンド・エインビッケのClub Sándwichはノミネートからして3部門と少なかったのですが無冠に終わりました。La jaula de oroはゴヤ賞「イベロアメリカ」部門にノミネートされた折り、若干ご紹介いたしましたが(コチラ115日)、アリエル賞9部門受賞となれば改めて紹介しておいたほうがいいでしょうか。監督の辿ってきた辛い人生と表裏一体になっていると思うから。マリア・ホセ・セッコの詩的な映像に撮影監督賞受賞は納得ですが、アマチュアの二人の若者が男優賞と助演男優賞を受賞したのには驚きました。

 

   La jaula de oroThe Golden Cage”“The Golden Dream

データ:製作国メキシコ=西=グアテマラ、言語:スペイン語・英語、2013年、ドラマ、102分、撮影地:グアテマラ、メキシコ

製作共同):Animal de Luz Films / Kinemascope Films / Machete Producciones
            (作品賞受賞

監督:ディエゴ・ケマダ≂ディエス(オペラプリマ賞受賞、監督第1作に与えられる賞)

脚本:ディエゴ・ケマダ≂ディエス、ヒブラン・ポルテラ、ルシア・カレーラス (受賞)

撮影監督:マリア・ホセ・セッコ (受賞)

編集:パロマ・ロペス、フェリペ・ゴメス (受賞)

録音:マティアス・バルベイス 他 (受賞)

オリジナル音楽:レオナルド・ハイブルム 他 (受賞)

 

キャスト:ブランドン・ロペス(フアン、男優賞受賞)/ロドルフォ・ドミンゲス(チャウク、助演男優賞受賞)/カレン・マルティネス(サラ)/カルロス・チャホン(サムエル)/エクトル・タウイテ(グレゴリオ)/リカルド・エスケラ(ビタミナ)/ルイス・アルベルティ(山刀を持った男)他

 

プロット:グアテマラのスラム街に暮らすティーンエイジャーのフアン、サラ、サムエルの三人は、よりよい生活を求めて豊かな「北」アメリカを目指す旅に出る。途中メキシコでチアパス出身の先住民チャウクに出会うが、彼はスペイン語が分からない。彼らは貨物列車「ビースト号」で、線路を徒歩で、困難に出会いながらも友情を深めていく。愛と連帯を通して痛みや恐怖や社会的不正義と闘いながら、夢見がちなフアンは本当の辛さが何であるかを知ることになる。ここでは友情や愛だけでなく、決断、出会い、言語の違いも語られる。

 

           

         (左からフアン、男の子に変装したサラ、チャウク)

  

                                     ケマダ≂ディエスはスペイン系メキシコの監督

 

ディエゴ・ケマダ≂ディエス Diego Quemada-Diez 1969年、カスティーリャ・レオン州のブルゴス生れ、監督、脚本家、撮影監督、プロデューサー。アメリカン・フィルム・インスティテュートの演出&撮影科で学ぶ。卒業制作A Table Is a Table2001、短編、スペイン語題Una mesa es una mesa)は、アメリカン・ソサエティ・オブ・シネマトグラファーの撮影技術賞を受賞した。


2006年に 2作として短編ドキュメンタリーI Wont to Be a Pilot(“Yo quiero ser piloto”)をケニアで撮る。貧しい12歳の少年オモンディはパイロットになることが夢である。純然たるドキュメンタリーというよりドキュメンタリー・ドラマ。本作はクリーブランド国際映画祭(オハイオ州)の短編ドキュメンタリー賞を受賞、ロサンゼルス、サンパウロ、カナリア諸島映画祭などでドキュメンタリー賞を受賞する。


★同年第3作として短編ドキュメンタリーLa morenaを撮る。メキシコでは最大の商港都市マサトランの市街地で貧しさから売春をして生きる女性を描く。長編デビュー作La jaula de oroに繋がる将来を描けない若者がテーマであることが分かる。

1967年に映画芸術の遺産保護と前進を目的に設立された。現在ロサンゼルスにある映画テレビ研究センターは、映画の演出や製作技能の教育機関となっている。テレンス・マリック(1967入学)、デヴィッド・リンチ(1971同)などが学んでおり、ケマダ≂ディエスも入学の動機として二人の名を挙げている。

   

 

★スペインの、メキシコの、スペイン系メキシコの監督、と紹介はまちまちですが、メキシコに来て約20年近くなり10年前に既に帰化しているというから正確にはスペイン系メキシコの監督です。1990年代後半にメキシコやグアテマラをたびたび訪れていたという母親が死去したのを機にスペインを離れたようですが年数にズレがある。ゴヤ賞2014「イベロアメリカ」部門にノミネートされたときのインタビューでは「17年前にスペインを離れ、最初はポーランドに行った」と語っている(1996年になる)。

ある人から「イサベル・コイシェがThings I Never Told You1996、スペイン語題Cosas que nunca te dije**)をアメリカのオレゴン州で撮っていてカメラマン助手を探している。やる気があるなら便宜を図る」と言われてアメリカ行きを決めた。ケン・ローチの『カルラの歌』のカメラマン助手、その後は撮影監督のもと撮影技師としてフェルナンド・メイレーレス、アレハンドロ・ゴンサーレス・イニャリトゥ、オリバー・ストーン、スパイク・リーなどの映画に参画している。40歳を過ぎてからの長編デビューであるが、スタッフに実力ある顔ぶれを揃えられたことからも、その映画歴の長さが推しはかれます。

**ヒスパニック・ビート映画祭2004(後ラテンビートに統一)で『あなたに言えなかったこと』の邦題で上映された。 


               不法移民だった監督が撮った不法移民の映画 
    

★先ほどのインタビュー記事の続きで、出国の理由としてスペインに映画を学ぶ学校がなかったことを挙げております。なかったわけではないが***、アメリカン・フィルム・インスティテュートのように映画をプラクティカルに学ぶ学校がなかったいう意味でしょう。他に夢だけをトランクにいっぱい詰めて、英語も喋れず星条旗の国の身分証明書もなくアメリカに入国したこと、これが「不法移民だった監督が撮った不法移民の映画」といわれる所以です。アメリカン・フィルム・インスティテュートに入るため倹約の日々であったこと、メキシコにくることになったきっかけが『MISS BALA / 銃弾』(2011、ラテンビート上映)のヘラルド・ナランホとの出会いであったことなど、たくさんエピソードを語っていますが、今回はアリエル賞受賞がテーマですから後に回すことにします。

   

***スペインの国立の映画学校としては、1947年に設立された国立映画研究所Instituto de Investigaciones y Experiencias CinematograficasIIEC)があり、後に国立映画学校Escuela Oficial de CinematografiaEOC)に改組された(1962年)。本校も1990年に29年間の活動を終え、トータルで約1500人の学生が卒業、スペイン映画界で活躍中のシネアスト(物故者を含めて)の多くはここで学んでいる。現在はマドリードのコンプルテンセ大学に発展吸収されています。バルセロナにもカタルーニャ映画センターがあり、メキシコからも学びにきております。

 

                    類似映画は『闇の列車、光の旅』

    

★グアテマラを出発した三人は離れ離れになってしまい、フアンとチャウクの二人の旅になる。彼らはアメリカの大地に果たして立つことができるのか。ハリウッド映画じゃないからアルフォンソ・キュアロンの『ゼロ・グラビティ』のように無事地球に帰還できるかどうか。物語は第3La morenaの舞台となった港湾都市マサトランや麻薬カルテルの本拠地シナロアで2003年から収集し始めた600以上の証言から構成されている。事実に基づくドキュメンタリー・ドラマ(ドキュドラマdocudrama)であり、過去の類似作品としてはキャリー・フクナガの『闇の列車、光の旅』が挙げられます(コチラ20131110日)。

 

   
    (撮影中の監督、後方が二人の主人公)

★ドキュメンタリー手法を取り入れた撮影は特に評価が高く、列車内の映像もどうやって撮影したのか興味がもたれています。毎年、中米やメキシコからのアメリカへ押し寄せる不法移民40万人は尋常な数字ではないし、摘発して母国に送還する方法では本当の解決策にならない。監督も「私たちの喜びが現実にある悲惨や苦しみの中から生れたことは、人生のパラドックスです。夢を叶えるために強奪や暴力や殺人まで犯して、このルートを通らねばならないことを為政者に問いたい」と受賞インタビューで語っています。エンリケ・ペーニャ・ニエト大統領が出演俳優たちに「おめでとう」をツイッターしたそうです。ちゃんと見てくれたのかしらん。

 

★ティーンエイジャーたち四人は初出演、脇をプロの俳優が固めている。男優賞受賞のブランドン・ロペス(フアン)は、グアテマラのバリオで行ったオーデションでスカウトされた。「僕の夢は有名になることだった、この映画に出演したことで僕の夢は叶い、ここに立っている」と受賞の挨拶。チャウクに扮したロドルフォ・ドミンゲスは自分の母語ツォツィルtzotzil語しか解さなかったようで、監督も「撮影は困難を極めた」とカンヌで語っていました。カンヌでは場違いのところに連れて来られて気後れしているようだったが、アリエルでは別人のように見えます。ドミンゲスのスカウトの経緯は分からなかった。(ウィキペディアによれば、ツォツィル語はマヤ語の仲間で、話者人口はメキシコのチアパス、タバスコ、ユカタン他、グアテマラ、ホンジュラス、ベリースに35万人いるそうです。)

    

                       

                   (トロフィーを手にしたブランドン・ロペス)

 

  

(トロフィーを手にしたロドルフォ・ドミンゲス)

 

★今年のアリエル賞は、『ゼロ・グラビティ』でメキシコ初のオスカー監督となったアルフォンソ・キュアロンを風刺する言葉が発せられたようです。プレゼンターも「メキシコの映画には殆ど寄与していない、なぜなら成層圏にいるんだから」と皮肉ったようですが、これはハリウッド映画なのですから大人げないという印象をもちました。背景にはキュアロンの映画そのものより上流出身とかハリウッドでの成功に対するヤッカミがあるのでしょうね。アルモドバルが『オール・アバウト・マイ・マザー』でアカデミー賞を受賞したときのスペイン人の反応に似ているかな。ケマダ≂ディエス監督も「キュアロンやデル・トロは南から北へ移動したけど、私は北から南へ逆のルートを辿っている」と冗談言ってましたが、人のことはどうでもよいです。