『ブエノスアイレス恋愛事情』グスタボ・タレット ― 2013年12月05日 16:19
監督・脚本:グスタボ・タレット
製作:アルゼンチン=スペイン=独
撮影:レアンドロ・マルティネス
美術:ロメオ・ファッセ、ルシアナ・クアルタウルオロ
編集:パブロ・マリ、ロサリオ・スアレス
音楽:イヴァン・ラクシェ、ピティ・サンス
キャスト:ハビエル・ドロラス(マルティン)、ピラール・ロペス・デ・アヤラ(マリアナ)、イネス・エフロン(アナ)、アドリアン・ナバロ(ルーカス)、ラファエル・フェロ(精神科医のラファ)、カルラ・パターソン(精神科医のマルセラ)、ホルヘ・ラナタ(整形外科医)、アラン・パウルス(マリアナの元恋人)、ロミナ・パウラ(マルティンの元恋人)
プロット:ウェブデザイナーのマルティンと建築家の卵マリアナ、揃ってかつての愛の痛手から立ち直れない。近所住まいだが、マルティンは引きこもり型の乗物恐怖症、マリアナは閉所恐怖症だからなかなか出会いのチャンスが訪れない。ネット社会のチャット恋愛、精神分析、『ウォーリーをさがせ!』、鉄腕アトム、マネキン人形、モノローグ、ウディ・アレンの『マンハッタン』へのオマージュ、プラネタリウム、犬の散歩、不眠症等などキイマン、キイワード満載のブエノスアイレス讃歌。(文責:管理人)
*スタッフ・キャスト紹介、受賞歴は公式サイトに詳しい。
*新宿K’s シネマにて公開中。ネタバレしております。
ウディ・アレンの『マンハッタン』*ニューヨーク讃歌
B:ネタバレと言ってもチラシの宣伝文読めば結末は想像つきそうだから、罪のないネタバレですね。
A:導入部を見ただけで、ガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」で幕を開けるウディ・アレンの『マンハッタン』のオマージュであることが分かります。アチラがニューヨーク讃歌なら、コチラはさしずめブエノスアイレス讃歌でしょうか。
B;タレット監督は影響を受けたシネアストの一人にウディ・アレンを挙げています。
A:自作自演のウディ映画は、主人公がやたら博識を振りまくのでウンザリするが、この『マンハッタン』は最後がしんみりさせてくれる。
B:コンプレックスや不眠症に悩む主人公ウディが元妻メリル・ストリープの暴露小説に慌てふためき、17歳の現恋人マリエル・ヘミングウェイと友人の愛人ダイアン・キートンを行ったり来たりして、最終的にはマリエルを一番愛していたと気がつくが、時すでに遅し捨てられてしまうお話。PCでこのシーンを見ていたマリアナがティッシュで鼻をかむ。
A:『マンハッタン』を上手く取り込んでいる。他にも冒頭部分の入り方や映画構成の類似性、両方の登場人物に特徴的なコンプレックスのオンパレードなどかなりの部分でカブっている。大道具としてのプラネタリウム(マリアナが大好きな建築物がブエノスアイレス市立プラネタリウム。『マンハッタン』ではウディとダイアンがプラネタリウムを見た後ベッドインする)、小道具としてベンチ、犬に散歩をさせるアルバイトをしている束の間の恋人アナとマルティンが落ち合う場所がベンチ。
B:あるときマルティンが犬のススを連れてやってくるとアナの姿はなくベンチは空っぽ、ラブは儚く終わってしまう。マンハッタンには憩いのベンチが川沿いに設置してあり、ジャケ写にも登場している。
A:結末はまったく違うが、出だしの2人の関係はレオス・カラックスの『ボーイ・ミーツ・ガール』に似ているかも。本作は2005年の短編“Medianeras”(約28分)をベースにして長編に作り替えたものですが、短編ではマルティンも『マンハッタン』を偶然見ていて泣くんです(笑)。もっとも短編では二人はカレとカノジョです。長編では外国語好きの精神科医マルセラが怪しいフランス語で大いに楽しませてくれますが、短編にも俳優は違いますがマルセラで出てくる。ネットの出会いサイトで知り合うのも同じ。骨子は殆ど同じと言っていいかな。
B:製作会社は変わりましたが、スタッフは撮影監督、フィルム編集者以下同じ顔ぶれですね。
A:音楽、録音などが違います。それとキャストはマルティン役のハビエル・ドロラス以外入れ替えです。彼も加齢のせいかちょっと太めになりました。だいたい短編にはカレとカノジョと元カレ(ボイス)、ワンちゃん以外でてこない(犬については後述)。監督によるとカノジョ役のモロ・アンギレリの妊娠が分かって急遽ピラールになったようです。主役が変更になったことで映画の雰囲気も当然変わっている。ヒロインの名前を≪マリアナ≫にしたのは彼女の実名マリアナ・アンギレリから取られたものと思う*。
B:カタログの解説によると、40余りの映画祭で上映された話題作とか。
A:そもそも短編を見ようと考えた理由が二つあった。コメディにしては長すぎること、蛇足というか、特に最後のシーンは描きすぎと感じたことが一つ、要するに短編の結末が知りたくなったわけです。
B:短編という時間的制約から、最後のシーンは当然なかったわけですね。
A:すっきりしていてこの後「二人の運命や如何に」という楽しみを観客に残しておいてくれた。デキの良い短編を下敷きにして長編に膨らますのは冒険だと思いましたね。二つ目は原題にもなった‘medianeras’というラプラタ地域でしか通用しない単語の意味「建物の境界壁、共有部分の壁」(スペイン語では‘medianería’)に穴を開けて窓を作るシーンが短編にもあるのかどうかでした。
B:ガストン・ドゥブラット=マリアノ・コーン共同監督の『ル・コルビュジエの家』**でも壁に穴を開けて窓を作る話が出てきたからですね。
A:時期的に短編と長編の中間に作られた映画だったので、短編になければ『ル・コルビュジエの家』のオマージュかなと思ったのです。壁を壊すシーンはありませんでしたが短編にも笑える場所にURBAN UOMOのロゴ入りパンツの真ん中に窓が開けられていました(笑)。
B:『ル・コルビュジエの家』の主役2人もおかしな人物ですが、脚本が優れていて最後まで観客を引っ張っていきますね。しかし、よくあるケースだとしても家屋やマンションの躯体部分に穴を開けるのだから違法ですよね。窓開けを請け負う会社もあるそうで「開けるが勝ち」なんでしょうか。
「ウサギ小屋」は安全地帯*バーチャル・ラブ
A:映画のテーストは異なりますが、「窓開け」は2作に共通のテーマです。日本で狭い家を「ウサギ小屋」と形容しますが、アルゼンチンでは「靴箱」と称するようです。確かに林立するビル群を見ると靴箱が整然と並んでいるように見える。いわゆるワンルームでも40㎡ぐらいあるから広さ的には一人暮らしなら充分、問題はベランダ無しの窓が1ヵ所しかないことです。‘medianeras’に囲まれている。
B:マルティンもマリアナもそういう「靴箱」で暮らしている。2人とも経済的には自立していて親の脛かじりではないからモラトリアム人間とは言えない。何でもネットで買えるし宅配してもらえるから肩こりや首の痛みを我慢すれば靴箱から出る必要がないから出ない。
A:マリアナは建築家だがまだゼロ、何も建てていない。目下はショーウインドーのデザイナーの仕事をしてもっぱらお友達はマネキン人形。閉所恐怖症でひたすら階段を上り下りしているから足腰は強健。
B:片やマルティンはPCと重いリュックのせいで頚椎に痛みがある。恐ろしい病気を疑って整形外科の門を叩くが、「心配したければ心配してもいいけど」と冷たくいなされる。
A:セックスだってネットで間にあわせられるのだ。バーチャル・ラブで満足なら靴箱から出ていく危険を冒すことはない。でもたまには生身の人間が恋しいなら犬の散歩にかこつけての外出や温水プールで泳ぐのも悪くない。
B:健康のためにも適度の運動は必要。それにどこかに居るはずのお相手にも出会いたい。マリアナの愛読書はマーティン・ハンドフォードの絵本『ウォーリーをさがせ!』***、毎晩ルーペで真剣に探す。
A:ウォーリーを探しているのはマリアナというより監督自身。マルティンもマリアナも監督の分身でしょうね。社会が便利になるということは人間が「退行しても生きていける」とイコールだから厄介です。自分探しに限らずほどほどがいい。
B:アルゼンチンは2001年暮れの財政破綻で世界の信用はガタ落ちドン底を味わったばかり。世界各国から借金の棒引きをしてもらって生き延びた。
A:そのときの恩義は忘れているようで、上がったり下がったりのシーソーゲームが好きな国民だね。最近またもや平価切り下げを早める措置を取るという。マルティンの元カノは、内向き彼氏と内向きワンちゃんススを捨ててアメリカへ行ってしまう。ススが英語を解さないからだ。ちょっとイミシンだね。それにマルティンに似てしまったススなどもうどうでもいい。
B:マリアナがプールで出会った精神科医のラファ、上手くいきそうに見えたがセックスは不首尾、ある日マリアナがプールに行くとラファは現われない。プールの1コースから始まった恋は5コースで終わる。振り出しに戻って熱心にルーペでウォーリーを探すマリアナ。
A:もうお気づきのようにススはウォーリーが飼っている白い小犬ウーフのパロディですね。
長い冬が終わってやっと春が*境界壁に窓を開ける
B:ブエノスアイレスのような大都会でどうやって恋人を見つけたらいいんだろう。
A:2人は交差点ですれ違ったり、マリアナが制作したショーウインドーをマルティンが眺めたりして、観客は接触を何回も目撃しているが本人たちは勿論気がつかない。
B:マリアナが「窓開け」を決意するとマルティンも同じ決心をする。二人がやっと噛み合い始めるまでに既に70分以上も掛かっている(笑)。2人はお互い新しくできた窓越しに相手の存在を偶然知る。
A:場面が変わると二人は偶然『マンハッタン』を見ている。そしてマリアナが泣くんでした。初めてのチャット・ラブに挑戦する。相手はここでも偶然マルティン、上手くいきそうだったが、電話番号の途中でこれまた偶然停電、電気が来なければPCなどただの箱だ。
B:ろうそく買いに雑貨屋でばったりの二人、当たり前だが、チャット相手とは気がつかない。翌朝マリアナが窓から街路を見下ろすと赤白縞のセーターを着たウォーリーとルーフが目に飛び込んでくる。
A:あせって外出の用意をするマリアナ、ここで短編は終わっている。上手い終わり方だと思う。長編ではエレベーターで下りていくマリアナの姿、せめてここで終わると良かった、もう充分でしょ。
B:閉所恐怖症でエレベーターに乗れないはずのマリアナが乗っている、あとは観客が想像すればいい。しかし監督としては幸せなツーショットを入れたかったのではないか。
A:バーチャル時代の30代は子供ではないが大人にしてはいささか幼いですかね。まあ、寿命も長くなったことだし。恋をしたことのある人なら、何の予告もなく自分の恋が偶然から始まったことを実感しているはずです。幸せになりたかったら、自分を肯定して心の窓を開けましょうというお話です。映画『ティファニーで朝食を』のホリーのように鳥籠から出ても、それを背負ったままでは何処に行っても幸せになれない。
★『マンハッタン』は、1979年のヒット作。ハリウッド時代の作品としては成功作でしょうか。短編には二コール・キッドマンが主役を演じた『ステップフォード・ワイフ』(2004、監督フランク・オズ)やジョージ・ルーカスの『スター・ウォーズ、エピソード4 新たなる希望』(1977)なども出てきます。この手法は多くの監督が取り入れていますから特徴というわけではありませんが、これだけ重ねるのは珍しい。
★この映画の楽しみ方として一連の建築物の散策がある。短編のほうがより鮮明です。高層化する建築が人々にどんな影響を及ぼすか、つまり建築を含めたブエノスアイレスという街そのものが主人公でもあるわけです。『マンハッタン』のマンハッタンも同じでした。先述したようにマリアナが一番好きだという縦物が「ブエノスアイレス市立プラネタリウム、ガリレオ・ガリレイ」、1936年竣工の31階建てカバナビル、正面に彫刻が施された旧アンチョレナ邸(1909年完成、現在は外務省サン・マルティン宮殿)など、かつては南米のパリと謳われたブエノスアイレスの新旧の建築が楽しめる。
*マリアナ“モロ”アンギレリ Mariana“Moro”Anghileri :女優、舞台監督、1977年ブエノスアイレス生れ、映画、テレビドラマに出演。受賞歴は、2005年“Buena vida (Delivery)”で銀のコンドル新人女優賞、2011年“Aballay, el hombre sin miedo”でカタルーニャ・ラテンアメリカ映画祭女優賞を受賞した。同年テレビ・ミニシリーズ“El pacto”でアルゼンチンの最高賞といわれる「マルティン・フィエロ賞」の新人賞にノミネートされている。2007年、エクトル・バベンコの”El pasado”
**『ル・コルビュジエの家』(“El hombre de al lado”--Los vecinos no se eligen)アルゼンチン、2009年、日本公開2012年。ル・コルビュジエが設計したクルチェット邸を舞台にして、壁に窓を「作る作らせない」で隣人同士がいがみ合う。壁の窓は心の窓でもあり笑いの中に思わず戦慄が走るブラックユーモアの利きすぎた作品。まさか劇場公開されるなんて100%思わなかった(笑)。個人的に邦題は感心しない。日本でも有名な建築家ル・コルビュジエにおんぶしたせいか原題が生かされていない。直訳すると「隣りの男:隣人は選べない」だが、例えば「ル・コルビュジエの家」を副題にして『隣りの男は選べない』なんてのはどうか。二人のどちらがオカシイかというと、クルチェット邸に向けて壁に穴を開けようと目論む隣人のように見えて、実はクルチェット邸に住んでる男のほうに問題があることが分かってくる。10点満点で7.5点の高得点です。
***イギリスのイラストレーター、マーティン・ハンドフォーの『ウォーリーをさがせ!』“Where’s Wally ?”1987年刊の絵本。日本版も同年へーベル館から刊行された。赤と白の縞模様のセーター、帽子、メガネ、ステッキが目印。白い犬ウーフが≪友犬≫。当時この絵本を読んでもらったコドモもオトナになってるかな。
ナタリア・ベルベケ来日『屋根裏部屋のマリアたち』上映とトーク ― 2013年12月08日 11:55
★ナタリア・ベルベケさん来日につき、セルバンテス文化センターで映画上映とトークがあります。既に予約受付終了となっております。映画上映後「ラテンビート」プログラミング・ディレクターのアルベルト・カレロ氏とのトーク・セッションが予定されています(12月11日18:00~)
★フランス映画祭2011で『6階のマリアたち』の邦題で上映されたラブ・コメディ。2012年7月、『屋根裏部屋のマリアたち』と改題されて劇場公開されました。スペインでは“Las chicas de la sexta planta”で2012年6月に公開。
監督:フィリップ・ル・ゲー
キャスト:ファブリス・ルキーニ(ジャン=ルイ)/サンドリーヌ・キベルラン(妻シュザンヌ)/ナタリア・ベルベケ(マリア)/カルメン・マウラ(マリアの叔母コンセプシオン)/ローラ・ドゥエニャス、他
製作:フランス、2010年、106分
言語:フランス語・スペイン語
プロット:1960年代初頭のパリ。株式ブローカーのジャン=ルイは、妻や子供たちと堅実だが退屈な日々を送っていた。しかし同じマンション6階の屋根裏部屋に、スペインから出稼ぎにきた6人のメイドが引っ越してきたことで一変する。ジャン=ルイは開放的なスペイン女性たち、とりわけメイドとして雇ったマリアのユーモアと賢さに魅了されていく。妻から顧客との不倫を疑われ追い出されたジャン=ルイは、屋根裏部屋の≪新住人≫として自由を手に入れる。自分が幸せでいられる場所はどこでしょうか。 (文責:管理人)
★ル・ゲー監督は子供の頃に過ごしたスペイン人メイドの思い出がこの映画のもとになっていると語っている。それは当時を忠実に再現した美術や衣装に反映されており、エリック・ロメールの『しあわせの雨傘』、ロラン・ティラールの大ヒット作『モリエール:恋こそ喜劇』でお馴染みの名優ファブリス・ルキーニが、若いマリアに翻弄される悩めるオジサンをコミカルに演じている。スペインの大女優カルメン・マウラがマリアの叔母役、「ラテンビート2013」で先行上映されたアルモドバルの最新コメディ『アイム・ソー・エキサイテッド!』に出演のローラ・ドゥエニャスもメイドの一人として出演、演技に定評のあるスペイン女優たちが活躍、本国フランスで大ヒットしたフレンチ・コメディ。
★ナタリア・ベルベケ Natalia Carolina Verbeke Leiva は、1975年ブエノスアイレス生れ。1986年、11歳のとき家族と共に父親の政治的理由でマドリードに移住、スペインに帰化したアルゼンチン出身の女優、ベルベケはベルギー系の苗字。高校卒業後、Real Escuela Superior de Arte Dramáticoで学び、またEscuela Guindaleraではフアン・パストールに師事する。更にジョン・ストラスバーグ・スタジオでプロとしての演技を磨いた。コンテンポラリー・ダンス、バレエ・フラメンコはビクトル・ウリャテに師事した。イギリスの「ユース・シアター」でシェイクスピア劇『真夏の夜の夢』の舞台経験もある。
*主な出演映画*
1998年“Un buen novio”ヘスス・R・デルガド、スペイン、西語、コメディ・スリラー
1999年“Nadie conoce a nadie”(“Nobodey Knows Anybody”)マテオ・ヒル、スペイン、西語。邦題『パズル』で2001年6月公開
2001年“El hijo de la novia”(“Son of the Bride”)フアン・ホセ・カンパネラ、アルゼンチン=スペイン、西語。2002年トゥリア賞スペシャル賞受賞
2002年“El otro lado de la cama”(“The Other Side of the Bed”)エミリオ・マルティネス・ラサロ、スペイン、西語、コメディ。2002年Ondas Awardeベスト女優賞受賞
2003年“Días de fútbol”(“Soccer Days”)ダビ・セラーノ、スペイン、西語・英語、コメディ
2003年“El punto sobre la I”(“Dot the I”)マシュー・パークヒルのデビュー作。イギリス=スペイン=アメリカ、英語、スリラー・ドラマ。『ドット・ジ・アイ』の邦題で2004年7月公開
2005年“Tempesta”ティム・デズニー、ルクセンブルグ=スペイン=イギリス他、英語、スリラー。邦題『ヴェネツィア・コード』(2006年DVD発売)
2005年“El método”(“The Method”)マルセロ・ピニェイロ、アルゼンチン=スペイン=イタリア、西語・英語・仏語
2006年“GAL”ミゲル・コルトワ、スペイン、西語・仏語
2007年“Arritmia”(“Guantanamero”)ビセンテ・ペニャロチャ、イギリス=スペイン、西語・アラビア語・英語、ミステリー・ドラマ。『悪魔のリズム』の邦題で2008年11月公開
2010年“Les Femmes du 6e étage”フィリップ・ル・ゲー、『屋根裏部屋のマリアたち』(上記)
★“Un buen novio”で映画デビュー、スリラー・コメディとしての作品評価は低かったが、無名の新人ナタリア・ベルベケの演技が評判になった。マテオ・ヒルの『パズル』は、第13回東京国際映画祭に『ノーバディ・ノウズ・エニバディ』の邦題で上映され公開時に改題された。当映画祭には監督や人気絶頂のエドゥアルド・ノリエガも来日、女性ファンが押しかけた。話は逸れるが、この2000年はアレハンドロ・イニャリトゥの『アモーレス・ペロス』が話題を攫った年でもあった。来日こそしなかったがガエル・ガルシア・ベルナルがカンヌで巻き起こした旋風からグランプリ受賞は最初から決まっていた。ナタリア・ベルベケは、『ドット・ジ・アイ』でG.G.ベルナルと共演している。「ラテン・アメリカ映画」の小特集も組まれ、ダニエル・ブルマンの『エスペランド・アル・メシアス』以下5作品が上映された。椿事も幾多あったが、とにかくスペイン、ラテンアメリカ映画がかためて見られた年でした。
★ナタリア・ベルベケはコメディを得意としていますが、マルセロ・ピニェイロ“El método”のコケティッシュだが実はやり手の秘書役、スペイン現代史(1980年半ば)の負の部分を描いた、ミゲル・コルトワ“GAL”のジャーナリスト役などで好演している。コルトワはフランスの監督ですがスペイン語映画も“GAL”を含めて3作撮っており、いずれも現代社会にメスを入れた問題作です。“El método”はセルバンテス文化センター土曜映画会(2013年5月)で英語字幕で上映されました。
★恋多き女性らしく最初のパートナーは故ピラール・ミロー監督の子息ゴンサロ・ミロー、次の闘牛士ミゲル・アベジャンとはかなり長かったが、現恋人はゴンサロ・デ・カストロ、人気TVドラマ・シリーズ“Doctor Mateo”(2009~11)の共演者。ナタリアはアドリアナ・ポスエロ役で53話に出演、2010年にテレビ・アワードを受賞している。最近はテレドラの出演が多く日本のファンとしては新作映画が待たれます。
『ブランカニエベス』残念*ヨーロッパ映画祭 ― 2013年12月10日 12:48
★12月7日(現地時間)に発表になりました。『ブランカニエベス』もアルモドバルの『アイム・ソー・エキサイテッド』(コメディ部門)も残念な結果となりました。ヨーロッパの心を捉えたのは、イタリアのパオロ・ソレンティーノの“La grande bellezza”(“The Great Beauty”)でした。作品賞・監督賞を受賞、主演男優賞にトニ・セルヴィッロが2008年の『ゴモラ』(マッテオ・ガローネ監督)に続いての受賞となりました。予告編で見るかぎりではイタリアの静と動、恐怖と無情、華麗さと悲惨が描かれている印象です。イタリア以外では作れない映画かもしれない。来年のイタリア映画祭上映は確定でしょうか。
★既に衣装デザイナー賞が決定していた『ブランカニエベス』のパコ・デルガード、特別賞の「ワールドシネマ貢献賞」受賞のアルモドバルは、それぞれトロフィーを手にしました。コメディ賞は、今年5月に劇場公開になったスザンネ・ビアの『愛さえあれば』(デンマーク、スウェーデン他)が受賞しました。
★ヴィム・ヴェンダース総裁は「我が親愛なるアルモドバル、君の優しい頬笑みを見られるなんて今夜はなんて素晴らしいんだろう!」とスペイン語で挨拶したようです。製作の弟アグスティンは勿論のこと、アルモドバル学校の美女美男(でない人も混じっている?)が会場に押し掛け、『アイム・ソー・エキサイテッド』の歌を合唱した模様。美女とはエレナ・アナヤ、ロッシイ・デ・パルマ、パス・ベガ、レオノール・ワトリング、ブランカ・スアレス、美男とはハビエル・カマラ、カルロス・アレセス、ウーゴ・シルバ、ミゲル・アンヘル・シルベストレ、ラウル・アレバロの生徒さん、“We love you”と斉唱しました。ハビエル・カマラとブランカ・スアレスはラテンビートにゲスト登場して大いに会場を沸かせたばかりです。
ナタリア・ベルベケ来日*トーク編 ― 2013年12月13日 10:20
★『屋根裏部屋のマリアたち』上映後、ただちにナタリアさん登場、セルバンテス文化センター所長さんの御挨拶並びにナタリアさんとインタビュアーのカレロ氏の紹介で始まりました。ナタリアさんのキャリアについては、所長さんカレロ氏ともコチラとほぼ同じ内容なので割愛致します。
★『屋根裏部屋のマリアたち』の受賞歴について両氏が触れましたので追加いたします。
2010年:サルラ映画祭(Festival de Cine Sarla 2010)、ナタリア・ベルベケ「金のサラマンダー女優賞」受賞。(サルラはフランスのアキテーヌ地域圏ドルドーニュ県にある観光地。管理人)
2011年:セザール賞助演女優賞をカルメン・マウラが受賞。他に美術賞・衣装デザイン賞がノミネートされた。(セザール賞はフランスのアカデミー賞に当たる。管理人)
2011年:ベルリン国際映画祭にコンペティション外で上映。
★フランス映画ということで監督紹介もまだでした。1956年パリ生れ、国立映画学校卒。1989年長編デビュー作を含めて未公開、今回6本目となる『屋根裏部屋のマリアたち』が初めて公開された。最新作はコメディ“Alceste a bicyclette”(“Cycling with Moliere”2013)、キャストは本作と同じファブリス・ルキーニとランベール・ウィルソン。
★ル・ゲー監督によると、自分の子供時代の思い出が根底にあるが、ブルジョワ階級の出身でスペイン人のメイドがいたこと、父親が株の仲買人だったこと以外フィクションだそうです。メイドのゴットマザー的なコンセプシオン役カルメン・マウラにはオファーをかけたが、他の出演者はオーディションで決めた。
★以下メモランダムに纏めて列挙します(若干メモに混乱があるので間違いがあるかもしれない)
アルベルト・カレロAC:スペイン側からカルメン・マウラ以下ロラ・ドゥエニャス、ベルタ・オヘアなど個性豊かな女優陣が参加しています。先ほど伺ったところではル・ゲー監督はスペイン映画をかなり見ていたということでした。ラテンビートで上映したかった映画でしたが既にフランス映画祭上映が決定していて叶いませんでした。
ナタリアベルベケNV:まず、日本の方にこの映画を見ていただけて嬉しい。監督はスペイン映画をよくご覧になっていました。彼はブルジョワ階級の出身で、家系を遡ると貴族だったということです。自分の家にもスペインのメイドがおり、とても気に入っていた経験が下地にあったそうです。それで最初のバージョンは15歳の少年がスペインのメイドに恋をするというものだった。しかし少年役にぴったりの子役が見つからずお流れになった。だからジャン=ルイには15歳の少年のまま大人になったという側面があるんです。
AC:特別に好きなシーンなどありますか。
NV:それはもう、マリアがシャワー浴びてるシーンよ、あっはっは! それに生きるということに一所懸命だったスペイン女性へのオマージュも知ってもらえたらと思う。(かなり豪快な笑い声)
AC:撮影中、困ったことがあったでしょうか。
NV:これには監督の個人的な考えが色濃くあって、「そんなことスペインでは考えられない」と異を唱えても、「いいや、これはフランス人が抱いていたスペイン観なんだから」と押し切られた。1960年代当時、ブルジョワ階級の人が家族を捨ててメイドの故郷に行くなんて結末は驚きね。あっはっは! 彼の個人的な思い入れが関係していると思います。
AC:社会的政治的なメッセージも発信されているようだが。
NV:上流階級の父親というものが抱いていた存在の軽さからくる孤独感があります。屋根裏部屋の住人がウエで階下の御主人がシタみたいな精神的な逆転が描かれている。ジャン=ルイは家族を大事にしたいが、自身は孤独で自由ではなかったということです。
AC:フランスで撮るのとスペインで撮るのとで違いはありますか。
NV:セリフの言語が(スペイン語と)違うほうが自由を感じます。別の場所で仕事をすると別の発見もありますから、とても楽しかった。
AC:映画を選ぶ基準はどんなことですか。
NV:まずシナリオ、台本が重要です。ストーリーが気に入るか、自分がやる人物はどれか、ほかの共演者はどんな人かも考えて決めます。
★他に撮影中のケータリングは美味しかったこと、カルメン・マウラが2国の違いは、製作費とプロモーションの規模の違いと話していたこと(あやふやです)、スペインとフランスの関係は良いこと、10月に公開されたフランソワ・オゾンの評判になっている『危険なプロット』(2012、“Dans la maison”、英題“In
the House”)にファブリス・ルキーニが出演していたことが話題に上りました。(スペイン題は“En la casa”、第60回サンセバスチャン映画祭2012の「金貝賞」受賞作品)。またナタリアさんの初期の作品は紹介されましたが、最近の作品についてはTVシリーズ“Doctor Mateo”以外、残念ながら言及がありませんでした。
★スペインでは2012年6月“Las chicas de la sexta planta”のタイトルで公開された。全体的な受けとめ方としては「ピレネーの向こうはアフリカというようなスペインに対する偏見は払拭されているが、相変わらずフランスとスペインにある文化の壁は乗り越えられていない」というどちらかというとネガティブなものが多かった。スペインに好意的なカリカチュアでも「それはいくらなんでもあり得ない」というシーンが多々あったというわけですね。どこにも存在しないユートピアを描いたものと考えればいいので、リアリズムを追求した映画ではないのだから個人的には酷な評価と思います。それでフランスの上流階級の人々(特に御婦人たち)の描き方もスペインのメイドたちの描き方も当時のステレオタイプにしたのでしょう。サンドリーヌ・キベルランが演じた妻シュザンヌもパリジェンヌではなく田舎育ち、背伸びしてどこか居心地が悪そうで幸せではなかった。おあいこですね。
★写真は管理人が気に入ったシーン、訪ねてきたジャン=ルイをマリアが半ば呆れて嬉しそうに微笑む最後のシーン。洗濯バサミが木製とゲイが細かい。
"El metodo" マルセロ・ピニェイロ ― 2013年12月19日 13:45
“El método”(”The Method”)
★セルバンテス文化センター「土曜映画会・上映とトーク」(5月31日)に参加したときのメモをベースに構成したものです(英語字幕で上映)。本作出演のナタリア・ベルベケ来日を機に纏めてみましたが、来日トークでは脇役というせいか本作への言及はありませんでした。
監督・脚本:マルセロ・ピニェイロ
脚本:マテオ・ヒル、マルセロ・ピニェイロ
(ジョルディ・ガルセランの戯曲“El método Gronholm”を脚色)
製作国:アルゼンチン、スペイン、イタリア
プロダクション:ヘラルド・エレーロ、フランシスコ・ラモス
撮影:アルフレッド・マジョ
編集:イバン・アレド
美術:ベロニカ・トレド
キャスト:エドゥアルド・ノリエガ(カルロス)、ナイワ・ニムリ(ニエベス)、エドゥアルド・フェルナンデス(フェルナンド)、パブロ・エチャリ(リカルド)、エルネスト・アルテリオ(エンリケ)、カルメロ・ゴメス(フリオ)、アドリアナ・オソレス(アナ)、ナタリア・ベルベケ(モンチェ)
データ:言語(スペイン語・フランス語)ドラマ 115分 2005年 撮影地マドリッド
受賞歴:2006年、ゴヤ賞(脚色賞マテオ・ヒル、マルセロ・ピニェイロ、男優助演賞カルメロ・ゴメス)、カタルーニャ映画観客賞(男優賞エドゥアルド・フェルナンデス)、スペイン映画脚本家サークル賞(脚色賞マテオ・ヒル、マルセロ・ピニェイロ、男優助演賞カルメロ・ゴメス)、スペイン俳優組合賞(女優賞アドリアナ・オソレス、男優賞パブロ・エチャリ)、その他ノミネート多数。
プロット:国際通貨基金(IMF)&世界銀行サミット開催当日の朝、マドリードの路上は反グローバリゼーションのデモ隊の波で騒然としていた。一方、多国籍企業デキア社では中間管理職採用試験の最終面接が行われようとしていた。あと一息まで辿りついた候補者は7人、インテレクチュアルだが腹をすかせたネクタイ着用の狼たちの闘いが始まろうとしている。「グロンホルム・メソッド」というフェアープレーでないゲームとは何か、厳しい生き残りをかけて地上35階フロアーで繰り広げられるライバル蹴落とし劇の幕が開く。(文責:管理人)
「グロンホルム・メソッド」とは何か
A:2005年の作品ですからネタバレを気にしなくてもいいね。かなり心がザワザワするアンフェアーな心理ゲーム劇です。
B:マドリードでサミットは開催されていませんから、導入部のドキュメンタリー手法を取り入れた日刊紙“ABC”のアップやテレビニュース報道、街角の貼り紙「FMI(西)」反対のビラはつくりもの、編集が大変だったのではないか。
A:イバン・アレドが受賞は逃しましたが、2006年ゴヤ賞や映画脚本家サークル賞のベスト編集賞(Mejor Montaje)にノミネートされていますね。
B:メソッドが始まってからは殆ど密室劇になりますが、なるほどこれは戯曲の映画化だなと感じます。
A:密室劇の金字塔といえばシドニー・ルメットの『十二人の怒れる男』、これも最初は舞台劇、それをテレビドラマにしたのを映画化した。こちらは原作者がどれにも関わったので大きな違いはない。しかし本作はかなり内容が違うらしいです。演劇の初演は2003年カタルーニャ国立劇場、タイトルは「グロンホルム・メソッド」です。登場人物も女性1人男性3人の4人、結末も異なり、原作者ガルセランは不満だったようです。
B:小説の映画化も同じですが、不満でない原作者というのは珍しいです。
A:マルセロ・ピニェエロ監督は先にガルセランの同名戯曲“Kamchatka”(2002)をかなり自由に翻案して映画化しており、それの影響があるかもしれない。“Kamchatka”は原作が戯曲だったとはとても想像できません。本作はガルセランが「作品のアイデアは現代の寓話として生れた」と語っているように寓話性がより高く、原作はもしかしたらシリアス・コメディなのかもしれません。
B:いずれにせよ演劇と映画は同じになりえないのだから、OKを出したら白が黒でない限り不満でも仕方がないのでは。それでナタリア・ベルベケは秘書役だから7人には含まれない。
A:見せかけはコケティッシュだが実はしたたかな曲者なんですね。それが映画の進行とともにだんだん分かってくる。彼女はハッとするような美人じゃないけど何本か見ているうちに味のある女優であることが分かってくるタイプです。
B:ゴヤ賞を筆頭に受賞やノミネート歴でも分かるように、アルゼンチンやスペインでは話題になったようですね。
A:こういう密室劇は派手な動きがないだけに演技者が決め手になります。主役はノリエガのようですが、それぞれが持ち味を生かして人物像をくっきりさせている。ゴヤ賞男優助演賞はカルメロ・ゴメスですが他の映画賞ではエドゥアルド・フェルナンデスやパブロ・エチャリが選ばれています。
B:さて「グロンホルム・メソッド」とは何か。リーダーとしての適性や能力を評価する「アセスメントセンター・メソッド」が背景にあるようですね。
A:1930年後半にハーヴァード大学臨床心理学者のヘンリー・マレーが作成したメソッド、昇進昇格時の審査に用いられ、今後必要とされる能力の有無を予測的に評価するメソッド。リーダーとしての適性や可能性をシミュレートする。60年代にはIBM、スタンダード石油、GMなどが採用、1973年に第1回アセスメントセンター・メソッド国際会議が開催されるまでになった。
B:60年代には12個所だったのが現在では世界1000個所以上の機関が採用しているという。それをパロディ化したのが「グロンホルム・メソッド」というわけですね。この7人の中にデキア社のtopo*が潜りこんでいる。つまりスパイですね。そのスパイを炙りだせという課題が科される。
A:まずスパイ以外は疑心暗鬼になる。グロンホルムは汚いゲームのメタファーでしょうね。現代のマキャベリズム、皮肉を込めた新自由主義でもあるかも。各人厳しい社会での生き残りをかけて、目前のライバルを退けようと戦っている。しかしそれぞれ個人と戦っているように見えて、実は現実と虚構、真実と嘘というモンスターと戦っているようです。
(*topo
=英語字幕 mole、モグラ、盲人の意味だが、映画ではスパイ)
ストレス・テストに耐えられる勝利者は誰?
B:パブロ・エチャリが演じたリカルドであることは半ば以降だいたい観客にも分かってくる。すると導入部分のリラックスしていたリカルドの朝のシーンが生きてくる。それに対してゴメスの緊張ぶりが際立っていました。
A:誠実な良心の持主から消えていく。カルメロ・ゴメス→アドリアナ・オソレス→エルネスト・アウテリオと退場していく。3人は生き残ったライバルたちのリズムに追いつけない。何故なら残留者はリミットを弁えないからです。最初から生き残り3人組は分かるようになっています。
B:エドゥアルド・ノリエガ(カルロス役)はケンブリッジ大学卒業後、コロンビア大学のマスター号を取得したエリート、2003年ナイワ・ニムリ扮するニエベスとチュニス会議で知り合い、しかも深い仲だったという設定。18か月ぶりの再会というわけです。
A:二人は英語は勿論のことフランス語も堪能、秘かに勝利者は自分だと確信しています。後半フランス語も披露しますが、ここら辺はコメディタッチです。演劇にもあるシーンなら場内は笑い声に包まれたことでしょうね。映画のほうも後半はかなり笑えますね。
B:エドゥアルド・フェルナンデス(フェルナンド役)は、マッチョ・イベリコ、イベリア半島のマッチョであるが、pajero*オナニー男で、カルロスに剥きだしの敵意を燃やす。
A:ちょっと損な役回りでしたが、カメレオン役者の名に恥じず上手いですね。ナイワ・ニムリは可愛い顔して残酷ぶりを発揮する役柄には打ってつけ、彼女のキイワードは鏡、ここでは複雑な役柄を豊かに演じていました。
B:特に最後のシーンは、一瞬の迷いが命取りになることを見せつけられる。最後の勝利者も達成感よりむしろ苦汁を味わったような印象でした。
A:元恋人でも安易に人を信じてはいけません(笑)。最後のゴミで埋まったマドリードの街路に消えていく疲れ果てた後ろ姿が寒々としていた。観客も疲れましたね。
(*藁売り人の意味だが、ラプラタ地域ではオナニーをする男、またアルゼンチンでは意気地なしの意味もある。)
B:どんな状況のもとに置かれても、倫理とか道徳とか恥とかを捨てなければならない社会に暮らすのは経済的に豊かでも楽しくない。デキア社のオフィスはビルの35階、あまりに高層なので下界の喧騒とは縁がない。
A:ウエはグローバリゼーション、シタはアンチ・グローバリーゼーションという対比というか断絶が面白い。このあとに起こったリーマンショックを経験した私たちにとって考えさせられる映画です。ピニェイロ監督の次回作“Las
viudas de los jueves”(2009)は、2001年12月に起きたアルゼンチンの金融危機、国家破産をテーマにしたものですが、政治的社会的なテーマが多い粘り強い監督です。『木曜日の未亡人』という邦題で2010年にDVDが発売されています。
B:常にアルゼンチンの現実にコミットしており、先述の“Kamchatka”は70年代から80年代にかけての軍事独裁時代を糾弾している映画で、題名の「カムチャツカ」はユートピアのメタファーでした。
A:『木曜日の未亡人』は、アルゼンチン中堅俳優総出演という感じの映画でちょっと総花的、エチャリやアウテリオも参加している。字幕入りで見ることができる長編第3作“Cenizas
del paraiso”(1997“Ashes fromParadise”)が『ボディバック 死体袋』という分かりにくい邦題で2000年にVHSが発売されました。
B:一番話題になったのは当時イケメン男優として人気絶頂だったノリエガとレオナルド・スバラグリアがコンビを組んだ“Plata quemada”(2000“Burnt Money”)ですね。スバラグリアは、『木曜日の未亡人』にも出ていた。
A:東京国際レズ&ゲイ映画祭2001で『逃走のレクイエム』として上映、第1回ラテンビート2004では『炎のレクイエム』と改題されました(まだラテンビートの呼称ではありませんでしたが)。実話をもとに書かれた小説の映画化、先に小説を読んでいた人は物足りなかったようです。事実は小説よりも奇なりが実感できる。最新作“Ismael”(2013)には、マリオ・カサス、ベレン・ルエダ、セルジ・ロペス、フアン・ディエゴ・ボットなど人気の若手からベテランまでのスペイン勢が名を連ねています。間もなくスペインで公開、情報が待たれます。
『使途』 El apóstol フェルナンド・コルティソ ― 2013年12月27日 11:02
使徒“El apóstol” フェルナンド・コルティソ
★セルバンテス文化センターで10月から始まった「土曜映画上映会ガリシア特集」の最終回が12月20日にありました。原題はガリシア語で“O Apóstolo”(2012“The Apostle”)というアニメーション。映画上映後のシネフォーラムも含めて、スペイン初となるストップ・モーションで撮られた「大人のためのアニメーション」ということで、この極めてユニークなラテックス人形劇を楽しんでまいりました。
監督・脚本:フェルナンド・コルティソ(Fernando Cortizo Rodríguez)
製作国:スペイン
製作:アルテファクト・プロダクション他
エグゼクティブ・プロデューサー:イサベラ・レイ他
撮影:マシュー・センレイチ
音楽:フィリップ・グラス他
キャスト(ボイス):カルロス・ブランコ(ラモン)、ホセ・マヌエル・オリベイラ≪ピコ≫(ドン・セサレオ司祭)、ポール・ナッシー(首席司祭)、ホルヘ・サンス(パブロ)、セルソ・ブガーリョ(セルソ)、ジュラルディン・チャップリン(ドリンダ)、ルイス・トサール(シャビエル)、マヌエル・マンキーニャ(アティラノ)、イサベラ・ブランコ(巡礼者イサベル)、ハコボ・レイ(医師)他
データ:言語スペイン語・ガリシア語 2012年 80分 2012年10月スペイン公開
受賞・ノミネート歴:ファンタスポルト国際映画祭*2013最優秀作品賞、アヌシー国際アニメ映画祭2013観客賞、アルゼンチンExpotoors 映画祭グランプリ受賞
マラガ映画祭2012、シッチェス・カタロニア国際映画祭2012、モスクワ国際映画祭2012、ザグレブ国際アニメ映画祭2013ワールド・パノラマ部門出品、他
ゴヤ賞2013長編アニメ部門、スペイン映画脚本家サークルのベスト・アニメ賞ノミネート他
(*ファンタスポルトFFはポルトガルのポルト市で開催され、シッチェスFFと共に世界三大ファンタジー映画祭の一つと言われています)
プロット:脱獄に成功したラモンは、かつてサンチャゴ巡礼路沿いの村に隠しておいた盗品を取り戻すべく脱獄仲間のシャビエルに別れを告げる。たちこめた霧に迷うなか出会った老人に不気味な村に導かれていく。そこでラモンが出会った世界は牢獄よりも恐怖に満ちたものだった。果たしてラモンは無事帰還できるのでしょうか。サンタ・コンパーニャ、深い霧、サンチャゴ巡礼路、今では知る人の少なくなったガリシア伝説を掘り起こしたガリシア発のダーク・ファンタジー。(文責:管理人)
★まず『使徒』のユニークさは、ストップ・モーション(コマ撮り)で撮られたステレオスコープとしてはスペイン初の長編アニメーション映画という点です。フェルナンド・コルティソ監督は1973年サンチャゴ・デ・コンポステラ生れ、2007年にガリシア語で“Leo”という短編アニメ(12分)をストップ・モーションで撮っている。
★第2作が“O coidador
de gatos”(2009、14分)、第3作目が本作になる。撮影は2008年9月から2010年5月まで、トータルでは約5年近くかかっている。ラテックスを素材にした人形アニメである。ラテックスというのはゴムの木のような木材から抽出した乳白色の樹液のことで、粘土のように時間が経つと乾燥して崩れてしまうことがない。チューインガムを想像して欲しい。映画会トークでも粘土の「クレイメーション」と思っていた方が多かったようだ。スペインの春四月に開催されるマラガ映画祭に、俳優たちが演技する映画に混じって本作のような立体映像のアニメが選ばれるのも珍しいことで、「大人も楽しめるアニメーション」というキャッチコピーは誇大広告ではなかった。
★まず2週間ほどかけて各俳優たちに自由に自分の役を演じてもらうことから始めた。演劇の舞台稽古のようにやってもらい、アニメーターに俳優の動きの特徴を掴んでもらった。冒頭に登場する二人の脱獄者のように俳優を知っていると、あまりによく似ているのでビックリする。こんなに似ていては海外で吹替え版にしたとき困るのではないかと思ってしまう。
★『ジュラシックパーク』以降、映画界はCGに移行しつつあり、本作のような手作り人形は衰退の傾向にある。そういう逆風が吹く中で敢えてテマヒマかかるフィギュアに挑戦したのは、映画に対する大いなる愛がなければできないことでしょう。「極めて小さな独立系のプロダクションのメリットを活かしたとも言えますが、危険な賭けをするようなものでした」と監督も語っています。約30センチぐらいの人形を動かしながら、1秒間に24枚写真を撮ったそうです。1日で撮れるのが平均して30秒から50秒分という全く気の遠くなるような話です。撮影監督マシュー・センレイチ(Matthew Hazelrig)は勿論のこと、スタッフの執念を感じます。彼は、セス・グリーンのストップ・モーション・アニメ『ロボットチキン/スター・ウォーズ』(2007『スター・ウォーズ』のパロディ化)や、ヘンリー・セレックのファンタジー・アニメ『コララインとボタンの魔法』(2010)などに照明技術者として参加しています。
★チェコのヤン・シュヴァンクマイエル=エヴァ・シュヴァンクマイエロヴァー夫妻のようにCGを拒否している監督も勿論健在です。チェコの民話に出てくる恐ろしいオテサーネクOtesanekを題材にした『オテサーネク、妄想の子ども』(2000)に出てくる人形は木の枝。これは枝探しから始めるわけで、こちらも気の遠くなるような話です。エドガー・アラン・ポーやマルキ・ド・サドの人物像、作品世界をモチーフにして恐怖に満ちています。2005年に死去したエヴァとの共同作品“Lunacy”(ルナシー)が合作としては最後になった。
★モスクワ国際映画祭2012で『使徒』を見たティム・バートンが「まさにゴシック」と評したように、大聖堂に代表されるようなガリシアの風土が醸しだす神秘さに溢れています。モスクワのような国際的な映画祭にエントリーされたことだけでも快挙なのに、大先輩バートンに見てもらえたことを監督は素直に喜んでいます。しかし自身は「ゴシック美術的の批評はとても嬉しいが、これは私の様式です。地方に暮らす人々がもっている閉所恐怖症的な、凝りすぎた雰囲気が好きなんです」と語っています。バートン流burtoniana の夢のような雰囲気のなかで進行していきますが、それとは少し異質な印象を受けました。
★キイワードの一つに≪サンタ・コンパーニャ≫が挙げられます。この伝説は10月31日の12時から翌日にかけて行われるハローウィンに繋がるもので、いわゆる「死者の行列」です。地域によって呼び名が異なり、ガリシアではサンタ・コンパーニャ、アストゥリアス地方、サモラ、レオン、サラマンカではHuéspedaと呼ばれています。写真でも分かるように、十字架をもった骸骨の主導者の後に白い頭巾を被った白装束の煉獄からやってきた魂が蝋燭を手にして2列になって従っている。地域によって違うようですが、普通は裸足でスダリオという死者に被せる布にくるまっている。ロザリオの祈りを唱えながらやってくると、犬も猫も怖れおののいて逃げ出してしまうというもの。ガリシア名物の深い霧が白装束のイメージに繋がっているのかもしれません。
★監督は、ある特別な意味を込めて取り入れたようで、それは監督が「魔法使が住むお城を舞台にするより既に忘れられてしまったようなガリシアの伝説を語りたいと思った。サンタ・コンパーニャにはモンスターは現れず、善人と悪人が絡み合っています。完全な善や完全な悪というのは存在しない、人間とはそういうものですから」と語っていることからも頷けます。
★前述したように本作では、以前に実際に扮する役者の動きをコピーして取り入れています。写真でも分かるようにシャビエルはルイス・トサールの、同じく主人公ラモンはカルロス・ブランコのそっくりさんです。ホルヘ・サンスが手にしているのはドリンダ(ジュラルディン・チャップリン)とドン・セサレオ司祭(ホセ・マヌエル・オリベイラ≪ピコ≫)です。監督のは耳が大きすぎるようだが多分セルソ(セルソ・ブガーリョ)と思う。アメナーバルの『海を飛ぶ夢』でバルデム扮するラモン・サンペドロの兄さんに扮した役者。日本でも比較的劇場公開になった映画に出演しているホルヘ・サンス(マドリード生れ)やジュラルディン以外はガリシア出身が多い。
★カルロス・ブランコ(Carlos Blanco Vila)は、1959年ガリシアのポンテベドラ生れ、俳優・監督・脚本家、舞台出演、ガリシア・テレビTVGのウイットに富んだ人気司会者。ヘラルド・エレーロの“Heroína”(2005)や“Una mujer invisible”(2007)が代表作、公開作品ではアルモドバルの『ボルベール』(2006)に出ている。コルティソの短編デビュー作“Leo”にも声優として出演。本作でも独特の太い眉が上下に動いて可笑しいやら感心するやらでした。
★ホセ・マヌエル・オリベイラ≪ピコ≫(Xosé Manuel Olveira ‘Pico’)は、1955年ラ・コルーニャのムロス生れ、ガリシアを舞台にしたホセ・ルイス・クエルダの『蝶の舌』や『海を飛ぶ夢』、今年公開されたホルヘ・コイラの『朝食、昼食、そして夕食』では、移動音楽団を主宰し歌手のオーデションをしている最中に心臓発作を起こして亡くなってしまう役を演じていた。大きな鼻が特徴的で、本作でも鼻をピクピクさせて主人公ラモンを恐ろしがらせていた。カルロス・ブランコ同様“Leo”に出演。
★ポール・ナッシー(Paul Naschy)の本名はハシント・モリーナ・アルバレス。俳優・脚本家・監督・製作者、1934年マドリード生れ、2009年11月30日に前立腺ガンのため本作完成を見ることなく死去してしまった。俳優以外は本名を名乗り、狼男シリーズ、ドラキュラ伯爵などスパニッシュ・ホラー映画のキングとして活躍、シッチェス映画祭の常連だった。「ポール・ナッシーのいないシッチェスなんて」と、ホラー・ファンはその死を悼んだ。日本でもDVDがボックスになっているほどファンが多い。首席司祭の造形はナッシーだが、時間的に不可能だからボイスは他の声優と思われます(未確認)。これは余談ですが、彼の泌尿器科医に前立腺ガンの生体検査を行わなかったとして、43.682ユーロの罰金が科された。主治医からは「本人が検査を拒絶した」と家族に説明があった由、もう藪の中ですね。サンタ・コンパーニャ行列の先頭にたって旅立ってしまいました。
★ルイス・トサール、ホルヘ・サンス、ジュラルディンの御紹介は割愛、主役を演じた別作品にいたします。最もその必要もないほどメジャー入りしてますが。
★ゴヤ賞はノミネートだけに終わりました。パイオニアとして貰う価値があったと思いますが、2013年はライバルがエンリケ・ガトの『タデオ・ジョーンズの冒険』と運も悪かった。シャビエル役のルイス・トサルに言わせると、「スペインより海外のほうが評価が高い」そうです。2014年アカデミー賞のアニメ部門19作品にエントリーされていますが、5作品に残るのは難しそう。選ばれるには年内に最低でも1週間以上の公開が条件、まだそれすら満たしておりません。アメリカでは9月のオースティン・ファンタジック映画祭上映だけですからもう無理でしょう。物語の背景には、サンタ・コンパーニャ、霧、サンチャゴ巡礼など極めてガリシア的なローカルな物語ですが、同時にユニバーサルでもありますね。
第19回フォルケ賞ノミネーション発表 ― 2013年12月29日 09:59
第19回フォルケ賞2013ノミネーション発表
★ゴヤ賞の前哨戦といわれるフォルケ賞のノミネーションが発表されていました。ホセ・マリア・フォルケ賞(Premios Cinematográfico José María Forqué)が正式名。EGEDA*の初代会長だったフォルケの栄誉を讃えて創設された賞。最初は作品賞のみで始まり、第9回から長編ドキュメンタリーまたはアニメーション部門が加わり、第15回から男優賞・女優賞、栄誉賞にあたる金賞(ない年もある)が加わりました。今回からラテンアメリカ映画賞が新設されました。2012年12月1日~2013年11月30日に公開された作品が対象になります。作品賞には3万ユーロ、長編ドキュメンタリー/アニメーション賞には6000ユーロの賞金が授与される。授賞式は2014年1月13日、マドリードのPalacio de Congresos で。
★最優秀作品賞(例年は5作品だが今回は6作品)
“15 anos y un dia”(ガルシア・ケレヘタ)
“El cuerpo”(オリオル・パウロ)
“La gran familia espanola” (ダニエル・サンチェス・アレバロ)
“La herida" (フェルナンド・フランコ)
“Las brujas de Zugarramurdi”(アレックス・デ・ラ・イグレシア)
“Una pistola en cada mano”(セスク・ガイ)
*93作品の中から選出された。
★最優秀男優賞
アントニオ・デ・ラ・トーレ(“Canibal”)
エドゥアルド・フェルナンデス(“Todas las
mujeres”)
ハビエル・カマラ(“Vivir es
facil con los ojos cerrados”)
★最優秀女優賞
アウラ・ガリード(“Stockholm”)
マリアン・アルバレス(“La herida”)
ノラ・ナバス(“Todos
queremos lo mejor para ella”)
★最優秀長編ドキュメンタリー/アニメーション賞
授賞式当日発表(ドキュメンタリー53作品、アニメーション3作品から選出される)
★最優秀ラテンアメリカ映画賞
授賞式当日発表
*Entidad de Gestion de Derechos de los Productores
Audiovisuales の頭文字。いわゆる視聴覚製作に携わる人々の権利を守るための交渉団体です。1990年創設だが活動は1993年から。現会長はエンリケ・セレソ、副会長はアグスティン・アルモドバル。
最近のコメント